426杯目「意思なき翻車魚」
僕は葉月グループ包囲網が徐々に完成しつつあることを自覚した。
妨害工作の一環として値下げができたのは、ペナルティなしなら値下げし放題だからか。
南東エリアは出資しなかった企業ばかりだが、杉山グループに協力することを条件にペナルティを免除されているとすれば、出資した企業は、特典としてペナルティ免除になっていても何ら不思議ではない。さっきから嫌な予感がすると直感が訴えてくる。ここで1つの可能性が脳裏に浮かんだ。
もしかしたら、ペナルティの対象は葉月グループだけだったりして。
心臓の鼓動がしっかりと伝わるほど、盗み聞きに集中している。
いいぞ、そのまま全部ペラペラ喋ってくれ。
ふと、隣を見てみると、さっきまでいたはずの百美がいない――まさかっ!?
「そういうの恥ずかしくないわけ?」
前方を振り向くと、正義感を纏った百美が闊歩し、苗代さんと森田さんに詰め寄った。
「えっ、何ですかあなた……」
「加賀百美。中山道葉月で働いてんの。先月までずっと暇だったけど、全然お客さんが来なかったのはあんたらのせいだったんでしょ。何でそんなことするのっ!?」
「君には関係のないことだよ」
「関係あるよ。中山道葉月の売り上げを下げるとか言っていたけど、そんなこと絶対させない。全部バリスタランドに報告させてもらうから」
「だったら報告してみればいい。証拠なんてどこにもない。値下げをしているのはうちだけじゃないし、周囲の店を全部訴えるつもりかよ」
「「ふふふふふっ!」」
「……」
嘲笑うかような顔の苗代さんと森田さんが口を手で隠している。
百美は両腕の拳を握りながらプルプルと震わせ、殺気の顔を向けた。
うちの周囲が敵だらけなのは分かったが、こりゃもう話してくれそうにないな。
――あぁ~、せっかく話を引き出せると思ったのにぃ~。
盗み聞き作戦が台無しだ。百美は自分が行動した後どうなるのかを想像できない。この手のタイプが次にどんな行動をするのかを計算に入れていなかった僕のミスだ。ずっと黙っていれば、勝手に噂話をしてくれたことなど、百美は想定できなかったんだろう。
「君も大変だよねー。あんな店でバイトをしたのが運の尽きだ。他のバイトたちも馬鹿だよなー。貧乏で何の取り柄もない負け犬って聞いたけど、あんな労働以前の問題を抱えた連中ばっかじゃ、葉月グループも俺たちの敵じゃないな」
「! ……ふざけんなっ!」
「がはっ!」
脊髄反射の如く、瞬間的に動いた百美が森田さんに殴り掛かり、拳を顔面に直撃させた。
森田さんが殴り倒されると、慌てて苗代さんが止めに入り、腕を掴まれながらも、百美はごちゃごちゃと大声であれこれ言いながら騒ぎ立ててしまい、店員を巻き込んでの取っ組み合いとなった。
僕は必要な物だけを購入し、他人事のように振り返ることもなく、業務用スーパーを去った。
周囲の客が買い物かごを片手に百美たちの様子を遠目から見守っているが、もはや僕の管轄外だ。これ以上面倒見切れん。一度暴走を始めると、手が付けられないのがあのタイプだ。まあでも、中山道葉月を陥れ、うちのスタッフまで馬鹿にしたんだ。あの連中には良い薬になっただろう。
下手に口を開かせることが著しく困難になった事実は、僕に大きなため息を吐かせた。
翌日――。
昼頃になると、開店を待ってましたと言わんばかりに警察官がやってくる。
百美の精神年齢は小学生並であると判明したが、あんな騒ぎを起こしたんだ。処分は免れない。
警察官が言うには、百美は逮捕こそ免れたが、取っ組み合いの喧嘩は百美が通う大学の知るところとなった。高校時代にも謹慎処分を受けていたこともあり、通常よりも処分が重くなったとのこと。当分は大学に行けなくなったが、特にサークルや部活には入っていないことが幸いした。
