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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第3章 挑戦編
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60杯目「育成部への訪問」

 さっさと家に帰りたかった。けど美羽からゲイシャの件を盾に祝勝会に誘われたらなー。


 ゲイシャが絡んでいると断れない。祝勝会につき合うことになったが、僕らは美羽たちの案内で別の場所へと連れていかれた。もちろんサポーターとして連れていた璃子も同伴だ。唯たちやコーヒーサークルの連中もついてきた。璃子が初めて東京に来た時は驚いていた。


 しばらく歩いていると、1棟の大きなビルに案内される。どうやらこの建物で行われるらしい。穂岐山珈琲本社ビルとのことだが、中に入るとエレベーターでかなり高い階まで昇った。


 エレベーターの扉が開くと、そこには多くのバリスタらしき人たちの他、JBC(ジェイビーシー)のファイナリストたちもいた。どうやら祝勝会という名のバリスタパーティーというのは本当のことらしい。ここで日本のトップバリスタたちが交流を行う。


 美月が僕らに気づき、気さくに声をかけてくる。どうやら先に来ていたらしい。


「あっ、あず君、待ってましたよ。優勝おめでとうございます!」

「お、おう」

「あず君はこの人と知り合いなんですか?」

「一応な」

「初めまして。真白美月です。コーヒーサークルに入ってる大学生です」

「阿栗唯です。彼の応援で岐阜から来ました」

「あぁ~、あず君と同じ県なんですねー」


 美月は僕が出場すると聞いて会場まで来ており、彼女は僕の優勝をまるで自分のことのように喜んでくれていた。まだ世界大会にも出てないのに呑気なもんだ。戦いはまだこれからだというのに。


 WBC(ダブリュービーシー)までは3ヵ月もある。それまでは店のことを考えないと。


 この部屋には様々な料理が揃っていた。


 所謂バイキング形式であり、どれもこれも一度は食べてみたいと思っていた。なかなか外食できなかったし、これは良い機会だ。僕は交流よりも料理に目が向いていた。


 午後6時、穂岐山社長が帰ってきたところで、JBC(ジェイビーシー)祝勝会が始まった――。


 なるほど、美羽がここに僕を連れてきたのはそのためか。


 穂岐山社長は同僚を何人か引き連れている。他のコーヒーサークルの連中が揃ったこともあり、あっという間に大人数のパーティーになってしまった。


 会食恐怖症の僕は端っこの方にいたが、僕の事情を知らない連中が集まってくる。


「ねえねえ、英語で何て言ってたのー?」

「そうそう、日本語じゃないから分からなかったよねー」

「もしかして、外国人とか?」

「でも普通に日本語も話せてたから、それはないよー」


 こいつらインタビュー聞いてなかったのかよ。


 ていうか飯ぐらいのんびり食わせてくれよ。


「あれっ、葉月バリスタがいない」


 群衆が話している隙に、誰もいないテーブルへと移っていた。料理に夢中になっていた僕は、そこに多くの日本人が集まっていることを忘れようとするかのように食べていた。


 しばらくは料理を堪能していたのだが、後ろから1人の男に声をかけられた。


「よっ、JBC(ジェイビーシー)優勝おめでとう」

「! こっ! 来ないでっ!」

「あー、悪い。本当に日本人が怖いんだな」


 声をかけてきたのは僕よりも明らかに一回り年上の青年だった。黒髪のショートヘアーでどこにでもいそうな顔だった。彼は僕の事情を知っているのか、テーブルの反対側まで離れた。


「俺は松野翔吾(まつのしょうご)。穂岐山珈琲でバリスタ社員だ。美羽から聞いた通り、奇想天外なバリスタと聞いたけど、想定以上だな」

「――なんか用?」

「英語で話してた時はあんなに丁寧だったのに、日本語だとぶっきらぼうだな」

「……」

「君のことは同僚から聞いたよ。過去のトラウマで日本人が苦手なんだって?」

「うん……物凄い迫害を受けた」

「学校でいじめを受けたのか?」

「いじめじゃない……あれは……日本式ホロコーストだ」

「……」

「もうあんな目には二度と遭いたくない。だからこんな所にあんまり長居したくなかった。僕はあいつらの傲慢さが物凄く嫌いだから」


 僕は隙間の奥に詰まったゴミを穿られるように、過去の迫害を思い出す。


 思い出したくなかったのにっ!


