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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第19章 逆襲編
473/500

473杯目「想いも積もれば恋となる」

 夕日がすっかりと沈み、患者が雪崩れ込んでくる病院も大忙しだ。


 看護師の女性が両手の箱を持ち、丁寧にノックをしてから入ってくる。すぐ容体の確認を始めた。緊急時に備えた呼び出しボタンが近くに置かれ、機械動力で動くベッドに横たわる。今日はもう休むらしい。流石は東京の病院なだけあって設備が整っている。


 花束の届け主は知り合いのようだ。生花は禁止されているのか、プリザーブドフラワーボックスに入っている花が採用されている。多くの取引先から心配の声が寄せられていることが見て取れる。


 音もなく病室を出ると、凜と土門が廊下の端に設置されているベンチから立ち上がった。


「葉月社長、父さんと何を話していたんですか?」

「仕事の話だ。早く復帰したいみたいだからな」

「相変わらず仕事熱心なところは変わりませんね」

「尊敬してるんだな」

「将来エリートになりたいと思ったのは父がきっかけでしたから。今日は父がお世話になりました。父の代わりにお礼をさせてください」

「その必要はない。お礼ならもらった」


 重要な情報を与えてくれた。僕にとっては諸刃の剣だ。


 もし秘密を知ったことを鍛冶議員に悟られれば、最悪消されるかもしれないし、周囲の人間にも多大な迷惑がかかる。葉月グループはまだ盤石じゃない。リーダーシップのある世継ぎがいなければ、すぐにでも崩壊する。組織とは思った以上に脆いもので、一代限りで潰れた企業も少なくない。


 土門にさえ言えない時点で、事は慎重に進めなければならないことを意味している。


 凜を連れて病院の外に出ると、時間は午後6時を過ぎていた。


 タクシーを飛ばして帰ったところで2時間はかかる。家に着く頃にはぐったりしているだろう。車内で待つだけでも体力を奪われる。今の僕にできることは、無事に帰宅することだけだ。杉山社長や鍛冶議員が土門社長のいる病院を訪れても、僕が病院を訪れたことは内緒にしてくれるとのこと。


 夜風に吹かれ、心地良い涼しさが背中を吹き抜けた。


 確かな道筋が見えた。だが実行に移すならば、慎重に動かなければならない。


 人気のない場所にまで移動すると、早速璃子にメールを送る。詳しい話は後日行うが、土門社長から聞いた情報の大まかな概要を告げると、璃子はよくやったと一言だけ労ったが、内心では大喜びの合図だ。今頃は部屋の中を飛び回っているに違いない。


 今度会った時はとびっきりのご馳走に巡り合えそうだ。腹部に手を当てながら、凜が僕の服を掴む。


「ねえあず君」

「どうかしたか?」

「お腹空いた」

「ふふっ、じゃあ飯にするか。どっか行きたい所あるか?」

「あそこの和食店がいい」


 凜が指差したのは、特別感溢れる高級レストランの隣にある平凡な和食店だ。


 窓越しに天井に宝石が散りばめられたシャンデリアが目立つが、凜は気にも留めず瓦が規則正しく並んでいる木造の引き戸を横に開き、和食店に入る。凜よりも先に端のカウンター席に陣取り、注文を済ませてから冷たい緑茶を飲み、一息吐く。前々から気づいていたが、凜は素朴な味が好きなのだ。変に奇を衒ったものではなく、シンプルで分かりやすい作品を好んで作るところに凜の性格が現れていた。


 思ったよりも早く有力な情報を得たし、璃子に報告を済ませ、多くの時間が空いてしまった。予定では1週間ほど滞在し、些細なことだろうと何かしら嗅ぎつけることに尽力しようと考えていたが、このままでは早めの帰宅になりそうだ。ワールドコーヒーイベントに赴いたのは監視役を置くのが主目的である。マニュアルはサポーターチームに渡した。終わってしまえば僕の出番はない。唯たちは僕の長期離脱を想定して家事に身を入れているが、帰宅すれば驚くだろう。


