花粉の時期
珍しく雨が降った。
シュライエンが正式譲渡されていたと知った翌朝の事である。
「どれだけ幸先悪いんだ俺は……」
ざあざあ降る雨を窓越しに見上げながらシュライエンはそう言った。
別に雨でも適度な雨なら田畑的には幸先良さそうなものだろうに。
まあ良いか。
そう思いつつ、イーシャの背に跨りながらその髪を梳く。
私やシュライエン程では無いけれど、イーシャもちょっぴりウェーブが掛かった髪なのだ。
癖毛組は雨で髪が広がる事について諦めているし、私に至ってはカトリコによってスッキリしたクラウンブレイドへと纏められた。
……うん、首回りがめっちゃスッキリ。
アニメでよく見る髪型ではあれど、そこまで器用では無い私では不可能な髪型だ。
雨でありながらもこの髪型である事にちょっとテンション上がりつつ、イーシャの髪をしゃっしゃっと梳く。
どうも雨のせいで上手く結べないらしく困っている様子だった。
……体大きいし髪も長いしねえ。
それ自体は良いのだが、髪がいつもよりうねっている上に湿気のせいで人間ボディ部分や馬ボディ部分にぺっとりくっついてしまうんだとか。
「っていうか、服とかに付与されてる魔法でどうにかならないの?」
「田畑方面ならともかく、町に雨は殆ど降らないから油断しててさあ」
ブラシの邪魔になるからと仮面を外しているイーシャは、シュライエン同様に雨が降っている外を見て溜め息を吐いた。
「どっちかというと俺みたいな動物要素がある種族の場合、抜け毛を魔力変換して還元する魔法がついてるのを優先するし」
「あー、銭湯で聞いた気がする」
そういう魔法があるんだなあという感じ。
「クダ達もそんな感じ?」
「クダは生き物とはちょっと違うから抜け毛なんて放っておけば地脈とかに吸収されるんだけどー……抜け毛が影響して主様にくしゃみさせちゃうかもだから一応軽めに付与はされてるね。ブラッシングをこまめにやってもらえてるから、正直換毛期にさえ気を付ければオッケーだけど」
「俺らもわりとそんな感じかな?」
「まあそうだねー」
ミレツの言葉にニキスが頷く。
「クダみたいに全身もふもふだったり、イーシャみたいに面積多めってわけじゃないからそこまで要らないんだけど、やっぱり面倒って部分はあるから」
「ちゃんとお風呂入りつつ、まめなブラッシングさえしてれば魔法無くてもわりと大丈夫だけどねー」
成る程ペットと同じ仕様。
実際ペットとかも換毛期にヤバい事となりがちだが、ブラッシングをこまめにしていれば被害はどうにか抑えられる。
最終奥義としてはお風呂でウォッシュコース。
お風呂を嫌う子、あるいは大型犬の場合とても重労働となってしまうけれど、終わった後はスッキリだ。
……まあ、お風呂から出た脱衣場でぶるぶるってやられると壁に大量の水と毛が引っ付く地獄絵図になるけどねー……。
お風呂場でやってくれればまだシャワーで洗い流せるのだが、意思疎通の問題はそう上手くいかないのが世の常である。
いや、我が家の常かな。
ちなみにその後にも鬼門は残っていて、バスタオルとドライヤーを駆使しながら乾かす作業が待っている。
大人しくしてくれない犬だとより大変だし、大人しくしててくれても全身が毛なのでドライヤーが大変。
温風が届かない位置が濡れてたりもするし。
……そして舞う、大量の毛……。
洗った時に抜けて排水口を窒息死させる量の毛がありながら、ぶるぶるっとやった時に壁一面を毛で彩りながら、尚も舞う大量の毛。
それでも本体はふっかふかのもっふもふというね。
勿論放っておくと犬の方も抜けた毛が喉に詰まったりでケッケッとなってしまうので、例え大変でもやるしかないのだが。
最終手段としてトリマーさんに頼むというのがあるけれど、実家は田舎だったのでそう頻繁に頼むわけにもいかず、サマーカットの時にだけお世話になったものだ。
……なっつかしいなー……。
そう思いつつイーシャの髪を梳き終わったので、背中から降ろしてもらう。
どうせならこのままイーシャの髪を結ぶところまでやった方が良いのだろうけれど、イーシャがやるみたいに綺麗なツインテールは不可能だろうと自覚してるのだ。
綺麗に均一かつ均等に、鏡映しのようなツインテールを作る事など私には出来ない。
ポニーテールなら毎回高さが違う出来だが誤魔化せる。
しかしツインテールはちょっとのズレがめっちゃバレるので誤魔化せないのだ。
私は自分の三つ編みですら何か変なバランスになる女。
一本のおさげ三つ編みにする分には誤魔化せるんだけど。
……誤魔化そうとしてる時点で実力お察しだよねえ。
そう回想する間にイーシャは大きな手で器用かつ綺麗に髪を纏め終わっていた。
三メートル巨体な重種ケンタウロスなのに下の方でのツインテールな髪型がよくお似合いだ。
やっぱ顔が良いと何でも似合うのかな。
……それともシーズーがオスでもメスでも老体でも子犬でもリボンつけてるのが似合うアレ?