 茶髪というこの素敵なアイデンティティを理由に黒に戻せと怒鳴られたり、骨を折られたり、ビンタされたり、集団リンチされたりしたのが昨日のように思える――。


 僕の目からは大粒の涙がボロボロ流れていた。全く止まる気配を見せない。


「ああっ! すまん! そんなつもりはなかったんだ!」


 松野が慌てて僕に謝る。僕の異変に気づいた美羽が駆け寄ってくる。


「あず君、大丈夫っ!?」

「うん、大丈夫。別に何でもない」

「何でもないのに泣くわけないでしょ!」

「……」


 僕を心配していた美羽が今度は松野の方向へと向いた。


「松野君、あず君に何したの?」

「いや、泣かすつもりはなかったんだけど、日本人が苦手って聞いたから、学校でいじめを受けたのかって聞いたら、急に泣き出したんだよ」

「あず君はPTSDなんだよ。そんなこと聞いたら泣くに決まってるでしょ!」


 美羽は僕と松野にだけ聞こえるくらいの声で彼を責める。


「悪かったよ。知らなかったんだ」

「今後あず君に過去の話は聞かないこと、いいね?」

「分かったよ。穂岐山はこいつのこと知ってんのか?」

「知ってるも何も、一緒に寝た仲だからねっ!」

「「!?」」


 おいおい、そういう言い方は誤解を招くぞ。


 松野はタジタジになったのか、この場を去っていき、他のバリスタたちと交流を始めた。


「松野君はね、あたしが小さい頃からのつき合いで、穂岐山珈琲のトップバリスタなの」

「あの人もJBC(ジェイビーシー)に出てたの?」

「うん。でも準決勝9位でギリギリ決勝進出できなかったの」

「準決勝も順位出てるの?」

「うん。今日見たらあず君は1位通過だったよ。流石はあず君だねっ!」

「僕は世界に行ければそれでいい。順位は気にしてなかった。それに……」

「それに……何?」

「いや、何でもない」


 これは僕だけの力じゃない。明らかにゲイシャの力だ。


 言おうとしていたが……言えなかった。


 自分の力のなさを認めることになる。弱さを認めるのが怖かった。


 穂岐山社長が笑顔でやってくる。


「優勝おめでとう。やっぱり君が優勝したんだね」

「やっぱりって、どういうこと?」

「俺は審査員じゃないけど、会員たちの間であず君の決勝進出は間違いないだろうと言われてたんだ。つまり君は優勝候補だったというわけだ」

「そりゃどうも」

「ゲイシャの件、美羽から聞いたよ。料金を払えないと、WBC(ダブリュービーシー)に支障が出るんだってね。費用はうちが負担するよ」

「その件だけど……後で必ず返すから」

「返す必要はない。どうしても返したいというなら、一度うちの会社を見ていってくれないか?」


 まあ、その手でくるのは当然か。穂岐山珈琲育成部を見学しに行くってことかな?


「別にいいけど、いつなの?」

「明日1日だけでいい。そうしてくれれば、これでチャラだ」

「そっちがそれでいいなら構わないけど、まともなコミュニケーションはできないと思うよ」

「見てくれるだけでいいよ。じゃあゲイシャの費用分、君の口座に送っておくよ」

「……ありがとう」

「今日もうちに泊まっていってくれ。じゃあ俺はこれで」


 穂岐山社長が言うと、すぐに別の人と話し始めた。


 大手コーヒー会社の社長ともなれば、色んな人と交流しないといけないし、大変だろうな。うちは法人化する余裕すらない。あんな立場にはなれそうにない。


 机がいくつかあって立ち食いする形式だ。自由に机を移動できるのは嬉しいけど、僕が人のいない机に移動する度に人が集まってくる。ふと、横を見ると、璃子が色んな人から質問されている。


 璃子は僕の代わりにみんなからの質問に答えていた。僕が15歳で起業したことを知ると、みんな驚いていた。日本じゃそんな人珍しいからな。


 東京の人もほぼ例外なく安定思考だった。


 ――これだけ人数がいる中で個人事業主は僕だけだ。就職した時点で他人に指示されるわ、一緒に働く相手を選べないわ、働く時間や日程を選べないわで、うんざりしないのかな?


