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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第4章 有名バリスタ編
97/500

97杯目「せめてもの贖罪」

 唯とのデート時間はあっという間に過ぎていった。


 残念なことに、人は良いことほど短く、悪いことほど長く感じるのだ。


 名目上はカフェ巡りだが、この時は特別な気持ちだった。家族以外の人とカフェ巡りをして、これほど楽しいと思ったことはなかった自分に驚いた。


「あず君、昨日はありがとうございました」

「礼には及ばん」

「そんなことないですよ。あず君はずっと絶望の淵にいた私を変えてくれました。ですから、これからもずっと、誠心誠意ご奉仕させてもらいますね」


 唯は笑顔で言いながら、すぐ隣の席にいる僕に擦り寄ってくる。


 ――完全に懐かれてるなぁ~。


「明日には帰国するけど、唯はどうする?」

「私はここに残りますけど、十分に堪能したら日本に帰ります。向こうにまだ荷物があるので」

「うちに住むのは7月からだっけ?」

「はい。それまでは両親と一緒にいます」


 うちは厳しいぞなんて台詞は一切言わない。修行する以上、厳しいのは当たり前だ。


 こうして、僕は世界大会後の恒例行事のように、祝勝会とカフェ巡りを楽しんでから帰国する。東京の空港には大勢人がいた。僕が空港内にやってくると、何故か歓声が沸いた。


 テレビ局の人からインタビューを求められたが、当然の如く突っ撥ねた。


 祝ってもらうのは結構だけど、近寄らないでくれると嬉しいな。ファンサービスをしないという注意書きはあるけど、話しかけるなという注意書きはないのか、みんな僕が日本人恐怖症なのを知りながら話しかけてくる。集団から個人に対しては平気で迷惑をかける。小学生の時から何も変わっていない。


 この頃からどこに行っても神様のように扱われた。


 葉月珈琲の名声はWCTC(ワックトック)に優勝した日に臨界点を超えたらしい。


 どうりで周りの見る目が変わったわけだ……もう無名人には戻れない。


 ニュースでは5年で5つの世界大会に優勝したと報じられ、さながらアスリートのように取り上げられていた。だがここで大きな問題が起きたのだ。


「! 璃子、これは?」

「……! 分からない。私も今気づいたから」


 岐阜に帰った時、うちの店の前に置いてある日本人規制法の看板に『差別主義者』と書かれていた。


 今まではこんなこと……全くなかったのに……。


「何でこんなことになったんだか」

「多分、お兄ちゃんの知名度が上がるにつれて、これが気に食わない人も出てきたんだと思うよ。事情を知らない人から見れば、差別とも受け取れるし」

「――これは取り替えないとな」

「案外冷静だね」

「喚いても仕方ねえだろ。でも何も手を打たないわけじゃない」

「……あ、そういえばお兄ちゃん、優勝おめでとう」

「ふふっ、ありがとう」


 満面の笑みを浮かべながら璃子を抱きしめた。この引き締まった柔らかく細い体、髪から漂う花のような香り。良い女を抱いている時は、何だかコーヒーを飲んでいるような気分になる。


