58杯目「訪れる危機」
2月下旬、正午を迎えると、いつものように店をオープンする。
しかし一向に客が来ない。段々葉月商店街のことを言えなくなってきた。
原因は明らかだった。以前から葉月珈琲の近くに大きなカフェが建っていた。日本人客はもちろんのこと、外国人観光客も吸われていったのだ。
尖った要素もあるらしく、葉月珈琲と競合する格好となった。
しかも道路を挟んだうちの真向かいとは良い度胸だ――。
「お兄ちゃん、あのカフェが建ってから常連以外にお客さん来なくなっちゃったけど、どうすんの?」
「……考えてねえよ。僕にとっても想定外だ」
「ゲイシャは?」
「心配すんな。こんなこともあろうかと貯金しておいた」
「ふーん、じゃあそのゲイシャを商品として売ったらどう?」
「駄目だ。これはあくまで競技用だ。売るとしても1杯3000円くらいになる」
「高っ! もっと安くできないの!?」
「妥協はしない。正当な価格で売る」
また嘘を吐いてしまった。
――このままうちの店が繁盛しなければ、5月分どころか1月分のゲイシャの料金すら払えない。
どうしよう。どうにか切り抜ける方法はないものか。
落ち込んだ様子の唯が現れる。
「あのカフェには行かないのか?」
「一応偵察に行こうとしたんですけど、他のお客さんがいっぱいで入れないんです」
「オープンしたばっかりだからな。しばらくは続くんじゃねえか」
「そんな呑気なこと言ってる場合なんですか?」
「――何とかなる」
いや、こればかりは自分の力ではどうにもならない。
このままじゃ、WBCが始まるまでに倒産してしまう。
シグネチャーの開発を急いだ。準決勝と決勝は3月に行われるため、日程を分けて一気に全部やるらしい。ここではシグネチャーが必須になるため、入念に準備をする必要がある。
何度作っても極力同じ味になるよう調整し、唯にも試飲をしてもらった。
「どう?」
「甘くて美味しいです」
「他は?」
「えっ!?」
「お兄ちゃんは雑味とかの良くない味があるかを聞いてるの」
「雑味ですか? 特に気になるところはありませんけど」
「――駄目だぁー」
「すみません」
「今のは唯ちゃんに向かって言ったんじゃなくて、シグネチャーに対して言ってるから気にしないで」
「よく分かりますね」
唯は璃子のフォローに驚いていた。
璃子は僕が何も言わずとも意図が理解できていた。唯にはまるで超能力のように見えているだろう。僕にもそう見えることがあるくらいだし、これが相性補完というものだ。
「ずっと一緒に住んでるからね」
「私もあず君のコーヒーを理解できればいいんですけど、なかなかそこまでいかないんですよねー」
「フレーバーはある程度の熟練者じゃないと分からない部分も多いから仕方ねえよ」
「あぁー、どうしよー。全然決定打のあるドリンクが作れないー!」
「あず君はどんな食材を入れたんですか?」
「このパナマゲイシャに合いそうだと思って、バレンシアオレンジを絞って砂糖漬けにしたものとハニーシロップを使ってみた」
「――あー、だから凄く甘かったんですねー。私は好きなんですけど、甘さ控えめな人にはキツイかなって思ったんですよ」
「甘味が強い……そうか、分かったぞっ!」
「ええっ!? 何か分かったんですか?」
「もしかしたら、甘味が強すぎて、ゲイシャが持つ酸味を阻害している可能性がある。ならやることは簡単だ。ちょっとキッチンに引き籠ってくる」
営業時間であることを気にも留めず、シグネチャーの開発に没頭する。
