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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第3章 挑戦編
65/500

65杯目「課せられた試練」

 僕はヘンリックの提案でダブルタスクの練習をする。


 プレゼン自体は当たり前のようにできていた。


 後は足りない部分を補強することに時間を割く。ダブルタスクは作業効率を良くするためのスキル。話しながら作業ができれば時間が余る。時間が余れば作業ステーションの掃除に時間を割ける。


「やっぱダブルタスクは必須か」

「そうだね。稼げるスコアを稼げないのは勿体ない」

「ヘンリックは何でそこまで熱心に教えてくれるの?」


 ヘンリックの今までの言動が気になっていた。バリスタとしての基本から応用まで全て知り尽くし、僕の指導までしてくれた。ありがたいのだが、動機が気になっていたのだ。


「俺は昔、バリスタトレーナーをやってたんだ」

「えっ! 本当に?」

「ああ、今は引退したけどな。君は以前俺が指導したデンマーク代表バリスタと似たものを感じてな。そいつは過去のWBC(ダブリュービーシー)で、ワールドバリスタチャンピオンにも輝いている」

「ヘンリックの指導でワールドバリスタチャンピオンになったのか! すげえな!」

「まっ、最終的には自分の頑張り次第だけどな」


 ヘンリックは元バリスタトレーナーだった。


 バリスタトレーナーとは、文字通りバリスタを育てるための指導者のことだ。しかもヘンリックは今までに育てたバリスタの中から、ワールドバリスタチャンピオンを何人も輩出している。


 ――どうりで的を射た指導ができるわけだ。


 彼が言うには、デンマーク代表は過去8回のWBC(ダブリュービーシー)の内、4回も優勝している強豪国だ。元々バリスタ競技会はノルウェーで生まれたものであり、バリスタオリンピックやWBC(ダブリュービーシー)の初期の頃は、北欧勢が圧倒的優勢だった。


 デンマークのカフェには世界トップレベルのバリスタやトレーナーが数多くいる。特にコペンハーゲンのカフェは世界的に見てもレベルが高い。


 指導を受けるためにコペンハーゲンを訪れるバリスタも少なくないらしい。


 確かにここのコーヒーも凄く美味い。


 僕はいつの間にか、彼らに()()()()()()()


「バリスタ競技会で勝つ上では、コーヒーの品種やバリスタとしての実力も大事だが、何より大事なのはバリスタとしてのコーヒーに対する情熱、お客さんへのホスピタリティ、そして新しい可能性を生み出し続けられるバリスタが……1番強いんだ」

「僕もなれるかな?」

「なれるさ。ずっと辛抱強くコーヒーと向き合っていればな」

「ああ、もう後には引けない。じゃあ閉店したらやるか」

「その意気だ。まだ結果発表は終わってないけど、俺はアズサなら予選を通過してると確信してるよ。今まで飲んできたコーヒーの中で1番美味かった」

「そう言ってくれると助かる」


 マルチタスクの訓練を始める決意をする。


 この店で使われているコーヒーを使わせてもらい、コーヒーを淹れている最中にヘンリックが話しかけてくる。どうにか会話を成立させながらコーヒーを淹れた。


 しかし、簡単にうまくはいかない。片方に集中すると、もう片方が疎かになる。そこで僕はゆっくり作業をしながら応対する。ゆっくりであればできないことはないが、コーヒーを淹れるだけでも大幅なタイムロスだ。ヘンリックはラースが帰った後も、辛抱強く訓練につき合ってくれた。


