俺たちがファースター
ーーー。
なんだろう、何か嫌なものを見たような気がする。
あの日差しをも跳ね返す濃いウグイス色のー。
1.
「うーん。やっぱり殴るより蹴る方が好きだな!」
ニコッと笑う、あせたウグイス色の髪の少年。
「え!?ちょっと待ってクラフ!まだ心の準備がー」
綺麗に軌道を描いて跳んでいく脚。
-バコン
「うぅ...」
突如、空中に出現した氷により蹴りを止められうずくまるウグイス色の髪の少年、クラフ。
それは痛みから来るものではなく、少年の心の奥深くにある閉ざされた扉を、今開かんとする行動からであった。
「ごめん、私もわざとあなたの前で魔法を使った訳じゃないの。ラーマを守るため。そこだけはちゃんと言っておく。」
蹴りを受けるはずだった少年、ラーマを守ったのは氷属性の魔法使いとは思えないほど紅に染まった髪、引き締まったお腹、スラッと長い脚のミニリカである。
「まずは二人とも謝る!そこからでしょ!」
バツの悪いクラフ、俺も謝るの、と不服そうな顔をするラーマ。こんな二人だからこそこの少女が必要なのだ。
「-すまねぇ。」
「-ごめん。」
空気の悪い空間を少女が切り裂く。
「ところで皆、今から行きたいところがあるの。付いてきてくれるでしょ?」
拒否を含む返しを想定していないような提案を言うと二人の手を引いていく。これでも三人とも16才である。なぜ、手を繋ぐまで仲が発展したのかと言えば、幼馴染みだからだとしか言いようがない。
「よしっと!」
そう言うと陽が降り注ぐなか木陰に二人を座らせ、その前に立つ。
少し言い出しにくいことでもあるのだろうか、外見に似合わず言葉をつまらせる。
気を使われているのを察したクラフが分かったように言う。
「お前、魔法学院に行くんだろ?そんなんで俺がお前のことを嫌いになる分けねぇだろ。」
「-!」
驚いたように見るミニリカ、そうなのか!?と言わんばかりのラーマ。さすがにラーマに関しては今まで気付かなかったのかと言い返したいほどに呆れるクラフ。
「俺はなぜか知らねぇけど魔法が嫌いだ。魔法を見ると心の奥底から嫌悪感が沸いて仕方ねぇんだ。だけどそれとこれとは別だ。魔法で親を殺されたわけでもねぇし、俺が被害を被ったこともねぇ。だから俺のことは気にすんな。」
そうクラフが言うと、ミニリカが肩を和らげて言う。
「気づいてたの...?」
自信ありげに
「俺、そこんところのカンジョーのキビ?を汲み取るのが上手くてな。」
「絶対意味わかってないでしょ...」
ラーマが小声で言うと灼熱のように熱い視線をウグイスヘアーから感じ、言いはぐらかした。
「で、いつから?」
「来月」
クラフが聞くとミニリカが隠さずに答える。
「-ッ」
重大なことほど早く言う癖をつけていた彼ら。16歳の節目を迎えて重大な出来事(もちろん離別)も覚悟していたがやはり予想外すぎた。
「そうか。ならこの町で最後の時間、ちゃんと過ごせよ。」
そう言うとクラフはラーマに顎で行くぞの合図を送り木陰から立ち去ろうとする-
「この嘘つき!」
燃え上がるような声だ。いや、涙という属性で中和され今にも燃え付きそうな声だ。
しかし彼らは歩みを止めることなく林を戻っていった。
2.
クルフは男手一つで育てられた。
今の父親、否、おじいさんは命の恩人でもある。
クルフが自分の出自をひどく迫って聞くようなときには大体この話をだらだらと語るー
ークルフが赤ん坊のときは森のなかに居た。今にも凍え死にそうで弱っていた。それを拾いあげてー
まあ、こんな話だ。それを何度も聞かされると、もう聞きたくなくなってくる。
だけどこれを聞かされ、誰もが思わずにいられないことがあるではないか。
「-俺は誰の子どもなんだ-」
3.
