62杯目「廃業寸前のカフェ」
僕と柚子が家に着くと、柚子はうちの店の外観に驚いた。
ここは柚子が以前来ようとしていた店と全く同じだった。
当然、既に帰っていた璃子は開いた口が塞がらない。親戚の1人にバレたことを確信した璃子は申し訳なさそうな表情へと変わっていく。
「なるほどねー、ここがあず君の新しい住み家ってわけ」
「お兄ちゃん、何で柚子が一緒にいるの?」
「バレたから」
「事情はあず君から全部聞いた。大丈夫、バラしたりしないから」
「バレたのが柚子で良かった」
璃子は一瞬だけ安心した顔になると、今度はジト目になり、こっちを見ながら柚子に感謝しろよと伝えんばかりに言った。璃子もこの件に関してはある意味共犯だ。
「璃子、2階で夕食の準備をしていてくれ」
「うん、分かった」
璃子はすぐに2階へと向かった――。
「外国人観光客限定なのは、身内以外の日本人が怖いからでしょ?」
「そうだけど」
「私がここに来るのを阻止する時、自分のことだから具体的に言えたわけだ」
「バレたら終わりだと思ったから……」
「売り上げの方はどうなの?」
「ピンチだな」
「シンプルで分かりやすい表現だね」
「璃子には内緒だぞ」
葉月珈琲のことだけでなく、何度も世界大会に行っていること、コーヒー農園と契約したこと、6月に行われるWBCに向けて準備中であることを伝えた。
柚子は優勝トロフィーを見ながら顔が固まっている。
やっと状況を理解すると、今度は笑みを浮かべた。
「ふふっ、あず君ってやっぱりあず君してたんだ」
「騙したことは謝る。でも僕は進学も就職もしたくなかった」
「あず君は学校に収まりきるような器じゃないもんね」
「えっ!?」
「――私はむしろ、これで良かったと思ってる。だって……学生だった時のあず君は、どこか苦しそうだったから。でも、大輔と優太は絶対怒るかもね」
「その時はその時だ。何とかする」
突然、僕の胃袋が空腹を訴えてくる。
「「!」」
「私も一緒に夕食を食べてもいいかな?」
「いいけど、家には連絡したのか?」
「私はもう大人だよ。今年で20歳になるんだから」
柚子はカッコつけたように言うと、靴を脱いでズカズカと2階まで上がった。
おじいちゃんの家で昼飯食ってから、ずっと何も食ってなかった。他の人には人が変わったように気を使えるのに、僕と話す時だけ扱いがぞんざいになる。
2階に上がると、僕、璃子、柚子の3人で夕食を作った。
「あず君調理のスピード早いねー。機械でやってるみたい」
「そう見えるか?」
「エスプレッソマシンを使ってる時の動きの一貫性が活きてるね」
「ふーん、確か1階にあったよね」
「あれはおじいちゃんから貰ったやつだ。あれで毎日客にコーヒーを提供してる」
「ふーん、JBCで優勝したんだね。おめでとう」
「……ありがとう」
JBCでの出来事を話す。
穂岐山珈琲から誘われていることも話した。
僕らが作ったのは鱈子のパスタだった。これをフォークに巻いて口に頬張る。
あぁ~、鱈子の甘味と辛みが同時に襲ってくる~。日本生まれの洋食ってやっぱうめえな。流石は和洋食の神髄、これだけはやめらんねぇ~。
「あず君は穂岐山珈琲に行くつもりはないの?」
「あくまでも最終手段だ。僕は最後まで葉月珈琲を見捨てるつもりはない」
「あず君が就職してるところとか想像できないんだけど」
「僕だって想像したくねえよ。スーツとかダサいから着たくないし」
「WBCって6月だっけ?」
「そうだ。それまでにプレゼンを組み立てないと」
「応援してるね」
「任せろ」
事情を一通り話し終えると、今度は璃子の話題になる。璃子は道連れ不登校の件でずっとうちの店を手伝っていたことや、ショコラティエになるためにヤナセスイーツに修行しに行った理由も話す。
