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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第18章 包囲網編
440/500

440杯目「物的証拠」

 朝を迎え、日差しを受けて目を覚ます。まだ朗報はない。


 ――璃子、うまくやってくれているだろうか。なんか心配になってきた。


 僕だけでは心配と言っていた璃子の言葉が体に染みてきた。ロッカーに辿り着けさえすれば、証拠を掴める。ベッドに落ちているスマホを拾い上げて確認すると、璃子からメールが来た。歓送迎会は無事に終わったようだ。途中で土門が乱入してくると、ありもしない雁来木染の影を追うようにしながら、焦る顔をアルバイトたちの前に晒してしまい、権威がガタ落ちしたとのこと。


 結局、土門は嘆願書を見つけることができなかった。


 それにしても、璃子は嘆願書をどこに隠したんだろうか。


 葉月グループ包囲網を掻い潜って嘆願書を隠し通すのは、並大抵のことじゃない。


 メールの横を見ると、シークバーがいつもより短い。シークバーを下ろしてみると、下の方にPSと書かれている。万が一スマホを盗まれた際にも、他の人には見られにくいってことか。


 続く文章にはこう書かれている。


『直筆の嘆願書は子供部屋トイボックスの底に入ってるよ』


 ――大人がまず探さない場所だな。流石はうちの妹だ。


 昨日葉月珈琲に水道局の点検が入ったと唯は言った。恐らく杉山グループが差し向けたスパイだ。嘆願書を探すために僕の部屋も調べたんだろうが、常にうちの子が居座って遊んでいる子供部屋までは調べられなかったようだ。しかもうちのトイボックスはクローゼットの中、子供たちは思った以上に達観していて、おもちゃには一切手をつけない。一時凌ぎの隠し場所としてはうってつけだ。


 やけに残念そうな顔だったらしいが、もっと観察眼を鍛えてから出直すんだな。


 紫と雅の部屋に入ると、子供部屋とは思えないほど片づいている。散らかしたおもちゃを元の場所に片づける習慣を身につけさせるのは簡単だった。唯が部屋を見た時、散らかっていなかった場合のみ、食事にデザートを出しているだけで、子供たちはやがて気づく。最初から片づけた状態にしておけばいいと。結果的に想定よりも早い段階でおもちゃを卒業した。暇になった子供は興味が学習に向いたが、まだ10歳を迎えていないというのに、中3までの学習を終えてしまった。


 子供たちや中山道葉月の連中を見て気づいた。当たり前の話だが、小学生時点での学力に大きなばらつきがあるのだ。無理にみんな同じにさえしなければ、ギフテッドのようにはいかずとも、小3の段階で小6の勉強を終えたり、小6の段階で中3の勉強を終えたりなど、通常より早い段階で学習を終えることができた子供は割と多かったのではないかと感じている。特に学力上位3割くらいの生徒ならあり得ない話ではない。年相応なんて、目指すべきではないのかもしれない。


 健康の秘訣は自分らしく伸び伸び生きることだ。


 上の子は虚弱体質だが、徐々に改善されつつある。クローゼットのトイボックスの底に手を伸ばした。数枚程度重ねられた嘆願書を拾い上げた。嘆願書を提出したところで、効果があるかどうかは企業次第である。無視されれば画餅に帰すことになるが、無視できないように外から目を光らせればいい。杉山グループはコーヒー業界の覇権を握ることで、下がった評判を取り戻そうとしている。下手に評判を下げたくないならそこにつけ入る隙がある。嘆願書を無視した場合、アルバイトたちの待遇と共にインターネット上に公開し、待遇改善を天秤に乗せるだけでも十分な効果がある。


「唯、伊織、僕はこれから本部株を懸けた戦いに挑む。最悪近い内に吸収合併されるかもしれない」

「何言ってるんですか。まだ敗北が決まったわけじゃないんですよ」

「そうですよ。総帥がそんな弱気でどうするんですか。もっと気持ちを強く持ってください」

「まだ物的証拠も見つかってないんだぞ」

「今は璃子さんを信じるしかないですよ。堂々と行ってください」

「場所はどこなんですか?」

「オリエンタルモール本社、バリスタランド北東エリア端っこのビルだ」

「園内にあるんですね」

「閉鎖的な空間で、内側の情報が外に漏れにくい仕組みになってる。何かあっても調査される前に処分したりできるし、内側に建っている方が、何かと都合が良いってことだ。この嘆願書も提出した直後にブラックリストに変わる。新人が入る度に署名した人をクビにするだろうな」

