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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第3章 挑戦編
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69杯目「栄光の代償」

 全てを自白すると共に、世界の広さを知った話をしようと考えた。


 全力で向かってくる相手には、全力で迎え撃つしかないと思った。


「僕は進学も就職もしたくなかった。でもそんなことがばれたら絶対に反対されるだろうから、どうしても言えなかった。自由になりたかった。全てのしがらみから解放されて、好きなことで生きていきたいと思ってた。でも好きなことで生きていくなら、その道の1番と言われるくらいの存在にならないといけないことを知ったから、全力でコーヒーに向き合っていこうと思った」

「店の方はどうなんだ?」

「順調だ。借金は後で必ず返す。それまで待っていてくれ」

「日本人恐怖症はどうするんだ?」

「いつか治す」


 ――僕は進学するのが死ぬほど嫌だったことを訴えて、親の借金を必ず返すことを約束した。


 悔いのある人生だけは歩みたくなかった。それだけは確かだった。


 そんなわけで、僕は親戚一同からの借金300万円を返すことに。とは言っても、しばらくは返せそうにない。親戚が相手だから利子はなかったものの、銀行が相手なら間違いなく倒産していただろう。期限は決めていなかったが、早めに返さないと、親戚とは更に不仲になることは明白だった。


「あず君が必ず返すと言ってるんだ。高校に行こうが行くまいがあず君の人生だ。リスクを承知で覚悟を決めたんだ。好きに歩ませてやったらどうだ?」


 エドガールのおっちゃんが僕を庇うように言った。


 好きに歩ませてやったらどうだという言葉には、自由を与える代わりに全責任を僕が負うべきであるという言葉にも思えた。上等だ。責任を取ることには慣れてる。


「みんなが知らない間に、世界の色んな場所に行って学んできた。ヴェネツィア、アトランタ、パナマシティ、コペンハーゲン。僕はそこに住んでいる人たちに触れて学んだ。コーヒーの奥深さ、バリスタの厳しさ、僕みたいな社会不適合者にも分け隔てなく接してくれる人たちがいることも知った」

「だったら何故日本人の客を拒むんだ」

「僕は差別だと思ってない。体が望むまま、適切な距離を置いてるだけだ。頭では許しても体が許してないんだ。今は……これがあいつらとの適切な距離だ」

「――勝手にしろ。だが借金を返すまでは、親戚の集会には出禁だ。いいな?」

「分かったよ」


 僕は大輔から借金返済と出禁を言い渡された。


 こうして、不穏な空気のまま、親戚一同が集う家族会議が終わった。僕は璃子と帰宅するが、特に会話もせずに夜を過ごす。しかもこの頃からは親父に業務提携を勧められることに。


 ある日の営業が終わった時のこと、親父が店にやってくる。


「今日はもう閉店だぞ」

「いや、飲みに来たんじゃない。お前に話があって来たんだ?」

「何? また就職の話か?」


 親父が話すことと言えば、就職か金華珈琲の話だ。


「そうじゃない。今色んな企業がお前と一緒に仕事がしたいそうだ」

「就職ならお断りって言っただろ。店は好調だ」

「いや、そうじゃない。手を組んで一緒に仕事をしたいそうだ」

「業務提携したいってこと?」

「難しい言葉知ってるんだな」

「起業する前に経営学の本とか読んでたからな」

「まっ、そういうことだ。一緒に仕事をしてくれたら、1000万円出すと言った企業もある。一度考えてみたらどうだ?」

「僕、稼ぐためだけの仕事には興味ねえから。そういうことは他のバリスタに注文すればいい」


 淡々と断った。ビジネス目的で僕に近づく奴にロクな奴がいる気がしない。


 悪い話ではないが、稼ぐことがメインの仕事はしたくない。


 お金を使うことはあっても、お金に使われるのは御免だ。


「あのなー、お前じゃなきゃ意味ねえだろうが」

「1番以外は無価値な存在なのか?」

「捻くれてんなー。お前、金に興味ねえのか?」

「ない。お金はただのツールでしかないし、それが好きと言える奴はただのツールフェチだ。道具に恋愛感情持ってる奴と一緒だっての」

「そうは言っても、お前だって金稼いでるだろ?」

「ないと不便だから稼いでるってだけで、お金自体に興味はねえよ。ほんっとうにこの国は拝金主義に塗れた連中ばっかだな。稼ぐことしか頭にない連中なんかと仕事したくねえよ」

「お前そういうこと言ってると、いざって時に助けてくれなくなるぞ」

「そのいざって時に、何もできなかった人たちに気を使う意味があるのか?」

「はぁ~、あー言えばこーゆー」


 親父は呆れながらカウンター席に腰かけた。一体何しに来たんだよ?