 残りの期間の使い道は決まっている。やはりバリスタランドは決戦の舞台だ。コーヒー業界にとってではない。コーヒー業界を乗っ取ろうとする侵略者との決戦だ。杉山社長の対処は実質的に璃子が担当することに。僕は鍛冶議員をどうにかすれば助けになる。侵略者は何人もいる。最近コーヒー事業に参入している大手はみんなそうだ。利益を独り占めする者が現れれば人が離れていき、業界は腐敗する。僕は監視役としてのあるべき姿を問われているばかりか、力を失うことを恐れている。


 今まではなかったはずの感情に戸惑いがないと言えば嘘になる。


「凜、今日のことはみんなには内緒だぞ」

「分かってる。私だって、もう子供じゃないよ」

「僕は夕食が終わったら帰るけど、凜はどうする?」

「私も帰るけど、その前につき合ってほしい場所があるの。スカイツリーに昇ってみたい」

「……あの場所は避けたかったんだけどな」

「一度昇ってみたかったの。ねっ、いいでしょ?」


 怪しげな笑みを浮かべながら凜が言った。


「しょうがねえな。スカイツリーに行ったら帰るからな」

「うんっ! なんか楽しみになってきた」

「やっぱ凜は子供だな」

「子供じゃないもん!」


 ハムスターのように大きく頬を膨らませる凜。可愛い。


 注文した定食セットがカウンターテーブルに和風の黒いトレイごと置かれる。


 凜は和食店の店長と意気投合し、東京周辺の歴史を聞いていた。最も多く訪れた場所でありながら全く知らなかった。最初こそ何でわざわざ家賃の高いこの場所に引っ越してまで働こうとするのだろうかと理解に苦しんだ。出稼ぎの方が稼げるというよりは、出稼ぎ以外に稼ぐ方法を知らないだけで、世間から良いように踊らされていた。あまり大きな声では言えないが、大都市に住んでいる貧困層はきっと情弱なのだ。ただ生活するだけなら田舎でも十分だというのに、人口が多くて競争の激しい場所に住む神経が分からない。ただ1つ理解できるのは、重要なイベントの大半は大都市で行われるため、大きな仕事に関わる者ほど東京へと赴く機会が必然的に増えることだ。これが搾取の構造なのだろう。相手の方から赴かせ、世界トップクラスの物価で買い物をさせる。今は物価の安い国になりつつある。


 それでも生活費が高い場所であることに変わりはない。将来的には外国との取引を主力とし、東京とは文字通り距離を置く。国内予選会場を大都市に固定するのもどうかと思う。できれば様々な都市で国内予選決勝をやりたい。理由は人口集中を防ぐためだ。テロ事件が起こった場合のリスクがあまりにも大きすぎることもあり、普段は人があまり来ない小さな都市での国内予選の会場とすることを公約とする形で、穂岐山社長がジャパンスペシャルティコーヒー協会の会長候補に立候補したのだ。公約は全て僕からの要望である。コーヒーの普及活動に加え、バリスタが活動の幅をより広げやすくしたのだ。


 もう元には戻れない。どんなに足掻こうとも――。


 僕はトンテキ定食、凜はエビフライ定食を注文し、店長と話す凜とは対照的に僕は黙食を貫いた。食べている時でさえ仕事のことばかりを考えてしまう。絵に描いたようなワーカーホリックだ。何をするにも確実な方法で手際良くこなそうとする自分に、時折嫌気がさしてしまうのだ。


 スカイツリーに入り、エレベーターで展望デッキまで昇ると、摩天楼の夜景が見える。


 凜が僕の隣に陣取ると、音もなく僕の左手を握った。凜の手には熱が籠っている。人は思ったより少なかった。営業時間の終了が近づく中、1人、また1人と下りのエレベーターに乗っていく。僕も凜も夜景に夢中だ。少し遠くには威厳を纏いながら堂々と聳え立つ富士山が見える。東京に来る道中で散々見た。高い場所から見る富士山は格別だ。遠くにあるはずなのに、距離が近く感じる。


