477杯目「機密文書」
彼女たちと子供たちの昼食は僕に細やかな幸せの時間を与えてくれた。
僕には帰る場所がある。このうっとりするくらいに幸せな家庭を守るためなら何だってやる。
ここにいる誰もがコーヒーに携わり、やがて次世代へと受け継がれていく。
数日後、僕は強化合宿へと赴いた――。
7月下旬には解散総選挙が終わる。劇場用駐車場は立ち入り禁止区域に指定し、外からのゲスト出演はしばらく見送りとなる。槍崎さんが潜伏しているキャンピングカーを見る機会のある者は、関係者以外誰もいなくなった。相談の末、公演もしばらくは中止とし、花月さんが情報収集しやすくした。
先週まで僕は唯に、伊織は凜に、それぞれの技能の粋を授けるように指導すると、皐月も僕と伊織に倣って他のバリスタたちに教え始めた。店で営業中の人もいるが、今年から復帰する者、前回決勝進出を逃した者たちは地方予選から参加する。唯は今頃名古屋予選に参加しているところだ。今ここにいるのは、去年決勝進出を果たした者たちだけだ。僕が本当に期待しているのは皐月である。
アマチュアチームに勝つことができるは主力筆頭は皐月だ。
全く同じドリップコーヒーを用意されながら全問正解するあたり、皐月はコーヒーに愛されている。
不正の事実はまだ公表されていない。心配になってきた。いつかは決断を下さなければならない。
それに槍崎さんが証拠のコピーを隠した場所、どうやって調べようか。
「あず君、どうかしたんですか?」
伊織が心配そうに声をかけてくる。
「知り合いに記憶喪失の人がいるんだけどさ、どうやったら思い出せるかなって」
「そんなに重要な記憶なんですか?」
「うん。思い出せないと、最悪日本がひっくり返るかも」
「ええっ!?」
両手で口と鼻を覆う伊織。可愛い。
「――伊織だったらどうする?」
「そうですねー。頭を叩くとか?」
「それで解決したら、記憶喪失なんてとっくに治療可能になってると思うけど」
「うーん、記憶を失った時と同じ状況を作ってはどうでしょう。一度見たことのあるシチュエーションなら誰でもハッとするはずですよ」
「! それだっ! その手があった! 悪い、そろそろ帰るわ」
反射的に興奮しながら伊織の両肩を掴んだ。
「……み、見つかったようで……何よりです」
伊織は若干引いているが、そんなことはお構いなしに、僕は強化合宿のロッジを去った。
「あず君どうかしたの?」
「さあ……私にもよく分かりませんけど、ああいう時のあず君はとても頼りになるんです」
スマホでタクシーを呼び、山を下りていくと、早速10年前を調べた。
弾劾の糸口は掴めたが、肝心の記憶がない。コーヒーを飲んでいたとはいえ、10年前に流行ったコーヒーなんていくらでもあるし、何より殺人未遂事件を起こした証拠がなければどうにもならない。
今から10年前って言われても――。
丁度バリスタオリンピック2015東京大会が行われた時期だ。
雁来木染のふりをしながらメールを打った。花月さんに事件の日付を覚えているかと聞くと、丁度2015年10月26日、バリスタオリンピックが終わった直後だ。あの頃は僕が使ったコーヒーに多くのコーヒー会社が注目し、飛ぶように売れた時期でもある。量産化はされておらず、1社あたりの量はそこまで多くなかった。だがこれからコーヒー事業に参加することを考えているならば、調達することは難しくないはず。今度は槍崎さんがどんなコーヒーが好きなのかを聞いた。
特に感銘を受けたのはパナマゲイシャとのこと。
今やパナマのどこにでもあるブランドとなったが、葉月グループのコーヒーに目をつけていたならば、恐らくはXOプロセスのコーヒーであると直感する。まだうちにあったはず。
葉月ローストにまで赴き、凜に問い合わせることに。
「えっ、売り切れ……」
「そりゃ葉月グループの看板メニューだよ。人気出るに決まってるじゃん」
