白羽の矢
ガルドルにもたれかかりながら目頭を揉む。
普通なら肩にもたれかかるところだがサイズ差というか座高からしてもう違うので肩に頭を預けるのは諦めた。
なのでガルドルの結構しっかりした筋肉がついている胸に頭を預けて支えてもらいながら、再び問いかける。
「……何で私?」
「シュライエンのヤツに合うかと思って」
「いや、だからそこで何で私をチョイスしたのって話。普通そういう奴隷って人外が買うんじゃないの?」
「奴隷の売り買いはしてねえよ。良い引き取り先を探すってだけだ。国の仕事だから世話するだけで金が入るしな。ま、引き取り手がやらかさねえように人間の常識や生態、引き渡す奴隷の性質や前科、性格についての説明は必要な支払いって事で金貰った上でやるが」
成る程システムとしてはペットショップというより里親探しに近いのか。
逮捕イコール保護と考えればわりと納得するルート。
保護された犬猫は人間不信になってたり同じ犬猫相手にも物凄い警戒してたりする子が居るので、全てを敵と認識している犯罪者なんかとわりと一致しているかもしれない。
いや具体的に接したのはシュライエンくらいなんだけどさ。
……そのシュライエンが結構な、うん、気の張り詰め方してたっけなあ……。
手負いの獣というような雰囲気だった、気がする。
それ以前にめっちゃ近付いてくるし何か臭うし指食い込んで痛かったし目がヤバかったという印象が強いけれど。
碌な印象じゃねえ。
……ま、とにかく里親探しが覚の仕事に近い、と。
引き取り先にはちゃんと説明する必要があるので、そういうアレに近いのだろう。
命に値段はつけないけれど、命を取り扱う用の情報にその分の代金掛けときますね、みたいな。
説明は確実に必須事項だろうから、説明要らないんでお金払いません、も出来ないだろうし。
「まあな」
「覚、もう完全に私の内心を復唱する気も無いね?」
「復唱して相手に心が読まれてるのを知らせて気を滅入らせるなり真実を暴くなりすんのが私だ。対して心が読まれても気にしねえようなヤツにはあんまり興味がねえんでな。お前、さらっと受け入れ過ぎじゃねえのか」
「理不尽」
良いじゃん今更じゃんそんなの別に。
心読まれたら恥ずかしいとかはあるかもしれないけど、色んな人の心の声が常にお届けされてる覚からすれば大抵の恥ずかしい考えは最早デフォルトだろうし。
「種族によってセーフアウトライン違うから尚の事凄ぇぞ。人間はよくわかんねえ変態行為を想像してたりもするが、人外なんかはただの交尾なのに意味わかんねえ動きするのも居るからな」
「うわあい……」
オタクの天敵のようにも思えるが、多分オタク以外からしても天敵だと思うその能力。
幸いなのは覚側がそれに慣れ切ってるから心を読んでも大して動揺しないでいてくれる事か。
「ただお前はちょっと凪が過ぎるな。凪っつーか流され過ぎるっつー感じか? 受け入れが尋常じゃない。水かお前は」
「どういう言われ方してるの私」
水かお前はって何。
「要するに、混ざりやすいという事ですか?」
「混ざっても水である事がブレねえって話だよ」
ガルドルの言葉に覚は湯飲みを掲げてそう答える。
「水に茶葉混ぜれば茶になるし、毒混ぜれば毒の水だ。しかし液体であるって部分にゃブレがねえ。しかも川なんかだと、毒が混ざろうがしばらくすりゃあ元通りだ。けろっとした顔でな」
「……どういう評価をされてるかがサッパリなんだけど」
「褒めてんだよ。自分の事だけで精一杯になって他人を気遣う余裕のねえ人間が多い中、お前基準じゃ異端でしかねえ常識をさらっと受け止めてるって部分をな」
「異世界人だからじゃない?」
「これでも妖怪だから私に寿命の概念はねーんだよ。それなりに勇者も見てるが、勇者の性質だって千差万別だった。異世界云々の壁があろうと、人間の有り様に変わりはねえんだろうさ」
まあ地球でも色んな人が居たし否定は出来ない。
自分だけで精一杯になってピリピリしてる人が多過ぎて、自分と他人の間にある溝がとても強い印象だ。
「で? シュライエンの事引き取る気はあるか?」
「あるも無いも結局何で私なのかがわかってないよ」
「国に所属してるわけじゃなく、しかし真っ当な奴隷使いであり、自ら奴隷になりたがるヤツが複数名居て、更に奴隷を大事に扱っている。こんな好条件のヤツ早々いねえぞ」
「褒めてくれるのは嬉しいけどそこじゃないんだよなあ」
「わあってるよ。だから何故それが引き取り手に選ばれる理由になるのかって事だろ。聞こえてるっつの」
ソファの肘置きを使って頬杖を突き、我が物顔でどっかり胡坐を掻いた覚が言う。
「シュライエンのヤツがお前をめちゃくちゃ気にしてるから」
「何で?」
私がシュライエンと接したのあの瞬間だけなんだけど?
