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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第20章 第一人者編
488/500

488杯目「知略と陰謀の輪舞」

 JBC(ジェイビーシー)JLAC(ジェイラック)決勝も大詰めだ。


 結果発表を待ちかねているように、杉山社長も観客席の後ろにある飲食店の客席からステージを見下ろしながら待機し、僕も飲食店に入って注文を済ませると、杉山社長の隣に腰かけ、監視するように目を離さなかった。うちの連中をリタイアさせようとしていたなんて、油断も隙もありゃしない。


 石原は杉山社長の指示で睡眠薬を盛ろうとしたが、これも証言させたところで、のらりくらりとかわされてしまうだろう。指示は間接的に行われたもの。つまり企みを知る誰かが他にいたはず。石原が睡眠薬を持ち込んだのは間違いないが、何故誰も眠らなかったのか、それが大きな謎だ。結果的に助かったが、誰も被害を被らなかったことで、杉山社長を咎めることができなくなった。


 まずはJLAC(ジェイラック)の結果発表から始まった。ジャッジの挨拶が終わると、美月、凜、桜子、皐月、黒柳が並んで入場し、拍手で迎えられた。コーヒーイベントは今年も大盛況だ。アジア最大規模ということもあり、世界中からコーヒーにまつわる多くの技術と情熱が集まってくる。コーヒーに携わる者にとって、この場所にブースを設けるだけでも栄誉なことだ。うちの最終兵器もここでようやく情報が解禁され、僕が作り上げたレポートも公開された。


 みんな結果発表の時だけは業務を休み、会場内のテレビに目線を集中する。まるでプロスポーツの日本代表が世界大会で活躍する姿を誰もが目撃する光景のようで、バリスタに対する期待値は年々増加傾向にある。スポーツ観戦と同じ感覚だ。もはやただの競技ではない。世界中で飲まれていて、世界中に仲間とライバルがいる有意義なCスポーツだ。その規模はサッカーにだって負けていない。


 既に安全圏を勝ち取っているのか、いつもより緊張に欠けている。


 最終5位に黒柳が発表された。ここから先は葉月グループの戦いだ。最終4位は桜子が、最終3位は皐月が発表された。残るは美月と凜の2人のみ。うちのバリスタは才能のある連中ばかりを集めている分野特化型の育成方針だ。不正さえなければこれほど強いことを再認識できた。穂岐山珈琲の総合向上型の育成方針よりも分野の偏った大会では有利だが、総合格闘技とも言えるバリスタオリンピックでは不利だ。うちのやり方とて完璧ではない。穂岐山珈琲にも見習うべきところがあった。


「ジャパンラテアートチャンピオンシップ優勝は……株式会社葉月珈琲、葉月ロースト岐阜市本店、葉月美月バリスタです。おめでとうございます!」


 拍手が喝采し、美月は黄金に輝くトロフィーを受け取る。


 凜は不穏な無表情を浮かべながら美月を称えた。ラテアーティストとしての才能なら凜も負けていないはずだが、今回はベテラン勢の美月に軍配が上がった。量より質とは言うが、バリスタ競技会は量をこなしてこその質だ。これで8勝10敗、もう少しで追いつく。勝てそうにない競技会を捨てる作戦は失敗に終わった。杉山社長は勝てそうな競技会を選んだつもりだろうが、バリスタに詳しくない杉山社長がここまで選べるとは思えない。バリスタ競技会に精通している者に任せているんだろうか。


