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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第4章 有名バリスタ編
90/500

90杯目「甘くて苦いバレンタイン」

 唯が両親を連れてきてからしばらくの時間が過ぎた。


 唯もジェフも咲さんも頻繁にうちの店に来るようになり、すっかり常連化していた。特に唯は毎日のように遊びに来てくれた。コーヒーは毎回注文してくれるが、コーヒーを飲む時間よりも、僕の作業を見る時間の方が長い模様。店に来る目的が本来と違うような。


 唯は絶世の美人だ。それもあってよく外国人観光客からナンパされることが多いけど、彼女は流暢な英語で断っていた。彼女は日本語も英語も両方話せる。たまにイギリスに帰って彼女の祖父母に会っているとのこと。僕は実家になんて戻りたくないが、唯にとっては恋しい場所らしい。


 拓也とのラジオでは、社会に対する不平不満ばかり言っていた。


 唯には見せたくなかったのだが、既にラジオ動画の方も見ていた。忠告するのが遅かった。不平不満を撒き散らす人とはつき合いたくないと思っている人は多いだろう。


 しかし、彼女は何も間違ったことは言ってませんよと擁護してくれた。まるで天使だ。


 定期的に拓也がやってきてはラジオの収録を行った。僕も拓也も収録したラジオを少し編集し、それぞれが某世界的動画サイトの個人用チャンネルに投稿して住み分けをしていた。拓也は当分働く気はないらしい。就労支援施設に通っているらしいが、基本的に遊びに行っているだけらしい。


 拓也の実家は両親が営む鉄板焼き屋であり、大阪に行った時には度々寄っている。拓也はその時だけ特別に接客をしてくれる。大阪名物のお好み焼き、たこ焼きまであり、お好み焼きは関東風、関西風、広島風まで揃っている。しかもチーズトッピングまであるため、初心者でも食べやすい。


 1番美味かったのは神戸牛のステーキである。やっぱ鉄板焼きと言えばステーキでしょ。


 この年からパスタをサイドメニューに採用し、カルボナーラやジェノベーゼといったメニューも提供するようになり、売り上げは今までにないほど良かった。


 うちはスペシャルティコーヒーだけにし、サイドメニューも高くして、貧困層がまず近寄れない高級なカフェにしようと考えた。貧困層を嫌っているわけではない。貧困層にモンスタークレーマーが圧倒的に多いため、敬遠処置を取ることにしただけである。


 値段を釣り上げているだけで大半のモンスタークレーマーはシャットアウトできる。そうなったら、うちの親も常連もたまにしか来れなくなるが、値段を気にせず注文できる人に不当なクレームをつける人はいないし、育ちの良い人はそうそう悪いことはしない。金持ち喧嘩せずだ。


 学生時代は毎日のように不当なクレームを受けていたこともあり、その反動でクレームに対して敏感になってしまったことも原因である。こっちに落ち度がある場合は適切に対処するが、実際は相手の身勝手であることが多い。その証拠にうちはモンスタークレーマーに会ったことがない。


 僕の目論見は間違っていなかった。


 2月上旬、ルイがうちで働きたいと申し出る。


 この時はもうこれ以上バイトを雇う余裕がなかった。誰かがうちを卒業するまでの間は、うちで雇うことができない。リサは大学3年生であり、今年には22歳になる。なのにまだやりたいことが決まっていないらしい。もう成人してるのにマジか!?


 この時はリサも柚子も就活だ。バイトにはあまり時間を割けない。


 払う給料が下がるため、こっちとしては助かるのだが。


「――あたし、将来の夢とか全然なくってさー。あず君はいつからバリスタになろうと思ったの?」

「10歳の時かな」

「10歳でバリスタを目指して、15歳で自分の店を持って、18歳で世界一のバリスタだもんねー。どうやったらなれるの?」

「特別なことはしてない。やりたくないことを1個ずつ除外して最後に残ったのがバリスタってだけ」

「あたしにも何か取り柄があったらなー」

「成人してもやりたいことが分からない人の気持ちは分からんな」

「大半の人はそういうもんだよ」


 言い方は悪いが、やりたいことがない人って、10代という特に多感な時期に何もしてこなかった人だと思っている。大器晩成って言葉もあるけど、それができた人はほぼ例外なく早い内からやりたいことがハッキリしていて、成人後も真っ直ぐ突き進んできたような人だ。