「まずアイツから見て、勇者が成功するのは良いんだ。当然だから。故に勇者に負けた事は不愉快だが自分じゃ敵わないって諦めもあった。そして私に対してもな。人外の奴隷使いは勝ち組であり金持ち。人間の奴隷使いがどれだけみじめだろうと、ソイツらは勝ち組になれる……と、シュライエンのヤツは思ってるわけだ」
「はあ」
政治家の子が政治家になるのは不思議じゃないし、医者の子が医者になるのもあり得るし、武将の子は武将になるだろうさそりゃ、みたいな事だろうか。
まあ王族の子が王様になったりするもんね。
……豊臣秀吉は農民から天下統一成し遂げたけど!
とはいえすぐに終わったし、その後農民の子は農民だし商人の子は商人にしかなれないみたいな事になったようだが。
そういう事をするから政治も思考も停滞するんだろうに。
あ、こういうところに革命家が出現するのか。成る程。
……女性も教育を学べるようにって新しい風を吹き込ませた津田梅子も一種の革命家だよねえ。
成る程成る程、そういう小さな事のように思えるけど確かに大きな事柄なんかも革命の一つと言えるのか。正に偉人とかがそういうタイプ。
ま、だからってシュライエンの引き取り手に選ばれる理由はサッパリだけどさ。
「そこだよ」
「どこ?」
「トヨトミヒデヨシ? とかいうヤツ。お前が今考えただろ。要するに農民としてしか生きられない自分達の中から王が生まれたようなもんだ」
「何が?」
「人間の奴隷使いでありながら真っ当に活動してるお前」
「…………つまりシュライエンは私の存在にとてもコンプレックスを刺激された、みたいな?」
「強く意識を向ける対象ではあるな。卑屈な中に憧れと希望がブレンドされたような感情向けられてるぜお前」
「何その新し過ぎるブレンド……」
ブレンドより安心出来るブランド品が欲しい。
お米だってブレンドよりブランドが良いし、ブレンド系でイメージされやすいコーヒーは正直あんまり飲まないし。
いやまあブランドとか言いながらブランド品そこまで興味無いけどさ。
チョコなんかだとブランド物が美味しくて好きだけど。
……バッグとかは使いやすくて穴とか開いてなければそれで良いしね。
あとはストーカーさん達が知らない内に新作と交換していったりするくらい。
ブランドには詳しくないので、新作とか言われても知らないけれど。
出先で新作高いんじゃないのとか言われても、貰い物なので値段がわからず返答に困ったものだ。
「っていうか、それで何で私を引き取り手に選ぼうってなるの? 普通に考えて避けさせた方が良い対象じゃない?」
「ですよねえ」
ガルドルがうんうんと頷く。
そういえばさっきから読心によって会話がちょいちょい端折られてたが、ガルドルは理解出来てただろうか。
まあ覚とそれなりに付き合いがあるようなので慣れているかもしれない。
わからなかったら言うだろうし多分大丈夫だろう。多分。
「元々は革命家の素質があったんだ。それなら真っ当な見本を見せた方が良いだろ。私じゃ種族が違って見本にならねえ」
「いやいやいや」
「あと人間に迫害されたんなら真っ当かつ大事に出来る人間に面倒見させりゃあの偏屈っつーか卑屈なメンタルもどうにかならねえかなって」
「希望じゃん! 確証無いんじゃん!」
「私は心を読むだけで未来視が出来るわけじゃねえんだよ。未来視出来てりゃ予想外のアクシデントにやられて退散させられたりとかの逸話残らねえだろ」
ごもっともだった。
「えー……でも本当相手出来るかわかんないんだけど……真っ当な奴隷使いって言われても、私の場合殆ど皆に任せっきりなわけだし。寧ろお世話される側なんだけど」
「人間でありながら人外と同じような思考回路してるのが良いんだよ、お前は」
「ええー……」
正直言って、拒絶する理由は無いと思う。
いや無いか? そうでもないな? 初対面で絡まれたり誘拐されそうになったりで普通に拒絶する理由しかないな?