「お、お兄ちゃん……恥ずかしいんだけど」


 店前で璃子を抱いていたのか、恥ずかしそうにしながら胸を手で押した。


 ――やっぱ璃子は可愛いなぁ~。


 看板はすぐ新しいものに交換したが、また同じ事態が起きることを警戒した。


 一度家に帰って一休みすると、璃子と一緒に金華珈琲まで報告しに赴く。


 店内には親父、マスター、糸井川がいて、少しばかりの客で賑わっていた。


「おっ、ワールドカップテイスターズチャンピオン」

「やっぱり見てたか。またカフェ巡りの話しようか?」

「それはいいけど、顔色が悪いよ。どうかしたの?」

「実はさ――」


 マスターたちに悪趣味な落書きをされた件を愚痴った。


「――というわけだ。あいつらは昔っから何も変わってない」

「そりゃあず君は日本でも人気だからねー。行きたいのに行けないもんだから、フラストレーションが爆発したんじゃないかな」

「ああいうことをされると、余計に入店させる気が失せるんだけどな……ったくこっちの事情も知らねえくせに、相変わらず身勝手な連中だ」

「あず君は日本人のどういうところが気に食わないのかな?」

「……原始的で、暴力的で、1人1人の違いを受け入れられない不寛容さだ。何で少数派ってだけでこんな思いをしなきゃいけないんだろ。僕何にも悪いことしてないのに」


 行きたいのに行けないと愚痴を漏らす客が後を絶たない……か。


 今までにもそんな人はいたが、この頃から日本人規制法に不満を持つ人の割合が段々と増えてきた。


「確かにこの国は右に倣えに慣れすぎたところはあると思うよ。ただ、あず君のように生き辛さを感じている人は他にもたくさんいるし、アンチが目立ちやすい分、反発する人が多いように見えるかもしれないけど、良心的なファンは全然目立たないから、アンチの方が多いように感じるだけで、実はアンチの100倍以上も味方がいたりするんだよ」

「つまり大半の人は、僕の方針に納得してるってこと?」

「そういうこと。特に精神医学に精通している人はみんなあず君を支持してたよ。だからそういうことがあったからといって、みんな敵と思わないようにね。普段は全然目立たない岐阜から世界的バリスタが出てきたんだから、歓迎してない人の方が珍しいと思うよ」


 マスターからは忠告とも受け取れる言葉が飛んでくる。


 味方もいるという言葉には、何故か安心を覚えた。


 今まで必要以上にあいつらを敵視しすぎてたってことなのか?


 何故あいつらがあんな風になったのか、その背景を知る必要がありそうだ。


 一応、全員入店禁止にしているわけではないことをラジオ動画で話した上で、今度同じことがあったら二度と日本人規制法の撤廃を考えないと言った。それからというもの、落書きの被害はなくなった。


 成人を迎えてから色々と『改革』をし始めた。


 未成年時代の僕に見切りをつけたかったのか、色々と新しいことを始めた――。


 まずはSNSを始めた。某呟きサイトに個人アカウントと店用アカウントを作り、意見したり新メニューの宣伝に使ったりするようになった。フォロワーの多くがチャンネル登録者だ。この時の個人チャンネル登録者数は300万人となっていた。


 携帯も璃子と一緒に『スマートフォン』に変えた。


 色んなツールが揃っていて便利すぎる。そりゃスマホ中毒になる人が出てくるわけだ。


 そして今度は『コーヒーカクテル』をメニューで始めることに。


 18歳からアルコールを飲んでいた。ヨーロッパのほとんどの国では18歳からアルコールが飲めるためではあるが、それもあって世界大会後のカフェ巡りでは、コーヒーカクテルを何度か飲んでいた。店の人には毎回年齢確認させられたけど……。


 この僕、葉月梓は『成人』した男性ではあるが、見た目は女子中学生だ。


 童顔にロングヘアーにスカートに全身の無駄毛脱毛。その内性転換手術を受けるんじゃないかと噂されたが、流石にそこまではしない。女になりたいと思ったことは一度もない。生理とか辛そうだし。


 しばらくの間、コーヒーカクテルに夢中になっていた。フレーバー図鑑がまた更新された。コーヒーにも酒にも膨大な種類があり、その組み合わせは無限大と言える。コーヒーカクテルの極意を少しずつではあるが、徐々に学んでいった。10月にはバリスタオリンピック日本代表を決める選考会がある。それまでにどうしてもコーヒーカクテルを習得しておく必要があったのだ。


 数日後、マスターしたばかりのアイリッシュコーヒーをメニューに出した。マスターだけに。


 唯が重そうなスーツケースを片手に持ち、営業時間が過ぎた後の葉月珈琲へと入ってくる。夏場であることもあり、彼女が着ている薄着のせいか、スタイルの良さが際立つ。


 これから一緒に住む仲間だ。もう常連ではなくなる。


 可愛さと美しさを兼ね備えた顔、形も大きさも張りも艶も申し分ない半球型の胸、絶妙なカーブを描いたくびれのある腰、丸く引き締まった尻、スラッと長く色白で綺麗な足、絵に描いたような美人だ。


