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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第3章 挑戦編
68/500

68杯目「気持ちの食い違い」

 7月下旬、うちの店はどうにか黒字の水準にまで利益が回復する。


 連日行列ができるほどであり、10席のカウンター席だけでは足りなかった。客が増えてきたなら客席を多く設けようと考えている時だった。午後5時、毎日のように遊びに来る唯がようやく帰り、ラストオーダーが近づくと、客足が収まっていく。


 小夜子たち4人組がやってくる。


「あず君、優勝おめでとう」

「ありがとう。今来ても大丈夫なのか?」


 今の自分の立場を考え、小夜子たちに忠告するように尋ねた。


「大丈夫だよ。それにもう……見て見ぬふりはしたくないから」

「うん、私たちみんな、あず君のことを全部テレビで見たの。あず君が酷い目に遭ってる時、みんな見て見ぬふりしてたから、こんなことになっちゃったんじゃないかなって思って……」

「だからみんなで話し合って、あたしたちだけでも味方でいようって思ったの」

「そうそう、だからさー、評判とか下がっちゃっても気にしないことにしたんだよねー」

「……ありがとう」


 身内以外にもちゃんと国内に味方がいた。ここにきてようやく認識できた。


「これがWBC(ダブリュービーシー)の優勝トロフィーかー。凄いねー」

「あず君が使ってるそれと同じだね」

「あー、ポルタフィルターだろ」

「これで3つ目の優勝トロフィーだね。私も何か得意なことがあったらなー」

「得意があったらあったで、より上の人を見て落ち込んだりするぞ」

「あず君にもそういうことがあったの?」

「もちろん。この前はバリスタオリンピックチャンピオンがバリスタマガジンの表紙に載ってて、しかもその人と直接対決する機会があったからさ、絶対に勝ってやるって思ったよ」


 美羽まで店内に足を踏み入れた。夏場なのか軽装である。


「あー、ちょっといなくなった隙にもう浮気?」

「何だ美羽か。思ったより遅かったね」

「ねえあず君、浮気ってどういうこと?」

「あたしたち、つき合ってるの」

「「「「……えええええーーーーー!」」」」

「そんなに驚くことか?」


 小夜子たちは非常に驚き何故か落ち込んでいた。買い物につき合うだけなのにそこまで驚くことじゃないだろう。美羽は夏休みでしばらく岐阜市に居座るらしい。穂岐山社長の実家、つまり美羽の祖父母の家が近くにあるとのこと。美羽が会いに来るのが遅かったのは、インターンシップのためである。


 どうやら穂岐山珈琲に就職する気らしい。


 とりあえずの就職自体は別に悪くない。本当にやりたいことを見つけるまでのモラトリアム延長にするも良し、仕事は生活費を稼ぐためと割り切って仕事の後の自分の趣味に生きるも良しだ。


 もっとも、僕の場合は仕事と趣味の境界線が溶けてしまっている。


 明らかに組織に向いていない人は、早い内から独立を意識した方がいい。


 僕には就職なんて到底無理だし……。


「あず君、優勝おめでとう」

「吉樹、よくここが分かったな」

「お姉ちゃんに場所を教えてもらったからね」

「あず君、この人はいいの?」

「うん。身内だからな」

「楠木吉樹です。気軽に吉樹って呼んでください。あず君は僕のいとこです」


 吉樹が美羽たち5人に自己紹介を済ませた。


「あず君、お勧めとかある?」

「初めての人にはエスプレッソとカプチーノを勧めてる」

「じゃあエスプレッソとカプチーノを頼むよ」

「分かった。ちょっと待っててくれ」


 吉樹からの注文を受け、手早くツーショット分のエスプレッソを抽出し、先に片方を提供した後で温めたスチームミルクをエスプレッソに投入してカプチーノが出来上がる。


「凄い! あっという間だ! いやー、あず君を親戚に持って誇らしいよ」

「僕じゃなくて自分を誇れるようになれよ」

「そうは言ってもさー、親戚からワールドバリスタチャンピオンが出てくるなんて、思ってもみなかったからさー、夢でも見てるみたいだよ」

「それ分かるー! あたしもあず君が元同級生だって自慢しちゃったもん。そしたらさー、あず君に自分を紹介するように言ってくる人がいっぱい出てきて怖くなっちゃった!」

「自業自得だ。これに懲りたら自慢はしないことだな」

「そうする……」


 香織の噂好きは相変らずだったが、どうやらしっぺ返しを食らったらしい。


 ていうか何でそこまで僕と知り合いになりたいんだ?


