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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第3章 挑戦編
67/500

67杯目「帰還と告白」

 翌日、気が沈んだまま、璃子と外に出かけることに。


 璃子のためにチョコレートを買いに行く約束は覚えていた。ホテルを出る時にロビーで宿泊代を払おうとするが、もう既に払ってもらっていますと言われ、ホテルを後にする――。


 もしかして美羽たちが払ってくれたのか?


 まあいいや。ここからは満喫タイムだ。


 午前11時、璃子と共にコペンハーゲンを満喫する。璃子はショコラティエを目指しており、コーヒーを飲むだけでなく、チョコレート専門店にも行っていた。


『ラブリー・チョコレート』という窓越しに中が見えるオシャレな店を見つけると、僕らはその店の扉を開ける。そこにはありとあらゆるチョコレートが揃っていた。基本的に全部不規則な形の板チョコのようなものだった。璃子はショーケース越しにたくさんの種類のチョコレートをひたすら眺めている。その様子に痺れを切らしたスタッフから試食するかどうかを英語で聞かれ、璃子は快諾する。僕も璃子から試食用のチョコを手渡され、それをボリボリ食べている。


 ダークチョコレートの中に細かく砕いたアーモンド、接着されている緑色のピスタチオ、あらゆる食材を使っているのに味が喧嘩してない。


 ――これが一流のショコラティエが作るチョコの味か。


 璃子は相当ハードルの高い道を選択したことが見て取れる。無論、それはバリスタの道を選んだ僕も同じだが、どんな道だろうと、1番を究めるのはそれなりに厳しいぞ。


「お兄ちゃん」

「どうした?」

「私、いつかこんなチョコレートが作れるショコラティエになりたい」

「――じゃあ買って研究だな」

「どれくらい買うの?」

「とりあえず……ここからここまで1個ずつちょうだい」

「かしこまりました」

「そんなに買って大丈夫なの?」

「いいんだよ。僕もチョコ好きだから」

「ふふっ、お兄ちゃん丸くなったね」


 ――えっ? 丸くなった?


 どういうことだ? そんなに太って見えるのか?


「僕、そんなに太った?」

「いやいや、そういう意味じゃないから。お兄ちゃんは痩せ型だよ」

「違うのかよ。ならいいや」

「そういうところは全然変わってないね」


 璃子がジト目で僕を見つめながら言った。いつもの光景だ。


 チョコ1個あたりはそんなに大きくない。手の平サイズで、2人で分けて食べれば全部食べられる。チョコを娯楽として食べるというよりは、研究のための試食だった。ある意味職業病かもしれない。


「美味しい」


 璃子は店内の席に腰かけ、美味しそうにチョコを頬張った。


 それにしても……消費税高すぎじゃね?


 25%って拷問じゃねえか。まあそれなりに社会保障とかをして還元しているのであれば別に構わないのだが、彼らには取られるという感覚はないらしい。社会保障を無償で国から受け十分に育った後、それに報いるために働いて税金を納め、国に還元するという考え方らしい。


 これはヘンリックから教えてもらったことだ。


 国家は国民のために、国民は国家のために。


 それが無理なくできているならいいが、国民国家が段々と溶けていく国際情勢を考えれば、国というのは1つの大規模なコミュニティにすぎない。極端な話、国家は国防と社会保障さえしていればそれでいいのだ。それらを行うためのコミュニティであり、それらを遂行するための税金だ。


 僕はそんなことを考えながら、チョコを璃子と分けると、食べてから店を後にする。


 カフェ巡りを始めたが、全部は行けないためか、店は慎重に選んだ。どこのカフェのコーヒーも本格的な味だった。歴代のワールドバリスタチャンピオンが営んでいるカフェもあるらしい。コペンハーゲンで璃子とのデートを終えると、そそくさに空港へと向かった。


