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ゴースト・ネゴシエイター、真壁順子

作者: 相浦アキラ

 俺はトラックにひかれて溶き卵みたいになって死んだ。

 ついに死んだのだ。

 霊体と化した体で凄惨な事故現場を飛び回ると、達成感に引き攣った笑みが零れる。


「ヒッヒッヒッヒッヒ……!」


「ええ……」


 夢間獄士むげんごくしのパツキンギャルが、ドン引き顔で俺を見ているがどうでもいい。

 やっと俺は、非自死げだつを迎える事が出来たのだ。


「あんた、死んだのになんでそんな嬉しそうなんスか? ……気味が悪いッスよ。あんたみたいなブサメンが死んだら、大抵『童貞のまま死ぬのは嫌だー』とか泣きわめいて面倒くさい事になりがちなのに……」


「確かに俺は童貞だ。それもただの童貞じゃない。女性とデートした事も、手を握った事も無い。穢れ無き究極完全童貞だ。女性といかがわしい事をしたい等と思った事すらない!」


「ああ、そっち系の?」


「違う! 俺は現世利益に一切の興味が無いだけだ! 俺はハマルク様の為に……ハマルク界での夢間安穏を得る為に、毎日の厳しい勤行をこなして来た! 童貞を護り、ポルノを絶ち、ゲロ不味いカメムシジュースや、ドクダミゼリーも毎日欠かさず受療して身を清めて来た! 全てはハマルク様の為に!」


「ええ……」


「さあ、夢間獄士の少女よ。今こそハマルク界への扉を開いてくれたまえ!」


「言いにくいッスけど……」


「どうした?」


「ハマルク界とかはありません」


「は?」


「これからあんたの魂は、私にグニャグニャーってされて、そんで新しい魂になって適当に再利用されるだけです」


 成るほど。


「……これが……ハマルク様の与えてくださった最後の試練……そういう事ですね……ハマルク様……」


「違いますって! ハマルク様なんていません」


「ハマルク様への侮辱!? 夢間獄士とて許さんぞ!」


「私ムゲンゴクシじゃないですって。普通に死神ッス」


「お前は……何を言って……」


「いいからとっとと成仏してください。定時で上がりたいんで」


「ど……どういう事だ……?」


 おかしい……何かがおかしい……


「ハマルクのバーカ!」


「――貴様ッ!! 何を!!!???」


「これで分かったでしょ? 私がハマルクの使いだか何だかだったら、試練だとしてもハマルク様とやらの悪口言える訳ないでしょ?」


 た……確かに……


「でも……おかしいじゃないか……敬虔なるハマルクの子らを真っ先に出迎えるのは夢間獄士だと経典に……」


「だからその経典が嘘なんじゃないッスか?」


「そんな……そんな筈は……」


 否定しながらも、俺の中の疑念は強くなるばかりだった。


 思い返せば、最初からおかしかった。……非自死げだつを成し遂げた敬虔なるハマルクの子らを真っ先に迎える夢間獄士。ハマルク経典夢間の章第34節によると、その姿は白ワンピを身に纏った初老の男性の筈……しかし、目の前の人物は黒ローブのパツキン少女……経典とは対極の存在である。


「そんな……まさか……」


「あ、やっと気づきましたか」


 俺は、騙されていたのか。


「ドンマイでーす。じゃあリラックスしてくださいねー。魂コネコネしちゃいますからー」


「そんな……嘘だ……じゃあ……ハマルク界は……? 俺の……夢間安穏は……?」


「知らないけど、多分ないッスねー」


「許さん……」


「えっ」


「許さんぞおおおおおおおおおおおおおおおお!! よくも騙しやがったなああああああああああああ!!」


「ひっ――!」


「神託者あああああああああ! 騙したなああああああああああ! 言ってたじゃねえかあああああああ! 千人の超絶美女と無限のシチュエーションで時空を超えて時限遍在に永遠に愛し合う事が出来るってえええええええ! ハマルク様の為にその身を捧げて清い身のままでいれば可能だってええええええええええ! 嘘だったのかよおおおおおおおおおおお! 俺は……何の為に……何の為にいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」


 虚無……俺の人生の全ては、無意味だった。

 復讐……復讐しなければ。

 この魂が粉々になろうとも、ドス黒く歪もうとも、関係ない。どうでもいい。全てが。

 腐り切ったこの世界を、破壊してやる。徹底的に。


「……ヤバ……落ち着いて! ……落ち着いてください!」


「許さねえええええええええ!! 破壊してやるううううううう!! 何もかもおおおおおおおお!!」


 霊体の表皮が剥がれ落ち、赤黒い肉体が隆々と盛り上がる。

 歯が牙となり、爪は長く婉曲し、全身から棘が突き上がる。


 魂の底から、邪悪な力が溢れて来る。だのに不思議と清々しい気分だ。

 間違いない……我には出来る、出来るんだ。

 コノ最低最悪ノ世界ヲ破壊シ尽クス事ガ!


「ヒッヒッヒッヒッヒ……! 人類ドモ……覚悟シロ……!」


「どうしよ……! ヤバ! あ……そうだ……こんな時は真壁さんだ! ちょ……ちょっと待って! 待ってください!」


「ダマレ……ハカイシテヤル……」


「あの……エッチな事してくれる人連れて来ますから!」


「――エッチナ事ダト!?」


「すぐ連れて来ますから、待っててください!」


 ソウカ……ダッタラ……チョットダケ待ッテアゲヨウカナ……


 ◇ ◇ ◆ ◇ ◇


 小一時間後。

 鼓動の高まりを感じながら待っている我の下にやって来たのは、紅白の巫女装束を身に纏ったポニテ美女だった。

 おっぱいも、結構ある!

