表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第19章 逆襲編
469/500

469杯目「大敗の裏」

 実験室に案内されると、中には多くのフラスコや試験管が並べられている。


 化学物質のような臭いが鼻につく。薬局の一室というよりは科学者の部屋のようで、机の上には数多くの資料と思われるプリントの山が積まれているが、患者の数はかなり多そうだ。


 薬局は医者の診断を受けた患者が薬を買うために訪れる場所だが、患者自身が薬に詳しくないことも少なくないし、その気になれば患者と相性の悪い薬を処方し、死に追いやることだってできる。鍛冶議員にとって都合の悪い人が立て続けに死んでいることに誰も違和感を持たないのは、彼らが高齢であるが故の悲劇だ。誰も気づいていないということは、緻密な計算がどこかに入っているに違いない。仮にここで購入した薬が原因なら、医療ミスを悟られぬよう、秘密裏に処分されていても不思議ではない。


 皐月が眼鏡をかけながら実験室に入ると、僕は実験室の扉の前で聞き耳を立てながら待つ。


 2人きりにしてやった方が本音を言いやすいというもの。


 元同級生にして、一生叶うことのない片思いをしている鷹見弟は何を思うだろうか。


「鷹見は医者を目指してると言っていたな」

「あー、そうだね。僕は今医大生で、卒業したら大分に帰って、診療所を開こうと思ってる。僕の専門は循環器内科で、心臓病のメカニズムが主な研究対象だよ。高齢化が進むにつれて心臓病の患者も段々増えてるし、一生食うには困らないと思うよ」

「それは良かった。学校にも来なくなって心配していたんだが、立ち直ってくれて何よりだ」

「……ねえ皐月ちゃん」

「どうかしたか?」

「僕が医者になったら、結婚を前提につき合ってくれないかな?」

「駄目だ」


 言いにくそうにしながらも、皐月は視線を合わせることもなく答えた。


「私には他に好きな人がいる。ずっと憧れ続けた存在だ」

「それってあず君のこと?」

「ああ。同じ職場ではないが、今度のチーム戦で、あず君と同じチームで戦うことになった」

「ふーん、そう……それで? 僕に聞きたいことって何?」


 鷹見弟は机の上に腰かけ、コーヒーを飲み始めた。


 僕は反対したんだが、皐月はどうしても踏み込みたくて仕方がない。


 敵の懐に飛び込むだけでも、十分すぎるほど危険だというのに、臆することがない。一度立ち止まって考えることもなく突っ走る。どうしてこうも昔の僕によく似ているのだろうか。後戻りはできない。ここに来てしまった以上、後で報告されるのは間違いないだろう。


 皐月が僕に提案した方法は、あまりにも危険すぎるものであった。


「お前、人に毒を盛っただろう。何故だ?」

「唐突に何だよ。そんなことするわけないじゃん」

「鷹見、お前が鍛冶議員と通じていることは知っている。お前が鍛冶議員と怪しい会話をしているところを録音した人がいる。私も録音を聞かせてもらった。カジモール計画を前に、バリスタランド建設予定地に土地を持っていた人たちが立て続けに亡くなってるんだ。不自然と思って調べてみれば、土地を持っていた人たちの内、過半数を超える人が、2022年から2023年の間に集中的に死んでいる。一部の遺体は司法解剖されて、そのどれもが原因不明の心不全だった。丁度お前がここに勤務するようになった時期と一致しているし、患者はいずれもこの薬局に通い詰めだったことが分かっている。これを使えばいちころと言っていたようだが、何を使えばいちころなのか、私に教えてくれないか?」

