表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第17章 死闘編
427/500

427杯目「晩熟につける薬」

 5月末、渚はバリスタになる決意をしたのか、以前より仕事に身が入っている。


 受験勉強をする意味はなくなり、バイトに費やす時間も増えた。上限いっぱいにシフトを増やし、休日に至ってはフルタイムで入ることが決まったのは非常に大きい。


 渚の母親も時間をかけて説得した。最初こそ保守的な姿勢を見せていたが、バリスタはあくまでもとりあえずの就職であり、本当にやりたいことを見つけた時、すぐに移行できるようにするための手段にすぎないと説明するとあっさり納得した。意志薄弱なのは親の代からのようだ。


 かつて伊織の母親を説き伏せた頃を思い出す。大卒でなければ転職は難しいが、自分で事業を起こせる人間になれば関係ない。如何にして人間力を伸ばせるかにフォーカスする方がずっと大事なのだ。真の教育は外の世界にこそ存在する。ましてや渚のように、自分の意思を持つことを苦手とする人間であれば、尚更レールなんて役に立たないし、就職して中年を迎えた頃、これで良かったのかなと思い悩む姿が目に見えている。教育云々じゃなく、持って生まれた性質だ。


 証拠と言っていいかは分からないが、渚の母親もすぐに折れてしまい、最終的に僕に同意してくれた。近所の人も自分の意見を主張することなく、雑談はすれど、自分の意見を戦わせる姿勢はない。元々自分の意思など持たずとも、大きな問題にはならない土壌が、この地域に定着していることを知った。主体性を持たない方が居心地の良い人間もいるのだろうか。


 雁来木染に変装した僕は、何事もなかったかのように中山道葉月へと赴いた。


 客足は落ち着いていて、所々席が空いている。伊織、千尋、皐月、桃花、陽向、響、凜のトップバリスタ7人には週1日だけ来てもらっているが、そろそろこの期間も終わる。ずっと伊織たちに頼るわけにもいかない。トップバリスタの力を借りずとも繁盛する店舗にできなければ、マイナー店舗であっても撤退は必至だ。長期にわたって生き残るのがうちの戦略だし。


 カウンター席に腰かけ、ランチセットを注文すると、神崎が目の前に立った。


「神崎さん、最近はお店どうなの? バイトの人が少ないみたいだけど」

「あー、半数はアトラクションやってるからな。でも至って順調やで。ここだけの話やけど、一月前までは悍ましい状況やったんや。みんなあからさまにやる気のない仕事してたんやけど、あず君が完全監修を始めて、時給3000円まで上げたら、ちょっとずつではあるけど、みんなの勤務態度が変わり始めた。理恩ちゃんは気の抜けた仕事をしなくなったし、澪ちゃんは仕事をサボらなくなったし、真凜さんは雰囲気が良くなったし、実莉さんは料理に専念して腕に磨きが掛かってるし、百美ちゃんは入念に予定を確認しながら仕事をこなしてるし、渚ちゃんは仕事に迷いがなくなった。前々から只者じゃないとは思っとったけど、僅か一月で店内の状況を一変させてもうた。あれがメジャー店舗のマスターなんやな」

「分かってるとは思うけど、あず君だって、いつまでもここにいるわけじゃないよ」

「……」


 不穏な表情を浮かべる神崎。僕が去った後のことは考えていないようだ。


 中山道葉月はかつて僕が見た就労支援施設そのものだ。世話役が常にいないと店が回らないばかりか、組織を引っ張っている誰かにぶら下がり、言われたことをこなすので精一杯だ。まともに仕事をこなすようになったとはいえ、これはあくまでも応急処置、主体性を持つには至っていない。とりあえず将来やりたいことを見つけるまでの繋ぎとして、バリスタを目指す方向で収まったが、中山道葉月がなくなれば、また振り出しだ。ここがなくなっても生きていける人間にならなければ、僕にとってもこいつらにとっても意味がない。働く必要に迫られて働くのと、好きか得意で働くのとでは意味が違うのだ。