「道連れ不登校になった時、最初はお兄ちゃんのせいだって思ってたけど、今は感謝してる。あのままずっと学校に行き続けていたら、自分が何者かも分からないまま、翻車魚みたいにモラトリアムを延長していたような気がするから」
「禍を転じて福と為すってやつかな。物事には良い側面と悪い側面があるし、良い側面が見られるようになったって意味で言えば、璃子も成長したと思うよ」
「お兄ちゃんを見てるとさ、何も考えずに生きてる人が段々馬鹿に見えてくるの」
「あー、それ分かる。夢がない人ばっかりだと、別にいいやと思って考えることをやめてしまうけど、誰か1人でも夢を持ってると、自分が情けなくなっちゃうよねー」
「柚子はもう夢とか決まったの?」
「私は婚活イベント会社に入って、岐阜市のために貢献しようと思ってるの」
地元愛の強い柚子は少子化対策をメインに活動したいらしい。
果たして、それだけで解決になるのかは疑問だが、やりたいことがあるのは結構なことだ。
「あず君も璃子も結婚したくなったら私に言ってね」
「やだよ結婚なんて」
「どうして?」
「元々は長男に必ず相手を用意するようにしたのが一夫一婦制の始まりだぞ。昔は子供がいなくて家を維持できないと路頭に迷う社会だったから、それで良かったかもしれないけど、今は無理に結婚する必要もない。結婚すれば、自分の思い通りに生き辛くなる。だから絶対しない」
「好きな人はいないの?」
「いない」
璃子の面倒を見るだけで精一杯だってのに、もう1人増えたら出費がえらいことになる。
三低男子である僕と誰かが一緒になったところで、相手を幸せにできる自信がない。そんな状態で誰かとつき合うことには些か抵抗があるのだ。
「璃子は店を手伝いながら、ヤナセスイーツに修行しに行ってるんだよね?」
「うん。日曜以外は店が終わった後に行って、日曜は朝から晩まで行ってる。ヤナセスイーツも年末年始以外は年中無休だから」
「普段は何やってるの?」
「店を手伝ってるよ。厨房で優子さんと一緒に作るの」
「おじさんとおばさんはどうしてるの? この頃見かけないけど」
「それは私も分からないかなー」
この頃ヤナセスイーツのおじさんもおばさんも見ない。
璃子がちゃんと修行しているのかも気になっていた。このままじゃ調整に支障が出そうだし、今度様子を見に行くか。僕は璃子が心配になったこともあり、次の日曜日、様子を見に行くことに。
ショコラティエになると言っていたが、パティシエ出身の連中に任せても大丈夫なのだろうか。それだけが心配だった。葉月商店街まで赴くと、ヤナセスイーツの古びた看板を見た。外からしばらく窓越しに中をジッと眺める。まるで不審者だ。ケーキが入っているショーケースと、ショーケースの向こう側にいる璃子と優子が見える。おじさんとおばさんがいないのは本当のようだ。
しばらく見ていると、優子と目が合った。
「あっ、あず君!」
「お兄ちゃん!?」
扉越しに優子の声が聞こえ、優子が駆け寄ってくる。璃子は僕を認識しながらも作業を続けている。何で来たんだろうと言わんばかりの顔をしながら。
「――そんな所で何してるの?」
「璃子の様子を見に来た」
「璃子ならちゃんとお手伝いしてくれてるよ」
「ショコラティエ修行は?」
「今はお菓子作りの基礎を1から学んでいるところなの」
「チョコレートが全然ないけど」
「あず君は何か勘違いしてないかなー?」
「勘違いって何?」
「例えばどんなスポーツをやろうにも、必ず基礎となる体力や知識が必要でしょ? スイーツの世界も同じなの。ショコラティエになりたいからと言って、チョコばっかり作っていればいいってもんじゃないの。チョコだけじゃなくて、クリームとかキャンディとかアイスとか、そういったメジャーな洋菓子を一通り覚えないと、一流のショコラティエにはなれないの」