「やだなー、冗談きついよー。皐月ちゃん、いつからそんなに性格悪くなったの?」

「どうしても白を切るというなら、私は鷹見の友として、何が何でもお前を修正する責任がある。鷹見さんにこのことを伝えさせてもらうぞ」


 皐月が実験室を出ようとすると、鷹見弟が慌てて皐月の腕を掴んだ。


「ちょっと待てよ! 分かったよ! 正直に言うよ。確かに僕は鍛冶議員に協力してる。でも殺人なんてやってねえよ。信じてくれ」

「だったら鍛冶議員とは手を切れ。それとお前が知っていることを全部話せ。同郷のよしみだ。お前だけは助けてやってもいいぞ」


 皐月の案は諸刃の剣だ。下手をすれば狙われてしまう。


 今はまだ、僕とつき合っていることは公になっていない。


 どうやら録音されていた自覚はあるらしい。最後の走り去る音は、真凜の親父が物音に気づいた鍛冶議員や鷹見弟から逃げる時に地面を踏みしめる足音だ。真実を知った途端、手の力が緩んだ。何かを落とした時に大きな音が鳴ったことからも、落としたのは恐らく録音機であると思われる。


「もしこのことが公になれば、家族にも迷惑がかかる。今自供すれば、罪は軽くて済むぞ」

「……中学の卒業式、僕が家に引きこもるようになった時のことだよ」


 鷹見弟は後ろを向きながら話し始めた。


 兄は既に穂岐山珈琲に就職し、皐月までもが葉月珈琲塾に通うべく、大分を発つことが決まった。


 それぞれの進路が決まっていく中、自身は医者の道を志した。きっかけは皐月の祖父、つまり立花グループ先代総帥が心臓病を患っていたことである。先代総帥は治療の甲斐なく息を引き取った。鷹見家は全員で葬儀に出席した。鷹見家のカフェは立花家御用達の店だった。


 今は閉店しているが、鷹見は鷹見珈琲店を復活させるために一生分を稼ごうとしている。穂岐山珈琲に入ったのは、トップバリスタを目指すためではなく、故郷の店を救うためであった。ただの私利私欲のためではなく、自分の生き方を全うするためだ。鷹見弟はニートになったのではない。引き籠りながら医大を受けるための勉強をしていたのだ。高卒認定試験であれば、勉強時間は高校に通った場合の15%程度でいい。残りは全て医大生になるための勉強に費やしていたことを僕と皐月は知る。


「そうだったか。てっきり私に振られて引き籠ったものと思っていた」

「確かに皐月ちゃんに振られたのはショックだったよ。僕が高校に行かなかったのは皐月ちゃんが理由だったのは間違いないよ。でも皐月ちゃんのことを調べている内に、高卒認定試験の存在を知って、高校行く意味がないってことを知ったよ。皐月ちゃん、いつもあず君のことばかり話してたもんね」

「そうだな。愛してると言ってもいい。それがどうかしたか?」

「僕は高卒認定試験に受かった後、兄ちゃんの紹介でこの鍛冶薬局に配属されて、あそこにあるバリスタランド創設のために色々やらせてもらった。当時社長だった鍛冶議員に気に入られてね。皐月ちゃんが大分を離れたのは、やっぱり……あず君のせいだったんだね。鍛冶議員に言われたんだよ。もし葉月グループを潰せば、皐月ちゃんが戻ってくるってね。だから僕は必ず皐月ちゃんを取り戻してみせると誓った。たとえどんな手段を使ってもね。皐月ちゃんは渡さない」

「たとえ大分に戻ることになろうと、私がお前に嫁ぐことはない」


 後ろを向いていた鷹見弟が不敵な笑みを浮かべながら振り返った。


「葉月グループが助かるとしても、同じことが言えるかな」

「案ずるな。葉月グループは私が守る。土地の所有者が立て続けに死んでいった事件の真相を言え」

「僕は何もしてないよ。土地の所有者たちの病状を鍛冶議員に教えただけだし」

「――それは本当か?」

「ああ、本当だとも。証拠はないけどね」

「証言してくれないか?」

「何言ってんの。無理に決まってんじゃん。守秘義務違反で僕が訴えられるのがオチだよ」

「コーヒーイベントの時、お前はコーヒーイベントの運営スタッフとして参加していただろう。競技者のそばにいたからすぐに分かった。まさかとは思うが、何か細工をしていたのか?」