 コーヒーサークルの連中は、穂岐山社長や同僚に就職の相談をしていた。


 美咲たちも同じことを考えてるのかな?


 それにしても――本当によく話しかけられるな。


 パーティーは独り飯の天敵だ。グルメタイムに戻ろうとしたが、周囲にいる日本人に話しかけられ続けたこともあり、ゆっくり味わう余裕なんてなかった。何かを同時に行うのが苦手だった。それだけに競技会でのプレゼンは本当に難しく感じた。覚えるのは楽勝だが、作業をしながら話すのが難しい。


 これがコンスタントにできるようになれば、もっと言いたいことを言えるのだが、マルチタスクができないせいで言いたいことを伝えきれない。農園やコーヒー紹介の他にも、コーヒー業界の地位を上げることも話したいのだが、これを最後に添えるのが精一杯だ。


 優勝したとはいえ、あのプレゼンはまだ未完成なのだ。


 料理が底を尽きてしばらくしたところで、祝勝会はお開きになった――。


 僕らはビルの外へ出ると、コーヒーサークルの連中と別れ、僕、璃子、美羽、唯、ジェフの5人だけとなった。ジェフは唯に懇願され、東京まで付き添いで来たらしい。


「やっと終わった」

「あず君、大丈夫ですか?」

「何とかな。唯はもう帰るのか?」

「そうですね。ホテルの予約とか全然してないので。あず君はどうするんですか?」

「明日から穂岐山珈琲育成部まで行く」

「! あのっ、美羽さん。私も真剣にバリスタを目指してるんですけど、私も一緒に見学させてもらっても大丈夫でしょうか?」

「別にいいけど、泊まる所ある?」

「お父さん、私もう少し東京に居たい。お願いっ!」


 唯が必死な顔でジェフに頭を下げた。


 東京のホテルは高いため、一般人が泊まると出費が嵩む。この宿泊費の痛さは僕がもう証明済みなんだよなー。ていうか何で唯も一緒に行きたいんだ?


「そうは言ってもなー。うーん、困ったなー」


 ジェフが困った顔をするが、唯が引く様子はない。


「あたしと璃子と同じ部屋になっちゃうけど、それでもいいなら泊まる?」


 美羽が唯に助け船を出す。また人数が増えたな。


「唯ちゃんの面倒はあたしが見ます。帰りはあず君と璃子ちゃんと一緒に帰らせますので、ここはあたしに任せてくれませんか?」

「……分かった。じゃあ明日の晩には帰ってこいよ」

「うんっ! 分かった」


 ジェフは唯を僕らに預けると、東京駅の方向へ消えていった。


 唯がいつも以上の笑顔を見せながら僕に抱きついた。


 この柔らかい感触……思いっきり当たってるんだけどっ! いつの間に大きくなったんだ?


 唯に抱き着かれたまま美羽の家に向かう。


「あの、私は普段お兄ちゃんと一緒に寝てるので、私はお兄ちゃんと一緒の部屋で構いませんよ」

「分かった。じゃあ唯ちゃんはあたしと一緒だね」


 美羽がどこか意味深な笑顔で唯に笑顔で呼びかける。


「そ、そうですね……」


 唯は何かを察したのか、あからさまにドン引きする。


「大丈夫だってー、何もしないから」

「当たり前ですよ」

「育成部って、何をする部署なの?」

「それは行ってみてのお楽しみ」


 美羽の家に着くと、みんな疲れていたのか、すぐに風呂に入って眠りに就いた。一応美羽を通して穂岐山社長に国内向けには宣伝しないように伝えた。


 こうして、育成部の見学と引き替えに、僕は5月分のゲイシャを確保できたのであった。


 翌日、僕らは午前中に身支度を済ませると、すぐに美羽の案内で育成部がある施設へと向かう。


 美羽が用意したタクシーで僕らはその施設へと向かうが、途中で何度か渋滞に巻き込まれる。岐阜にいた時はこんなことはなかった。渋滞がないというのは、人通りが少ないことの裏返しなのだ。嬉しいことではあるが、手放しで喜べることでもない。そんなことを考え、車の後部座席の真ん中に乗った。助手席には美羽、僕の右には璃子、左には唯が座っている。