 続いてJBC(ジェイビーシー)決勝の結果発表が始まる。


 紗綾、根本、桃花、響、村雲がステージに入場する。


 ここにいる誰もが司会者の一挙手一投足を気にしながら審判を待つ。


「分かっているとは思うが、もし村雲君が根本君以外の全員を上回ったら、その時は今度の株主総会で吸収合併を申し出てもらうぞ。契約書にもサインしてもらう」

「今更咎める気にもならねえけど、あんたがうちのバリスタを眠らせてリタイアさせようとしているとは思わなかった。この借りはきっちり返させてもらう」

「はて、何のことやら。だが……まさか有田君が参加しているとは思わなかったがね」

「やっぱりあんたにとっても想定外だったんだな」

「有田君はうちのバリスタの焙煎担当でもあるからね。早々にリタイアしてサポーターに回ってもらう予定だったというのに。わざわざ命令違反するような人を置いておく理由はない。あいつもコーヒーイベントが終われば即クビだ。まだ公表してないが、葉月グループを吸収合併したら、コーヒー業界からは撤退する。今度は私が与党議員として立候補し、今度こそプロ契約制度を廃止させてもらう」

「それまでグループが持つかな?」

「ふん、減らず口を叩けるのも今の内だ」


 再びステージを見下ろす杉山社長。奴は同じ過ちを繰り返そうとしている。


 撤退するってことは、今うちにいるバリスタは職場を失い、多くの人間が路頭に迷う。


 仕事ができる人はすぐに次の職場が見つかるだろう。だが修業段階の連中は居場所がなくなる。労働市場は新卒には優しいが既卒には厳しく、即戦力しか雇おうとはしない。起業するにしたって、今までの培ってきたノウハウ、有力な取引先がなければ、簡単には続けられない。


 失業率が高まれば内閣支持率が下がる。政府は失業率を下げないよう、付け焼き刃の就労支援に力を入れているってのに、方針と全く逆のことをしている。


 このじじい、一体何を考えてるんだ?


「そんなにコーヒーが憎いのかよ」

「憎いわけじゃないが、コーヒーが台頭してもらっては困るのだよ。居酒屋事業が立ち行かなくなってしまうからね。コーヒー業界が伸びれば、他の飲食業と削り合いになる。君は今までにコーヒー業界の発展と引き換えに、どれほどの飲食店を潰してきたか、自覚はあるのかね?」

「んなもんねえよ。事業拡大でライバルを潰してるのはあんたも同じだろ。居酒屋事業が伸び悩んでる原因をコーヒーに押しつけてんじゃねえ。だったら何故居酒屋の魅力で勝負してこなかった? 何故客が入りたくなるような店作りをしてこなかった? ……僕だったら、居酒屋の価値を上げて、結果的に居酒屋営業がしたくなるように改革していた。もっとも、下戸に生まれなかったらだけどな。あんたも下戸なんだろ? この会場であんたが会合をしているところを見させてもらった。あんたはビールを出されても手をつけなかった。日本で最大の居酒屋チェーンを経営するあんたが飲めないのは想定外だ」

「私はアルコールが嫌いでね、居酒屋チェーンは起業した当時人気だったから始めたのだよ。だが今の若者は揃いも揃ってコーヒー業界に参入し始めた。しかも他の居酒屋チェーンまでもがコーヒー事業に参戦し始めたことに私は危機感を持った。コーヒー業界の代表各である葉月グループ、そしてコーヒー業界の御意見番である君を倒さなければ杉山グループに未来はない。私が懸念していた通り、老若男女問わず、空前絶後のコーヒーブームを君が引き起こしたせいで、今までの投資が台無しになった」


 両腕を震わせながら杉山社長が言った。恐らく令和恐慌のとばっちりを受けた影響だ。杉山グループがビール事業への投資に成功していれば、令和恐慌の危機を乗り越えられた。旧村瀬グループと癒着していたのも投資の一環だが、葉月グループが横取りする格好となった。海外進出を阻んでいたのは杉山グループだ。保守派筆頭格である副社長を買収し、利益を独り占めする算段だった。


