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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第4章 有名バリスタ編
74/500

74杯目「死者への礼儀」

 僕と璃子は大叔母の葬式を無視して神戸まで赴いた。


 罪悪感はなかった。自分が死人の立場であれば、競技を放棄して葬式に来る奴なんか、絶対に歓迎なんてしたくない。これだから冠婚葬祭ってやつは。


 電車の中で関西の町並みをジーッと眺めていた。


 すると、隣から璃子が肘を僕の腕に当てて注目を向けるように促してくる。


「お兄ちゃん、本当にいいの?」

「いいんだ。じゃあ璃子が倒れた時に僕が大会を放棄して駆けつけたらどう思う?」

「――私だったら……落ち込むかも」

「だろ? 駆けつけたところで、大叔母が生き返るわけじゃねえんだ。賽は投げられた」


 僕は璃子から目線を逸らし、後ろを振り返らないことを示唆する。死者への礼儀ってのは、葬式に出ることじゃない。死者が生きたかった今日を精一杯全うすることだ。僕はそう信じて疑わなかった。


「お兄ちゃんって決断する時、全然躊躇わないね」

「躊躇う意味が分からん。璃子、迷った時は悔いのない方を選べ」

「はいはい、もうずっとお兄ちゃんに付き添ってきたから慣れてるよ――もう迷わない。とことんお兄ちゃんの世間嫌いにつき合ってあげる」

「……璃子」


 璃子がニコッと笑いながら言うと、思わず顔を赤らめてニヤけてしまう。


 しばらくその状態を保ったまま余韻に浸った。


「お兄ちゃんを見ていて悔いのない生き方がしたいって思ったし、お兄ちゃんがいなかったら、私は多分周りに流されて生きていただろうし、そんな生き方をしてしまっていることに気づきもしなかったと思う。ショコラティエの道だって、お兄ちゃんが背中を押してくれなかったら、まず歩いてなかっただろうし、何だかんだ言っても、お兄ちゃんの生き方に1番感化されてるのは……私かもしれない」

「それを言うならさ、僕だって璃子の世渡りの上手さにはいつも脱帽してるし、最初こそ売られた喧嘩は買う主義だったけど、今は璃子を見習って、穏便に済ませるようになってた。璃子がいなかったら、とんでもないレベルの差別主義者になってたと思う」

「……私も人間関係が苦痛だったかもしれない。でもそれは他の人もおんなじなんだなってすぐに気づいたの。だから争わなくても済むように、周囲の状況をコントロールすることに尽力してたら、いつも誰かが私の味方でいてくれるようになったの」

「だからいじめを受けなかったわけか」

「そゆこと。要は目立たなければいじめを受けることはないの。お兄ちゃんが暴れて追放された時は、次の日から絶対いじめを受けるって確信したから不登校を選んだの」

「でも結局、璃子に同情する人ばっかりだったんだろ?」

「うん。蓮がそう言ってたから、そこは私の思い過ごしだったみたい。私もみんなのことを信用しきれてなかったんだなって……思い知らされた」


 璃子は他人が気分良く過ごせるように配慮することはあれど、本質的な意味で他人を信用することはないのだ。璃子も身内贔屓する人間だ。世渡りが上手いと言えば聞こえはいいが、裏を返せば自分の信念を貫くために誰かと本気でぶつかり合うことがないという意味でもある。


 実のところ、かつての璃子には信念がなかったのだ。


 僕と璃子はずっと黙ったまま京都を通過する。


「なあ、あの姉妹めっちゃ可愛いやん」

「うん、どっちも凄い美形やし」


 電車内で立ち話をしているギャルの集団が僕らの噂話を始めるが、声が大きいのかしっかりと耳に届いてしまっている。姉妹じゃないんだよなー。僕は背中の真ん中まで届くほどの茶髪のロングヘアーで女子っぽい童顔だけど、これでも立派な男なんだぜ。


 神戸駅に着くと、僕はクタクタになりベンチに座る。


 電車の中は相変らず苦痛だ。いつか余裕のある生活ができるようになったら、移動は必ずタクシーにしようと心に決めた。僕と璃子は会場がある場所まで下見しに行くと、神戸のホテルで泊まることに。


