女王アダルジーザの来訪
歩けるようになったルーチェに、アルカンジェロはウリッセに相談し、ケージと猫用タワーを作ってもらう。
普通、猫用のケージは高さのあるものが多いが、ルーチェはまだ低いところが好きらしく、高くてもアルカンジェロの机に飛び乗る程度。
しかし、
「これでルーチェも遊べるよね?」
「まだお小さいので、上に登るのはまだまだかと……」
「そっか……でも楽しみだね」
ニコニコと笑って、尻尾をゆっくりと振りながら離乳食を食べているルーチェを見つめている。
あの日以来、この屋敷で毒が出ないように、ルーチェが口にした銀のカトラリーを使うようにしている。
それらは家令とウリッセが厳重に管理し、日々磨き上げていた。
執事見習いを兼務しているウリッセは、ポケットから懐中時計とスケジュール帳を取り出した。
「アルカンジェロさま。今日のスケジュールは……」
「昨日確認したよね? 兄さん」
「はい。ですが、実は本日、変更となりました。午後、陛下がこちらにお越しになられます」
「えっ? 女王陛下がお越しに? 大丈夫なのかな?」
伯母である前に女王である。
護衛や警備は最高レベルのはずである。
急にこちらにくるなど、何があったのだろう?
「私には分かりませんが……」
と告げ、
「旦那さまが、アルカンジェロさまとルーチェさまに毒を盛った者がいると、お伝えしたそうでございます。女王陛下はご心配になられ、時間をお作りになられたと伺っております」
「陛下にご心配をおかけしたんだね……元気ですってお伝えするね」
ルーチェは食事を終え、前足で顔を洗いながら、
うなぅ!
(ごちしょうしゃまれした!)
と挨拶をしたのだった。
午前中は歴史学と帝王学を学びながら、現在の妖精界の状況を詳しく聞いていく。
「そうなのですね。先生。では、詳しく教えていただけませんか?」
「えぇ。アルカンジェロさまはとても勉強熱心で、私どもは嬉しいです。女王陛下やエマヌエーレさまも、アルカンジェロさまをとても自慢に思っておられるでしょう」
「まだまだです。もっと勉強したいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします」
妖精界はいくつかに分かれている。
ハイエルフと呼ばれる人間に姿がよく似た、美しい男女の姿をとる妖精の住む国。
シルフとも呼ばれる花の妖精などの小さな存在の住む国。
ドワーフと言った大地に住まう働きものの国。
そして、アルカンジェロたちのように動物たちの姿を借りた妖精族の住む国。
他の妖精族たちに比べ、劣るとバカにされているが、実際ハイエルフたちは気位が高く、逆にシルフたちは美しい装い以外は興味がなく、ドワーフたちは気難しい。
精霊の住む国もある。
ノームは学者として時に学問を授けてくれるが、ニュンフェは気まぐれで水に突き落とし面白がり、トカゲの姿をしたサラマンダーはすぐに機嫌を損ね、炎を吐いてくる。
女王はいかに魔力が炎を操るとは言え、王として国を守るために苦心している。
叔父である黒紫大公ベンヴェヌートは、その伯母を支えることなく遊びほうける。
アルカンジェロは悩む伯母や父たちを見てきたので、早く成人したいと思っていた。
それは、短い少年期を奪うことになると女王アダルジーザは胸が痛かった。
アダルジーザは、先代国王に子供がおらず、急死したこともあり王位に就いた。
だが、ある程度歳を重ねていたことと、弟妹が幼かったこと、父の先代大公がもし自分が王位に就いてもさほどせず王位を譲ることになる……またそれが国の混乱を招くと言う説明もあったため納得していた。
本当は結婚するのだから自分の子供に王位をとも思っていたが、夫はアレであり、アレに権力を渡すと国が滅ぶだろう……死ぬまで王として生きるのだと諦めていた。
しかし、生まれた甥が賢く優しく、国や伯母であるアダルジーザを思ってくれること、日々賢者や学者に教えを乞う姿に、胸が熱くなった。
この子にならきっと先代国王や、歴代も認めてくれるだろうと。
「お邪魔するわね! ドミツィアーノ、アンナマリア」
シンプルだが光沢のあるドレスを身につけた女王は、微笑みながら馬車から降り立った。
玄関で出迎えたのは青銀大公夫妻とその長男アルカンジェロ。
家令とアルカンジェロの執事見習いのウリッセも後ろに控えている。
「お久しぶりでございます。陛下」
「……あぁ、嫌だわ。元々、ここは私の家だったのよ? いないことにするつもり? ドミィとアン?」
嫌そうに鼻の上にシワを寄せる姉王に、ドミツィアーノは苦笑する。
「アディ姉上。一応、表向きは王と臣下です。屋敷の中でしたら……」
「……そうね。じゃぁ、とっとと案内して頂戴。あ、そうだわ。アルカンジェロ?」
「はい! お久しぶりでございます」
「返事がいいわね」
アダルジーザは愛おしそうに甥の頭を撫でる。
「そうそう。アルカンジェロ。後で三人にプレゼントを渡すわね? 楽しみにして頂戴」
「姉上? また何を……」
「フフフッ、頑張っている甥と姪にあげられるものよ。とっても高いわけじゃないわ」
「そんなふうに言うから黒紫大公が……」
「あら? またあの口先男が言ってきたの? 私に教えなさい。アイツを徹底的に潰すから」
手にした扇を広げ、ニヤッと目を細める。
「姉上……」
まるでチェシャ猫のようだと、ため息をついたドミツィアーノは姉を屋敷の奥に案内するのだった。