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前書き書くの忘れていたのブルース。

 2XX9年3月23日。

 結果から言うと天井怪物は弱かった。

 轟音の強さで錯覚していただけで、ヤツには明確な弱点があったのだ。それは――体力が足りてないということ。

 俺が《超高倍率対応双眼鏡》で見つけたのは《ギルティ・シーリング》の息切れしている口がやがて動かなくなり、他の新しい口が育つためにその口を吸収している光景だ。

 新しい口を生み出すまでは自力で出来るのを、そこからは兄弟にあたる古い口に補ってもらわねばならない難儀な性質。それがヤツの個性であると同時に隙だったんだ。

「要するに、新入りが育たないように弱りきった老いぼれから倒せばいずれ全ての口が死ぬ。……簡単な理屈なのが救いだったな」

「ええ、でも油断は禁物です。私もジルトさんも無敵ではない。しばらくはレベルを上げて生存確率を少しでも高めないと、これからは厳しくなるのが予想されます」

 俺は大きく頷いた。裏技的な手段、つまりチートに近い《乱銃》があることで気を緩めがちな俺がいることを見抜かれたような気恥ずかしさを、そうやってそっと隠したのだ。

 俺たちはそこで一旦、《エベラ》から出ることにした。地上の店に売られている高価な装備により総合的な《ステータス》の底上げを図ることと、そろそろ《バーチャライザー》適性測定施設探しに本腰を入れるためだ。

 俺は全身を龍鱗製の装備に一新し、フーシェは鳳凰羽製に同じく改めた。気分は某マンガの聖なる闘士だ。心なしか精神的にも強くなった気がする。強い装備は何よりまず着心地からして違うみたいである。

「俺に考えがあるんだ。測定施設探しから始めても構わないか?」

 フーシェは俺のその言葉にこくり、と従順に頷いた。まるで親子ほどの年の差なだけにそこまで素直だとむしろ心配な気持ちになる。

 さて俺の考えというのは、多少の段階を踏むために時間がかかるものだがシンプルではある。――つまりこういうことだ。

 まず購入済みの地図に掲載されている町や名所のような、人がいる場所を中心に探す。そこになければ今度は地点にこだわらず全ての地図上の道を通る。最後はそれ以外の名前付き地点も道もない、道なき道すら探す。

 そのため、まるで二人がかりのローラー作戦のようなことをすることになるわけだ。時間はかかるし、費やす時間に比例して《デスクラスタ》や悪意あるユーザーとの遭遇確率は高まるが仕方ない。だが幸いPK能力を持つ《デスクラスタ》を除けば、モンスターにも人間キャラにも獲得していないものが存在する。

 それはずばり、人間の命を奪う能力だ。モンスターからすればアンフェアに違いないが、俺たちユーザーもフーシェたちNPCも本来の仕様上での《アップル・ハート》では実質的に不死身なのである。

 もちろん、意識を失うほどの重体――いわゆる《戦闘不能》は状態異常として起こる。しかしそれは二度と復活出来ない死亡状態ではない。改めて2月14日にあったユーザーのケイタが死んだ件を振り返ると、俺の記憶が確かならば俺からも見える《簡易ステータス》――HP・SP・名前・レベル・バフまたはデバフまたは状態異常――に表示されていた状態異常は《戦闘不能》ではなかった。

 無表示。そう《バフ》も一時的な《ステータス》低下であり《バフ》の逆さである《デバフ》も効いていない上に、状態異常として見れなければならない文字が何一つなかったのである。

 それこそがケイタというユーザーが死んでいた何よりの証拠。それに噂ではあれから後あまりに誰も引き取ろうとしない彼の遺体を見かねて数名の有志により、密かに簡素な墓が作られて埋葬されたという話だ。

