シュライエンの選択
さてアルボルの剪定が終わった帰り。
日が暮れるにはまだ全然時間があるけれど、お昼はとっくに過ぎた時刻。
ギルドに戻って報告しようとしたが、シュライエンの体力がいまいち回復し切ってなかった為、途中のベンチで死んでいた。
勿論ガチな方ではなく比喩表現で。
「大丈夫?」
「…………奴隷の俺のせいで迷惑被ってるんならそう言や良いだろ……」
近くの屋台で買ったドリンクを手に持ち、燃え尽きたぜのポーズでぐったりしながらシュライエンはそうぼやいた。
「第一奴隷使い様なら多少無茶させてでもついてくるよう命じりゃそれで良いじゃねえか……俺の全権利握ってんだから……」
「いや、そんな重いのは自分で持ってもらう派だから私」
「そう言って実際に奴隷が好き勝手やったら貶すんだろ……」
「貶す素養自体持って無いよ失礼だな」
「うっせえ……生まれてこの方腐ったような記憶しかねえ俺とは随分違うまともな人生のようでよござんしたねケッ。お前に出会ってからただでさえ底辺な俺の人生は急降下だよ」
卑屈な事が言えるくらいには回復してきたらしい。
どういう回復法なんだコイツは。
「急降下って酷いなあ」
「急降下だろ」
長い前髪に隠れていたギョロリとした目がこちらを睨む。
「指名手配されるわ勇者を狙っちまったせいで捕まって奴隷になるわで碌な事がねえ」
「少なくともご飯は食べれてると思う。あと指名手配と勇者を狙った云々については私に責任は無いと思うの。完全に自業自得って言うと思う」
「思う思ううるせえよ思ってるだけなら口に出すな」
「うーんフルスロットル」
調子が出てきたようで何よりだと思うべきか、調子が出て口が悪くなるのはどうなのかと思うべきか。
まあ良いか別にどっちでも。
「……ったく、年下の女に飼われるなんざ世も末だな。俺の人生、昔っから末みてえなもんだけどよ」
「え、年下? シュライエン幾つ?」
「あ? 見りゃわかんだろ」
「私相手の顔を見て年齢を察するスキル持ち合わせて無いし」
「鑑定で覗け」
「私の鑑定って雑だからシュライエンが二十代って事しかわかんない。年齢の部分そういう感じに見えちゃって」
「…………お前、誰かと相対する時具体性を持って相手見たりしてねえのか……? 世界の見方が雑過ぎるだろ。箱庭出身かテメェは」
「田んぼとコンクリートジャングルかな」
実家は田舎の方であり、田舎を出てからはコンクリートジャングル暮らしである。
「お前俺をおちょくってるだろ」
「いや事実事実。で、何歳? 私二十四」
「……二十七」
「本当に年上だ……」
「どういう意味だ俺を疑ってたってかテメェ。俺の言葉にはそうも信用性がねえってか? まあそうだろうけどな。奴隷になるような犯罪者の言葉なんざ信じる価値もねえんだからよ」
「や、そういう卑屈さが思春期っぽいなあって思ってたから年下かなって。ご飯に不自由してたみたいだから歳に見合わぬ老け顔だったりするのかなとも思ってた。ごめん」
「お前正直に言えば許されると思ってねえよな。中々酷い事言ってるぞ。契約で縛られてさえなきゃ俺は衝動のままにお前の頭をカチ割ってる」
「めっちゃ怖い事言うじゃん」
……まあ、仮に契約が無くてもソレはしないだろうけどね。
私がうっかり足ごとノコギリでやっちゃいそうな体勢を取ってたら慌てて待ったを掛けてスプラッタが苦手だと暴露し、ベンチで休憩する必要がある程頑張ってくれるくらいだ。
カチ割るような精神性はしてないだろうし、カチ割れるような度胸もあるまい。