優子が言うには、洋菓子を一通り覚えないと、チョコで作品を作る時に様々な食材を活かした作品が作れないらしい。チョコでショーピエスを作る時には飴細工職人としての技能が、チョコでケーキを作る時には洋菓子職人としての技能が、チョコでアイスを作る時には冷菓職人としての技能が必要になるとのこと。
僕にはよく分からないが、スイーツの専門家が言うのだから間違いないだろう。
言ってることも筋が通ってるし、今は様子を見守ることにするか。
「璃子はまだ基礎ができてないってことでいいのかな?」
「そうだねー。でもうちに入ってきた時よりかはずっと上手くなってるよー。作業も技術も知識もスポンジみたいに吸収していくし、物覚えの良さはお兄ちゃんに似たのかなー」
「順調そうで何よりだ。店はピンチみたいだけど」
「そーゆーあず君はどうなの? 最近外国人観光客を全然見ないけど」
「優子の店にも外国人が来てたのか?」
「あず君のお店が流行ってる時は、うちの商店街にも外国人が流れてくるんだけど、あの人たちが全然来ないってことは、あず君のお店は今ピンチってことじゃないのかな?」
「本当に昔から鋭いな。璃子には内緒だぞ」
「分かってるって、心配かけたくないんでしょ」
心配かけたくないのもあるけど、璃子がこんなことを知ったら、多分修行費がかかることを気にして修行をやめてしまうだろう。璃子は優しいが、それが時に仇になることがある。
僕の経済事情なんて気にしなくていいのに。璃子には璃子の人生を歩んでほしい。僕のために自分の夢を諦めないでほしい。璃子には店がピンチであることを伝えるわけにはいかない。
店の自動扉が開き、ヤナセスイーツに入った。店内は僕が小さい頃から変わっていない。入ってすぐに確認ができるショーケース、奥には大きな冷蔵庫や広いオーブン。客席は10人分ほど。持ち帰り用のケーキがメインだが、イートインスペースもある。うちもテイクアウトを採用した方がいいのかな。
「この頃おじさんもおばさんも見ないけど、一体どうしたの?」
「「!」」
璃子と優子が一斉に驚いた顔になる。何かまずいことでも聞いちゃったのかな?
「実はね……お父さんが去年倒れちゃったの」
「倒れた?」
「うん、ずっと前から店が不景気だから、お父さんもお母さんも本業に加えてバイトをするようになったんだけど、あたしもそれで大学に行けなくなって、高卒でお店を継ぐためにパティシエになったの。でも働きづめなのが祟ってバイト中に倒れちゃってね、今は2階で療養中。お母さんは今バイト中」
「大変だったな」
「それで去年からはあたしがここの店長になったってわけ」
「だからうちに来る頻度が下がったのか。優子のことだから何か特別な事情あったのかと思ったけど、予想の斜め上だったな」
「どんな理由だと思ったの?」
「ケーキが美味すぎて、ライバル店の嫉妬を買って潰されかけたとか」
「ふふっ、あははははっ!」
笑いのツボにハマってしまったのか、優子が突然笑い出す。
確か僕が起業したての頃、璃子を雇いたいって言ってたけど、おじさんもおばさんもバイトで不在の日々を送ったことで寂しくなったからと考えれば説明がつく。だが優子の呟きがなかったら、璃子は今も修業ができないままだったかもしれない。不況に助けられるとは皮肉な話だ。
僕を襲おうとしたのも、もしかしたら寂しくなっていたからかもしれないし――。
6月を迎えると、僕は18歳の誕生日を迎えた。優子が記念にスフレチーズケーキを店に持ってきてくれた。この日は秋葉原で通り魔事件が起きた。どこもかしこもこの話題で持ち切りだ。うちにはテレビがなく、慌ててうちに来た親から聞いたのだが、僕の誕生日って厄日多すぎじゃね?
