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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第4章 有名バリスタ編
80/500

80杯目「迷いながらの競技」

 ――大会1日目――


 僕らは参加者たちのラテアートを大きな画面を通して観戦する。


 この日は15ヵ国のナショナルチャンピオンが競技に挑んだ。


 短い競技時間の中、観客たちでさえ手に汗握るくらいの鎬を削る戦いが繰り広げられていた。


「凄いねー。みんなラテアートは植物が得意なんだね」

「植物よりも動物の方が得意な人もいるぞ。僕も別の大会で動物を描いたことがあってさ、あの時も難しいのを選んだから、相当苦戦したな」

「でもそのお陰で優勝できたんでしょ?」

「その通り。人と同じじゃ駄目だ」

「ヴェネツィアとアトランタとコペンハーゲンの優勝トロフィーも凄かったけど、今度はどんなトロフィーなんだろうね?」

「それならあそこにある」

「あっ、ホントだ」


 僕が指差した先には、1位から6位までのWLAC(ワラック)トロフィーがある。


 優勝トロフィーは階段状であり、1番上には黄金に輝くミルクピッチャーが接着されている。僕は目と鼻の先にある栄光を見ながら、必ず取ってやると決意する。


 ラテアートが完成する度に歓声が沸く。


 僕は動じることなく、常に競技中のバリスタの手の動きに注目していた。いつかは野球の試合を見に行くような感覚で、こういう競技をみんなが楽しめるような大会になってほしい。


「お兄ちゃん、もうお昼だからご飯食べようよ」

「そうだな。飯にするか」


 璃子も柚子もほとんどお金を持っていない。僕なしでは買い物もできないのだ。土地勘もないために全員同じ場所にいなければ確実に迷う。次の競技者の準備時間中に観客席から離れた。WBC(ダブリュービーシー)の時とは異なり、観客席はそこまで客は埋まっていなかった。


 近くのレストランまで赴く。大会中ということもあり、どこの店も店内はそれなりに繁盛していた。しかし、この店だけはそこまで客が多くなかった。


 ケーニヒ・ハンバーグステーキと看板には書かれていた。


 文字通りハンバーグが売りのようだ。店内はオシャレな木造となっており、店の所々に飾りがあり、植物も置かれている。店員も白を基調とした制服を着ている。


「あの、ドイツ語通じますか?」


 店に入るや否や、いきなり店員がドイツ語が話せるかどうかを確認してくる。


「ああ、大丈夫だ」

「お好きな席へどうぞ」


 ドイツ語で問題なく受け答えすると、空いているテーブル席へと案内される。


「さっき何を聞かれてたの?」

「ドイツ語分かるかって聞いてきたから、大丈夫って答えた」

「なるほどねー」

「何か分かったの?」

「もしかしたら、ここはドイツ語が分かる人が1人はいないと入れないんじゃないかな」

「つまり、それで外国人があんまり入れなくて、ここだけ穴場になってるってこと?」

「そういうことか」


 僕はドイツ語理解できるが察しが悪い。一方で柚子はドイツ語を話せないが、言葉さえ分かれば察しの良さから、聞かずとも相手の意図が手に取るように分かる。


 結構良いコンビなんじゃないか?


 僕らが席に着くと、早速メニューを確認する。


「うわ……ドイツ語ばっかり」

「イラストがあるから、一応これなら分かるね」

「お兄ちゃん、何食べる?」

「ドイツといえば、やっぱハンバーグは外せないでしょ」

「じゃあハンバーグランチ3人分でいいかな?」

「うん、私もそれでいい」


 おいおい、何でここにきて全員同じメニューなんだよ?