「それにしても寒いな。おいフーシェ、防寒用の《魔法》はないのか?」

「必要ならば唱えてあげますよ。ただし副作用があります」

「何だって?」

「ふふ、それは試してみてのお楽しみですかね」

 そう言うなりフーシェは《ヒーター・イヤリング》の《魔法》を唱えた。すると今まで耐えてきた寒さが嘘のように、体が芯からぽかぽかしてきたではないか。

「おお、中々イイ感じだぞ。で、副作用は何なんだ?」

「こちらをどうぞ」

 手鏡を渡され、俺はそれを覗き込んだ。

 次に俺は恥ずかしさのあまり赤面したわけだが、何が起きたかというと――。

「くっ、なんじゃこの変な耳飾りは!」

「やっぱり恥ずかしいですか。解除します?」

 正直そう聞かれて答えを迷うレベルであり結局、俺は寒さに耐える道を早々と選んだ。

 なぜなら俺の両耳には、巨大な食パンがくっついていたからだ。

「食パンに見えますよね。でもアレが暖房効果を持つアクセサリーなんです」

「いやいや、《魔法》なんだから姿かたちに対する造形美のみだろ……」

 それを言うとフーシェは「あの形こそが熱伝導が最高効率なのに」とやけに理系な悲しみ方をしていた。だからと言って二度と食パンを耳に飾ったりはしないけどな。


 2XX9年4月2日。

 半年で見つかればマシというレベルで広大なこの世界にしては随分と早く、俺たちは目的の場所に辿り着いた。そこは《スタート・タウン》の遥か北東。距離にしておよそ六百キロメートルほどの地点に《バーチャライザー》適性研究施設《VRテスト・ラボ》はあったのだ。

「どうやら測定だけのための場所じゃなさそうだ。ヤバいヤツもいるかもしれないから、油断するなよ?」

「レベル52ですから。平気とは思いますけど……」

 ここに来るまでに、成長速度に顕著な違いが出だした。というのは、俺はまだレベル34と《ギルティ・シーリング》戦でレベルを上げたきりなのにフーシェは二回りほど強くなっていたのだ。

 気付けるほどの理由は見当たらない。《エベラ》では天井ボスに行き当たる頃には俺のレベルは33、フーシェは31のままかなり長く停滞していたし、帰りは直ちに《エベラ》帰還専用アイテムの《おかえりドッグ》という犬型ぬいぐるみの鼻を押して一瞬で《エベラ》の入り口に戻った。

 それからの地上での稼ぎも大して内容に違いはないはずなのだ。モンスターからの経験値はパーティー内で等分されるから、やはりこれだけのレベル差は普通ではない。

 ただよくよく話を聞いてみると彼女なりの答えはあった。

「《エベラ》にいた頃までは、まだジルトさんをそこまで信頼してませんでした。浮かれているだけの初心者さんのためにレベルを上げるのは不本意だったので、経験値が分配されない《リザルト・カッター》という首飾りを装備していたんです」

 言われても首飾りをしていた時のフーシェを思い出せない辺り、他人の服装には鈍感な俺を痛感してしまった。

 今は逆に経験値倍増効果の装備をしているのだろう。でなければここまで差は出ないはずと俺は独り納得した。

「……天才なんですか」

「何が?」

 唐突過ぎて俺は間抜けな返事をしてしまった。

「私は天才なんでしょうか。だからこんなに病的に強くなってしまうのだとしたら、私は……」

「だから、何の話だ?」

 よく分からないまま、なぜだかフーシェは顔を青ざめさせていた――まるで《グシスフィドの落日》のことを話す時のように。だが俺は《落日》を彼女から連想したことは言わないでおいた。

 別に彼女を気遣ったわけではない。いや半分くらいはそのつもりであったが、残りの半分は違う気持ちを持ってのことだ。それはつまり、信頼されていなかったことからの遠慮である。

 俺は《エベラ》を進むほど、無条件にフーシェからの信頼を得ている気でいた。だが仕事のためとは言え勝手に着いて来てくれる彼女の本音、とりわけ言葉にするでもない内に秘めた本心を俺は知らず知らず、軽く扱っていたのかもしれなかった。

「ま、天才かもな。少なくとも俺は何度も救われたんだ。だから、ありがとう」

「へっ。い、いえそんな。私はただ……」

 青ざめていた顔が今度は赤く染まった。全く、食パン飾り無しでも暖房の《魔法》が使えるなら言って欲しいものだ。さて気を取り直した俺は、紅潮したままのフーシェは放置して《テスト・ラボ》へと足を踏み入れた。