種族が違うと途端に判定ガバガバになるのかもしれない。
イーシャの顔は瞳孔以外普通に人間顔だけれど、本能的に他種族認定して判定がガバるんだろうか。
「……そういえば私、こっちに来てから雨見るの初めてかも」
「あ? ……ああ、大将は異世界出身だったか」
眉を顰めて振り返ったシュライエンは、しかしすぐに納得したように頷く。
正式譲渡されていた事がわかったので、あの後すぐにそれらについてを説明したのだ。
「おま、それって大変な事実じゃねえのかよ。俺みたいのに知られたら即座に売り物扱いされる程のレアだぞ!? しかも奴隷には話すって言いながらそこのヤツ聞いてんだろうがお前の危機察知能力マジで死んでんじゃねえのか!?」
まあ、うん、伝えたら動揺した様子でそんな反応を頂いたが、心を読むし心象風景だって読める覚相手にはもうバレてるからと説明して納得してもらった。
納得も何もそれが純然たる事実なのだけど。
「つまりこの町に来てからじゃなく、この世界に来てから初めてと」
「この世界に来た初日からこの町生活だし、それでも間違っちゃないけどね」
そうかよ、とシュライエンは近くにある椅子を引き寄せて背もたれを抱くようにしながらどっかりと座った。
その表情には、初対面の時や屋敷へ来たばかりの頃のような不安定さは見られない。
……まあ、根本的な性格としては構われたがりっぽいもんね。
なのに迫害されて疎外感を覚え続けた結果がアレである。
気を引こうとしたオオカミ少年とか小学生男子とかそういうアレ。
勿論好きな子に意地悪する小学生男子は嫌われるように、噛みつくような態度のせいで会話が出来ず避けられていたのだろうが。
……だからなのか、会話出来ればそこまで噛みつかないっていうか……。
手負いの獣は敵かもしれない全てを警戒する。
そしてこちら側は、警戒する手負いの獣は当然ながら避ける。
だからこそ、敵ではないと判断してもらえたお陰でスムーズなコミュニケーションが取れるようになったのだろう。
勿論、ただの想像であって確証は無いけれど。
私は覚じゃないから心は読めん。
「にしてもこっち来てから結構経ってるのに本当見なかったな雨。この辺降雨量少ないの?」
「というより、町とかは天候が操作されてるから」
「待ってクダ」
「?」
きょとりとするクダに、私は手を真っすぐ立てて前に突き出す。
待ったのジェスチャーだ。
「…………え、天候操作?」
「うん」
「そんな神の所業みたいな事やってんの?」
「津波レベルになると神話級だけど、天候くらいなら妖怪でも出来るよ? ほら迷い家で一緒に宴会した足長手長居たでしょ?」
「居たね」
「それぞれ長い足や手で雨雲とか集めて一か所に雨降らせたりとか出来るから」
「いや雨雲掴めるレベルの長さじゃ無かったよね!?」
「妖怪にそんな物理的構造求めちゃ駄目だよ主様」
ぐうの音も出ない正論だった。
「成る程、そりゃ足長手長って言うんだから状況に応じて伸びるか……」
「伸びるっていうか、そういう伝承があると適応してそういった能力が使用可能になるって感じ? 伝承で出来てるようなところあるから」
「…………えーっと」
「神話が融合した結果その神様は本来持ってないはずの武器を持つ事になったけど、それが人の世で定着したらその武器はもうその神様の物、みたいな」
「お前の物は俺の物、俺の伝承なら俺の物……?」
「そうそう」
微妙なジャイアニズムだなあ。
まあ妖怪の伝承だって他の妖怪と混ざって一つの妖怪扱いになってたりするし、わりとジャイアニズムなのかもしれないけど。
「で、何で天候操作?」
「僕みたいな種族にとっては地獄ですからね……」
這いずるような声を出しながらリビングまで這いずってきたのは、朝食時すらも起きる様子を見せなかったガルドルだった。
凄い、オーラがテレビから出て来るビデオの女幽霊みたいだ。
這いずってるので尚の事それっぽさがドン。
「うう……恒温動物…………」
そう言いながらガルドルは私を抱きしめ、下半身の長い長い蛇ボディはイーシャの胴体を一周してクダの胴体を一周してミレツとニキスを二人一緒に拘束する。
「あ、蛇って変温動物だから温度変化でそんな事に?」
「ええ、まあ、そういう事です……」
外の冷気に接している窓ガラスに触れた時のように、ガルドルの肌はひんやりしていた。
「暑いのも苦手ですが、冷えるのも……自分で発熱出来ませんので…………」
「成る程……え、でも服の付与魔法は?」
ガルドルの場合は服というよりバンドとか紐と呼ばれるタイプの物を胸元にくるくるくるっと巻いてるようなものだが、布面積的にはかなりの付与が可能となるだろう。
