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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第20章 第一人者編
494/500

494杯目「ルッキズム」

 逆転勝ちを収めた安堵感は今まで以上に心地良いものだった。


 僕とオットーが選んだコーヒー豆は、同じブラジル産のコーヒーだった。


 ペーパードリップでも有効だが、粒度が細かく、ハニーナッツのようなフレーバーを最も引き立たせるのはサイフォンが最適であると僕に教えてくれた。


 鈴鹿はため息すら吐かず、さも当然のように同情の視線をオットーに送っているが、葉月珈琲自営業時代に訪れてくれた古参勢なだけあり、僕のことを熟知している。


 様子を見ていた限りだが、オットーよりも他のバリスタの方が実力的には上だった。にもかかわらず、オットーが自ら僕との対戦を望んだ。予選を突破できるかどうかの瀬戸際だというのに、相手のチームメイトたちは快く送り出していた。僕には理由が全く分からない。


 本当に勝つ気があるのかと驚嘆すら覚えたが、彼らは清々しいくらいの笑顔を見せている。


 ――まるで勝利よりも、ずっと大事なものでもあるかのような。


「あず君、久しぶり」


 ようやく拘束時間から解放されると、鈴鹿が歩み寄ってくる。


「来てたんだな」

「全然会いに来てくれないから、こっちから来ちゃった」

「あー、済まんな。色々と邪魔が入っちゃってさ――!」


 目線を逸らしながら言った。だが鈴鹿は僕の両頬を掴み、無理矢理視線を合わせた。


 昔よりも魔性の女らしい色気があり、堂々とした佇まいが、若々しさをより一層引き立たせる。


 可愛らしいシニヨンヘアーと細身の体と相まって初老感を消している。相変わらず良い年の取り方してるよ。ウィーンでの暮らしには慣れたようで、たまに店内の様子を写真に撮っては送ってくる。


「気にしないで。コーヒー業界の覇権争いをしていたんでしょ。自分が大会に出るだけじゃ飽き足らず、バリスタの育成にも力を入れているようだし。葉月グループの活躍はウィーンにも届いてるんだから」

「いやー、アズサは相変わらず強いなー」

「オットー、あず君はコーヒーの声が聞こえるコーヒー星人なんだから、コーヒーの美味しさで勝負することになった時点で負け確だよ」

「手厳しいなー。まあでも、最後にアズサと勝負できて良かった。これで一生自慢できる」

「……」


 何で負けたのに……こんなに喜んでるんだ?


 有名バリスタとの勝負なら、いくらでもできるのに。


 だが分からなくもない。僕もバリスタマガジンでしか見たことのない有名バリスタたちと直接対決した時は心が躍ったもんだ。オットーを見ていると、昔の自分を思い出す。鈴鹿の子供たちは自分もいつか僕と試合がしたいと言っているが、望みは叶えてやれそうにない。


 この大会が僕の引退試合であることを知る者は少ない。


 桜子が嬉しそうな顔で僕に歩み寄ってくる。


「まずは予選突破、おめでとうございます」

「これくらい当然だっての。まあでも、予選の段階でここまで苦戦したのは初めてかも」

「以前のあず君なら、疲労も忘れて戦っていたのに、変わりましたね」

「――そんなに変わったか?」

「そうですね。あず君は大会の時こそ真剣でしたけど、昔はもっと……勝ち負けなんて気にせず、思い切った競技をしていました。勝つための競技じゃなく、見ている私たちをワクワクさせてくれるような創意工夫がありました。大勢の観客が黙り込むほど夢中になって見る競技、また見てみたいです」

「……そろそろ予選後半だな。ちょっと見てくる――!」


 移動しようと足を進めようとするが、桜子は僕の服の袖を掴んで離さない。


 緊張感に満ちた顔は赤く染まり、手はやや震えている。この前の凜と同じだ。


 体型の分かりやすい白いニットの服装に目をやると、絶妙なカーブを描いたくびれがある。目線を上げると、半球型の豊満なダブルメロンが本人の意思に反して自己主張してくる。ていうか桜子にニットの服はまずいだろ。誰だよこんな服着せたの。あがり症の桜子が好んで着るはずがない。


