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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第19章 逆襲編
471/500

471杯目「一堂に会する巨悪たち」

 6月上旬、ワールドコーヒーイベントが東京で開催された。


 普段なら家にいるところだが、僕は監視役筆頭として会場まで赴くことに。


 予定通り、各競技会に監視役を置くことについては、これまでの経緯をワールドコーヒーイベントの運営に説明した上で了承を得ることができた。ワールドコーヒーイベントで監視役を試験導入し、成果次第で国内予選が行われるコーヒーイベントで本格導入されるわけだが、特に何も成果がなければ導入は見送りとなる。監視役を置くだけでも杉山社長は頭に血が上りかねない事態だ。


 どうやら堂々と不正を行わずにはいられないらしい。


 杉山社長だけではない。隠し子である松野、鍛冶親子に土門親子も集合するのだ。良からぬことを直接会って話すことが容易に読めてしまった。だったら僕だって行かないわけにはいかねえよ。これから起こるであろう陰謀の正体を掴める数少ないチャンスだ。世界中から多くのトップバリスタが集結し、さながら余興のようにも思える。葉月グループからは花音が唯一の日本代表となる。


 本来であればアマチュアチームの連中も参加していたはずと思っていたが、あいつらが何故辞退していたのかがよく分かった。国内予選にのみ尽力するためだけじゃない。世界大会では不正ができない。国内予選の時だけ強気に立ち回れていたのはプラシーボ効果だとすれば説明がつく。


 ここから導き出される結論は1つ。


 アマチュアチームの連中は不正の事実を知らない。


 鷹見弟が連絡しようとする皐月を止めようとしたくらいだ。理由は家族にばれるのを防ぐためだけじゃない。杉山社長や鍛冶議員の意図を考えれば答えは明らかだ。不正がばれればコーヒーイベントの価値を損ねる結果になりかねない。コーヒー業界そのものの信用が下がるのは僕だって困るが、果たしてこのことを公表せずに弾劾をすることが正しいと言えようか。


 マイケルジュニアやジェシーの姿もある。異なるバリスタオリンピックに出場する場合、自分が負けてもおかしくない相手を避けるように、それぞれが別の競技会に出ることが暗黙の了解となっている。遅かれ早かれ本戦でぶつかる。外国の場合は警察官が警備の任務に就くが、日本には警察官どころか監視役すら置かなかったことが災いしている。不正が行われるわけがないと世間が高を括った結果だ。


 東京都内の会場は人だかりだ。凜の手を引きながら観客席へと移動する。


 凜は子供扱いするなと言わんばかりにムスッとした顔だ。ワールドコーヒーイベントが日本で開催されたのは実に18年ぶりである。ただでさえ人口が集中する大都市に、更に多くの人が集まってくるのだ。僕も凜も人口が多い場所にいるだけで滅入ってしまう体質だ。


 凜も通学している時点で過剰適応していたのがよく分かる。


「ねえ、本当に私が一緒でよかったの?」

「もちろん。凜だってずっとマスターのばっかりじゃ疲れるだろ。今年のJLAC(ジェイラック)で優勝したら、今日見る連中と来年戦うことになるんだ。たまにはこうやって息抜きしながら、コーヒーイベントに観客側で参加して、世界にどんな連中がいるのかを学んでみろ。丁度良い機会だ」

「まずはアマチュアチームに勝つ必要があるけどね」

「心配すんな。葉月グループが3年も続けて負け越すはずがねえだろ」

「だといいね……」


 一筋の希望を託されたかのように、凜はクスッと笑ってみせた。


 ふと、凜を連れてくるきっかけとなった時のことを思い出した。


 数日前――。


 伊織は早くも職場に復帰することが決まり、徐々に労働時間を増やし、出勤する頃だった。


 着替えと授乳を済ませ、午後からマスターの仕事に復帰する伊織が玄関で靴を履いた。


 心配そうに玄関まで駆け寄る皐月。


「伊織、本当にいいのか?」

「はい。私だけ出勤しないままっていうのもどうかと思いますし、このままだとバリスタとしての腕が鈍ってしまいます。競技会には出ませんけど、私にはあず君から継承したトップバリスタの知識と技能を次の世代に継承させる仕事がありますから。子供も一緒に連れて行きます。葉月珈琲の2階にハウスキーパーを住み込みで派遣して、働きながら面倒を見ることができます。だから安心してください」