 ふと思った。仮に負けて海外脱出を測ったところで、この先うまくやっていけるとは思えない。日本のコーヒー業界を乗っ取られた者が世界で通用するはずがない。富士山にも登ったことのない奴が、エベレストに登れるはずもない。外国には既に別のトップバリスタが陣取っているし、国内予選の度に帰国するのも面倒とは思う。だが引退すれば関係ない。日本から逃げてきたというだけ権威は落ちる。新天地で成功するかどうかは運によるところが大きいし、競技会とは無縁の土俵でどこまでやれるか。凜には富士山が憧れの対象のように見えているが、僕には目の前の倒すべき敵にさえ思える。


 全く同じ存在でも、認識が違えば価値も変わる。


「……どうかしたか?」

「今日ずっとあず君のことを見ていたけど、何でみんながあず君についていくのかが分かった。あず君は敵対している人たちには全く容赦しない人だと思ってた。でも敵に塩を送るようなことをして、感謝される人なんて初めて見た。やりたいことを言えないから人生不幸だって、あず君言ってたよね?」

「……それはそうだけど」

「だから言うね。私の本当の気持ち」


 凜は恥ずかしそうに顔を赤らめながら僕の顔を見上げた。


「私、あず君が好き」


 耳元で囁くように凜が言った。昔告白された淡い感覚が耳の奥まで染み渡る。


「参ったなぁ~」

「あず君はどうなの?」

「もちろん、僕も凜が好きだよ」

「! えっ……ええっ!」


 目を横に背けながら黙り込む凜。僕には凜の顔が初めて可愛げのある乙女に見えた。


「でも僕……彼女3人いるぞ」

「全然平気。だってあず君以外の男って、どこか頼りなくて、好きになれないんだもん。この前唯さんたちと話した時、私の気持ちに気づいてたみたいで、私なら大歓迎って言われたの。後はあず君だけ」

「外堀埋めるの早いな」

「まあね。それに私、お父さんともお母さんとも疎遠だから、誰とつき合おうと文句は言ってこないと思うよ。独り身だから、他に行く当てもないし、葉月グループ以外の企業で生きていける気がしない。一生分の年金を払えとは言わないけど、ちゃんと責任取ってよね。私の人生を変えてくれたのは、他の誰でもない……あず君なんだから」

「……今日は泊まって帰るか。凜はどうする?」

「私もつき合うよ。あず君慣れてそうだし」


 さっきから心臓がうるさいくらいに大きく鼓動する。


 床下はガラス張りになっていて、遥か下に地面が見える。落ちたらひとたまりもないだろう。高所恐怖症の人にとって、これほど肝っ玉を試されるものはない。僕は高い場所が好きだ。労せずして頂点に上り詰めた気持ちになれる。凜は人を見下ろせるのが理由で好きみたいだ。


 一度は昇ってみたい場所にようやく入れた僕と凜はすっかり満足し、エレベーターを使って下まで降りると、次の目的地へと向かう。人目につかない場所に移動し、ごく普通のホテルに入った。名目上はワールドコーヒーイベントを見守るためだ。凜はトップバリスタたちに見惚れながらも常に僕と一緒にいてくれた。伊織がやるはずだった競技を丸ごとコピーするわけだが、こんなことはこれっきりと凜は言った。本当は自分で考えたい魂胆が垣間見えるあたり、もう心配しなくても生きていけそうだ。


 ホテルの一室に入ると、先に凜がバスルームに入り、シャワーを浴びた。一際大きく見える真っ白なバスタオルを身に纏い、すぐに僕と入れ替わる。バスルームは思ったよりも狭かったが、ただシャワーを浴びるだけなら十分だ。今日のことは家族には内緒にしておこう。


