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ポリゴンってポケモンは今もいるのか。ソードシールド世代じゃない、だっておっさんだもの。

 2XX9年3月21日。

 俺は今、《エベラ》地下迷宮の二十九層を攻略している。残念ながら未だ仲間はフーシェのみ。というか病院から派遣されているに過ぎない身でありながら、よく手伝ってくれていると思う。

 今でも病院からの接触は彼女を通じて図られていて、それこそがフーシェ本来の仕事だ。なぜそんなことを仕事とするのか――それはフーシェは病院に勤める、とある重要人物の血縁。早い話が彼女の両親は共に《スタート・タウン》にある唯一の病院の幹部みたいなのだ。もっとも《メニュー》画面は他人に見えないので真偽までは定かでない。つまり《メール》機能に蓄えられたアドレス帳が他者からは不透明な以上、何の証拠もないのだ。

 彼女を《僧侶》として俺に紹介したのはあの日、つまり俺が目を覚ました日に世話になったシャーロップ医師。

 その事に意味があるのかは知らない。ただ言えるのは《僧侶》としてのフーシェは年齢に、そして《ジョブ》に不相応な強さを持っていること。前に述べたような人格や精神の強さはまだしも、戦闘に関しては少女離れした強さなのである。

「《レクイエム・ライト》」

 まず杖などのブースト装備もなしに素手で魔法を、詠唱なしでダイレクトに魔法名だけで使う。明らかに規格外だ。

 しかも《僧侶》ならレベル50でないと使えないはずの「敵を回復させてしまうが必ず《沈黙》の状態異常を与える」というこの《レクイエム・ライト》をレベル31で平然と行使している。

 一方、俺の《ジョブ》は《銃使い》。2月も末になった辺りで「フーシェと違い、俺は何の肩書きもない」とようやく思い至って重い腰を上げたというわけだ。

 オンライン・ゲームにありがちなチュートリアルを《スタート・タウン》で受けて選択した、名前のごとく銃の扱いに長けた《ジョブ》――それが《銃使い》だ。《ジョブ》とは一般のRPGにもあるような職業、あるいはクラスなどと呼ばれる立ち位置だ

 リンゴ界では相当に鍛えて《転職》しないと《魔法》を扱う《ジョブ》には向かないらしい。それは《転職》でないと《ステータス》の一定割合を引き継いでレベルをリセットする《転職》特有の現象である《リフレッシュ》による強化が行われず、戦闘で使い物にならないからだ。

 ああ、俺にもよく分からない。専門用語がごちゃごちゃとあるのは、おっさんにはとても厳しい。

「ソウテンって何だ。取説読めんぞ」

「《メニュー》と同じ。集中すれば良いです」

 フーシェとのこんなやり取りも今は懐かしい思い出だが、そんなドタバタを笑えていたのはせいぜい《エベラ》一層までだ。

 戦闘のチュートリアルとも言える一層なら、おなじみの《テラ・バット》や大して強くない《ハインド・ベア》がうようよしているばかりだが、二層からは顔ぶれががらりと変わる。

 というか一つのパーティーの最大人数である四人に更にもう一組、つまり八人いてようやく攻略が成り立つと言われるほど格段にゲーム難易度が急上昇する。何らかの理由でそれがイヤならリアルに一ヶ月ほどの地道なレベル上げを《エベラ》外の各地を転々としながら行わなければ話にならない。

 だから瞬く間に《二層の洗礼》に懲りた俺は、なぜか二層なのに初見でぐんぐんレベルを27にまで上げていたフーシェを連れ回して武者修行していたのだ。

 おかげでレベルだけなら33とフーシェを超えた。《集中》だけで装填可能な銃だから、戦闘向きな系統である《銃使い》のアドバンテージをもろに受けることが出来るのは大きい。

 けれどもそんな俺の前に、いや俺だけでなく様々なユーザーの前に例のPK敵集団――《デスクラスタ》はよく現れた。

 ヤツらは人面を模した青銅の仮面を総じて剥がすことがない。だからプレイヤー・キル専門らしいことも相まって次第にユーザー間では《デス・クラスタ》、つまり「死の集合体」を意味するのだという説が有力となった。

 ゆえになんとしてもPKへの対処を余儀なくされ、各ユーザーは四苦八苦することになった。ちなみに俺たち、というか俺とフーシェの場合の対処はこうだ。まずフーシェが《ヒール・シェイド》というオリジナル魔法でデコイ役の幻影を作る。そしてヘイトがそこに集まっている間に俺たちはとんずらする、という安直なものだ。