「誰にも言わないって約束してくれるなら教えてもいいよ」

「約束する。教えてくれ」


 皐月が一歩前に踏み込んだ。それにしてもこの男、こうもあっさり情報開示してくれるとは。


 ここまで底の浅い男は久しぶりに見た。皐月がこいつを振ったのは無理もない。人間としての未熟さが克服できていないばかりか、悪事にさえ手を染める始末だ。


 僕は確信した。こいつはそこまで悪いことをする度胸はない。鷹見弟は利用されている。


「僕はコーヒーイベントに運営スタッフとして派遣されたんだよ。葉月グループを負けさせるために」

「! ……それはどういうことだ?」

「今だから言えることだけどさ、僕は7種類全ての競技に関わってたんだよ。例えば皐月ちゃんが出ていたJCTC(ジェイクトック)、実は葉月グループのバリスタのコーヒーだけ、全部同じフレーバーのコーヒーセットが混ざってたんだよね。つまりあの場面、皐月ちゃんは当てずっぽうで裏にシールが貼っているコーヒーを当てないといけなかった。運が味方して全部正解しちゃったみたいだけど、最後の最後まで、ずっとありもしない外れを迷っていたのが決め手になって負けた。それが真相だよ」

「お前という奴はっ!」


 皐月が鷹見弟の胸ぐらを掴み、鈍い音が鳴るくらいの勢いで壁に押しつけた。


「おいおい、穏やかじゃないねぇ~。今不祥事起こしたらまずいんじゃないの~? ひいっ!」


 ぶん殴りたい欲求を最後まで押さえつけ、最終的に理性が勝った皐月はそっと腕を離した。


「お前なんか殴る価値もない! 他にやった不正も全部話せ。そうすれば命だけは助けてやる」


 皐月は物凄い剣幕で再び鷹見弟に詰め寄り、片手で首を掴みながら壁に押しつける。


 鷹見弟は拷問に屈したかのように全てを自供する。


 JBC(ジェイビーシー)のようにシグネチャーが物を言う大会では、葉月グループ側のコーヒーマシンの温度設定をいじり、本来の味わいとは違うものに変えて間接的に減点したり、ラテアートなら固まりやすい牛乳と入れ替えたり、ドリップコーヒーなら違うコーヒー豆とすり替えたりしていたのだ。ロースターの大会であるJCRC(ジェイクロック)では、葉月グループのバリスタのみ、他の参加者が使っている規定のコーヒー豆より劣化したコーヒー豆を使わせ、順位を落とさせた。JCC(ジェイシーシー)では最後のロースター部門の時だけ、JCRC(ジェイクロック)と同じ手口で減点されるように仕向けたという。ここまで話すということは、証拠など全て消し去っているということだ。


 全ては鍛冶議員の指示と鷹見弟は言った。鍛冶議員は杉山社長の事実上の配下である以上、杉山社長が鍛冶議員を通して伝えたと考えて間違いない。


「まあそういうわけだ。でも何で……鍛冶議員ともあろう者がコーヒーイベントに干渉なんてしようとするのか、僕にはさっぱり――!」

「うっ……ううっ……酷い……勝つためにこんな卑劣なマネをするなんて」


 大粒の涙を流し、柄にもなく泣き崩れ、地面に膝をつく皐月。


「……ちょっと、皐月ちゃん」

「やっぱり鍛冶議員が1枚噛んでたんだ。おかしいと思ったよ」

「雁来さんだっけ、さっさと連れて帰ってよ。これじゃ僕が泣かしたみたいじゃん」

「言われなくてもそうする。1つ確認しておきたいんだけど、全部ぶっちゃけるってことは、今年のコーヒーイベントには出ないってことでいいのかな?」

「そうだけど……」

「うちの友人が邪魔をしたね。失礼するよ」


 惜しみなく涙を流す皐月の手を握り、実験室の外に出た。


 ぽかーんとしたままの鷹見弟は、哀れみと罪悪感に満ちた顔を見せていた。


 また泣き崩れそうな皐月に肩を貸し、鍛冶薬局から逃走する。今頃鍛冶議員にも報告しているだろう。もうあいつに聞く手は使えないが、僕は一筋の安心を覚えた。


 アマチュアチームの勝利は不正によるものだった。最初はアマチュアチームが不当に総合スコアを水増しされているものと疑っていたが、シグネチャーの風味からそれはないと確信した。葉月グループのバリスタも血の滲むような努力を積んでいる。プロは才能のある奴が努力してやっとなれるものだ。だがあいつらは勝った途端に慢心するところがあった。実力だけなら負けていないとはいえ、ライバルがいなくなった途端、安心して手を抜く姿はアマチュアの姿勢そのものだった。