「あの、私と一緒に食事に行きませんか? あず君はずっと食べてませんよね」

「それはそうだけど、桜子って自分から誘う奴だっけ?」

「……それは」

「相変わらず乙女心に鈍感なんだから。勝負服に気づけないなんて、それじゃ男が廃るよ」

「あのな……」

「しょ、勝負服じゃありませんから!」

「とにかく、デートなら2人で行ってきたら? ほら、明日は準決勝なんだから、さっさと行くっ!」


 鈴鹿が呆れながらも僕と桜子の背中を押した。


 桜子と視線が合うが、彼女はすぐに目を逸らした。鈴鹿には気を使わせてしまった。


 しばらくは並行するように東京の町並みを歩くが、人が1人通れるくらいの距離を保ったまま、1軒のカフェに入った。正体がバレないようサングラスをかけ、ボーイッシュな格好で歩いていたのか、誰も僕の正体には気づかない。だが桜子は女性初のワールドコーヒーロースティングチャンピオンであるにもかかわらず、知っている者がしない。まだバリスタ競技会の認知度はそこまで高くないようだ。


 人が集まる場所で生中継という形でロースティングが行えるようになれば、桜子はもっと有名になっていたかもしれない。彼女はもっと評価されるべきだ。なのに桜子に声をかける人間ときたら、みんなして体目当てに近づくケダモノばかりだし、性欲を発散する道具としてしか見ていないのが不愉快だ。あんな汚らわしい目で見ていい女じゃない。桜子の価値を知る男が……僕だけとは。


 まだ23歳の世間知らずな独身女性。男の感情に対して無頓着にもかかわらず、育つべきところは立派に育っている。人を疑うことを知らないピュアな心を持っているし、しつこいと断れない性格だ。しかもあがり症のせいで、惚れていると勘違いされやすい体質も地味に厄介だ。真の敵というのは、昔から内側にいるのかもしれない。周囲のケダモノから見れば食べ頃の獲物だ。何度か桜子とすれ違った男の目線が首の下に集中していた。このままじゃ誰かに襲われそうで見ていられない。


「いらっしゃいませ。カップルでしょうか?」


 唐突に店員が尋ねてくる。桜子は全身を震わせ、僕の後ろに隠れた。可愛い。


「カップルだったらどうなの?」

「当店は今カップルフェアでして、カップルですと、1割引きになります」

「へぇ~、そりゃ良かった。桜子、同じセットメニューにしようぜ」

「は、はい……」


 緊張が取れないままの桜子だが、恐る恐る周囲を警戒しながらついてくる。


 比較的人口が少ない高山市の出身だ。大都市は思わずのけ反るほど人が多いと感じる気持ちは分かる。最初に東京まで赴いた時は、人が多すぎて気が滅入りそうだった時を思い出した。


 コーヒーの声が聞こえる数少ない逸材だ。ロースターとしての腕なら桜子に敵う者はいない。だがロースター市場はそこまで評価されるには至らず、競技者として花があるバリスタとは異なり、地道にこなす仕事と見なされている。バリスタとて普段は地味な仕事だ。本気でなければ続かない。


 カップルセットを注文し、数分ほどで机の上が忙しくなる。ボーイッシュな服装故に長髪の男と見なされているのか、あるいは女性同士のカップルと見なされているのかまでは分からない。どうにか誤魔化せたが、桜子は何かの勢いに押されたか、もしくは1日くらいカップルでいたいと思ったのかは全く分からない。昔の僕なら1割引きのために嘘を吐くぐらい造作もないが、今は1割引きくらいのために嘘を吐くのもどうかと思う心境だ。昔の僕と今の僕は、良くも悪くも別人に違いない。