「ふぅ、もう駄目だ」

「さっきよりはできるようになったと思うよ」

「ドーシングとかタンピングの時でも話せるようにならないと、最後の作業ステーションの掃除まで到底間に合わないと思うぞ」

「決勝まであと2日だ。今日はもう遅いから夕食にしよう」

「……そうだな」

「やっとご飯食べられる」


 ずっと僕につきっきりだった璃子が腹を空かせてカフェの椅子に座り込むと、僕も空腹を思い出す。


 あぁ~、もう駄目だ。僕も璃子も座りながらぐったりしていた。しばらくするとヘンリックが夕食を持ってくる。デンマーク式サンドウィッチだった。


 ……美味い、腹が減ってる時の飯ってマジで美味いな。空腹は最高のスパイスなのだ。


 僕らは食事と風呂を済ませて寝た。璃子はずっと僕の隣から離れず、まるで僕を懐炉のようにしてぐっすり眠っていた。慣れない環境に来たのは初めてだ。


 ――大会2日目――


 参加者51人の内、残り3分の1の人が競技を行う日だった。僕は会場で他のバリスタの競技を観戦していた。美羽たちも会場まで来ており、各国の選手のプレゼンを見届けていた。


 美羽もバリスタを目指しているわけだし、彼らの競技はかなり勉強になっただろう。特に注目していたのがアイルランド代表のスティーブンの競技だった。


 プレゼンは必要最小限だったが、動きの一貫性では群を抜いていた。シグネチャーが特徴的で、コーヒーというよりスイーツだった。冷やし固めたチョコレートのようなものにゼリーを乗せてコーヒーを流し込むという、今までに見たことのないシグネチャーだった。


 こんなやり方もあるのかっ!


 目の前の奇跡的な光景に、ただ驚くばかりだった。


 シグネチャーに添えられた固形物はスコアにカウントされないのだが、コーヒーと混ぜ合わせた場合は別だ。コーヒーとゼリーとチョコレートのようなものが一体化していた。きっと僕が思っている以上のシナジーを生み出しているのだろう。仮にもバリスタオリンピックチャンピオンで今回のナショナルチャンピオンでもある。相当美味いものであることが観客席からでも分かる。


 コーヒーとのシナジーを重視したのだろう。


 ということは、あのコーヒーのメインフレーバーはチョコレートか?


「お兄ちゃん、ずっと熱心に見てるね」

「だって今までに見たことがないドリンクを作ってるんだぞ。これが興奮せずにはいられないっての。僕も作りたくなってきた」

「作るのはいいけど、結果発表が先でしょ?」

「あっ、そうだった」


 夕方になると、カフェ・クリエイティブへと戻った。


 閉店後はマルチタスクのトレーニングだ。


「結構慣れてきたねー。会話しながらコーヒーを淹れられてるじゃないか」

「何度もやってる内に気づいたんだ。動作が止まってる時は話しやすいし、言葉を途切れ途切れに話すんだったら格段にやりやすい」

「どうやら君なりのやり方を見つけたみたいだね。それにしても凄いよ。この短期間で恐ろしいほどの成長を遂げた。黙ってる時の動きは凄く早かったけど、喋りながら動く時の速さが、黙って集中している時のスピードに追いつきつつある」

「そうかな?」

「他のバリスタはなかなかできないことがあると、そこから前に進めないことが多いけど、君はできないことにぶつかると、それをアイデアで乗り越えようとする。問題を自主的にアイデアを考えて解決できるバリスタはそう多くない」

「当たり前のことだけどな」


 マルチタスクの練習が終わると、食事と風呂を済ませて床に就く。


 元々マルチタスクは苦手だったし、コーヒーを淹れる時は極力黙ったままだったが、克服できるとは夢にも思わなかった。ピアノを弾いている時も、腕の指と足を同時に動かしていた。最初はできなかったが、ずっと弾き続けている内にできるようになっていった。苦手なことを苦手なままにする癖に気づいたのだ。苦手分野はいくらやってもうまくいかない。だが得意分野の中にある苦手は訓練を続けていれば克服できることを知った。僕はバリスタの仕事を通してマルチタスクができるようになっていた。かなり限定的な克服だが、得意分野における克服はその者を飛躍的に進歩させるのだ。


 もちろん、根っから苦手なものはそのままでいい。


 九九だってできなくていい。僕はそれが原因で困ったことはない。


 ――大会3日目――


 この日は最後の3分の1のナショナルチャンピオンが競技を行っていた。今後の参考にしようとバリスタたちを観戦していた。どのバリスタにも個性があって面白かったし、見ていて凄く勉強になった。