 親父が言うには、WBC(ダブリュービーシー)優勝の影響で僕にコーヒーの監修を希望する企業が後を絶たないらしい。親父はコーヒー会社の営業の人から僕に会わせるよう、何度もしつこく言われていた。しかもこの時、親父が僕の就職先を探していると多くの企業の人に言ってしまったために、僕の雇用を希望する企業が数多く出てきたという。


 何やってんだよ。親父が勝手に動いたせいじゃねえか!


「金華珈琲は休みなのか?」

「今は昼休みだ……俺はな、お前に人生で苦労してほしくなかったんだ。特に金や人間関係のことで苦労はさせたくないんだ。心配なんだよ」


 親父もかつてはお金と人間関係で苦労したことがたくさんある。僕や璃子の学費を稼ぐためにバイトの仕事を受け入れたみたいだし。その学費を投入した結果が、店倒産の危機と人間不信とはお笑いだ。


「だったら何故学校に行かせた?」

「義務教育だからだ」

「僕の人生の中で最も苦労したのは間違いなく学校だ。今も学校の後遺症が強く残ってる。この後遺症のせいで、危うく何度か店潰れかけたし、親戚とも不仲になったんだけどな」

「そう言うなよ。常連になってくれた人たちと出会えただろ?」

「ああ、茶髪というだけの理由で、正義感を振りかざしながらひたすら迫害を繰り返してくるような、頭の中がお花畑な連中と山ほど出会えた! あんなナチ野郎共に淹れるコーヒーもないし、一緒にする仕事もない! 分かったらとっとと帰れっ!」

「へいへい、分かったよ。じゃあな」


 やっと親父が帰っていく。就職や日本人の話になる度に、毎回似たようなやり取りになる。


 これで何回目だろうか。親父もお袋も本当に懲りない。


「お兄ちゃん、言い過ぎだよ!」

「あれくらい言わなきゃ引き下がらねえよ。親父は頑固だからな」

「そーゆーお兄ちゃんも相当頑固だよ。一体誰に似たのやら」

「おじいちゃんじゃねえか?」

「あのさ、何度か店潰れかけたって本当なの?」


 しまった! 璃子にはばらしちゃ駄目だった!


 ――ったく親父のせいだ! 何とか誤魔化さないと。


「大したことじゃねえよ。どれもすぐに持ち直したからな」

「……だといいけど、今後は厳しそうなら修行やめるね」

「そんなに気ぃ使わなくてもいいんだよ。僕は僕だし、璃子は璃子だ」

「気ぃ使うよ。お兄ちゃんのお陰で夢を掴めそうなんだから」

「だったら璃子が納得いくまでやれよ。修行費は絶対に払うから」

「それくらい他の人にも気を使えるようになったらいいのに」

「愚の骨頂だ。僕は自分の意に反して誰かに気を使ったことはない。僕自身が考えて判断したことだ」

「あー言えばこーゆー」


 WBC(ダブリュービーシー)優勝から、今までとは人生がガラッと変わった気がする。


 比較的知名度が低いマイナー競技会に優勝した時は、売り上げが一時的に上がったこと以外は特に変化はなかったが、WBC(ダブリュービーシー)は知名度の桁が違うこともあり、今じゃすっかり有名な岐阜市民の1人になってしまった。