 しばらくは神戸の町でカフェ巡りをする。シャッターに大きく不規則な凸凹ができていたり、家の外側に罅が入っていたりと、所々に震災の爪痕が残っている。例の震災がいかに深刻であったかを物語っていた。場所は覚えた。後は明日赴いてラテアートを描くだけだ。


 翌日、JLAC(ジェイラック)神戸予選に参加する。


 会場には既に人だかりができており、受付が登録確認を始めている。僕は璃子を通して最終登録を済ませると控室へと案内される。腕に覚えのある多くのバリスタが集まっており、誰もが栄光を掴み取ることを望んでいる。1人ずつ呼ばれて競技へと向かう。まるで面接試験だ。


 会場も控室もビルの中にある少し広めの個室で店の制服に着替えた。


 とは言っても冬場であれば上着のコートを脱ぐだけなのだが。


 この制服にはいくつかバリエーションがあり、毎回違う制服を着て競技に臨むようにしている。


「あっ、あんた葉月梓やんな?」


 後ろから唐突に関西弁の男声が飛んでくる。思わずビビってしまい端へと下がる。しかもこいつが僕の名前を呼んだことで、周囲の連中までもが僕に気づく。


「えっ! 梓君いるん?」

「マジかよ! すげー!」

「あの人って、どんな人やったっけ?」

「知らんのかいな。去年のワールドバリスタチャンピオンや。しかも他のラテアートの世界大会でも全部優勝してきた強者(つわもの)やで」

「ついてないなー、優勝候補とおんなじ予選やん。でもめっちゃ可愛いな」


 ――神戸予選の会場で関西弁が飛び交っている。


 水色の服にピンク色のスカートを着たミディアムヘアーの軽そうな女、恐らく多分見学で来た人だ。その隣にいる黒を基調としたバリスタらしい制服らしき服を着ている男はきっと参加者だろう。


 彼はその他数人と気さくに話している。


「えらい警戒しとるけど、日本人恐怖症ってホンマみたいやな。俺は丹波達夫(たんばたつお)っていうねん、よろしくな」

「う……うん」


 駄目だ。やはり赤の他人が相手だとうまく受け答えができない。日本人と会話をする度に殴られてきた歴史を持つ僕としては、どうしても身内以外の日本人が相手だと、反応するのが精一杯だ。


 身内の知り合いですらない人とは会話さえうまく成立しない。


 インタビューの時も、相手が日本人の時は距離を置き、最低限の言葉だけで済ませていた。


 かつてこんなに話しかけられた日々があっただろうか――。


「なあ、どっから来たん?」

「……岐阜」

「岐阜かー、俺は尼崎からや。俺はJBC(ジェイビーシー)の予選に毎年出てるんやけどなー、全然勝てへんねん。1つ聞きたいんやけどさー、どうやったらそんなに勝てるん?」

「……分からない」


 丹波は僕に興味があるのか、僕に手が届かないくらいの位置から話しかけてくる。


 僕はそっぽを向いて短い回答で済ませるしかなかった。


 どうやったらそんなに勝てるのかと聞かれても困る。


 むしろどうやったらそんなに負けるのか、そっちの方がずっと不思議としか言いようがない。でもこんなことを言ったら、また迫害を受けるんだろうなー。


 あいつらは本音で話すことに慣れていない。


 議論をせずに一方的に従うか従わせるかの世界で生きてきた彼らが、そんな論理的思考力を持ち合わせているはずがない。言われたことをひたすらこなしてきただけだし、ディベートの経験にも乏しい。それ故彼らは本音で痛いところを突かれると、酷く傷つき怒ってしまうのだ。


 不用意にあいつらと話すのはよそう。


「めっちゃシャイやん。可愛い~」

「人見知りにしか見えへんけどなー。外国人のインタビューを受けてた時は普通に喋っとったよな?」

「小中学校時代に物凄いいじめを受けて、それで日本人が怖くなったって聞いたよ」

「日本人にもええ奴おるでー。ちょっと視野狭すぎちゃうかー?」


 普段は周りに合わせて調和を保っている()()()()()()()()()()()からずっと迫害を受け続けてきたからこうなってんだろうがっ! 良い人と呼ばれている人ほど正義感が強いから、悪い奴と見なした相手にはとことん容赦がないことをこいつらは知らないのだろう。表面上だけ良い奴ほど厄介なものはない。


