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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第18章 包囲網編
439/500

439杯目「擬態潜伏」

 午後6時、反乱宣言からしばらくの時間が経つ――。


 田辺さんからメールが届き、僕のスマホを小刻みに震わせる。


 今月限りで反抗的な態度を見せたアルバイト数人のクビが決定する。土門の仕業であることはすぐに分かった。ただのクビではない。造反者としての懲戒解雇扱いときた。履歴に傷をつけ、転職を阻止する目論見だ。大手以外であれば、経歴なんて調べる余裕はないだろうが、大手に入る時は響きそうだ。


 あんなのが後継者にでもなったら、この世の終わりだ。


 清掃員の2割程度が、スタッフホテルの掃除を順番に担当する。


 奇しくも今日からはスタッフホテルの清掃員として抜擢されている。


 3日経てばまた交代となり、別の部署を担当することとなるが、その時僕はもういない。


 1週間の仮採用で清掃員となった。雇用者と労働者が合意に至れば本採用となり、継続的な労働契約に至るわけだが、未だに本採用にするかどうかの返事をしていない。土門が既に昼間の言い争いを人事部への報告を済ませているならば、とっくにメールの1本くらいきても不思議ではないが、特に人事部からの連絡がないということは、雁来木染に関しては無視していると考えて間違いないだろう。もうすぐ消える存在を咎める手はないんだろうが、その油断が命取りだったな。もうすぐ銃口が目の前に向けられることを覚悟しとけ。とは言っても、まだ他の店舗が中山道葉月を陥れた証拠はない。


 ここ数時間、全部で10階もあるスタッフホテルの部屋事情を田辺さんたちに聞いた。田辺さんが言うには、土門は以前から出張でスタッフホテルに居座り、半年以上も同じ部屋に居座り続けている。同じく半年以上居続けている古参勢の岡野さんは土門の部屋を把握していた。


 10階1号室が土門の部屋であるとのこと。馬鹿と英雄は高い場所を好むか。


 1階は昼の清掃員が清掃を行い、2階から10階までを夜担当の清掃員が3日かけて清掃を行う。つまり僕が土門の部屋を調べられるチャンスは6日目の数時間程度、7日目は運命の月末にして、待ちに待った休日でもあるわけだが、今の僕に休日なんていらない。総帥は年中無休だ。


 2日後――。


 この日は午後2時からの業務に参加させてもらうことに。


 意外にも清掃員の過半数が土門に対する処分を訴える嘆願書にサインした。


 よくやった。だが田辺さんたちがうろちょろと嘆願書を持ちながらスタッフホテルやバリスタランドを回っていたのか、土門にはばれてしまったようで、早くも嘆願書の撤回及び嘆願書に名前が記載されている者全員の懲戒解雇が掲示板に張り出されている。これだけの人数を一斉に辞めさせるのは流石に困難を極めるだろうが、いずれ危なくなるのは間違いない。代わりはいくらでもいる。


 正規非正規問題に一石を投じれば、世間だって動かせるかもしれない。


 日本の労働者の待遇が悪いのは圧政に抵抗しなくなったからだ。辞めてから抵抗する者もいるが、結局は見せしめになる格好となり、抑止力として利用される。基本的に内側から抵抗できるようになるのは出世してからだが、出世するのは圧政に従順な人間ばかり。外側からの抵抗には応じないことが多く、売り上げが下がるくらいの打撃を与えなければならないのが難点だ。


「ねえ、今日は私に10階をやらせて」

「いいけど、何で?」

「10階は絶景だって聞いたから、一度見てみたいと思ったの。それに私、今日で最後だし、お願い」

「分かった。そこまで言うなら、雁来さんには10階をやってもらう。頼んだぞ」

「うん、ありがと」

「いいんだよ。雁来さんが昼間の助っ人に来てくれて心強いよ。それにさ、雁来さんのお陰で、あの土門がいびってこなくなったからな。この頃食堂にも来ないし、やっと解放されたって感じ。いつも食堂に来ては嫌味な言葉を投げかけるんだよ。バイトのことをストレスの捌け口かなんかと思ってるところがあるからさ。助かったよ」