 こうして、コペンハーゲンに葉月梓の名前が刻まれた。


 突然、僕の携帯が鳴った――誰かからメールが届いたようだ。


『あず君、WBC(ダブリュービーシー)優勝おめでとう。ホテル代はお父さんが払っているから心配しないでね。日本に帰ったら、あたしと()()()()()くれない?』


 あー、なるほどねー。だからロビーで宿泊代を払わなくて済んだのか。あの時の僕は泣いていたから言えなかったんだろう。僕はそのことに今気づいた。


 買い物につき合うくらいならと思い返信をする。


『いいぞ。でも店が最優先だから、帰ってからな』


 僕らは手続きを済ませると、夕方の便で日本に帰国する。


 日本に着いた時には時差分も含め、帰りの便だけで1日以上が経過する。


 この時はもう6月下旬、遠征のためにうちの店が閉まってから、既に1週間以上が経過していた。


 東京から岐阜に戻ると、地元では何やらただことではない騒ぎになっていた。遠征先から僕らの家である葉月珈琲に久しぶりの帰還を果たすと、外ではうちの親が待っていた。


 何やら深刻そうな顔をしている。当然だが、店の合鍵は僕と璃子の2人が持っている。2人共僕の戻るメールを受け、外で待っていたのだ。早く戻って来いとメールがあったが、一体何があったんだ?


「……? 親父もお袋もどうしたの?」

「あず君、おかえり。優勝おめでとう。デンマーク寒かったでしょ?」

「慣れればどうってことねえよ。うちの前で待ってたみたいだけど、一体どうしたわけ?」

「あず君、WBC(ダブリュービーシー)優勝おめでとう……と言いたいところだが」

「何だよ?」


 親父から衝撃の事実を告げられることになる。


「実はな……お前のことが親戚中にバレたんだ」

「! ……どういうこと?」

「お前がWBC(ダブリュービーシー)で優勝したことがテレビで全国放送されたんだよ。親戚の内の何人かが見ていてな、ニュースが終わるや否や、いきなり電話がかかってきたんだ」

「!」


 知らなかった。僕がコペンハーゲンで遊んでいる内に深刻な事態になっているということに。いつかこんな日が来ると思ってはいたが、ついに来てしまったか。


 どうしよう……言い訳を考えないと。


 詳細はどうかと言えば、僕が『高校』に行っていないことはもちろん、こっそり『起業』していたことまでもが親戚中にバレてしまっていたのだ。


 しかも、次のお盆に呼び出しを食らってしまった。


「――怒ってたよね?」

「ああ、特に大輔と優太はカンカンだった」

「次の親戚の集会までに言い訳を考えとく。事の経緯は?」

「あず君がテレビに出て、柚子から連絡が来て、あず君が優勝した時のインタビューであず君が高校に行ってないことがばれたって言われて、あの時は正直嬉しかったけど、同時に肝が冷えた」


 お袋が柚子から連絡が来たことを話す。


 しかもその英語が字幕で放送されていたこともあり、葉月珈琲の存在までもがバレてしまう。


 そりゃ高校生が平日にコペンハーゲンにいたらおかしいわな。


「僕が何とかする。親父もお袋も余計なことは一切言うなよ」

「それはいいけど、貸した金を返せって言われたらどうするんだ?」

「今すぐには無理。でも外国人観光客が来てくれるだろうし、借金なら大丈夫と伝えてくれ。一応僕、ワールドバリスタチャンピオンだからさ」

「――分かった。じゃあこの件はお前に任せるぞ」


 親父は僕が親戚一同を説得することを伝えると帰宅する。


 明日からは営業を再開することになるが、果たしてどうなることやら。


 翌日、午前11時、璃子に起こされて窓から外を見ると、目を疑う地獄絵図があった。多くの日本人が葉月珈琲の前で立ち往生していたのだ。全国各地のコーヒーファンがテレビで僕のWBC(ダブリュービーシー)優勝を聞きつけたことでやってきたんだとか。


 午前12時、店の営業時間になると、1人の日本人が入ってくる。


「あのー、1つ伺いたいんですけど、ここって日本人は駄目なんですか?」

「はい。うちの兄は過去のトラウマで日本人を苦手としているので、日本人の方は身内か慣れている人限定にしているんです。申し訳ありません」

「テレビでは外国人観光客限定なんて言ってないですよ」

「――それは単に、テレビがうちの事情を知らなかっただけだと思います」

「はぁ~、せっかく九州から来たのに」


 璃子が僕の代わりに謝り、招かれざる客は外へ出ていく。他の日本人に事情を説明している。


 すると、日本人たちが一斉にうちの店の前から散っていく。みんな不満そうな顔だったが、こればかりはどうしようもない。その間僕はキッチンの奥の方で怯えながら彼らの様子を見ていた。まさかうちの店に入ってくるとは思ってもいなかったからだ。