「葉月梓さん、競技が始まるので準備してください」


 黙って首を縦に振り、準備を始める。璃子にもサポーターとして手伝ってもらうが、JBC(ジェイビーシー)の時とは違い、コーヒーも牛乳も予め用意されている。グラインダーには多くのコーヒー豆が積まれており、競技者はそこからコーヒーの粉をポルタフィルターに出すだけでいい。僕はこの日のために描く予定のモチーフと、完成図のラテアートを印刷したイラストを持ってきたのだ。


 もちろん競技中は全部英語で話す。ルール上は何の問題もない。


 予選も決勝もカプチーノ、マキアート、デザインカプチーノの合計3つのカテゴリーを8分の間に2杯ずつ6杯も淹れなければならない。つまりスピードとテクニックを両立しなければならないのだ。


 マキアートは通常のカプチーノよりも難しく、カップのサイズが小さいのが特徴だ。


 カップが小さいということは、当然牛乳の量も限られるため、より繊細で無駄のないラテアートを描かなければすぐに容量オーバーになってしまうため、マキアートは上手く描ければ、通常のラテアートと同じものを描いても点数が高くなる仕様である。


 僕は花をテーマにラテアートを描くことを決めている。シンプルだが、これが結構難しい。


 カプチーノではチューリップを、マキアートでは薔薇を、デザインカプチーノでは桜を描く。


 ラテアートはバリエーションが豊富だが、時間制限が重く伸し掛かるため、最も得意なものをサクッと描くのがお勧めだ。僕はすっかり有名人になっていたため、サインを求める人が何人かいたが、ファンサービスはしないと突っぱねた。僕が競技するために会場に顔を出すと、観客の目の色が変わった。


 リハーサルが終わり、スタッフから定位置に立つように言われた。


「それでは第6競技者、葉月梓バリスタです」


 計測はこれまでと同じくタイム宣言方式だ。この時にタイマーを使ってもいい。


「タイム。今回のテーマは花。カプチーノでチューリップ、マキアートで薔薇を、デザインカプチーノで桜を描こうと思う。どの花も華やかさがあって、僕のお気に入りの花だ」


 基本的にはこの程度しか喋らなくていい。


 その後はプリーズエンジョイとタイム以外はほぼ何も言っていない。僕はエスプレッソの抽出を繰り返した。カプチーノは練習通りにダブルショットで手早く描いていく。だがマキアートはシングルショットである。シングルショットは普段の業務で最も多く注文が多いため、すぐに出来上がった。


 この大会において、デザインカプチーノはデザイナービバレッジやデザイナーラテといった異名でも呼ばれている。デザインカプチーノのみ『着色料』が1色まで認められている。体に悪いイメージが強い着色料だが、昔とは異なり、天然色素を使っているため、安全性においては特に心配はいらない。無味であるため、味を阻害することもない。ペンスティックを使った後でピンク色の着色料を使い桜を完成させ、最後にしっかりと拭き掃除までを済ませる。


「タイム」


 時間は7分55秒、練習通りではあるが、ギリギリだった。


「葉月梓さんの競技でしたー」

「いやー、流石は去年のワールドバリスタチャンピオン。動きに全く無駄がなかったねー」


 インタビュアーが僕に近づいてくる。


「……」

「全部花だったけど、何で花にしたの?」

「……可愛いから」

JLAC(ジェイラック)に出ようと思った理由は何?」

「コーヒー業界の地位を上げたいから」

「へぇ~、コーヒー業界の地位を上げたいかー。確かに今はコーヒー業界ってねー、芸能界とかスポーツ界とかに比べると、かなり地位が低めなんだよねー。だからこういう若者が出てきてくれると、本当に嬉しいです。みんなもそうでしょ?」

「「「「「ふふふふふっ!」」」」」


 みんなもそうでしょって台詞はマジで嫌いだ。


 みんな同じが前提で生きてる人が言ってしまいがちな台詞だ。みんなはどうか分からないけど、自分はそう思うと言うべきなのだ。1人1人違うという前提でなければ、また誰かが迫害を受けてしまいかねない。インタビューが終わると、僕らは片づけをし始める。


 練習の成果を存分に発揮したこともあり、何とか時間内に競技を終えることができた。今月中に決勝も行われ、ファイナリストは早めに発表されるだろう。僕は神戸の飲食店で昼食や夕食を取り、お土産まで買っていった。注文は璃子にしてもらった。というかこのために連れてきたまである。