客は全て璃子が対処していた。元からフルーツの甘味を感じるのだから、これを更に引き立たせて酸味を阻害しない工夫を思いついた。弱点であるボディの弱さも気になってたし、できればここを補えることが望ましい。あまり食材の量が多いと味が喧嘩して不味くなってしまう。混ぜる量は必要最小限でいい。予選でシグネチャーを使う必要がなかったお陰で味や分量の調整に時間を割くことができた。
月日は流れ3月を迎えると、僕は準決勝ギリギリまでシグネチャーの開発をする。
「……うん、できた。じゃあ飲んでみるか。璃子も飲んでくれ」
「別にいいけど、もう明後日は大会なんだよ」
僕も璃子もシグネチャードリンクの入ったシャンパングラスを持つ。
恐る恐る香りを嗅ぎながら飲んでみる。
「! 美味しい」
「うん! 美味いっ! これならいける。唯の意見を参考にした甲斐があった」
「お兄ちゃんってずっと唯ちゃんに助けられてばっかりだね」
「いつも的を射た意見をくれるから助かる」
「それはいいんだけどさ……」
「……何?」
「営業時間中に、しかもお客さんが来てる時にすることじゃないよね?」
「てへっ」
璃子がジト目になりながら適切なツッコミを入れるが、僕は誤魔化すしかなかった。この時僕は店の営業を忘れ、すっかりシグネチャーの開発しか頭になく、寝食すらも忘れる勢いだった。
「はぁ~」
「あー、悪い。すっかり忘れてた」
「ただでさえ真向かいにある大手のカフェにお客さんを吸われてるのに、随分余裕だね」
「言っただろ。余裕ならあるから」
余裕なんてない。だがシグネチャーを煮詰めたことで気持ちには余裕が出てきた。僕はやっとの思いで開発したシグネチャーで勝負しようと思った。決戦の日は近い。
JBCの準決勝前日、プレゼンの練習を済ませ、璃子と共に東京に赴いた。大会は午前中から行われるため、前日には目的地にいなければ到底間に合わない。
パナマゲイシャとシグネチャーに必要な食材を携えた。
この時の璃子は精神安定剤のような存在だった。
東京駅に着くが、満員電車に殺されかけた僕は意気消沈していた。
「あず君、璃子ちゃん、久しぶりだね」
「美羽!? 何でここに?」
「何でって、璃子ちゃんに呼ばれたの」
「ええっ!」
「私が呼んだの。どこのホテルも予約でいっぱいだったから、美羽さんに頼んだら、宿泊先を提供するって言ってくれたの」
「――それがどこかちゃんと聞いたのか?」
「いや、聞いてないけど」
宿泊先は間違いなく美羽の家だ。
この前だって僕を泊めようとしたし、もう分かるようになってきた。
「うちの家だったら、タダで泊まれるよ」
「是非お願いします」
「えっ、僕に決定権ないの?」
「この前東京に行った時、宿泊費が重く伸し掛かったとか言ってたよね?」
「……うん」
「決まりだね」
決まってしまったぁー! しかも足元見られてるしー!
でも余裕ないし、ここは厚意に乗っかるしかないか。
歩いて美羽の家へと向かう。自国は夕方を過ぎていた。泊まるだけと思い、昼から出発していた。
「あず君、準決勝進出したんだね。おめでとう」
「その言葉は優勝するまで取っておいてくれ」
「優勝する気なんだ」
「優勝する気もないのに大会に出る奴がいるのか?」
「……そ、それは……いないと思う」
「すみません、こういう人なんです」
「ふふっ、もう慣れたから大丈夫。ほらっ!」
美羽が僕に後ろから抱きついた。
「「!」」
「ねっ、こうやって抱きついても大丈夫だし」
「お兄ちゃん、どういうことなの?」
「僕にもさっぱり分からん。でも美羽なら平気みたいだ」
「ふーん、詳しく聞かせてもらおうかな」
話しながら歩いていると、美羽の家に到着する。
相変わらず広い。マンションに泊まりに来るのも悪くはないが、住むならやはり一軒家かな。出かける度にいちいちエレベーターを使わないといけないのが面倒だ。
僕は空き部屋に、璃子は美羽の部屋に泊まることに。
