47杯目「目指すべき舞台」
将来の自分を犠牲に今の自分を救った。
7月だけで今年を乗り切れるくらいは稼げた。
心苦しいが、7月31日の3日前からは美羽との約束のため、店を空けることになる。
しばらくは東京のカフェで勉強させてもらおう。売り上げは順調だったが、東京に泊まるために4日間も休むことになる。しかしこれは痛いようで痛くない。営業時間は他のカフェよりもずっと少ない。12時から6時までの6時間でサクッと稼ぐため、時間当たりの生産性は他のカフェより高い。朝から新幹線で東京まで行き、昼頃になって東京に着くと、昼飯を食べながら美羽と待ち合わせることに。
美羽とは東京駅の近くにある某世界的なハンバーガーショップで待ち合わせをすることに。
こういう店に来たのは久しぶりだ。
それにしても……人が多すぎる。
東京には空港を利用するために何度か行ったことがあるが、集団行動を見ているようだ。誰も僕に関心を示さないのが幸いだ。岐阜にいる時は度々話しかけられる。僕のように自分で服を作ってる人が珍しいのだろう。ほとんどの人は消費者ばかりで、自分で何かを生産しようという人が全然いないのだ。
自分で料理を作り、自分で服も作るが、他の人は料理を食べに行き、服を買いに行く。自分で作った方が確実に自分好みになるというのに。他人が作ったものは、どこかしっくりこないことが多い。となれば自分で作るしかない。美羽へのメールを済ませ、チーズバーガーセットを注文してしばらく待つ。すると、見覚えのある顔が僕の近くまでやってくる。
美羽が僕に気づき、声をかけてくる。
「あず君、久しぶり」
「久しぶり。ていうか人多すぎじゃね?」
「東京だからね」
「東京都民は押し競饅頭がお好みのようだ」
「それ皮肉で言ってるでしょ?」
「本当に嫌いな人はここには住まないかもな」
東京の人混みは好きじゃない。大会の時以外は極力行かない。人が多すぎて圧死の危険すら感じる。しかも身勝手に建てたビルばかりで舞台としての美しさがない。よくこんなうるさい所に住めるよな。
美羽に案内されるがまま、WBCの会場へとやってくる。
どうやらコーヒーイベントの一環で行われているようだ。
見る側として大会に来るのは初めてだ。しかし学べることは色々ありそうだ。WBCは決められた3種類のドリンクを提供し、コーヒーの味、動きの一貫性、衛生管理、ホスピタリティに応じてスコアが出るという仕組みだ。
スコアで上位6位以上になれば決勝進出が決まる。決勝でも同じ作業を繰り返し、1位になれば優勝というわけだ。僕らが来た頃には途中まで進んでいたが、朝から行われていたようだ。
「ねえ、あっちでコーヒー売ってるけど、どうする?」
「僕はここで見てる。後で行くよ」
「こういう時はコーヒーに釣られないんだね」
「あの中の誰かが、次世代を担う世界一のバリスタになるんだから、見る以外ないだろ」
「あず君はWBCに出たいって思う?」
「……出たいとは思うけど、その前の国内予選の方が難しそうだな」
この大会は動画でも見たことがある。世界各国のバリスタたちに魅了された。
特に注目したのは画期的なアイデアの結晶でもある不思議なシグネチャードリンクだ。参加者の半数が1日目と2日目に分けて競技を行い、決勝に進出した6人が3日目を戦う。
故に、この戦いは3日間続く。しかも全員が厳しい国内予選を突破したナショナルチャンピオンだ。以前見た動画では、会場で世界大会ならではのハイレベルな戦いが繰り広げられていたことを咄嗟に思い出した。この日の競技が終わった後、色んなシグネチャードリンクを思い返していた。エスプレッソやカプチーノは、コーヒーや牛乳は違っても、やっていることはあんまり変わらなかった。だがシグネチャードリンクは、バリスタの数だけバリエーションがあった。
他のバリスタと差別化を図る上で、最も重要になるのはこれだと思った。