 ――ここまでの影響力があるとは。


 しかも僕のことがニュースになったせいで、隠し事はなくなったが、親戚たちとは距離を感じるようになった。同時にバリスタという職業の知名度も上がった。


 これを皮切りに、コーヒー業界は段々とメジャー業界へと近づいていった。


 後で穂岐山社長から聞いたが、WBC(ダブリュービーシー)優勝がニュースになってから、全国各地のカフェの売り上げが急に上がったらしい。しかもうちの店の前で立ち往生した日本人が他のカフェへと散っていったことで、商店街のカフェに珍しく多くの客が押し寄せた。


 他の岐阜のカフェにも注目が集まるようになった。


 金華珈琲のマスターはWBC(ダブリュービーシー)優勝に驚いたと同時に喜んでいたらしい。


 おまけに景気まで回復したのだから、何も言うことはないだろう。また客がいない日にでも会いに行こうと思ったが、客がいる時に行ったら、間違いなく事情を知らない人に声をかけられるだろう。


 8月下旬、リサ、ルイ、レオ エマが葉月珈琲にやってくる。


 エドガールのおっちゃんも一緒だった。リサたちは4人共罪悪感に満ちた表情だ。


 あれだけボロクソ言ってたのに――意外にも素直な顔だ。


「えっ! 何でみんな来たの!?」

「この前は言い過ぎたから、直接謝りに行きたいってさ」

「――あず君、この前は悪く言ってごめん。そんな事情があったなんて知らなかったから」

「うん、僕もごめん。あの後おじさんとおばさんが、あず君の事情を詳しく話してくれたの……PTSDっていう病気なんだよね?」

「僕もごめん。言い過ぎた」

「あたしもごめん。そんなに深刻な状態だったって知らなかったの。単に好き嫌いというか、我が儘を言ってるだけだと思ってたから」

「いいんだよ。分かってもらえれば」


 リサたちとあっさり和解することができた。もうどうしようかと思ったけど、早期の和解に僕はホッとした。だが大輔や優太、その他の親戚たちとはまだ不仲のままだ。ただでさえ不景気で自分たちも苦しい中で貸したお金を違うことに使われたのだから、怒るのは当然とも言える。


「あず君って本当に面白いね」

「……どこが?」

「常識に囚われないところかな。柚子が言ってた通り、あず君があず君してて、なんか安心した部分もあったの。こんなに面白い店やってるんだったら、もっと早く行きたかったなー」

「リサたちならいつでも歓迎するよ」

「毎日帰りに寄ってもいいかな?」

「いいけど、うちの店は高いぞ」

「な……何とかするよ」

「無理すんな」


 おじいちゃんやエドガールのおっちゃんは僕の事情に対して一定の理解を示していた。


 特にエドガールのおっちゃんはPTSDの深刻さを知っていたらしい。その他の親戚はカンカンに怒っていたが、高校に行かされて人生に失敗していたら、それこそ借金を返せなくなっていただろう。


「――それにしても、外国人観光客でいっぱいだねー」

「あず君に会うのに30分も並ぶことになるなんて」

「並んだだけの対価はあると思うよ。チャンピオンだし」

「多分お兄ちゃんじゃなかったら、もっと時間かかってたと思うよ」

「だろうね。でもよくこれだけの客を捌けるよね」

「エスプレッソは慣れれば安定した抽出ができるようになるし、忙しい時は璃子にエスプレッソとカプチーノを任せてる。僕と変わらないくらいの味が出せるようになったからな。でもペーパードリップはもっと長い修業が必要だから、こっちは僕が担当してる」


 リサたちは終始葉月珈琲を楽しんでくれた。だがそんな賑やかな状態も、長くは続かなかった。


 ある日のこと、衝撃的な知らせが耳に入る。


「あず君、大変だっ! 先代が倒れたっ!」

「えっ!? どういうこと?」

「さっきおばあちゃんから連絡があった。急に胸を押さえながら倒れて緊急搬送された」


 ――えっ!? 嘘……だよな?


 おじいちゃんが倒れるなんて、何故だ?


 80代後半とはいえ、あんなに元気だったのにっ!


「お父さん、それ本当なのっ!?」

「……本当だ。俺が案内する。早く来てくれ」

「璃子、今はエスプレッソとカプチーノ限定って客に言ってくれ! 店は任せたぞっ!」

「うん、分かった」


 タクシーで病院まで赴いた。もっとスピードを出せと願いながら。


 まさかおじいちゃんが倒れて緊急搬送されるなんて……信じられない。頼むっ、無事でいてくれ。ただでさえファビオが死んで辛いってのにっ!