 同じくスレンダー巨乳である璃子ともかなり良い勝負をしている。


 背中まで伸びたゆるふわで色の薄い茶髪、頭の上のアウトラインが可愛らしい丸みを帯びている。


「あず君、今日からよろしくお願いします」

「お、おう……よろしく」

「お父さんとお母さんも心配そうにしていましたけど、一度やると決めたからには、私はあず君のお店に骨を(うず)めるつもりでやりますから」

「そこまでしなくていいぞ。うちが潰れそうになったら、すぐ見限ってもらってもいいぞ」

「そんなこと……しません。あず君は私の全てなんです。何なら心中にもつき合いますよ。えへへ」


 怖い怖い……唯ってこんな子だったっけ?


 まあでも、葉月珈琲への忠誠が強い人がいてくれるのは助かる。戦略的には職を転々とする方が色んなスキルも身について有利なんだが、唯にとってはどうでもいいことらしい。


「お兄ちゃん、凄く懐かれてるね。イギリスにいた時に何かあったの?」

「唯はイギリスに帰ることになってたから、岐阜に残すための手段が引き取りしかなかった。修行すればスキルだって身につくし、親からも自立できるだろ。一応今年から修行自体はやってるけど、常連じゃなくてうちの一員だから、もっとハードルを上げていくつもりだ」

「ふーん。唯ちゃん、何でイギリスに帰りたくなかったの?」

「イギリスに帰ってしまったら、また引きこもりだった頃の自分に逆戻りしそうな気がしました。葉月珈琲にも、たまにしか来れなくなりますし」

「まあいいけど、お兄ちゃんはこう見えて結構厳しいから、覚悟した方がいいよ。私もコーヒーを淹れられるようになるまで何度も絞られたから」

「は……はい」


 唯はうちが用意した制服を着用する。唯と優子のためにライトピンク、ラベンダーの色を基調とした制服を作っておいたのだ。既存の制服の色はピンク、ライトブルー、レモン、ライトグリーンの4種類だった。どれも全てパステルカラーの制服だ。唯にはライトピンクを、優子にはラベンダーの制服を作っておいた。どれも本人たちの希望で作ったもので、唯は早速ライトピンクの制服に着替えた。


「うわぁ~、凄く可愛いです」

「こうしてみると、お兄ちゃんとあんまり変わんない気がする」

「制服の色が似てますから。私の方がより薄いんですよ。私の茶髪もあず君の茶髪より薄い色ですからピッタリだと思います」

「明日から営業時間中はひたすら練習、営業時間が終わったら研修な」

「はい。2階の案内をしてもらってもいいですか?」

「2階はキッチンと寝室が一緒になった一部屋しかねえぞ。気になるんだったら、一度見てこい」

「はい、分かりました」


 唯が勢い良く階段を上っていく。


「お兄ちゃん、唯ちゃんはあんなこと言ってるけど、イギリスに帰りたくなかった理由は、多分バリスタじゃなくてお兄ちゃんだと思うよ」


 何で分かるのっ!? そりゃ一度告白されてはいるが――。


「その反応は、やっぱり他に何かあったんだね」

「――唯の家族は……僕のせいでイギリスに帰ることになった」

「お兄ちゃんのせい?」


 事の経緯を璃子に説明する。自分の決断が多くの人の人生を変えてしまった。その責任を取るべく唯をここに残し、唯の夢を叶える手伝いがしたくなった。


 これが僕にできる……せめてもの贖罪だ。


「なるほど、だからお兄ちゃんは、自責の念から唯ちゃんに修行させてあげたかったんだ」

「そういうことだ。やっと分かったか?」

「いつものお兄ちゃんじゃないね」


 いつもの僕じゃないって、どういうことだ?


