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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第3章 挑戦編
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54杯目「光を失ったピアニスト」

 僕らは日本行きの便に乗り、アメリカを経由して日本に戻る。


 道中はまたしても美羽と隣の席。何故美羽に近づかれた場合は平気なのか、理由は全く分からない。1つ確かなのは、以前よりも状態が改善したということだ。


 もしかしたらもう治ってるんじゃないか? だったらJBC(ジェイビーシー)にだって、安心して出られるはずだ。日本に帰ったら一度実験してみるか。


 淡い期待をしながらニヤリと笑みを浮かべた。


「あず君、何ニヤついてるの?」

「美羽に抱かれた時、日本人恐怖症が発動しなかっただろ? もう治ったと思ってな」

「様子を見た方がいいと思うけど」

「大丈夫だって、克服できていれば、安心してJBC(ジェイビーシー)に出場できるんだからさ」


 そう思ったのが間違いだった。


 飛行機が東京に着き、空港へと降り立つが――。


 日本人に会うと急に体が震え出し、どことなく寒気がする。やっぱり駄目か。以前よりはマシになった感じがする。これが単なる思い込みなら、別の克服方法を考えた方がいいのかもしれん。


「じゃあ僕、こっちだから」

「うちに泊まっていったら?」

「断る。いつ君に襲われるか分かったもんじゃないからね。じゃっ」

「気をつけてねー」


 美羽と別れ、岐阜行きの電車に乗った。


 電車の扉が開くと、雪崩れ込むように人がドッと湧いてくる。


 ――うわっ……やっぱ駄目だ。集団の中にいると落ち着かねえ。次の電車を待つか? いや、そんなことをしても帰るのが遅くなるだけだし、また電車の中で目を瞑るのか。


 電車が東京から離れるにつれて人が減っていく。名古屋の時点でまた人が増えるものの、乗り換えて岐阜に着く頃にはすっかり人がいなくなり、僕は端っこの席に座った。


 ふぅ、やっと人がいなくなったか。もう数えるほどしか人がいないのが幸いだ。遠征の行き帰りのたんびに、人知れずこんな思いをしているのだ。満員電車なんて人権意識ゼロの通勤を毎日のように繰り返しているサラリーマンになんて……絶対っ、なりたくないっ!


 美羽は1日中引き籠ってシグネチャーの開発ができる部署もあると言っていたが……。


 やっぱり家が1番落ち着くんだよなー。あぁ……ようやく帰ってこられた。


 今、目の前には住み慣れた家がある。窓越しに璃子の姿も見える。帰ってきたことをようやく認識した僕は、満面の笑みを浮かべながら扉を開けた。


「……お兄ちゃんっ!」


 璃子はいきなり僕に飛びつくや否や、僕の体を全力で抱きしめる。


「! 璃子……どうしたのっ?」

「やっと、やっと帰ってきてくれたぁ~!」

「どうしたんだよ? ちょっ! 痛いっ! 苦しい!」


 僕がパナマ遠征へと出発した日から、今や遅しと待っていたようだ。


「ずっとメールも寄こさないで、どれだけ心配したと思ってるのっ……ううっ……」

「――そうかそうか、心配かけたな。よしよし」


 璃子を宥めながら黒髪のポニテをそっと優しく撫でた。璃子は僕の胸元に顔を埋めたまま手を離そうとしない。余程寂しかったようだ。林間学舎や修学旅行から帰ってきた時も、ずっと僕を抱きしめたまま離さなかった。あの時から全然変わってない。


「パナマで何をやらかしてきたの?」

「何で僕がやらかす前提なんだよ?」

「お兄ちゃんのことだから、確実に何かやらかしたと思って」

「そうだな。もう夕食の時間だから、飯を食いながらでも話そうかな」

「じゃあ今日は私が作るね」


 久しぶりに食べる璃子の手料理に思わず喜びを露わにする。


 璃子の手料理かぁー、久しぶりだなー。いつもは僕が作ってるから楽しみで仕方ない。


 いつもの笑顔が戻り、鼻歌を歌いながら料理をし始める璃子。


 絶え間なくニコニコとした笑顔、動く度にポヨンと跳ねる胸、ファサファサと靡くポニテ。実に良い眺めじゃないか。腰にもくびれがあるし、僕がいない間にまた鍛えたのかな?