 ポテトサラダ、オムライス、パフェ、コーヒーが2人分並ぶ。


 すっかり空腹だった僕を満足させるには十分だった。


 誰かと2人きりで飯を食うのは久しぶりだ。


 桜子は色々と話してくれた。今回のサポーターチーム筆頭として支えてくれている。しかも自分から志願したんだとか。葉月珈琲では千尋に追いつこうかという勢いだが、家庭を持ちたい願望もある。理由を聞けば町中で男性に声をかけられるのが苦痛であるとのこと。確かにふんわりした雰囲気が漂っていて、傍から見ていても話しかけやすいし、誰に対しても分け隔てなく接する心優しい一面が目立つ。


 故につけ込まれやすいのだ。


 ふわふわなオムライスを口に頬張る桜子は一層輝いて見えた。


 手の美容を気遣いながらも、焙煎作業を続けている変わり種だ。


 以外にも全て平らげてしまい、僕よりも早く完食した。栄養が全部……いや、考えるのはよそう。桜子自身は自分の外見のことをどう思っているんだろうか。


「やっぱり気になりますか? ……私の胸ばかり見て」

「気にしすぎだって」

「目線を見れば分かります。相手は誤魔化したつもりでしょうけど、普通にバレてますよ。さっきも何人かに見られてました。あず君も中身は男性なんですね」


 普段はまず見られないニヤケ顔でからかってくる桜子。


 自らタブーに触れてくる女には訳がある。璃子から学んだことだ。


「私、よく人に声をかけられるんです。ただでさえあがり症で、どうせ評価されるなら、中身で勝負したいと思って生きてきたんですけど、みんな私のことを外見だけで評価するんです。高校の時も、学年の人気投票で勝手に1番に選ばれてからというもの、男子生徒からは毎日のように言い寄られて、女子生徒からは嫉妬を買って散々だったことは話したと思います。葉月珈琲に採用していただいた時も他のスタッフが美人ばかりで、最初は外見採用とばかり思って、競技会に出たくないって言ったんです」

「……桜子、正直に言えば、君は凄く可愛いと思う。でも外見で採用を決めたことなんて一度もねえぞ。朝日奈珈琲の内装も桜子の拘りが表れていたし、あのセンスがうちでも活きると思った」

「知ってます。伊織さんたちの競技やあず君の接し方を見て、実力のある人を集めたらたまたま美人が揃っただけだと気づきました。葉月珈琲の人たちはみんな結果を出していますが、才能があるというより、あの場所が才能を作るんだと思います」


 またしても顔が赤くなる桜子。段々と紅色が彼女のシンボルカラーになりつつある。


 ここまで話してくれたこと、今までなかった気がするけど、以前からいつか話したかったことをやっと言えたと言わんばかりの表情だ。外にいる時とは異なり、緊張が解れている。


 僕が奢る形で会計を済ませた。桜子は割り勘を要求するが、本来話すことさえ辛いことを話してくれたんだ。奢るくらいさせてほしい。外見を気にする人ほど病んでしまう一方で、外見を気にしない奴ほど無神経になる。これほど混沌としたルッキズムもないだろう。


 身内同士でもないのに、相手の外見に言及するような人間性が僕には分からない。


 外に出てみれば、静かすぎるくらいの寒さが全身を襲ってくる。


 冬ということもあり、桜子が再び茶色のトレンチコートを着込むが、理由は寒さだけではない。重装備をしても目立ってしまう豊かな膨らみに、再び周囲の目線が断続的に集中する。


 ホテルに戻ろうと、町の中心から離れた場所に移動する。人気が少なくなると、桜子はホッと胸を撫で下ろした。人前で緊張する性格だというのに、注目を浴びやすいバリスタ競技会で無理をした。これでもサポーターチームを引き受けてくれるあたり、桜子は仲間想いだ。弥生と皐月とはホテルで合流するようメールを送っておいたし、もう安心だ。後はホテルでみんなと練習するのみ。


