魔女の思惑
1.
ラーマは胸に冷たい感覚を覚え、目を開けると
胸にはさっきのアイスがベッタリと溶けていた。
「よおし、起きてくれたか。」
「―は?」
先程の愚行を悪びれる様子もなくクラフが書庫に向かう準備をすると、ラーマが匙を投げた。
「いやいや、少しは謝るっていう気持ちがないの―」
「-ない」
即答だった。
「―気絶してるお前を丁寧に起きるまで待ってやってたんだからそれでチャラだろ?」
暴論だった。はぁ、とため息をつくと
「分かったよ、行くよ。」
胸のアイスを近くの噴水で洗い流し、二人は書庫へ向かう。
「-またですか。」
金髪の少年が気だるそうに問うと、おうよ。とクラフが破顔して返答する。
「ところで、そちらは?」
「ああ?これは俺の親友のラーマ、まあこの前の件でこいつの力が借りたくてな。」
とシーラの問いに、クラフがラーマの肩を組んで答えると、ラーマは満更でもない顔をした。
「―じゃあ、お邪魔するぜ」
銅貨を2枚投げ、二人は奥へ行く。
「―チッ」
金髪の少年が舌打ちをした。
2.
シリウス家の当主の息子 シーラ・シリウスは秀才であった。
幼少期から父からの英才教育を仕込まれ、魔法、教養のいずれにおいても傑出していた。
さらに、長男でもあった彼は人一倍その教育の下敷きだった。
試験でよい結果を残せなかった日には殴られ、魔法の決戦で負けたら家に入らせてもらえなかった。
しかしこの倍の圧力下敷かれていた彼も弟の誕生で潰れ始める。
弟は兄よりも秀でており魔法に関しては太刀打ちできないほどであった。
何よりの違いは愛嬌の有無である。それにより、兄と弟への両親の向ける視線は全く別になってしまった。
だからこそ今や、シリウス家の跡継ぎであろう者がこの華のない町の書庫の司書をやっているのである。
-華族である自分がなぜこんな、民族と同じ目線、よもや喋らなければいけないのか―
と苦悩する日々であった。
3.
「-なあ、聞いてっか?おーい。」
クラフが受付の台に前のめりになり、シーラの肩に触れようとすると―
「―触るな!」
と鋭い声で手を払いのける、直ぐに我にかえり訂正する。
「-すまない。少しばかり考えごとを。」
あっけらかんとした顔の二人。
「意外だな、お前が考え事なんて。」
「まだ会って数日だろう。知ったような口を聞かないでもらえるかな。」
クラフにシーラが言葉を槍にして投げ返す。
「もうやめとけよ...」
ラーマが二人の熱された視線に水を注ぐと、クラフが本題に入る。
「で、呪いを吹っ掛けた奴ってどうやったら分かるんだ?」
「まずそれが呪いってのも分からないなら為す術がありませんが。」
そうシーラが嫌味ったらしく言うと、クラフが答える。
「魔祖の魔女がそう言ってるんだぜ?それでも信用してくれねぇか?」
「―ッ」
他二人が息を呑む。するとシーラが刺々しく言う。
「君がどこで魔祖の魔女と関わりを持つのかっていう点から信用できないですけどね。」
「その魔女ならアーグス家の宮殿にいるぜ。あまり会いに行きたくないからここに来たんだけど三人もいれば大丈夫。行ってみっか?魔祖に聞いた方が早いしな。」
皮肉を本当に投げ返されたシーラが間の悪そうに前髪を乱れさせながらデコを掻いた。
三人は宮殿の前にいた。
シーラはどうやら書庫を留守にしてきたようだ。
普段は人なんかめったに来ないから閉めてても開けてても同じことだ、ということなのだろうか。
クラフが腹に力を込める。
「ごめんくださーい!」
横にいたラーマが叫ぶクラフの口を塞ごうとすると辺りの雰囲気が凍りついた。
辺りが何処からともなく薄暗くなると、教養のあるシーラは理解した。
-暗魔法の使い手、小法を司る魔女、アスタシア・ルーフだと―
後ろからまた、あのヒールが地面に着く音、服が風でなびくような音がして振りかえるとそこには彼女がいた。
「こんな登場で驚いたやろ?ちょっと役者っぽいとこあってなぁ」
と冗談まがいにクラフに言うと他二人に鋭い視線を向ける。
「おたくら、誰?」
二人は感じた。
-この場に居るのはまずい、と。
「私たちは呼ばれていないようですね。」
とシーラが言うと震えているラーマを連れて、書庫へ戻っていった。