 自分で決めてもいいのに、何でこうもとりあえずビールみたいなノリになるのか。できれば色んなものを食べたいところだけど、このボリュームじゃ、一品料理が限界か。


 全員のメニューが早々に決まり、()()()()を上げながら店員を呼んだ。


「ハンバーグランチセットを3つ」

「畏まりました。飲み物はどうされます?」

「飲み物はどうする?」

「うーん、じゃあ水」

「私も水」

「水3つ」

「畏まりました」


 店員が注文を取り終えると、厨房までスタスタと歩いていく。


「ところで、これいくらするの?」

「1人あたり2000円くらいかな。水も料金に入ってるし」

「水も料金に入ってるの?」

「日本は水道設備が充実してて安全な水をがぶ飲みできるけど、ここじゃそうはいかない。昔のヨーロッパは安全な水が少なくて、水の代わりに酒を飲んでた人もいたくらいだし、水は有料が当たり前だ」

「「へぇ~」」

「むしろ日本みたいに、ちゃんとした水道設備のある国の方が少数派だ」

「水はただで飲めるものだとずっと思ってたけど、国が変われば常識も変わるんだ。でもあず君って、よくそういう事情とか知ってるよね」

「普段店で色んな国の人と世間話をするから、色んな国の事情が嫌でも耳に入ってくるわけ。日本は水がただで飲めるってことを知っただけで驚く人もいたからなー」


 特殊な状態が長く続いたことで、色んな国の事情に精通していた。そこらの情報通よりも情報通していたかもしれない。全部調べれば分かるような情報だが、店の営業をしながら現地の人からリアルな国事情の勉強もできる。僕はそんな土壌を知らぬ間に整えていたのだ。


 しばらくすると、注文したハンバーグランチセットが届いた。セット内容は一際大きなハンバーグ、ジャガイモとソーセージが混ざったザワークラウト、ミッシュブロートと呼ばれるライ麦パンだった。


「結構多いね」

「多いなら晩飯を抜けばいいんだよ」

「あっ、その手があったか」


 全員ザワークラウトから食べ始め、パンと食べた後でナイフとフォークを使い、ハンバーグを一口サイズに切る。中からは肉汁がたっぷり漏れている。


 あぁ~、勿体ない。まあいっか。


 うん……しっかりと牛肉の味がする。これが本場の味か。この肉汁だけでいくらでも飯が食えそうだ。肉の旨味が口いっぱいに襲ってくる。しかも程良い辛さまである。


「……美味しい」

「ここで正解だったね」

「それにしても、ジャガイモがいっぱいだね」

「どこに行ってもジャガイモが流行ってるよね」

「ヨーロッパは昔から寒冷地で作物が育ちにくいから、それで度々食糧難になる国も多かった。だから寒くて痩せた土地でも育つジャガイモが貴重な食糧として普及したわけだ」

「また始まったよ。お兄ちゃんの知識自慢」

「本当に授業中寝てたの?」

「もちろん。でも他の人は起きて授業受けてたのに、僕よりも生きる力に乏しいってことは、あの教育に意味はなかったってことだ」


 持論を展開するほどに、璃子も柚子もタジタジになっていく。


 最後には聞くんじゃなかったと言わんばかりの表情だ。


 僕が誰かと飯を食うと必ずと言っていいほどこうなる。独り飯が好きなのは自分のためであり、相手のためでもあるのだ。誰かとつき合うなら、こんな持論展開も受け入れられる人がいいのだが、そんな人はなかなかいない。食事を済ませると、残りのバリスタの競技を見てからホテルへ戻り、夕食を取ることなく入浴して就寝する。食事が思ったより長かったせいか、競技を見れなかったバリスタもいた。決勝に進出していたら見られるかもしれない。


 ――大会2日目――


 残り14人のバリスタが競技を行う日だ。会場に着くと、璃子と共に控室へと案内される。


 歴戦の猛者と言っていいバリスタたちがいた。プロレスならまず勝ち目はないだろう。だがこれはラテアートの大会だ。油断は禁物だが、勝てない相手ではない。


「よう、ワールドバリスタチャンピオンだけじゃ物足りねえか?」


 英語で話しかけてきたのはアメリカ代表のバリスタだった。


「そういうわけじゃないけど、色んな大会で結果を残して、店の知名度を上げたいんだよ。そのためには色んな所に顔を出しておく必要があると思ってな」

「そんなことしてもお前さんが有名になるばかりだぜ」

「どういうこと?」

「お前さんは個人事業で店をやってるだろ?」

「うん、そうだけど」

「店を有名にしたいなら、会社にしてもっとでっかいことをするしかねえな。みんなお前さんの名前は知っていても、店名までは分からないと思うぜ。みんなお前さんに会いたいのであって、店に行きたいわけじゃないからなぁー」


 いきなり現実を突きつけられた。


 ……僕が頑張るだけじゃ駄目なのか? 今のままでは葉月珈琲は僕の分身でしかないのか? じゃあ僕がいなくなったら、うちの店はどうなってしまうんだ?