 撤退した後、バイトたちが再び職に就ける確率は低い。顔採用で受かる仕事もなくはないが、やはり一生食べていけるわけじゃない。他人を心配するなんて馬鹿げているとは思うが、このまま生活保護受給者が増えるのを黙って見過ごしていれば、やがて目には見えない負債を僕ら全員が背負うことになるんだ。決して他人事じゃない。社会全体が抱える身近な問題だ。見てみぬふりなんてしようものなら、後で自分たちが見捨てたような連中に刺されたとて、文句は言えない。ずっと色んな店を見てきた僕には分かる。中山道葉月がどうなるかであいつらの将来が決まる。


「――木染ちゃんの言う通りやな。いずれはあず君抜きでこの店を回さなあかん。俺はこの店がなくなっても、バリスタトレーナーとしての仕事がある……でもバイトたちを見捨てたくない自分もいる。昔はこんな気持ちなんてなかった。貧困に陥るのは自己責任やと思ってた。でもバイトたちの事情を聞いている内によー分かった。もしかしたら、俺の勘違いかもしれへんけど、社会に適合できなかった人たちって、単に今まで受けた教育が合わんかっただけやと思うねん」

「その考察は合ってると思うよ。あの人たちは適切な教育を受けられなかった。社会不適合者っていうのはね、個人と環境のミスマッチが生んだ存在なの。だから私たちの子供世代からでも、個人に合った教育を受けられるように環境を整備していく責任があるの」


 飯を食えない大人を良しとしないならば、それは適切な教育を施さない社会の責任だ。


 もっと言えば、そんな世の中を変えてこなかった社会の構成員である国民の責任だ。


 もし孫ができて、昔は学校に向いてる子も向いてない子もみんな学校に行ってたんだよって教えたら、きっと驚くだろうな。肺呼吸ができない魚類を陸上で育てようとした愚かな常識に。


 施設が増えていくような社会は腐敗している。むしろ施設がなくても生きていける社会にしていかなければ、生きる力のない魂と知性の抜け殻たちの面倒を一生見ることになる。自分の面倒くらい自分で見ろと言うなら、自分の面倒すら見れないような大人を量産している今の社会を変えることだな。改善の努力もできない保守派が人のことを言う資格はない。就職レールに向いていないだけの理由で棄民にされている連中からしたら、今のシステムが自分に合っていないからこそ、不当に不利益を被っているとしか言いようがないのだから、もし不利な状況なら堂々と社会保障を受けるべきだ。


 無論、強盗たちが外をうろつくような社会にしたくなければの話だが。


 金運のある者だけ働けばいい。そうでなければ、社会から生活費を貰い、消費者として生きればいい。


 何か問題があればすぐ伝えるよう、神崎と成美に告げると、僕はようやく中山道葉月から解放された。


 バリスタランドから撤退するまでは、定期的に様子を見に来てやるか――。


 葉月グループは職能レベル毎に給料を設定しているが、中山道葉月のように無条件で時給3000円の店舗は類を見ない。マイナー店舗の中で最も1人あたりの給料が高い店舗であり、1人あたりの社内貢献度が最も低い店舗でもある。利益が出せなければ、撤退もやむなしだが、出世のチャンスもなくはない。


 見込みがありそうなら他のマイナー店舗に異動して、本格的なバリスタ修行に移行することもできる。トップバリスタの卵をメジャー店舗に輩出するのがマイナー店舗の役割でもある。だが問題はバリスタを目指す気のない連中だ。社会経験の一環としてバイトをしているのは分からんでもないが、うちが撤退したらどうするつもりなんだろうか。一度美羽と相談した方が良さそうだ。


「それ子供だけじゃなくて、大人にもできひんかな?」

「大人用の学校ってこと?」

「せやな。子供が適切な教育を受けるのは当然やけど、俺は大人にも教育が必要やと思う。脳の成長が遅い子供とかおるやん。そういう子供って、大人になってから学習能力が身について、知識とか技能とかを習得できるようになるやん。でも学習は子供の時期しかできひんから、一度成人してもうたら最後、学び直しの機会がないのは問題やと思うねん」

「――確かにそうかもね」


 神崎の言葉は僕の好奇心を揺さ振った。


 大人になっても知識量や言動が子供レベルの人も少なくない。


 あくまでも仮説だが、義務教育が『平均的な子供』ではなく、本当は『早熟の子供』に向いているカリキュラムだとすれば、子供の頃の勉強内容をほとんど覚えていない人が多くいることに説明がつく。


