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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第2章 自営業編
46/500

46杯目「秘密を抱える痛み」

 CFL(シーエフエル)に優勝し、ゲイシャの味を噛みしめて帰国する。


 空港から電車で岐阜まで戻るが、移動は地味に疲れる。日本人とは目を合わせないようにし、声をかけられても無視した。度々思うのだが、電車の中はマジで地獄だ。


 パーソナルスペースなんてあったもんじゃないし、よくあんなのに毎日乗れたものだ。かつての親父もこうだったんだろうか。毎日満員電車に乗って通勤なんて絶対無理だ。中身の2割も使わないであろうカバン、飼い犬の首輪のようなネクタイ、まるで宗教服のようなだっさい背広。あんなの絶対着たくない。そんなことを考えながら電車という苦痛に耐えていると、段々と人が少なくなっていく。


 東京から離れていくほどに電車の中から人が降りていく。岐阜市は人通りが少ないのだ。


 僕にはそれが救いであり侘しくもある。


 家に着くと、疲れた表情でのっそりと自宅の扉を開けた。


「「「「「優勝おめでとー!」」」」」


 家族や常連たちからクラッカーで迎えられ、僕の頭にはクラッカーから出た紙屑が乗っていた。去年まではなかった光景だ。璃子、親父、お袋、唯、優子までいた。


「! ……これどういうこと?」

「どういうことも何も、CFL(シーエフエル)で優勝しただろ」

「それはそうだけど、話してないよな?」

「カールさんが教えてくれたんです」

「カールさんが知ってたの?」


 後ろから2人が入ってくる。ジェフとカールだった。同級生を除けば、常連はこれで全部だ。


「あぁー、もう帰ってきちゃってたー」

「お父さんもカールさんも遅いです」

「悪いな、ジェフと一緒に買い物行ってたら遅れちまった」

「……買い物?」

「ケーキだよ。スフレのチーズケーキは売り切れだったから、ザッハトルテにしたんだ。あず君はザッハトルテは好きか?」

「うん、好きだけど」


 常連はアトランタに友人がいて、優勝したという情報を貰ったらしい。まさか先回りされるとは。


 璃子たちは僕の優勝を惜しみなく称えてくれた。やっと僕の信念が通じたらしい。これで2つ目の優勝トロフィーだ。賞金はもちろん円に換えた。


 持って帰ってきたトロフィーをバッグから取り出して飾る。


「うわぁ、凄い。これで2つ目のトロフィーですね」

「本当にやってくれるよ。これで穂岐山への自慢話が増える」

「やめてくれよ……穂岐山社長に伝わったら、漏れなく美羽にも伝わるからな」

「宣伝すれば、たくさんお客さん来てくれると思うんだけどねぇー」


 お袋が嫌味ったらしく残念そうに呟いた。


「外国人観光客なら、たくさん来てくれるんじゃないかな?」

「治療始めた方がいいんじゃないか?」

「それは後だ。まずは店を安定化させないと」


 祝勝会には興味を示さず、ずっとゲイシャのことばかりを考えていた。


 あの味だけは――忘れられない。あんなに美味いコーヒーが世に出てきていたとは。


「お兄ちゃん、顔がデレデレしてるよ」

「えっ! そうかな?」

「向こうでまた新しいコーヒーと出会ったんでしょ?」

「う、うん……」

「何で分かるんですか?」

「お兄ちゃんは新しいコーヒーに出会うと、しばらく自分の世界に入って妄想を始めちゃうの。一度こうなったら、しばらく続くかも」

「まるで恋人ですね」


 唯が不機嫌そうに冷たい声で言った。何で機嫌が悪いんだ?


 チョコレートで塗りたくられたザッハトルテを食べた。


「うん、美味い。優子の店には及ばないけど、チョコとアプリコットのバランスがいい」

「ふふん、あたしの店には敵いっこないよ。うちのケーキは世界一美味しいんだから」

「やっぱ優子のケーキが1番美味いかな。僕好みの味だし」

「あず君……」


 優子が顔を赤く染めながら僕の名前を可愛く呼ぶ。


「アトランタの友人から優勝を聞いた時は、ひっくり返りそうになったよ」


 カールが僕の隣に座り、話しかけてくる。短めの金髪にアスリートのようなガタイの良さ。この人は同じくデンマーク人の妻と息子がいる。息子はコーヒーには興味がないらしい。