 パナマにいた時は結構食べたし、当分は毎朝の筋トレしないとな。


「はい、できたよ。トンカツオムライス」

「うわー、美味そう」


 うん、この脂がぎっしりと詰まったトンカツ、ふわふわの卵が全ての食材を優しく包み込み、究極のシナジーを生み出す。やっぱこれを食うと、家に帰ってきたって感じがするなぁ~。


「……腕を上げたな」

「お兄ちゃんには及ばないけどね」

「これを食べると元気が出てくる。また明日から頑張れそうだ」

「それで? パナマで何してきたの?」

「話すと長いぞ」

「いいよ。全部言うまで寝かせないから」


 璃子はどこか意味深な笑みを浮かべ、土産話を聞く姿勢になる。


 ――怖っ! どこのヤンデレ妹だよ?


 パナマで起きたことをありのまま全部璃子に話す。璃子は僕の一言一言に驚き、食事の手が止まっていたのだ。手が止まるほど話に集中していたんだろう――。


「まさか美羽さんがついてくるなんてねー」

「あの執念にはびっくりだ」

「美羽さんとはつき合ってるの?」

「仮交際のままだ」

「美羽さんのことだから、ずっと待ってると思うよ」

「待っても無駄だってことを知るべきだ」

「あれはきっと拗らせるタイプだから、決着をつけるなら早めにした方がいいよ」

「……」


 続いてコーヒー農園やコーヒー精製工場の話をする――。


 璃子は飯を食べながら聞くようになった。この手の話にはあまり興味がないらしい。契約書を交わしたところまで話した頃には食事の片づけまで終わっていた。


「まっ、そんな感じかな」

「ふーん、そんな気難しい人と契約しちゃったあたり、流石はお兄ちゃんだね」

「まあな……」

「で? どれくらい注文したの?」

「そ……それは」


 急に冷や汗をかいた。できることなら言いたくはないのだ。ましてや全財産を超える額を分割で注文したなんて……言えない。一体どう言って誤魔化せばいいんだっ!?


 結局、白状させられてしまった。ジッと見つめられると耐えられない。


「ええーっ! そ、そ、そ、そんなに注文しちゃったのっ!?」

「うん……あまりにも美味すぎて……つい」

「ついじゃないでしょ! そんな大金どうやって稼ぐつもりなの?」

「それくらいないと、美味いシグネチャーを作れそうにない」

「そんなに高いんだったら、店で出したらどうなの?」

「店で出すにしても、あんな代物高すぎて誰も手が出ねえよ」

「じゃあどうするわけ?」

「あれは全部競技用だ」

「……情けない」


 用途を告げると、璃子は下を向き、ため息を吐き、落ち込みながら呟いた。


 だってしょうがないじゃん。せっかく契約を掴んだんだ。生半可な量じゃ勿体ないし、あのコーヒーなら並みいる強豪に太刀打ちできるはずだ。


「だっ、大丈夫だ。何とかするから」

「どもってる時点で不安だよ。そんな大金払い切れるの?」

「払い切るには稼ぐしかない。今まで以上に頑張らないとな」

「先が思いやられるぅー」


 今思うと、よくあれだけ仕入れようと思ったものだ。


 動画サイトに出張から帰ってきたことを報告し、床に就くのだった――。


 久しぶりにメールを見ると、鈴鹿からデートに誘われていたことに気づく。


 そういやそんな約束してたっけなー。


 ただでさえ忙しい上に、JBC(ジェイビーシー)に向けての準備もしないといけないから断るか。


『悪い、この頃忙しいから断るよ』


 僕が返信をすると、目を疑うような返信が帰ってくるのだった。


『そんなにカフェが忙しいの?』


 全身が凍りついた。


 ――は? 何でばれてるんだ? 一体どうして?


 鈴鹿にばらした覚えはない。もしかして後をつけられてたのか?