 ――ちゃんと店の未来を考えた方がいいのかもしれない。


 何人かのバリスタの競技が終わる。控え室にあるモニターからずっと競技を見ていた。彼らの競技は本当に勉強になる。彼らは必要最小限ではあるが、プレゼンも行っている。


 なら僕は、それ以上の競技をしなければっ!


 ここでようやく僕の出番がやってくる。


 璃子と共に準備に入ると、何度かリハーサルも行い、牛乳の質を入念に確認する。


「次の競技者は、第21番競技者、日本代表、アズサーハーヅーキー!」


 僕の名前がコールされた時だけ観客の反応が違う。しかもさっきまでとは違い、客席は満員御礼となっていた。観客席のそばから立って応援する者もいた。


「ではあなたのタイミングで始めてください」


 僕は司会者の言葉に応えるように頭を縦に振って深呼吸する。


「タイム。今回は花をテーマにカプチーノでチューリップ、マキアートで薔薇、デザインカプチーノでは桜を描こうと思う。どれも僕の好きな花だ」


 説明しながらエスプレッソマシンを動かし、用意された水筒から牛乳をミルクピッチャーに投入し、スチームノズルを使って牛乳を温める作業を始めた。この作業も通算何度目だろうか。チューリップと薔薇と桜をできるだけ時間の許す限り描き続けた。日本から出る直前まで、この日のために素早く細かく正確に描けるよう、この3つを徹底して練習した。外国の牛乳は固まりやすい。既にリハーサルで把握していた。いつもより少しだけ温めるのに時間をかけたが焦ることはなかった。競技中と言えども、ラテアートは楽しく優雅にこなすべきものだ。ラテアートとは、飲める遊び心である。


 手描きの技術も求められるが、絵と違うのはやり直しが利かないところだ。時間内であれば、何度でもコーヒーを淹れられるが、制限時間が8分しかない上に、合計6杯も作らないといけないから事実上の一発勝負になる。やり直しなんてしていたら、減点で負けることが目に見えてる。


 デザインカプチーノはこの3つの中で唯一スティックペンによるエッチングができる。フリーポアではまず描けないものにする必要がある。つまり、最も複雑さで他と差をつけやすいポイントだ。ここが鍵と思い、極力本物に近づけようと思った。桜はエッチングまでを終えた後、日本から持ってきたピンクの着色料を使った。JLAC(ジェイラック)と同様、着色料はルール上1色まで認められている。