 水増しじゃなく、運営スタッフに紛れた刺客による妨害工作だった。


 不正がバレたら即敗北という条項にすっかり騙された。一度通れば正当な行為として扱われる。これはアマチュアチームへの侮辱でもある。味方ですら信じ切れないからこそできる所業だ。


 やっぱりあいつらは――掛け値なしの悪党だっ!


 車に乗るが、皐月は気分が沈んだまま、エンジンすらかけようとしない。


「皐月、僕らの敗北は実力によるものじゃなかった。本来なら勝っていた相手だってことが分かっただけでも十分な収穫だ。今回も似たような不正を働くに違いないだろうし、先回りして阻止するぞ」

「花音が勝てたのは本当に奇跡だったんだな」

「いや、あれは必然だ。花音はドジっ子カノンを炸裂させることを恐れていたんだ。JBC(ジェイビーシー)の場合はコーヒーマシンの温度設定をいじる妨害工作って言ってただろ。なのに本来のフレーバーになっていたのは、花音自身が競技の直前まで温度設定を念入りに確認していたからだ。温度確認をうっかり忘れちまった過去を思い出して再確認した。鷹見弟は妨害工作を働いたけど、花音が競技の直前に間違っていた温度を修正したと考えれば説明がつく。コーヒーに興味を示さなかったとはいえ、実家がカフェの鷹見弟なら、本来の適正温度を知っていても不思議じゃない。それにしても酷かった。ありゃ間違いなく振って正解だな」

「鷹見……信じてたのに……」


 この様子じゃ、とても運転してくれそうにない。


 僕はブラトップ越しに横から見えるたっぷりとした膨らみを揉みしだいた。


 恥ずかしがりながらも、皐月はすぐに受け入れ、僕の指が皐月の胸部から腹部に至るまでを擦るようにしながら柔らかさを堪能する。頭を抱き寄せながら唇を奪い、髪から漂う花のような香りが口直しならぬ鼻直しのように嗅覚を刺激する。服の中に手を入れると、今度は生の膨らみを揉みしだいた。


「んっ! あず君、車の中だぞ」

「心配ない。ここは人通り少ないし、二度と君を狙われたくない。皐月の中に出したい」


 顔を赤らめ、口元が震える皐月。


 久々に、完全に、目の前にいる女性を自分のものにしたいと思った。


 あんな奴に……皐月は渡さない……。


「まっ、待ってくれ。今は妊娠しないよう唯から言われている」

「じゃあ風呂に入ろう。風呂だったらすぐ洗い流せる。今日のことも全部」

「……本当にいいのか?」

「もちろん。今を逃したら当分できないだろうなー。明日は伊織の番だし」


 皐月は急いでエンジンをかけ、勢い良く右足でアクセルを踏んだ。


 早々に帰宅すると、汗をかいたと言って脱衣所に入り、一緒に服を脱いだ。


 昼食を食べることも忘れたまま、僕と皐月は広い浴室に入った。一緒にぬるいシャワーを浴び、口づけを交わしながら皐月の体を押し倒し、浴室の床の上で深く繋がった。皐月は何の躊躇いもなく、自ら体を動かし、頭から足の指先まで皐月の温度を感じ、年の差を感じさせないほど愛し合った。しばらくしてぐったりとしたまま床の上に寝転ぶと、息を荒くしたまま立ち上がり、お互いの全身と床を徹底洗浄する。最後に皐月の方から駆け寄り、僕の唇を奪うと、何事もなかったかのように風呂から上がった。