「ねえそこの君、一緒にお茶しない?」


 町を歩いていたチャラ男の1人が桜子に声をかけた。


 桜子の全身が一度動きを止め、百獣の王に気づいたシマウマの如く、脊髄反射でブルッと危機感を訴えるように震えた。チャラ男の目線は明らかに首の下をチラチラと覗かせている。偶然見てしまうことが悪いわけじゃないが、明らかに桜子の可愛らしさやお淑やかさで声をかけている。自分よりも明らかに弱いと思っている相手にしか声をかけないのが大半のナンパだと、僕は直感する。


「遠慮させてください。これから帰るところなので」

「えー、いいじゃーん。ちょっとだけ、ちょっとだけだからさ」


 チャラ男は一向に下がろうとしない。


 桜子は明らかに怯えている。なのにチャラ男たちは全く気づかないばかりか、あがり症が発動して顔を真っ赤にしたところさえ、照れているだけだと勘違いしている。


 嫌がる桜子の手を握り、半ば強引に連れ去ろうとする。


「おい、汚い手で触るんじゃねえよ」

「何だよお前、関係ねえだろ」

「嫌がってるだろ。さっさと離せ」


 桜子の前に出ると、チャラ男たちを睨みつける。


「お前、その子とつき合ってんのかよ?」

「ないない。こんなチビと釣り合うわけないじゃん」


 茶化すようにチャラ男の1人が言った。


 どうすれば……どうすればいいんだっ!?


 つき合ってると言ったところで、嘘とバレたらただでは済まない。


 桜子と同じホテルとはいえ、後をつけられたらバレちまう。下手をすれば逆上されて襲われる危険性もある。最悪桜子だけでも逃がしたいが、喧嘩慣れしてそうな威圧感のある男が3人もいる。でも見捨てたくない。昔の惨めな自分に戻るつもりはない。


「私……彼とつき合ってるんです」

「おいおい、嘘だろ。そんなこと言って誤魔化そうとしても無駄だって」

「嘘じゃありません」


 桜子が僕の腕を強く掴む。トレンチコートを脱ぐと、僕の腕を自らの膨らみに押しつけた。


「「「「「!」」」」」


 周囲の目が点になる。途轍もなく柔らかい。手が収まるかどうかくらいの大きさだ。


 押しつけた分、形が変形し、あまりの気持ち良さに全身が反応し、手が勝手に動く。


 興奮冷めやらぬまま、恐らく狙っていたであろうダブルメロンに指が食い込んでいる様子にチャラ男たちは魂が抜けたように意気消沈し、ここまでされては彼氏の存在を信じる他はない。


「……行こうぜ」


 黙り込んだままチャラ男たちが去っていく。桜子はようやく手を離してくれた。


 気絶しそうなほどの快楽とも言える感触を手の平が覚えている。抑えていたスイッチが入り、今までと同じ目で桜子を見れなくなった。僕は今、彼女を女性として見ている。


 何でこんなにも簡単に惚れてしまうんだろうか。


 いや、今までの思い出が積もりに積もった結果だ。


 思えば朝日奈珈琲を思い出し、再び赴いた時から桜子とは縁があったのかもしれない。転職すると聞いて寂しさを感じた後、葉月珈琲で再会した時は、奇跡としか思えなかった。あれから彼女は奇跡の新人として、次第に結果を出すようになったが、バリスタよりもロースターに向いていたことが判明し、穴埋めでもしてくれたかのように、うちに足りなかった専属ロースターとしての役割を担ってくれた。


「あの、先ほどはありがとうございました」

「あー、いいんだ。僕の方こそ助かったよ。じゃあホテルに戻るか」

「はい。さっきのあず君、とてもカッコ良かったです」

「仲間なんだから当然だろ」

「……私、今なら言いたいことを全部言える気がします。というか今言わないと、もう一生言えないかもしれません。こんな時に言うのは卑怯かもしれませんが、言わせてください」

