表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第18章 包囲網編
447/500

447杯目「歪んだ綺麗事」

 翌日、ラストオーダーの時間を迎えた頃、伊織がのっそりと帰宅する。


 一晩寝たことで元気を取り戻したが、表情を見る限り、まだ予断を許さない状況だ。


 美羽にメールで事情を説明すると、すぐに代わりを手配してくれた。


 欠員が3人も出た。弥生、花音、陽向が急遽代打を務めることに。ユーティリティー社員でもある上に全員がメジャー店舗経験者だ。葉月グループの1番の強みはスタッフの層が厚いことだ。何人抜けようが葉月珈琲塾で鍛え抜かれたバリスタが下から絶え間なく生えてくる。他社にいるバリスタも大会で結果を出せば、優遇を求めてうちに入社し、戦力として働いてくれる土壌が整いつつある。


 葉月グループは畑からバリスタが採れるのだ。


 でも1人として蔑ろにはしない。それがうちの流儀だ。コーヒーイベント以外で半数も入れ替わるのは珍しい。主力が3人もいないとなると、流石に美羽も頭を抱えた。璃子にも皐月の件と千尋の件をメールで伝えたが、全く動じていない様子だった。驚くことはしても焦ることはしないのがうちの妹だ。それとも千尋の裏切りを想定していたのだろうか。皐月は来月から中山道葉月のマスター就任となり、それまでは自宅謹慎ということになっている。解放されているロッジに向かい、強化合宿を行うよう告げている。本来合宿は複数人で行うものだが、実は1人でもできるのだ。しかし、皐月は弥生を強化合宿に誘うと、週に1回はロッジに集合することを快諾した。


 唯が2階から下りてくると、桃花に夕食セットメニューを注文する。料理が面倒な時は客として注文してスタッフの誰かに作ってもらい、家事負担を軽減することができる。うちならではの特権だ。


「あっ、伊織ちゃん、戻って大丈夫なんですか?」

「それが……その……しばらくは仕事を休むよう、お医者さんに言われました」

「えっ、どこか具合でも悪いの?」

「いえ……実は私、お腹に赤ちゃんがいるんです」

「「「「「ええ~っ!」」」」」


 赤面しながら伊織が答えると、桃花たちが同時に驚いた。


「にっ、妊娠してたんですか?」

「はい。本当はもっと後で言おうと思ってたんですけど、昨日とんでもないことがあったので」

「「「「「……」」」」」


 桃花たちが一斉に僕をジト目で見つめる。思わぬ視線に僕は恐怖した。


「あず君の子供ですよね。どうするつもりなんですか?」

「もちろん、面倒見るに決まってんだろ。伊織のことも、子供のことも、僕が全力で守る。それなら別に問題ないだろ。元々こうなってもいいように事実重婚してるし、迷惑はかけないから安心しろ」

「私たちは別に構いませんけど、世間の風当たりが心配です」

「世間なんてどうでもいい。大事なのは子供が幸せと思えるかどうかだ。世間が介入する権利はない」


 伊織は安心の笑みを浮かべながら腹部を優しく擦る。少しばかり不安が入り混じっているように見えるのは気のせいだろうか。また守るべき存在が増えてしまった。


 桜子の懸念も分からなくはない。だがそれはお互い様というもの。


 世間に散々迷惑をかけられまくった僕に言わせりゃ、個人が世間に多少の迷惑をかけたって何の問題もないはずだ。公共の福祉に反しなければどう生きようと自由だ。どちらかと結婚なんてすれば、どちらかの子供が遺産相続できなくなるし、それは事実上の差別を認めることと同義だ。


 伊織が側室のような目で見られていることは重々承知だが、混乱が起きようものなら、その程度の未熟な社会だったということだ。形は違えど異母兄弟なんてものはいくらでもいる。子持ちの状態で離婚し、再婚した相手との間に子供ができたのと何が違うというのだ。


