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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第4章 有名バリスタ編
92/500

92杯目「一歩踏み出す勇気」

 僕と拓也は終礼が終わると、就労支援施設から拓也の家に戻った。


 あまり店を休むわけにもいかないため、明日には岐阜に帰ることに。というか僕がいなくても回る店にしないと……それにしても、あの施設から学んだことは非常に多かった。


 明らかに昔よりも健常者のハードルが上がっている。


 江戸時代までは五体満足でまともに歩ければそれで良かったが、明治時代に入ってからは労働者や兵士になれることが健常者の条件に追加され、次第に性格に雑さがなく、サラリーマン生活に馴染めることまでもが条件に追加され、ここまでハードルが上がれば、必然的に障害者も増えるという話だ。


 特にコミュ力が必須級の社会になったことは解せない。


 昔のコミュ障は家業を継ぐだけで良かったが、今は生半可な自営業は大手チェーンに駆逐され、コミュ障にまで大卒サラリーマンになることが求められるようになってしまったため、サラリーマンに向いていないコミュ障が障害者認定されるようになったのだ。それまでコミュ障なんて言葉もなかったし、うまく人と話せない人はただのシャイな人と見なされていた。数ある特徴の1つでしかないと見なされていた性格が時代の変化によって、障害という言葉に変わってしまったのだ。周りに合わせることが求められている社会において、得手不得手が極端な人間は邪魔でしかない。


 ベーシックインカム社会にでもなってくれれば、彼らが無理に働く必要がなくなる。就労支援施設は真っ先に淘汰されるだろう。あの施設は資本主義社会が生んだ歪みである。


 あの層の人たちとは一生関わることはないだろう。あの中から全員が無事に社会に出ることができたとしても、社会の第一線で継続的に活躍できる人はほんの一握りだ――。


「拓也、何で僕をあそこに連れて行こうと思ったわけ?」

「あそこは学生生活とか、就活中とか、社会に出た後にこけた連中や。だから社会的に成功してるあず君を見たら勇気づけられるんとちゃうかって思ったんよ。あず君はあいつらを見てどう思った?」

「言ってもいいけど、あいつらには内緒にしとけよ」

「分かってるって」


 拓也は茶化すように言いながら僕の回答を待っている。


「あの連中は負けるべくして負けたと思ってる」

「それは何で?」

「あいつら、資本主義社会での生き方をまるで理解してない。マネーリテラシーもなかった。明らかに就職に向いていないのに、就職以外の生き方を探そうとすらしなかった。何というか、世の中の実態を全く知らされないまま生きてきた、純粋無垢な子供を見ているような感じがした。でもああいう人たちって、親とか教師とかに生きる力を削がれてるから、社会に出たら間違いなく搾取されるか、自然淘汰されるかの二択を強いられると思う」

「手厳しいな」


 これでもまだぬるい感想である。


 あの施設に行って分かったことの中で最も驚愕したのは、学校に通っていたはずの彼らに全くと言っていいほど教養が身についていなかったことだ。こんなことを言うのも些か抵抗があるのだが、小中学校9年間の義務教育を受けたとは到底思えない読解力の人たちが山のようにいたのだ。


 施設の連中を一言で言うなら、言葉は通じるが話は通じない連中だ。


 彼らには共通点があった。感情的で無節操、文法の基礎が分からない、文章を書けない、議論と喧嘩の違いを理解できない、相手の言葉を曲解して急にぶちぎれる、簡単な日常単語の意味を履き違える、現実逃避をしながら妄想ばかりをする、集団生活に向かない性格でありながら就職以外の生き方を知らない、自ら考え行動しない、人の話を聞けないといったものである。