 病院の近くでタクシーから降りると、急いで病院に駆けつける。


「おじいちゃんっ! 大丈夫っ!?」


 おじいちゃんはベッドで寝たまま、酸素マスクを顔につけられていた。


 自力で満足に呼吸ができない状態らしい。


「おー、和人にあず君か。店はどうしたんだ?」


 おじいちゃんはいつもより弱々しい声で僕に反応する。


「店は璃子に任せた。心配はいらない」

「もし大会中だったら、死んでも死にきれないところだな」

「こんな時によくそんな呑気なことが言えるよな。こんな時でも、親父はいつもと変わらないな」

「まあそう言うな。あず君、大事な時に身内が倒れた時は責務を全うしてから会いに行くんだぞ」

「――分かった……分かったから」

「今どんな状態なんですか?」

「先ほど緊急治療が終わったところです。当分は安静にさせてください」


 医者は何やら深刻そうな顔をしていた。間違いない……これは危篤だ。


 幸いにも緊急治療で話せる状態にまで回復したが、寝たきり状態である。医者が言うには、老衰で心臓が弱っていて、あと幾何かの命らしい。


 何でもっと早く気づけなかったんだ?


 親父に席を外してもらい、おじいちゃんと病室で2人きりにしてもらうことに。


「落ち込んでるのか? あず君らしくもない」

「急に倒れたって聞いたから心配だった」

「どうやら僕はここまでらしい」

「そんなことない! これからもっといっぱい活躍するから見ててくれよ!」


 おじいちゃんは窓の外を眺めながら語り始める。


「僕はあず君が理不尽だらけの社会でやっていけるか心配だった。けどあず君が世界を相手に活躍しているのを見て安心した。あのコーヒーも美味かった。競技も見させてもらったよ。もうバリスタとしての技術は一流だ。心構えは三流だけどな」

「一言余計な。僕もあんまり人のこと言えないけど」

「どんな困難があっても諦めるな。きっと何とかなる。誰に何と言われようとあず君はあず君だ。とことん自分らしく生きろ」

「――言われなくてもそうする」


 僕らは悲愴感を漂わせ、病院を後にする。


 これが……おじいちゃんとの……最後の会話だった。


 最期まで気さくで真の強い人だった。僕がまだ小さい子供だった頃から……いや、きっと生まれた時からあの性格は変わってないんだろうと思った。


 9月下旬、僕が店の営業をしていると、親父が落ち込んだ顔で店に入ってくる。


「どうしたの? そんな落ち込んだ顔して?」

「あず君……さっき先代が死んだ」

「ええっ!?」

「嘘……だよね?」

「本当だ。近い内に葬式だから来るんだぞ」

「……」


 魂が抜けたように放心状態のまま、涙が止まらなかった。


 ファビオに続いておじいちゃんまで……何でこんなことに……僕が一体何をしたって言うんだっ!?


「ううっ……うっ」

「お兄ちゃん、今は業務中だよ。泣いちゃ駄目だよ」

「そういう璃子だって泣いてるだろ?」

「これは……さっき顔を洗ったからだよ。うっ……ううっ」


 僕も璃子も涙声になりながら抱き合って泣き続ける。


「おい、そんなに泣いてどうしたんだよ?」

「おじいちゃんが……さっき亡くなったんです」


 尋ねてきた外国人観光客に璃子が答える。


「……そうか、冥福を祈るよ」

「あんなに泣くなんて……余程大事な人だったんだね」


 2008年9月下旬、僕にとってはバリスタの師匠であり、常に僕の味方で居続けてくれたおじいちゃんこと、葉月周吾は、まるで肩の荷が下りたかのように息を引き取った。


 死に顔は安らかだった。


 あと3日と言われたが、おじいちゃんは1週間も長く生きた。


 葬式の日がやってくる――。


 店にいる時の『制服姿』で葬式に参加する。周囲からは非常識と言われたが気にしなかった。他人から嫌われるというのは、それだけ自分らしく生きている証拠だ。


 とことん自分らしく生きろ。それがおじいちゃんの遺言だから。


『スーツ』や喪服のようなセンスの欠片もないダサい服を心底嫌っていたおじいちゃんの前で、喪服なんか着れるかってんだ。おじいちゃんが気に入ってくれた、手作りの制服が望ましいと思った。


 この方がおじいちゃんも喜ぶだろう。


 死者の意向に寄り添うのが、生者としての礼儀じゃないかな?