「カールの友人も会場にいたの?」

「ああ、ニコラスっていうんだ。彼と会っただろ?」

「ニコラスから聞いたんだ」

「そういうこと。あいつ、あず君がそっちに行ったぞって言ったら、めっちゃ喜んでた」

「確か僕の動画を見てバリスタを始めたって言ってたけど、本当なんだな」

「これだけ多くの人に影響を与えてるんだ。治療をするなら早い方がいいぞ」


 カールからも治療するよう言われたが、何よりゲイシャのことで頭がいっぱいだったのか、全く聞く耳を持たなかった。日本人からの評判なんてどうでもいい。


 疲れが溜まっていたのか、この日は風呂に入るとすぐに寝てしまった。


 璃子はずっと僕がいなかったのが寂しかったのか、朝起きた時には僕の布団に入っていた。


 遠征から帰ってきた後の日曜日のことだった。吉樹と一緒に名古屋のテツローまでラーメンを食べに行っていた。吉樹が以前から行きたがっていたこともあり、散歩も兼ねての外食だった。


「うう……もうお腹いっぱい。ちょっと、食べすぎたかな」

「吉樹は散歩だけじゃなくて、腹筋もした方がいいね」

「そうだね。あっ、ちょっと見せてよ」

「えっ! 何っ!? ちょっ――」


 吉樹は隣にいる僕のTシャツを捲って腹を確認する。


 優子といい吉樹といい、恥ずかしいからやめてほしいのだが。


「うわー、腹筋割れてるねー。僕もこれくらいになりたいなー」

「だったら毎朝筋トレしたら?」

「えー、めんどくさいなー。でも定期的にやるか」


 テツローの店長は僕の言葉が響いたのか、ぶっきらぼうながら宣伝をするようになり、まだまだ少ないが常連が来るようになった。やればできんじゃん。


 帰りに葉月商店街にある優子の店、ヤナセスイーツへと赴いた。


「スフレのチーズケーキ2つ」

「はいはい、ダーリンに吉樹まで来てくれるなんて嬉しいなー」

「ダーリンじゃない」

「つき合ってるの?」

「仮交際だけどな」

「!」


 吉樹が信じられないと言わんばかりの顔で驚いた。


「――人に全く興味を示さないあず君がっ……優子さんと仮交際?」

「優子がどうしてもって言うから……仕方なく」

「そーんな言い方しなくてもいいじゃーん」


 優子が余裕の表情のまま愚痴を零した。相変わらず冷静だ。魔性の女のようなオーラが出ているが、一体何人もの男を惑わせてきたんだろうか。


 吉樹と別れると、吉樹がいなくなったことを確認してから実家の方向へと赴き、実家を通り抜けて自宅へと戻る。申し訳程度の実家にいますよアピールだ。


 自宅に着くと、僕は信じられない光景を目撃する。鏡越しに見知らぬ2人が璃子と仲良く喋っているところを目撃してしまったのだ。一体どういうことだ?


 片方は外国人で金髪のロングヘアーの女、もう片方は日本人で黒髪のショートヘアーの男。


 ――これは問い詰める必要があるな。


「! おっ、お兄ちゃん!?」

「璃子、これはどういうことだ?」

「……ごめん」

「謝ってほしいんじゃない。状況を説明しろって言ってんだよ!」

「あの、そんなに責めなくてもいいと思うんですが」

「近づくなっ!」

「!」


 大声で威嚇すると、男子がビビって後退りする。日本人恐怖症の症状の1つ、怒りだ。


 本来であれば、店に入ることさえ許されないはずだ。僕は璃子に裏切られたと思い、憤慨して我を失っていた。璃子は僕にありのままを説明する。帰るのが夕方と言った後、璃子はこっそりと同い年の友人を誘っていた。予定より早く帰ってくることを計算に入れていなかったらしい。


「つまり、璃子は僕がずっといなかったのが寂しすぎて、以前から仲の良かった友人を呼んでしまったというわけだな?」

「うん、ホントにごめん。でも2人には口止めしてあるから」

「たとえ友人であっても、一歩間違えば脅されていたかもしれねえんだぞ! あまりにも軽率すぎるって思わなかったのか?」

「あの、これ以上璃子を責めるのは止めてください! お願いします」


 璃子の友人らしき女子が璃子を庇う。ということは仲は良いんだな。


「あの、勝手にお邪魔してすいません。浅尾蓮(あさおれん)です。葉月の同級生です」

中津川静乃(なかつがわしずの)です。璃子とは同い年で違う学校なんですけど、同じクラブになった時に出会って、それから仲良くさせてもらっています。静乃と呼んでください」