 さて《デスクラスタ》対策が万全な味方がいる俺は無事だが、ここ一月でおよそ百人近いユーザーがその短い生涯を終えたと言われている。リンゴ界に同時に《ログイン》しているのは2XX9年1月現在なら約三万人に上るというから驚きだ。つまり三百人に一人がゲームで死んでいる――物騒極まりなく、これは間違いなく事件である。

 だが待てど暮らせどユーザーたちの出入制限は解除の見込みはないらしい。中には諦めきれずに千回も《ログアウト》した猛者もいたようだが無駄だったようだ。まあ「よくそんなに《ログアウト》を試してよく強制退場させられないよな」という声もわずかにあったらしいから複雑だ。

「あれ、三十層に繋がる階段がありませんか」

「やれやれ、再出現するタイプの大ボスを呼ぶ方法を見つけるパターンかもな」

 七千人もが攻略に挑んだという《エベラ》だが、その攻略がいつまでも簡易にならないのは謎解きの仕掛けやボスが復活するという意地悪いギミックに原因がある。

 これまでの経験を踏まえて、ある階層に階段ないというのは二つの理由が考えられる。まず階段以外の移動手段がある場合。そしてその階層のボスを倒すことで始めて道が開ける場合。どちらにせよ、下手したら以前の階層に戻ってでも手掛かりを探す必要が生じる厄介なケースだ。

「戻らないと……うん?」

 十の倍数階に下る階段がある階層なら通例、最北端中央に下り階段があるはず。それがないと知ってがっかりしながら振り向いた俺はうっかり失笑してしまいそうになった。

 何のことはない――分かりやすくレバーがあったのだ。

 いかにも引いてくれとばかりに置かれているものを引かないバカはいない。俺は軽い力で動くその取っ手を勢い良く下ろした。

「Zumaaaa!!」

 人の物とは思えない絶叫。かと言ってNPCであるフーシェの声でもない。

 空から、絶叫が降ってきた。

 比喩ではない。轟音そのものが敵の攻撃なのだ!

「うっ、いってえーーっ」

 鼓膜が弾けそうになり、その痛みは並大抵ではない。轟音とはつまり危険な音量で発せられる音波なのでそれを間近に受ければそうなるのだ。

 痛覚設定は俺がかつて遊んでいたVRMMOだけでなく《アップル・ハート》にも実はあり、今はオフにしている俺でさえもこの轟音は痛い。聞けば《痛覚設定無視》という《スキル》への追加効果が存在するようで、これは間違いなくそれだ。だから俺は思わず両の耳を塞いだ。

「《オーバーヒール》」

 後にフーシェに尋ねたところによれば次の瞬間、俺の鼓膜は《オーバーヒール》という過剰な治癒を施す《魔法》により強化され、耳栓なしでどんな騒音にも耐えられるようになったらしい。

 俺はそこまでは分からずともなんとなく敵の発する叫びが気にならなくなったとは分かり、素早く銃――《乱銃バハムート》と言う名の暴れ銃――を構えた。

「《跳弾無尽》ッ!」

 慣れない内は集中を強めるために《スキル》の名前をいちいち叫んだほうが良いらしい。

 敵味方関係なしに無数の跳ねる弾丸が暴れまわる《乱銃》の禁じ手中の禁じ手を迷わず俺は使った。死にさえしなければ後でフーシェに回復してもらえば良い、そう決断したのだ。

 俺が放った弾幕は叫び続ける正体不明の敵を暴き出した。それは――天井そのものだ。

「モンスター《ギルティ・シーリング》、道理でうるさいと思った。コイツをここまで怒らせてしまったのは残念ながらジルトさんです」

「何を言っている?」

「レバー。引いてしまったから、ほら、あちこちからモンスターが嫌う《聖霧》が」

 ゲームによくある《聖水》という魔除けの液体の類似品、それが《聖霧》だ。おかしいとは思ったのだ。魔除けの霧がレバーを引いたら出てくるなんて、教会でも編み出さない風変わりな趣向だとは考えた。

 特有のアロマと線香を絶妙に足したような甘渋い香りは確かに強敵には火に油でしかないのだろう。そして天井型ボスモンスター《ギルティ・シーリング》には、まさにそのように作用してしまったということになる。