「伊織、何でずっと黙ってたわけ?」

「あず君がまた中山道葉月で監修をすると言ったからじゃないですか。私が妊娠したことを知ったら仕事に集中できないんじゃないかと思いまして」

「そんなわけねえだろ。僕の子供に変わりないし、仕事中は家族を忘れることにしてる」

「それはそれでどうかと思いますけど」

「伊織にはしばらく産休を取ってもらう。マスター代理は桜子に任せる」

「わっ、私ですかっ!?」


 顔を赤らめながら桜子が言った。目線が那月の方を向いている。


 桜子にリーダーシップはない。だがこの状況なら十分にマスター代理が務まるだろう。主力となる連中が同時に退場してしまったのだ。今うちのマスターに必要な資質は、主力が戻るまでの間、無難にやり過ごせる平穏な性格だ。穏やかで放任主義の桜子が適任と考えた。


 桜子も将来的には朝日奈珈琲を復活させる夢を持っているし、マスターとしての経験もある。大した指示を出したことはない。いつも客が少なくて、全部自分で賄うことができた。葉月珈琲では的確な指示が必要だが、桜子にはロースター経験で培ってきた強力な観察眼がある。代理ではあるが、ロースターの仕事がメインのスタッフがメジャー店舗マスターを務めるのは親父以来だ。


「唯、伊織を頼む。育児のことをたくさん教えてやってくれ」

「はい、任せてください。ふふっ、私が妊娠中の時は伊織ちゃんに家事育児を任せていましたけど、今度は私が伊織ちゃんの代わりですね」

「……唯さんは抵抗ないんですか?」

「ありません。あず君の子供であることに変わりはないんですから、伊織ちゃんの子供だって、私の子供と同じくらい大事な存在ですよ」

「唯さん……」


 健気な言葉に周囲は頬を緩めてほっこりする。


 もはや伊織の子供のことなんて誰も気にしちゃいない。


 伊織には両親がいない。父親は離婚後、失業のショックにより、ビルの屋上から身を投げ、死に至ったと中津川社長から聞いた。母親は無敵の人事件によって殺されてしまい、伊織の希望通りに大会日を変更していれば一緒に殺されていたかもしれないところを、母親の助言で助けられる格好となった。


 天涯孤独の伊織にとって、ここは唯一の居場所だ。


 こうなると分かっていながら受け入れた唯には拍手を送りたい。唯も伊織も人間ができている。2人は気が合うのだ。同じ相手を好きになるくらいだし、趣味まで共通している。2人が出会った時点で事実重婚は確定していたのだ。どちらかを選ぶなんてできるわけない。


 ――どっちが欠けても……今の僕はないのだから。


 大きな転換期を迎えた葉月珈琲だが、再び加入した花音の活躍は伊織たちの穴を見事に埋めた。JBC(ジェイビーシー)優勝の効果は大きく、アマチュアチームに唯一勝利した花音を早い内に引き入れることができたのだから運が良かった。あいつらに勝つヒントは間違いなく花音が持っている。じっくり見定めていれば分かるはずだ。花音には今まで通りのやり方で構わないと告げておいた。葉月珈琲に加入してからも今まで通りの練習を続けた。来年にはWBC(ダブリュービーシー)がある。


 6月の世界大会を終えてからコーヒーイベントに挑むのは多少のハンデがあるものの、同じ大会に出る場合はシード権を行使することで準決勝から参加できる。これ以上世界大会を辞退すれば、アマチュアチームに不信感を抱く者がますます増えるが、仮に世界大会に出るとしても、その頃にはバリスタを辞めているかもしれない。アマチュアチームは世界大会で通用しない。あいつらよりも遥かに才能がある上に、プロ契約制度が充実していて、充実した練習環境に恵まれている海外組にはまず勝てない。1人でも勝てば葉月グループの敗北が決定する。アマチュアチームの連中は優勝回数勝負の件を知らない。葉月グループのバリスタに勝てと言われているだけで、何勝すればいいのかまでは分からない。つまり来年も全力を出してくるということだ。契約が満了すれば一生分の年金が手に入る。しかし、あいつらには働く意欲がある。使う目的もあるし、やはり働き続けるだろう。


