アルカンジェロの将来のために
ルーチェは2週間もすると次第にウゴウゴと這う動きから、体を持ち上げて立つようになり、今日になってテトテト歩き始めた。
普通の仔猫より成長が遅いのではないかと心配になり、賢者に来てもらい相談すると、
「この子は翼猫族ですからの。翼が重いのでしょう」
とエマヌエーレは微笑む。
「それに、思っていた以上に骨折も早く治っておりますな。ルーチェ。具合はどうかな?」
うなぅ!
(元気!)
「『元気』良いことです。ところで、この子の食事はどうなっているのです?」
賢者の問いに、アルカンジェロの側近のウリッセは、
「じ、実は、エマヌエーレさま……幾ら、こちらや料理長が苦心しても、毒が……」
眉を寄せ告げる。
「それに、アルカンジェロさまにも……」
「料理長も苦心しているのにか?」
「私が入ってから増えたと、周囲から……いえ、申し訳ありません」
「ウリッセ兄さんじゃないよ! 逆に、兄さんの鑑定のおかげで、毒を口にしなくて済むようになったんだもの! いつもなら、何日も寝込んでいたよ?」
アルカンジェロの言葉に、二人の大人はギョッとする。
「そ、そんなに多かったのですか?」
「……う、うん……お父様やお母様には内緒にしてね? 特にお母様」
心配するから……
と頼み込む横で、
なぁう、なう。
(料理に毒は盛られてなかったとしても……)
ルーチェは机の上の筆記用具を前足でチョンチョンと触る。
ミャァァ……
(お皿か、スプーンやフォーク、ナイフみたいなカトラリーに毒がついていれば、簡単に口に入るんだよ?)
「えっ?」
三人は顔を見合わせる。
「ルーチェ? 何故そう思うの?」
アルカンジェロの問いかけに、
うななう、なぁう……
(知らない。でも、知ってる。例えば、ナイフの片側にだけ遅効性の毒を塗って、警戒する相手の前でモノを切って、安全な方を食べてみてね? 手渡すの。自分は前もって解毒剤を飲んでおくと、これで安心)
ルビーとサファイアの目をくるんとさせる。
みゃぁぁお、うなぁお……
(銀食器が毒を知らせるって言うのは、ヒ素の化学反応で色が変わるの。でも、あたち、知ってる。カトラリーじゃなく、化粧品には鉛入ってる。鉛中毒になる)
「化粧品? お母様の?」
にゃぁん、うなぅ……
(まましゃまちあう。前ここにいたおばしゃん。真っ白に塗りたくってた、あれ、鉛。たくしゃん口にしゅると危険。小しゃい子危険。ごしゅじんしゃま、いもーとしゃま、おとーとしゃま、危険)
その言葉に、真っ青になりエマヌエーレとウリッセは下がった。
ウリッセは鑑定のスキルはあるが、女性の顔をじっくり見るのは良くないことと言われているので、アルカンジェロの母のアンナマリアや女王アダルジーザ、朱金大公夫妻であるエマヌエーレの息子夫妻、イラーリオとシルヴァーナに影響はと思ったのである。
確認すると、アダルジーザもシルヴァーナも鉛入りの化粧品はなかった。
しかし、ドミツィアーノがカトラリーを預けていた執事の一人を追求すると、黒紫大公ベンヴェヌートの愛人ダリラと関係があり、彼女から渡されたのだと言う。
地位を数年中に譲るため、執事たちに振り分けていた老齢の家令は怒り狂い、自死しようとした。
同年代のエマヌエーレがそれを止め、もう一度働き手をまとめあげることを勧め、家令も了承する。
老齢の家令も、大人びたアルカンジェロがルーチェや弟妹と仲良く遊ぶ様子に微笑ましく感じていたし、もうしばらく引退を伸ばそうかと考えていたためである。
そして、
「旦那様、賢者エマヌエーレさま……」
結果を報告した家令は頭を下げる。
「今回は使用人をまとめる私の責任です。本当に申し訳ありません」
「いや、何度も言うが、じいの責任ではない。私も許可をして次の代に仕事を任せるのもいいだろうと思っていたのだ。だが……あの者がそのようなことをするとは思わなかった」
ドミツィアーノはこめかみを押さえる。
「……困ったな……」
「旦那様。お願いがございます」
「何だ?」
「ウリッセですが、アルカンジェロさまの執事に育てたいのです。旦那様。ウリッセは女王陛下からぜひにと薦められたと伺っております。陛下の推薦のとおり、賢く、目端が効き、アルカンジェロさまのことを一番に考えられる者です。私はこの歳です。アルカンジェロさまが成長した姿を見ることは叶わぬかと思います。ですが、アルカンジェロさまの傍に、信頼できる者が一人でもいて欲しいのです」
家令は深々と頭を下げる。
「旦那さまや奥さまが安心できる者を……私にお預けくださいませ」
「わかった。じい、よろしく頼む」
ドミツィアーノはウリッセを呼び、執事として学ぶようにと告げ、アルカンジェロの将来のため動き始めたのだった。