「……そうか」

「あず君は6月からワールドコーヒーイベントに行く予定です。皐月さんも一緒についていってほしいんです。本当なら唯さんか私が同行したいところですけど、唯さんは子供の面倒を見ないといけませんし、私はマスターとしての仕事があります。皐月さんも2つの大会があるのは分かりますけど、今のあず君に最も力添えできるのは皐月さんです。どうかお願いします」


 謙虚に頭を下げる伊織。その姿からは切実な思いが伝わってくる。


 リビングからゆっくりと玄関まで移動しながら僕は口を開いた。


「気持ちは嬉しいけどさ、皐月も当分は岐阜から動けない立場だ。葉月珈琲に穴を空けるわけにもいかないし、強化合宿での指導役も任されてる。ここは代わりの人に同行してもらう」

「それでしたら、凜ちゃんはどうですか?」


 唯が唐突に助け舟を出すように提案する。


 誰かに同行してもらう必要はないと思っていたが、たった1人で勝てる相手ではないと、ここにいる誰もが言いたげだ。今回は花音以外の人にとって重要な戦いではない。


 コーヒー業界を侵食せんとばかりに巨悪の象徴的存在が一堂に会するというだけだ。


「確かに凜ちゃんなら安心ですね」

「私も賛成だ。あず君にとって、凜は葉月珈琲塾黎明期からの教え子の1人だ」

「何でみんなして凜推しなんだよ?」

「凜ちゃんと相性が良さそうですし、何ならお持ち帰りしても結構ですよ。私も気に入ってますから」

「そうだな。真っ直ぐで融通が利かないところはあず君そっくりだ」

「……考えとくよ」


 凜に連絡を取ってみれば、最初は気難しい対応をされると思ったが、あっさりOKしてくれた。


 彼女と会場内を歩いていると、早くも競技会の開会式が始まった。


 杉山社長はジャパンスペシャルティコーヒー協会の会長として、大会1日目の開会式にのみに参加し、多くのバリスタを迎え入れる予定だ。主催はあくまでもワールドコーヒーイベントだ。各国の協会に出る幕はほとんどないが、自国の協会を宣伝できる数少ない機会ではある。コーヒーイベントには多くのグッズも販売され、葉月珈琲農園からも多くのコーヒーが出品される。


 農園を持っているだけで、コーヒーイベント開催の度に利益が出る。


「ハロー。やっぱり来てくれたね」

「ジェシー、久しぶり。今年は違う大会に出るのか?」

「まあね。今まではラテアートばっかり頑張ってきたけど、バリスタオリンピックチャンピオンになるにはバリスタとしての総合力が必要って気づかされた。イオリに負けて思い知らされてからは、他の部門でも1番になれるように、1年毎に色んな大会に出ているの。今度は更なる競争になりそうだけど」

「面白そうじゃねえか。僕も体力があれば、出ていたかもしれねえな」

「ねえ、噂で聞いたんだけど、アズサは今年のバールスターズを最後に引退するって本当なの?」


 ジェシーは捨てられた犬のような目を僕に向けた。


「本当だ。あくまでも競技者としてだけどな。バリスタとしては生涯現役だ」

「そう言う割に、カフェの仕事は全然してないみたいだけど」

「――そうだな。ジェシーには全てを話しておく。僕は今、日本を衰退させようとしている巨悪とコーヒー業界の覇権を争ってる。決着がついたら、家の隣に土地を買って、自分のカフェを開こうと思ってる。葉月グループのカフェとしてじゃなく、僕だけの店としてな」