 あまりにも危険すぎる。色んな意味で。


 湯船の外に座り込み、安心のため息を吐いた時だった――。


「ふぅ~ん、あず君ってお風呂の床に座り込むんだぁ~」

「……凜、部屋で待ってろって言わなかったか?」

「待ってられないよ。私がせっかちなの知ってるでしょ」


 凜は生まれたままの姿でバスルームに侵入すると、僕の頭を掴み、あっさりと唇を奪った。


 僕の太股の上に座り込むと、対面するように見つめ合い、両手を背中に伸ばした。


 今日から交際を始めたとはいえ、まだ16歳の凜とのつき合いは熟考するべきだ。唯とつき合い始めたのは、彼女が15歳の時でもある。学生なら高校生とはいえ、葉月珈琲塾に通っていた者の傾向として、精神年齢は格段に年上である。だが僕らを止めることなど誰にもできない。


 正面から向き合う凜をゆっくりと押し倒し、彼女の顔色を窺った。凜がコクリと頷くと、僕は凜と深く繋がり、再び対面するように、僕の太股の上に座らせる。体を揺らす度に凜の息が荒くなっていく。指を胸部に伸ばし、小振りな胸をしっかりと揉みしだいた。伊織と変わらないくらいだが、張りがあって形も良い。指が食い込む度に快感を覚える凜だが、どうやら気に入ったらしい。


「んっ……」

「もっと激しくしていい?」

「い、いいけど……声出ちゃいそう……」


 恥ずかしそうにしながらも、全身を好きに触られる凜にはいつもより可愛げがある。


 凜は奇しくも僕がWBC(ダブリュービーシー)優勝を決めた日に生まれた。


 16歳最後の思い出を僕との交わりで満たしたい。僕自身の運命が変わってから、これほどの月日が経とうとしているのだ。所詮は過去の栄光だ。だが凜はある意味で、僕が培ってきた過去の象徴とも言える存在で、葉月珈琲塾による教育の成果が表れた最初の例でもある。


 全身の純白にして艶のある肌を撫でるように触る度、凜の小さな体がブルッと震え、唇を重ねる度に彼女の気持ちをより敏感に感じ取る。凜の心臓の鼓動が段々と激しくなる。間違いなく僕で感じてくれているのが分かる。体の動きが早くなるにつれ、僕も凜も息が荒くなり、正気を失っていく――。


 翌朝――。


 僕と凜は同じベッドの上で仰向けに寝ていた。


 カーテン越しの日光に起こされると、凜はスヤスヤと目を瞑ったまま、頭を僕の肩に預け、優しい吐息が音もなく耳に吹きかかる。早くも大人の階段を上った凜はぐったりしているようにも見える。今日は早くも出張から帰る日だが、凜は途方もない悦楽と開放感で頭がいっぱいだ。


 ベッドから下りて立ち上がろうとすると、凜がゆっくりと目を開けた。


「うっ……おはよう……なんか股の間がヒリヒリする」

「結構念入りに洗ってたもんな」

「あず君が激しくしすぎたせいじゃない」

「途中から滅茶苦茶求めてたくせに」

「……意地悪……んっ!」


 そっぽを向こうとする凜の胸を掴み、顔を振り向かせたところで唇を奪った。


 精神安定剤の如く、凜はすぐに機嫌を取り戻した。帰宅しようと着替えを済ませると、少し遅れて凜が私服に着替え終えた。昨日までの凜と変わらないはずなのに、何故か凄く魅力的に見える。


 既に慣れた感覚だ。これが好きになるということなのだ。


 部屋を出ようとすると、凜が僕の後ろに立ち止まる。


「あず君……」

「どうかしたか?」

「私、一生バリスタとして生きていく。コーヒーと共にあらんことを……なんてね」

「――期待してる。凜だったらきっとできる。僕ができたくらいなんだからさ」


 かつて劣等生と呼ばれた僕が、コーヒー業界を変えるなんて、誰も思っていなかっただろう。


 それからの経緯は簡単なものだった。


 数日後、僕は35歳の誕生日を迎え、アラフォー男性の仲間入りを果たした。


 外見は女子中学生と変わりないが……。


 9月からのコーヒーイベントの予定に変更があった。当初の予定とは異なり、葉月グループが人員を派遣するという条件付きで、コーヒーイベントに監視役を置くことを認めたのだ。これは卑怯な手を一切使わず、どちらの陣営も純粋な力で勝負することを意味する。人知れず妨害を受けていたことを盾に杉山グループを敗北に追いやる手もあるが、そんなやり方でこれからのコーヒー業界を生き延びられるとは思わなかった。たとえイカサマだろうと、一度成立してしまった以上は正義だ。