 脳は興味がないことから忘れてしまうため、過去の勉強内容を無関心の対象として忘却している説を推していたが、脳は認識ができなければ学習できないため、認識能力がなければ知識が頭に入らない。晩熟であるために学習できず、最初から勉強内容を覚えていないのと同じ状態の子供が、人知れず一定数いる説を神崎は示唆している。小学校入学前から認識能力がある早熟の子供は順調に知識を会得していくが、晩熟の子供は最悪基礎すら覚えられないまま小学校を卒業し、中学や高校に入ったあたりから何も知らない状態でスタートしている可能性もある。周囲はおろか、本人すら気づかないまま成人し、学び直そうにも大人というカテゴリーが邪魔をする。大人になるための学習なのに、行き過ぎた年齢主義が子供の学習を阻害する格好となっているのだ。当然人間力もないから仕事もできないし、施設の連中には義務教育の内容を覚えていないどころか、初耳のような反応を示す人すらいた。


 覚えていないんじゃなく、認識できていなかったとしたら――。


 まともな教育を受けていない前提のカリキュラムを用いたのは正解だった。


 実学に基づいた指導をしてから店に配属し、小さな成功体験を積ませた。


 研修は口頭だけでなく、文字やイラストを用いた丁寧で多角的な説明ができるよう工夫し、スマホの持ち込みを推奨したことで、無自覚な学習障害などを持っていたとしても内容の把握が容易となった。理解の仕方には個人差がある。視覚優位なら文字かイラスト、聴覚優位なら口頭の方が理解しやすい。たった1つのやり方では、学習できる知識量に格差が生まれてしまうのだ。


 教える人の技量でも会得の格差は生まれる。学校教師は暗記のプロではあっても、人に物を教えるプロではない。そこでカフェの専門知識に特化した人、人に物を教えるプロをダブルで研修に送り込み、会得の格差を極力なくすことに尽力した。研修ではカフェの専門知識を持つ千尋、教えるプロの慶さんに協力してもらったお陰か、6人共問題なく研修を終えることができたのだ。


 バイトたちは誰1人として年相応の学力を持ち合わせていなかった。小学生レベルの漢字を当たり前のように誤読するし、その影響でメニューが漢字禁止になったのは企業秘密だ。真凜が育成部に昇格できなかったのも、基礎学力が疎かだった部分が大きい。ほとんど実学だけで勝負してきたタイプだ。成人するまでに適切な教育を受けられなかったというだけの理由で、社会から落伍者として認定されたのだ。何の問題もなくレールに乗れた早熟の子供が勝手に平均的な子供と定義されていただけで、他の一定数が適切な教育を受けられなかったとすれば……事態は僕が思っている以上に深刻かもしれない。


「木染ちゃんはバイトたちに足りない能力ってなんやと思う?」

「やっぱ人間力かな。あの子たち、無人島にでも漂流したら、真っ先に餓死しそうだし」

「それあず君もゆうてたなぁ~。ていうか人間力ってなんなん?」

「平たく言えば、正解のない問題を解く力のこと。要は社会状況がどんな風に変わっても、自分で道を切り拓いていく能力ってとこかな。生きていれば必ず苦難困難災難にぶつかる。そんな時に容易くへし折れるような人間じゃ、一生に苦しむことになるよ。でも今の教育は徹底した除菌主義で、問題が起きた時に何もできない人間を育ててるし、人間力を鍛える教育と逆行してるの。可哀想なのは当事者だよ。あの子たちもアンシャン・レジームの犠牲者だけど、ちょっとずつ変わり始めてる気がする」

「ちょっとずつねぇ~」


 腰に体重をかけながら壁にもたれる神崎。


 外の雨を見つめる瞳の奥はバイトたちと同じものを感じている。


 必要な情報を得たところで、僕は会計を済ませ、中山道葉月の外に出た。紫色を基調としたメルヘンチックな衣装を着用したまま、手の平にポツポツと穏やかに降り注ぐ小雨を感じながら、園内を闊歩する。人があまりいないのは好都合だ。いつもより広く感じる。いや、狭く感じていただけなのだ。