 僕は思った。こんなグループは存在そのものが害悪だと。


 最終5位は紗綾、最終4位には桃花、最終3位には根本が入った。


 残るは響と村雲のみとなった。だが勝負は見えていた。


「村雲君はアマチュアチームの中でも精鋭だ。プロスペクトランキングでも1位の実力を誇る」

「……今から心配になってきた」

「心配なら今すぐ日本から出ていくことだ。葉月グループ傘下から外れている君のコーヒー農園には手を出さないと約束しよう」

「僕が心配しているのは、あんたが負けた後駄々を捏ねないかってことだ」

「何だと……」


 眉間に皺を寄せる。段々と不機嫌になるのが分かる。


 ルールの範囲内ではあるが、僕も最終兵器を使わせてもらった。


 まだ誰も使っていない世界最高峰のコーヒー豆を使った時と同じだ。不手際があったにもかかわらず、1位通過したことを知った時は誰よりも驚いた。コーヒー豆を選んだ時点で、世界を相手に圧倒した。


 祈りを捧げながら見守った――。


「ジャパンバリスタチャンピオンシップの栄えある優勝は……株式会社葉月珈琲、葉月コーヒーカクテル岐阜市本店、棚橋響バリスタです。おめでとうございます!」


 途轍もない歓声が沸いた。村雲はその場に肩を落とした。


 準優勝に輝いたが、相手が悪かった。


 会場にいる観客はアマチュアチームの態度をよく知っていた。優勝してもどうせ日本代表を辞退するだろうと考えている連中ばかりだったのか、いつも以上にスカッとしたような快感を覚えている。


 これで9勝10敗だが、杉山社長は残り2種類のバリスタ競技会を辞退しているはず。


 杉山社長は黒いオーラを身に纏い、その場に項垂れた。


「ふふふふふっ!」


 体を震わせながら口角を不審なくらいに上げた。ショックで頭がおかしくなったんだろうか。


「残念だが、君の負けだ」

「いい年して計算もできねえのかよ。あんたは明日の競技もリタイアしたはずだ」

「あず君、大変だよっ!」


 千尋が慌てながら僕の元に駆け寄った。


「どうかしたか?」

「杉山グループ本部株を株式発行して、過半数を超えられなくなったんだよ」

「かっ、株式発行!」


 やられた。株式発行されてしまえば、本部株の数で過半数を超えられない。今更回収しようにも時間がない。コーヒーイベント終了は3日後だが、何か不自然だ。


 まるで勝機が残っているような立ち回りだが、決着はついたはず。なのに何故――。


「でも杉山グループは全部のバリスタ競技会で負けたはずだぞ。何も問題ないんじゃねえのか?」

「ところがそうは問屋が卸さないんだよ。今君の家の前に刺客がいる。明日の競技会を全て辞退するよう大会の運営に伝えろ。さもないと刺客が君の家族を殺害する。今日の午後6時までに私が中止メールを送れば殺害は阻止される。メールを送らなかった場合は殺害を実行させる。刺客はいわゆる無敵の人でね、葉月グループが業績を伸ばしたことによって勤めていた会社が倒産に追い込まれ、生活保護を拒否された人間で、この世に何の未練もない。そいつの体には爆弾が巻きつけられている。君の家族が何人も巻き込まれて死ぬ。もちろん実行犯は跡形もなく消える。証拠も残らない」

「どこまでも卑怯な奴だな」

「君が悪いんじゃないか。それとうちの本部株も返してもらおうか」

「……杉山社長! 僕が杉山グループの後を継ぐ! だからそんな馬鹿なことやめてよ! 一生杉山社長の言いなりになるから……お願い……」


 千尋が泣きながら杉山社長の足元に跪く。


 今までにない怒りが込み上げ、理性が本能を必死に押さえつける。


 ――駄目だ。手を出せば相手の思う壺だ。耐えろ、耐えるんだ僕。


 家族を人質に、うちのバリスタを競技会からリタイアさせ、確実に勝利を得ようとする作戦か。勝負とは関係のないところで陰謀を巡らせ、圧力をかけて降伏させる。今年に入って急にアマチュアチームのバリスタに投資をしたのは、卑怯な手を使わないと思わせるためだったのか。


 目の前でいつもは見せない遜った態度の千尋を止めることさえできない自分に腹が立つ。


 僕の家族を助けようと耐え抜こうとする千尋の姿勢は……愛情以外の何物でもなかった。


 このままじゃ、リタイアさせられる――どうする? 唯も伊織も帰宅したばかりだ。子供たちも恐らく家にいるだろう。今すぐ連絡するか? いや、それじゃ気づかれて実行に移されちまう。スマホを取り上げてもパスワードを入力する必要がある。壁はいくつもある。


 午後5時32分、残り28分しかない。


 ――頼むっ! 外の異変に気づいてくれっ!