「今すぐ調達してくれ。どうしても飲ませたい人がいる。バリスタオリンピック東京大会で僕が使ったパナマゲイシャを飲みたいって依頼されちゃってさ、僕も一緒に探すからさ、片っ端から頼む」
「別にいいけど、最短何日かかるか分からないよ」
「構わん。凜だけが頼りだ」
「! ――う、うん」
顔を赤らめながら恥ずかしそうに凜が頷く。
凜はとても誠実だ。一度交えた仲でもある。彼女の考えることは手に取るように分かる。
僅かな希望を託し、数日が過ぎた――。
7月中旬、様々な店舗を巡り、思った以上に時間がかかった。
解散総選挙まで時間がない。当時使っていたXOパナマゲイシャを携え、雁来木染としてバリスタランドに入った。中継ぎ支配人としての身分は失っているが、単なる見回りくらいはしても許される地位にいる。役員というだけでここまで融通が利くのかと感心した。
限られた人しか通らない道から劇場用駐車場へと赴き、キャンピングカーの前に着いた。
ノックをすると、花月さんがゆっくりと扉を開いた。
「記憶を取り戻せそうって聞いたけど、本当に大丈夫なの?」
「うん。記憶喪失のことを調べてみたんだけど、同じシチュエーションを再現できれば、記憶を取り戻すことがあるんだって、実際に外国でも、同じやり方で記憶を取り戻したって逸話もあるくらいだし、試してみる価値はあるんじゃないかな。何もしないよりはずっといいでしょ」
ドリップコーヒーマシンを持ち込んだ。中のキッチンを借り、熱湯を沸かすと、10年前を思い出すように、バリスタオリンピック決勝と同じようにドリップコーヒーを淹れた。
一点の曇りもなく、ただ目の前にいる客のために。
――こんな気持ち……久しく感じたことがなかったような。
昔には確かに感じていたもの。これほど純粋で清々しい気持ちで、コーヒーを淹れたことはなかった。何故か子供の頃を思い出す。総合スコアなんて一切気にせず、フレグランス、アロマ、フレーバーを感じ取り、これからコーヒーを飲む相手を喜ばせていた。ケトルを持ち、絶妙な角度に傾けながら熱湯を注いでいく。熱湯によって溶かされたコーヒーが落ちてくると、香しいまでの香りが密閉されたキャンピングカーの中を自由に漂い、僕らの嗅覚を潤わせる。あの頃味わったフレーバーと同じだ。
花月さんも槍崎さんも固唾を呑んで見守り、コーヒーがカップに注がれていく。
「さっ、飲んでみて」
「お、おう。ありがたくいただこう」
「気持ちはありがたいけど、これで記憶が戻るなら、こんなに苦労するわけ――」
「んんっ! こっ、これはっ! あの時のっ!」
後頭部を殴られたかのような衝撃が槍崎さんを襲い、椅子から音を立てながら転げ落ちた。
「父さん、どうかしたの?」
「……思い出した……何もかも全部……確かにこの味だ」
「ええっ!? そんなことって……」
「あるんだよ。たとえ記憶喪失だろうと、コーヒー好きなら、一度飲んだら忘れられない味だ」
やはりこのコーヒーだった。バリスタオリンピック東京大会で一躍注目を集めた逸品だ。
最初にキャンピングカーに乗った時、真っ先に見つけたのがエスプレッソマシンだ。
思い出せないならばエスプレッソではないと思い、ドリップコーヒーにしてみたが、どうやら僕の予感は的中したようだ。僕1人では成し得なかった。今までは人に聞くなんてなかなかできなかったが、当たり前のように人を頼れるようになった。僕は真の自立を手に入れた。
誰にも依存しないのではなく、依存する相手を増やし、1人では無理なことを可能にした。
企業は人の集合体だ。1人では限界がある。人に頼るなと誰かに言える人生を送った覚えはない。
「10年前、私は当時専務だった鍛冶に呼び出された。コーヒー業界への参入に賛成するし、使った会社の金は全部返すと言って会議室まで行った。そしたら鍛冶がこのコーヒーを用意していた。私はコーヒーの香りに誘われて、鍛冶が改心したと思って、コーヒーを飲んでしまったんだ。そしたら急に強烈な眠気に襲われて、気がついたら川の下流にいたんだ。槍崎コーポレーション8階オフィスルームの端に新人用の机がある。引き出しに証拠のコピーは隠してある。鍵の掛かった1番下の引き出しだ」