 後ろを向いたまま、璃子の2人の友人から自己紹介をされる。


 僕は一向に振り返らなかった。正直、見るのが怖い。


「……葉月梓、璃子の兄で、普段は社会不適合者だ」

「お兄ちゃん、もう2人と会っちゃ駄目かな?」

「その前に確認だけしておく。2人は僕の事情は知ってるのか?」

「浅尾君はお兄ちゃんが追放された時に私と同じ教室にいたから、その時からお兄ちゃんの事情は一通り知ってる。静乃にも一応話したけど」

「僕がここでカフェを営んでいることは絶対誰にも言うなよ。いいな!?」

「「はっ、はいっ!」」


 2人は怒りが込み上げていた僕の剣幕に押され、イエスマンの如く返事をする。この返事に偽りがなければいいのだが……しかしながら、これでますます秘密の共有者が増えてしまった。下手に入店禁止にしてしまうと、店のことを外部に漏らされかねない。そこで僕は応急処置を取ることに。


「静乃はともかく、浅尾は明らかに問題だ」

「やっぱり、出て行った方がいいですか?」

「……いや……璃子の友人なら、改名だけで許してやる」

「カイメイ?」

「君は身内でもなければ身内の紹介でもないし、そもそも知り合いですらない」

「はあ……」

「――アーサー。今日から君はアーサーだ。いいな?」

「はい。でも何でアーサーなんですか?」

「浅尾って名前を全部伸ばしたら、アーサー王になる。だからアーサーだ」

「「「ふふっ、あはははは!」」」


 何故か3人が一斉に笑い出した。別に面白くはないだろう。


 少しでも日本人恐怖症を和らげられると思って、咄嗟に外国名をつけただけだってのに。


「じゃあ入店させてもいいの?」

「たまーにだぞ」

「「やったぁ!」」


 やったぁじゃねえよ! こっちは秘密を守るので一苦労だというのにっ! これじゃ先が思いやられるじゃねえか。いっそ全部バラして楽になってしまいたい……いやいや、そんなことをすれば今までの苦労が水の泡だ。せめて親の借金を返せるくらい稼げるようになるまで内緒にしておく必要がある。こいつはいつの間にか、僕以外のみんなからもアーサーと呼ばれるようになった。


 浅尾は璃子と度々同じクラスになっており、スクールカースト最上位グループに属する。璃子もかつては属していたらしい。イケメンで高身長で、来年からは私立の名門校に通うらしい。


 静乃は父親が日本人で母親がウクライナ人だ。唯とは対照的に外国人寄りの顔である。僕よりも背が高くてくびれたウエスト、スラッとした足、そして何より……でかい。


 小学生時代の璃子は小4の時からテニスクラブで、そこで出会ったということは、彼女もテニスクラブだったわけだ。唯の時と同じく、彼女に対して日本人恐怖症は発動しなかった。


 どういうことだ? 親が外国人だったらセーフなのか?


 しかし、それだけが原因とは思えない。他に原因があるはずだ。親が外国人の人とは何度か会ったことがあるが、同じ国際結婚で生まれた子供であっても、日本人恐怖症が発動する場合があった。


 一体どんな法則で発動しているのやら。さっぱり分からん。璃子はこれに懲りたのか、これ以上友人を呼ぶことはなかった。この日は休業日だから営業はしていないが、璃子は2人に自分が淹れたインスタントコーヒーを出していた。無論、2人共僕の事情は知らないままである。