「あのさ、うちの親父も香織とおんなじ目に遭ってたけど、何でみんな僕と知り合いになりたいのかが全然分からないんだけどな。知り合いになって何がしたいんだか」

「そりゃ香織みたいに自慢がしたいからだと思うよ」


 小夜子が淡々と答えながらエスプレッソを飲む。クールな姿が板についてきた。


「というより今ブレイクしてるお兄ちゃんと知り合いになれば、ビジネスチャンスになるって思ってる人が多いんじゃないかな?」

「何で分かるの?」

「この前だってCMの出演依頼とかきてたでしょ?」

「「「「「CM!?」」」」」


 みんなが一斉に驚く。なるほど、そういうことか。僕としてはそんな人たちと知り合いになんてなりたくないけど、CMには出ない方がいいだろうと直感する。


「あず君はCMとかに出るの?」


 美羽が微笑みながら唐突に尋ねた。


「出るわけねえだろ。こうやってコーヒーを淹れている方がずっと幸せだからさ」

「勿体ないなー、今後のためにもCMに出て貯金しておく方がお勧めだよ」

「お兄ちゃんは貯金ができてもすぐに使っちゃうので、あんまり意味ないと思います」


 流石は璃子、僕の本質はお見通しだ。ラストオーダーの時間が過ぎると、小夜子たち4人組と吉樹が帰っていく。どうやら吉樹はあの4人組と意気投合したらしい。


「で? 何で美羽は帰らないのかな?」

「あず君と一緒にいたいから」


 美羽は満面の笑みで机に両肘をつきながら答えた。


「もう6時だからさ、帰ってもらわないと困るんだけど」

「ねえあず君、明日休みでしょ? あたしとデートしない?」

「!」


 美羽は明日がうちの休業日であることを見越してデートを申し込んできた。


 やけに強気の行動だ。これには恐怖すら感じた。


「――まあ、美羽には色々と世話になったから、別にいいぞ」

「本当っ!? やったー!」

「そんなに喜ぶことかよ」

「だってさーだってさー、あず君とデートするのって久しぶりなんだもん」


 まるで恋人にでもなったつもりの美羽が喜びを抑えきれないのか、ずっと笑顔のままだ。彼女の協力がなかったら、WBC(ダブリュービーシー)での優勝はなかった。そんな負い目もあり、デートに応じることに。元々メールでつき合う約束をしていたし、世話になった分くらいはお礼させてもらおう。