 あの数時間だけで、彼らが何故社会から自然淘汰されたのかが浮き彫りになっていた。いつもは大らかな拓也でさえ、タジタジになってしまうほどだ。


 あんな人連中が量産されているのは、教育システムがまともに機能していないんだろう。もはや過去を聞くまでもなく、彼らの一連の言動が全てを物語っていた。


「拓也も本当は気づいてるんだろ? 1年もいたんだし」

「――あいつらが生きていけるようになるには、どないしたらええんやろな?」

「課題による。例えば自分で飯が食えるようにするだけだったら、好きなことに没頭して、専門知識とか専門技術を究めていくとか」

「その最たる例があず君なのは分かるけど、全員にそれができるとは限らんで」

「できないんじゃなくて、やってないだけ。日本は全体の9割が横並びの状態だから、人と違うことをしているだけで、全体の9割から抜きん出た存在になれる。でもあいつらにとって人と違うことをするのは精神的にハードルが高いんだ。バリスタを目指す場合は、1年間毎日色んな種類のコーヒーを抽出して飲んでるだけで、大半のバリスタよりもコーヒーに詳しくなれる。僕は小さい頃からずっと勉強してきたからこそ、世界を相手に戦えるようになったわけだ」

「要は好きなもんに没頭すればええねんな?」

「そゆこと」

「……」


 拓也はどこか思い詰めている様子だった。今までずっと見て見ぬふりをしてきたのだろう。惰性で生き続けている自分自身に。僕が指摘してしまったことで、心の均衡が崩れてしまった。


 拓也の家に入ると、まだ店は開いていた。ガヤガヤと騒がしい店内は、仕事を終えたサラリーマンの客が多数を占めている。僕らは2階にある拓也の部屋まで行った。


 麗奈は既に独立しており、この日は僕を見るためだけに来たらしい。拓也の部屋は元々麗奈と共有していたものだったが、今は麗奈のベッドが空いている。


 どうりでいとも簡単に宿泊許可が下りたわけだ。


「ここに泊まる時はこのベッドを使ってな」

「うん、分かった。夕食作ろうか?」

「客に作らせるわけにはいかんやろ。親に任しとったらええねん」

「そう……まあいいけど」


 午後7時、僕、拓也、拓也の両親の4人で食卓の四角いテーブルを囲みながら食事を取った。僕が来たこともあってか、いつもより比較的豪華なメニューとのこと。


 ――そういえば、こんな風に家族以外の人と一緒に食べるのは久しぶりだ。


 しばらく黙々と食べていると、拓也のお袋が沈黙を破った。


「拓也、あんたが退院してからな、もう1年以上経ってるんやから、そろそろ就職して、うちにお金を収めてくれへんか?」

「何で今それゆうねん?」

「あず君は未成年やのに、自分の店を持って、夢に向かって突き進んでるんやから、拓也もあず君を見習って働いたらどうや?」

「そのことなんやけどさ、俺もう施設には行かへん」

「何でや!?」

「俺みたいに就職する気のないもんがあそこにおっても時間の無駄でしかないし、あず君を見習って、好きなことに没頭したいねん」


 影響受けるの早すぎじゃねえか?


 そうか、拓也の行動が早いのは、スポンジのように人の意見を吸収する素直さがあるからだ。


 だがここまで流動的なところを見たのは初めてだ。


「好きなことってなんや?」

「動画投稿」

「それはただの遊びやろ。遊びじゃなくて仕事をしてほしいねん」

「仕事する気がないから遊びに没頭するゆうねんてん」

「没頭してどないすんの?」

「なんもせんよりはマシやと思ったんよ。あず君も遊び感覚でバリスタやってんねんから、俺も遊び感覚で何かしたくなったんや」

「あず君はお金を稼いでるからまだ許されてるの。まずは仕事を見つけて、仕事をしながら好きなことに没頭したらええやないの」


 他所の家の事情に首を突っ込む気はないが、僕だったら労働に向かない人を働かせたら、それこそ社会の足手纏いと言っていただろう。文句を言う筋合いもない以上、見守るしかない。


 ――さあ拓也、ここでロクな反論ができなきゃ、ずっと今のままだぞ。


 心からニートでいたいことは伝わった。後はどうやって暇潰しをするかだ。


「俺は絶対働きたくないねん。高校の時だって、ホンマは働く気なんてなかったけど、学校を卒業する時しか正規の仕事で働くチャンスがないって、おとんとおかんが脅すから仕方なく就職したんや。その結果が過労入院やったのに、また俺に過労入院してほしいんかいな?」