 1人1人のバリスタが輝いていて素敵だった。


 ここが勝負の舞台であることが、残念であると思えるほどに。


 その時だった――。


「ああっ! ぐうっ!」

「ファビオ! どうしたのっ!?」

「だっ、大丈夫だ。すぐに治る。があああっ!」

「誰か救急車を呼んでちょうだい!」

「どういうこと?」

「ファビオは心臓が弱いの。だからあれほど止めたのにっ!」


 カルメンの悪い予感が的中してしまう。周りが必死になってファビオを治療しようとする中、僕はどうすればいいのかが分からずにぽかーんとしていた。


 ――心臓が弱い? どういうことだ?


 ファビオはさっきまで平気そうにしていたのに、あれは空元気だったとでも言うのかっ!


 救急隊が駆けつけると、ファビオは病院へと搬送されていく。


「母さん、俺も行くよ」

「あんたはここで結果発表を見届けなさい! ファビオには私がついてるから」

「うん……分かった」


 カルメンが一緒に救急車に乗り、フリオはその場に残っていた。


 ――僕のせいだ。


 WBC(ダブリュービーシー)への出場が決まり、コペンハーゲンまで来てほしいって言ったせいだ。自分の育てた豆を見たいがために……自分の体に鞭を打って無理して遠征しに来てたんだ。


 僕がファビオを呼んでしまったばっかりにっ!


 目からは涙がボロボロ出ていた。自分がしてきたことをこれほど悔いたのは初めてだった。ファビオは高齢であることに加え、毎日コーヒー農園で僕のために直々にコーヒー豆の厳選をしていた。それで無理をしてコペンハーゲンまで来てくれたのに。


 きっとこの寒さにやられたんだ。何でもっと早く気づかなかったんだ?