「明日の午後2時に来るから、昼食は済ませといてねー。じゃっ!」


 美羽が意気揚々と帰っていく。


「やれやれ、相変わらずお調子者だ」

「お兄ちゃん、美羽さん本気みたいだよ」

「――あれは大人買いするやつだな」

「いや、そっちじゃないんだけど……」


 次の日、僕は美羽とデートに行くことに。


 岐阜市の商店街を案内するように言われ、僕は彼女と実家のある商店街まで赴いた。


 正体がばれないよう、帽子とサングラスを装着する。


 商店街は少しばかり賑わっていた――これが親父の言っていた光景か。


「あず君、何で璃子ちゃんも一緒にいるの?」

「ショッピングに行くと思ったから、一緒に来てもらった」

「2人きりが良かったのにー」

「帰りましょうか?」

「いいのいいの、璃子ちゃんは気にしないで。全部この鈍感男のせいだから」

「どこが鈍感なわけ?」

「お兄ちゃんには多分言っても分からないと思う」

「?」


 ショッピングということで璃子も同伴したが、美羽は何故か不満そうにしていた。


 一体どういうことだ? 何も悪いことはしていないはずだが。


 美羽は葉月商店街で大人買いをしていた。少し賑わいを見せていたとはいえ、この時にも商店街のシャッター化が進んでいたのだが、それでも古巣の店が数多く残っていた。


 自営業ってやっぱり厳しいんだな。一般的には100人が起業したら3年で半数が消え、10年後に生き残っているのは僅か1割未満と言われている厳しい世界だ。


 みんなが大企業に入りたがるのも分からなくはない。


 美羽は商店街を気に入った様子だった。お袋が働いている花屋にも立ち寄って挨拶をしていく。


「おばちゃん、お久しぶりです」

「あー、美羽ちゃん! 久しぶりー。大きくなったねー!」

「おばちゃんは昔と変わらず若いままですねー」

「もう、お世辞がうまいんだからぁ~。あず君と璃子は何でここにいるの?」

「デートです」

「デート? だったら何で2人も――」

「全部お兄ちゃんが悪いの」

「あー、そういうことかー」

「何でそれで分かるんだよ!?」

「あず君にデートはまだ早すぎたかなー。ふふふっ」


 煽てられて調子に乗ったお袋が美羽との挨拶を済ませる。


 お袋は黒髪のセミロングで、見た目は実年齢よりもずっと若い。僕はお袋似とよく言われるが、家が葉月家で見た目が楠木家だからだろう。吉樹とは対照的だ。


「お兄ちゃんってお母さんと並んでると、何だか姉妹みたいだね」

「姉妹!? 私そんなに若く見える?」

「うん、凄く綺麗だよ」

「ふふふっ、ありがとう」

「男として複雑だよ」

「あず君もこれくらい人を褒められるようになればいいのにー」

「僕は誰かに媚を売るのは好きじゃないんだ」

「もう、そんなこと言ってたらモテないよー」


 女ってのは世代を問わずみんな若作りしてんだな。


 歳は変わっても見た目は変わりたくないのか?


「あの、あたしたちつき合ってるんです」

「えっ、あず君と?」

「はい」


 突然の告白に驚くお袋が手に百合の花を持ったまま固まっている。美羽は顔が赤くなったまま恥ずかしそうに下を向いている。僕が女とデートするとは思ってもみなかったことが見て取れる。


「見ての通り、ショッピングにつき合ってるわけ」

「あー、なるほどなるほど」

「お母さんには分かるんだね」

「えっ、何が?」

「お兄ちゃんには言っても分からないことだよ」

「いけずだなー」

「ブーメラン刺さってるよ」


 すると、お袋が何かを悟ったように美羽に忠告する。


「美羽ちゃん、あず君はとっても繊細で、好きなことに没頭するところがあって、人には全然興味を示さないところがあるの。しかもすっごく鈍感だから、多分失望することもあると思うのだけど――」

「構いません。あたしはそんなあず君も好きなので」

「そう……だといいけど」


 お袋は僕と美羽の関係を認めも否定もしない。璃子と同様、少し前から()()()()()()()に気づいていたのだ。


 しばらくして帰宅すると、美羽がここに泊まってもいいかと尋ねた。


 客用の部屋も布団もないと言って断ろうとするも、美羽はまた一緒に寝ればいいじゃんと言いながら甘えるように抱きついてくる。彼女には恩恵もあるために断りきれなかった。


 葉月珈琲は1階がカフェ、2階が僕と璃子の部屋になっている。


 まさかうちでも美羽と一緒に寝ることになろうとは。


 3人で食事を共にする。料理と掃除は僕の担当であり、洗濯物と買い出しは璃子の担当だ。僕は仕事よりも家事の方が得意であるため、店の仕事もどちらかと言えば家事感覚でやってる。美羽にはすっかり慣れていた。どうやら本能が慣れている人と見なすようになったらしい。美羽がOKなら、他の慣れている段階の人に触られても大丈夫なのかな?


 夕食と風呂を済ませると、疲れていたのか、すぐに寝ることに。


 僕、璃子、美羽もパジャマ姿になり、布団に入った。


 布団には美羽が入ってきており、後ろから僕を抱き枕のように抱きついてくる。


 暑苦しい。ただでさえ夏場で暑いってのに!