 おお! なんだかすごくいいぞ! 待った甲斐があった!

 しかも、流れ的にこの子とエッチな事出来るっぽい感じなんですけど!

 マジかよ! どうしよドキドキしてきちゃった!


「エット……アノ……アハハ……コンニチハ……ヨロシクネ……」


「残念ながら、私はあなたといかがわしい行為をするつもりはありません」


 何ダト!!??


「ヤハリコノ世界ハ無用……!! 破壊スル……!!」


「話だけ聞いてください」


「……エッチナ話カ?」


「違いますけど、ちょっとエッチな要素もあるかも知れません」


 ちょっとエッチな要素かあ。それは気になるなあ。


「ナラ話セ」


 世界の破壊ならいつでもできるし、俺はちょっとだけ話を聴く気になった。

 そして、巫女さんは色っぽい唇を開く。


「あなたが信奉していたハマルク教の教祖……日比谷哲郎に脳内探索ブレインダイブしてみた所、彼はハマルク教の教義を完全に信じ切っているようでした。初めは上納金の為に信者を集めるのが目的だったようですが、今では完全にハマルク教を信じ切っています」


「ソレガドウシタ!」


「彼が死後に味わうであろう絶望を想像してみてください。彼は、あなたのように誰かに怒りをぶつける事もできないのです。自分の人生の空虚を真っ直ぐに突き付けられ、沢山の信者達を騙し続けた罪悪に苦悩し、擦れ切った叫びを上がる事しか出来ないのです。それが彼の避けられない運命なのです。あなたの復讐は、既に完了しています」


「ダマレ……我ガ復讐ヲ望ムノハ奴ダケデハ無イ……コノ糞世界ソノモノニ対シテモ復讐スル必要ガアル……」


「確かにあなたの苦しみは、あなただけの物です。心中お察しする事も叶いません。ですが……想像してみてください。生まれてこの方全くモテなかった男性が、何かのはずみで性交渉できそう、という状況を。その心内の昂りを……現実に、世界のどこかに存在するんです。そんな状況が……。あなたがやろうとしている事は、彼の幸福の絶頂を打ち砕く事に他ならないのです」


 ソンナ……アンマリジャナイカ! ソンナノ……!

 ……我は……俺は……!


「うううううううう!! 俺は……何て酷い事を……!!」


 毅然とした態度を崩さないまま、女は俺をじっと見上げて来る。

 何故か寂しげに微笑み掛けて来る。


「うっ……目ヲ見ルナ……照レル……」


「これは失礼。少しだけ、感傷に浸ってしまいました。出会い方が違えば、あなたと恋仲になる事もあったかも知れないと」


「――マジで!?」


「私はダメ男好きでしたので」


「へー! そうなんだ!」


 でも、過去形か。


「……今は違うんだ」


「そうですね。ハメドリを勝手に動画共有サイトに上げられて100万再生されたり、闇金に借金を背負わされて体を売るしか無くなったりと、色々とあったので……神主に暗示を掛けて貰って今はそんなにダメ男好きじゃないですが」


「う……そうなんだ……」


 美人なのに……結構波乱万丈な人生送ってるなあ……


「はい、今のがちょっとエッチな話でした。おさわりとかはNGですが、大人しく成仏してくれますね?」


 おさわりとかはNGなのかあ。

 ど……どうしよっかな。でも確かにちょっとエッチな話だったし……


「……ま、まあいいよ」


「じゃあ成仏行っちゃいますね」


「……頼む」


「ハンダラヘンダラゲンダラアンダラ……」


 う……意識が遠のいて来た……

 ……次に生まれ変わるなら、ミドリムシがいいなあ。

 光合成できるから餌取らなくていいし、動けるから普通の植物と違って散歩とかできそうだし。


「ミドリムシがいいですか。なるべくそういう感じに計らってみます」


「ありがとう……ゴースト……ネゴシエイター……」


「どういたしまして」


 手を振ってくれている彼女の姿が、段々と輝き滲んで行った。


 ◇ ◇ ◆ ◇ ◇


 薄霧となり、天へと昇って行く魂へと手を合わせる。彼女は踵を返し、そっと紅白の後姿を向けた。

 そして艶やかに草履を滑らせ、風光明媚に歩を進める。まだ見えぬ朝日を受けて、段々と白く成りゆく山々の稜線に向かって。



 混迷極まる現代社会。荒れ狂う悪霊を払うのではなく、優しく包み込むように鎮める。

 そんな一人の女がいた。


 彼女の名は、真壁順子。

 令和を生きる、凄腕の心霊交渉人ゴーストネゴシエイターである。



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― 新着の感想 ―
[良い点]  今作もとても面白かったです。  特にミドリムシの件で大爆笑。  なんかちょっと、かっこいい感じの話の閉じ方もツボです。 [一言]  次回作も期待しております。
[良い点] 切なさが美しさと汚らしさを含み、すべてを肯定している(意味不明) [気になる点] あらすじにある主人公の名前、出て来なかったですよね? これは長編スタートの前触れか!?
[良い点] めっちゃ良かったです! せつねぇぇぇえぇ! もっとごねれば真壁たんとアレコレできたかもしれんのに(←ムリ)
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