 数週間後――。


 11月上旬、皐月が謹慎期間を満了し、中山道葉月マスターに就任する。


 神崎と成美は欠員の出たマイナー店舗マスターに就任してもらった。


 アルバイトたちの目の色が全く違う。特に理恩は皐月に憧れて中山道葉月に応募しただけあり、一緒に働けることを家族に自慢しているほどで、今までとやる気が全然違う。他のアルバイトたちも皐月の仕事ぶりには大きな刺激を受けており、コーヒーの淹れ方から食材の仕込みまでを完璧にこなし、まるで別の仕事をしているように見えるほどだ。バリスタIQが全然違う。接客も王室の執事のように丁寧であり、自分でも貧相な店舗と思うくらいなのに、高級店と錯覚しそうだ。


 1人のスーパースターがいるだけで、こんなにも雰囲気が変わるんだな……。


 千尋は杉山グループ側についた。本部株を10%受け取り、忠誠の意を示している。


 明日香とは全く連絡が取れず、小夜子に聞いても明日香のことはそっとしてほしいと言われた。大きなショックを受けていることは間違いないだろう。図らずとも実の妹が敵側に回ってしまった。心中察するに余りあるとは、まさにこのことだろうか。


 皐月は準優勝に終わったJLAC(ジェイラック)JLAC(ジェイラック)で再びリベンジを決意する。杉山グループのバリスタはコーヒーイベントに参加するバリスタの3分の1を占めていた。国内予選ではなく、杉山グループ予選と皮肉られる始末だ。杉山グループがジャパンスペシャルティコーヒー協会を事実上支配していることも多くのコーヒーファンから反感を持たれている原因だ。


 僕はオリエンタルモールの株を持ち、バリスタランドの方針に対する発言力を手に入れた。まず最初に行った改革は10月から実行に移される予定だった、アパルトヘイト政策の中断だ。実行した場合はこのことを公にし、世間による裁きの鉄槌を食らわせることを示唆し、他の株主を屈服させた。清掃ロボットの導入は避けられないが、清掃員の中でもキャリアアップを望む者は、別の部署に移すことで合意した。別に救ってやったわけじゃない。不当な評価をしなくなっただけだ。アトラクションが不十分な店舗はカフェの仕事に専念できるようになり、無理をしてまで二正面の戦争を行う必要がなくなった。これで少しは楽になるだろう。無理に6人も雇う必要はなくなった。


 いつでもクビにしようと思えばできるが、仕事以前の問題を抱えていたアルバイトたちは、うちに欠かせない戦力となっていた。中山道葉月で働くようになってからというもの、彼女たちの生き方に変化が生まれたのだ。無気力で自己抑圧的な精神はどこへやら。もう少し様子を見て決めるか。


 昼休み、僕は皐月をバックヤードに呼び出し、情報交換をしているところだった。


「千尋はもう戻って来ないのか?」

「分からん。敵の本部株を持っていた時は驚いたけど、うちの情報が筒抜けだった理由が分かった」

「千尋がうちの情報をばら撒いていたのか?」

「確証はないけど、おおよそ間違いないだろうな。うちの重要な情報は千尋にも話してるし、僕が首脳会合しに行くことを杉山景子が知っていた時からずっと怪しいと思ってた。あれは千尋が教えたと見て間違いない。あの時首脳会合をしに行くことを知っていたのは、杉山グループの連中を除けば、うちにいたスタッフくらいだからな」

「これからどうするつもりだ?」

「中山道葉月の売り上げランキングを1位にして立花グループをうちに引き入れる。JBC(ジェイビーシー)だけアマチュアチームに勝っていた。あいつらの勝った競技の共通点を調べたんだけどさ、どれも立花グループが作ったコーヒーマシンを使って勝ったことが判明した」