 責任を追及しない代わりに、ごり押しで可決しようと考えたが、意外にも監視役設置の本格導入を支持してくれたのは土門であった。父親の土門社長もしばらくして復帰すると、息子を後押しするかのように介入した。あの2人は杉山グループ陣営から外れたと言っていいだろう。


 恩を返すあたり、悪に徹しきれない性格のようだ。人件費を軽視しながら効率的な経営をするだけの器であることが浮き彫りとなった。敵に助けられたのは僕とて同じだ。


 これでもう貸し借りはない。以前のようにあからさまな敵対行為をすることはなくなり、杉山社長は地元神奈川から動くことはなく、バリスタランドのことは完全に諦めたようだ。


 唯一の手掛かりは、バリスタランドのどこかに槍崎さんの遺体が隠されているかもしれないことだ。


 洪水で流されたとはいえ、そこまで遠くには流れていないはず。


 バリスタランドがどのような姿であったかを宇佐さんが調べてくれている。時間がかかりそうだ。工事前の地図が保存されているマップと照合し、洪水前の画像にまで辿り着いている。だが鍛冶議員は安心しきっている様子から、1つの仮説が浮かんだ。槍崎さんの死体は流されたのではなく、別の場所に移されたのではないかと考えた。恐らく誰も入らない場所にある。


 6月下旬、凜が17歳の誕生日を迎えた。


 まだ子供っぽい凜だが、一皮剥けて一段と成長した姿を見せてくれた。


 強化合宿ではいつもの如くラテアートに勤しみ、伊織の競技をあっという間に覚えてしまった。伊織がやってみせた動きとほぼ同じ動きだ。真似をするのは得意なようで、シグネチャー開発には向かないが、一度誰かが作った作品をそっくりそのままコピーできるのも立派な才能だ。JBC(ジェイビーシー)の時は伊織の分身として活躍することになるが、JLAC(ジェイラック)の時には本来の凜を見ることができるのも、バリスタの面白いところではある。


「ふぅ、やっとできた」

「やるもんだな。凜にしては上出来だ」

「何その上から目線。あず君の競技にだって負けてないはずだよ」


 伊織が音もなく唯に触れるくらいまでの距離に足を運ぶ。


「おかしくないですか。いつもの凜ちゃんなら、もっとあず君に反発しているはずです」

「ふふっ、あず君も何だかんだで、凜ちゃんに認められたということですよ。あの様子だと、かなり進展しているようですね」

「私は凜ちゃんなら歓迎です。あんなに素直で良い子はなかなかいません」

「伊織ちゃんも凄く素直な方ですよ。凜ちゃんのラテアートの腕は、私たちの中でも群を抜いています。あず君とまともに対話ができる貴重な次世代トップバリスタ候補生です」


 何かを微笑ましく話しながら意気投合する唯と伊織。


 凜は以前よりも素直になった。いや、ようやく本来の姿を見せてくれたのかもしれない。


 目の前で苦しむ人がいれば、たとえ敵であっても助ける。凜は僕の言葉と行動に、かつて失われた武士道を見たという。敵でさえ助けるのは甘いと言われればそれまでだ。だが1つだけ同情せざるを得ない箇所があるとすれば、それは敵味方問わず、誰もが環境の奴隷であり、現世の被害者であるということだ。何かしら業を背負って生まれてくるのが人間だというならば、どこの誰であろうと、充実した日々ではなかろうと、生まれてきて良かったと心から思える社会を目指す。ただそれだけのこと。


 きっとみんな……生きているだけでも……十分すぎるくらいに過剰適応しているのだ。

読んでいただきありがとうございます。

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