「鍵はどこにあるの?」
「それが……ないんだ」
「もしかして、これ?」
何かを思い出した花月さんが古びた鍵をバッグから取り出した。
「これだっ! どうして宙がこれを持っているっ!?」
「お父さんが緊急搬送された後、背広を洗濯しようとしたら、これがポケットから落ちたの」
「神はまだ……私たちを見捨ててはいないようだ」
「でも、誰かが取りに行けば気づかれるよ」
「そうでもないよ。私に任せて」
「「!」」
唐突に2人が僕を見る。信じられないと言わんばかりに。
手掛かりは十分に得た。後は行動するだけだ。それだけが説得力を持つ。
花月さんは手を伸ばし、引き出しの鍵を僕に差し出した。手の平を上に向けて受け取る。確かな思いを託された。この状況をどうにかできるとすれば、もう僕しかいないんだ。僕にはそれだけの力があるし、力には責任が伴うことも知っている。できるかどうかじゃない。やるかやらないかだ。
バリスタランドを出ると、目と鼻の先にある鍛冶コーポレーションまで徒歩で向かう。
ここからは僕の戦いだ。鍛冶コーポレーションには一度訪問したことがある。ヴィランの本拠地は例に漏れずブラックだ。うちなら6時にはみんな帰宅するところだが、ここは8時を過ぎても社員が平気でいるのだ。自分が休日を過ごすことは好きでも他人が休日を過ごすことは忌み嫌われている。ここだけ1980年代に戻っているかのようだ。ある意味ではバリスタランドよりも当時の労働環境を再現している。圧政に文句1つ言えないのも教育の成果だ。革命なんて起きないし、警備をする必要もない。水面下の格差を知らないまま生きている時点で、完成された社会主義国家だ。
夜を迎える前に真っ黒なビジネススーツを洋服店で購入する。
手続きを済ませ、人生ではかなり久しぶりにスーツを着た。
女性用ではあるが、何の違和感もなく着こなした。店内で着用したまま購入し、雁来木染の服は丁寧に畳んでもらい、袋詰めしてもらった。旧槍崎コーポレーションでもある鍛冶コーポレーションは10年前と比べると、一部改装されてはいるが、あくまでも雰囲気を変えただけで、内部は変わっていないと花月さんはいった。花月さんは元々社長令嬢だ。建物の内部構造に精通しており、バリスタランド専属歌劇団となったのも、立花社長の設計が気に入ったのが決め手であると花月さんは言った。
他のビジネスマンたちに紛れてロビーを通り抜ける。みんな似たような格好だし、何の違和感もなく背広を着用しているが、僕にはいかんせん恥ずかしすぎる。日本の未来を懸けた戦いじゃなきゃ、誰がこんなもん着るかっつーんだよ。趣味悪いっつーの。スコットランドの労働着をベースにしているだけあり、夏の暑さも手伝ってか、汗で肌がジメジメする。こんな季節にスーツを着せるなんて、ハラスメント以外の何ものでもない。葉月グループが自由服なのは、生産性向上のためである。
エレベーターでは怪しまれるため、エスカレーターで上がる。確か8階の奥だったな。
オフィスルームに入ると、数十人の社員が冷房の効いた部屋の中をのんびりと過ごしながらパソコン画面と向き合い、何人かは人気動画投稿者の生配信やエロ動画を視聴している。
僕の生配信の時も、こういう奴らが見ているのかと思うと唖然とする。1人あたりの生産性が低いのは当然だ。ロクに働かないくせに、残業は欠かさない連中のせいもある。明らかに自律を失っている大人たちだ。誰かの指示がなければ動けず、暇になればスマホ画面とすぐ向き合おうとするのは社内ニートだ。無職ニートよりもずっと問題にするべき連中だ。
僕には聞こえる。倒産が刻一刻と迫り来る音が。
