500杯目「コーヒー業界の第一人者」
今回で最終回となります。
最初は理不尽な世の中に呆れ果て、愚痴を連ねるだけのつもりで書いていました。
ここまで多くの反響が得られるとは思いもしませんでした。
あず君も保守的な社会には思うところがあり、行動に移したのだと感じています。
長丁場ではありましたが、最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
2026年を迎え、バールスターズから半年が過ぎた。
コーヒー業界を脅かそうとする杉山派の勢力は徐々に弱まり、5月には壊滅寸前にまで追い込んだ。
葉月グループ傘下となれば、グループは安堵すると言ったが、杉山派はこれを拒み、強硬手段で吸収合併を行うことに。葉月グループの企業努力や制度改革が味方したこともあり、あからさまな違法労働を行うブラック企業は激減し、過労にまつわる事件を起こせば、瞬く間に企業名を公表され、売り上げは風前の灯火となる土壌が出来上がりつつある。残るは杉山派グループのみとなった。人々を散々苦しめてきたブラック企業の温床を根こそぎ刈り取り、大粛清を完了させる責任がある。
杉山派グループの本部は、旧杉山グループ発祥地、大阪にある。
千尋は予定を調整しながら何度も現地へと赴き、交渉を繰り返してきたが、保守派の連中を倒すのは簡単ではない。吸収合併を担当していたこともあり、多くの人から非難を浴びた。グループ存続の業を1人で背負う気ではあったが、流石にそれは不憫と思い、最後は僕が役員会議を済ませることに。
2月には桜子の妊娠が発覚し、秋には出産する予定である。
4月には労働災害規制法が施行された。労働災害が遂に厳罰化され、今後過労死や過労入院が発生した場合、直属の上司に殺人罪や傷害罪などが適用される運びとなった。
2026年6月4日、伊織との間に四男、葉月聖が生まれた。
目元が伊織にそっくりな可愛らしさがあるが、口の周りは僕によく似ている。伊織は出産を機に葉月珈琲マスターに復帰する予定であり、千尋はようやくマスター代理から降りることができた。
この日は日本が明治以降、長らく続いたブラック企業大国としての代名詞をようやく捨て去った日でもある。杉山派はグループ諸共壊滅し、遂に吸収合併を果たした。調べてみれば、グループ内は仕事のための仕事を行う者ばかりであり、多くのバリスタが安く使われていた。最後の大粛清の一環として、杉山派の財産を没収した後、ただ雇われているだけの人々を全員クビにした。
葉月珈琲塾を卒業したばかりの宇佐さんが重要な情報を掴んだ。杉山派の連中が与党政治家たちから賄賂を貰っていたことが発覚したのだ。葉月グループ広報担当となっていた蜂谷さんにインターネットニュースで全国報道してもらった途端、世間の評価は一変した。大粛清の影響もあり、多くの人からは同情の目で見られていたが、手の平を返したかのように杉山派グループが総叩きに遭った。クラウドファンディングによる再興計画も台無しとなり、杉山派は裁判費用すら確保できなくなった。成す術のない杉山派の連中は表舞台から去った後、贈収賄などの罪に問われ、逮捕されるに至った。
またしても失業者で溢れ返り、無敵の人事件が続出する結果となった。
岐阜市はこの年からのベーシックインカム試験導入により、無敵の人が出てこなかった。この結果を受けて国が動き出し、ベーシックインカムの全国的な本格導入が初めて検討された。一部の人だけが受給する生活保護制度は横並び意識の強い日本人とは相性が悪い。だがベーシックインカムは全国民が受給者であるため、不満を言う者はそうそう出てこないだろう。年金制度は廃止となるが、反対すれば無敵の人の増加を許容する結果となるため、将来的に導入せざるを得ないところまで目論見が進んだ。
ブラック企業を容認する風潮は、今日この日をもって消え去った。
葉月グループは日本のコーヒー業界の覇権を掌握し、ワールドコーヒーグループと肩を並べた。
6月上旬、日本代表となった葉月グループのバリスタたちが世界大会で活躍した。