 あまり言いたいことではないが、一歩抜きん出た存在になれるかどうかは、成人した時点の質でほとんど決まっていると言っても過言ではない。やりたいことは色んなものに手を出さなければ全然分からないままだ。興味があることに片っ端から手を出しやすい10代の時期に、できるだけ多くの経験を積んで、やりたくないことをたくさん見つけることが重要なのだ。学校での経験も全体の1%程度は役に立った。あれで力仕事や協調性を必要とする仕事がまず無理であることがよく分かった。少なくとも、やりたくないことすら見つけられない人が、やりたいことを見つけられるとはとても思えない。


 これをラジオで言ったら炎上したが、拓也と一部の視聴者はあっさり納得していた。


 難しく考えるな。欲しいものを真っ直ぐ取りに行け。僕が……世界一のバリスタに向けて真っ直ぐ進んだように。他人と差別化を図って生きていきたいなら、まず好奇心を育てるところから始めるべきだ。


 とはいえやりたいことがなくても、それなりに満足な生活がしたいというだけなら、僕はそれでも良しとしている。普通とされる生き方を否定する気はない。


「リサはその他大勢の1人でいたいのか、一歩でも抜きん出た存在になりたいのか、どっち?」

「あたしは一歩抜きん出た存在になりたい。でも、どうすればいいのか全然分からないんだよねぇ~。今までずっとそういうことを考えてこなかったからさー」

「だったらこれから考えればいいじゃん。人生は長いぞ。何かを始めるのに遅すぎることはないけど、始めるなら早いに越したことはない」

「じゃあ将来の夢が見つかるまでバリスタやる」

「リサらしい答えだな」


 やりたいことが見つかっていない状態の彼女にとってはベターな選択だ。


 見つかればすぐ夢に向かって移行してもいいし、見つからなかった場合はバリスタの道でとりあえず生活はできる。リサはとりあえずの就職になりそうだ。就活なんて面倒だと目が言っている。


「あず君ってコーヒーを淹れるだけじゃなくて、料理もスイーツも作るのうまいよね。何がきっかけで料理とスイーツを始めたの?」

「ロクな理由じゃないけど、そんなに聞きたいか?」

「うん、聞きたい」


 リサが真剣な眼差しでワクワクしながら聞く意思を表す。


「怒られるから全然言わなかったけど、料理を始めたきっかけは、いじめっ子を毒殺するためだった」

「「「毒殺っ!?」」」


 ――まあ、そういう反応するわな。


 小1の頃に初めて集団リンチを受けた時、集団リンチを仕掛けた主犯を毒殺しようと計画し、料理を親に教えてもらっていた。料理本で独学もしたりして料理の腕はメキメキと上達していったが、肝心の毒を手に入れる方法が全く分からなかった上に、小4の時に他のいじめられっ子が主犯を殴り倒すところを見たこともあり、僕は気分がスカッとして、毒殺計画は中止となった。


 しかもその頃にはメジャー料理を一通り作れるようになっていた。計画は中止になったが、目的達成のために得た副産物がたまたま役立っているのだ。


 スイーツと裁縫は璃子の影響で始めたが、璃子自身は友人たちの影響で始めたという。


「まっ、そんなところだ」

「だからいっつも料理本ばっかり読んでたんだー。ふふっ、あず君ってさー、意外なところで学校に育てられてたんだね。結構意外かも」

「あんな場所に育てられたとは思わない。言っとくけど、ほとんどの生徒はあの地獄のような毎日を送ることで、生きる力を摘まれてるんだからな」

「えっ、学校って生きる力を与える場所じゃないの?」

「そんなわけねえだろ。今は主体性と行動力が求められてる時代だ。でも学校が子供に教えているのは従順性と協調性だ。当然、主体性も行動力も段々削がれていく。だから行けば行くほど社会に出た時、大きな足枷になる。リサも柚子もどっぷり浸かってたから、優しくて従順で協力的だけど、具体的にやりたいことは言えない。まさに学校によって作られた、自分で決められない労働者マインドの完成ってわけだ。僕が何故進学しなかったか、よく分かっただろ?」