家に帰ったクラフは肘掛けのひどくすり減った椅子に座った。
この椅子の肘掛けのような気持ちになりながらも一番の疑問を自分自身に投げ掛ける。
-なんで魔法が嫌いなんだ-
これが一番の疑問であり、これまでの人生を形作って来た疑問でもあった。
魔法を見るだけで、嫌悪感が襲ってくるのだ。これにより、ミニリカにも気を使わせている。
そんな自分がとてつもなく嫌いだった。
一時期、そんな自分を是正すべく魔法を使おうと試みたこともあった。しかし呪文を唱えている最中に嘔吐。体が痙攣するほどだった。
心の暗闇にある扉は頑丈で、理性でも打ち砕けないほどの硬度だったし、開けることができないくらい重くもあった。
ふと、心に引っ掛かる言葉が思い出された。
過去にラーマが俺に言った言葉である。
「-もう呪いレベルの拒否反応だよね-」
そのときは蹴り技で沈めたラーマを今はこの手で撫でてやりたい気分になった。
「それしかない。」
この言葉に願いを託すようにクラフは考えを改めた。
-嫌いなのではない、呪いなのだ。
そう思い込めば行動は早い方である。
徒歩1時間ほどかけてアグレスの書庫を目指す。
アグレスとは旧アーグス領の首都であったが、
50年ほど前の戦争でオルデリム家に敗れ、昔ほどは栄えていない。
割れた石畳を歩いていると、閑散とまではいかない雰囲気が漂っていく。
しばらくすると書庫らしき建物が見えた。
他の建物に比べ少しはましなガラス張りの協会仕込みのような窓。
その真下のドアを開けると外見とは似ても似つかないような豪華な内装。
その変わりように圧巻されていると
「-ここはオルデリム家直々に支援させて頂いておりますので。」
「頂く?」
クラフが鋭く返す
「おっと、これは失礼。私はオルデリム家の分家、シリウス家の当主ノース・シリウスの息子、シーラ・シリウスです。以後お見知りおきを。」
「まあ俗にいう華族ってやつか?」
「そういう言い方は好みではありませんが、世間一般ではそういうことになりますね。」
クラフの無礼にも柔軟に対応するシーラ。
「あぁ、そういやそうだった。ここに呪いに関する本ってある?」
本題に戻ろうとするクラフにシーラが眉をひそめる。
「呪いを知って何をするおつもりで?」
険の籠った声に狼狽しながらも答える。
「-俺にかかった呪いを解くためだよ。」
そうですか、と言わんばかりの顔で肩をなだめるシーラに疑問を抱きながらも本の在処を訪ねる。
「-で、どこ?」
すると、申し訳なさそうに言うシーラ。
「言い遅れて申し訳ないのですがここは料金制の書庫になってて-。」
-は?
「え!?町の書庫なら普通は税金で賄うってのが筋じゃねぇのか分家のシーラさんよ!?」
シーラの眉がぴくりと動く。
「いや!絶対にそうだね!どうせ公的に見せた事業で俺ら民族から金を荒稼ぎしてんだろ!?」
一銭たりとも持っていないクラフがなんの収穫も無しにまた1時間もかけて家に帰るのを想像すると油に火を注いだように罵詈雑言が出てくる。
「それ以上言いますと、私も黙っては居られませんよ。」
「いいよ、受けて立つぜ。」
シーラの言葉にクラフが食いつく。
決戦は、書庫の外の閑静な通りの石畳の道路の上になった。
-二人が向き合う。
髪色から見ても確実に光属性、名前によって攻撃が典型的な火、氷、水、風属性の物理属性に比べて、光、暗、イクセラ(他の魔法)は未知数なことが多い。
そんな中先手を打ったのはシーラだった。
「エ・シャーラ!」
突如目の前を閃光が覆いつくし、それと同時に例の呪いにより胃から何かが逆流してきた。
そこへさらに腹の溝への強烈なボディーも食らい、血を吐く代わりに吐瀉物を撒き散らしながらクラフがひび割れた石畳の上を転がる。
-ここで死ぬのか-
4.