 葬式の間はずっと涙が止まらなかった。僕の苦労をニュースで聞かなかったら、親戚内でいざこざを起こさなかったら、もっと長生きしていたのかな?


 親戚だけじゃなく、多くの遠戚も出席していた――。


 この時、僕は新たな出会いを果たした。泣いていた時に優しく声をかけてくれた学生だった。


「――あのっ、大丈夫ですか?」

「……これが大丈夫に見えたら神経を疑われるぞ」

「ふふっ、葉月さんも人のこと言えないじゃないですか」

「あず君でいいよ。みんなからそう呼ばれてるから」


 涙を拭き、そっぽを向いたまま答えた。


如月真由(きさらぎまゆ)です。真由って呼んでください。今は高1の学生です」

「……葉月梓。もしかしてニュースで知ったの?」

「はい。それからはずっとあず君の動画を見続けてるんです。ラテアートだけじゃなくて、ピアノも凄く上手いですよねー」

「……ありがとう」

「まさかあず君が僕の親戚だなんて、思ってもみなかったです」

「悪かったな」

「いやいや、そういう意味じゃないですよ。むしろ光栄です」


 真由は僕より2歳年下で、おじいちゃんの弟の孫、つまりはとこにあたる。


 可愛いルックスに中性的な声で茶髪のショートヘアー、全然似合わない喪服、基本的に敬語で話すよくできた学生であり、僕のことも知っていた。1人の兄がおり、真由は次男にあたる。最初は日本人恐怖症の影響でまともに会話ができなかったが、目を合わせなくても大丈夫ですよと言われ、この言葉に安心したのか、彼とはすぐに気兼ねなく話せた。


 様子を見ていたお袋から、今日だけ泊めてあげたらと提案される。


「宿泊先ないの?」

「ないこともないんですけど、一度葉月珈琲に行ってみたくて」

「……うちなら別にいいぞ」

「いいんですか?」

「普段は外国人観光客限定だけど、営業時間外は別だ」

WBC(ダブリュービーシー)で使ったゲイシャのコーヒーってありますか?」

「もう売り切れてる。1杯3000円だ」

「そんなに高いんですねー」


 真由は千葉の出身で、実家は老舗の温泉旅館らしい。


 コーヒーの値段に怯まなかったところを見る限り、かなり裕福そうだ。首都圏に住んでいる知り合いに限ってめっちゃ裕福なのって、それだけ東京周辺に富が集中してるってことだよな?


 大都市には住みたくない。人混みが好きじゃないし、地方都市の方がまだ合ってる。上京していればもっと稼げただろうけど、どの道日本人恐怖症があるせいでどうにもならない話だ。


「元々はうちのおじいちゃんの娘、つまり僕のお母さんが如月家に嫁いでから、葉月家とは長いつき合いなんですよ。昔は葉月家のコーヒーをうちでも売らせてもらってたんです。でもあの人がバリスタを引退してからは、あの味を全く飲めなくなって、うちの親も嘆いてました」

「そのコーヒーはどんなコーヒーだったの?」

「確かブルーマウンテンでした」


 芳醇なるブルーマウンテン――おじいちゃんが1番好きだったコーヒーだ。


 なるほど、あの味はおじいちゃんが焙煎したものだったんだ。おじいちゃんはバリスタとロースターを並行していたが、引退してからはどちらも趣味の範囲内に留めるようになった。どうりで身内以外はなかなか飲めない代物になってしまったわけか。


 真由は遠くから来ていることもあり、今日中には帰れないらしく、うちに泊めることに。


 葬式が終わると、璃子と真由を連れて帰宅するのだった。

今回はシリアス回です。

新たな出会いもあります。

如月真由(CV:小松未可子)

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