 いや、あの時楽器店には彼女しかいなかったし、店を放っておくわけにもいかないはずだ。


 だったら何故……。


『何でカフェの話になるのかな?』

『とぼけても無駄。私の顧客には外国人もいるの。その人があなたのお店のことを全部話してくれたの。今度の日曜日、金華珈琲でどう?』

『正午からでいいかな?』

『うん、いいよ』


 まずい、鈴鹿にまでばれちまった。まずは会ってみて、どこまでばれているか確認するか。どうするべきかは後で決めればいい。もし揺すられようものならそこまでだ。


 ――日曜日、この頃は10月中旬であったため、服装は少し分厚くなっていた。


 オシャレなピンクを基調としたコーデに変わりはなかったが。


 鈴鹿と金華珈琲で待ち合わせをしていたが、買い出しのため外に出ていた。


「あっ、あず君」


 声をかけてきたのは小夜子だった。どうやら偶然同じ道にいたらしい。


「久しぶりだな」

「!」


 小夜子の隣にいたのは岩畑だった。小学生時代に死闘を繰り広げた相手だ。


 武闘派で小夜子好きで、若曽根よりもずっと厄介な存在だった。


「こっ、来ないでっ!」

「?」

「あのっ、岩畑君ならもう大丈夫だから!」

「ごめん、僕急ぐからっ!」

「あっ、ちょっと」

「?」


 岩畑を見た瞬間、小学生時代に受けた迫害行為を思い出すと、逃げずにはいられなかった。気づけば体が動いていた。だって怖いんだもん。日本人恐怖症は相手や状況によって症状が変わるらしい。回避の他には無視とかもある。所謂気づかないふりだ。特に関わりたくない相手にはこのどちらかが発動するのだが、いずれにせよ治っていないことがハッキリ分かった。


 道を少し迂回し、走りながら葉月商店街へと入った。


 ――あれっ? あの雑貨屋、閉まっちゃったのかな?


 商店街は相変らず荒廃していて活気がなく、どこか侘しくて殺風景極まりない。人通りが少ないのは僕にとっては嬉しいが、商店街としてはどうなんだろうか。


 そんなことを考えながら、金華珈琲の古びた木造の扉に手をかけた。


「いらっしゃい。今日は鈴鹿ちゃん以外のお客さんはいないから大丈夫だよ」

「売り上げ的に大丈夫じゃないと思うけど……親父は休みか?」

「うん、今日は休みだよ。糸井川君もね」

「ワンオペかよ」

「そんなことより、あず君のカフェっていつからあるの?」


 さっきから端っこの席に座っていた鈴鹿が僕の隣に移動してくる。


「えっ! 鈴鹿ちゃんも知ってるの?」

「この前うちに来た外国の人から、岐阜市内のカフェにピアノが上手い子がいるって聞いたから、それで気になって覗いてみたら、あず君が女の子と一緒に働いてる姿が見えたってわけ。ねえ、何で外国人観光客限定にしてるの?」

「……誰にも言うなよ」


 鈴鹿から少し離れたカウンター席に座ると、口止めから入り、全ての事情を話した。


 幸いにも理解はしてもらえたが、彼女は一筋縄ではいかなかった。


「ふーん、だから親戚にも内緒にしているわけか」

「まっ、そういうことだ」

「じゃあさ、1つ約束してくれない?」

「約束って?」

「あなたの事情を誰にもばらさない代わりに、もし葉月珈琲が潰れたら、私の下で世界一のピアニストを目指してみない?」

「!」


 交換条件を持ちかけられたのは初めてだ。いつかこういう人にぶち当たるもんだと思ってはいたが、すぐばらさないだけまだ良心的だ。潰れたら最後、バリスタに復帰できなくなるってことか。


「こーら、そんなこと言っちゃ駄目だよ。あず君困ってるでしょ」

「マスターはあず君のピアノの腕、気にならないの?」

「そりゃ気にならないと言えば嘘になるけど、僕としてはあず君が世界一のバリスタになるところを見たいんだよね。僕もバリスタだし、同じ夢を追う者として、応援したくなるのは当然だと思うけど」

「鈴鹿、何でそこまでして僕をピアニストにしたいわけ?」

「……」


 事情を聞いた途端、鈴鹿は急に沈んだ表情へと変わる。


 以前から気になっていたのだが、何故彼女はうちの店を天秤にかけてまで、僕をピアニストにしたがるのだろうか。その執念はどこからきているのだろうか。


「――死んだ弟に似ているから」

「「!」」


 ――えっ! 弟いたのっ!? しかも死んだってどういうこと?