「ううっ……僕のせいだ!」

「どうしたの!?」


 フリオが心配そうに話しかけてくる。


「兄はファビオを呼んだことを悔いてるんです」

「ええっ!?」


 璃子が僕の代わりに説明する。そこまで言ってないのによく分かるな。


 僕の肩に優しく手を置くフリオ。


「アズサは何も悪くないよ。親父が丹精込めて育てた豆をこの舞台でアピールしてくれただろ。アズサは何も知らなかったんだ。仕方ないよ」

「病気を隠してたなんて……知らなかった……知ってたら呼んでなかったのにっ!」

「アズサ、決勝まで行って俺たちの豆を優勝させてくれ」

「フリオ……うん……分かった。全力を尽くすよ」

「俺は父さんの代わりにアズサの結果を見届けるよ。母さんが俺にそう言ってくれたからな。父さんも母さんも俺もアズサのことを恨んじゃいない。だから安心しろ」

「……うん」


 フリオの言葉に涙が止まらなくなる。


 璃子は僕を抱きしめて涙を抑えようとする。


 しかし、僕はずっと落ち込む一方だった。自分のせいで誰かが死にかけたなんて思ったのは初めてだったし、僕の行動の1つ1つが誰かの運命を狂わせているのだとしたら……。


「アズサ、これは神がアズサに与えた試練だと思う」

「……」

「アズサが呼ばなかったところで、父さんは多分パナマで倒れてたと思う。パナマはデンマークほど医療が整ってないから運が良かった」

「……」

「お兄ちゃん、落ち込んでたらファビオに顔向けできないでしょ! いつもの減らず口ばかり叩くお兄ちゃんはどこに行ったの!?」

「……」

「何とかなるよ」


 璃子が僕に言ってくれた言葉は、普段僕が口癖のように言っていた言葉だった。


「……」

「私が不安だった時、いつもお兄ちゃんが私に言ってくれてたでしょ」

「璃子……」

「落ち込んでる暇があるなら行動するのがお兄ちゃんのモットーでしょ? 今がその時だよ。落ち込んでる暇があるなら、目の前の課題に集中するべきなんじゃないの?」

「ふっ……」

「やっと笑ったね」

「まさか璃子にそんなことを言われるなんてな。分かった。もう落ち込むのはやめだ」


 璃子は僕の言葉をちゃんと覚えてくれていたようだ。


 本当に僕は……良心的な妹を持った。


 全員の競技が終わり、結果発表の時間になる。いよいよ6人のファイナリストが発表される。この大会は数あるバリスタの大会の中でも特に有名だ。


 ファイナリストに残った時点で、うちの店もファビオの農園にも注目が集まるのは確実である。


「それでは今から結果発表です。呼ばれたバリスタの方は前へ出てきてください」


 司会者は次々とファイナリストとなるバリスタの国名と個人名を発表していく。


 呼ばれたバリスタはみんな大喜びしていた。


 スウェーデン、デンマーク、カナダ、オーストラリア、アイルランドの代表が、それぞれ決勝進出を言い渡された。この時点で決勝進出の枠はあと1人分、名前を呼ばれなければ予選敗退だ。ここまでで呼ばれていないバリスタたちは目を瞑って祈りを捧げていた。僕は予選落ちを覚悟していた。相手が相手だから負けても不思議ではない。そう思っていた時だった。最後の発表を前に会場が静まり返った。


「6人目は……日本代表、アズサーハーヅーキー!」

「えっ!? ……やったあああああぁぁぁぁぁ!」


 思わずガッツポーズをして喜んだ。璃子、美羽、おじさん、フリオも一緒に喜んでくれた。


 ファイナリストの中で、アジア勢は僕だけだった。


 ――ん? デジャブ?


 当時の日本代表はまだ誰も優勝していなかった。そればかりかアジア人のチャンピオンさえいなかっただけあって注目が集まった。優勝するために最大限活躍するチャンスを与えられたと思った。


 ここまで二人三脚で歩いてきただけあって、ファビオが明日ここで僕の競技を見届けられないのは残念だが、せめてファビオに優勝トロフィーを見せてやりたい。


 結果発表が終わると、色んな国の人から話しかけられる。


「アズサ、決勝も頑張れよ」

「そうそう、俺たちを差し置いて決勝までいったんだからな」

「ああ、心配するな」

「アズサ、やったな」

「フリオ、ファビオとカルメンに伝えてやってくれ」

「それはアズサが優勝してからだ」

「……だったら、負けるわけにはいかないな」

「俺は病院に行くよ。じゃあな」


 フリオは不穏な顔でそう言い残すと、駆け足で会場を去っていく。


 本当は誰よりもファビオの心配をしていたってのに、よく残ろうって決めたよな。これで負けたら、僕は一生戦犯呼ばわりだ。ついさっきまでファイナリストになれればそれでいいと思っていた。


 でも今は違う。やるべきことをやらないと。


 これが試練だというなら……乗り越えてやるさ。僕ができる限りの全力でな。


 カフェ・クリエイティブに戻ると、ヘンリックが僕の顔を見て異変に気づく。


「どうしたんだ? そんな深刻な顔して。まさか予選落ちしたのか?」

「違う……予選は無事に通過した」

「やったじゃねえか。流石はアズサだ。俺は絶対決勝に行くって思ってたぞ」

「それはありがたいけど、もう1つ報告がある」

「何だ? 彼女でもできたか?」

「……ファビオが倒れた」

「! 何だって!?」


 さっきまでハイテンションだったヘンリックとラースの顔が急に固まった。


「嘘だろ?」

「嘘じゃない。今コペンハーゲンの病院にいる。心臓が弱っていたのに、僕がファビオの豆をアピールするって聞いて、無理して駆けつけたために起きた悲劇だった」

「……容体はどうなんだ?」

「分からない。僕、優勝トロフィーをファビオに見せてやりたいんだ。そしたらファビオも元気出るかなって思ったから」

「……アズサ、早速訓練開始だ」

「えっ? まだ営業時間中じゃないの?」

「いいんだ。今はアズサを優勝させることが最優先事項だ」


 ヘンリックたちは僕のために、いつもより早く店を閉めてくれた。僕は最後のマルチタスクの練習をするのだった。今度はプレゼンで話す予定の台詞を言いながらコーヒーを淹れる。どこかぎこちないところもあったが、次第に安定した動きを見せるようになっていく。