「社員を道具か何かと勘違いしているんでしょうか。うちとは大違いです」


 落ち込み気味に伊織が言った。伊織はあくまでも社員としてではなく、人として接している。


 マスター向きではあっても、経営者向きではない。ここが僕とよく似ているのだ。


「というかこっちに呼び出したりってできないんですか?」

「無理だな。相手の方が立場が強いし、こっちとしても、あんな連中をここに呼びたくない」

「何だか分かる気がします。期限はいつまでなんですか?」

「今日の首脳会合が終わるまでだ。璃子が間に合わなかったらそこで試合終了。ペナルティ決定だ」

「だったら引き延ばせばいいじゃないですか」

「ああ、できるだけ時間を稼ぐ。それが今日僕にできる最大限の仕事だ」


 唯と伊織が同時に笑みを浮かべた。こんな時にも顔色1つ変えないなんて……。


 首脳会合が終わるまでに、璃子が物的証拠を見つけてくれなければアウトだってのに。


 午前12時、オリエンタルモール本社10階へとエレベーターで赴いた。明治から昭和にかけてのレトロな雰囲気を保つため、あまり高い建物は設計できない決まりだ。外から見れば明治風の建物だ。けど中身は現代どころか近未来の建造物でこれまた風情がない。立花社長の設計でないのは見れば分かる。ここから見た景色はとても綺麗なものだが、何から何まで計算されていてどこか嘘くさい。レトロな町並みのすぐそばに現代の建物がある。作り物は作り物でしかない。メニューも時代考証に反している店が多い。このままじゃ歴史オタクに酷評されるのは時間の問題だし、長くは持たないだろう。


 目の前の扉を前に足踏みをする。入った瞬間から首脳会合の始まりだ。


 牛歩戦術を行う人の気持ちが少し分かった気がする。


 今は選り好みなんてやめる。全ては勝つまでの辛抱だ。


 扉に手をかけ、会議室に入室する。鍛冶、土門の2人が着席している。揃って皺1つない黒スーツを着用し、不気味な笑みを見せながら目線を合わせた。新入社員には個性を求めるくせに、入った途端にまたしても十人一色に染まっていくのが見て取れる。そんなちぐはぐな方針だから衰退するんだよ。


 僕はこいつらの敗因を悟った。会議室には僕ら3人しかいない。


 予め璃子にメールを打ったが、案の定、今探索中だから引き延ばしてと言われた。いつの間にか無茶なことばかり要求するようになったな。どこの誰に似たんだか。杉山社長はジャパンスペシャルティコーヒー協会の会長として、コーヒーイベントに必ず参加しなければならないため、ここにはいない。


「これはこれは、随分と遅かったじゃないか」

「渋滞に巻き込まれた。もっとも、来年からはスムーズに来れるようになるだろうけど」

「それはどういう意味ですか?」


 指で眼鏡をクイッと上げ、位置を整えながら土門が言った。


「このままじゃ、バリスタランドに人が来なくなる。鍛冶、お前ロクに経営したことねえだろ」

「なっ、何だよ急に。失礼な奴だな」

「仮にも業務提携という形で手を組んでいるというのに残念だ。そっちの方から裏切ってくるとは」

「何の証拠もないのに、とんだ言いがかりだなー」

「まあそれはさておき、一応確認しておくけど、杉山社長がここにいないってことは、あんたがそっち側の代表ってことでいいんだな?」

「ああ、そういうことになるな」


 さっきからずっと見ていたが、土門が僕を見る目が雁来木染の時と全然違う。


 バイトと話している時とも態度が反転している。やはりこいつは権威主義者だ。足を組まずに手を膝に置いているし、自然な笑顔を見せながらも話を聞く姿勢がちゃんとできている。富裕層の連中から見て、クールで知的な人という評判なのはそのためか。性格の切り替えまで体得しているし、変装してなかったらずっとこいつの本性を見抜けぬまま、好印象を受けて譲歩させられるところだった。