「安心するのはまだ早いよ。まあでも、あっちも抵抗してくるとは思わなかったでしょうね」

「じゃあ私たちは8階と9階やるから、後はよろしく」


 数人の清掃員が離れていく。奇しくも嘆願書に署名してくれた人だ。


 姿が見えなくなるまで手を振り、彼らの功を労った。


 僕に与えられた時間は6時間、なるべく早く10階の各部屋を掃除し、余った時間を10階1号室に充てるのが理想的だ。もちろん土門が戻ってくればその時点でアウトだが、役員とは忙しいもので、昼間はまず戻ってこれないはずだ。田辺さんの言葉に重要なヒントが隠されていると、僕は確信した。


 一度は疑われるが、やり過ごせば二度と疑われない場所、それは自室だ。


 掃除機のスイッチを入れると、耳を塞ぎたくなるような音を立てながら埃や落ちたゴミを吸い込んでいく。雑巾を濡らし、うっすらと汚れた窓を真っ新な雑巾で拭く。手袋を着用しているため、証拠はまず残らない。全ての客室を掃除する必要はなく、部屋に客がいる場合はスキップする。チェックインは午後からだが、閉園するまではまず帰ってこれない。バリスタランドの役員であれば、より多くの企業に宣伝するため、色んな場所を回る必要がある。とはいえ経理財務の仕事はパソコンでもできる。リモートワークにも適していると思えるが、会社の機密を取り扱う仕事だ。オフィスルームでしか作業が認められていないことも少なくない。保守的な企業ほどオフィスルームに釘づけだ。


 しかも思わぬ反乱で、人事との連携にも忙しくなっている。


 奴をスタッフホテルから遠ざけるよう、様々な手を尽くした甲斐があった。役員は部下が逆らえば逆らうほど忙しくなる。本当は嘆願書の署名なんて集める必要はなかった。たった1人の名前しかなかろうと全員が署名していようと、嘆願書は嘆願書。自分を陥れようとする反革命分子がいれば、いくら役員でも動かざるを得なくなる。当然外出する機会も必然的に増え、住み込んでいる自室はがら空きになる。夜中以外は戻ってこられないだろうが、過半数を超えるアルバイトが署名するのは意外だった。


 10階1号室以外の掃除を終え、震える指を制御しながらマスターキーを使って入室する。


 ベッドの隣にネイビーブルーのスーツケースが置かれている。土門はあくまでもビジネス目的で出張していることを窺わせるが、中には必要最低限の物しか入っていない。そこまで長い滞在じゃない。用が済んだらすぐ帰省するはずだ。バリスタランドの経理財務を任されてるってことは、恐らくは改革のために呼ばれた。コーヒー業界はバリスタ競技会に参加したトップバリスタたちが大きくしてくれる。


 調べたところ、土門はバリスタカードの考案者であるとのこと。古い体質の企業を改革し、大幅な構造改革や大胆なリストラを強行し、黒字転換させてきた。一方で無駄をとことん嫌う性格であり、マウント気質で権威主義なのか、他人に対して高圧的な性格だ。人としての温かみなんてない。経営者に向いていると言えば聞こえは良いが、あれじゃ人はついてこない。論理や効率ばかり気にしているのか、人の感情については完全度外視だ。時折社員たちの反感を買い、有能な人材に見限られ、土門が去ってからは無理な改革の反動で潰れてしまった企業も少なくない。奴がしてきた行いは改革じゃない。ただ秩序を破壊しただけだ。コモディティコーヒーしか使えないのも、高級食材を使えないのも奴の計算の内だった。うちを不利にするだけじゃなく、経費削減にもなる。大した頭脳だ。