「お兄ちゃんが誰かに対してそんなに慈悲深いわけないもん。普段は1人で過ごすのが何より至福の時だと思ってるお兄ちゃんにも、珍しいことがあるんだねぇ~」

「な、何だよっ!?」


 璃子は顔をニヤニヤさせながらこっちを見る。


「もしかして、唯ちゃんのこと好きなんじゃないの?」

「いやいやっ! そんなことねえからっ! 唯はまだ義務教育すら終えてないんだぞ。どう考えても恋愛なんて考えるような相手じゃねえだろ」


 反射的に手の平をブンブンと横に振りながら否定する。


「お兄ちゃんは義務教育なんて意味ないって言ってなかった?」

「それはそうだけど、この前大阪に行った時にさ、やっぱ教育って大事だと思ったんだよ。義務教育をずっと受けていたのに、社会での生き方をまるで知らない連中を見て、あれは早急な教育改革が必要だと思った。じゃなきゃまた生きる力のない底辺の連中が量産されることになる」

「お兄ちゃん、そういう言い方は良くないと思うよ。事情はよく知らないけど、その人たちだって必死に生きてるんだよ。駄目になりたくてなった人なんていないんだからね」


 璃子が珍しく目を尖らせて反論する。僕以上に敗者の痛みが分かることが見て取れる。僕もそれなりに分かるが、どうやら言い方が悪かったらしい。


「必死に生きた結果があれなら、自己責任じゃないってことだから、社会的責任を取る形で、ああいう連中に生活保護を受けさせてもいいと思うぞ。特にずば抜けた何かがあるわけでもなく、そのくせ当たり前のこともできない無能ばっかりなんだからさ。僕だったら絶対雇いたいって思わないし」

「だったらお兄ちゃんが教えてあげたら?」

「……何を?」

「やりたいことの見つけ方」

「冗談だろ」


 誰かに物を教えるのは得意じゃない。自ら気づく手伝いができるくらいだ。確実にすべきことを述べることしかできない。唯に対しても、基本的には教えるというよりは指示するといった感じだ。修行の内容はひたすらバリスタとしてのスキルを身につけることに尽きる。


 エスプレッソを手早く淹れる訓練、カプチーノでラテアートを描く訓練、機械動力を伴わないペーパードリップでコーヒーを淹れる訓練。営業時間終了後はマシンのメンテナンスやカッピングもする。


 すぐにへし折れるかと思いきや、唯は着実に習得していく。


 エスプレッソやカプチーノは以前からできていたが、修行が本格化してからも彼女はそれに負けじと食らいついていき、ペーパードリップも恐るべきスピードで習得していった。


 将来は良いバリスタになれそうだ。


 時は流れ、8月がやってくる――。


 8月中旬、唯と一緒に住むようになってから1ヵ月以上が経過する。


 唯は僕らとの共同生活にすっかり慣れていた。いや、最初から抵抗感などどこにもなかった。まるで最初からうちの一員であるかのような立ち振る舞いだ。家事も全て問題なくこなせている。お陰で僕が家事を行う時間がなくなり、フリーになった時間を全て動画制作に費やすことができた。


 お盆を迎えると、親戚の集会に参加する。その間唯には留守番をしてもらうことに。心配することなどなかった。内緒というわけではないが、積極的に親戚一同に話すことはなかった。


「あず君、また世界大会に優勝したんだって?」

「うん、一応な」

「ルイ、あんたもあず君の下で修業させてもらったら?」

「うーん、バイトしてみたいとは思うけど……修行は遠慮しとく」

「柚子、就職先は決まったの?」

「それなんだけど、私、起業して婚活イベント会社を始めることにしたの。一応色んな婚活イベント会社から内定を貰ったんだけど、事業内容を聞いてどれも違うなって思ったの。ただ婚活イベントをするだけじゃカップリングはできない。私は参加者全員が無理なくカップリングできるような婚活イベントを目指してるから、それだったらあず君の言った通り、自分でやった方が早いかなって思ったの」