「運営関係者が全員帰ってしまうぞ。リタイアルールを使えば、君の権限で残りの競技をリタイアさせることができるんだ。村瀬君、運営関係者をここに連れてくるんだ。もし下手なマネをすれば、刺客にメールを送って即実行に移させるからな」

「……分かった。あず君、ここは従うしかないよ」


 千尋は僕の方に顔を向け、片目を軽く閉じた。


 ここは任せてくれと言わんばかりだ。運営関係者を呼びに行き、24分が経過する。


 うちのピンチだってのに、何もできないなんて。


 こいつも最終兵器を用意していた。無敵の人を使い、負けた時のことまで考えていたとは……。


 やはり僕のような戦術家は……戦略家には勝てないのか……。


 午後5時56分、ようやく千尋が戻ってくる。


 しかし、千尋が呼んできたのは思いもしない人物であった。


「あんたは……宇佐さん。何でここに?」

「皐月さんに呼ばれて来ていました。この人が尻尾を出すとすれば、今しかないと思いましてね」

「どうしたんだ村瀬君、運営関係者を呼んでこないと――」

「葉月社長のご家族なら無事です。今私の仲間がご家族全員の無事を確認しました。それと杉山社長が送った刺客ですが、現地で私の仲間の1人に取り押さえられ、警察の取り調べを受けています」

「「「!」」」


 すぐにスマホでメールを確認する。唯からは無事であると知らせを受けた。


 ホッと胸を撫で下ろし、思わず膝をついてしまった。杉山社長は開いた口が塞がらない。顔を真っ青にしながらコーヒーを紙コップごと零してしまった。今度は杉山社長がメールを送るが、一向に返信がないまま、午後6時を過ぎてしまった。僕がメールを送ると、唯から再びメールが送られた。


 どうやら宇佐さんの言葉は真実のようだ。


「馬鹿なっ! そんなことあるはずがない! 所詮はハッタリだ!」

「無駄ですよ。メールを送ったところで、発信源であるあなたのスマホが特定されるだけです」

「全くだ。私がそんな隙を与えると思ったか?」

「お前は……立花皐月か」

「皐月、何でここに?」

「あず君が脅されていることを知ってな、居ても立っても居られなくなったんだ。誰からの依頼かは伏せるが、宇佐さんは杉山社長の不祥事について調査するよう依頼されていた。そしたら不祥事の証拠が面白いほど見つかってな。ついでに杉山社長が無敵の人を使って脅迫行為を行っていたことも事前に判明していた。念のために葉月家の周辺を見張っていたら、思った通り、不審者を釣れたわけだ」

「勝利を確信した時にこそ隙が出るとは、よく言ったものです」


 ――やっぱりあいつは……策士の中の策士だな。


 証拠が掴めたってことは、杉山社長も年貢の納め時だな。


 正直、こんな形で決着がつくのは残念だ。純粋に杉山グループとの対決を見たかっただけだ。でも何でそんなことを考えるのだろうか。僕は勝たなければならない。負ければ全てを失うのだ。なのに勝負とは別に見ていたい気持ち……これは一体何だ?


 昔の僕なら問題なく言語化できていたはずなのに。


 リタイアさせているなら勝負を続けられない。だが有田は参加していた――ん? だったら他の連中だって、まだ参加資格があるんじゃねえのか?