僕の引退後、日本代表がしばらく鳴りを潜めるかと思いきや、国内最強バリスタの後釜を狙おうと躍起になっていた。世界大会では7種類のメジャー競技会の内、2大会で紗綾と弥生が優勝を果たし、残りの5大会は小夜子たちがファイナリスト及びセミファイナリストに輝いた。
9月にはバリスタオリンピック2027ソウル大会選考会が行われる。有力なバリスタは選考会への出場を優先しているが、葉月グループは史上初のメジャー競技会8大会制覇を虎視眈々と狙っている。葉月グループが世界を相手に渡り合う姿は、人々の心に強い印象を与え、コーヒーブームはバリスタを目指す若者を中心に加速の一途を辿り、子供が憧れる職業ランキング上位に毎年ランクインするまでになった。紛れもなく、バリスタの地位は向上した。生涯現役可能な職業ということもあり、溢れ返っている失業者たちを雇い、カフェを始める者が後を絶たなかった。
結果次第で一発逆転が可能であることは僕が証明している。
6月下旬には雅が10歳の誕生日を迎えた。
最近は経営の話すらまともにしなくなった。
やはり半年前の一件で心が折れてしまったのだろうか。
7月を迎え、戦後処理の最中、僕は次の夢に着手する。
家の真向かいに土地を購入すると、コーヒーファンなら誰もが寄りつきたくなるようなカフェの設計を立花グループに依頼する。来年の始めには完成するとのこと。宿泊施設としての機能も備え、教え子たちが大会前に練習できる場所としても最適だし、僕が直接指導できるのも大きい。昔の僕のように、社会にうまく適合できない人たちの受け皿があればと、切望していた時であった。
雅が僕の部屋に入ってくると、パソコン画面から目を離さない僕の隣に立つ。
「親父、ちょっといい?」
「いいけど、どうかしたか?」
「僕、ずっとバリスタか経営者で迷ってたけど、まずはバリスタを目指すよ。バリスタ甲子園中学生部門優勝を目指すからさ、新しいカフェを開いたら……親父に教えてほしい」
「……分かった。基礎はできてるみたいだし、やりたいと思ったことを最優先にやってみろ」
「うん……親父……僕――」
「雅、経営者がどれほど冷徹な存在か、よく分かっただろ。実を言うとな、あんな人でなしの仕事なんてしたくなかった。グループ企業の総帥ともなれば、たった1人の判断で多くの人生を一変させてしまう。恨まれることだってあるし、割に合わない取引をさせられることだってあるかもしれない。一斉リストラをしないといけなくなるかもしれない。だからさ……無理に後を継げとは言わない」
「……僕、葉月グループを継ぐこと、諦めてないから」
力強い目を僕に向けたまま離さない雅。
早い内から社会の現場に触れ、多くの大人たちを見てきた。
社会に出るための予習期間なんて必要ない。社会に出た後活きない知識やスキルなんて、持たない方がずっとマシだ。学校の中だけで通用する人間になったところで、ほとんど意味がないことは僕なりに背中で語ってきたつもりだ。必要なのは社会に通用するだけの実学、何より興味を持ったことに没頭するための好奇心を成人した後も保ち続けることであると、子供たちは早くも悟る。
頬を緩ませ、雅の右肩に手の平を軽く乗せると、僕はのっそりと部屋を出た。
食事の時間を知らせるブザーが鳴ったのだ。昼食の時間は憩いの場だ。
独り飯ばかりだったあの頃はどこへやら。
僕、唯、伊織、凜、桜子、皐月、子供たちが1階のリビングに集合し、席に着いた順にムシャムシャと食べ始めた。全員の一月分の生活費だけでエリートサラリーマンの年収を軽く超えてしまうのは内緒だ。
桜子がやや丸みを帯びた腹部を擦りながら席に着く。
「葉月グループの売り上げが戻って良かったです。一時はどうなるかと思いました」
「小夜子さんたちが世界大会で頑張ってくれたお陰ですね」
「あず君がワールドコーヒーイベントに頭を下げて、ロシア代表のバリスタに個人での参加資格を認めさせた件がニュースになったことも、葉月グループの評判が元に戻った一因だ。アナをしばらくマイナー店舗に預けた後、あず君の新しいカフェで育成するつもりと聞いたが、本当か?」