「えっ……」


 桜子が僕の正面に立ち、僕の腕を両手で包み込む。


「私……あず君が好きです。ずっと前から夢中でした。朝日奈珈琲からの引っ越しが決まった時は今生の別れを覚悟していましたけど、私を葉月珈琲に紹介してくださった美羽さんは私の想いに気づいていたみたいで、あず君と再会した時は運命だと思いました。既に恋人がいるのに、こんな想いを抱くのは失礼かもしれません。諦めようと何度も自分を戒めてきました。でもあず君と一緒に過ごせば過ごすほど、この内に秘めた想いが消えるどころか、段々大きくなって……もうどうしたらいいか」

「失礼だなんて思わねえよ。むしろちゃんと言ってくれて嬉しい」

「私はさっきみたいな思いは二度としたくありません。なので……その……1つ頼みがあるんです」

「頼みって何?」


 桜子が胸に手を当てながら真剣な眼差しを僕に向け、高らかに口を開いた。


「私のこと……抱いていただけませんか?」

「ええっ!? なっ、何言ってんだよ! そんなことしたら……君の先代マスターに申し訳ねえよ」

「どんな形であれ、悔いのない道を選べ。先代の言葉です。確かに不純かもしれません。しかも大会中にこんな申し出をするなんて、サポーター失格ですよね……でも……好きすぎて辛いんです」


 苦しそうに胸を押さえ、一向に大きくなる想いを吐き出す桜子。


 下を向きながら地面に涙がこぼれ落ち、涙腺に溢れ出す想いを止められない。


 浮気覚悟で打ち明けてくれたんだ。


 真剣に応えなければと感じさせるくらいには、切実な想いと理解する。昔だったらとっくに諦めていたかもしれない。だが伊織が道なき道を抉じ開けてくれたあの日から、複数人の恋人を持つことに抵抗がなくなった。伊織は僕だけじゃなく、桜子のブレーキまで壊してしまったようだ。


「桜子、今は大会中だからさ、まともに返事はできそうにない」

「……そうですよね……あはは……えっと……今のことは忘れてください。気が動転していたようです」

「だからさ、明日まで待ってほしい。ちゃんと返事はする」

「はい……でも無理はしないでください。あず君に迷惑はかけたくありませんので」


 桜子は恥ずかしさからなのか、僕から離れてしまった。


 消えるどころか大きくなる……か。僕がバリスタとしての目標を明確にしてくれるきっかけとなった、朝日奈珈琲先代マスターの親戚から告白を受けるなんて、思ってもみなかった。


 きっと僕が知っている常識は、既に終焉を迎えている。


 僕が作り出した常識は、いつの間にか周囲に共有されている。口には出さなかったが、あわよくば結ばれたいと言いたげなのは手に取るように分かった。正直に言えば凄く嬉しいが、しばらくは会ってくれそうにない。シャイでナイーブな桜子は、僕にはとても眩く甘酸っぱい光のように感じた。桜子の姿が小さくなっていき、ホテルに入っていくと、入れ替わるように皐月が歩み寄ってくる。


「探したぞ。こんな所にいたか」

「悪いな。ちょっとカフェ巡りしてた」

「カフェ巡りは大会の後にするものじゃなかったのか?」

「例外もある。カフェが目に入ったらさ、今入らないと後悔すると思って、つい入っちゃうんだよな」

「ふふっ、あず君はいつでもあず君だな」

「誉め言葉と受け取っておく」

「早くホテルに戻るぞ。練習しないと、勝てる試合も勝てないからな」


 皐月が僕の手を引く。姉に連れられている弟のようにしか見えない。


 桜子のことが頭から離れない。僕は見事なまでに術中にハマったらしい。


 そういやバリスタオリンピックの時、こうして愛する誰かのために競技をしていた気がする。勝つためだけの競技じゃなく、もっと崇高にして輝く想いのために。


 だが今は雑念を封印しよう。返事は明日にでも告げればいい。


 僕はこれ以上桜子と会うことなく、明日に向けた練習に明け暮れるのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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