病室にて
数日後、女性の病室にて精神科医によるカウンセリングが行われることになった。
「はじめまして。私は精神科医の八田と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「…よろしくお願いします」
女性は蚊の鳴くような声で返答した。
その様子を見て八田は主治医を始めとした周囲の人間たちにこう告げた。
「皆さん、申し訳ないのですが彼女と二人きりにさせていただけませんでしょうか。別に怖い事はしませんのでご心配には及びません」
そう言って他の人間たちを病室の外へと追いやった。
それから数回ほど、八田のカウンセリングが行われた。
もちろん、初回同様他の人間は入れずに二人きりで。
ある日、主治医は八田にどのような感じでカウンセリングを行っているのかなどを聞いてみた。
「そもそもなぜ初日から二人きりで会話をするようにしたんだ?」
「いや、最初の彼女のあいさつを見てね、こりゃ大勢の前で話させるのは酷かなと思ったからだよ。気づかなかった?すごくビクビクした雰囲気を醸し出していたの」
「確かに緊張しているかなとは思ったけど…さすがプロだな。そんなところまで見ているなんて。で、どんな感じで治療をしているんだ?」
八田は言葉を選びながら話始めた。
「治療ってほどのことはしていないよ。とりあえず彼女の心を開いてみようと思っていろんな話をしているんだ。まあ雑談だね」
「雑談?例えば?」
「そうだな…これは自分の方法だけど『あなたはどうなの?』とか無理矢理相手の話を引き出すのではなく、まずは自分のことを話すようにしているんだ。『私は釣りが趣味ですけど、あなたはなにが好きですか?』とか『小さいころは近所の友達とよく野球をしていましたが、あなたはどんな遊びをしていましたか?』とかね。特に今回の彼女は記憶喪失の可能性があるからそこからなにか見つかるんじゃないかと思ってね」
「で、なにか答えが返ってきたのか?」
「そういった質問にはなかなか答えようとはしなかったし、中にははっきりと『わかりません』とか言われたこともあったよ。それで察するにこりゃほとんどの記憶を失っているなと。だから視点を変えたんだよ。どんな質問だと思う?」
「…さぁ予想つかないな」
「答えはね、『最近なにか夢を見ましたか?』ということなんだ。というのも夢には潜在意識が現れるとされているからね」
「確かに夢占いとかあるしな」
「だろ?そうしたら面白い答えが返って来たんだよ」
「どんな内容だ?」
「『キラキラしている場所にいる』とさ」
「キラキラしている…なんだ宇宙とかか?」
「さぁ?それはわからないけどね」
翌日、八田は女性の病室へと向かっていった。
「あ、先生。待ってたよ。私先生との時間が一番の楽しみなんだ」
女性はすっかり八田に馴染んでいた。
「そう言われると光栄だな。最近はどんな感じなんだい?」
「あのね、昨日の夢はなんか変わってたんだ」
「ほう。どんな内容だったの?」
「なんかね、たくさんの人たちが私のことを見ているんだ。それですごく喜んでいるの。私この人たちになにかしたのかなって」
「ふむ。それは不思議な夢だね。で、君はその人たちを見てどう思ったのかな?」
「不思議って思ったと同時になんか嬉しくなったんだよね。私がこの人たちを幸せにしているのかなって」