「私には弟がいたの。生きていればあなたの2つ上くらい。私があず君と出会う2年前だった。弟は自宅で自ら命を絶ったの」

「ごめん、やっぱりその話中断でいいかな?」

「だーめ、聞かれたからには答えないと、あず君も納得しないでしょ?」

「それはそうだけど、そんな重い話だと思わなかったんだよ」

「責任は取りなさい」


 ミステリアスな声で告げると、自らの生い立ちから弟のことまでを全部話した。


 鈴鹿と鈴鹿の弟は音楽家の一家に生まれ、共に小さい頃からピアニストの道を歩んでいた。鈴鹿の弟は彼女以上にピアノの才能に恵まれ、家族からも周囲からも将来を期待されていた。


 しかし、運命はそれを許さなかった。鈴鹿の方は至って順調だったが、鈴鹿の弟は学校でいじめられていた。心優しい弟はそのことを誰にも話さずにいた。ある日のこと、鈴鹿の弟が何者かによって刃物で両手を切られたのだ。両手の神経がズタズタになってしまい、もうピアニストにはなれないと医者から言われてショックを受けた。鈴鹿の弟は自らの将来に絶望し、自宅で首を吊って死んでいたという。


「いじめた奴は捕まったの?」

「それがお金で揉み消されて無罪放免。相手のいじめっ子がお金持ちであることは分かった」

「事実上の殺人犯だな」

「両親は何度も抗議したけど、学校側が事なかれ主義なせいで、ロクに調査も行われずに終わったの」

「……誰だよ? そんなことしたの?」

「!」


 僕は心底腹が立っていた。


 握り拳になり、いつ怒りが爆発してもおかしくはなかった僕は、かつての自分を思い出した。


 やはりこの国は腐ってやがるっ!


 そう思わずにはいられなかった。鈴鹿は両親の意向で音大に入学して通い続けたものの、弟の死がショックでピアノが手につかず、音大を退学しようと思っていた時、偶然僕の姿を見かけた。


「お世話になっていた楽器店の店長が挨拶をしに来たの。引退するから、楽器を全部引き取ってくれないかってね。楽器の中には何故か弟が使っていた『グランドピアノ』があって、見た瞬間に……何だか弟に背中を押されたような気がして、私が楽器を全部引き取って、見尾谷楽器店を始めたの。始められそうな場所を調べていたら、丁度大型の商業施設に空きがあって、そこにお店を構えることにしたわけ」

「何で弟のピアノがあったの?」

「弟が自殺する前、楽器店にピアノを売っていたの」

「じゃあ……僕が弾いていたあのグランドピアノは……」

「うん。あれこそが弟の弾いていたピアノ」


 ――そういうことだったんだ。鈴鹿は僕と弟を重ねている。


 事件から2年後、僕が香織とのデートで鈴鹿の楽器店に訪れた時、僕が香織に乗せられて弟のピアノを弾いているところを見て、鈴鹿は僕の演奏に弟の面影を見たらしい。


「運命だと思った。まるで……弟が帰ってきたみたいで……嬉しかった」


 弟の死によって光を失った鈴鹿にとって、僕との出会いは一筋の光だった。彼女は失った光を取り戻したいのだ。鈴鹿は嬉しそうになりながらも感極まっていた。彼女の横顔を伝う大粒の涙は、まるでこぼれ落ちた真珠のようだった。どうやら彼女にとって、僕は弟の代理らしい。


「弟の遺書にはこう書いてあったの。『いつかピアノの才能に溢れる人と出会ったら、全力で背中を押してやってほしい』ってね。まさかとは思ってたけど、本当に現れるなんて思ってなかったから、つい嬉しくなって、話しかけちゃったの」