「今のところは結構うまくできてたんじゃないか?」

「そうだな。最初にエスプレッソを淹れるところで言いたいことをきっちり言えるようになったから、以前よりも短縮できると思う」


 ヘンリックとラースからアドバイスをもらいながら調整を重ねていく。


 うまくいくまで何度もやった。成功する方法は成功するまでやり続けることだ。大半の人はあともう少しのところで諦めてしまう。だが僕は違った。


 あともう少しだと分かっていた。ならもう少し頑張り続ければいい。それが分かっているだけでも心強かった。練習を繰り返すほどにぎこちない動きが改善され、話しながらコーヒーを淹れるだけであれば苦痛ではなくなった。シグネチャーの材料を投入する時も説明をしながら投入する練習をした。実際に食材を取り扱うのではなく、取り扱いをするふりだ。これだけでも十分に効果はあったと思う。


「お兄ちゃん、先にお風呂に入るね」

「ああ、先に入ってくれ」

「まだ続けるの?」

「今やらなかったら、明日絶対後悔する」

「そう……」


 璃子はそう呟くと、風呂場へと向かっていく。きっと璃子なりに心配してくれているのだ。僕は璃子よりも体力がない。だが好きなことならいつまでも頑張れる気がした。


 錯覚と言われればそれまでだが、実際、僕じゃなくても好きなことに取り組む時の体力は想像以上だったはずだ。僕にはもうコーヒーしかないんだ。そういう気持ちでなきゃ絶対に勝てない。他のバリスタたちもそういう気持ちで競技に取り組んでいるだろうから。僕は苦手なマルチタスクの克服に取り組んだ。ここを乗り越えれば必ず長所として活きてくるはずだ。そう信じて疑わなかった。負けられない戦いがそこにはある。明日以降はもう練習なんて全然しないし、今の内にできることは全部やる。それが僕に課せられた使命だ。明日後悔せずに済むのは、今を全力で生き抜いた人だけだ。


 今までは1つのことに過集中していたが、いつの間にかその範囲を広げることができていた。


 集中の範囲を広げようとしたことで、話す作業をコーヒーを淹れる作業の1つとして脳が認識し始めたのだ。2つ以上の作業を1つの作業として捉えられるようになっていったのはいいが、この過集中の仕方は思った以上に体力を消耗する。練習は深夜まで続く。ひたすらヘンリックやラースと会話をしながら、コーヒーを淹れる作業を続けていた。もうどれくらいコーヒーを淹れたのか分からない。


 ラースが帰ったところで、ようやく練習が終わった。


「ふぅ、やっとできた」

「アズサ、今の感覚を忘れるな。作業中に話せるタイミングを探して、ひたすら話すんだ。その瞬間を見逃すな。ジャッジが水を飲んだら注ぎ足している時に話せるからむしろ好都合だ。最後に作業ステーションの掃除を済ませるために10秒以上残しておくんだ」

「ああ、分かった」

「今日はもう遅い。早く寝た方がいいぞ。明日……いや、今日は決勝だからな」


 ヘンリックが時計を見ながら明日を今日と言い直す。


「……ああ。最後の戦いだ」


 寝ろと言わんばかりに欠伸が出てきた。体が必死になって眠気を訴えてくる。今ここで寝ないと確実に遅刻だ。ここの時間の流れにはもう慣れていた。体の判断に従い風呂に入り、パジャマに着替えた。璃子は僕が寝る予定のベッドの横で、待ちくたびれたと言わんばかりに眠ってしまっていた。


 ついさっきまで生意気な口を利いていたとは思えないほど可愛い寝顔だ。


 僕は璃子を抱きながらぐっすり眠るのであった。

大会では出番なしなので訓練回ですが、

人生で初めての苦手克服です。

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