 僕は忘れていた――国内には多くの天敵がいることを。


 テレビが葉月珈琲が外国人観光客限定であることを知らないまま、店を全国に宣伝してしまったせいで多くの日本人が店の前で立ち往生する破目になった。店の事情を考慮してほしかったが、まあ普通の店は日本人規制法なんてないからなとあっさり納得する。


 散っていった彼らは向かい側にある大手チェーンのカフェなどへ入っていく。


 岐阜県は全国的にカフェの数が多い都道府県だ。商店街にもいくつかのカフェがあり、金華珈琲はその内の1つだ。だが良いこともあった。


 翌日、午後5時を過ぎたところで、親父がうちの店にやってくると、いつものようにエスプレッソを注文しながらカウンター席に腰かけた。


「昨日は金華珈琲にかなりの客が来てたんだよ」

「へぇ~、良かったじゃん」

「誰かさんがここから大勢の客を追い払ってくれたお陰でな」

「あの連中は金華珈琲にも行ったのか。向かい側のカフェだけじゃなかったんだな」

「結構不満そうにしてたぞー。人種差別だの何だの好き勝手言ってさー、俺が葉月珈琲のマスターであるお前の父親だって知った途端、みんな俺にあず君に紹介してくれーなんて、一斉に頼んできたもんだから、対応するのが大変だった」

「そりゃご苦労だったな」

「他人事みたいに言いやがって。一応あの人たちは俺が説得しておいたけど、お前このままだと、日本中を敵に回すことになるぞ!」

「最初に喧嘩を売ってきたのはあいつらだ。何でこっちが譲歩しないといけねえんだよ!? 間違ってるのはあいつらの方だっ!」


 つい感情的になってしまう。いつかうちが有名になったら、こうなることは分かっていたはず。なのに僕は何もできなかった。いや、何もしなかったのだ。


 半年間以上もずっと大会のことばかり考えていたのだから。


「でもお陰で金華珈琲は久しぶりに利益を出すことができた。マスターも喜んでたよ」

「確かこういうのを怪我の功名って言うんだよな?」

「本当は昨日休みになるはずだったってのに、マスターが糸井川を通して今日を休みにするからと言って俺を駆り出してきやがった。お陰で予定が狂っちまったよ」


 親父は僕に愚痴を漏らすが、とても人を叱る時の口調ではなかった。


 本当は心底喜んでるくせに。


「そう言ってる割に顔が嬉しそうだけど」

「まあ、嬉しくないと言えば嘘になる。昨日まであれだけ殺風景だった商店街が賑やかになったんだ。まるでバブルの頃みたいに」

「懐かしいんだな」

「お母さんも喜んでたぞ。バブルの再来のようだってな。お母さんがパートで勤めてる花屋にも人がやって来て、いつもより売れたんだ。自慢の息子だよ」

「ずっと厄介者だと思ってたんじゃねえの?」

「そりゃそう思ってた時期もあるけど、お前がWBC(ダブリュービーシー)で優勝したって聞いた時はな、俺もお母さんも、まるで子供みたいに飛び上がってた。後は日本人恐怖症を治すだけだな」


 親父は捨て台詞のように日本人恐怖症の治療を仕向けると、葉月珈琲を後にする。親父の言うことが事実なら、散っていったあいつらの一部が商店街の方向へ向かったことで、商店街は息を吹き返したことになる。皮肉な話だが、僕が日本人恐怖症を抱えていたことが元で金華珈琲は救われたのだ。


 しばらくの間、毎日のように商店街にいつもより人が来るようになったらしい。


 親父もお袋も僕の代理人のようになっていた。


 時は流れ、7月を迎えた。僕のWBC(ダブリュービーシー)優勝を聞きつけてか、葉月珈琲に大勢の外国人観光客が来てくれるようになった。デンマーク人だけかと思いきや、他の西洋の国からも観光客が訪れてくれた。最も多かったのはフランス人だった。