「ちなみにガルドル的にはどう思う?」
「旦那様にとって面倒事となるのであれば断った方が良いかと。対応出来る事と旦那様自身に掛かる負担は別問題ですから」
「つまりガルドル的には私がシュライエンの対応出来そうって考えなわけだ」
嘘を吐く気が無いからか、図星だったらしいガルドルは思いっきり顔を背けた。
……無理なら無理って言うだろうからねえ……。
負担を度外視した場合、対応自体は出来るという事だろう。
私が知らない私の情報も知ってるだろうガルドルがそう言うなら、多分間違いない。
自分自身に関しては他人から見た方が正確性高かったりするし。
「でもシュライエンの方が断ったりとか」
「するだろうな」
「ほら」
「が、罪人と判断され奴隷になった以上そんな事を言う権利は無い」
「身から出た錆が凄いなシュライエン……」
全身錆だらけじゃないか。
そう思うと同時、扉がノックされた。
返事をする前に開けられた扉から、ひょっこりとクダが顔を出す。
「クダ、どしたの?」
「んー、まあ普通に何があるかわかんないからエルジュの魔法経由でこの部屋の中の話聞いてたんだけどね?」
前から思ってたけどプライバシーはどこだ。
地球に居た頃から私のプライバシーなんて無いようなものだったけども。
「とりあえずクダ達の意見としては別に良いんじゃないって感じだよーって報告だけしようかなって。主様、クダ達が嫌がる可能性考えて悩むかもしれないし」
「確かに今正にその辺りについて考えこみそうだったけどね!?」
いつもそんな事言ってるからか先読みが早い。
先んじて憂いを断ちにくるとは。
「……まあ、皆基本的に普段からそんな感じだけどさあ……」
「うん、決定権は主様だからね。クダ達は主様が決定したなら基本ウェルカムだもん」
……ウェルカム過ぎるから困るんだけどなあ……。
何が食べたい? って聞いた時に何でも良いよと答えられるレベルで困る。
せめてガッツリかさらっとか洋風か和風かを伝えてくれ。
そう思うと成り行きでストーカーさんと食事に行く時は当然のようにその時の私の気分に合わせたお店に連れてってくれてありがたかったものだ。
いや今思い返すと私の記憶ストーカーさん達だらけだな。どういう日常を送ってたんだ私は。
「で、お前の意見は?」
「いやもうわかんないってコレ……クダ達だって押しかけるようにして来たわけだし」
「まあそうだね!」
「ええ、押しかけました。僕の場合は売り込みでしたが」
「お前中々に濃い奴らからアタックされてんな」
「自覚はあるよ」
濃い奴らにしか好かれないくらいだよ。
常に濃い口。
「んー……覚が深層心理とかも一応確認出来るなら、もうそれ教えてくれない? 私の場合理性とか理屈とかで問題を先延ばしにしようとしてる感あるから本当わかんない」
自分の本音から目を逸らしている、かもしれない。
なんというかYesとNoにそれぞれ票が入ってるんだけど、結局どっちの票が多いのかわかりませんという感じなのだ。
「……ま、そうみたいだからな。手っ取り早く答えを言ってやるか」
覚は猿顔から長い黒髪を持つ子供の姿へと変じ、口元にだけねっとりした笑みを浮かべながら鋭い爪でこちらを差した。
「お前、引き取ったら引き取った以上は面倒見なきゃって腹括るから答え出すより行動した方が早い。根本的に誰かを嫌ったりとか向いてねえメンタルしてんだよお前。自分に具体的な害さえなければ、どころか具体的な害がありそうでも未遂ならまあ良いやって流す傾向にあるし」
「否定が出来ない!」
ストーカーさん達にもストーキングされてたけど実害無ければ良いやって流してたもん!
正直盗聴器とか監視カメラとかめちゃくちゃ実害あったけど別に痛い事されてるわけじゃないし良いかーって感じだったもん!
そして別のガチストーカーが変な妄想癖で怖かったりした時もいつものストーカーさん達で仕留めた後にストーカーさん達の仲間入りした時にはじゃあ良いかなって流したもん!
……や、うん、いつものストーカーさん達が見張っててくれるみたいだし、少なくとも慣れたストーキングの範疇内なら害無いし良いかって……思って……。
流されやすいとかそういう次元じゃない気がするが、まあ良いや。
いやだからこういうところがアレなんだろうけど。
……実際、誰かに好意を抱いたりはしても嫌ったりは苦手だしなあ……。
痴漢とか変態は普通に嫌だけれど、だからといって痴漢してきた相手を恨み続けるわけじゃない。
というかそんな相手にわざわざメモリを割くのが面倒なのだ。
そんなところにメモリを使うくらいなら子供向け映画見る方が幾らか良い。
子供向け映画、結構子供向けと侮れない道徳が詰め込まれてて見てて楽しいし。
「……じゃあとりあえず顔合わせだけして、シュライエンが拒否ったら却下って感じで」
「だからアイツに拒否権とかねえんだって。そういう権利がねえんだよ。罪人だから」
「そうだった」
「ま、本気で無理なら回収しに行くさ。お試し期間とでも思っとけよ」
子供の見目で、子供らしからぬ貫録を出しながら覚は言う。
「奴隷契約でガッチガチに縛ってあっから、正当な理由ありきの攻撃ならともかく、衝動によるものや理不尽な攻撃は出来ねえようになってるし」
「正当な理由」
「とんでもねえ勢いで眼前まで迫ってきてる矢を攻撃で弾くとか」
確かにそれは正当な理由だろうけど、どういう状況下が想定されてるんだ。




