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ソードアート・◯ンラインのパクりにならないよう、原作は一瞬ウィキ見ただけです。

 その《僧侶》が何かを言おうとしているところに、謎のアナウンスが聞こえてきた。

「この音声はシステムによる自動放送です。対プレイヤー特化ユニット《デスクラスタ》解放による《アップル・ハート》への影響に関しまして、当運営は一切これを関知せずまた責任を負わないものとします。ご了承ください。繰り返しお伝えします、――」

 女性の声に聞こえるが節々が不自然な発音だ。おそらく巷で話題の人工音声ソフト《ボーカロイド》のように第三者――もちろん運営側の人間だろう――により作成された人工音声ナビなのだろう。

 ふと視線を《僧侶》に向けたが、青年《僧侶》の姿はどこにもなかった。どこにも。――更には不気味なことに、人だかりはそこそこ未だにあるのに誰もその《僧侶》のことを覚えていない。

 しかし起きたことが記憶違いではないと分かるのは死んでしまったユーザーであるケイタは変わらず、くったりと民家の塀にもたれかかって座ったような姿勢であることだ。

「《デスクラスタ》なんて聞いてねえよ」

「本当に死んじゃったの? うっ、早く《ログアウト》しなきゃ」

「みんな、もう金輪際、《アプト》に関わるな。ひとまず撤退して運営を現実に訴えようぜ」

 口々にユーザーからはそうした不平や反発の声が上がった。

 共感するユーザーもまた多く、それを示すあめ皆がしきりに頷いたり拍手を送ったりしている。なにしろゲームはどこまでもゲームであり、実際の絶命などというありがたくないルールは彼らにとってクレーム案件なのは当然だ。

 俺はというと、正直どちらでも構わないと思ってしまった。何週間も俺を知る者は現れない世界で並みのユーザーとは価値観にずれが生じたのかもしれない。

「えっ。お、おいおい嘘だ」

「開いて《ポータル》。早く帰らないとお母さんが……」

「あああ、これは天罰だ。ゲームなんかで現実逃避してきたボクたちは冥界からの使者に裁かれて死ぬんだ!」

 どうもユーザーたちの状況は俺に近づいてきたらしい。つまり《ログアウト》不可になったのだ。運営に《メール》出来なくなった者も俺が見ている限りではそれなりにおり、下手したらユーザー全員がそうなっている恐れすらある。

 ここでVRMMOなどゲーム全般に詳しくない人のために基本的な言葉を解説しておこう。オンラインゲーム、つまりインターネットを介したゲームにおいてユーザーとしての名前でゲームの世界に参加することを《ログイン》、ゲーム世界との接続を切り脱出することを《ログアウト》と言う。

 もちろん《メール》は有名かつ常套の通信手段だろう。というのはパソコンやスマートフォンでのそれとほぼ同様に《メールアドレス》さえ分かれば一定以内の文字から成る文章を、ある人間に送信出来るシステムだ。もちろん一般的な形で受信も可能。

 さて、ここまで当たり前のように接してきたが……。

 アンタは何なんだ?

 俺が無意識にも意識的にも発するこの心の声を聞き続けているアンタが実在していることは分かってる。なぜならこの声は記録に残り《メニュー》の《その他》、《アーカイブ》とか言う項目から全文を参照することが出来るからだ。

 まるで《ブログ》のように。

 ご丁寧に日付まで添えられている辺りはセンスを感じないでもないが、アンタはもしかして運営なのか?

 それに何のために、俺が病院で目を覚ます前の《アーカイブ》は消去してしまったんだ。敵なのか味方なのか……まあいずれ分かるだろうからそれまでせいぜい首を洗って待っていると良い。聞きたいことは山ほどあるんだ。

「ジルトさん。お昼にします?」

「ああ、まあ」

 フーシェと共に《スタート・タウン》にある定食屋《ふたも定食本舗》で食事を取った。俺はレバニラ野菜定食、フーシェはヒレカツ定食。《ステータス》については共にHPとDEFに《バフ》を掛けてくれる。《バフ》は病院でも述べたがいわゆる一時強化であり永続ではない。

