与えられた名前
女性が事故にあってから約ひと月が経った。
ケガもすでに治っており、本人も事故から少し立ち直った感じだ。
しかし、肝心の記憶に関しては相変わらず戻ってはない。
八田も「無理矢理戻すのも気の毒だ。これからはカウンセリングを進めていく」と思うようにした。
だが、自分の名前すらわからない彼女を世間に放り出すのも心配だし、かと言って元気な人間をいつまでも入院させておくわけにはいかない。
そこで、主治医は警察に相談した。
警察はまずは一旦新たな戸籍を作ることにして、記憶喪失者や身元不明者のサポートをする施設に入れることを提案し、主治医もその案に賛成したためこれでとりあえず彼女の入院後の生活は決まった。
新たな戸籍を作るということで、主治医は彼女に「青山佳代子」という名前を与えた。
ちなみに、名字は主治医夫人の旧姓から、名前は彼女が入院していた病棟の看護師長からいただいた。
退院の日、主治医だけでなく八田や彼女を担当した看護師たちが見送りに出てきた。
「本当にありがとうございました。皆さんのおかげでした」
彼女は深々と頭を下げて、警察関係者に施設に連れられた。
彼女を見送った後、主治医は「これから大丈夫かな」とボソッとつぶやいた。
それを聞いた八田は「さぁ、きっとこれからの人生の方が楽しかったりするかもな」と意味深な笑みを浮かべた。
一方の彼女は車に静かに揺られており、同伴した警察関係者に「なにか不安なことはありますか?」と聞かれたら、「わかりませんね。どんなことが起きるか読めないし」と言って車の窓に目を向けた。