知らないけどさ。
「ところで回復した?」
「一応はな。ったく、ギルドへの報告をお前だけでやれるってんなら俺はここで寝てやるっつーのに、それが出来ねえのが歯痒いったらねえや」
「別に待機してたいなら待機してるって手もあるけど」
「ハ、冗談。他の奴ら曰く、アイツらはお前を好んでお前の奴隷になったようだがそんなの知るかよ。少なくとも俺はそうじゃねえ。何なら一度はお前を捕まえて売り飛ばしてやろうと考えてた危険人物。
いくら契約で縛ってるからって、目のつかねえところに置く馬鹿が居るかよ。何をしでかすかわかったもんじゃねえぞ」
「そう?」
「まあ、俺を捨てちまいたいってんなら有りだろうがな。野垂れ死ぬようここで死ぬまで待機でも命じてみるか? 俺が真っ当を語るのも何だが、罪人奴隷は正式な奴隷だ。それが何らかの理由で死ぬんであれば、そしてそれが故意であるようならテメェの評判に傷がつくだけだろうな。それで良いなら命じろよ、ほら」
「いや命じないって」
最初は面倒に思えた卑屈さだけれど、この頻度だと慣れるものだ。
それこそ初対面の時のような聞く耳を持たない様子とも違うから、というのもあるだろうが。
「あんまり疲れてるようなら後日にしようかなーって。大丈夫そうならギルド一緒に行ってからで、大丈夫じゃないけどまだ頑張れそうならここで待機で私一人報告してからコース」
「何の話だ」
「いやだから、服。嵩増し出来る服が良いって言ってたから買いに行く? って話。別に覚からお試し期間中に服与えちゃいけないって決まりも聞いて無いし、落ち着かない格好よりは落ち着く格好の方が良くない?」
私も今の恰好に落ち着いているし。
いや改めて考えると何も落ち着いていないけれど、他の露出過多な服に比べればこの服が落ち着くのだ。
強制的に露出過多な服装させられてると仮定すると意外にも他人事じゃない事実よ。
「…………よくまあ汗まみれでぐったりしてるヤツ相手にそんな発案出来るなお前は」
「汗自体は魔法でサッパリさせれば良いじゃん。実際着ないと肩の縫製とか色々気に入る気に入らないあるかもだし」
「んなもん気に出来るような環境にねえよ」
「今は気に出来る環境なんだから気にすれば良いよ。勿論、気にする程の興味が無いならそれで良いと思うけど」
私もファッションには疎い方なので、その辺は雑だ。
着ていて不快じゃなければよろしい。
「…………」
シュライエンは嫌そうに顔を顰めて、深い深い溜め息を吐く。
「……ギルド行ってからコースが可能なだけの体力はある」
「じゃ、そのコースにしよっか。ついでに受け付けで良いお店聞いちゃおう。体の嵩誤魔化せるような布面積の服があるかは知らないけどさ」
そう言って立ち上がれば、手を差し伸べたり腕を掴んだりしなくても、シュライエンは続くようにベンチから立ち上がっていた。
・
さてそんな感じであれから一週間、どころかそれにプラスで五日経過してから覚は屋敷にやってきた。
長い黒髪の子供姿で、にんまりと子供らしからぬ笑みを浮かべている。
「で、シュライエンのヤツをどうする? お前が今後も面倒見るか?」
「それだよねえ……」
この二週間の付き合いで、シュライエンの人となりは何となく理解出来たと思う。
わりと馴染み始めた、ようにも思う。
勿論最初は何が出来るか聞いても知るかと一蹴されていたが、要するにはそれらを知らないからだった。
なので教えればすいすい覚えた。
何なら私よりも覚えが良かった。
……いや、皿洗いなら私も出来るけどね!?