 しかも背中にくるこの柔らかい感触。そこらの男だったら間違いなく攻略されているんだろう。だが僕には邪魔でしかない。寝る時くらいは楽でないと。


 璃子は僕と少し距離を置いた場所に布団を敷き、天井に顔を向けながら眠りに就こうとしている。


「璃子ちゃん、寝ちゃったね」

「そうだね。もう寝ようか――」


 美羽は僕の肩を掴んで顔を対面させようとしてくる。


「あず君、大好きっ!」

「! ちょっと……やめろって!」


 美羽は僕の顔を両手で持ちながら静かな声で囁きながらキスをしようとする。キスを阻止しようと彼女の顔を押し返すが、思った以上に力が強く、なかなか諦めない。


 反発するように、美羽の体を腕で思いっきり押した。


「きゃっ!」

「やめろよっ! 何でそんなことするんだよっ!?」

「!」


 僕の怒鳴り声に美羽が驚き、さっきまで寝ていた璃子が飛び起きる。


「つき合ってるんだから、キスくらいいいじゃん……」

「買い物ならつき合っただろ?」

「えっ?」


 璃子が僕らの注目を集めようと明かりをつけた。美羽は目が点になっている。


「お兄ちゃん、多分美羽さんが思ってるつき合うは、お兄ちゃんが思ってるつき合うとは意味が違うと思うんだけど、説明した方がいいんじゃないかな?」

「どういうこと?」

「はぁ~」


 ため息を吐く璃子に指摘され、ようやく彼女の意図が分かった。


 僕が思うつき合うは『娯楽』に付き添うという意味であり、美羽が思うつき合うは『交際』という意味だったのだ。璃子が言うには、美羽はこの食い違いで真剣交際だと思ったらしい。


「えっ!? じゃあ男女交際という意味でOKしてくれたんじゃないの?」

「そんなわけねえだろ。買い物に行くくらいならと思ったんだよ」

「お兄ちゃんはこういう人なので、先に説明しておくべきでしたね」

「ううっ、そんなっ! うっ、あああああん!」


 美羽は僕の意図を知ると泣き出してしまった。僕が本気じゃなかったのが応えたらしい。


 はぁ~、僕って本当に駄目人間だな。


 ――日本人恐怖症のせいであいつらを立ち往生させるし、美羽のことは泣かせてしまうし……。


 本当に……どうしようもないな。


 昔から相手の言葉を鵜呑みにするところがある。つき合ってほしいだけだと、買い物につき合うという意味として受け取ってしまう。せめて好きだからつき合ってほしいと言ってくれないと分からない。


「あたし、お父さんにまでつき合ってるって言っちゃったのにっ!」

「――なんか済まないことをしたな」

「お兄ちゃん、責任取って交際してあげたら?」

「分かった。じゃあ仮交際継続ってことでいいか?」

「……うん、分かった」


 美羽はしょんぼりした顔で渋々承諾する。せめてもの罪滅ぼしとして仮交際の継続が決まり、電気を消して床に就いた。寝ている間にキスをされないか心配になってきた。


 またしても僕は美羽の抱き枕になった。背中にマシュマロをダブルで押しつけてきたせいか、さっきと同様に興奮してあまり眠れなかった。これは一種の安眠妨害ではなかろうか。


「あず君、起きてる?」

「君のせいで眠れないよ」

WBC(ダブリュービーシー)でのあず君の優勝インタビュー、凄くカッコ良かった」

「当たり前のことを言っただけだ」

「あたし、やっぱりあず君のことが好き」

「……悪いけど、今は君の気持ちに応えてあげられない」


 僕は今、コーヒーに夢中なんだ。コーヒーに愛された男として、ずっとコーヒーを愛し続ける責務があるのだ。相思相愛の僕らを邪魔することは許されない。


 ふと、WBC(ダブリュービーシー)で優勝した後のインタビューで、優勝するために必要なことを聞かれた時のことを思い出した。美羽はその時の僕の回答を日本語に訳してリピートする。


「優勝するために必要なのは、自分らしさを究めることだ。優勝したのは僕だったけど、他のバリスタのコーヒーも実に素晴らしいものだった。何が正しいかじゃなくて、自分らしいやり方を追求することが何より大事だと思うよ……だったかな?」

「そんな感じだったと思う」

「あず君がコーヒーに恋してるのは知ってるけど、あたしもあず君のインタビューを聞いて、自分らしくいたいって思った。だからあず君に交際を申し込んだの」

「……」

「でもあたしが馬鹿だった……さっきはごめんね」

「いいんだよ。分かってくれれば」

「前々から気になってたんだけど、あず君ってコーヒーに恋愛感情とか持ってるの?」

「! ちっ、違うからっ! 僕はコーヒーを最愛の恋人だと思って愛情を注いでるだけだ。恋愛感情とかじゃない。擬人化ってやつだ」


 美羽が首を傾げる。僕がコーヒーに対して持っている想いは、恋愛感情なんてしょぼいもんとは比べ物にならない、もっと崇高な想いだ。一目惚れしたのは確かだが、それは恋愛感情という言葉では形容しきれない……それは尊く、美しく、果てしない想いなのだ。


「恋愛感情とどう違うの?」

「言葉では説明できないけど、1つ確かなのは、僕はコーヒーを理想の女と思ってることだ。コーヒーは僕に人生の深みを教えてくれた。あえてこの気持ちを言葉にするなら……尊愛……かな」