 しばらくすると、美羽が見知っていると思われる建物に反応する。


「あっ! ここで停めてください!」

「はい、ここですねー」

「ここが育成部の施設か」

「大きいでしょ?」

「凄く……大きいです」


 僕が真っ先に外に出ると、美羽が運転手に料金を支払って最後にタクシーから出た。


 育成部の部署は大規模なカフェだった。実際にここでバリスタ競技者としての訓練を積み重ねているとのこと。中に入ると、世界中から集まったコーヒー豆があった。ゲイシャ種はまだなかったが、契約農園から買いつけたものも多くあった。その全てがスペシャルティコーヒーであり、うちの店とは比べ物にならないほど本格的だ。カフェには大勢の客がいて、また違う部分で格の違いを思い知らされる。


 この人数を捌くには、少なくとも5人程度のバリスタが必要なはずだ。ここを担当しているバリスタの様子を見ていた。選ばれし者たちなだけあって仕事が早い。


「凄いですね。いっぱいコーヒーが揃ってますよ」

「穂岐山珈琲は色んなコーヒー農園と契約していて、世界中からコーヒーを仕入れられるの」

「お兄ちゃん、こんなに凄いカフェにいる人たちに勝ったんだね」

「ああ、ファビオのお陰だ」


 僕らは美羽の案内でカフェの奥へと向かう。


 JBC(ジェイビーシー)を想定したプレゼンの訓練が行われており、1つ1つの動きが全部厳しくチェックされていた。その様子はさながらトップアスリートの訓練所のようだった。


 こいつらは毎日ここで厳しい訓練を受けているのかっ!?


 JBC(ジェイビーシー)予選で見た顔もいた。


 穂岐山社長も審査員役として参加している。朝早くからここに来ていたんだろう。


 模擬的な競技が終わり、穂岐山社長が僕らに気づく。


「おっ、来てくれたんだね!」

「これで借りは返したからな」

「ああ、もちろんだよ。君が見学に来てくれただけで十分嬉しいよ。俺は社長であると同時に、この部署の部長も兼任で務めてるんだ。そこの子は?」

「阿栗唯です。普段はあず君のお店の常連やってます」

「あー、そうだったのか。俺は穂岐山健三郎。よろしく」

「はいっ、よろしくお願いします!」


 穂岐山社長は僕らにカフェの奥の訓練所を隅々まで案内してくれた。


 JBC(ジェイビーシー)と同じ方法で審査をする模擬的な競技の訓練は、実際の競技とは異なり、終わった後でどこが不足していたのかを審査員役の人が細かく教えてくれる。


 僕がこんな訓練をしたら、3日でノイローゼになりそうだ。


 動きの一貫性や作業ステーションの衛生管理などを少しでも怠ると厳しく叱られ、速やかな改善を求められるのだが、それができなければ実際の競技にすら出られないらしい。


「ここには50人のバリスタがいてねー。バリスタの大会でうちの主力となる『1軍』のメンバーが揃っていて、みんな一流のバリスタだ。他にもいくつか同様の施設があって、100人を超える『2軍』のバリスタたちがいるんだ。だから育成部の社員は全国に総勢200人以上といったところだ」


 ――えっ!? 1軍とか2軍とかあんの? 野球かな?