「うん、アナは僕が立派なロシア代表にしてみせる。戦争が終わるまでは、個人での出場になるだろうけどさ、個人初の優勝を目指すのも悪くねえかもな」
「なるほど、今度はアナさんを狙っているわけですね」
「あのな……」
クスッと笑いながら唯が言った。冗談と分かるようになったのは、僕なりの進歩だろうか。
もう女は懲り懲りと言えるくらいには、女性とつき合ってきた。
2ヵ月後――。
コーヒーイベントが終わった時のことであった。
2026年9月11日、桜子との間に四女、葉月茜が生まれた。
赤みがかった茶髪と可愛らしい顔は桜子によく似ている。黒髪以外が生まれると、反射的に不安になるのは学生時代の後遺症だろうか。いずれにしても不登校の確率が高いところまでが見えた。だが立派な社会人にはなれるだろう。他でもない僕と桜子の子供だ。きっとうまくいく。
葉月グループはメジャー店舗とマイナー店舗を増やし、世界大会を見ていた多くの子供が保護者を引き連れる形で訪れた。カフェへの入店はコーヒーファンの第一歩だ。コーヒーイベントは前年とは異なり、四大グループが優勝を分け合う形となった。今年は葉月グループの運命が懸かった決戦とまではいかないのか、葉月グループ一強とはならず、群雄割拠となった。死に物狂いで競技に臨む姿勢は他のコーヒー会社にも伝染していたようで、今までとは比べ物にならないほどレベルが高い。
数多くの戦いが――僕らを強くした。
バリスタオリンピック選考会は根本が3連覇を果たした。来年の大舞台へと臨むべく、抱負を語った。発足したばかりの穂岐山グループのエースとして、葉月グループとは切磋琢磨し続けるだろう。
9月下旬、戦後処理がようやく終わった僕は杉山平蔵の命日に戦勝記念パーティーを行った。
場所はバリスターズ・ミュージカル劇場。花月さんが日程から式典までを手配してくれた。
身内を中心に、葉月グループに貢献した人々を招待し、小夜子たちも参列する。この戦勝記念パーティーは労働者がブラック企業に勝ったこの年を祝い、同時に旧杉山グループを始めとしたブラック企業による労働災害により、未来を閉ざされた労働者たちを弔う式典でもある。何よりコーヒー業界の危機に動いてくれた多くの仲間たちを労う目的もあった。
可愛らしいピンクの正装に身を包み、白銀のマイクを片手に注目を集めた。
しばらくの間を置くと、静けさが騒がしさを上回る。
「我が葉月グループは、ブラック企業による支配を終わらせ、コーヒー業界を利用しようとする悪党共を鎮圧することができた……この勝因は……みんなの働きにあった!」
拍手が喝采し、再び静けさが訪れるまで待つ。
「中でも……過重労働を強いる企業風土に終止符を打った……千尋を称えたい」
千尋が前へ出てくると、僕は彼のそばへと駆け寄った。
「君の素晴らしい働きに感謝する。望み通り、来年からオープンする個人店への移籍を認める。また僕と一緒に、店の経営につき合ってくれ」
「うん……ありがとう」
乙女のような顔で頷く千尋。その目には溢れんばかりの想いが湧いていた。
また一緒だねと、口パクで呟いたのがすぐに分かった。
恋人にはなれないが、僕と一緒に過ごしたい彼の想いに報いるには、丁度良い塩梅だろう。今年は杉山派グループとの戦いに明け暮れ、競技会への参加を断念したが、現役は続けるとのこと。
「そしてもう1人……葉月グループを陰から支えてくれた仲間を……みんなに称えてもらいたい……璃子」
一瞬驚きながらも、水色のドレスに身を包む璃子が恐る恐る前へ出る。
ステージの前で足を止めると、璃子は小さく笑みを浮かべながら僕を見上げた。
「僕が……君の密かな貢献を知らないと思ったか?」
これは10年以上も前の話になる。かつての敵、旧虎沢グループは、ブラック企業の一角として名を馳せていた。名目上は民衆の力で壊滅させたことになっているが、実際は璃子による持久戦略によって壊滅していた。だがそのことを知っているのはごく僅かな人間のみ。