「プリーズエンジョイ。タイム」


 競技が終わると同時に歓声と拍手が沸いた。


「アズサハヅキの競技でした」


 時間は7分59秒、ギリギリだな。一息吐いたところでインタビュアーがやってくる。


「どれも繊細に描かれてたねー」

「いつも通りだ」

「去年はワールドバリスタチャンピオンにもなっている優勝候補の1人だけど、今回もみんなを驚かせてくれたねー。花をテーマにしたのは何でなの?」

「花はラテアートの複雑さが最も出るから、あえてこれに挑戦することにしたんだよ」

「なるほど、桜は日本代表であることを意識してのことですか?」

「それもあるけど、今まで描いたことのないものを描きたかったし、僕の好きな色がピンクだからさ」

「好きな色を意識してなんだねー」


 インタビューが終わると、僕は璃子と共に片づけをして結果発表を待つこととなった。


 観客席に戻ると、残ったの競技者たちを眺めていた。


「あず君凄く人気あるんだねー」

「うん……そうだな」

「嬉しくないの?」

「いや、そんなことはないけど」

「お兄ちゃんが嬉しそうじゃない時は、大抵他のことを考えてる時だよ」

「何か気になることでもあるの?」

「さっき控え室で他のバリスタに言われたんだけど、僕が大会に出続けても人気になるのは僕だけで、店は人気にならないって……」

「そりゃみんなあず君に会うことが目的で来てるんだから当たり前だよ」


 その当たり前を覆したいんだ。誰かが店を継いだ時、急に誰も来なくなるなんて、そんな未来、僕は認めたくない。僕以外に店独自の売りを作らないと。


「お兄ちゃん!」

「ど、どうしたの?」


 璃子が突然いつもより強い口調で僕を呼ぶ。


 いつもとは違う璃子に少しばかり驚いてしまった。


「そんな迷った表情をするなんてお兄ちゃんらしくないよ」

「僕らしくないって言われても」

「今は競技に集中して。店のことは帰ってから考えても遅くないでしょ。私だって店のことをちゃんと考えてるんだし、葉月珈琲を支えてるのは、お兄ちゃんだけじゃないんだよ」


 ――そうだ、璃子の言う通りだ。今は世界大会という貴重な舞台だ。楽しまなくてどうする。


「あず君、お店の方を有名にしたいのは分かるけど、それはあず君がコーヒー業界で1番の存在になってから考えても遅くはないと思うよ。お店がなくても、コーヒーに対する情熱があれば、誰でもバリスタを名乗れるんだって豪語してたのは何だったの?」

「……」

「何も店が全てじゃないでしょ?」

「……そうだな……分かった。店のことは店にいる時だけ考える」

「やっといつもの目に戻ったね」

「いつもの目?」

「自信に満ちたドヤ顔みたいな目。ちょっとムカつくって思う時もあるけど、やっぱりお兄ちゃんはその表情じゃないと」

「――別にドヤ顔じゃなくて、デフォなんだけど」


 意外にも璃子と柚子に軌道修正してもらう格好となった。この日以降、大会中は大会のこと以外は考えないようになった。この大事な時に集中しないなんて勿体ない。


 夕方になり、全員が予選を終えたところで、予選通過者が発表される。


 また1人、また1人と決勝進出者が発表されていく。この瞬間は本当に緊張する。誰かの名前が発表される度に予選突破率が下がっていく気がする。


 そして――。


「3人目のファイナリストは……日本代表、アズサーハーヅーキー!」


 小さくガッツポーズをする。


「良しっ!」


 最初から決勝しか見えていない。決勝進出は当たり前だ。


 僕にはコーヒー業界をリードしていく責務があるのだから。


 ファイナリストとなったバリスタは、ベルギー、ギリシャ、オーストラリア、イタリア、イギリスの代表であり、日本代表の僕を合わせた6人だった。


 璃子も柚子も僕のファイナリスト入りに喜びを隠せない。しかし、他の人は僕の予選通過に全く驚かなかった。彼らは僕が色んなバリスタの大会で優勝していることを知っていた。ここにもディアナ以外に僕のファンを名乗る人がいて応援してもらった。できれば僕じゃなく、うちの店のファンになってほしいのだが、今はそんなことを考えるべきではない。僕がファンサービスをしないことは、僕を知る外国人たちの間で有名になっていた。てっきりこれで幻滅されたかと思ったが、ファンサービスをしない有名人はほとんどいない。この物珍しさが逆に気に入られたらしい。


 有名人と言えども、一般市民の1人だ。何人たりとも有名税をかけることは許さない。僕の合理的な性格は外国人たちからウケた。どこの国でも有名税は問題になっているらしい。


 少なくとも、有名税を取ろうとしてくる奴はファンじゃない。集ってくる危ない奴と大差ない。有名税を支払わせようとする奴は一度ファンという言葉の意味をよく理解してからファンを名乗るべきだ。


 この日の会場は一旦お開きとなり、人々が会場の外へと散っていく。


「アズサ、決勝進出おめでとうっ!」

「!」


 いきなりディアナが僕に抱きついてくる。


 おいおいおい、胸当たってるからっ!