 フランス語は勉強中だったが、どうにか話は通じた。英語で話してくれる良心的な人もいた。


 ある日のこと、僕は日本のテレビの取材を受けることになる。


 うちの事情を考慮し、中年くらいの外国人タレントが僕にインタビューをしてきたのだ。彼はゲイシャを注文したこともあり、ゲイシャのエスプレッソを淹れた。


 7月からは期間限定でゲイシャを発売したのだ。


「へぇ~、これがゲイシャかー。凄く美味しいねー」

「これは期間限定のものだから、なくなり次第終了だ」

「1杯3000円なのは何で?」

「希少価値が高いからだよ」

「世界大会で使ったシグネチャードリンクは飲めないの?」

「今はエスプレッソかカプチーノかドリップで淹れるのが限界かな」

「アイスコーヒーが氷なしでも長く持つって本当なの?」

「うん。予め容器自体を冷たくしておくことで、温度の上昇を緩やかにする方法を思いついた」


 インタビューに答えていると、外国人観光客限定の看板に触れられた。


「ところで、何で外国人観光客限定にしてるの?」


 遂にきたか。親戚にはもうバレたし、隠す理由はない。


「過去のトラウマで、日本人を見ただけで恐怖とか憎しみとかを感じるようになって、JBC(ジェイビーシー)の時も、みんな外国人って自己暗示した上で、誰の顔も見ないようにしてたくらいだ」


 自分が今まで日本人から受けた仕打ちをテレビの前で告白する。


 学生時代に日本人から迫害を受けた後遺症により、身内以外の日本人を見る度に強いストレスを感じるようになってしまったことを懇切丁寧に伝えたら何とか分かってもらえた。僕は日本人恐怖症が治るまでの間、日本人の入店は身内と慣れた人限定にさせてもらうと、カメラに向かって答えた。


 カメラマンも外国人だったお陰か、緊張せずに話せた。


「……だから身内でも慣れた人でもない日本人を店に入れるのは、物凄く抵抗がある。僕にとってあいつらは……個性の敵でしかない……こんなことをしても意味がないって、頭では分かってるけどさ、どうしても体があいつらを受けつけないし、こればかりはどうしようもない」

「……」


 外国人タレントはかなりショックな顔をしており、これ以上はロクに質問してこなかった。


 この収録がすぐテレビで放送されると、たまたまテレビに出演していた医者の人が、これはPTSDではないかと言っていた。しかし、精神病に対しては理解のない人の方が多かったのか、僕は日本中から人種差別主義者のレッテルを張られ、某チャンネルは大炎上していたらしい。


 まさか僕のWBC(ダブリュービーシー)優勝が原因で葉月珈琲が全国中に知れ渡ってしまうとは。だがWBC(ダブリュービーシー)は日本でも知っている人がそこそこいる有名な大会だ。うちの親の知り合いにも大勢のコーヒー通がおり、うちの店に来れないことを残念がっていたが、僕の知ったことではない。日本人は性差別や年齢差別には鈍感なくせに、人種差別には過剰反応するのが不思議だ。


 正当な理由もなく、扱いに差をつけて良いものと悪いものがあると思っているのであれば、その認識自体が差別だ。扱いを変えているのだから。僕の場合は正当な理由がある。危険を回避しようとする行為が差別になるなら、人類のほとんどは差別主義者である。幸いにも外国人タレントが丁寧に説明をしてくれたお陰で、テレビのスタジオの連中から差別主義者と呼ばれることはなかった。


 事情を知った近所の人から同情を買うことになり、以前より家から出にくくなった。過去のトラウマをテレビで告白してから1週間が過ぎた頃、おじいちゃんとおばあちゃんが葉月珈琲へとやってくる。