「「「……」」」


 リサと柚子がさっきまでとは打って変わって落ち込み気味になる。璃子はもう慣れているのか表情1つ変えなかったが、リサも柚子もここにきてようやく僕が起業を選択したことが英断であったと悟る。


 落ち込むのも無理はない。今までずっと学校に育てられていると本気で信じていたのに自力で食えないポンコツを学校によって作られていたという国家機密並みの事実を知ってしまったのだから。裏切られたと思ったのだろう。柚子たちはショックなのか、キッチンがシーンと静まり返っている。僕は目をキョロキョロと動かし、柚子たちの様子を見ている。確か以前も似たような話をした気がする。


 だがこれでみんなを蝕んでいた悪魔の洗脳は、少しずつではあるが、解けてきているように感じた。


「あぁ~、もうなんかやる気なくなってきた」

「お兄ちゃん、言い過ぎだよ」

「むしろ言い足りないくらいだ」

「――決めたっ! あたしもう就活やめる」

「やめるのはいいけど、どうするつもりなの?」


 柚子が少し驚いた顔で、決断したばかりのリサに問いかける。


「あたし、ここに就職する」

「「「ええっ!?」」」

「だってよくよく考えたら、あず君と一緒に仕事してるのが1番安全な気がするもん」

「そこで思考停止してどうすんだよ」

「考え抜いた結論だよ。仕事に就くんじゃなくて、仕事を自分で作っていくのが1番良いんだからさ、自分で仕事を作れるあず君と一緒の方が良いと思ったの」


 リサがそう言って顔をニッコリさせ、後ろから僕に抱きついた。


 やれやれ、どうしようもないな。本当にやりたいことが決まるまでは面倒を見てやるか。


 ――それまで店が持つといいけど。


 柚子はリサの決断に置いていかれているような心持ちだ。


 就職か起業か、柚子はまだ迷っていた――。


 2月中旬、バレンタインデー前日のことだった。


 閉店間際の葉月珈琲に入ってきたのは唯と鈴鹿だった。


「もう店閉めるんだけど」

「今日はこれを渡しに来たんです」


 唯が言うと、彼女たちは恥ずかしそうな素振りを見せながらも、2人揃ってリボンなどのデコレーションが施された立派なプレゼント箱を出してくる。


「はい、バレンタインデーは日曜日なので、今日持ってきました」

「受け取るのはいいけど、お返しはできないぞ」

「別にお返しを期待してあげるわけじゃないよ。あず君に受け取ってほしいと思って渡しに来たの」


 鈴鹿が色気のある声で見返りがないことを伝える。


「さっきまでずっと外国人がいましたもんねー」

「こういう時じゃないと、なかなか店に入れないし、閉店間際を狙っていくしかないのだけど、そうしたらそうしたで、コーヒーが飲めないのは考えものかな」

「――しょうがねえな。分かったよ。1杯だけだぞ」

「じゃあマンデリンをお願い」

「私はモカでお願いします」

「マンデリンとモカね。ちょっと待ってて」


 唯も鈴鹿も僕の言葉に甘えて1杯のコーヒーを飲み、会計を済ませて帰っていく。


 閉店間際だから残業ではないが、他の人にはさせたくないな。


 しばらくすると、璃子が修行から帰ってくる。


 去年は身内からたくさんのチョコを貰ったが今回は違った。身内どころか商店街の人たちからも葉月珈琲宛てに大量のチョコが届いた。うちの2階にある冷蔵庫をチョコが占領していた。


「今日だけで随分とたくさん届いたね」

「気持ちはありがたいけど、こんなに食べられないな」

「全部食べる必要ないでしょ。お兄ちゃんの分は少しだけ残しておくね。後は全部チョコレートのテンパリングの練習に使うね。お兄ちゃんがモテてるお陰で、練習用のチョコには困らないし」