「ふーん、楽しみにしてる。そろそろ出番だから、じゃあねっ!」


 駆け足で関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉に手をかけるジェシー。


 僕はバリスタとしての存在意義を問われている気がした。


 葉月珈琲マスターを務めている時は、この上なく胸が高鳴っていた。


 競争の渦中に巻き込まれるまでは――。


 自分の生涯を懸けるに値する仕事だと思っている。だが僕は突き進みすぎた。いつしか最愛の恋人を出世の道具のように扱ってしまっているのではないかと、罪悪感すら覚えた。いつだって僕を支え続けてくれたコーヒーに報いようと、死に物狂いでコーヒーと向き合い、頭が捻じれる程に悩んだ。やりたいことをして充実していたはずだが、何かを実現しなければ人権すら得られない世に、窮屈さすら感じるようになっていった自分がいると、ようやく気づいた。僕は競争が嫌いだ。


 ただ生きているだけでも十分偉いと思う。


 ――本当は……やりたいことなんてなかったのかもしれない。


 ただ得意としていることを仕事にして、どうにか食べていけるようにしているだけだ。本来の僕はもっとちっぽけなもので、特に欲らしい欲がない。強いて言うなら平穏な社会が望みだ。人生とコーヒーのあり方は似ている。試行錯誤を繰り返す毎に深みが増していく。コーヒーは人々の心を落ち着かせ、ゆったりとした冷静さと的確な聡明さを思い出させてくれる。考え事をしている時も、コーヒーが背中を押してくれる気がするのだ。だとすれば、僕にとってバリスタはやりたいことじゃなく、やるべきことだったのかもしれない。余暇を考えるなんて、まだ先の話だと気づいた。


 やるべきことがある内は老後じゃない。お楽しみはこれからだ。


 ワールドコーヒーイベントの開会式が始まり、杉山社長による演説が行われた。饒舌な言葉の裏を読みながら聞いていたが、裏ではプロ契約制度廃止を推し進めながらも、高らかに開会宣言をする杉山社長はまるでカルト宗教の教祖のように見えた。だが本音を隠しきれていない。隠すつもりもないんだろうが、演説は押しつけるような態度であってはならない。あくまでも淡々と伝えるものでなければならないが、大の大人でさえ理解できないものだ。語るに落ちるとはまさにこのことよ。


 コーヒー業界の発展に貢献すると杉山社長は言うが、実際の行いはむしろ発展に逆行する。


 僕はコーヒー好きの変わった子供が夢に向かって輝ける土壌を作りたかった。向いてすらいないサラリーマンに誘導されることもなく、同意すらしたくない周囲に迎合することもなく、適合すらしたくない窮屈な社会を無視できるだけの人間力を身につけるきっかけにでもなればと思い、まだ葉月珈琲だった頃から始めたものが、いつの間にか世界を巻き込むほどの大事(おおごと)に発展するとは、思ってもみなかった。だがよくよく考えてみれば、何も不思議なことではない。


 今や誰もが知る某夢の国は、たった1匹の鼠から始まったのだ。世界中で続々と生まれているプロバリスタだって、どこにでもいる社会不適合者が淹れた1杯のコーヒー始まった。好きでもない勉強や仕事なんてせず、好きなことだけやっていればいいと思っていたが、好きなことをして生きていくには、果たさなければならない義務が数多く存在した。この戦いに勝つことも、きっと義務の1つだ。


 僕の手を離れ、今年採れたばかりのコーヒーを飲みに行く凜。


 ふと、不穏な空気が背後から直感という形で伝わった。


「おやおや、誰かと思えば、葉月社長じゃないか」

「鍛冶議員か。選挙活動でもしてるのかと思ったよ」

「まだ公表してないんだがね、解散総選挙は7月にやることが決定したよ。今ここには多くのプロバリスタが参加しているんだろうが、今の内に楽しんでおきたまえ。それはそうと、私の友人が言っていたんだがね、バリスタ競技会がプロの競技になっては困るらしいんだ。コーヒー会社を成立させるには、バリスタを抱える必要がある。プロであれば1人あたりの経費が重く伸し掛かる。コーヒー会社の維持だけでも相当な苦労になるんだとね」