僕がこの事実を知ったのは、璃子の友人がこっそり教えてくれた2025年のことだった。
璃子は友人の1人を過労による心不全で亡くしている。璃子の敵はブラック企業による過重労働を事実上容認してきた国の風土そのものだった。ブラック企業撲滅は他でもない璃子の望みだ。やり方が少々小汚いものであるため詳細は伏せるが、一度みんなの前でちゃんと称えてやりたかった。
「大儀だった!」
「……大したことじゃないよ……当然のことを……しただけだよ」
にっこりと笑みを浮かべながらも、どこか黙々としていて、驕る様子はない。
璃子にはしばらくの休暇を与えた。ずっと後回しにしてきた恋人との時間を大切にしてもらいたい。
4ヵ月後――。
年が明け、時は2027年を迎えた。
驚くべきことに、ワールドコーヒーイベントは『バリスタ殿堂』を導入した。
コーヒー業界の躍進に大きく貢献し、多くのコーヒーファンに多大な影響を与えたバリスタを殿堂入り扱いで表彰し、この世の終わりまで称える制度である。第1回の選出が行われ、バリスタ競技会古参勢のマイケルやスティーブンといった歴戦のバリスタたちが数多く選出された。
2027年1月16日、日本人で唯一バリスタ殿堂入りに選出された僕はダブリンで行われたバリスタ殿堂入り表彰式に招待され、世界中から多くのコーヒーファンが参列した。
尊厳あるバリスタの称号としてバリスタ殿堂入りを受諾した。
日本でもトップニュースを飾り、殿堂入りは多くのバリスタの目標となった。
1月から僕の個人店として『バール・オーガスト』をオープンした。
元々は優勝回数勝負に敗れた後、ハワイにオープンする予定だった。
利益よりも憩いの空間であることを重視した店舗であり、あらゆる料理が提供できる。値段は相変わらず高めではある。ブラック企業撲滅運動の代償なのか、10年前よりも物価が高くなっている。不当に安く売る企業を淘汰した結果だ。甘んじて受け入れよう。
バール・オーガストからは、後に多くのバリスタ競技会チャンピオンが輩出されていった。
人々は僕をこう呼んだ――。
コーヒー業界の第一人者と。
『葉月梓』
葉月グループ初代総帥。最も成功したバリスタとして葉月グループの礎を築いた。ライバル企業を吸収合併しながら事業拡大路線を展開し、世界中にコーヒー農園を開拓し、太陽の沈まない帝国と称された。日本初の国産コーヒーの栽培と品種改良に成功し、コーヒー業界の地位向上に貢献した。
『葉月璃子』
葉月グループ第2代総帥。梓の妹。個人事業時代から葉月グループの参謀として陰から梓の事業を支え続けた。ショコラティエの世界大会では女性初の優勝を果たした。先代梓が始めた事業拡大路線をやめ、現実的な事業安定化路線へと方針を転換させた。制度改革を行い、葉月グループの基盤を固めた。
『葉月雅』
葉月グループ第3代総帥。梓の長男。バリスタオリンピック2043年ローマ大会で優勝し、史上初となる親子でのバリスタオリンピック優勝を果たす。慈善家としても名高く、財団を立ち上げ、貧困の撲滅に尽力した。先代璃子が始めた事業安定化路線を継承し、その治世は終始平穏であった。
数十年後――。
僕と璃子が総帥を務めた後、雅に代替わりした頃であった。
余生を過ごす僕らを待っていたのは、平穏で極楽なコーヒーライフであった。
結局、5人の彼女全員との間に子供が生まれた。今は孫もたくさんいる。
彼女たちはバリスタ競技会を引退すると、家事育児を交代で行いながら、僕の根城、バール・オーガストのバリスタとして働き、上の子が下の子の面倒を見るようになると、かつての葉月珈琲のように、全員が同じ場所で働いた。葉月グループの店舗にいたバリスタは全員が次世代へと席を譲った。
バリスタオリンピックは日本代表が毎回優勝候補として注目されている。
璃子は事実婚した蓮との間に双子の姉妹を儲け、今では夢にまで見た平和な日々を過ごしている。千尋はバリスタ競技者引退後、葉月グループ育成部長に専念し、定年後はうちのユーティリティー社員として働き、投資家としての活動に力を入れた。優子は定年後、葉月商店街に戻り、アイリショコラで働いた。愛梨の子供を世話することを生き甲斐としながらも、バール・オーガストの常連となった。