 ――今まで色んな場所で飯を食ってきたけど、中でも神戸の洋食洋菓子は群を抜いていた。この時から1番好きなのは神戸の飯だ。神戸の洋菓子は璃子にも良い刺激になっただろう。


 璃子は何度かナンパされていた。容姿端麗でスレンダー巨乳な上に、身長145センチのロリ顔だ。タレントのスカウトに何度か声をかけられたこともあったが、他にやりたいことがあるからと断っていたくらいだ。何かを究める上で妥協しないところは僕にそっくり……いや、おじいちゃんに似たのかも。


 神戸から岐阜まで帰るが、岐阜に着いた頃にはもう夕方を迎えており、夕食を取る予定の葬儀場へと辿り着く。僕も璃子も私服のままであり、他はみんな真っ黒に染まった喪服を着ている。


 璃子はとても恥ずかしそうにしていた。既に葬式は終わり、みんな夕食中だった。


「あっ! 遅い! もう葬式終わっちゃったよ!」

「ごめんね。お兄ちゃんがお土産を買うと言って聞かないから」

「璃子だって乗り気だったくせに」


 突然、思わず震え上がるような視線を感じた。


「と、とにかく。今は夕食なんだからいいじゃん」

「お前は自分勝手すぎる。おじいちゃんの葬式の時といい、今回の葬式といい、どれだけ多くの人に迷惑をかけてるか分かってんのか?」


 大輔が僕を睨みつけながら文句を言ってくる。


「自分勝手なのはどっちだよ? 人に就職レールを押しつけようとしたくせに」

「その就職レールの方が選択肢が広いってことを知らないだろ」

「選択肢なんて、とっとと狭めた方がいいんだよ。膨大な選択肢の中から最適解を選べるほど人間は賢くないし、大学まで卒業しておきながら、派遣社員やってる誰かさんとは違うんだよ」

「その辺にしときーや。大会が葬式とたまたま重なってもうたんやからしゃあないやん」


 突然黒髪のショートヘアーの男が関西弁でその場を宥めようと話しかけてくる。


 中肉中背でガタイが良く、下町の青年のような外見だった。


 城之内拓也(じょうのうちたくや)。大阪の出身であり、僕より2歳年上だ。僕の大叔母の夫の弟の孫にあたる青年で、彼にとっても大叔母である。


「もういい、借金のこと忘れんなよ」

「……分かってる」


 大輔は自分の席に戻り、リサたちと話し始める。


「俺は城之内拓也。拓也って呼んでくれ。大会どうやったん?」


 拓也が僕の隣に座って話しかけてくる。


 僕の病気のことを知っているためか、少し距離を置いている様子。


 流暢な関西弁が特徴的で気さくなところがある。不思議なことに、拓也に対しても日本人恐怖症は強く表れなかった。一体どういうことだ?


「終わったばかりだから何とも言えない」

「葉月は自営でバリスタやってんの?」

「あず君でいいよ。今のところは自営のバリスタだ」

「俺は今ニートなんや。元々は居酒屋で働いとったんやけど『過労』で倒れてもうてな、今は就労支援施設って所におるんや」

「就労支援施設?」

「主に対人関係に難があって就職できひんかった人とか、俺みたいに失業してから空白期間のある人が就職を目指すことを目的とした施設や」

「まるで曲がった部品を直す工場だな」

「はははははっ!」


 拓也が唐突に口を大きく開けて笑い出す。いつもなら怒られている場面だが、拓也は怒るどころか僕の発言を楽しんですらいる。他人でここまで大らかな人がかつていただろうか。


「やっぱワールドバリスタチャンピオンは考え方が違うなー」

「知ってるんだ」

「テレビで見とったからな。俺はあず君の活躍に衝撃を受けたんや。中卒で対人関係が苦手でトラウマの後遺症まであんのに、店を潰すことなくワールドバリスタチャンピオンになれたところがホンマにすげえなって思ったんや」