「どうせ杉山社長のことだろ。隠さなくても分かる。何であんな奴に手を貸すわけ?」

「杉山社長もそうだが、長年世話になっている人も多いからね。多少の助け合いくらい当たり前だよ」


 流石は政治家ってとこだな。何を聞いても無難な受け答えしかしねえ。


「じゃあこっちも解散総選挙の時期を教えてくれたお礼にこれだけ教えておく。あんたは強引な手口を使ってバリスタランド創設のために土地を買収した。栗谷社長だけじゃなく大勢の人から土地を……いや、大事な思い出を奪ったんだ。あんたの部下の1人が白状してくれた。どういうつもりかは知らねえけど、これ以上悪事を重ねるなら容赦はしない。これはコーヒー業界御意見番としての最終警告だ。悪いことは言わん。今すぐ杉山社長と手を切れ。そうすればあんたの悪事には目を瞑ってやらんこともない。こっちとしては杉山社長さえどうにかできれば十分だからな。もっとも、あんたが与党議員としてのキャリアを全うしたいならの話だけどな」

「何を言ってるのか全く存じ上げないが、人生の先輩から1つ忠告しておこう。あまり人の事情に踏み込まないことだ。もっとも、君が安定した人生を全うしたければの話だがね」

「安定なんて退屈なだけだ。誰かの意のままに操られる人生は楽しいか?」


 鱈子唇を強く閉じながら加齢臭に香水が混ざった臭いを漂わせ、顔を逸らしたかと思えば、緩んでいたネクタイを締め直し、少し離れてから足を止めた。


 この些細な仕草だけで、僕は全てを悟った。僅かだが動揺が見えた。何かを隠そうと必死な顔を見せたくないのが行動に表れている。以前の僕なら見逃していた。


 璃子から精神分析を教わっていたのが役に立った。


「まあ、そう思う気持ちは分からんでもない。だが私も自分の都合だけで生きるわけにはいかんのだ」


 もっともらしい言葉を吐き捨てると、鍛冶議員は逃げるように立ち去った。


 僕は確信した。鍛冶議員は杉山社長に弱みを握られている。どこかに弱みがあると分かっただけでも収穫だ。解散総選挙が終わるまで下手な行動はできない。何か分かるかもしれないから、情報を探ってきてほしいと璃子に言われ、ワールドコーヒーイベントに出席したはいいが、手掛かりを掴むことはできた。


 凜が紙コップに入ったコーヒーを片手に戻ってくる。


「ねえ、さっきまで話していたあの人は誰?」

「元福井県知事の鍛冶議員だ。解散総選挙のために立候補している地方議員ってとこだな」

「ふーん……見た目で判断するのは良くないけど、どこか胡散臭い」

「奇遇だな。僕も同じことを考えてた」

「何の話をしていたの?」

「人生についてだ。経営者も政治家も大勢の人生に関わる仕事だからな」

「あず君がそんな話をするなんて意外」

「何で意外なんだよっ!?」

「普段はマイペースに生きてるじゃん。初めてあず君に会った頃は、自分の人生を生きてるって感じがしたけど、今は社会のために生きてるって感じがする。まっ、あず君がそれでいいなら問題ないけど」


 意地悪そうに小悪魔のような笑みを浮かべる凜。


 ――言われて初めて気づいた。僕は自分とは別の――何かのために生きている。


 自分本位に生きたいが、周辺がそうはさせてくれない。自分のために生きている時の頃に戻りたいと呟くように思ってみる。それができないのは、恐らく僕自身の立場が変わり、考える時間が増えたからだ。自分のやりたいことをしていたのではない。ロクに何も考えず、自分のことで精一杯だった。