「あれは拓也が頑張りすぎたからやろ。もっとはよ転職すればよかったのに」

「何度か辞めたいってゆうた時に、辞めたらもう次がないとか脅すからやろ。あんなブラック企業ばっかりの社会に放り込んだ責任を取って養うべきやろ」

「社会に文句ばっかりゆうてもしゃあないやろ。一人前なことは自立してから言え」


 拓也の親父が拓也のお袋に加勢するように会話に加わる。


 一人前なことは自立してから言え……か。


 だったら――子供を一人前とやらに育てられなかった親には――何の責任もないのか?


 時代遅れな教育を受けさせて生きる力を削ぎ、役に立たないことを勉強しろと言いながら何かに没頭するのを邪魔し、生きていくのに必要な武器を取り上げられた。だから責任を取れ。


 拓也が言いたいのはこれだ。だが自分の気持ちを言語化することについては不得手のようだ。


「自立とか労働がそんなに偉いんか?」

「ああ、そうや。働くのは当たり前なんやから、働いてない人は下に見られても文句は言えへん。だから働けってゆうてるんや。あず君みたいに計画的に働かなあかん。働かざる者食うべからず!」

「もうええわー!」

「「「!」」」


 拓也が大声で怒鳴り、箸を洗面台に投げつけ自分の部屋へと戻る。拓也はもう完食していた。相変わらず食うのが早い。拓也の両親は少し気まずそうに食事の手を止めている。


 反論の余地はいくらでもあったけど。


 自立すれば使う電化製品の総数が増える分環境破壊に貢献することになるし、酒を造る人や車を作る人が原因で交通事故が起きたりするから、自立も実家暮らしも、労働者もニートも一長一短なのだ。


 日本人にはトレードオフの概念がない。


 何かをすれば何かを得る代わりに別の何かを失う。それはたとえニートであっても労働者であっても同じことだ。反論の余地があるとすればここだが、拓也もトレードオフを知らないようだ。


 働かざる者食うべからず。僕がこの世で最も嫌いな言葉の1つだ。


 労働者がニートより上? 笑わせんじゃねえ!


 だったら働けない事情を抱えている人は……飢え死にしても文句を言うなと?


 これじゃナチスと同じ発想だ。僕は忘れない。働けない障害者を養うために、税金がかかっている内容の……障害者へのネガティブキャンペーンを目的としたポスターを。かつてケルンで知り合ったドイツ人から教えてもらったことなのだが、僕には衝撃的だった。稼いではいるが遊びを楽しむ感覚でバリスタとなった僕は、果たして働いてると言っていいのだろうか。本質的には拓也とそこまで変わりない。


 拓也との違いは、稼いでいるかどうかのみ。経済学的に言えば、僕の方が生産性があると言えるが、他人から生産性があると認められた時だけ、生きる権利があるというのか?


 それが人の価値であると本気で思っているのだとしたら、あいつらが自分で稼げなくなった時、何も文句を言わずに飢え死にする決断ができるのか?


 だったらまず社会保障制度を全部廃止するんだな!


 ニートはなるべくしてなっている。自分たちの愚かさを知る者なら、必然的に分かるはずだ。


 愚か者は自らの愚かさを知らず、痛い目に遭うまで分からないのだ。


「あの様子だと、どこに行っても続かないぞ」

「何で分かるの?」

「分かるよ……僕も拓也と同じことを考えていたから」

「「……」」

「僕が今の仕事を始めた時、最初は店をやるつもりは全くなくて、進学と就職を回避できればそれでいいって思ってた。学校や会社に行っても、僕みたいな社会不適合者はどこに行こうと迫害を受けるのが目に見えてた。それで自営業を始めたというか、僕は相手の所まで営業しに行くような仕事はできないと思ったから、客の方から来てくれる飲食店を消去法で始めた。でも店を続けるには宣伝をする必要があった。だから色んな大会に出て、我武者羅に宣伝を頑張っていたら、いつの間にかここまで辿り着いてたってわけ。全部成り行きだ。計画性なんて微塵もない」