「やっと目を覚ましましたね。」
目を開けるとそこには既視感のあるギンギラとしたシャンデリアがあった。
「負けた、、のか?」
「はい。」
「―」
今までラーマとしか相手をしてこなかったクラフがはじめての敗北を噛み締めていると―
「今日好きなだけ使ってくれて構いません。さすがに吐かれるまで殴って申し訳なさを感じない者ではありませんので。」
その気遣いに心のどこかが痛む。
「あ、ありがとな。」
ここは大人な対応でやり過ごす。頭ごなしに怒ってもダメなのだ。これはさっきの闘いで学んだ教訓である。
立ち上がったクラフは少しはめまいを感じながらもその本のある場所に向かう。
―件の呪いについての進捗が一つあった。
その呪い、ディスヘイトはアーグス家の秘法であったと。
「―てことは俺はアーグス家のやつに呪いをかけられているってことか。」
そう深く考えているとと不可解な点だけまるで化石のように残っていった。
「なぜ民族の俺が王族のアーグス家に呪いをかけられるくらい恨まれているんだ?いや、まず関わりを持つこと自体難しいだろ。」
この世では身分がハッキリとは決まってはいないが大体は王族、華族、民族の順で尊いとされている。そう思うのも無理はない。
家でそう思い悩んでいるクラフにしわがれた声が問いただす。
「―どうした?そんな姿、お前らしくないぞ。」
クルフの父親、否、じいさんだ。
「す、すまねぇ。キーフ爺に一つで聞きてえことあるんだけどさ―」
さすがに知らないだろうと希望を持たないように聞く。
「俺って小さいときに、アーグス家ていうのの、誰かお偉いさんに会ったことはあるか?」
「―」
「ないな。すまねぇ。こんな話をしてしまって。」
別にキーフ爺にも本来、間の悪い話ではない。しかしカンジョーのキビを捉えることに人一倍特化しているクラフは何か引っ掛かりながらも、そう言って話を終わらせることにしたのである。
次の日もまたクルフはアグレスの書庫に来ていた。
「ずっと無料で入っていいなんて言っておりませんが。」
「―金はあるよ。」
銅貨1枚をシーラに投げ渡し、肩で風を切りながら呪いの本が置いてある本棚に向かう。
「―呪いを解いてどうするおつもりですか?」
「ああ?呪いなんてない方がいいだろ。ただそれだけだ。」
シーラにはそれだけではないように見えたから聞いたのである。
幼馴染みの一人が遠くの学校へ行くのに誰が黙って見届けるのだというのだろうか。否、この少年にはその気は更々ない。
その次の階段にまで足を掛けようとしているのがウグイスヘアーの思惑だ。
「―そうですか。」
その思惑のすべてを感じ取ったように金髪の少年、シーラは自分の前髪をあげる。
その日の夕方、ウグイス少年は頭を悩ませていた。その呪いについてだ。
―呪い解くべき者、呪い掛けし者なり―
簡単にいうと、呪いを解けるやつは、その呪いを掛けたやつだけと言うのだ。
そうなったら、あとは掛けた者に懇願して解いてもらうしか方法はない。
次の日アグレスの町の中心にある、アーグス家の宮殿の前まで来ていた。
荘厳な趣きに圧倒されながらも、腹に力を入れて門の前に立つ―
「すみませーん!」
ウグイス少年の声は閑散とした街を波紋のように波打ち、そこら一体に響いた。
「―聞こえねぇのか?ならもう一回、すみま―」
「―ッ」
背筋をなぞるような怖気が走ったのはそのときだった。
カツンとヒールが地面に着き、自分の真後ろで服が風でなびく音がする。
体の震えが止まらない。
後ろの人物から発せられる、おぞましいほどの魔力量に呪いが作動する、否、この人物の存在自体という補足もつけないと間違いである。
「―そんな怖がらんとってや」
透き通るような声が耳に入った後、彼女の手が肩に掛かる。
その瞬間、彼女自体への怖気は残りながらも、不思議と呪いによる怖気は消えていった。
「あのお方にそっくりやねぇ。」
あのお方とは誰か。というのが最初の疑問であった。あのお方について問いただすかどうか、悩んでいると―
「―あんた魔法嫌悪の呪いかかってるなぁ。なんやったっけ?ええと...ディス―」
「ディスヘイト!?」
「ああ、そんな名前やったなぁ。」
はじめての自分の呪いを理解してくれる人に出会い希望を見いだしていた。
「この呪いを解きにここに来たんだよ!」
そういうと神妙な顔つきで彼女が否定する。
「この魔法の波長の者はここにはおらへんで。」
「―どういうことだ?」
少年の言葉に、察せと言わんばかりのため息をついて―
「魔法には波長ってもんがあってなぁ、人それぞれ違うんやわ。ほら、指紋みたいな感じー?