しかしコツとか豆知識とか順番とか、そういう物覚えが良かったのだ。
こないだなんて全種族対応の食事処で私が清掃を、シュライエンが皿洗いをやったところ、一つの問題も無く仕事が終わった。
何なら手際が良いとシュライエンが褒められていた。
まあそれで人外に頭を撫でられたシュライエンは再び毛を逆立たせた猫みたいになって私の背に隠れた為、代わりに私の頭が撫でられたが。
どういう事だよ。
……さておき問題は、今後……かな。
シュライエンはわりと馴染んでいる。
やっぱりスキンシップは苦手のようだけれど、多少会話は出来るようになってきたらしい。
まあ出会いがアレだった事もあってガルドルが近づくと誰かの背に隠れているが、会話自体は出来ているようだ。
最近は図書室に籠って本を読んだりもしているみたいだし。
……まああんまり文字が読めないみたいだから、まずは子供向けの絵本を読んでるみたいだけど。
最初はそれを恥ずかしがってかぎゃいぎゃい言ってたが、私がオススメする面白い絵本を紹介したら大人しくなった。
あれは多分、成人済みの私がさらっと絵本を面白いと言ったから、意外と大人が読んでも不思議じゃないとか思ったのかもしれない。
いやでも実際良い絵本とか児童書多いよ。適当な本よりもよっぽど道徳が詰まってたりするんだよ子供向けのヤツ。
……学習漫画系もよく読んだなあ……。
国民的アニメの学習漫画はそれぞれタイプが違って面白かった。
問題集が書かれてるものもあれば、それこそ殆どが漫画の物など多種多様。
個人的には漫画部分を何度も読んでれば自然と知識が定着するので漫画多めの学習漫画の方が好みだった。
懐かしい。
「おいこら思考が脱線してるぞ」
「おっといけない」
覚からしたら思考が丸見えなので、この脱線が中々戻ってこない事を察したのだろう。
つい思考が脱線しがちなのは私の悪い癖だ。
いやそこまで悪いとは思ってないけどさ。
「思えよ。そこは思え。悪いと思え。そうやって思考を脱線させまくってっと重要な話の時も心ここにあらずで重要ワードを取り逃すぞ」
「まあ多分大丈夫でしょ」
「随分気楽だが、本心からその気楽さなんだよなあお前……」
「これで二十四年間生きて来てるからねー」
流れ流されではあるものの、意外とどうにかなるものだ。
まあ殆ど周囲の人達の厚意によるものだけど。
ありがたやありがたや。
「というか私が良くたって重要なのはシュライエンの方の気持ちじゃない? 他の皆は私がオッケーならオッケーって感じだけど、本人の気持ちが伴ってなきゃ意味無いでしょ」
「主人側が是と言やあ奴隷に拒否権はねえぞ」
「私は奴隷に拒否権を持たせてるから」
「成る程、なら仕方ねえ」
覚はあっさり頷いた。
……まあ、事実だしね。
私の方もそこまで強い主張が無いのでそんなもんで丁度良いのだ。
「で、そのシュライエンはどうした。ここに同席するよう言ったろうが」
「そのシュライエンが嫌がったからどうにもこうにも」
今はまだ会いたくない、と言われたら無理強いするわけにもいかない。
他のメンバーならもう少し事情を聞くところだけれど、シュライエンの場合は下手な突っ込み方をすると再びの敵意バリバリな姿になりかねないし。
手負いの獣みたいなものだ。
「まあ別に一週間から一か月って予定だから、ここで顔見せなくとも私は構わねえんだけどな。ただひたすらに性格やらが合わねえってんならさっさと回収して他の引き取り手を探す。それだけだ」
「他の引き取り手」
「人間飼いたいってヤツは一定数居るからな」
「居るんだ……」
「人外にはわりと多いぞ」
おっと何だか背筋がひんやりした気がするぞう。
まあでもトラウも誘拐常習犯みたいな事口走ってたからそんなもんか。
流石に誘拐はしてないだろうけれど、妖精はチェンジリングとかの伝承が残ってるので油断ならない。
罪人を奴隷として扱い、人外がそれらをお世話してくれるっていうのは一般人からすれば平和的でありがたいけどね。