会場のブースにいるバリスタは自分が淹れるコーヒーの説明から、コーヒーを淹れるまでのスムーズな動き、どれも高水準だ。農園の所からコーヒーの説明をする者もいた。彼らのホスピタリティ溢れるコーヒーの提供と説明をずっと聞き続けたし、また1つ勉強になった。
夕方を迎え、既に満足していた。人が多すぎることもあり、早く帰りたくて仕方なかった。
一刻も早く家に戻って研究がしたい。
「美羽、僕もう帰りたいんだけど」
「えっ! 何で?」
「シグネチャーの研究がしたい」
「帰ってもいいけど、その場合は経費を負担してもらえないと思うよ」
「分かった。じゃあ帰る」
「待って!」
美羽は僕の腕を掴むが、僕は慌てて美羽の手を振り払う。
「やっ、やめて!」
「あっ、ごめん」
腕が震えていた。これは日本人恐怖症の症状の1つ、恐怖だ。
「何で帰ってほしくないの?」
「だってあたしもお父さんもあず君のこと気に入ってるし、一緒にいるだけで落ち着くの……それにあず君のことをもっと知りたいし」
美羽がそっぽを向きながら涙目になる。
「だからっ……あたしと一緒に過ごしてほしいの。お願い……」
「帰らせてよ」
「ふーん……じゃあお店のこと、みんなに話しちゃおっかなー」
さっきまで涙目だった美羽が冷淡な表情へと変わる。やはり裏がある女のようだ。
「うわ……」
「先約はちゃんと守らないと駄目だよ」
「はぁー、分かった」
早速家に戻ってシグネチャードリンクの研究をしようと思ったのだが、美羽に引き止められ、彼女の家に泊まることに。最後までつき合ってくれるのが経費全額負担の条件らしい。それでも帰りたかったが、美羽は僕の弱みを握っている。下手に逆らえない。美羽の家に赴き、夕食を取ることになったが、安心して飯を食える状態じゃない。美羽の家は高層ビルの高い所にあり、東京の街を一望できる。
あれが成功者の高みってやつか。
首が痛くなるまで高層ビルを見上げていた。
エレベーターで美羽の家がある階に着くと、彼女にリビングまで案内され、蛍のように光る東京の街を見つめていた。思っていたよりもずっと長く見ていられる。
「いらっしゃい。ゆっくりしていってね。この子が美羽のお気に入りの子なの?」
「そうだよ。あず君っていうの。あず君、あたしのお母さん」
「……どうも」
僕は目を逸らしながら、美羽の母親に力なく返事をする。
駄目だ、やっぱり目を合わせられない。
「あず君は結構シャイな子だから、いつもこうなの」
「へぇー、確かにお父さんが言ってた通りだねー。服装も凄く可愛いし、オシャレなピンク色の服なんだー。どこから来た娘さんなの?」
「あず君は男の子だよ」
「えぇー!? 男の子なの? 最近は変わった子がいるもんだねー」
「あず君はWBCを見るために、岐阜から来てくれたの」
「美羽が誘ったくせに」
「それは言わない約束」
しばらくして夕食が出来上がった。
夕食は美羽の母親が作った手作り料理。1人で食事がしたいと言うと、僕だけ別の机で食べた。美羽たちから少し離れた所で黙々と食べている。メニューはカレーライスだった。
……美味い。今まで食べたことのないカレーだ。美羽が食ってる飯ってこんなに美味いんだな。
店で食ったら、きっと高いんだろうなー。
「あの子、凄く幸せそうな顔してるねー」
「1人になると急に生き生きし出すところがあるの。何というか、不思議君って感じ」
「でもいいじゃない。私はああいう子好きだよ。で? つき合ってるの?」
「一応仮交際してる」
「へぇー、美羽って年下好きなんだー」
「まあね」
丸聞こえなんだが。ていうか美羽が僕と仮交際をする理由はなんだ? 優子なら昔からの仲だからまだ分からんこともないが、彼女の意図が分からん。
夕食を済ませると、客用の部屋に案内された。客用まであるのか。広々としたワンルームの奥にはふかふかのベッドがある。歯磨きを済ませて風呂に入り、風呂から上がった後でドライヤーで髪を乾かしていると、穂岐山社長が帰ってくる。穂岐山社長が美羽の母親にネクタイやスーツを手渡した。結婚したらあんな感じの生活になるんだろうか。