決勝が終わるまでは泊めてくれるらしい。宿泊費が浮くのは助かる。
穂岐山社長にも聞いてみたいことがあったから丁度良い。
「あず君じゃん。久しぶりだねー。その子は?」
「彼女は葉月璃子ちゃん。あず君の妹なの」
「初めまして」
「あらまー、可愛い。今何年生?」
「中3です」
「えっ、中学生なの?」
「はい、一応」
璃子は美羽の母親との挨拶を済ませてリビングに移動する。小学校を卒業したあたりから身長が変わっておらず、ずっと145センチである。そのため女子小学生と間違われることが多いのだ。
「はぁ~、お兄ちゃん、私ってそんなに子供っぽく見えるかな?」
「うん、見えるけど」
「あず君、そういう時は見えないって言うものだよ」
「これが平常運転です。この社会不適合者に空気という概念はないので」
「ふーん、慣れてるんだ」
夕食を済ませ、順番に風呂に入る。
明日は準決勝だ。夜行性人間の僕としては、せめて昼からの開催にしてもらいたいのだが、大半の人間は昼行性人間らしい。そのため早めに寝て早朝に備えることに。
パジャマに着替えてしばらくすると、穂岐山社長が帰ってくる。
穂岐山社長は璃子に挨拶を済ませると、僕がいる空き部屋へと入ってくる。
「おっ、やっぱり準決勝進出してきたねー」
「知ってたんだ」
「そりゃそうだよ。俺もジャパンスペシャルティコーヒー協会の会員だからね。ところでうちへの入社の件は考えてくれたかな?」
「あくまでも最終手段としか考えてないぞ」
「それでもいい。明日の準決勝も頑張ってね」
「穂岐山社長は何で世界に通用するバリスタを輩出しようとしてるの?」
「あー、それか。きっかけは些細なことなんだけどね」
穂岐山社長はどこか悟ったような顔で、何故自らコーヒー会社を立ち上げ、トップバリスタの輩出に熱を入れているのかを赤裸々に語り始めた。
「――俺が独立したのは、バリスタの育成がしたかったからなんだよね」
「バリスタの育成?」
「ああ。俺と君の親父さんがいたコーヒー会社はバリスタの質が低くてね、部署移動ばかりで好きな仕事ができなかったし、肝心のバリスタはロクに経験もしていない雇われ店長やバイトばかりで、酷く雑な業務をする者までいた。これはバリスタの育成が必要だと思って上司に掛け合ってみたけど、全く聞く耳を持たない。景気が良かったから、俺は勢いそのままに会社を辞めて、東京で会社を立ち上げた」
だから辞めたのか。そりゃ潰れるよ。維持するためだけの組織なんて……。
僕はバリスタ修行、バリスタの仕事を通して、効率の良い仕事、迅速かつ丁寧な業務、客との信頼関係の築き方、職人としての芸術性、独自の人生観が磨かれていった。
バリスタとは人間の生き方そのものであり、バリスタの仕事とは人間教育である。
ずっとそう思ってきた。ただ稼ぐためだけにバリスタの仕事をする人がいるのは、全くもって解せないのだ。好きなことを仕事にできる時代が早く来てほしいものだと心底思った。
「立ち上げた当初は、ただのコーヒー会社だったんだけどね。2003年のバリスタオリンピックに初めて日本代表が出場したのは知ってるかな?」
「一応知ってるけど、その時の日本代表は2人共予選落ちだったよね」
「――実は2人共、うちの元社員でね、バリスタの中でもエースだった」
「!」
知らなかった。バリスタオリンピックの日本代表枠を独占するほどの会社だったんだ。
「そんな彼らが予選落ちばかりか、アジア勢の中でも低い順位で、俺たちは世界から格の違いを思い知らされた。2人共すっかり落ち込んじゃってね、バリスタの仕事まで辞めてしまった。ぬるま湯に浸かっていてはいかんと思った。あの頃の日本はまだバリスタ競技会の創成期だったから、世界一を目指そうっていう日本人バリスタは全然いなかった。そこで世界に通用する日本人バリスタを輩出するべく、うちの会社はその翌年から育成部を創設したんだよ」