小夜子たちは全員が結婚を果たし、4人でつるみ続けている。暇な時は店にも遊びに来てくれた。
何年経とうが、身内は相変わらずのようだ。
一方で日本は衰退の一途を辿り、子供たちの半数程度は海外で活動している。葉月珈琲塾で培った生きる力は、次世代を担う子供たちの中に根付いていた。旧態依然の公教育は、民衆からの信用を失い、うちが始めたホームスクーリングシステムを利用する保護者が後を絶たなかった。世界に後れて日本でもベーシックインカムが本格導入された。大半は嫌々就いていた仕事から本来やりたかった仕事に転職する結果となった。有力な投資家たちが日本を見限り、老人たちは歯が抜けるように力を失った。
しかし、それは若者たちが自由に活動しやすい、活気ある社会でもある。
保守的な立場から幅を利かせていた上の世代がほぼ死去したこともあり、教育改革は進み、ホームスクーリングを始めとした今の時代に合う制度が認められ、大幅な新陳代謝ができた。ブラック企業が罷り通る理不尽な社会を支配していた老人共を葉月珈琲塾出身の経営者や政治家が成敗していなければ、今もあんな時代遅れの世が続いていたのかと思うと、それだけで怖気が走る。
国際的影響力は低下の一途を辿っているが、他国に乗っ取られて滅ぶ道は回避できた。
――日本の夜は……明けたのだ。
「みんな親父のことを何にも分かっちゃいない」
不満そうな顔で雅が言った。どうやら僕の評判が気に入らないらしい。
可愛らしくも男気ある顔立ちは、昔の僕にそっくりだ。
僕は後世から評価されるに至ったが、成功した部分ばかりが取り沙汰されているのか、天才が特にこれといった努力もせず、才能だけで成功したと世間のみんなが思い込んでいるのだ。当時の僕を知る者たちは真実を知っているが、大して自分のことを語ってこなかったツケが回ってきたようだ。
雅は僕がどれほど過酷な道を歩んでいたかを肌で知っている。
故に、勝手な思い込みだけで僕を語られるのが気に障るらしい。
「気にすんなって。世間の評価なんてそんなもんだ。分かる奴が分かればそれでいい」
「そういうわけにもいかねえよ。なあ親父、頼みがあるんだけどさ、回想録を書いてくれない?」
「何でまたそんなめんどくさいことを……」
「親父が才能だけで生きてきたと思い込んでる連中の鼻を明かしてほしい。みんなが楽しく暮らせているのも、日本が滅亡を回避できたのも、親父たちが理不尽な社会と戦って、今の平和を勝ち取ったからだってのに。もし舐められっぱなしが続くようなら、葉月グループの株価にも響くんだけどなー」
「……ったくしょうがねえな」
とは言っても、今の僕は自己啓発本を趣味で出版しているだけのコーヒーオタクだ。
最後にバリスタ競技会に出場してから……長い年月が過ぎた。
バリスタ競技者としての実力は、今じゃ子供や孫たちに遠く及ばない。才能は天に返した。
雅に勧められるがまま、パソコン画面に向き合い、書くべき内容をまとめ、ブラック企業が圧倒的多数派だった日本社会を知らない後世の人間にも伝わるよう丁寧に書くことを心掛けた。今までに経験してきた記憶を辿りながらも、特に誇張することもなく、ありのままを書こう。
雅は僕を映画化したいと言ったが、恥ずかしいからやめてほしいと断った。
――とりあえず生い立ちから書いてみるか。
僕は最初の1行目から過去を振り返り、回想録を書き始めたのであった――。
これは、世間や常識や普通というものに抗い続け、社会不適合者と呼ばれた男が、コーヒー業界の第一人者と呼ばれるまでの……物語である。
読んでいただきありがとうございます。
気に入っていただければ下から評価ボタンを押していただけると嬉しいです。
璃子のスピンオフも書いてますので、是非ご覧くださいませ。
ちなみにここから1杯目に戻ると、バリスタを永久に楽しむことができます。