 玄関のあるフロアは見た目からして広々しており、研究所というよりはむしろ繁盛しているオフィス、またはホテルなどを思わせる。

 受付には小綺麗な身なりの若い女性が、適当に繕った笑みを浮かべて座っていた。

「VR適性を測定させて欲しいのだが」

 ずかずか歩いて来たなりそう不躾に言い放った俺に警戒したのかわずかに受付スタッフの笑顔は真剣な顔に近付いたが、気にしたら負けと俺は虚勢もあって堂々とした。

「……ではこちらにお名前と連絡先をお願い致します」

 そう言われてから、カウンターには備え付けの来客用名簿用紙がバインダーに綴じられているのを俺はやっと見つけた。要はスタッフが笑みを無くしたのは単に俺の常識知らずのためであったのだ。

 必要事項を記入すると「番号をお取りになりしばらくお待ちください」とまたしても丁寧な対応である。番号付きの小さな待合用シートを受け取り、俺は近くのソファに腰を下ろした。

 上品さが最低限あるそのソファには先にフーシェも座っていたが、フロア全体もまた上品さが備わらないではないためになんとなく「不用意な会話は厳禁」という雰囲気のまま時間が経過していった。

「番号札七三七でお待ちのお客様、一階総合受付までお越しください」

 総合受付とカウンターの上方に看板があるのを確認し、俺は総合という割には一つしかない受付に向かった。しかし七百番台という俺の受付番号から察するに、この建物は規模の割に一日当たりの来客が多いようだ。

 厳めしい責任者や無数の科学者たちに萎縮しながらの格式張った長時間の測定を俺は予想していたが、向かった先である三階適性測定室には一人の白衣の老人、そして如何にもなヘッドギアがあるばかりだった。

「じゃあ男性の方、金属類があると結果が狂うのでまずそちらで検査用の服に着替えてください」

 検査室前にフーシェが着いて来て顔を覗かせていたことに、そこで俺は気付いた。手続きしていないらしく、またそもそもNPCだから適性も何もないので、俺はさりげなく「戻ってろ」を示すため右手をこちらの手前から奥に二度ほど大袈裟に振らざるを得なかった。

 彼女が顔を引っ込めると同時に俺は着替えに向かい、薄緑の一枚布のエプロンみたいな衣類を羽織ると検査員の立ち会いのもとで測定に入った。思えば《運営》を見つけるという目標はうやむやになってしまったがそれはまた後で受付にでも聞けば良いと思い、まずは目の前の検査に集中することにしたのだった。

「あなたの右手がある方向には何が見えますか?」

「えっと、よく分からないですが灰色の機械です」

「その機械みたいな物の大きさは何センチですか? 大体で結構です」

「うーむ。二センチくらいですかね」

 このように、まるでVR適性には無関係そうな検査の果てに全検査行程は終了した。つまりこの一部屋でヘッドギアをあてがい、見える景色についての簡単な幾つかの質問に答えるのを繰り返しただけであった。

「はい、どうぞ。あなたはまあまあですね」

 適性B。最低はEランクらしいのだが適性AはBとは比べ物にならないほど卓越していないとならず、Eでなければ《まあまあ》らしい。

 つまりやはり《乱銃バハムート》で俺は強いと錯覚していただけのようで、単なる平凡なユーザーである可能性が濃厚になったのだ。

 しかし念のために受付に《運営》などのゲーム関連スタッフの所在を帰りしな尋ねてみた。

 だが曖昧な表情の後に、受付の女性は次のように返答しただけだ。

「申し訳ございません。当所における業務とは関係のない質問に対するお答えは差し控えさせて頂いております」

 理に適した、百点満点の回答だ。

 俺は待ちくたびれた気配もないフーシェと共にラボを後にした。数名ほど裕福な身なりの客がロビーエリアにいたが、声を掛けづらい。身分が違うと、現実には話しかけにくいのだった。

 まあこの世界は現実ではないのだが、記憶がない今の俺には現実も同然という事実もそうした判断の一因となった。

「普通の人間だったみたいだ。俺」

 フーシェには正直に伝えることにした。適性Bだから悪い結果というほどではないことも。

「ではジルトさんは《落日》で生まれた人ではない……のでしょうね」

 よく分からなかった。適性がBであることと《グシスフィドの落日》がどこで関係するのか、彼女の真意を俺はただ測りかねていた。

 けれどもそれは悪い知らせでもないらしく、「気になさらないでください」とも言われて俺は複雑な気分になった。

 気にするなと言われると気になる。それは人間として誰もが持つ矛盾なのだろう。

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