「他の国はチョコを贈る習慣じゃなくて、プレゼントを贈り合う日だけどな。しかもホワイトデーという頼んでもいない借金を返さないといけない日まであるから厄介だ」

「お兄ちゃんはホワイトデーのお返ししたことないでしょ」

「だって頼んでないもん。相手が見返りを求めるなら、今後は受け取り拒否すればいい。ゲームみたいな強制イベントじゃないんだし」


 僕が言うと、璃子は目を半開きにしながら呆れた表情になる。


 世間が決めたルールに従うのは真っ平御免だ。世間に従うメリットと言えば、精々変な目で見られないことくらいだ。どう頑張っても変な目で見られる僕からすれば、世間に従うメリットはどこにもないのだ。むしろデメリットだらけで欠伸が出る。璃子がショコラティエだったことは幸いである。


 チョコの消費が激しい璃子は、大勢から毎年チョコを貰うことになる僕と相性が良い。


「で? どれを残すの?」

「とりあえず唯と柚子と優子と鈴鹿から貰ったチョコは残しておこうかな」

「鈴鹿さんからもチョコ貰ったんだ」

「閉店間際に来ていたぞ。璃子は優子の店にいたから、優子から僕宛てのチョコを貰ったんだろ?」

「うん。まだまだ優子さんのチョコには及ばないけど、必ず一流のショコラティエになって、優子さんのチョコを超えるって決めてる」

「僕は璃子のチョコが世界一美味いと思うぞ」

「それ絶対身内補正乗ってるよね?」

「うん、もちろん」


 僕はニカッと笑いながら、唯たちが作ったチョコをムシャムシャと食べるのだった。


 2月下旬、吉樹が葉月珈琲へとやってくる。


「あず君、『岐阜県民栄誉賞』取ったんだよね。おめでとう」

「えっ!?」


 吉樹が何やら嬉しそうに微笑みながら僕に話しかける。


 ――どういうことだ? 栄誉賞とはまた難儀なものを。


 唯がのんびりとコーヒーを飲んでいる。


 彼女がドアベルの音に反応するように後ろを見ると、入ってきたばかりの吉樹と目が合った。


「「……」」


 2人共会うのは久しぶりだったが、初対面のような反応だった。誰かと久しぶりに会うと、親しい関係じゃないと、何となく見ただけでスルーしてしまいがちだ。僕も何度かそんなことがあった。


「昨日のテレビ見てないの? 岐阜県があず君に岐阜県民栄誉賞を与えるっていうのがニュースになっていて、みんな盛り上がってたんだよ」

「受賞は拒否するって伝えといて」

「ええっ!? 何でっ!?」

「そんなもん受け取ったら、社会不適合者を続けられなくなる。栄誉賞っていうのは、功績を称えると共に、人間としての模範になる義務が発生するんだ。受賞は拒否する」

「あず君は社会不適合者になりたいの?」

「望んでなったわけじゃねえけどさ、結果的にこれが1番向いてるって分かったからそうしてるだけ。受賞者は社会の模範、つまり社会適合者が望ましいとされている風潮だから、受賞歴という概念自体が僕に合ってねえんだよ。ましてや『国民栄誉賞』なんて絶対に受け取ろうとは思わない。僕は日本人にも外国人にもなれなかった人間だからさ」

「……」


 この言葉に真っ先に反応したのが唯だった。


 何かを思いつめたような眼差しで注文したエスプレッソを見つめている。彼女の身に何があったのか想像もつかなかった。何か思うことがあるのだろうか。


「……私もそうです。私は日本人にもイギリス人にもなれませんでしたから」


 重い重い。唯が言うと、何だか自分の悩みがしょぼく見えてくる。


「唯ちゃん、何かあったの?」


 吉樹が唯の隣から話しかけた。その様子からは、何か力になってあげたいという意志を感じた。吉樹が知り合い程度の相手に自ら話しかけること自体珍しい。


「重い話になっちゃいますよ」

「いいからいいから。何か思うことがあるなら言った方がいいよ」

「……私、イギリス生まれなんですけど、ロンドンに住んでた時は毎日のように差別を受けていて、岐阜に引っ越してきてからもずっと状況は変わりませんでした。なので今も不登校なんです。どっちにいても外国人として扱われるので……まあ、私の場合はどちらに対してもただいまって言える立場でもありますけど、とてもそうは言いにくかったので、あず君の言いたいことは凄く分かる気がします」