 雁来木染は補助輪のようなものだ。


 いつかは変装なんかしなくても、一発で人の本性を見抜けるようになりたい。


「ていうかあんた誰?」

「申し遅れました。私はオリエンタルモール本社経理財務担当の土門剛輝と申します」

「あんたが土門だったか。噂はかねがね聞いているぞ。アパルトヘイトをしているそうだな」

「……誰に唆されたのかは知りませんが、それはあなたの早とちりです。恐らくうちが行っている労働改革が原因でしょう。経費削減のため、食堂が10月から役員と正社員限定になるんですが、不服に思ったアルバイトたちが抗議してきたんですよ」

「あー、それがアパルトヘイトの正体か」

「そのアパルトヘイトって言い方、やめてもらっていいですかね。経費削減のために会議をきちんと重ねてから決めたことですよ」

「その会議にアルバイトは参加していたのか?」

「非正規がこの場所にいるわけないでしょう」

「なるほど、じゃあアルバイトの意見も聞かずに決めたわけか。やっぱりアパルトヘイトじゃん。それともアルバイトヘイトって言った方がいいか?」

「あのですねー、今それとこれとは関係ないでしょう」


 段々と怒りを募らせる土門。人の本性が最も表れるのは余裕がない時と璃子は言った。


「関係ないだと。バリスタランドで起こった問題は、業務提携を結んでいる各店舗にとっても決して他人事じゃないはずだ。もっと言えば、どこの世界に問題を起こす連中との業務提携を望む奴がいる?」

「土門さん、バイトたちから抗議でもされたんですか?」

「いえ、特に言われた覚えはありませんが」

「話を聞いた限りだと、うちの社員ならストライキしてもおかしくねえけどな」

「だからそんな証拠がどこにあるんですか? せめて嘆願書の1つでもあれば、考えを改めないこともないですけどね。これ以上しつこいと名誉棄損で訴えますよ。こっちは出るとこ出てもいいんですよ」

「嘆願書? それってもしかして――これのことか?」

「「!」」


 カバンから直筆の嘆願書を取り出し、2人の目の前のテーブルに叩きつけた。


 不意を突かれ、口が空いたままぽかーんとしている鍛冶と土門。鍛冶は慌てて嘆願書に書かれたアルバイトたちの名前を読み上げ、腕をプルプルと震わせながら土門の顔を凝視する。


 取り乱している2人の隙を突くように畳み掛けた。


「土門さん、これはどういうことですか?」

「ただのでっち上げです。よくある手口ですよ――」

「嘘だと思うなら筆跡鑑定をしてもいい。もしバイトたちの筆跡と一致しなかったら、二度とこの問題に口出ししないと約束してもいいぞ」

「いい加減にしてください! だからそれとこれとは別だと言ってるじゃないですか!?」


 やや声を張り上げるようにしながら立ち上がる土門。


「落ち着いてください。あなたらしくもない」

「すみません……取り乱しました」


 土門が着席すると、内に秘めた憤りが再び壺に収まるように静まり返った。


「僕は今後の話をしているんだ。あんたらの中に社員を大事にしないような奴がいては、こっちとしても業務提携を継続できないって言ってるんだ。ましてやうちの社員を陥れるような連中がいるのは契約以前の問題だ。それに何であんたがこの会議に参加しているのか、理由もまだ聞いてないんだけどな」

「私がここにいるのは、社長の補佐をするためです」

「補佐がいるってことは、やっぱり経営が不慣れなんだな。だから社内の問題にも全く気づけない」

「あのねー、証拠もないのにそんな出任せを言って、ただで済むと思うなよ。不用意な発言は侮辱以外の何ものでもない。言っとくけど、不祥事もペナルティの対象だからね」

「不祥事でペナルティを受けるべきだと言うなら、そっちにも同じことが言えるはずだ。嘆願書は今朝うちに届いてた。宛名は不明だけど、これだけの人数が君の解任を要求してるんだ。うちが無実の疑いをかけた罰を受けるべきだと言うなら、当然疑いが立証された時は、そっちが罰を受けるんだよな?」

「……いいとも。バリスタランドが葉月グループを陥れようとしている疑いも、土門さんにかかっている疑いも全部立証できるというなら、こっちもそちらの要求を呑むと約束するよ。それでいいだろ?」