「当然だ。葉月グループを後押しするように言われた。親父からな」

「皐月、一度立花社長と会わせてくれ」

「それはできない。密会したとバレたら立花グループが杉山グループに狙われる」

「もうバレてる。皐月がここのマスターになった時点でな。それに今の杉山グループには相手のグループを飲み込むだけの体力は残ってない。優勝回数勝負を仕掛けてきたのは、強引な吸収合併だけでは限界があるからと考えれば説明がつく」


 杉山グループが穂岐山珈琲本部を吸収合併した際、穂岐山珈琲育成部による焦土作戦により、多くの有望株を育成部に引き抜き、乗っ取った頃には蛻の殻となっていた。杉山珈琲としては事業をスタートさせてから経営を立て直すまでに多くの時間と労力を消耗し、経営に慣れない杉山景子は苦戦を強いられた。しかしながら、石原に説得され、杉山珈琲に寝返った者たちもいる。


 中でも特に実力があったのが、アマチュアチームの面々だ。


 吸収合併は有望株の奪い合いでもあったと璃子は言った。更なる戦力補強として、海外組まで引き入れたのは想定外だ。石原の異変にさえ気づいていれば、もっと戦いを有利に進められていた。


「穂岐山珈琲に焦土作戦を伝えたのはあず君と聞いている。よく思いついたな」

「あれはただの時間稼ぎだ。設備も調理器具もコーヒーマシンも回収して、店内の設備も全部ぶっ壊してやった。あれであいつら、全国中の店を丸々建て直す破目になったからな」

「……なかなか恐ろしいことをするな」


 表情を保ちながらも、急に気温が下がったかのように怖気が走る皐月。


 無論、全部璃子が立てたプランだ。焦土作戦は璃子の得意技だ。作戦通り、杉山珈琲としてのスタートを大幅に遅らせることができた。温厚で平和主義の穂岐山社長ではまず思いつけない。


 美羽が穂岐山珈琲から有望株を引き抜いていたのがよく分かる。


「まあそういうことだ。一度でいい、立花社長に会わせてくれ」

「……分かった。だが親父と業務提携を結ぶなら、相応の条件を突きつけられるぞ」

「問題ない。贔屓にするくらいの条件なら、喜んで引き受ける」

「――贔屓にするだけで済むといいがな」


 そっぽを向きながら腕を組み、やや強気の口調と懸念の表情を浮かべる皐月。


「ところで、昨日ハロワの人がうちを訪ねてきたぞ。葉月グループは障害者雇用率未達成らしいな。行政指導されるほど雇用が偏ってるのか?」

「偏ってなんかいねえよ。また来ても無視しとけ。うちは障害の有無に関係なく仕事ができる人間しか雇わないって決めてるからさ」


 葉月グループは予てから障害者雇用促進法に真っ向から反発している。公共職業安定所からは企業名を公表されている。正直に言えば、仕事ができる確率の低い障害者を雇うよりも、罰金を払った方が安い。雇入れ計画作成命令を受けても作成を無視し、適性実施勧告も特別指導も全部無視した結果、遂に企業名を公表された。厚生労働省のホームページには葉月グループ傘下企業の名前が全て掲載されている。だがほとんどの人は全く気にしていないため、イメージダウンには至っていない。もしそんなことがあれば、名誉棄損で国を訴えるまでだ。以前ハロワの人と面接を行った際、障害者を雇用することは法律で定められた義務であり、企業の社会的責任でもあると言われたが、それはあくまでも絵に描いた理想論だ。実際は給料分の労働なんてしてくれないことが多く、配慮のしすぎで他の社員にも大きな負担がかかる。


 無論、障害者にも働く権利はある。利益を出せるだけの有能な人材であれば喜んで採用する。権利主張するのであれば、利益を出せる人間であることを証明する責任がある。健常者も障害者も関係ない。配慮はするが、特別扱いはしない。あくまでも1人の戦力として扱う。それが葉月グループの方針だ。ましてやうちには社内貢献度という労働者評価指標がある。社内貢献度の試験導入を行う際、他の企業にも試してもらった。まだ発展途上の指標ではあるものの、結果は案の定障害者の大半は社内貢献度で明確なマイナスを記録したのだ。健常者1人あたりの社内貢献度年間中央値が『+0.4』であったのに対して、障害者は『-1.6』だった。つまり1人あたり1600万円の損失を出していることになる。これなら本来雇用しなければならない人数1人につき5万円の罰金を払った方が安いのだ。雇用する側の立場に立ったことのない連中にはまず分からんだろうが、仕事のできない人間は雇用されないのが当たり前だ。雇用リスクの高い障害者なんて雇いたくない。それがほとんどの企業の本音だ。