「千尋、エヴァとカートはリタイアさせてないよな?」

「もちろん。エヴァとカートは明日を戦うために本社で練習してるよ」

「だが杉山社長の不祥事が発覚した今、優勝回数勝負をしなくてもいいんじゃないか?」

「皐月ちゃんはあず君を分かってないなー。そんなんであず君が納得するわけないじゃん。それに優勝回数勝負を中止する条件は、あくまでもどちらかのグループが存続不可能になった場合のみだし、杉山社長が捕まっても続くんだよ。明日が最終決戦だよね?」

「そうだな。リタイアなんてされたらコーヒーイベントの信用にも関わるし、葉月グループから圧力をかけられたなんて言われたら、今後の事業拡大にも支障をきたす。だからここは勝負なんだ。それまで杉山社長の逮捕もお預けだ。あんたが始めた覇権争いだ。ちゃんと最後まで見守る責任がある。証拠は揃ってるし、どうせ逃げられないんだ。あんたもそれでいいよな?」

「私は構わんが、1敗でもすれば、葉月グループにとっては一巻の終わりだぞ。うちが勝った場合は娘に跡を継がせた後、葉月グループを吸収合併した上でコーヒー事業から撤退させる」

「いいぜ。正々堂々戦って負けるなら悔いはない。うちの運命を決めるのは僕の教え子たちだ。千尋は仕方ないとして、他の競技者には黙っておけよ」

「「「……」」」


 再びステージ上で記念撮影をしている響たちを見た。


 良い武器は使い手を選ぶとは言うが、最終兵器を使いこなすあたり、流石はうちのラストピースだ。


 このまま終わるのは僕の本心ではない。


 最愛の恋人が僕に囁いている。最後まで全力で戦えと。戦うことから目を背けた者には決して微笑まないと。上等じゃねえか。こんなことをみんなが知ったら、僕の方が葉月グループに背信行為を行っていると思われかねない。だがリスクを取らなかった場合の未来なんて知れている。


 決済を済ませて観戦用飲食店から出ると、すぐに皐月が追いかけてくる。


 僕の真意を理解しているのが……千尋だけとはな。


「本当にいいのか?」

「ああ。璃子には僕が責任を取ると伝えたところだ」

「呆れた奴だ。交渉次第で無条件降伏させられるところまで漕ぎ着けたというのに、結局勝負する破目になってしまったんだぞ。あず君の言いたいことは分かったが、葉月グループはあず君1人のものじゃないことを忘れるな。コーヒーに携わる善良な人間全員のものだ」

「皐月、どこの誰だって、絶対に避けられない勝負ってもんがある。僕にとっては今がそれだ。まさか負けるなんて思ってねえよな?」

「私も弥生たちを信じてはいるが、エヴァもカートもバリスタオリンピック経験者だ。総合力勝負においては国内最強のバリスタと言っていい」

「総合力勝負最強なら、うちにもいるだろ」


 いまいち腑に落ちないまま顔を落とす皐月。


 業務提携を結んでからというもの、立花グループは葉月グループへの依存が強くなっている。


 皐月の実家さえ、この勝負に運命が懸かっている。


 覚悟は決めたが、息が段々と荒くなってくる。ここまで極度の緊張を味わったのはいつ以来だろうか。もう後には引けないこのスリル感、手に汗握るせめぎ合い。ストレスではあるが、悪くないと思う自分がいる。昔はこんな想いを持っていたような気がする。なのに、思い出せない。


 火山が噴火するように心が熱くなり、目の前の競技に集中するあの感覚――。


 ――みんなの競技を見る度に思い出す。


 コーヒーのことだけで、延々と語れる意気揚々とした姿、まるで昔の自分を見ているようで、とても他人事とは思えないが、今の僕からは離れているようにも思える。明日の午前10時、観戦用飲食店に来るよう杉山社長と約束したが、逃げたら証拠を突きつけて逮捕する用意はできている。


 絶対に避けられない勝負であることは、相手も同じなのだから。

読んでいただきありがとうございます。

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