 唯は悟ったような顔で呟くように話す。彼女には日本人の母親とイギリス人の父親がいる。それによってどちらの国にも馴染めず不登校になった。しかもこっちの方が、僕よりもずっとリアルな問題だ。ただ人と違うからというだけで除け者にされてきた僕とは訳が違う。


 彼女だって活躍するようになれば、どっちの国からも歓迎されるようになるだろう。古今東西どこもかしこも、みんな手の平返しが大好きだから。それをどう受け取るかは彼女次第だ。僕は活躍しないと認められない今の社会が嫌いだからこそ、一切の受賞を断っている。


 昔はあれだけ迫害されたというのに、活躍するようになったら、普段から僕に対してマウントを取っていたような連中でさえ、僕に媚を売るようになった。バリスタ競技会がなかったら、僕は今でも下っ端のような扱いを受けていただろう。活躍しなかったらしなかったで、あいつらからゴミのような扱いを受け、活躍したらしたで理不尽な連中の模範になることを強制させられる。そんなクソッタレ共とつき合いたくないから、進学も就職もしなかったってのに……勘弁してくれよ。


「勿体ないなー」


 勿体ないの意味がよく分からないんだが。


 そんなもん受賞したら、更に声をかけられやすくなるじゃねえか。


 富も名声もいらない。ただ、平穏な暮らしがしたいだけなのだ。だが平穏な暮らしをするためにはお金を稼がなければならず、そのために店を宣伝する目的でバリスタ競技会に出てきただけなのに、どいつもこいつも何にも分かっちゃいないのが残念だ。


「栄誉賞を与えるくらいなら、一生分の生活費だけ与えてほしい。後は何にもいらないからさ」

「それは困るよ」

「何で?」

「だってお兄ちゃんが一生分の生活費を手に入れたら、何もやらなくなるだろうし」

「うんうん」

「分かる」


 周囲が納得するように一斉に首を縦に振った。


 ――えっ、何でみんな頷いてんの?


「あず君はコーヒー業界の地位を上げるのが目標じゃなかったの?」

「そりゃそうだけど、それとこれとは別だ。早く労働から解放されたいっていうのも個人的な目標だ」

「あず君がそんなことを考えてたなんて思わなかったなー」

「今の仕事が嫌なわけじゃねえよ。じゃなきゃそもそも続いてないし、今のこの店を仕事目的の店じゃなくて、完全に趣味目的の状態にして、店を開きたい時だけ開けるようにしたいと思ってる」

「じゃあ普段は何をするの?」

「コーヒー農園を訪問したり、新しいコーヒーの開発とかしてみたい。昔は訪問する時は店を閉めないといけなかったし、大会用のドリンクを作る時は、店の営業をしながらやらないといけなかったけど、今度コーヒー農園を訪問したり大会に出たりする時は、営業を誰かに任せて、余裕のある状態で行く」

「何もしたくないわけじゃないんだ。なんか安心した」


 ――何でそこで安心するんだよ?


 僕にだってやりたいことはいくらでもある。ていうかやりたいことが見つからない人間ばかり作っておいてニートは叩くって、どういう状況だよ?


 ますます日本人が何をしたいのかが分からなくなってきた。僕があいつらを理解できる日はまず来ないだろう。あいつらに政治利用されるのも癪に障るし、ここは徹底して距離を置くのが無難だろう。


 結局、僕は岐阜県民栄誉賞の受賞を拒否した。


 これもテレビでニュースになり、葉月商店街ではうちの親が弁解させられた。弁解の余地なんてどこにもないだろうに。変に枷をはめるのはやめてほしいものだ。


 僕は世界大会に向けてカッピングを繰り返し、春を迎えるのだった。

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