「あず君はロマンチストだね」

「人間なんて、みんな度が過ぎたロマンチストだよ」


 美羽は会場でこの言葉を聞き、ますます僕が気に入ったらしい。


 期待には応えられないが、彼女が悪い人じゃないのはよく分かった。


 翌日、美羽は東京へと帰宅し、僕と璃子は店の営業を始めるのだった――。


 8月中旬、お盆の日曜日を迎え、僕は親戚一同に呼び出された。


 おじいちゃんの家に親戚一同が集まると、気まずい表情になり、親父やお袋は鬼が激怒したかのように真剣な顔だ。ここに、親戚単位での家族会議が始まった。この時には親父が親戚一同からの借金300万円を起業資金として全部使ったことを既に自白していた。特に怒っていたのが大輔と優太だった。僕は起業してから今までを包み隠さず話した。中学を追放され、直後に日本人恐怖症を発症したことはテレビで知っていたらしいが、真意は伝わっていなかった。


「あず君、まさかお前がそんな奴だったとは思わなかった」

「あず君が良い高校に行って、良い大学を出て、良い会社に就職して、良い人と結婚して、良い人生を歩んでほしかったからお金を貸したんだぞ」

「それなのにお前、その大事な金を起業なんかに使って、どういうつもりだ!?」


 大輔や優太、そして親戚一同のおじさんやおばさんなどが口々に文句を言ってくる。


 リサたちも僕が許せないようであり、ずっと厳しい表情だった。


「あの店のマスターがあず君だったなんてがっかり」

「過去のトラウマがあるとは言っても、あの対応はないと思う」

「そうだよ。あの看板は明らかに人種差別だよ。日本人にだって良い人がたくさんいるのに、そんな人だと思わなかった。あず君ってサイテー」

「自分が何をしたか分かってる? 人として最低な行為だよ」

「……」


 僕はその場に座りながら下を向くしかなかった。


 うちの親が親戚一同から借りた額の内訳はこうだ。


 親父の兄で大輔と優太の親、つまりうちの伯父と伯母にあたる哲人(てつと)のおっちゃんと恵梨香(えりか)おばちゃんがいる一家から50万円、お袋の姉でリサたちの親、同じくうちの伯父と伯母にあたるエドガールのおっちゃんと京子(きょうこ)おばちゃん一家から50万円、お袋の弟で柚子と吉樹の親にしてうちの叔父と叔母にあたる大樹(だいき)のおっちゃんと吉子(よしこ)おばちゃんの一家から50万円、そしておじいちゃんとおばあちゃんの一家から50万円、その他親戚から100万円を借りており、合計300万円となっていた。


 私立の高校まで行かされる予定だったらしい。だからこんなに高額だったのか。


 借りた金を本来とは違うことに使う行為を裏切りと呼ぶのであれば、僕はおじいちゃんのことも裏切ったことになるのだが……既定路線以外は駄目なのか?


「そう言ってやるな。あず君にはあず君の事情があるんだ」


 ずっと黙っていたおじいちゃんが初めて口を開いた。


「でもおじいちゃん、あず君は取り返しのつかないことをしたんだぞ! 親戚一同の大事なお金を高校じゃなく、自分の好きなことに使ったんだ!」

「あず君はそのお金以上の活躍をしてくれたじゃないか。まだ18歳という若さで、アジア人初のワールドバリスタチャンピオンになったんだ。これ以上に喜ばしいことがあるか?」

「それとこれとは別だよ! 僕らは裏切られたんだよ。快挙を成し遂げたからといって、悪いことをしていいわけじゃない!」

「あず君は悪意から何かをする子じゃないぞ。だったらこれから、あず君の手で借金を返してもらえばいいじゃないか。なっ?」

「……うん」

「今度はあず君に意見させてやってくれ」


 おじいちゃんが僕に話す機会を与えてくれた。


 おじいちゃん、エドガールのおっちゃん、吉樹、柚子は終始僕の味方であったが、他の親戚は僕のお金の使い道や日本人規制法を気に入らなかった。もはや親戚内での僕に対する信用は失墜していた。


 裏切り者の人種差別主義者。過去をほとんど知らない人には、そう映っているかもしれない。


 僕は親戚たちを説得する必要に迫られた。


 親戚一同の言い分がようやく終わると、今度は僕が反論を始めようと口を開いた。

久しぶりのデート回です。

親戚ともいざこざになる修羅場ありです。

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