 何にせよ俺たちも俺の跳弾で満身創痍。大量の唇を露出させた天井ボスは次なる絶叫のために早くも仰仰しく息を吸い込み始めていた。

 そして、次の瞬間モンスターは溶け始めた。

「大丈夫かい、キミたち!」

 誰かが駆け寄ってくる。一人や二人ではなく攻略の適正人数、つまり八人ほどに思われた。意識が混濁しかけていて正確には七人であると分かったのは、それから数十秒してからだ。

「なんて無茶苦茶な。たった二人でこの地下迷宮を攻略するとは」

「いえ、もしかしたら《デスクラスタ》に同胞を奪われた哀れな方々かも。お怪我はすっかり良くなったはずです」

 俺がはっきりと記憶したのは、リーダー格である《騎士》のエルシン・ドラギオという壮年の男性ただ一人だ。段違いの風格――40代半ばらしいがそれだけではなく、カンスト間際のレベル98という圧巻の《ステータス》の持ち主である。カンストとは俗にカウンター・ストップを略した語。町での聞き込みによれば、このゲームではレベル100が最高レベル、つまりカンストとなるレベルみたいだ。

 俺たちはエルシンたちには、すっかり仲間をPKされた被害者として扱われたがその割には戦闘を助ける気まではないらしい。

「俺では経験にならんからな。かと言ってここのボスは状態異常《難聴》や《ストレス(大)》が曲者だ。キミたちでなんとかしてくれ」

 酷い言い種で、エルシンのパーティーはどこかに言ってしまった。


 2XX9年3月22日。

 エルシンたち抜きで一日寝ずに戦い続けても、天井の口は減るどころか増える一方だ。

 幸い俺は《銃使い》だから距離を置けば戦えなくはない。それにフーシェは元々戦闘向きの《ジョブ》――いわゆる戦闘職ではない。

 また《デスクラスタ》も姿を見せなかった。もしかしたらエルシンたちはヤツらでレベル上げ出来る高みにあって、自主的に狩ってくれているのかもしれない。少なくとも《エベラ》だろうが地上だろうがPK仮面どもが性懲りなく現れるのは幾度も見た。

 俺たちはここ二十九層に来るまで、《エベラ》序盤で運良くボスがドロップした《乱銃バハムート》だけで凌いで来たようなところがある。途方もない低ドロップ率らしく、これ目当てで低階層を彷徨う高レベルパーティーを何組も見てきたほどだ。

 だがこの《乱銃》をもってしても《ギルティ・シーリング》は骨が折れる。というか終わりが見えない。十九層のイグアナ型ボス《バジリスク》とは大変な格の差だ。

「おいフーシェ。攻撃の《魔法》があるなら出し惜しみするなよ」

「出し惜しみが何か分かりません」

 そうだった、やはりこの少女は今どき少女。出し惜しみなどという、おっさん丸出しの日本語は通用しないのだった。

 フーシェと過ごすとそうしたエピソードには事欠かない。たとえば百聞は一見に如かずを知らないし馬耳東風を知らない。料理のさしすせそも、ウェブのプロバイダすら知らないのだ。

 まあ後半になるほど、NPCのAIに未登録の概念なだけという気がしないでもないが、そうした理屈を伴っていたとしても一向に俺のおっさん語はフーシェに登録される見込みがないのは確かだ。

「《スキル》獲得にも仕事にも繋がらないワードは却下しているだけです……!」

 少なくとも俺は《スキル》をボキャブラリーで覚えるシステムなんてリンゴ界にあるような気がしない。なんという屁理屈だ、変なところだけおっさん化が進んでいる。

 俺の目下の懸念は天井ボスを倒せないこと以上に、彼女の人格形成になりかねない気がして幾らか気が滅入ってしまった。

 しかし俺のそんな心配を知らないフーシェがそこでボスの弱点らしき何かを見つけ出した。

「幾つかの口が交互に息切れしているように見えます」

 言われて俺はアイテムを取り出した。取り出した、というのはアイテム収納のための《アイテムボックス》という自由面積型倉庫ツールからだ。

 眼前に広がる収納アイテム一覧から必要物資を《集中》すると《ボックス》は空間さえ確保してあれば必要なだけ広がり、必要なアイテムを吐き出す。

 そして《超高倍率対応双眼鏡》を手にした俺もまた遂にヤツの弱点を見出だしたのだ。

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