 あんな寄生虫みてえな奴がバリスタランドに居座れば、いずれ腐敗は避けられない。


 奴は間違っていると本能が叫んでいる。経営者としての解答じゃない。人間としての直感だ。


 ――レトロカフェに構造改革がつけ入る余地なんてない。むしろ落ち着いた空間と逆行するものだ。


 スーツケースを調べると、閉めたチャックの位置を元に戻す。


 引き出し、机や椅子の裏、ベッドの下、床下点検口の中を覗く。だが何も見つからない。10階は役員及び正社員専用部屋であることは井岡さんから聞いた。確かに景色も綺麗だし、アルバイトの部屋よりも数段広いし、バリスタランド全体を見下ろせる位置にある。向かい側には客用のホテルがあり、スタッフホテルと同じくらいの高さだが、豪華さもサービスの質もまるで別物だ。社員に対する労いがまるで感じられない。これは恐らく立花社長の設計ではない。明らかにこの場所だけが浮いている。


 掃除をしながら入念に部屋の中を探して回るが、物的証拠を見つける前に清掃が終わってしまった。


 後は清掃員たちに報告して終わりだが、このまま戻るわけにはいかない。物的証拠を隠せそうな場所は一通り調べてみたが何も見つからない。電子レンジの裏、エアコンの上、クローゼットの中まで調べたが何も見つからなかった。この部屋に入る最初で最後のチャンスだというのに……何の結果も出せないことに段々と内に秘めた焦りが増大してくるのが肌で分かる。


 クソッ! ここまできて何の手掛かりもねえのかよ! かと言って他の部屋を調べる時間はない。


 璃子……済まん……せっかく任せてもらったのに、総帥どころかお兄ちゃん失格だ。


「雁来さん、部屋の掃除終わった?」


 何食わぬ顔で扉を開けた清掃員の女性、秋風月見(あきかぜつきみ)が声をかけてくる。


 茶色い団子ヘアーが印象的で、眼鏡がとても可愛らしい。背丈は低めの幼児体型だ。僕より年下で今月から入った同期。クールで低めの声、おっとりした性格だが、気さくですぐ意気投合した。仕事には手慣れていて、新人なのに現場指揮がうまく、早くもスタッフホテルの即戦力として抜擢された。


「あっ、いや……まだ終わってないの」

「ふーん、てっきりもう終わったと思ってたけど、早くしないと閉園の時間だよ」

「分かってる。ねえ、ホテルにエロ本とか隠してる人っているの?」

「ふふっ、雁来さんもそういうの興味あるんだね。エロ本かー、あっ、そういやたまーにベッドの下から見つかることがあるらしいよ。私は見たことないけど」

「何でベッドの下に隠すかなー。自分のカバンにでも入れとけばいいのにね」

「ああいうのはバレないようにしながらこっそり読むものだから。どうせ近くのコンビニで買ってきた物だろうし、たまーに隠したことを忘れて置いてっちゃう人いるんだよね。私だったら()()()()()()()()()とかに隠して、帰る時こっそり回収してからゴミ箱に捨てるけどね」


 僕の脳裏に見落としていたパズルのピースがカチッと埋め込まれる音がした。


 そうか、その手があった。確かにあそこなら清掃員でも見つけるのは難しい。


「人にばれて困る物なんて、私は絶対買わないけどね」

「じゃあ終わったら早く来てね。後で新人たちの歓送迎会やるから」

「うん、分かった」


 月見が扉を閉めると同時に、僕は早速行動を開始する。


 バスルームの天井を見渡し、1箇所だけ銀色の四角い点検口を見つけた。ユニットバスに攀じ登ると、財布から取り出した10円玉を点検口の扉に設置されたマイナスドライバー式の鍵穴に差し込み、ゆっくり回して鍵を開けた。音を立てないようにしながら慎重に点検口を開けると、頭を天井裏に突入させる。周囲は暗くて何も見当たらない。指先に全神経を集中させ、手探りで天井裏の床を触っていると、指先が紙らしき物体に触れた。恐る恐る指で圧迫しながら引っ張り、1封の茶色い封筒が見えた。