 しばらくして2人が帰っていく――。


「ふぅ……」

「浅尾君にだけ震えてたね」

「ああ、自分でもこの病気の法則がよく分からん」

「話さなくてよかったね。一般の人はなかなか信じないだろうし」

「1つ確かなのは、身内以外で僕が日本人と判断した相手には回避行動を起こすということだけだ」

「これからどうするの?」

「決まってるだろ。利益を上げて借金を返して、この3年を乗り切る。僕にはこれしか選択肢がない」


 とんだアクシデントだったが、どうにか秘密がばれることなく、6月を乗り切った。


 7月を迎えると、アメリカ人の客が大勢押し寄せてくる。僕のチャンネルを参加者たちが広めてくれたんだろう。その影響なのか、うちの店はまたバブルの状態だ。


 CFL(シーエフエル)はバリスタの世界大会の中ではマイナーな部類だが、WDC(ダブリューディーシー)とは違い、全米でそこそこ知られている大会であるため、知名度ではこっちが勝る。彼らはうちの店の飛び出す絵本や、ユニークな内装や制服に好意的だった。しかもヨーロッパから来た客とも会話をし始め、交流を重ねていた。ただ、近隣住民にもこの大盛況が耳に入ると、度々日本人規制法のことが噂になった。そろそろ親戚から電話の1本でもかかってくると思ったが、僕が住んでいる商店街からはそこそこ離れているのか、噂が親戚に知られることはなかった。すぐに噂を撒き散らす子供が入ってこなかったことも大きい。うちの店は10歳未満の子供は入店禁止だ。


 それにしても、客の数に対して客席が少なすぎる。繁盛している日は客席を追加した方がいいかもしれないな。流石にカウンター席が10席だけなのはきついか。だが席を増やすとなると人員を増やす必要がある。だが今は人を雇っている余裕はない。まあ、机や椅子を買ったりすれば、僕の手取りなんて簡単に減るし、今年も最低限度の生活しかできなさそうだ。


 美羽も海外のニュースで僕の優勝を知ったのか、また僕の店にやってくる。昼間は大繁盛で入れなかったのか、ラストオーダーの時間が過ぎてしばらくしてから店に入った。


「あず君のお店、大繁盛だねー」

「あのさ、もう6時なんだけど」

「あたしは客として来たわけじゃないの。あず君があたしとの約束を覚えているかどうかの確認をしに来ただけだから安心して」

「美羽、君がここにいるだけで、僕はいつも不安でしかない。今度はどんなことをされるのか、分かったもんじゃねえからな」

「お兄ちゃん、言い過ぎだよ」


 璃子が僕の発言を咎めた。璃子は美羽のことを信用しているようだ。


 しかし、僕はどうもこいつには裏がある気がしてならない。


「あず君、7月31日空いてるかな?」

WBC(ダブリュービーシー)東京大会だろ?」

「よく分かったねー」

「バリスタの間じゃ有名な大会だ。さっき調べた」

「あず君には良い刺激になると思ってね。大会3日前から東京に来てほしいの」

「良いけど、お金ないぞ」

「大丈夫。旅費は負担するから」


 丁寧に断ろうとしたが無駄だった。


 そこまでして僕に見せたいのか? それとも何か別の意図があるのか?


 貴重な体験ができるならということで、渋々彼女の案に乗ることに。移動の負担が少ない国内でWBC(ダブリュービーシー)を見れるのは嬉しいけど、東京は全く好きじゃないし、人も多くてあまり見られないだろう。夏の貴重な稼ぎ時、僕は美羽から東京に誘われた。理由はワールドバリスタチャンピオンシップ、略してWBC(ダブリュービーシー)が今年の7月31日に東京で行われるからだ。


 WBC(ダブリュービーシー)は2000年から毎年行われており、バリスタオリンピックに次いで古いバリスタの世界大会だ。エスプレッソとカプチーノとシグネチャードリンクの3種類を4杯ずつ、合計12杯をセンサリージャッジに提供し、総合スコアを競う競技会だ。


 これらのコーヒーの味だけでなく、バリスタとしての接客態度、スムーズな動きの一貫性、ホスピタリティが求められる競技だ。基本的にヨーロッパかアメリカで行われることが多いが、今回は東京での開催であり、西洋以外では初の開催地である。遠征は疲れたから丁度良かった。


 東京は国内だからギリ出張ってとこかな? ただ、そのためには1つ課題をこなす必要がある。親戚への顔出しだ。ここで僕の本当の『進路』がバレてないかを確認する必要があった。