 言いたいことだけを言い残すと、拓也がいる部屋へと向かった。


 汗水垂らして働くのが労働で、それこそが社会貢献であると考えるのは自由だが、行きすぎた無職批判は優生思想に繋がりかねないことを知ってほしいものだ。


 僕が言ったところで、この人たちには伝わらないだろうが……。


 障害を持っている人はセーフだというなら、拓也だってセーフだ。彼もブラック企業によって心に深い傷を負わされたのだ。トラウマは心の障害である。だがこれは目に見えないが故に理解されにくい。


 もっと厳しいことを言えば、拓也の両親もまた加害者である。働くのが偉いという美徳は劇薬と言い換えることもできる。この国に限って言えば、ニートとは劇薬の副作用なのかもしれない。


 拓也の部屋に辿り着くと、畳の上で足を止めた。


 両親の言葉で落ち込んでいたが、僕は彼に落ち込む暇など与えもしない用意ができていた。


「拓也、ラジオを始めるぞ」

「あず君の方からゆうなんて珍しいな」

「拓也の両親の言葉を聞いて気持ちに火がついた。今の世の中は社会不適合者に対してあまりにも理解がなさすぎる。それを少しでも軽減するのが、このラジオの役割だってようやく気づいた。夜中まで語りつくす覚悟はできてるか?」

「もちろんや。元々は俺が言い出したことやしな」

「僕も乗りかかった船だ。こうなりゃ最後までつき合う。炎上上等、視聴者とボコボコに殴り合うくらいのつもりでいくぞ」

「ああ、望むところや」


 僕と拓也は『社会不適合者ラジオ』の収録を始めた。


 この日のテーマはずばり、『ニートの作り方』。労働者を作るはずがニートを作ってしまっている家庭が多いことを指摘し、その原因や対策をズバズバ吐いた。


 僕は後に『無職のメカニズム』を始めとした本を通して、この内容を世に広めることになる。


 無論、このテーマはアンチを中心に炎上し、ネット上で話題になった。炎上商法と言われればそれまでだが、今の世の中に対して拒否のメッセージを突きつけたかった。僕の知名度を活かしたこともあってか、このラジオを支持する人は徐々に増えていった。


 世直しとは、馬鹿げてる風潮を当たり前と思ってる連中にそれを言ってやることだ。


 いつか職業を聞かれても堂々とニートと答えられる社会にしたい。嫌々働いている人を減らせれば、今は甘い汁を啜っているブラック企業だって、自然淘汰されるようになるはずだ。


 ニートたちだけじゃなく、あらゆる善良な人たちが生きやすくなる足掛かりを作りたい。理由がなければ存在すら認められない社会なんて……そんなのクソくらえだっ!


 数時間後――。


「ふぅ、やっと終わった」

「後は無言の部分を編集でカットするだけやな」

「しばらくは外に出られなくなるかもな」

「せやな。実を言うとな、俺もあの場所には飽き飽きしとったんや。ムカつく奴もおったし、ゆうてることが滅茶苦茶で、正論ですらないもん」

「知ってる。僕もあそこは二度と御免だ」


 僕は拓也の部屋で彼と一緒に就寝する。


 しかし、ラジオで興奮しすぎたのか、僕も拓也もなかなか眠れない。


「俺さー、あんなに親と言い合いになったんは初めてや」

「僕はしょっちゅう親と言い合いになってた。今でもしてるし」

「あず君と出会って気づいたんやけど、俺はずっと嫌なものを嫌ってゆうたらあかんっていうメッセージを突きつけられてた気がすんねん。辛いことや苦手なことでも、我慢してたらいつか報われるって思い込まされてたけど、あず君のお陰で目が覚めたわ。これからは嫌われてもええから、自分を貫いて生きることにする。それが生きる力なんやろ?」