 今度こそ、僕は皐月を大人の女性にしたのであった。


 この後、唯に笑顔で叱られたことは言うまでもない。


 5月下旬、敵側に怪しい動きは見られなかった。


 僕、皐月、弥生はバールスターズの練習に明け暮れた。7月からはコーヒーイベントに向けた練習を本格化するため、コーヒーイベント終了まで練習は再開できない。思った以上に大きなハンデだ。タフな戦いが待っていることは間違いない。宇佐さんは引き続き調査を行う予定だ。少なくともコーヒーイベント終了まではつき合ってくれるとのこと。ここ数日間で、何度も心も体も繋がった皐月は、鷹見弟との関係に見切りをつけた。始まってすらいなかった関係に、ようやく終止符を打つことができた。


 約束通り、鷹見にこのことを告げることはなかった。鷹見弟をコーヒーイベントに招き入れたのは鍛冶議員だろうが、それを可能にしたのはジャパンスペシャルティコーヒー協会の現会長、杉山平蔵である。コーヒーイベントでの妨害工作は思った以上に巧妙かつ狡猾な手口だった。1番悪いのは杉山社長だが、誰も気づけなかったのが情けない限りだ。しかしながら、証拠を押さえることはできた。


 皐月がかけていた眼鏡の中央には小型カメラが仕掛けられていた。


 物的証拠がないとはいえ、鷹見弟自身が自供したのは大きい。璃子に証拠映像を送ると、すぐメールが返ってくる。予てから璃子には策があった。杉山社長のコーヒー業界への影響力を排除することだ。まずは会場の座から引き摺り降ろし、杉山グループが自分に都合の良いように改革ができないようにする他はない。代わりに別の候補を持ち上げる必要があるが、候補は既に決まっている。穂岐山社長だ。


 まずは穂岐山珈琲へと赴いた。アポを取ってから社長室に入り、穂岐山社長に事情を説明する。


 穂岐山珈琲育成部は亡命政権として岐阜まで逃げ延びた後、中津川珈琲の援助を得たが、組織としての弱体化が避けられなかった中津川珈琲は吸収合併に応じ、中津川さんは人事部長に就任した。やはりジェズヴェだけで生き延びられるほど甘くはなかった。身内でもあるオレクサンドルグループも戦争で潰れて後ろ盾がないし、言葉は悪いが、うちを嵌めた罰が当たったのかもしれん。


 眼鏡型カメラで撮った鷹見弟の言い分の映像を、穂岐山社長と中津川さんに見せた。


 テレビに繋いだ映像に2人して釘づけだ。信じられないと目が言っている。


「どうやら本当のようだね」

「もし彼の言い分が真実なら大事(おおごと)ですよ。今すぐ協会に伝えては?」

「駄目だ。今伝えたところで、去年の結果が覆るわけじゃない。旧虎沢グループ絡みの不祥事に続いてこんなことが公になれば、日本のコーヒー業界は、今度こそ致命的に信用を失うぞ」

「だったらどうするつもりなんです?」

「あず君のことだ。何か策があるんだろう?」

「ないこともない。今年のコーヒーイベントの時、不正防止のために監視を置く。穂岐山社長は協会の幹部でもある。杉山社長が反対するようなら、不信任決議案の1つでもチラつかせて証拠映像を見せてやればいい。杉山社長としてもクリーンなイメージを守りたいはずだ。表向きは不正防止を厳守する立場でもある。過去に起こった問題を掘り起こすよりも、これから問題を起こさせないようにする方が建設的だ。幹部の中には杉山社長に不信感を持つ人もいるはず。まずは反対派の説得にあたってもらう。信用できる奴に証拠映像を見せる。もっとも、杉山社長側の人間が多数派だったらの話だけどな」

「分かった。早速協会側の身内に連絡しよう」


 穂岐山社長が顎を斜め上に動かすと、中津川さんが頷いてから席を立つ。


 杉山社長を直接弾劾するのは至難の業だ。いかんせんガードが固すぎる。


 証拠を掘り当てるよりも、これからやろうとしている悪行を先回りして潰す方が現実的だ。真凜の両親が最後に残した遺言は、僕らを救うきっかけとなった。鷹見弟が殺人に加担したのは間違いないが、あくまでも間接的なもの。実行犯は分からないが、尻尾を出す機会を待っていては手遅れになる。


 尻尾を出さないなら、こっちから餌を撒いてやれば……。

読んでいただきありがとうございます。

気に入っていただければ下から評価ボタンを押していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