 7月中旬の日曜日、僕は一度親戚の家まで遊びに行った。


 アメリカ人のラッシュが目立ったのか、親戚の間でもうちの店が噂になっていたと璃子から聞いた。もしそれが本当なら、釘を刺しておく必要がある。


 インターホンが鳴ると、咄嗟に体が反応する。


「はーい」

「あっ、あず君。久しぶりだねー。みんなー、あず君が来たよー」


 リサたちの母親が僕に気づいてみんなを呼ぶ。


 どうやらみんな夏休みだったらしい。


「あず君の方から遊びに来てくれるなんて意外だねー」

「夏休みの宿題が終わったから遊びに来た」

「あず君って宿題とか無視してたんじゃなかったっけ?」

「あー、いや、そのっ――ほらっ、あれだよ。留年があるから!」

「あぁー、そういうことか。留年はまずいもんねー」

「そっ、そうなんだよー。いやー、参っちゃうよねー」


 冷や汗をかきながら言い訳していると、見ていたリサが僕の異常に気づく。


「ふーん、じゃあルイに宿題教えてやってよー」

「それは無理だ」

「何で?」

「宿題は答えを全部そのまま写したからな」

「せっこ」


 リサが呆れ顔になりながら僕を冷たい目で見た。実際に高校まで行かされていたら、間違いなく途中式すら書かずに答えを丸写ししていただろう。みんながいるリビングまで移動し、ソファーに座った。すると、レオやエマが僕に気づき、一斉に僕の隣に座って甘えてくる。リサたちとお菓子を食べながら星の数を競うパーティゲームで遊ぶ。ゲームが終わってリサたちが飽きてくると、今度はルイと敵を場外まで吹っ飛ばすゲームで一緒に遊んでいた。


 僕は某配管工のおじさんで、ルイの永遠の2番手を横スマでバーストする。


「あぁー、また負けたぁー」

「相手に近づいた時、外側に回避する癖直した方がいいぞ。読まれるから」

「……そうする」


 会話をしながら遊んでいると、橙色の日光が夕方を告げる。


「ねえねえ、最近噂のカフェなんだけど、表に屋号がない上に、外国人観光客限定なんだって。なんかめっちゃ怪しい感じがするよねー?」


 ……えっ!? 外国人観光客限定?


 待ってましたと言わんばかりに、リサがうちの店を話題にする。


 僕がその店のマスターであるとも知らずに――。


「うん、それ僕も聞いたよ。何でも、外国人観光客限定の店で、マスターがバリスタの世界大会で優勝するほどの凄腕バリスタなんだって」

「何で外国人観光客限定なんだろうね?」

「分かんない。僕らってそこ入れるのかな? できればああいうことはやってほしくないなー。僕らみたいに、日本人でも外国人でもある人が来たらどうするんだろうね?」


 まずいまずい、これもうやばいやつじゃん。万事休すか。


「確かにそうだねー。試しに今度行ってみよっか?」

「駄目だっ!」


 咄嗟の判断でエマの提案を強く否定する。どうやらまだ覗かれてはいないようだ。屋号はいつも店の中に隠してある。葉月珈琲の看板を表に出しちゃったら、僕が営業してるってばれちゃう。


「えっ!? あず君、どうしたの?」


 エマが僕の迫力にビビりながら聞いてくる。


 ここは彼らの興味がうちの店に向かないように仕向けなければっ!


「たまたまそこの店に行った外国人から話を聞いた」

「ええっ!? 本当にっ!?」


 エマが興味津々に僕の話に食いついてくる。すると、全員が僕に注目し、全員の顔がこっちへと向けられる。そこにはエドガールのおっちゃんもいた。


「うん。その人が言うには、そこのマスターは日本人嫌いなんだって」

「えっ? 嘘でしょ?」

「本当だ。日本社会は自分らしく生き辛いから、普段は店に引きこもってるんだってさ。しかも空気を読むことばっかり求められるのが非常に窮屈で、日本人と一緒にいるだけで息が詰まるって、愚痴るように言っていたらしい」

「「「「……」」」」


 自分自身の代弁をするように証言する。リサたちが若干落ち込み気味の表情になり沈黙する。無理もない話だ。リサたちはずっと……差別とは無縁の世界で生きてきたのだから。


「だからさ……行かない方がいいと思うぞ。君らは『入店禁止』なんて言われたら嫌だろ?」

「……うん……分かった」

「じゃあ、もう時間だから帰るわ」


 場の空気を凍らせたまま、逃げ帰るしかなかった。


 玄関から出ようとすると、リサたちの声が聞こえてくる。


「どんな事情があったかは知らないけど、最低だね」

「うん、ありえない。ああいうのは人としてどうかと思う」

「あず君の言う通り、そんなお店には行かないようにしよ」

「うん、それがいいよ。なんかあず君の話聞いてたら冷めちゃったー」


 聞いていられずに走って帰った。この時、僕の目からは大粒の涙が流れていた。


 済まない……でも今はっ……こうするしかないんだっ!


 この後、僕は璃子の胸を借りて啜り泣きするのだった。

1日1000PV感謝です。

とても励みになります。

浅尾蓮(CV:石川界人)

中津川静乃(CV:東山奈央)

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