穂岐山社長が美羽に言われて僕に気づくと、僕がいる客用の部屋までやってくる。
興味津々になって話を聞いてくると、僕は咄嗟に後ろを向いた。
「また大会で優勝したんだってね」
「……う、うん」
「CFLのアトランタ大会でアジア人初の優勝だって」
「またアジア人初の優勝か。ますます気に入った」
「そりゃどうも」
「あたしも梓君のこと気に入ってるの。ねえ、この子貰っていい?」
「構わないよ」
そこは構ってくれよ。親父っていうのは、みんな娘の交際に反対するもんだと思ってた。
亭主関白な感じにも見える人だが、意外にも愛嬌がある。
「ねえねえ、お父さんの会社のこと、あず君に説明したら?」
美羽が穂岐山社長に穂岐山珈琲の概要説明を提案する。
会社には入る気ないっつってんのに、しつこい連中だ。まあでも、話を聞くだけならいいか。店さえ無事なら、入社は強制じゃないわけだし。
「あー、そうだな。うちのはカフェを営んだり、世界各地からコーヒー豆を輸入したり、コーヒー農園と契約を結んだりしてるけど、1番の目的は世界に通用するバリスタを輩出することなんだよ」
――世界に通用するバリスタだと?
「うちにも優秀なバリスタはたくさんいるが、君は今まで見てきたバリスタの中でも群を抜いている。有名でないとはいえ、世界大会を2つも制覇するのは並大抵の人間にはまず不可能なことだ。コーヒーに対して直向きな愛情を示し続けている君を心底育ててみたくなった」
――えっ、てっきりカフェのスタッフをさせるだけだと思ってたけど……。
バリスタの育成までしているとは知らなかった。
「君の才能を埋もれさせるには惜しい。無理にとは言わないけど、君の店が潰れて居場所がなくなった時は、是非うちを頼ってほしい。何なら君がうちの一員でなくとも、君が困った時は全力で支援する」
どうやら僕の邪魔をする気はないらしい。しかも入社しなくても全力で支援すると背中まで押してくれるみたいだが、一度恩恵に与ったら最後、逆らいにくくなるのは確かだ。
頼るのはあくまでも最終手段にした方がいいだろう。
「まっ、そういうことだから、検討しておいてくれ」
穂岐山社長はそう言うと部屋から出ていき、リビングへと戻って行った。
僕は穂岐山社長を誤解していたのかもしれない。人としても、経営者としても……器が違う。それにひかえ、僕はただ意地を張っているだけのひよっこな個人事業主だ。
「随分と僕を買ってるんだな」
「お父さんは未来あるバリスタ全員に心を開いてるの。だからさ、あず君もあたしたちに心を開いてくれると嬉しいな。もしあず君が穂岐山珈琲に入ってくれたら、物凄い戦力になると思う」
「考えとくよ……」
風呂に入った直後で、旅の疲れもあってか、電池が切れたかのように、比較的早い時間に就寝する。
――大会1日目――
東京の街を美羽と一緒に散策し、一緒にカフェ巡りをすることに。
WBCが開催されると、僕は1日目の朝からWBCの会場まで見に行ったが、相変わらず人が多かった。東京でのWBC開催は、アジアにおけるコーヒー業界の躍進を象徴しているように思えた。
それだけアジア勢もレベルが上がっているということだ。
――大会2日目――
全ての予選競技が終わった時だった。
「美羽さーん、こっちですー」
会場にいた可愛らしい女性が美羽に声をかけた。
「あっ、葉月梓さんですよね?」
「う、うん」
「会えて嬉しいです。あのっ、握手お願いします」
「来ないでっ!」
反射的に女性の接近を咎める。ここまでくるともはや防衛本能だ。
自分でコントロールできないのが玉に瑕だが、僕は根っからファンサービス嫌いに加え、日本人恐怖症がプラスに活きた数少ない場面と言っていい。
「ひっ! ご、ごめんなさい! いきなり失礼しました。えっと、私は真白美月といいます。よろしくお願いします」