 バリスタの夢は本当にやりたかったことじゃない。やるべきことだったんだ。


 本当にやりたかったこと。それは社会不適合者を死語にすることだ。


 こんな言葉が存在している時点で、理不尽な社会に適合する方が当たり前で、理不尽に耐え切れず適合できない方が悪いとされてきた。こんな社会じゃ、自分の痛みにも他人の痛みにも鈍感な人しか適合できない。社会適合者とは精神的痛覚を奪われた者たちの総称だ。この国の連中が他人の痛みに鈍感なのは、社会に適合した結果とも言える。適応力が生き辛い方向に作用しているのだ。周囲が鎖に縛られているからこそ、自分も鎖に縛られようとする。僕みたいに、生きているだけで過剰適応しているような存在は、何をやるのも精一杯だ。だから僕の代から鎖を解き放つ。コーヒー業界の地位を上げ、バリスタをプロの競技にしたのは、その過程にすぎないと気づかされた。


 得意分野で影響力を持ち、物言える立場になってからがチュートリアルだ。


 世の中を変えるとは、自分にとって都合の良い編集を世界の構築に組み込むことである。


「じゃあ僕も、そろそろ自分本位な生き方に戻ってみようかな」

「あず君も戻りたいんだ」

「あの頃と同じようにはいかねえけどな」

「過去を取り戻すことはできない……けど今を充実させることはできる。あず君が私に教えてくれたことだよ。感謝してるの。この前久しぶりに同級生に会ったんだけど、みんな高校生になってて、今は受験勉強に追われてた。普通の人生とは違うって分かってたけど、全く羨ましいって思わなかった。私だったら多分ついていけなかったと思う。勉強は苦手だし、周りに合わせるのも苦痛だし、むしろ同級生から羨ましがられて、やりたいことやれていいねって言われたけど、やりたいことも言えない人たちにそんなことを言われても、雲の上の光景を知らない人の言葉としか思えなかった。同じ言葉を使っているはずなのに話が通じなかった。あず君が言っていた意味が……やっと分かった気がする」

「……そうか」


 凜は僕の言葉を覚えていた。中学を卒業する頃の凜を祝っていた時だった。


 今いる同級生の内、ほとんどは同窓会を開かない限り一生会わない連中だ。というか同窓会自体が格差社会の象徴的行事と言っていい。堂々と出られる人は活躍している人だ。僕のためにみんなが開いてくれた同窓会にもニートやフリーターは1人もいなかった。恥ずかしいのではない。存在そのものを忘れられてしまい、招待されない体たらくだ。招待されても交通費や飲食費が家計に重く伸し掛かるために、行きたくても行けない状況だ。卒業した凜の目には一点の曇りもなく、清々しいくらいに未練がない。


 僕は卒業式を目前に控えた凜に1つだけ忠告をした。


『今の内に同級生とたくさん話しとけ。どこかで再会しても、今度は話が噛み合わないだろうからな』


 そう告げた時にはピンとこない反応だった。凜はここにきて、みんなと同じ普通の人生を歩んでいた頃の惨めな自分ではなくなっていたことにようやく気づいた。夢から覚めたような横顔をじっくりと見つめると、凜は自分の影を映すかの如く、目線を真下に落とした。群衆の足音さえ聞こえないくらいに自分の過去を振り返り、また新たな一歩を踏み出そうとしている。


 普通の人生でなくなるとは、普通の人と異なる人種になることだ。


 流行を追うこともなく、好きでもない人とつるむこともなく、誰かに道を選んでもらうこともない。


 全てを自分で判断するのが当たり前の人間になった時点で、世に流されてきたかつての同級生よりも達観した存在となっているのだ。世の中を動かすことはあっても、世の中に動かされることはないし、既に住む世界が違うのだから、話が通じないのは当たり前だ。どうも普通の人ってやつは、同じ情報や価値観を共有していなければ、相手の話を認識できないらしい。僕だってそうだ。


 トップバリスタになってからというもの、同級生たちと話が全く噛み合わない自分に驚いた。


 みんなと再び話が通じるようになったのは、他でもないコーヒーのお陰だった。

読んでいただきありがとうございます。

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