 だから執拗に僕をピアニストにしようとしてたのか。背中の押し方にはちょっと問題ありというか強引というか。まあ、彼女なりの全力なんだろう。鈴鹿の弟は希望を捨てたんじゃない。これからピアニストになっていくであろう、彼女を含む期待の星たちに希望を託したんだ。


 鈴鹿は亡き弟の遺言を、忠実に遂行しようとしていたわけだ。


 事情を知らなかったとはいえ、悪いことをしたな。ずっと無下に断り続けていたのが急に申し訳なくなってきた。音大は無事に卒業したものの、鈴鹿にとってはどうでもいいことらしい。彼女はそのセンスを買われ、楽器店を営みながら音大の講師も務めるようになった。


「そんな事情があったのか」

「ええ。だからもしお店が潰れて、他に道がなくなったら、いつでも声をかけてほしいの」

「……分かった」

「ホントにっ!?」

「もうどうしようもなくなったら考えるよ」

「嬉しい」


 鈴鹿はさっきとは一転して笑顔になり、ようやく涙を拭き取った。彼女の想いは確と聞いた。


 しかし、だからといって易々と世界一のバリスタへの夢を諦めるわけにはいかないのだ。鈴鹿には悪いが、僕にはやるべきことが山ほどある。


「でも……僕は店を潰す気はない」

「それってどういう……」

「実は僕、店が潰れたら、親父の友人の会社にぶちこまれることになってる」

「先約があったんだ」

「その時にもしコーヒーへの情熱がなくなっていたら……考えようかな」

「いつでも待ってる」

「期待はしない方がいいぞ。僕は誰の期待にも応える気ないし」

「そう……じゃあもう帰るね。マスター、お勘定」


 鈴鹿は勘定を済ませ、カランコロンとドアベルを鳴らしながら帰っていく。


 彼女の後姿からはどこか哀愁が漂っていたが、いつもより明るく感じた。彼女が店を去ったことで、僕とマスターの2人きりになる。他の客が来る様子はない光景が今の岐阜市を象徴しているみたいで、気が遠くなりそうだ。昔のような賑やかな葉月商店街はもう戻ってこないのだろうか。


「あず君、鈴鹿ちゃん本気みたいだよ」

「僕だって本気だよ。いつだってな」

「あず君は自分が思っている以上に色んな人の人生に影響を与えていると思うよ」

「それを言うなら、僕の周りの連中だって僕の人生に多大な影響を与えてるぞ。良い悪いは別として」

「それだけ君は、みんなから好かれてるってことじゃないかな?」

「そんなわけねえだろ」


 マスターが冗談を言うと、カフェらしい雰囲気へと戻った。


 僕は今、人生の分岐点にいる。どの道を進むかは自分次第だが、どの道を選んでも絶対に後悔だけはしたくない。だから……悔いのない一生を生きてやるっ!


「マスター、僕、必ず世界一のバリスタになる」

「おっ、意気込みは良し。応援してるからね」

「うん、任せて」


 勘定を済ませると、金華珈琲を後にし、璃子のために2人分の夕食を作るのだった――。


 10月下旬、僕はJBC(ジェイビーシー)に出場するため、璃子のアイデアで唯たちを誘い、僕は唯たちをジャッジに見立て、英語のプレゼンをする。蓮や静乃もいた。英語が分かる人以外はちんぷんかんぷんな様子だ。後は他人の前でもこれができるようになれればいいのだが、当分は難しそうだ。


「あず君のプレゼンは完璧だと思いますよ。伝えたいことも伝わってきますし、農園の人とどれほど強い結びつきがあるかが分かります」

「日本語だとぶっきらぼうになるけど、英語だと凄く丁寧な表現だから、これならきっといける」

「だといいんだけどな……」


 唯も静乃もジェフもカールも、僕の英語のプレゼンに問題はないと言ってくれた。


 最低でも蓮の前でプレゼンができるようにならないと、課題を抱えたまま本番に臨む賭けに出なければならないが、それだけは避けたいものだ。


 僕にとって凄く長く感じた10月は、ようやく終わりを告げたのであった。

少し内容重めですが久しぶりの日常回です。

バリスタの話から少し逸れております。

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