全てを忘れた日
いつも見る夢。
それは何を意味するものなのだろうか。
思い出せるようでよくわからない。
キキーッ!
「大変!人が轢かれた!」
ピーポーピーポーと救急車のサイレンがけたたましく鳴り響く。
「患者は若い女性、20代ぐらいと思われます。車に轢かれて体中に打撲と出血。あと、顔に大きな怪我を負っています」と大きな声で話す救急隊員。
病院にたどり着き、医師が確認する。
「こりゃひどいな。他の傷はたいしたことないけど、顔がもうぐちゃぐちゃ。原形を留めてない。何か身分が分かるものある?免許証とか」
「それが…救急隊員の方も言っていましたが、何も荷物は持っていなかったそうです」
「ということはご家族への連絡も難しいということか…」
翌日、警察が病院に訪れた。
「犯人は30代後半の男。飲酒運転でした。事故の際に軽傷を負ったので治療中です。被害者の女性についてですが…私たちも現場に所持品は残されてないかとか近くのマンションにもあたってみましたが、残念ながらわかりませんでした」
「つまり身元不明ということですか?」
「そうなりますね。まぁ私たちもまだまだ捜査はしていきますよ。もしかすると捜索願いが出されているかもしれませんしね」
「とりあえず、この子の顔をどうにかしてあげないとな」
医師は被害女性の顔をまじまじと見た。
「そうですね、彼女が目覚める前に。でも顔写真がないから…」
点滴などの処置をしている看護師が気の毒そうに被害女性を見つめる。
「いや、一応この顔にしようかと思って」
そう言って、食堂から持って来た週刊誌を開く医師。
「こんな感じの顔はどうかな?」
「あー女優の赤川愛実ですね!私彼女好きなんですよー、美人ですよね!」
「いや、違う。この子」
と、隣のページの青汁の広告に写っているそんなに有名ではない女性タレントを指差した。
「俺こういう顔タイプなんだ。目が大きくて可愛い感じで」
「…そうですか。いいんじゃないですか」
顔の手術から数日後、女性は目覚めた。
「おはようございます。実は私たちはあなたのことをよく知りません。なのでまずはお名前とお年を教えていただけませんか?」
女性はしばらく沈黙した後こう言った。
「…すみません。わかりません…」