この時、葉月珈琲は深刻な赤字に悩まされていた。
新規の客が来ない上に璃子の修行費が重なり、日本人規制法による制約にリピーターが来にくいことによる売り上げ不振により、店は廃業寸前の状態になっていた。
銀行口座を確認する度に必ずため息が出る。
「はぁ~、今月も赤字かぁ~」
――どうする? このままだと、来月が終わる頃には倒産だぞ。
仕入れを減らしたことで、赤字の方は最小限で済んでいるが、この持久戦略も長くは持たない。再び客を呼び込めるようになるのが先か、倒産するのが先か、時間との勝負は避けられなかった。ここから逆転するには、WBCでファイナルまで進出するしかない。
6月上旬、エスプレッソ、ミルクビバレッジ、シグネチャードリンクを作っていく上でルーティーンの確認作業をしていた。今から開発しても到底間に合いそうにない。最適な温度や分量を探す微調整を繰り返していたのだが、このシグネチャーはホットドリンクよりもコールドドリンクとして出した方が上手いことが分かった。この冷たいドリンクをどうやって出すのかが課題だった。
回答が分からないまま、時間だけが過ぎていく……。
6月中旬、コペンハーゲンへと出発の準備をする。北欧まで行くのは初めてだ。厚着にした方がいいだろうと思い、古着を親から借りた。ファビオには既にJBCで優勝したことを連絡しており、WBCの舞台であるコペンハーゲンにまで行くと言ってくれた。
廃業寸前の店をしばらく閉店すると、璃子と共に日本の空港からコペンハーゲンまで赴いた。
穂岐山社長の援助のお陰で、5月分のゲイシャをどうにか確保することができた。確保したコーヒーの内の半分を保存した状態でコペンハーゲンまで運ぶことに。璃子にはコペンハーゲンのチョコを餌にサポーターとしてついてきてもらった。璃子にとっては初めての海外だし、コーヒーやチョコレートの本場であるヨーロッパは、ショコラティエを目指す璃子には良い刺激になるだろうと思った。
飛行機では璃子と隣同士の席になり、話しながら目的地へと向かう。
「コーヒーのために店をほったらかしにして世界に飛び立つことになるなんて思いもしなかったよ」
「優子にはしばらく休むって言ったんだよな?」
「うん、お兄ちゃんを応援してあげてほしいって言ってた。優子さんも店から応援してるよ」
「僕は本当に良い仲間を持った」
「お兄ちゃんがそれを言うと違和感あるんだけど」
「何でだよっ!?」
「お兄ちゃんって、1人が好きみたいなところあるじゃん。世界を相手に戦ってた時も、お兄ちゃんはずっと1人で戦ってたでしょ?」
「……1人じゃねえよ」
「えっ!?」
「1人じゃなかった。僕の優勝の陰には、いつも誰かの恩恵があった。僕が安心して決勝を戦えるコンディションを整えてくれたり、新しいラテアートを練習するように示唆してくれたり……な」
僕が言うと、璃子はホッとしたように口角を上げた。
「お兄ちゃんも人のありがたみが分かってきたんだね」
「そんなの昔から知ってる。利用できる内は利用させてもらうってだけだ」
「さっきまでの雰囲気が台無し」
「ふふっ、璃子も大人になれば分かる」
「お兄ちゃんよりは大人だから」
「ふふっ、そうだな」
横から窓の外を眺めている璃子を見ると、服越しに大きく形の良いマシュマロが2つも並んでいるのが見えた。いつの間にか以前より大きくなっている。145センチの身長に見合わない豊満な膨らみ、つやつやした黒髪のポニーテール、璃子は身長と胸がコンプレックスになっていたが、他人からは物凄く魅力的に見えているのが見て取れる。恥ずかしそうにしているのも可愛い。
大会3日前、昼頃にコペンハーゲンに着いた僕らは荷物を取りに行った。
街並みは凄く綺麗だった。ここで今年のワールドバリスタチャンピオンが決まる。世界一のバリスタを決める舞台としては申し分ない。ゲイシャが無事に届いてホッとした。味の確認もしないと。コペンハーゲンにある地元のカフェ、カフェ・クリエイティブでファビオたちと待ち合わせをする。どうやら農園のメンバーを代表して来てくれたらしい。
店はそれなりに繁盛していた。きっと人気店だ。店内は壁も床も白を基調とした色で小物が所々に置かれており、どこか家庭的な雰囲気だった。植物の葉っぱが特徴の植木鉢もいくつかあった。
「いらっしゃい」
デンマーク語で声をかけられるが、デンマーク語は全く分からない。
「お勧めのセットが欲しい」
外国慣れしていた僕は、怯むことなく英語で返した。
「そうだなー。このライ麦パンとチーズとコーヒーのセットでどうだい?」
「じゃあそれを2つ頼む」
「分かった。ちょっと待っててね」
普通に英語話せるんかい!