 俺が持つ《ステータス》にはHP、SP、ATK、DEF、DEX、LUKがある。それぞれ生命点、技能点、攻撃力、防御力、器用さ、運を現す英単語の略記だ。他のユーザーやNPCも今のところはそれら共通のパラメータを持つ者ばかりだが、例外もいるらしい。

「《落日》のことも覚えてません?」

「ん、《グシノシルの落日》だっけか」

「《グシスフィドの落日》ですっ」

 コイツは、フーシェは変にその《落日》とやらにこだわる。大体、いくら記憶がないからって俺がその《落日》とかいう出来事があった日に《ログイン》していたかすら分からないというのに。

 そして、彼女がこと《落日》の話題になると顔面が酷く蒼白になっているのも俺は分かっていた。再三に渡り自らこの話を持ち出しては顔が青褪める少女――あたかも俺の仕打ちのようでいつも胸糞が悪い。

 その癖、いざその日に何があったのかは一切を語りたがらない。変な娘だ。

 だが《グシスフィドの落日》について詳細を口にしたがらないのはユーザーでもNPCでも同じことであるということが次第に判明してきた。しつこく聞き込みをして掴んだのは「《落日》の日に《アップル・ハート》のサービスは一旦終了した」らしいということだけだ。

 よく分からない。

 一旦終了したサービスというだけなら、なぜフーシェはあれほど不安げになるのか。それに単なるサービス終了用のイベントならばユーザーすら《落日》を詳しく語らないのも腑に落ちない。だが、よく分からないことをいちいち気にしていても仕方ない。単に俺のレベルがまだ11と低すぎて相手にされないだけかもしれないのだ。

 それに大半のユーザーが《ログアウト》不可と思われる今、《落日》などという過去の話を振られてもナンセンスということでもあるのだろう。

 やがて《デスクラスタ》が俺たちの前に現れてから三日ほど過ぎた。あの日よりユーザーたちの混乱は増している。それは《ログアウト》どころか《ログイン》するユーザーすら全くいないという極めて厳しい現状が浮き彫りになってきたからだ。

 とは言えまだたったの三日だ。劇的に人気とまではいかないらしいAH世界に、仮にプレイヤー・キルを模したプログラムによる殺人などというセンセーショナルな報道が現実世界でされていたならば、尚更誰も寄り付かないのは自明で、なんなら警察などにより《ログイン》システムが大幅に規制されているかもしれない。

「ちっ、オイラたちは《バーチャライザー》のAランク適性者ばかりじゃないのに」

「《バーチャライザー》?」

 このゲームのような環境、つまりVRMMOに広く採用されている汎用立体仮想世界アジャスト指向アルゴリズム。――それを一般には《バーチャライザー》と呼ぶようだ。

 プログラムにより人体にゲームの世界での五感や身体能力を感得させる。そのための神経への錯覚伝達作業を多くのVRMMOは《バーチャライザー》により実現しているというのがメカニズムなのだという。つまり現実世界にある肉体がゲーム世界に転移しているわけではなく、あくまでこちら側の肉体を現実世界の俺たちユーザーが《ログイン》中に限り錯覚しているだけのことなのだ。

「適性はどうすれば分かる?」

「さあな。ただこのゲームのどこかにゃ確か適性測定用のマップがあるらしいぜ」

 俺はこの時、なんとなくではあるが目的とすべきはそこであると思うに至った。仮想世界への適性が分かるという、いかにもシステマティックな施設。もしあるならばそこにいるのは運営、そうでなくともその関係者である確率は決して低くないように思えたのだ。

 もちろんそうした業界人が《ログイン》していなければ全ては不毛な時間浪費。だが悪い賭けではないような気がしてならないのは俺だけだろうか?