「……! おじいちゃん! おばあちゃん! 何でここに?」

「何でって、飲みに来たんだよ。身内ならいいんだろ?」

「それはそうだけど、予想外だな」

「あず君、WBC(ダブリュービーシー)優勝おめでとう」

「おめでとう。本当に対した子だよ」

「……ありがとう」

「早速だけど、ゲイシャのコーヒーを2杯頼んでもいいかな?」

「分かった。本当は売り切れなんだけど、おじいちゃんのことだから気にしていたと思って、1ポンド分だけ残しておいた。来なかったら僕が届けに行くところだったからさ」


 最後の1ポンド分をおじいちゃんとおばあちゃんに提供する。


 流石は僕のおじいちゃんなだけあって行動が早い。おじいちゃんは僕の話をテレビで聞き、もっと早く気づいてあげれば良かったと言いながら、どこか悔しそうな表情を浮かべていた。


「だからあれほど無理に登校させるなって言ったんだ」

「まあまあ、済んだことは悔やんでも仕方ないよ。これからどう行動するかだよ」

「おばあちゃんは冷静だな。でも当分は無理だ。どうしても怖いんだ」

「あず君は悪くない。あず君に恐怖心を植えつけた連中が悪い。知らなかったとはいえ、それを放置した僕らを含めた、周囲の人たちの社会的責任だ」


 おじいちゃんは責任の所在が分かっているようだった。


 僕はおじいちゃんとおばあちゃんに残しておいたゲイシャコーヒーをご馳走した。


 おじいちゃんはゲイシャが持つフローラルな香りとフルーティな風味に驚いていた。


「どうかな……?」

「凄く美味い。80年以上コーヒーを飲み続けてきたけど、このコーヒーは初めてだ。まるでフルーツを飲んでるみたいだ」

「僕が初めて飲んだ時とおんなじ感想だな」

「本当に美味しいねー。まさかまだこんなコーヒーがあったなんてねー」

「お兄ちゃん、優勝トロフィーを見せてあげたら?」

「あっ、そうだな」


 店に飾ってある3つの優勝トロフィーをおじいちゃんの目の前に置いた。


「これが優勝トロフィーかー。色んな種類があるけど、全部優勝したのか?」

「ああ。どれも僕1人では勝ち取れなかった代物だ。これはパナマゲイシャが採れるブリランテ・フトゥロ農園の園長と2人で掴んだ優勝だ」

「コーヒー農園が関わってるなら、2人だけじゃないだろう」

「……えっ?」

「あず君にその園長と農園で日々作業をしている人たち、その他あず君の関係者全員で勝ち取った優勝って言わなきゃ駄目だ」


 おじいちゃんが笑いながら言った。確かにそうだ。璃子は僕の心の支えになってくれていたし、コーヒー農園の人たちも、僕を優勝させるために、みんな一丸となって豆の厳選をしていたってフリオが言っていた。危うく大事なことを忘れるところだった。僕を指導してくれたカフェ・クリエイティブのみんなも隠れた功労者だ。おじいちゃんもおばあちゃんも、葉月珈琲を気に入ってくれたようだ。


「生きている内にあず君の活躍が見れた。もう思い残すことはない」

「何を大袈裟な。これからいっぱい活躍するところを見せてやるって」

「他の親戚たちはみんな怒ってたけど、僕は応援してるぞ」

「私は高校くらいは卒業してほしかったかなー」

「あのなー、あず君は集団が苦手なんだから、そう言ってやるな」


 2人は満足そうに笑い、葉月珈琲を後にする。値段を聞かれて答えてみれば、ご馳走と言ったのに、きっちり2人分の額を払っていった。おじいちゃんは昔から妙に律儀なところがある。どうしても正当な価格を払わないと気が済まないらしい。うちとしては助かるから別にいいけど、融通が利かないくらいの真っ直ぐな性格は変わっていない。悩まされた人もいるだろう。


 7月から毎日外国人観光客が押し寄せてきてくれたこともあり、過去最大とも言える倒産の危機からはどうにか脱出することができた。先月まで廃業寸前だったとは誰も思うまい。


 テレビでは連日僕のことがニュースになっていたらしい。


 秋葉原での通り魔事件により、社会不安が大きい中での優勝だったのか、希望を見出す人もいたかもしれない。しかも15歳で起業したことや、他の大会で優勝したことまでもが放送されていたから驚きだ。僕は意図せず有名人の仲間入りを果たしたのだ。


 これでもう隠し事は完全になくなったが、気は休まらないままだった。

遂に店のことがばれます。

もうすぐで第3章終了です。

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