 つまりここは、野球で言うところの1軍ロースター枠ってわけだ。ロースターだけに。


「本格的ですねー」

「もちろんさ。彼らは本気で世界一のバリスタを目指している。JBC(ジェイビーシー)が終わった瞬間からもう次のJBC(ジェイビーシー)や他のバリスタ競技会に参加するために必死なんだ。俺はバリスタを志してうちに入ってきた新卒候補たちに必ずこの施設を紹介するんだけど、残念なことに、大半は恐れ慄いて、内定を辞退するんだ」

「じゃあ、ここにいる人たちは、覚悟も実力もある精鋭揃いなんですね」

「バリスタ競技会には1社から5人しか出られない。だからJBC(ジェイビーシー)などが行われる前に、出場枠5人を決めるための選考会を行うんだ」


 なるほどねぇ~。200人以上のバリスタの中から1軍になれるのはたったの50人、その中から大会に出場できるのはたったの5人なのか。彼らは国内予選の前に、もう1つ大きな壁を乗り越えなければならないわけだ。僕らは次の部屋へと案内される。この部屋では何人ものバリスタが何度もテイスティングをしていた。机には大量のコーヒーカップが積み上げられていた。


 これ全部テイスティングしたやつか?


 そこでも味覚を厳しくチェックされ、フレーバーやアフターテイストなどを少しでも間違えると厳しく叱られてやり直しになり、ここもクリアしなければ大会に出られない。


「葉月、お前も来てたのか?」

「やっぱりここにいたんだ」

「もう知り合いになってたのか。彼はうちのエースの松野翔吾君。うちの選考会をトップで通過して、大会にも毎年出場している常連なんだ」

「穂岐山珈琲の人は、昨日の決勝には何人残ったんですか?」


 唯が素朴な疑問を装ってファイナリストの数を聞く。


 確か昨日はここにいた人たちはいなかった気がするが。


「残念ながら、今回は1人もいなかったよ。5人とも準決勝までは来れたけど、うちの会社以外にも才能溢れるバリスタは数多くいるからね。これだけやっても厳しいんだよ」

「申し訳ありません。次は決勝までいきます」

「ああ、頼むよ。そうだあず君、良かったらテイスティングテストをしていくかい?」

「テイスティングテスト?」

「ああ、試しにこのコーヒーのアロマとフレーバーとアフターテイストを当ててくれ」

「しょうがねえなー」


 はぁ~、この日本人塗れの巣窟から早く帰りたい。


 諦め顔のまま提供役のバリスタに用意された1杯のコーヒーを口に含む。他のバリスタも興味津々に僕を見つめている。そんなに注目されても困るんだが。


 ――なるほど、そういうことか。


「どう?」

「アロマはナッツ、フレーバーはヘーゼルナッツ、アフターはキャラメル。多分だけど、エクアドル産のコーヒーをネルドリップで淹れたものじゃないかな」

「「「!」」」

「合ってるか?」

「はい。全部合ってます。エクアドル産のコーヒーをネルドリップで淹れました」

「コーヒーのアロマとフレーバーとアフターを当てるだけでも大変なのに、国名や使った器具まで分かるなんて、君は本当に凄いねー」

「飲んだことのあるコーヒーだからな」

「えっ!? じゃあ今まで飲んだコーヒーの味全部覚えてるの?」

「当然だろ。ナッツ系の香り、甘み、綺麗な酸がある。口当たりは優しく、すっきりしていてとても飲みやすい。このコーヒーも、エスプレッソマシン、ペーパードリップ、サイフォン、フレンチプレス、ネルドリップの5種類で試してる。その中でもこれはネルドリップで淹れた時の風味に近かった。これは柔らかみが特徴だから、砂糖よりも蜂蜜やメープルシロップとの相性が良いけど、加えた場合は柔らかみが強まって酸味が弱くなる」


 淡々と述べると、僕以外の全員がぽかーんと口を開けて驚いたまま黙っている。


 流石に農園までは分からないが、小さい頃から色んな品種のコーヒーを様々な淹れ方で飲んできた僕にとって、コーヒーの風味や土壌を言い当てるのは、小1の問題なんかよりずっと簡単なのだ。


 最愛の恋人の味を僕が忘れるわけねえだろ。それにコーヒーがフレーバーを教えてくれるわけだし。


 僕はカップに目を向け、顔を赤く染めながらコーヒー愛を改めて感じるのだった。

育成部は実際のバリスタの訓練を元にしています。

毎日のようにたくさんのテイスティングをしているそうです。

松野翔吾(CV:杉田智和)

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