にしても改めて見ると中々の露出度。
エロ漫画でよくある解けたサラシでももうちょっと巻いてる。
「……体温調節魔法は、基本的に本人の体温を適温へと調整するものです」
「うん」
「そして魔法で調節するというより、本人の体温調節機能を操作する仕組みです」
「……うん?」
あれ、それって、
「もしかして、変温動物の場合は操作不可能だからその魔法意味無し?」
「そうなんですよ! しかも僕の場合、海の冷たさは平気なのに! ヨルムンガンド族だからか海底を這う分には呼吸すらも問題無いというのに! 雨による外気温の低下でこの有り様!」
「つまりあの時の俺が氷系の魔法を魔石に仕込んどきゃワンチャンあったって事か……」
「そういった温度変化の魔法は無効化されます。そういった魔法の付与はしてありますので」
「チッ」
まだ多少思うところがあるのかシュライエンがボソッと言い、さらりとそう返され舌打ちをする。
「でも外気温の変化は無理、と」
「……いえ」
ふるり、とガルドルは首を横に振った。
「僕のようなタイプは肌に触れる外気温の体感温度などを変化させるタイプの魔法を付与した物を着ます」
「え、でもガルドル」
「…………雨が降る日は万が一があって弱味を握られては困るので引きこもってたんですよ。ミッドガルドの事務所は家を兼用していまして、あの中は温度調整が可能なんです。床暖房とかで」
ふむ、とミレツかニキスのどちらかが頷く。
「要するにガルドルは、いつもそういう生活してたから服の方に魔法付与させたりとかを忘れてたって事?」
「ええ、そうですよミレツ」
「「あちゃー」」
ミレツとニキスは息の合った動きであちゃーのポーズをした。
確かにコレはあちゃーだ。
これだけ弱っているのもあってあちゃー度が高い。
「まったく……旦那様の奴隷になれた事にはしゃいでいたせいか、うっかり雨の事を忘れていましたよ。この時期は田畑以外にも雨が降るというのに。
流石に町の外に出る時は天候操作されていないので常に空を警戒しますが、町である事もあって油断しました……」
「天候操作なのに雨が降る時期とかあるの?」
「この時期は花粉が飛び交いますからね」
そういえばアルボルがそんな事を言っていた。
「花粉が飛び交い続けると森人系が引きこもるので業務に差支えが出たり、種族によっては目の痒みを訴えたりもありますから」
「だから、ある程度花粉が自然の木々や花々相手にお仕事終えた頃を見計らって雨を降らすのよね」
リビングにやってきたエルジュが、今までの話を聞いていたとばかりにガルドルの言葉の続きを奪う。
奪うというよりも交代という感じだが。
実際巨体のせいかまだ体温が上がり切っていないガルドルの声はかなり震えていて聞き取りにくい。
「虫人が花粉を集めて花粉団子にしたりもするんだけど、量が多過ぎて町全体ってなると流石に厳しいし」
「あー」
確かにそれは厳しい。
「だから雨で一斉に、って事。勿論頑張れば虫人だけで町中の花粉を集める事は出来るでしょうけれど、衣服や扉の開閉で室内に入った花粉を思うと雨の方が良いもの」
「何で?」
「雨は湿気を呼ぶわ。湿気は空気中の埃や、それこそ花粉なんかの細かい物にくっついてひと塊になる。そして湿気の重さによって肉眼じゃ捉えられない粒子なんかは地面に落ちる、って事。あとは拭き掃除なり魔法なりで綺麗にすれば室内の花粉除去完了、ってね」
「そこまでするんだ」
私は花粉症を患ってないのでそこまでした事が無い。
「いやだって、視点を変えたらそれって花々や木々だけじゃなくて森人達の花粉も混ざってるのよ? 森人達も時期によって来る換毛期や発情期をコントロール出来るわけがないよう、花粉をこっそり絞って量を減らす事は出来ても放つ事は止められない」
「それが?」
「人間的に考えると自分には受精しないとしても精子がそこらに舞ってる状況」
「エロ越えてグロ極まった惨状だ!?」
何その恐怖の光景。
エロ漫画でも精子単体がそこらを浮いてるとかやんないよ。
しかもエロ漫画じゃなくてリアルな日常でソレとか普通にヤバい。
最早パンデミックじゃないか。
「だから雨を降らせて室内のも掃除しやすくするのよ。虫人が室内の花粉お掃除しまーすって出来れば良いけど、家に入ってほしくないって時もあるし、入ってほしくない部屋があったりもするものね」
「花粉が舞ってる時期はこまめに魔法で綺麗にするって手もあるけど、大本の花粉自体を収まらせないといたちごっこになって無駄に魔力消費するだけだからねー」
苦笑するエルジュとケラケラ笑うクダの言葉に、成る程と私は頷く。
恵みの雨と言ったりもするけれど、雨ってマジで大事なんだなあ。いや本当に。