 店内のオープンキッチンには村雲、鷹見、有田、水無が忙しそうにコーヒーを淹れている。


 奥には見たこともない色の液体が瓶に詰められ、時折注射器を使って一部を取り出し、マグネットスターラーで掻き混ぜられた状態のエスプレッソに投入する。


 ――まるでバリスタ競技会……ハッ! そうか、客足が少ないこの時しか練習ができないんだ。


 カウンター席に腰かけ、水無が僕のそばを通りかかる。


「ねえ、あのシグネチャー飲ませてくれないかな」

「えっ、あれ非売品なんですけど」

「大会に参加するなら、色んな人に飲ませて意見を貰った方が新しい発想を得られる思うんだけどなー。あっ、そっか。人に試飲させられるほど自信ないんだ」

「申し訳ありませんが、駄目なものは駄目なんです」

「ちょっとだけでもいいじゃねえか」


 村雲が困り果てている水無に助け舟を出すように声をかけた。


「マスターから私たち以外の誰にも飲ませちゃ駄目って言われてるでしょ」

「じゃあマスター呼んできてよ。交渉するからさ」

「……じゃあ1杯だけですよ」


 村雲が堂々とドリンクの入ったワイングラスを差し出した。


 実に分かりやすい性格だ。挑発した途端に僕の口車に乗ってくる単純な性格、ドヤ顔を決めながら客の前にシグネチャーを置くあたり、かなり自己顕示欲の強い男だ。


 JBC(ジェイビーシー)に出場するのは村雲だ。以前は皐月に負けてしまったが、もし皐月がWBC(ダブリュービーシー)で優勝できなかった場合、再び勝負することになるだろう。まさかここでアマチュアチームのシグネチャーを味わえるとは思わなかった。


 ワイングラスを指で持ち上げ、回してから口に含む。


 ……! フレーバーが口の中いっぱいに広がってくる。ワインのような風味だが、舌を刺激するほどの強さじゃない。アルコールは抜いているようだ。ミルキーな果実の風味がじわじわと伝わってくる。


「今度のコーヒーイベントで使うシグネチャーです。どうです?」

「ノンアルコールワインから作ったシロップを使ってるね。巨峰のフレーバーに、ヨーグルトレーズンのアフターテイストってとこかな。使ってるコーヒーはシャキッソだよね?」

「「「「!」」」」


 一瞬、アマチュアチーム日本勢全員の動きが止まる。


「……合ってます。何で分かるんですか?」


 何でって言われても、コーヒーが教えてくれるんだもの。


「女の勘ってやつ。結構美味しいじゃん。かなり研究を重ねたみたいだね」

「そりゃそうですよ。コーヒーイベントが終わってから、マスターの指導をきっちり受けてますから」

「はぁ~、何でこうもすぐ他人にシグネチャー飲ませるかなー」


 ドスの利いた声が後ろから轟く。


 声の正体は石原だった。何故こいつがここにいるっ!?


 以前のようなぶりっ子キャラは鳴りを潜め、本性剥き出しの悪魔のような目つきだけでも、昔とは変わったことが見て取れる。穂岐山珈琲時代の石原はもういないのだ。


 貧困暮らしの反動からか、高給取りになってからは傲慢不遜な性格へと変わってしまった。以前から僕に対して嫌味な台詞を吐いていたが、特に実績もなかったため、ただの妬みとしか思われていなかった。貧困は人の心さえ蝕んでしまう。稼ぐようになっただけでは飽き足らず、自分よりも稼ぎの少ない人をあからさまに見下すような言動が目立つ。貧困というある種の恐れがなくなったのか、元から内に秘めていたマウント気質が開花したのが手に取るように分かる。こうなったら当分は止まらないだろう。