 情報は不足していて、未だ俺は罪人かどうかさえ知ることが出来ない。でも目的が生まれた俺は、以前に増して行動圏の獲得に精力を傾けていくようになった。


 2XX9年2月16日。

 この二日間に、俺は稼いだ資金で世界地図を購入した。

 目的が生まれればカネにも稼ぎ甲斐が生まれる。惰性やマンネリでなんとなく鍛えていた頃とは一日あたりの《経験値》の量も俄然、違ってくる。

 ところでこの世界における通貨の単位は《エドル》だ。一エドルはおよそ十円と物価の目星を付けやすいようになっている。そして今、俺の手持ちは一万エドル。つまり十万円ほどだ。

 たった二日間でこれだけ稼ぎ上げた。それにはコツがある。

 すなわち壮麗なる地下迷宮、《エベラ》だ。ここを目指して地力を付ける立ち回りに徹していればこれくらい稼げるようになる。このゲームはそのように、上手く設計されている。

 設計――そう、この《アップル・ハート》はVRMMOである以前にオンライン・ゲームである以上、現実に設計が成されてプログラムされたソフトウェアなのだ。そして設計、実装、運用、管理とこれに限らず一般にソフトウェアは最終的には管理側が担う責任こそが、ユーザーの間では極大になりがちだ。そしてそれはオンライン・コンテンツ全般の常でもある。

「《アプト》の無能運営、ネットで炎上したからってファビョってんじゃねえぞ!」

「よせよ、たかがオンゲの運営とは言えヤツら圧力持ってんだ」

 今は出入規制問題でユーザーに不評なこのAHの管理者だが、かつては現実世界のインターネット掲示板でも話題に昇るほど著名で人気の運営者だったらしい。

 また厳密にはこのゲームの管理者は複数いるため管理者というより《運営》という、ありがちだが確実な呼称で今でも話題に上がる。もっとも今は問題だらけの集団という評価に成り下がってしまってはいるが。

 何にしても、オンライン・ゲームでは管理者も運営者も同一視されがちなのが行き過ぎて、管理者と運営者が現実に一致してしまったのだ。だから往々にしてゲームに親しむ人、いわゆるゲーマーからすれば管理者とは運営という共通認識は残念ながら現実みたいである。

 ただこの論理を逆さまになぞっていくなら、何も《運営》にこだわらず設計者、実装者、運用者のいずれかを探し当てればそこから《運営》に繋がる可能性は残されていることになる。これは脱出不可能に改悪された今のリンゴ界において極めて重大な事実かもしれないわけだ。

「稼げるなら俺には文句はないがな」

「記憶は戻りません?」

「ああ。悲しいことにフラッシュバックもデジャ・ビュもない」

 俺は愚痴るつもりなどなくても、欠落を口にすることはどうしても似たようなシチュエーションを招いてしまう。増してフーシェは今どきの子だ。些細なことでさえ慎重に話さないと悪影響になりかねない、親心に似た思いを抱えざるを得ない。

 カネを稼いでも記憶は買えないなどとうっかり不平を漏らしたなら数日はフーシェに気を遣われる羽目になる。目下相手にそれでは、記憶があったとしても立つ瀬がないだろう。

 こうして当たり前のようにパーティーに参加して戦闘面でも助けてくれる彼女は有能だ。有能過ぎると言っても過言ではない。

 ちょうどきっかりHPが全快になるタイミングで回復《魔法》を唱えたり、手頃な石を投げてモンスターを威嚇したりと器用だ。

 ちなみに《僧侶》だからフーシェは《魔法》を《スキル》として持っている。彼女曰く「《スキル》は覚えさえすればあらゆるプロセスを自動化する」らしい。

 魔法でなくとも《集中》――どうもこの世界においては万能に近いコントローラーだ――して《スキル》を起動すれば、SPなど《ステータス》が足りていれば全てが自動だ。すなわち、システムが該当する効果やそれを呼び起こす身体動作を勝手に引き出すのである。

「ただし《集中》もまたそれ自体が《スキル》です」

 これが中々に厄介な仕組みで、《集中》そのものも使い込みつつ慣れていかないと反射的な素早い《スキル》の発動には結び付かないというのだ。

 俺は《スキル》をまだ持っていない。適当に買った《鉄の剣》で戦っているが、まだそれでなんとかレベルも上がるからと放っておいたのだ。しかし一向に覚える見込みがない《スキル》を疑問に思った俺はフーシェに聞いてみることにした。

「《ジョブ》に就いてない状態ですか」

「なんだそのジョブーって」

「《ジョブ》です。語尾は伸ばしません」

 道理で、というオチだ。汎用、つまり誰でも覚えられる《スキル》は店買いで、専用の《スキル》は《ジョブ》をレベル上げしないと一生手に入らないらしい。

 やれやれ。これだからコミュニケーション制限は困る。

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