「-お、おい!ちょっと待ってくれよ!」
とクラフが追いかけようとすると、アスタシアが呼び止める。
「なんかうちに質問合って来たんやろ?まさか、からかいに来ただけ?」
後半にかけてはものすごい険の籠った声で言われ、位置に戻った。
クラフが単刀直入に聞いた。
「この呪いを掛けた奴って分かるか?」
アスタシアが少し考えている。
「-まあ分からなくもないってところかな。」
そうか、とクラフが言う。
「前も言ったけど魔法は波長が唯一の自己の証明。うちが波長を感じ取れるのはせいぜい半径100mくらいの範囲やね。」
「ってことはアスタシアさんを連れて歩き回るしかないってことか-。」
予想外の考えにアスタシアが吹き出す。
「うちそこまで考えが至らんかったわー。いやー、すること為すことあのお方にそっくりやんな。」
また、アスタシアの口から発せられた「あのお方」という言葉。
「あのお方って?」
と我慢できずにクラフが聞き返すと、
「神人 ホルス・オルデリム様よ」
「ー!」
神人とは50年前のアーグス家との戦いで勝利したオルデリム家が自身らを誇称するために与えた名前だ。今でもその伝統が受け継がれ、今はホルスが神人とされている。
「-ただ単に似てるってだけやから気にせんといて。けどあんたの言ったこと本当なら高く付くで。」
と今度は真剣味を帯びた声で言う。
それに申し訳なさそうにクラフが言う。
「すまねぇけど、俺には金もねぇなら、力もねぇ。けど助けてくれりゃあ、それ以外のことなら何だって聞くぜ。できる範囲だけどな。」
と最後は自身なさげに言う。
その誠意に感心したのか、アスタシアが言う。
「よし、乗った。あんたの呪い解除手伝ってあげる。けど私が誰でも人助けする人と思うたら大間違いよ。こんなことするのもあんただけなんやからね。」
と綺麗な黒髪、口の斜め上にある黒子を強調しながら言う。
「わ、わかってるよ」
と頬を赤らめたのを隠すようにそっぽを向く。
4.
「ど、どうだった?」
と心配そうな顔でラーマが聞くと、
「なんかどういう風の吹き回しだか知らねぇけど手伝ってくれるってさ。」
「まじで!?あの人が!?」
と心外な発言をするラーマにクラフが言う。
「あの人が!?ってなんだよ。普通にいい人じゃねぇか。それより何より悪いのは途中で帰ったお前らだろうが。」
そう指摘すると、黙っていられなかったシーラがさっきの行動の真相を語る。
「僕たちもできればそこにいて君の補佐役になりたかったさ。しかし、それをさせなかったのはあの魔女、アスタシア様さ。」
「別に、帰れなんて言われてなかっただろ。」
分からないクラフにシーラが話を続ける。
「君もあの人と最初に会ったときに感じたんじゃないのか?あの恐怖を。」
「-あ」
やっと理解したクラフにシーラが推理を始める。
「彼女の回りには無数の恐怖因子がある。それは言わば彼女のペットだ。それを君へは攻撃させず、僕らへだけ攻撃させたってわけなんだ。」
ラーマがうんうん、とうなずく。
「あれ以上あそこに居たらどうなってたか分からない。」
自身のあの魔女と初めて会ったときのことを言い当てられ、ぐうの音も出ずにいると、
「たぶん彼女は宮殿に住み着いてるだけ。ただの浮浪人だ。」
「ー?」
「どういうことだ?やるべきことがあるって言ってたんだぞ?」
とシーラの存外な言葉にクラフがその魔女の言っていたことをそのまま言うと、
「ならなんで君を手伝う?」
ああ、と納得したクラフが黙り込む。
「じゃああの魔女の狙いはなんなんだ?なぜわざわざここに来る?」
「-神人の命令だよ」
と言葉を発したのは意外にもラーマだった。
「魔祖が神人の言いなりってのは結構有名な話だと思うけど。」
そのことを聞くとあの魔女の言動がすんなりと府に落ちる。
「-その話はここまでにしましょう。あまりにも不敬すぎる。」
とさっきまでの態度が嘘かのように背筋を正すシーラ。
「-それもそうだな。よし、今日は魔祖の協力の予約も取れたし十分だろ。ラーマ、帰ろうぜ。」
そういうと二人は今日来た道を赤く染まった夕日に照らされながら、帰っていくのだった。
是非感想ください。