 中を覗いてみると、小さな金属が光を反射するように輝いている。封筒を逆さにし、重力に従って落ちてきた金属を手に取ってみると、鍵らしき形の先端がついている。


 ――まさか……これって。


 天井裏点検口を閉じると、スマホが小刻みに振動する。


 おいおい、土門の奴早退してきたのか? やばい、早く帰らないとばれちまう。サングラスをかけているとはいえ、他の人よりも背丈が一回り小さいってだけで印象に残りやすい。目立っちまった分確実に覚えられてるだろうし、どうやってやり過ごせば。


 スマホを覗いてみる。田辺さんからのメールだ。土門がスタッフホテルに入ったとのこと。


 ここに入ったということは、もうすぐ上がってくる。万が一のためのリネンワゴンも他の掃除道具も全て部屋から離れた場所に置いている。


 ガチャッと何かが開く音がした。闊歩する足音だけで土門なのが分かった。


「やれやれ、バイトの分際で嘆願書なんか書きやがって。でもあいつら馬鹿だな。あの負け犬共のお陰で一気に人員整理ができる。明日にはあんな連中とはおさらばだ」


 1人きりになったのか、日頃から思っていたであろう愚痴を漏らす。


 独り言には人の本性が全て表れる。こいつは本音をそのまま言うタイプだ。


 すぐに身支度を済ませ、部屋を出ていこうとする。戻ってきた理由は何だ?


 土門は足を荒々しく踏み鳴らしながら、部屋中を探すような素振りを見せた。しかし、荒らした形跡など僕が残すはずもなく、自分が物的証拠を隠した天井裏点検口さえ調べることはなかった。


「おいっ! ここに雁来木染がいたはずだっ! どこ行きやがったっ!?」

「雁来なら帰宅しましたが」

「この部屋に来たことは分かってるんだ。早くここに呼び出せ」

「無茶言わないでください」

「つくづく悪運の強い奴だ。今度来たら呼び出すように言っておけ」

「分かりました」


 土門が渋々立ち去っていくのが足音で分かる。


 物音がないのを確認すると、クローゼットから出ようとする。


 だが内側からクローゼットを開ける前に外側から開いた。目の前にいたのは月見だった。


「……何やってんの?」

「それはこっちの台詞。物的証拠は見つかった?」

「えっ……何のことかな?」

「はぁ~、お兄ちゃんなら、これくらい見破れると思ったんだけどな」


 ため息を吐いたかと思えば聞き覚えのある高い声を発した。月見が眼鏡を外してポケットに入れると、団子ヘアーを上に引っ張るように剥ぎ取り、中から鮮やかな黒いロングヘアーが姿を現し、髪の先端が重力に従って腰に垂れる。茶髪はウィッグのようで、見た覚えのある可愛らしい正体を現した。


「――璃子……何でここに?」


 度肝を抜かれるように言葉が出た。すぐにまた月見に変装しながら口を開いた。


「お兄ちゃんだけじゃ心配だから、私も今月から秋風月見として潜伏してたの。一応雁来木染は、秋風月見からの紹介で、臨時採用されたことになってるんだから、ちゃんと話を合わせてよね」

「お、おう……」


 まさか璃子が変装して潜伏していたとは……まあでも、雁来木染も璃子の発案で始めたし、先に潜伏していても無理はないか。流石は僕の妹だ。僕でさえ気づかないなら、他の人には尚更気づかれない。


 璃子は低い声も出せる上に、景色にも完全に溶け込んでいたし、いつもと同じロリボイスを発するまで全く気づかなかった。流石は幼少期から普通の子供に擬態していただけのことはある。