「ああ、それで問題ない。じゃあまずはこの嘆願書の件、土門に説明してもらおうか。もし駄々を捏ねるなら筆跡鑑定を待つことになるけど」

「あなたが誰かに頼んで無理矢理書かせた可能性だってあります。直筆だからといって必ずしも嘆願書であるとは限りません。葉月グループ贔屓の人が気紛れで書いた可能性だってあります」

「じゃあ本人に聞いてみようか。嘆願書を書いた代表者を呼んでいいか?」

「別に構いませんけど、あなたの言いなりになってるだけですよ」


 土門から渋々入室許可が下りた。嘆願書を回収して後ろを向く。


 こいつも血眼になって嘆願書を探していたんだろうが、真相はこうだ。


 嘆願書と知って書いているアルバイトは少数派だ。アルバイトの大半はこれが土門追放を訴える嘆願書とは知らずに書いている。雁来木染としてアルバイトしていた時、署名がしやすいよう、他のアルバイトたちに簡単なアンケート調査を実施した。アンケートに答えたことを証明するアンケート名簿に彼らの名前を書かせた。まとめたプリントの最初の1枚目だけは本物の嘆願書で、2枚目以降はただのアンケート名簿だが、土門には後ろめたさがあるのか、アンケート名簿を疑いもしなかった。


 この作戦は今までの行いが劣悪な人ほど効果を発揮する。


 たとえハリボテの軍団でも、全員を反革命分子に見せるだけで、相手には脅威となる。戦いは数だよ。


「入っていいぞ!」

「失礼します」


 扉が開き、丁寧な口調の男が会議室に入室する。場違いの格好なのはご愛嬌ってとこか。


「君は一体誰なんだ?」

「ここで清掃員をしている田辺です」

「この嘆願書を作ったのは、君で間違いないよね?」

「はい、間違いありません。俺が作りました」


 嫌悪の眼光を土門に向ける田辺さん。以前言い争った光景が目に浮かぶ。


「嘆願書を作って署名を集めた理由は?」

「他のバイトたちと提案し合って決めました」

「土門はどんな言動だった?」

「度々食堂に来ては、バイトたちを非正規だからと見下すような言動で委縮させていました。それで腹が立って抗議したら、クビにすると言ってきたんです」

「頑張れば出世できると発破をかけていただけです。それにそこまで言った証拠はあるんですか?」

「食堂にいた人たちがみんな聞いていましたよ」

「口裏を合わせればどうにでも取り繕えます。誰もが納得する確かな証拠を示してほしいんです」


 今度は土門が冷徹な眼光を田辺さんに向けた。


 焦りを隠せない田辺さんは思わず目を逸らす。


 確かな証拠、土門の言葉の意味はよく分かる。徹底した裏が取れていなければ納得しない。不祥事は基本認めない方が得だ。そう思った僕はスマホを取り出し、再生ボタンを押した。


『非正規は注文する定食も貧相だな』

『またあんたかよ。なんか用か?』

『知らないわけじゃないだろうが、食堂は10月から非正規が利用禁止になるんだ。今の内からコンビニでも行って、弁当メニューを把握しておくんだな。お前ら非正規はコンビニ弁当がお似合いだ』

『何でバイトが食堂禁止なのか理解できねえな。俺たちが何したって言うんだよ?』

『非正規は社会の余り物だ。労働の機械化が進めば、お前らには労働権すらなくなる。いや、下手すりゃ人権も剥奪されるかもな。お前らは取るに足らない仕事しかできねえ癌細胞だからな』

『おいっ! 何だその言い方はっ! 働いてる人たちに失礼だろっ!』


 醜態を晒すように音声が流れ、土門の顔が青褪めていく。


 鍛冶に至っては、呆れ果てるように開いた口が塞がらない。


 無能な働き者にも亜種というものがある。


 仕事はできても、仲間の信頼を勝ち取れない。組織を内側から腐らせ、最悪死に至らしめる。ライバル企業なんかよりもずっと厄介な存在だ。みんな実績だけを見てこいつを採用したんだろうが、今の杉山グループは素行調査を行う元気もないか、あるいはコネ採用であることが窺える。