まあ、波長を見分けれるのはこの国に何人もいないけどなぁ。」
最後は自慢げに語った。それを聞いたクラフが頭の中で一番に浮かんだことをその女性に投げ掛ける。
「か、解説ありがとうございます。ところであんたは何者なんだ?」
「―魔祖、小法を司る魔女 アスタシア・ルーフ」
「魔祖の魔女って言っても中法は男やけどなぁ。」
とこの国では常識、否、知っておかなければならないことを言う。
体全体が萎縮するのを感じつつ小声で羨望する。
「―三大魔女の一人かよ...」
今このプレブス王国には魔法の祖と呼ばれる名を馳せる魔女が居て大法、中法、小法と三人いるがその中の一人と合間見えている。
萎縮するのもごく普通のことである。
言葉を詰まらせていると魔女が言う。
「けど、この波長、どこかで見かけたなぁ。ガレリアが好んでいた波長やっけなぁ。」
「―ッ」
「ガレリアって、あの大法の-?」
クラフがそう聞くと、そうそう、と肯定しながら言う。
「ガレリアに聞くんが早いけど今はメグネの地下で眠ってるからなぁ。」
夜に寝て、朝に起きるの眠るの意味ではなく、永眠しているの方が意味的には近い。
なんで眠っているかは国家機密らしく触れてはいけないのが暗黙の了解、今やそれがメグネ第一行政区が恐怖の象徴になっている一番の要因である。
「まあ、そんなところ。うちは中に入らへんといけんから行くわ。あ、言っとくけど中には入られへんよ。疑問があったらうちしばらくはここにいるからまた門前で大声出し。」
そういうと門をスルリと抜けて荘厳な宮殿の中に入って言った。
その後ろ姿はどこか不気味だった。
次の日、クラフは、一時間歩き続けるのを嫌がるラーマを無理やりアグレスの書庫に連れていった。
道の途中であまりにも暑いだの、喉乾いただの叫ぶのでアイスを買ってやるという提案をしたが、レグルスの街で今その提案を後悔しながら少ないお小遣いをアイス代に費やす。
ほらよ―とアイスを投げ渡すと満面の笑みで棒アイスを食べる。
そこまでしてラーマを連れてきたのは呪いだけの理由ではなかった。
「お前、ミニリカとあれからどうなんだ?」
ラーマが食べるのを止める。
「全然」
「そうか。」
時が止まる。アイスを再び食べようとするラーマを止めるべく―
「俺も学校通うつもりだ。」
「-ッ」
驚くラーマ。彼の魔法嫌悪からの驚きであった。
「けどクラフ―」
「そうだよ。その嫌悪、いや、呪いを解くためにお前を呼んだんだよ。」
「-」
ラーマが口をポカンと開けている。
「なんだよ。」
恥ずかしそうにクラフが言うと、
「お兄さん感動したよ、うん。そんなにミニリカが好きだったなんて、うんうん。やっぱりクラフはツンデレなんだよな、うんうんうん―」
「うるせぇ!」
豪快なアッパーをラーマが見切ってたように避ける。
「って言うことだ。」
とクラフが無理やり本題に戻すと、ラーマも
「なら俺もいく。クラフが欲しかったのはこの返事だろ?」
お前―とラーマの察しの良さに感動していると、ラーマがニヤリと笑う。
「やっぱりクラフって俺にも気を使ってたんだな―ちょー感動したよお兄さんは。あ-」
自身の心配をされて気持ち良さそうにしているラーマが気付いたときには宙に舞っていた。
-ガツン。
ラーマは気を失った。
気楽に書いていくのでよろしくお願いします。