 すぐにボロが出る僕だけじゃ心配か……。


「そんなことより、物的証拠は見つかった?」

「バッチリだ。さっき璃子がヒントを教えてくれたお陰だ」

「私だったら、清掃員にも見つからない天井裏点検口の中に隠すと思ってね。あそこだったらそう簡単にバレないし、出張中の隠し場所としてはうってつけだと思ったの。物的証拠は恐らく他の都道府県代表店舗の企業と交わした契約書。それ自体が証拠だから、控えを持ち帰らないことを条件に、相手にとって有利な契約を交わしているとしたら、契約書はオリエンタルモールが所有することになるし、どうしてもバリスタランド内に隠しておく必要があるの。バリスタランドは世界観を損ねないために、至る場所を掃除するし、契約書を持っていたらすぐにばれちゃう。パソコンの中に保存する手もあるけど、証拠を握っている人が在籍している限り、絶対に開けられない場所があるの」

「各店舗のスタッフ用ロッカーだろ?」

「よく分かったね」

「さっき天井裏で見つけたこれ、間違いなくロッカーの鍵だ。土門は珈琲屋川崎のオーナーとして在籍している。だからあいつにも珈琲屋川崎のロッカーを使う権利がある。でも何で戻ってきたのかねー」

「私が土門さんに餌を撒いたからじゃないかな。お兄ちゃんは知らないと思うけど、アルバイトの中に土門さんに買収されたスパイもいたの。バリスタランドは閉鎖的な空間だし、あっという間に噂が広がる性質を利用して、雁来木染が土門さんの弱みを握った噂を広めたの。そしたら案の定戻ってきた」

「何で人の努力を台無しにするかなー」

「だってもしこの部屋になかったら、今までの努力が全部水の泡でしょ。明日までに物的証拠を持ってこないと手遅れだからね。物的証拠の在り処を推理するより、本人に教えてもらった方が早いでしょ。人が最も油断するのは勝利を確信している時なの。私の読みと一致したのは意外だったけど、土門さんは物的証拠の在り処を見事に教えてくれたでしょ。こっちが罠を張っているとも知らずにね。ちょっと危なかったけど、私は確実な方法を採っただけだよ」

「恐れ入ったよ」


 ……忘れていた。敵にとって最も恐ろしいのは璃子だ。


 しかしながら、璃子がここまでの戦略家であることを未だに悟られていないのが驚きだ。名目上は僕が葉月グループを率いていることが見事な隠れ蓑となり、誰にも存在を悟られぬまま、敵を一方的に破滅へと追いやってきた。正体の見えない敵が最も厄介であることを改めて思い知らされた。土門は今頃焦っているだろう。どこから攻められているかも分からない焦土作戦にのた打ち回っている光景が目に浮かぶ。勝利を確信している時を見計らい、土門に不意打ちを仕掛けるように危機感を植えつけ、冷静な判断力を奪ったのだ。隠し場所に誰かがいるかどうかを確かめるには、自ら隠し場所へと赴くしかない。


 ちょっと考えれば罠と気づかれる場合もあるが、璃子は僕を通してアルバイトたちに嘆願書を書かせることで、土門に考える隙を与えなかったのだ。


 璃子が最も得意とする、敵を焦らせて自滅を狙う戦略が光る瞬間を僕は目の当たりにした。


 10階から立ち去り、1階ロビーに戻る。


 僕は既に帰ったことになっているため、蓋付きのリネンカートに入ってやり過ごす。周囲には秋風月見にしか見えない。僕は人気のない倉庫でカメラの死角に隠れながら外に出た。璃子が用意した雁来木染の普段着変装セットを着用し、裏口から外に出て帰宅する。アルバイトたちからはさぞ身勝手なお転婆娘に見えていることだろう。もう清掃員として働くことはないが、実に良い経験だった。


 午後8時を迎え、今月から入った新人たちの歓送迎会が始まる。


 ロッカーの鍵は璃子に渡し、希望を託した。


 珈琲屋川崎の更衣室のロッカーに土門が感づいた場合、真っ先に天井裏点検口を調べるだろう。鍵がないことを知られ、ロッカーごと処分されたらアウトだ。その前にどうやって侵入するかの勝負だが、璃子ならどうにかしてくれるだろう。頼むから明日の昼には間に合わせてくれっ!


 久しぶりの帰宅に唯と伊織は心底安堵し、僕は寝るまで両手に花であった。

読んでいただきありがとうございます。

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