「まだ何か、申し開きはあるかな?」

「……あなたは一体……何者なんです?」

「ただの高機能社会不適合者だ。やっと本性を表したな。もう逃げられねえぞ。お前のことはとっくに調べ尽くしてんだよ。田辺さんは下がっていいぞ」

「は、はい……では」


 田辺さんが恐れ慄くように退室する。扉が閉まった途端、鍛冶が立ち上がった。


「土門さん、これはどういうことなんですか?」

「……社長もご存じの通り、たとえ非正規だろうと、簡単にはクビにできません。会社に対する不信感を持たせた方が、自主退職しやすくなるでしょう」

「そういうことかよ。つまんねえことしか思いつかねえんだな」

「まあその件は謝罪しましょう。誤解させるような言い方をしてしまったなら、申し訳ありません」

「おいおい、それで済ませるのは虫が良すぎるだろ。鍛冶、不祥事はペナルティの対象ってさっき言ったよな? もし身内だからといって、あってないような軽い処分で済ませるようなら、うちへの処分も軽くしてもらわねえとな。そこは公平に裁いてもらうぞ」

「どうしろっていうんだよ?」

「そうだな。土門は懲戒解雇扱いで、バリスタランドから永久追放ってことでどうだ?」

「……分かった」


 渋々と顔を逸らす鍛冶。やはり土門は人の上に立つ器じゃない。


「社長、本気で言ってるんですか?」

「仕方がないでしょう。あれだけの証拠を持っていたら、こちらとしてもあなたを処分せざるを得ない。非常に残念ですが、あなたの暴言の数々は聞くに堪えません。今日限りでここを出てもらいます」

「議員のどら息子ごときが……いずれあんたも社長の座から引き摺り降ろしてやるよ。はははははっ!」


 鍛冶の至近距離に詰め寄り、言葉を吐き捨てながら退室する土門。


「土門さんの件は流石に俺も酷いと思った。あんな奴とは知らずに役員に就かせた俺の責任だ」

「随分と理解が早いな」

「俺は経営者としての経験がないから、色んな会社を経営していた土門さんに頼っていたけど、ここまで酷い有様とは思ってもみなかった。残るは葉月グループの店舗が周囲の店舗を疑っている件だが、今度は葉月社長、あなたが説明する番だ」

「あー、それなんだけど――」


 時間稼ぎの言い訳を考える前に会議室の扉が開いた。


 入ってきたのはスーツ姿の優子だった。左手には分厚い封筒を持っている。


「優子、何でここに?」

「どうやら間に合ったみたいだね。あず君にこれを渡しに来たの」


 分厚い封筒を僕に差し出すと、すぐに中を覗いてみる。


 ――こっ、これって、全部各都道府県代表店舗オーナーの契約書じゃねえかっ!


 内容は全て葉月グループを陥れたらペナルティを免除するという内容だ。


 珈琲屋川崎を出店した『株式会社オリオンカフェ』とうち以外の店舗オーナーによる密約だ。直接的に妨害しなくても、売り上げや評判を長期にわたって下げるだけでも妨害したと見なされる密約だが、問題は杉山グループが全く関わっていないことだ。これじゃ杉山グループを咎められない。けどこれなら十分な物的証拠になる。しかも土門はオリオンカフェの次期社長だ。


 今回ばかりは璃子に感謝だな。


「これでもまだ……僕を名誉棄損で訴えるか?」

「いや、葉月グループが陥れられた証拠がある以上、こっちとしても咎めるつもりはないよ」

「立証は十分できたぞ。本来ならオリオンカフェにペナルティを課すべきだけど、杉山社長に阻止されるだろうから、代わりに別の条件を呑んでもらう」

「ふーん、なんか面白そうなやり取りしてるねー」

「面白くも何ともねえよ。条件は1つ。うちは他の企業から不当に被害を受けた。そしてあんたは悪党共を咎めてこなかった。罰を受けるべきは、オリエンタルモールも同じだ。よってオリエンタルモールの株20%を譲渡してもらう。何か反論はあるか?」

「……ない。葉月社長の言う通りにしよう」


 敗北を悟った鍛冶は、逃げるように会議室を去った。


 土門の目は諦めていない。オリオンカフェの次期社長なら、すぐ川崎まで戻るはずだ。証拠が揃っているとはいえ、まだ包囲網が解かれたわけじゃないし、部分的な戦いに勝利しただけだ。


 今に見ていろ。ここからが本当の戦いだ。


 しばらくは優子と話し、葉月珈琲へと帰宅するのだった。

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