 人間の悪意ほど、コントロールが難しいものはないのだから。


 年収だけで人の価値を判断する。もちろんこれも教育の成果だ。


 石原は心の貧困に陥っている。周囲の人を委縮させているのが証拠だ。


「すみません。私は止めたんですけど……」

「言い訳なんてしなくていいから。今度こんなへましたら減給処分だからね」

「すみません……」

「あのさー、人前でそういうことされると気分悪いんだけど」

「「「「「!」」」」」


 石原が一瞬僕を睨むが、別人と思ったのか、すぐ目の色が変わる。


「あっ、すみません。私は喫茶処江戸のマスターを務めている石原沙織と申します。うちの部下が商品でないものを飲ませてしまったようで……体の方は大丈夫ですか?」

「私が心配なのは、むしろあんたの方。そんなえらそーな立ち振る舞いをしていたら、いつかみんな離れていっちゃうかもよ。マスターは雇っているバリスタの気持ちに敏感な人じゃないといけないの。仮にもマスターなら、それくらい心得たら?」

「一体何なんですか?」

「私は雁来木染。普段はバリスタの派遣会社で社長やってるの。杉山珈琲が出店したお店って聞いたから来たのに、マスターがこんなんじゃ先が知れてるね」

「……」


 石原の憤怒を敏感に感じ取り、これ以上は何も喋らず店を出た。


 何なのあいつと言わんばかりに歯を強く食い縛る石原。


 マスターはカフェの長として、常に謙虚かつ冷静な現場指揮官でなければならない。いくらバリスタとしての腕前が優れていたとしても、どれだけ大金を稼ぐ実力があろうとも、他のバリスタや来客から尊敬され、夢を与えられる人でなければ、真のマスターにはなれないのだ。あの様子だと、アマチュアチームが作製したシグネチャーをロクに味わってないな。


 穂岐山珈琲からブランドを引き継いだ大手のくせに、そんな大事なことも知らねえのかよっ!


 足で強打したゴミ箱が倒れてしまった。慌ててゴミ箱を元の位置に戻し、喫茶処江戸を外から覗いた。オープンキッチンの奥から1人の人物が現れると、窓越しに石原と話している。アマチュアチームの連中どころか、石原までもが敬服してるじゃねえか。


 楽しそうに話す横顔が見えた――あれは鍛冶議員の息子、鍛冶一茂。何であいつまで。


 鍛冶は喫茶処江戸でアマチュアチームの面々に指示を出し、周囲は彼の手足のように動き始めた。普段はバリスタランド社長のはずだが、ここのマスターも務めてたのか。待てよ。石原もマスターで鍛冶もここで働いてるってことは、マスターも兼任してるってことか。


 どうやらここも共同マスターのようだ。なるほどな、考えることはうちと同じってわけか。


 少しの間様子を見ていると、珈琲屋川崎の面々が喫茶処江戸に入店し、ペコペコと頭を下げながら鍛冶と挨拶を交わす。胡麻をするように手を合わせているのは、川島(かわしま)さん、池上(いけがみ)さん、湖中(こなか)さん、珈琲屋川崎マスターを務める海野(うみの)さんがいる。


 何か企んでいるようだ。雨が止み、ぞろぞろと人が増え始め、僕は撤退せざるを得なかった。


 謎は解けた。喫茶処江戸は鍛冶と石原が共同マスターで、アマチュアチーム8人はバイトだ。鍛冶は恐らく優勝回数勝負の件を知っている。アマチュアチームを指導している裏の人物が気になったが、鍛冶と根本は異母兄弟。窓越しに見た限りではあったが、彼はバリスタコーチとしての才能を持っている。


 あんな伏兵がいたなんて想定外だ。一度根本に聞いてみるか。何か分かるかもしれない。


 恐らく関係者以外の人にシグネチャーを飲ませないよう命じたのは鍛冶だ。石原は僕がシグネチャーを飲んだことを知り、真っ先に僕の体を心配した。石原が命じたのであればあんな心配はまずしない。石原にはシグネチャーを開発する才能はなく、実験した全てが罰ゲーム食品のような不味さと形容されるほど育成部で評判だったと美羽は言った。しかも自身が味音痴で、複雑な味を不味く感じてしまうんだとか。それなら体の具合を心配したことにも説明がつく。シグネチャーを信用していないからこそ言えた。


 アマチュアチームのシグネチャーは僕の想像を遥かに超えていたというのに……。

読んでいただきありがとうございます。

気に入っていただければ下から評価ボタンを押していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