仕事ができる人よりも、忖度ができる人ばかりが出世街道を走っている。窓際の席に座っている部長らしき人物は、如何にも人当たりが良さそうだが、肝心の作業は遅れているようで、自分のミスを棚に上げて部下を叱りつけている。こんな社員がいる企業はごまんとある。
1番奥の机には、僕の行く手を阻むかの如く、20代くらいの若い男が人が席に着き、パソコンで作業を行っている。当時とは異なり、後任の席になっているようだ。
「ちょっと失礼」
「は、はい。どうかしました?」
「つかぬことを聞くけど、ここの鍵開けたことある?」
「あー、ここの鍵、前から行方不明なんです。前の人が持っていったのか、開けられないんですよね」
「なら良かった。実はここ、私の席だったの。会社を辞めた後、中の荷物をすっかり忘れてたから、少しの間、替わってもらってもいいかな?」
「分かりました。そういうことなら」
若い男を席から退場させると、僕は屈みながら持っていた鍵を穴に入れた。
見事に一致し、ガチャッと音を響かせる。引き出しを開けてみれば、1枚の青く分厚いファイルが底に置かれている。手に取ってからすぐに閉めると、鍵を机の上に置いて立ち上がる。
ファイルの中に入っている機密文書をチラッと見たが間違いない。10年前の鍛冶議員のことがきっちりと書かれている。どうやらお金の動きを調べるための追跡データのようだ。会社のお金をどんなふうに使ったのかが全て筒抜けだし、本人もまさか自分の本拠地に証拠が置かれているとは思ってもみなかっただろう。会社のお金を誰かに横流ししていたようで、奇しくも相手は杉山社長だった。以前から癒着を持っており、杉山グループからの贔屓により、取引を有利に働かせる代わりに裏金を渡していた。この時点で業務上横領罪確定だ。これで杉山社長と鍛冶議員をどうにかできる。
問題は槍崎さんをどうやって眠らせたかだ。コーヒーに睡眠薬を入れたのは分かったが、これを裏付ける証拠の1つでもあれば、より確実なものとなる。
急いで鍛冶コーポレーションの外に出た。
傍から見れば真面目に仕事をしているようにしか見えないキャリアウーマンだ。常に仕事をしているように見せなければ必ず咎める者が現れる職場だ。とても長居できる場所じゃない。あんな全体主義的で、競争に勝つことばかり教えられてきたような殺伐とした連中と一緒にいるだけで息が詰まる。
学生気分から卒業しろなんて言葉があるが、どちらかと言えば、日本の企業の方が学生気分から抜けきっていない。理に適っていない上下関係なんて卒業するに限る。一方が逆らう余地のない関係ほど不健全なものはないし、文字通り一方的なトップダウンが当たり前の環境では対話なんてできない。日本人が同期以外の人と対話ができないのは、厳しい上下関係のせいだ。さっきの新人も同期の同性とばかり話していた。同級生とばかりつるんできた教育の成果だ。
この会社が変革を余儀なくされた時、果たして生き残れるかな。
花月さんにメールを送り、ファイルは僕が預かることを告げた。
ファイルを見ている内に気づいたことがある。
杉山社長と鍛冶議員が葉月グループを執拗に陥れるだけの訳を知った。
2人はビール事業に巨額の投資を行っていたのだ。
しかし、僕がアジア人初のバリスタオリンピックチャンピオンとなり、コーヒー業界が台頭すると相対的にビール事業が先細りとなり、投資が頓挫してしまったのだ。2人は多大な損害を負った。他にも重大な影響の1つとして、旧村瀬グループが一部事業を残して消滅した。千尋が言っていた改革案はビール事業にコーヒー要素を組み込むことであった。つまりコーヒーカクテルという、開拓こそ進んでいないが、人気が徐々に伸びる傾向にあったカテゴリーを組み込むはずだったが、保守的な幹部たちが脊髄反射で反発し、改革を始めた頃には、既に手遅れの段階にまで状況が悪化していた。
このまま状況を放置すれば、旧村瀬グループどころか、国単位で同じことが起こる。