「お、おう……」
美羽と同じ大学の後輩で、僕よりも2つ年上だ。ずっと僕に会いたがっていたらしい。ミディアムヘアーの黒髪で可愛らしい印象だった。やや露出度が高く胸も大きい。動画の力ってすげえな。名前で呼んでもいいとのことで、彼女からもあず君と呼んでもらうことに。
「ずっと会いたかったんです。あず君のこと、動画で見ました。ラテアートアニメーション、あの動画はここでも凄く人気なんですよ」
「そ、そうなんだ」
起業してからというもの、暇潰しに何度かラテアートアニメーションを投稿している。
キャラクターや背景をデザインカプチーノで描き、写真に1枚ずつ撮ってコマ送りにし、アニメーションにするという、当時としては画期的な作品だ。
この時使っているコーヒーは、いくらでも手に入るインスタントコーヒーだ。
「私、あず君のファンなんです。サイン頂いてもいいですか?」
「僕、ファンサービスはしないって決めてるから」
「……そうですか」
美月が残念そうに言った。有名になりたくてなったわけじゃないのだから、ファンサービスの義務はないはずだ。僕が有名にしたかったのは店であって、僕個人じゃない。
ずっと美羽たちと接していたのか、目を合わせなければ日本人の他人とも辛うじて会話ができるようになったが、日本人に対する恐怖と嫌悪からくる強いストレスを相変わらず感じていた。しかし、逃げてばかりの時よりは進歩したと思う。とはいえ人の多い会場はストレスフルだ。早く抜け出したい。
全員の競技が終わり、ファイナリストが発表された。
この時は日本代表もファイナリストに選ばれていた。ファイナリストに選ばれたのは、いずれも精鋭と呼べる人ばかりだった。彼らの競技は僕に大きなインスピレーションを与えてくれた。僕もあの舞台に立ちたいと昔から思ってはいたが、この日以降、その思いは日に日に強まるばかりだった。
美羽の家に戻ろうとするものの、美月に引き留められた。そこに彼女たちと同じ大学の仲間が集まってきた。美羽が言うには、コーヒーサークルの仲間らしい。
美羽たちだけで8人も揃っていた。
彼らはみんな僕のことを知っていた。しかも僕の事情を何も知らないために次々と話しかけてくる。僕が逃げようとしたところで美羽に止められた。事情を説明した方がいいんじゃないかと言われ、最初こそ断固拒否したが、最後には美羽に押され、仕方なく説明することに。
学生時代に担任や同級生から迫害され、その反動で日本人を見ただけで強いストレスに襲われるようになったことを説明した。幸いにもコーヒーサークルの人たちはすぐに理解を示した。もちろん、僕は彼らと距離を置きながら、目線を逸らして話していた。
「だからうちの店は、日本人の入店は身内限定にしてる」
「そうだったんですね。茶髪で女子っぽいってだけでいじめるなんて」
「それ完全に学校が悪いよ」
「日本人恐怖症って、いつ頃からなの?」
「僕が集団リンチを受けて……それで中学を追放された時から。しかも夢にまで出てきて、目覚めが悪い時もあるし、だから近寄らないでくれると助かる」
日本人恐怖症の症状がいつ頃から出ていたかを明確に説明した。
何故日本人を見ただけで強いストレスを感じるのか。それはあいつらと顔を合わせる度に誹謗中傷や否定の言葉ばかりを貰い、酷い時は殴る蹴るの暴行を加えてくるからだ。故に、日本人の前では個性を封印するようにしている。個性を出せば、何をされるか分かったもんじゃない。
身内以外の日本人に会う度に、今度はどんな酷いことをしてくるんだろうと考えてしまう。顔を合わせる度、迫害を受けたことを思い出してしまう。仕事に没頭している時こそ症状は一切出てこないし、外国人だけの状況の時も症状は出ない。これらの条件を満たすのは店にいる時のみ。日本人の常連がいる時はキッチンに引き籠っている。だが赤の他人が入ってきた場合は間違いなくパニックになる。
