想定外
この日も愛実は智希の部屋にいた。
話す内容は、ちょっとした雑談や仕事のことが多い。
このとき智希が話していたのは、デビュー当時のマネージャーが結婚するので、二次会のプランを考えてるということだった。
「結婚」というワードが出てきてチャンスだと思ったのか、愛実は思い切って自分の考えを切り出した。
「あのね智希、ちょっと聞きたいことがあるんだ」
「ん?どうしたの?」
「…実はね、私そんなに遠くない時期に智希と結婚したいんだ。それで仕事も辞める。もちろん引退するその日まで仕事はきちんとする。…智希は私との将来考えてる?」
智希はしばらく沈黙したあと、こう切り出した。
「…それはもう事務所には伝えたの?」
「まだ言ってないよ。智希の気持ちを聞いてからだと思って」
「…そうなんだ。正直なことを言わせてもらうと結婚にはそんなに乗り気ではない。俺のファン見てたらわかるでしょ」
確かに智希のファンは結構強烈な人たちが付いていて、中には智希を恋愛対象と見ているいわゆるガチ恋と言われるファンも多数抱えてる。
「もし結婚なんてしたらそういう人たちにどんな目に合わされるか愛実なら想像つくでしょ。でもそういう人たちに俺が支えられてるのも事実だけど」
「…要するに結婚したくないってこと?」
「いや、そういう意味じゃない。結婚には相当なリスクが待ってるってこと。もしするんなら非公表ってこともあり得る」
智希の話は一理ある。
芸能人はファンに支えられてるから、人によっては結婚が原因で人気が下がったり時にはお相手が危険な目に合う可能性もあるのだ。
しかし、この時の愛実は悪い方向に捉えてしまった。
彼女の頭の中には結婚して引退することしかなかったからだ。
「じゃあもう別れよう。こんな未来の見えない人とは一緒にいたくない」
そう言って着の身着のままで部屋から出て行ってしまった。
「えっ?ちょっと待てよ」
智希の声も届かなくなっていた。
夜が明け、愛実は結局戻ってこなかった。
財布もスマホも置いたままで。
そんな愛実を心配しつつ、智希は仕事へ行く準備をしていた。
ふと窓の外をのぞくと、警察がいる。
そういえば昨日救急車の音がしていた。
これから出勤しようとしたら、スマホが鳴った。
電話の主は、愛実のマネージャーの翔子だった。
「もしもし智希?愛実そこにいない?」
「いや、いませんが…」
「そうなの?何回電話しても連絡取れないのよー」
それを聞いて愛実のスマホを見ると、翔子からの着信が何回も残されていた。
愛実がいない。
どういうことなのだろうか。