主に人間を飼いたがる人外からの被害と何らかの犯罪を起こした実績のある危険人物が隔離されるって意味で。
「じゃ、また来るぜ」
飲み干した湯飲みをテーブルへと戻し、覚は言う。
「次来る時が一か月のリミットん時な。それまでに答え出せよ。正式な譲渡をするか否か、だ」
「ま、そこはシュライエン次第だよねー」
「だったら今答えを出してやるよ」
蹴破られたかと思うような勢いと音で扉が開かれた。
見れば、タンクトップ姿ではなく体の嵩を誤魔化すオーバーサイズのマウンテンパーカー姿となったシュライエンが立っている。
しかしその見た目にはそれ以外の変化があった。
「え、髪どうしたの」
地面につく程ではないとはいえ腰までの長さは確実にあった、くるんとした髪。
水に浸ければもっと長くなるんだろうなと思っていた髪が、首までの長さになっている。
ギョロリとした目が隠れるような隠れないような長さの前髪はそのままのようだが、それ以外は随分とスッキリした姿に変貌していた。
「さっきクダ達に頼んでやってもらった」
ふん、とシュライエンは短くなった自身の髪の毛先を指先で弄る。
「っていうか今、クダって言った? 今までクダ達の名前呼ぼうとしなかったのに?」
「一応は同僚なんだろ」
吐き捨てるようにそう言い、シュライエンはこちらへつかつか近付いて私の頭をガッと手でホールド。
「色々とイラつく部分はある。能天気に奴隷使いやれてるコイツを見ると自分が惨めで仕方ねえ。が、俺と同じ人間で俺と同じ奴隷使いでありながら、俺に対して手を差し伸べるんだ」
俺だったら俺みたいなヤツに手ぇ差し伸べるとか絶対ェしねえ、とシュライエンは舌を出す。
「ここを去ってテメェんトコに戻って、その後人外に飼われるなんてのも御免だからな。下手にベタベタと愛玩動物扱いされるよりは、程々の距離を保つよう言ってくれるコイツの方がマシだ」
「……今お前はただ可愛がるんじゃなくて対等かつ助け合う存在として手を差し伸べてくれるコイツが良い、と思っているな?」
「テメェのそういうトコが気に入らねえだよ! 人外ってヤツはデリカシーが欠片もねえのか! 俺でも持ってるもんだぞ!?」
毛を逆立てるようにして叫び、ハァ、と溜め息。
「…………とにかく、俺はコイツを選ぶ。コイツが俺の大将だ。髪切ったのは、一応、こっちも歩み寄りっつーか心機一転っつーかそういうだな」
「髪切らねえでも別にんなもん出来るだろ」
「髪を切って過去とある程度の割り切りつけたんだよ! 俺のやり方にケチつけんじゃねえ猿ガキ!」
「へいへい」
くつくつ、と覚が笑う。
「ま、話が纏まったんなら良いこった。私の見る目もしっかりしてたって事だぁなあ」
……何か、頭ガッと掴まれて黙ってる間に色々と話進むし凄いデレがあったような……。
「あ、じゃあ正式譲渡の契約を」
「もうしてあるぜ?」
「え」
「え」
「前に仮契約って言ったアレな、嘘。アレが正式譲渡の契約な。だから仮契約とかじゃなくマジでとっくにシュライエンは首領の所有物になってたってわけだ」
「「先に言え!」」
「性格やら何やら加味すりゃあほぼ確実にこうなるだろうから良いだろ別に」
思わずユニゾンして叫んでしまったが、覚は意にも介さずケラケラ笑う。
「駄目だったら正式譲渡もっかいやってこっちに戻すだけだしよ」
……人外ってヤツはこれだから……。
色々恩恵にも預かっているけれど、人外は人間に話さず事を進めたり知らんぷりしたりが多くないだろうか。
多分クダ達も知ってた可能性高いし。
「…………」
扉の方を見れば、廊下からこちらを覗き見てたらしいクダとミレツとニキスがそれはそれは良い笑顔を見せたので、やっぱり知っていたご様子。
対してシュライエンは疲れ果てたようにぐったりと上半身がソファへ倒れ込んでいた。
人外に情報を隠されがちな人間同士、仲良く愚痴り合えそうだ。
いや、お世話になってるのは事実なんだけどね?