まっ、デンマークは英語が普及してるし、言語で苦労することはない。去年からフランス系の客が多かったこともあってフランス語を勉強していたが、段々と使う機会が減ってきた。イタリア語と同様、日常会話程度しか話せない。換えたばかりのユーロで支払いを済ませ、璃子と空いている席に着く。
「本当にここで待ち合わせしてるの?」
「心配すんな。ファビオたちは先にコペンハーゲンに来ているみたいだし、今ここに来たことを伝えたからもうすぐ来ると思う」
「どんな人たちなの?」
「陽気で破天荒でユーモアがあって、最初は不作だった農園を立派に育て上げた。過去の失敗をずっと引き摺ってるのが原動力みたいだけど」
「最後だけお兄ちゃんにそっくりだね」
見覚えのある顔が3人同時にやってくる。
ドロドロの靴と農作業服を着ていたとは思えないほどオシャレな格好だった。
「よお、アズサ」
「ファビオ、久しぶり。フリオもカルメンも久しぶりだねー」
ファビオの一家と握手を交わす。璃子は少し戸惑っていたが、すぐに意気投合する。
全員がメニューを注文し終えると、しばらくは雑談が続いた。
「家族総出なんだな」
「当たり前だろ。俺たちのコーヒーが初めて世界の舞台で使われるんだからな」
「そうだな。あんたが売ってくれたゲイシャは無事に届いてた。国内予選でもジャッジが驚いてたぞ」
「だろうな。うちの自慢の豆だ。あんたが結果を残してくれれば、みんなうちの豆に注目してくれるかもしれねえんだろ? あんたのプレゼンにうちの豆の将来がかかってる。任せたぞ」
「ああ、任された」
ファビオに背中を押されるが、いくつか不安があった。
彼に課題となっているシグネチャードリンクのことを話した。
「それであんたの豆はホットよりもコールドで出した方が美味いことが分かったんだけど、僅か15分の間に冷えた状態で出す方法が分からなくて」
「冷えた状態ねぇー、俺も分かんねえ。けどアズサならきっと良い方法を思いつけるはずだ。頑張れ」
まあそうなるよなー。プレゼン15分の間に冷えたシグネチャーを提供する方法なんてあんのか?
シグネチャーはJBCの時はホットで出していた。ホットならエスプレッソの温度で何とかなるのだが、コールドは工夫を凝らさないと無理だ。
プレゼンの前から抽出したコーヒーは提供自体が認められないし……どうすればいいんだ?
「じゃあコーヒーカップを予め氷水で冷やしとくのはどうだ?」
「それだとホットの状態で淹れた時にぬるくなってしまう。シグネチャーのベルガモットフレーバーはコールドでこそ真価を発揮する」
「お兄ちゃん、氷を入れて冷たくしたらどう?」
「味が薄くなるし、氷が溶けると雑味まで入ってくる」
「コーヒーって難しいんだね」
「難しいんじゃない、奥が深いんだ。あのじゃじゃ馬を手懐けるには、相応の苦労を強いられる」
ファビオが僕にプレゼンを見せるように言った。
誰かが場所を提供してくれればできることを伝えた。
ファビオはカフェ・クリエイティブのマスターに相談を持ちかけた。マスターはWBCが地元で開催されることを知っており、ゲイシャのコーヒーが飲めるならと、閉店後のエスプレッソマシンの貸し出しを特別に認めてくれたのだ。
何という行動力、前々から思っていたが、只者じゃねえな。
この日から大会までの間、僕は調整を重ねるのであった。
廃業寸前のまま遠征です。
次からはしばらくコペンハーゲンでの話です。