『権利主張する前に、戦力として見込めるだけのポテンシャルを証明してから言え! 不服なら自分で仕事を作れ! 無理なら大人しく生活保護受けろ! 何のための社会保障制度か考えろ! 勝手な理想論を悪法にしてまで押しつけるな! 戦力にならない健常者は自己責任と言って孤独死するまで平気で見捨てるくせに、障害者だけ過保護に扱うのは違うだろ! てめえらの綺麗事なんざクソくらえだ!』


 僕がハロワの人に普段思っていることをぶちぎれながら言ってのけた時、ハロワの人は反論もせずムスッとした顔のまま、無言で帰宅していった。企業名を公表されたのはこの直後である。


 老人、女性、子供、障害者、性的少数者は比較的保護されやすく、同情を集めやすい。


 この国で最も生き辛いのは、健常者かつ異性愛者で仕事のできない中年おじさんかもしれない……。


 労働市場に参加する資格があるのは、労働意欲があって仕事ができる人だ。


 最初から仕事ができない人もいるが、就活をしてスムーズに雇用されない時点で、何らかの問題を抱えていることは間違いないと思い知った。施設送りになる時点で、労働市場で戦えない人間だ。


 柚子が経営者だった頃、障害者や年を取っただけの中年を雇い過ぎてしまったために経費が嵩み、柚子を苦しめる結果となった。結果的に経費削減ができないまま倒産し、多くの失業者を出した。まともに利益を出していた善良な社員にまで被害を与えたのだ。戦力にならないくせに雇われやすくなるシステムがあるせいで迷惑を被っている人もいる。やはり物事はトレードオフだ。障害者雇用促進法は本来採用されるべきだった何の罪もない健常者を押し退けてしまう悪法だ。


 労働者の枠は無限じゃない。けど雇われないと生きていけない健常者たちが割を食っている。健常者が就職できなかった場合は社会保障を受けにくいにもかかわらずだ。


「なるほど、事情はよく分かった。有望株しか採用しない……か。合理的だな」

「企業が有望株を狙って真剣に採用活動をするのは、事業を成功させたいからでもあるし、同時に大勢の社員に飯を食わせるためでもあるからな。ここだけは絶対に妥協しちゃいけない。あいつらの御飯事につき合っていたら潰れちまうよ。労働市場はプロの世界だ。ハンデを抱えている奴は入社しても……多分、長続きはしないだろうな」

「資本主義を選んだ結果がこれか。てっきり貧困者にチャンスを与えるための制度だと思ってた」

「就職希望者が全員雇われて、誰でもできる仕事があって、誰もクビにならないユートピアだったら合致してる制度かもな。けど実際は負け続ければ追い出される熾烈な競争社会だ。国は障害者の生活費を税金で払いたくないから、もっともらしい理屈で企業に役割を押しつけてる。本当は保護する気なんてないくせに、支持率を上げるために味方のふりをしているだけだ」

「妥協の産物か……よくある話だな。後で親父にアポを取っておく」


 手入れの行き届いた姫カットを靡かせ、バックヤードから去っていく皐月。


 冷めたような虚しい声を発している皐月はやけに不機嫌だ。納得ができない事情でもあるのだろうか。だが頭の中がお花畑な連中の被害妄想につき合う義務はない。


 障害者を雇ったことが原因で企業を潰したくはないし、柚子のようにはなりたくないと心で呟いた。


 皐月は中山道葉月に難なく馴染み、売り上げに大きく貢献するのだった。

読んでいただきありがとうございます。

気に入っていただければ下から評価ボタンを押していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