育成部ねぇ~。文字通りトップバリスタを目指すために、バリスタを育成することに特化した部という認識でいいのだろうか。本格的な育成に力を入れているのは本当らしい。
「だから君さえ良ければ是非とも我が社の育成部に特別待遇で迎えようと思ってる。考えておいてね」
「穂岐山社長の本気度はよく分かった」
「えっ! じゃあ!」
「でも今は大会に集中させてほしい。話は夏が終わるまで保留ってことで」
「分かった。期待してるよ」
穂岐山社長が言うと、自分の部屋へと戻っていった。
こんなカッコつけたことを言っておいて、負けるわけにはいかないよな。
しばらくして明かりを消そうとすると、誰かがドアを開けて入ってくる。
顔を見せるように入ってきたのは美羽だった。
「なんか用?」
「璃子ちゃんの寝相が思ったより悪くてねー、あたしのベッドが占領されちゃって、寝ようにも寝れなくなっちゃったんだけど、一緒に寝てもいいかな?」
「あまり近づかないでよ」
「それはあず君次第かなー」
「僕次第ってどういうことだよ?」
「璃子ちゃんに聞いたよ。ゲイシャの費用を払いきれないんだってね。あず君がいっぱいもふもふさせてくれたら、あたしの口からお父さんにゲイシャの件、話してあげてもいいんだけどなー。それともあず君が自分の口で言う?」
「……分かったよ」
僕はベッドに横たわって布団をかぶると、後ろから美羽が布団に入ってきて抱き着いてくる。
これじゃまるで抱き枕だ。でもこれで助かるなら安い。まさか美羽と二度も同じ部屋で寝ることになるとは思わなかった。ていうかこれ、穂岐山社長に見つかったらまずいんじゃね?
だがそれ以上に心配なのは、ゲイシャ支払いの件だ。
「ゲイシャの料金ってどれくらいなの?」
「1月分と3月分は国内予選とシグネチャーの開発に使ってて、5月分は優勝したらWBCで使う。優勝できなかったらこれを店で売り出す。ファビオにもそう言ってる」
「あず君って、計画的なのか行き当たりばったりなのか全然分からないなー」
「1月分と3月分は店で売らなかった。ファビオとの約束だから」
「もっと早く言ってほしかったなー。お父さんなら全額負担してくれてたと思うし、もっとあたしたちのことを頼ってくれてもいいのに」
「そんなことをしたら、誘いを断りにくくなるだろ」
「誘い断るつもりなの?」
「今後次第だ。それともし負担してくれるなら、いつか必ず返すって伝えておいてくれ」
「分かった。あず君はどうしようもないくらい律儀だね」
「……」
美羽がそう言うと、僕はだんまりしてしまった。
――どうしようもないくらい律儀……か。
単純に心に借金を背負いたくないってだけなんだけどな。誰かに恩恵を受けたまま、野放しにしておく自分が許せない。後になって貸しがあったから返してくれと言われることは避けたかったし、僕が人間関係が面倒だと思う理由の1つでもある。
ていうか背中にダブルマシュマロが当たってるんだが、これは何とかならないのだろうか。
「あぁー、やっぱあず君と一緒にいると落ち着くー」
「僕は落ち着かないんだけど」
「動画で見るよりずっと可愛い」
「あのさ、美羽が僕の動画を見始めた時って、僕の性別分かってなかったよね?」
「あたし、相手が男子でも女子でもその他でも、関係なく好きになれちゃうの。だからあず君の性別を知らなくったって、あたしには関係ないの」
二刀流どころか三刀流かよ。
でもそれってつまり、性別に囚われることなく、1人の個人として見てるってことだよな?