コーヒー業界の台頭は、他の飲食事業にとっては脅威でしかなかった。
杉山社長は居酒屋チェーン、鍛冶議員は料亭チェーン、どちらも最初から競合相手だった。コーヒーが売れれば売れるほど、他の飲食店の売り上げが相対的に下がるのは自明の理。競争に参加するとは客の取り合いをするということだ。僕はいかんせん影響力が高まりすぎた。
機密文書はしばらくうちで預かろう。劇場用駐車場に行く理由もなくなった。
杉山グループは投資失敗の原因が僕にあると考えているようで、勝負を仕掛けてきたのは単なる偶然ではなく、必然だったのだ。鍛冶議員は杉山社長につき合わされる格好となっていた。そしてもう1つ明らかになった真実がある。僕はあらぬ疑いをかけていたようだ。
僕の推理が正しければ、きっとうちに味方してくれるはずだ。あいつなら――。
自室で機密文書を念入りに読み上げた。1枚1枚の紙に詳細が記録されている。不祥事発覚から文書作成まで期間は長くなかったはずだし、徹夜して書いたのが手に取るように分かる。プリントアウトして鍵まで掛けていたあたり、初対面の時から分かるくらいに用心深い性格だ。
唯が靴下越しに足音を立てながら部屋に入ると、僕の両肩に両手を乗せ、たっぷりとした柔らかさが後頭部に当たり、半球がその姿を変形させた。
「これが機密文書なんですねー」
「中は見るなよ。もしここにあるってバレたら、全員消されるかも」
「何でそんな物騒な書類を持ってくるんですか?」
「家にあった方が安全だ。ここなら敵も簡単には侵入できない」
「もう後戻りはできませんよ。本当に弾劾するんですね?」
覚悟を問うように唯が尋ねた。誰も巨悪に立ち向かってこなかった。
だからこそ誰かが立ち向かい、この国の夜明けを迎えるべきだ。
誰もやらないなら僕がやるしかねえじゃねえか。今まで誰もが見過ごしてきた汚点を取り除く時。今年がこの国を立て直す臨界点、つまり最後の機会と直感が教えてる。正義が勝つんじゃない。勝った方が正義だ。自分を貫く生き方なんて、基本辛いだけだし、人と違うことをしたからといって、必ずしも頂点に登り詰められるとは限らない。どこの誰であれ、多くの先駆者が血を流してきた。道を開くのは決して簡単なことじゃない。だが頂点を勝ち取ってきた者たちは、いずれも自分を貫いてきた。
止まない雨はない。終わらない戦いもない。結論は神のみぞ知る。たとえ勝てなくても、自分自身という役を精一杯演じた一生だ。そこには悔いなんてないし、うちが勝っても、敵が勝っても、それがこの国の選んだ道だ。僕は家族と共に堂々と滅びゆくこの国を見捨てれば済むだけの話である。
この国から受けた恩恵は既に全部返した。
「決まってんだろ。できることは全部やる。後は運次第だ」
「人事を尽くして天命を待つ。あず君らしいというか、大会の結果発表前みたいです」
「吉樹の子供たちを見ただろ。何でも人にやってもらって、自分がうまくいかないことを他人のせいにしてた。自律を失った子供だ。あれじゃ変化していく社会に出た時、何もできない無気力人間になる。公約の中には教育改革を元に戻す内容もあった。不登校の子供全員を学校に行かせないと法律違反扱いにする公約が気に入らなかった。しかも過半数を超える人が支持してる。どうりで立候補できたわけだ。馬鹿ばっかりの民主主義ほど恐ろしいものはない。唯も覚悟を決めとけ」
「……そうですね。あず君は全然変わりませんね」
「周りが変わりすぎなんだよ」
席を立ち上がり、コピーした機密文書を茶色い封筒に入れた。失敗は絶対に許されない。運命の日は確実に迫っていた。この国にとって重大な日である。
解散総選挙の選挙活動が近い内に終わる。この機を逃す手はない。
生き辛い社会とは、いい加減おさらばしたい。
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