「……自分を貫くのはいいけど、やるからにはきっちりやるべきだ。やめたくなったらやめて綺麗さっぱり忘れる。僕は何事も中途半端な奴が1番嫌いでね、やるならやる。やらないならやらない。せめてそこだけはハッキリさせるべきだと思うけど」


 僕の1番嫌いなタイプ、それは中途半端な人だ。正直、完璧主義の犯罪者よりも嫌いと言っていい。


 心からニートでいたいならそれでもいい。だがそれ相応のリスクや責任は負うべきだ。拓也は親の選択で生き続けて自律を失い、ニートになったためか、自分の境遇を親のせいにしていた。


 だが自らの意志でニートになるなら、今後の経過や結果にも責任を取れるようになるだろう。


 しばらく話している内にウトウトして眠くなり、意識が段々遠のいていく――。


 翌日、僕は大阪の街を拓也と一緒に歩きながら、お土産を買って岐阜に帰宅する。


 この日も休業日。店の営業はない。どこかに出張しに行く時は出張してから戻った日までが休みだ。じゃないと多分病気になる。周りは僕を異次元の存在と見なしていたが、僕とて何度も倒産しそうになったことがある。2008年には廃業寸前にまでなっていたが、WBC(ダブリュービーシー)以降は店の経営が波に乗っている。流石に利益を度外視した経営はしなくなった。璃子の修行費を払ってもなお余裕を持って店を継続できるようになったのは、地道な努力が運良く報われたからだ。


 葉月珈琲にとっては小さな一歩だが、僕にとっては大きな進歩だ。


 3月下旬、閉店後、唯にバリスタ修行を施していた。


 営業時間中は忙しいが、今年からは閉店後の6時から唯にラテアートを教えていた。最初は帰るのが遅くなることもあって反対していたが、結局は唯に押されてバリスタ教育をすることに。


 昔は僕が夢を貰う側だったけど、今は僕が夢を与える側になったことを自覚する。


「エスプレッソできました」

「もっとかかるものだと思ってたけど、僕が思ってた以上に習得が早いな」

「えへへ、いつかあず君の店で働くのが私の夢ですから」


 唯は微笑みながらエスプレッソを飲み、口の中を潤していく。彼女の笑顔に釣られて僕までつい笑みを浮かべてしまう。唯には人を笑顔にする力がある。うちが目指してきたものと同じものを感じた。


 うちが目指しているのは、飲んだ人が笑顔になる味だ。ヨーロッパで買ったチョコを見た時、思うことがあった。どのボンボンショコラも味が全然違っていたが、どれもちゃんと美味い味になっていた。


 まさにうちが目指すべき店の姿だ。


「なあ唯」

「はい……」

「本気でうちに就職するというなら拒否はしない」

「本当ですかっ!?」


 唯が驚きながら僕に近づき、大きく目を見開いた。余程願望が強いようだ。


「うん……でもうちは高級なコーヒーを扱ってる分リスクも大きいし、一歩間違えばいつ潰れても不思議じゃねえ。まさに張り詰めた糸の上を歩くような商売だ。中卒でうちに就職となると、比較的安定している大卒大手就職の道はまず望めないけど、それでもいいのか?」

「はい……私が自分で決めたことですから。あず君は自分で決められない人が嫌いですもんね」

「まあな。唯だったらモデルとかもできそうだけど」

「一応子役やってました」

「あぁ~、やっぱ美人は違うなー」

「び、美人!」


 唯が顔を赤らめながら目線を逸らした。


「あ、ありがとうございます。私、あず君のためなら何でもやります」

「ん? 今何でもって言ったよね?」

「悪いことは駄目ですよ」


 唯がジト目になりながらも、再び僕の目を見つめた。


 何だか2人目の妹ができたみたいで凄く可愛い。彼女だったら……突き詰めればトップバリスタになれるかもしれない。身近な人に可能性を感じたのは久しぶりだ。僕はしばらくの間、様子見で唯の面倒を見る決意をした。育てるのではなく、育つことを見守るスタンスを保って。


 僕と唯の距離は徐々に縮まっていった。外は桜の花が今にも咲きそうだった。

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就労支援施設での経験を元に書いております。

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