 やれやれ、こういうのは璃子だけで十分だぞ。でも悪い気はしない。


 生まれて初めて僕をきっかけにバリスタを目指す人に出会えたわけだし。コーヒーは僕を育ててくれただけじゃなく、世界へ連れていってくれた。更には新たな創造と出会いまでもたらしてくれたのだ。


「ディアナ……ありがとう」

「梓、こっちに来てくれ」

「えっ、なっ、なにっ!?」


 ディアナは僕の手を引っ張りながら会場の外へ連れ出した。


 人気のない所まで行くと、彼女はようやく足を止め、僕とディアナの2人きりになる。


「これでもう人に囲まれずに済むだろ?」

「……もしかして、集団の中から連れ出してくれたの?」

「ああ、アズサは集団の中が苦手なんだろ?」

「何で知ってるの?」

「チャンネルの概要欄に書いてあった」

「あぁー」


 なるほど、そういうことか。ディアナも僕の動画を見てくれていたんだ。


「もしかしてチャンネル登録者?」

「当たり前だろ。いつもアズサを見てきた。いつかアズサのようなバリスタになるために、アズサの動画を見てラテアートを始めた。あっという間にできるようになったから驚きだ」


 彼女も僕の動画を見てラテアートを始めたのか。


「ディアナはこういう大会には出たの?」

「一応色んなバリスタの予選に出るようになったんだけど、まだ国内予選で苦戦中だ。そう簡単にアズサのようにはなれないってことはよく分かった」

「何か目標があるのはいいけど、僕のようになる必要はないぞ」

「何故だ?」

「ディアナにはディアナにしかない魅力があるんだからさ、君はそれを磨いていけばいい。僕はどう頑張っても君にはなれないし、君はどう頑張っても僕にはなれない。僕と君は全く違う人間だからな」

「……?」


 彼女は何を言っているのか分からない様子だった。僕のようになりたいという言葉を聞いて思ったことがある。何だか無理矢理僕と同じになろうとしているような感じがしたのだ。


 同じじゃなくていい。彼女が目指すべきはトップバリスタになった姿の彼女自身であって、僕じゃないのだから。それじゃみんなと同じようになるべきという発想と変わりない。


 ペンギンに対して、他の鳥類のように空を飛べと言っても意味がないのと同じように、人間にも得手不得手がある。ペンギンは他の鳥類のように空を飛べないが海を泳げるし、寒い場所でも生きていけるという長所で、他の鳥類と差別化を図ってきた。もしペンギンが他の鳥類に合わせようとしていたら、間違いなく今頃絶滅していただろう。何故人間にはこれが分からないのか、実に不思議である。


「君が目指すべきは僕じゃなく、一流バリスタになった時の君自身なんだよ」

「……私自身?」

「うん。僕のようになろうとしなくていい。君は僕と違ってていいんだ。一流になる方法は何も1つじゃない。僕のパターンはあくまでも1つのやり方でしかないんだからさ」

「……私は……私のまま一流になれるってこと?」

「そういうことだ」

「何だか自信が出てきた。ありがとう」


 ディアナが僕の頬にキスをする。


 いつ以来だろう――頬にキスをされたのは。


 咄嗟にフランチェスカのことを思い出す。


 同時に傲慢になってはいけない戒めをまた思い出してしまった。


 少し時間が経ったところで、璃子と柚子が僕に追いついた。


「お兄ちゃん、ここにいたんだ」

「うん。ディアナにここまで連れてきてもらった」

「ふーん、少しはあず君を知っているようですね」

「ああ、それなりに調べはついてるからな。アズサ、私はアズサじゃなく、トップバリスタとしての私自身を目指すことにしたぞ」

「「?」」


 2人共何を言っているか分からない様子だ。


 しばらくしてホテルへと戻った。ディアナと明日、また会う約束をして。


 僕は明日の決勝に向け、早めに就寝するのだった――。

気に入っていただければ、

ブクマや評価をお願いします。

WLACは実在する競技です。

次回は来月に投稿予定です。

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