すると、僕は大学生たちから思わぬ診断を受けた。
「それは恐らくPTSDだと思うよ」
「PTSD?」
首を傾げながら単語だけを鸚鵡返しする。
PTSDとは、要するにトラウマのことだ。日本語だと心的外傷後ストレス障害。トラウマはギリシャ語で傷を意味する。文字通り傷ついていたのかもしれない。この時はPTSDという言葉すら知らなかったし、病気を治すことに興味を示さなかった。一応他の人には言わないよう口止めした。知り合いの知り合いを6人辿ると、どんな人にも辿り着けるという都市伝説がある。
もし親戚に噂が辿り着いたら目も当てられない。
昨日と同様、この会場のコーヒーを飲み、美羽と一緒に美羽の家まで戻ることに。
夕食と風呂を済ませた後で美羽と距離を置こうと思い、日本人に対する不信感を持っていることを彼女に伝えた。これだけはちゃんと伝えておきたかった。
「そういうわけだから、僕と一緒にいてもロクなことにならないぞ」
「そりゃみんな驚いてたけど、あたしは楽しかったよ」
「僕が学生の時もそうだった。最初はみんな受け入れてくれるんだ。でも時間が経つにつれて、普通じゃないからと因縁をつけて、個性の違いを大義名分にして迫害行為を仕掛けてくる。あいつらはそういう連中だ。もう二度と騙されない」
すると、さっきまで笑顔だった彼女の表情が冷淡なものに変わる。
「あんたって、案外つまらない人間なのね」
「!」
美羽は今までに見せたことのない冷たい態度を僕に示した。
「面白い奴だったら、今頃スーパーヒーローだよ」
「どうしてもあたしたちのこと、信じられない?」
「穂岐山社長はともかく、人を脅すような人は信じられないよ」
「――! ううっ、うっ!」
美羽はその場で啜り泣きをし始める。彼女は自らの行いを今になって後悔する。引き留めるための根拠が弱いからとはいえ、あの行動は頂けない。
彼女もまた、自分本位な人間であることはよく分かった。
「もういい……明日帰っていいから」
美羽は急に機嫌が悪くなり、後ろを向きながら重い声で台詞を言い残す。
これ以上美羽と口を利くことはなかった。
――何であんなに怒ってたんだ?
原因が分からなかった。この日もそれなりに疲れていた。
翌日、会場の場所を覚えていたこともあり、美羽の家に戻る気はなかったため、スーツケースを持って1人で会場まで赴いた。WBCの決勝が行われていた。全員昨日までよりも動きやプレゼンが洗練されていた。この決勝という舞台に動じないプレッシャーへの強さ、ドリンク作成の過程における無駄のなさ、ジャッジへの心遣い。これが世界トップレベルのバリスタなのだ。
見る度に思うが……桁が違う。バリスタとしても、人間としても圧倒的に負けている。とても今の僕では勝てそうにない……いや、決勝にいくことさえ難しいだろう。
結局、日本代表の人は優勝できなかったが、得たものは大きかったはずだ。
WBCは数あるバリスタの世界大会の中でも特に有名で、バリスタオリンピックに次いで知名度が高い。優勝したバリスタは例外なく成功すると、選手として参加していたバリスタから聞いた。次に目指すべきものが決まった。美羽はすっかり機嫌を損ねていたが、彼女にはとても感謝している。僕は岐阜行きの新幹線に乗った。
岐阜市に戻ると、早速シグネチャードリンクの研究を始めた。僕はアトランタでゲイシャの存在を知った。初めて飲んだあの日から、ゲイシャのコーヒーを忘れることはなかった。
最高級のコーヒーで最高のシグネチャードリンクを作ったら、きっと最高のコーヒーができるに違いないと思った。あれこそ僕が求めていた夢の舞台だったのだ。
とはいえゲイシャは凄く値が張る高級品だし、そうそう手を出せる商品じゃない。
僕はニコラスからの連絡を虎視眈々と待つのだった。
今回は大会を見る側です。
実際に行われたWBC東京大会を元にしています。
真白美月(CV:花澤さくら)