 柚子は就活しながらずっと迷っていた。


 就職か……起業か……そのどちらにもリスクがつきものだ。起業には新卒カードがない。


 だが柚子は新卒カードよりも、自分で事業を決められる起業の方に魅力を感じたらしい。


「えー、せっかく内定を取ったのに勿体ない。何のために大学まで行かせたと思ってるの?」


 柚子と吉樹の母親である吉子おばちゃんが柚子の選択を咎めようとする。


「お母さん、私、自分の人生は自分で決めたい。安定してるからとか、周りがやってるからとか、そんな理由で人生を決めていたら。いつか絶対後悔する。それともお母さんの言う通りにして、それで人生失敗したら、お母さんが責任取ってくれるの?」

「……そこまで言うなら……もう何も言わないけど、あんた、段々あず君に似てきたねぇ~」

「いやいや、そんなことないから」


 こんなやり取りを繰り返し、柚子は起業の道へと歩む決意をする。


 うちでバイトをしなかったら就職していたかもしれない。就活をした上での決断なのだから、どんな結果になろうと、後悔することはないだろう。


「ルイ、来年からでいいなら、うちでバイトしてもいいぞ」

「ホントにっ!?」

「ああ、柚子が今年中にうちを辞めることが確定した。時が来たら、柚子の制服を受け継いでくれ」

「うん、分かった」

「じゃあ、ルイとは入れ替わりになるのかな?」

「そうだね。柚子があず君の店が凄く楽しいって言ってたから、バイトするなら葉月珈琲かなって思ったんだよね。労働環境に敏感なお姉ちゃんがずっと居座り続けてる時点で相当良い環境だよ」

「それじゃあたしが大半の職場に全然馴染めない人みたいじゃん」

「良い意味で言ったんだよ」


 いとこたちは相変わらずだった。とりあえず、来年卒業予定のリサと柚子は最終進路が決まって何よりだが、リサはうちに就職する気だから正社員に昇格だ。日本人恐怖症については、まだ治らないのかと聞かれた。いとこたちの同級生がうちに来たくてしょうがないらしい。


 いつか治ると思うと言っておいたが、いつになることやら。


 この頃、璃子同伴で不動産に相談し、今よりも広い店舗の確保に尽力した。幸いにも広いスペースのカフェとなる物件を見つけることができた。この物件を来年から会社名義で借りると伝え、他の人には取られないようにしてもらった。不動産の人と大家の人が僕のファンだったこともあり、うちの店が法人化するまでは待っていてくれるとのこと。お陰で予定より早く店を開くことができるようになった。


 かなり大きな物件だ。1階を全部カフェにしても、2階に僕と璃子の部屋を余裕で確保できる。


 客席も50席は確保できる。だがこれだけ多いと僕だけでは捌ききれないため、当然人を雇う必要が出てくる。みんなにも引っ越しの件を伝えた。ここは今住んでいる所と同じくらい葉月商店街に近いこともあり、みんな二つ返事で引っ越しを快諾してくれた。


 年末年始は忙しくなるだろう。


 引っ越しの準備を進めると共に、法人化の手続きも始めた。


 世話になっている税理士にもうちの親を通して法人化の件を伝え、いつでも法人化できるようにしてもらった。この生活も年末までだ。年末を決算日にしたいのもある。年度の最初は1月で最後が12月という流れに体が慣れてしまっていたし、法人成りするなら1月がベストと考えた。


 この年は倒産の心配はしなくても良くなったため、親には来年以降は就職しろなんて言わないようにと言った。事実上の生涯未就職宣言だった。親父もお袋も事業がうまくいっているならと、ようやく僕の就職を諦めてくれた。璃子も役員になるため、璃子の就職の件もなしになった。


 あの3年間の修行で、どれほど成長したのか楽しみだ。璃子は僕が修行費を払い続けていたことに感謝してくれていた。早く僕に追いつこうと必死に修行に取り組んでいたし、チョコレートの基本であるボンボンショコラやザッハトルテの腕前は、昔よりも遥かにうまくなっていた。


 店を始めた頃、事業成功のため、必死にコーヒーを淹れていたことを思い出す。


 こうして、僕は着々と来年に向けての準備を進めていくのであった。

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