「好きなことをしていただけなんだけどな」

「好きを貫くって難しいんやで。あず君ほどじゃないけど、俺もコーヒー好きやねん」

「拓也もコーヒー好きなの?」

「せやな。一度あず君が淹れてたゲイシャっていうコーヒーも飲んでみたいわー」

「別にいいけど」

「えっ!? ホンマにっ!?」

「……うん」


 過労で倒れてる時点で、拓也もこの国の被害者だ。


 同じくこの国の風潮にボコボコにされてきた僕としては不思議と親近感が湧いてくるというか、敗者の痛みを知ってるみたいだし、とても悪いことをするような人には見えない。拓也は僕のことを知っており、共通の趣味がコーヒーであったことから話している内に意気投合したのだが、拓也自身は立派な体育会系だ。だが僕に対して敬語を強いてくることはなかった。今までに会ったことがないタイプだ。目を合わせることはなかったが、拓也が悪い人ではないことはすぐに分かった。過労で倒れた詳細が気にならないと言えば嘘になるが、今は聞くべきではない。


 拓也は良い意味で日本人らしさがなかった。空気も全然読まないし、僕が日本人恐怖症を発症する経緯とかも遠慮せずに聞いてくる。その場ではざっくりとしか答えられなかったが、家に証拠の日記と写真が揃ってることを言うと、今日泊めてくれへんかと言ってくる。


 話の流れで拓也をうちに泊めることに。


 前にもこんなことあったような気がするが、拓也も真由と同様、今後の人生で何度も密接に関わることになる。実に不思議な縁である。親戚たちの死が、僕に新たな出会いをもたらした。


 璃子と拓也と共に、岐阜にある自宅へと赴いた。


 拓也は家族に僕の家に泊まることを告げると、大人しく僕らについてくる。とてもニートしているとは思えない行動力だ。自宅に着くと、いつものようにさっさと歯磨きをしてから風呂に入り、パジャマ姿になる。布団を並べて左から璃子、僕、拓也の順に寝る。デジャブ?


 真由と一緒に寝た時のようなふんわりした雰囲気ではなかったが、何でも気楽に話しやすい雰囲気があった。僕は拓也に過去の出来事を詳細に話した。


 璃子は僕の隣でスヤスヤと寝ているが、日付が変わるまで話し続けた。


「そうかー、ていうことはあず君は悪意があって入店規制しているわけじゃなくて、もし日本人恐怖症が治ったら、すぐにでも日本人規制法を撤廃するっちゅーわけやな?」

「そういうこと。だから病気が治るまでは、我慢してもらうしかないんだよな。全国中で誤解されまくってるけど、好きでこういうことをしてるわけじゃない」

「それはどう考えてもあいつらが悪いわ」

「……えっ?」

「だって人にトラウマを植えつけて、それを平気で放置するような社会を作っといて、差別主義者呼ばわりするのは虫が良すぎるわ。茶髪が悪いんじゃなくて、茶髪を問題視するそいつらの中に問題があると思うで。でもあず君は強いわー。俺やったら多分、外出すらできひんかったと思う。まあ俺の場合はニートになってもうたけどな」

「「ふふふっ!」」


 拓也が自虐ネタを言って笑うと、僕まで釣られて笑ってしまった。神戸にいた丹波といい、関西の人は気さくで人を笑わせようとする文化なのかな?


 拓也もまた、他者に対して寛容な人物だった。僕はそのことに安堵していた。


 まさかとは思うが、拓也もこっち側なのか?


 拓也は僕と違ってジョークが上手く、気に入らない言葉を受け流すことにも長けていた。流石は居酒屋で多くの酔っぱらいを相手にしてきただけのことはある。拓也から少し過去の話を聞くことができたが、過労で倒れた話は聞けなかった。何だかトラウマを思い出させてしまいそうな気がした。僕自身が重大なトラウマ持ちだからこそ、他者のトラウマに触れてはいけないことが感覚的に分かる。


 傷ついたことのない人間に、傷ついた人の気持ちは分からないのだ。ふと思った。拓也と出会うのがあと5年早かったら、あんなトラウマ持ちにならずに済んだのではないかと。


 僕らは就寝し、翌日に拓也は迎えの車で大阪へと帰っていった。


「お兄ちゃん、もしかして拓也さんも選ばれし者?」

「そうかもな」


 璃子は僕が気を許した相手のことを『選ばれし者』と呼んでいた。だとすると……僕にとって選ばれし者というのは、日本人でも外国人でもない、特別な何かかもしれない。


 いつか日本人恐怖症の全てが判明する日がやってくるはずと、確信したのであった。

気に入っていただければ、

ブクマや評価をお願いします。

丹波達夫(CV:堀川りょう)

城之内拓也(CV:吉野裕行)

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