一般的な捉え方と違うところが、何故だか嬉しく思えた。僕はそんな見られ方を……ずっと昔から心のどこかで期待していたのかもしれない。
「家族は知ってるの?」
「知らないよ。お父さんもお母さんも男とつき合う前提の話ばっかりしてくるから地味に苦痛だった。こんなこと言えるの、あず君だけなんだから。内緒にしててよね」
「別にいいけど、どうしてそれを僕に?」
「あず君だから」
「理由になってない」
「恋愛はね、理屈じゃないの。あず君には分からないかー」
「知ったことか……そんなものは僕の管轄外だ」
美羽がようやく眠ると、僕は美羽を振り解いて眠りに就くのだった――。
翌日、JBC準決勝の日がやってくる。
予選を突破した16人のセミファイナリストがここに揃った。
僕の番になると、15分の間にエスプレッソ、ミルクビバレッジ、シグネチャードリンクの3種類を4杯ずつ、合計12杯をセンサリージャッジに提供しながらプレゼンをしていく。
この時も変わらず、ブリランテ・フトゥロ農園のパナマゲイシャがテーマだ。
他のバリスタはどうなったかと言えば、コーヒーの粉を多くこぼしたり、シグネチャーに手間取ってタイムオーバーしたりして、明らかに誰でも分かる要因で減点される者がちらほらいた。僕はそんなミスは一切せず、プレゼンを淡々とこなしていく。どうにか時間ギリギリにプレゼンが終了し、コーヒーも無事に提供できた。決勝進出者は準決勝が終わった直後に発表された。
16人中8人が決勝進出だ。当然だが、順不同で呼ばれることになる。
「決勝進出者3人目は、葉月梓バリスタです」
名前の発表と共に歓声が沸く。僕は名前を呼ばれ、数日後の決勝に進出した。
決勝は数日後だ。しばらくはプレゼンの練習だけで済む――。
ゲイシャの使用に司会者も驚きを隠せなかった。何故英語でプレゼンをしているのかを聞かれたが、世界を相手に戦う気があるなら、常に世界の舞台にいる気持ちでいるべきだと言った。
もちろん司会者とも目を合わせていない。璃子も美羽もいたとはいえ、やはり競技以上にあいつらと話す方が緊張する。ヘッドジャッジやセンサリージャッジにも聞こえるようにしつつ、外国人の観客に伝える気持ちで競技に臨んでいたのか、競技の時と全然性格が違うことを指摘された。
そりゃ見知らぬ日本人に話しかけられたら怖いっての。日本人恐怖症は以前より抑えられるようになっていたが、それでも恐怖心に押し潰されそうになっていた。
準決勝終了後、美羽がそばに近寄ってくる。
「あず君凄いじゃん。初めてで決勝なんて」
「当然だ。他の人はゲイシャを使ってなかったからな」
「ゲイシャはまだ余ってるの?」
「それがもう……残りが決勝の分と予備の分だけだ」
「じゃあまた仕入れないといけないの?」
「そうだな。実を言うと、店の売り上げが悪くて、もう払いきれない」
「ええっ!? それやばくない?」
「最悪親の貯金に手を出すことになるかも」
美羽にだけゲイシャの料金を払えない事情を明かしていた。本来こういう問題は極力自分で解決するべきだが、美羽に頼りたい気持ちを示唆してしまった。何とも情けない。
「そのゲイシャの料金、あたしが何とかする」
「どうするの?」
「お父さんにあず君が輸入したゲイシャの支払いを負担できるか聞いてみる」
「マジで? ……いいのかな?」
「心配しないで。あず君のためなら何でもするって言ったでしょ」
ゲイシャは最高級コーヒー豆だ。成り立ての個人事業主の仕入れだけでは限界がある。美羽はそのことを知っていた。穂岐山社長に頼み込み、うちのゲイシャの料金を全て負担してくれるらしい。穂岐山社長のことだから快く負担してくれるかもしれないが、負担してもらった分は後でちゃんと返そう。
保存にも手間がかかるため、定期的に仕入れる必要があるのだが、契約農家じゃないと安定した仕入れができないのがネックだ。決勝までの間、美羽の家でプレゼンの練習を繰り返した。
漠然とした不安が僕を襲う。だが背中から再び伝わる柔らかい感触が緩和してくれた。
数日後、JBC決勝の日を迎えるのだった。
登場するシグネチャードリンクは全てフィクションです。
実際のバリスタ競技会での混ぜ合わせ方を元にしております。