「ねえ、百美ちゃんはどうなるの?」
仕事に集中しきれない真凜が声を震わせながら尋ねた。
「それはあいつに聞いてみるしかねえな」
指差した方向には、生気を抜かれた顔の百美がいる。
扉を開け、音もなく歩み寄ってくる。
「えっ……百美ちゃん、出勤して大丈夫なの?」
「うん、あず君に言われたから」
「メールでいつも通りに来るよう言っておいた。百美、どんな処分を受けたか言ってみろ」
「1ヵ月の謹慎処分だって……だからしばらく授業に出られないの」
「良しっ、これで当分はうちの仕事に集中できるな」
「お店クビじゃないの?」
「既に大学から処分は受けただろ。運が良かった。バリスタランドの店舗は各企業の管轄だ。うちで起こった問題はうちが処理する権利がある。どうせあいつらは処分なんてロクに受けてねえよ。すぐにキレた百美も悪いけど、神経を逆撫でするような発言をした相手側も悪い。今回は処分を見送る」
「あず君……」
目をキラキラと輝かせながら祈るように百美が呟く。
「但し、今度また問題を起こしたら即クビだ。これが人生を改善させるラストチャンスと思え」
流石に次は庇いきれない。こっちとしても、これ以上この問題児を放ってはおけない。
美羽には急いでバイトの候補を手配するようメールを打った。
だが当分入れ替わりはないだろう。バリスタを目指す学生は近所のカフェでバイトするのが当たり前になってるし、やはり再教育を施すしかない。以前は簡単な雑用だけを百美に任せていたが、二正面の戦争が始まってからは、アトラクションに人員を割いたためにカフェが人手不足となり、休めなくなってしまったばかりか、絶え間なく仕事をこなすために役割範囲を広げざるを得なくなり、いくつもの複雑な業務まで任せる破目になった。時給3000円とはいえ、彼女にこの仕事はいかんせん負荷がかかりすぎた。
施設に行くような奴は、急激な環境の変化や厳しい仕事に対応できない。
百美のようなタイプは、仕事内容が変わった時、抵抗を示すかのように不適応行動を起こす。ウェイトレスとして注文を取って配膳するだけの仕事だったのに、料理に買い出しまで担当するようになり、生きて呼吸しているだけでもストレスが溜まるタイプであることに、僕以外の誰もが気づかなかった。
「百美、もしかして学校で孤立してたか?」
「……うん、孤立してたけど」
「やっぱりなー」
「百美ちゃん、何で森田さんに殴り掛かったの?」
「だってここにいるみんなのことまで馬鹿にしたんだもん。みんな辛い状況に耐えながら必死で働いてるのに、貧乏で何の取り柄もない負け犬って言ったんだよ。だからどうしても……許せなくて」
「「「「「……」」」」」
人一倍のシンパシーを百美は感じていた。
みんなに代わって痛みを引き受けていた。意図せずとも人の痛みを自分のことのように考える姿勢は、仕事云々よりもずっと大事なことであると思い知らされた。こんな純粋な気持ちを大人になってもなお持ち続けている百美は素敵な人間だ。せめて手を出さなければ、まだ救いはあるんだが。
「それより、カフェ大和に謝りに行った方がいいんじゃないの?」
「今は仕事中だ。どうしても謝りに行きたいならプライベートで行け。それに謝罪ってのは、自分が納得して初めて成立するものだ。謝る気もないのに謝るのは、それこそ相手に対する侮辱だ。謝るにしても、まずは時間を置いて、両方が冷静になってからだ。その方がずっと効果がある」
「許してもらえるかな」
「どうしても心配なら、僕が一緒についてってやる。百美を雇ったのは僕だし、そばにいながら百美を止められなかった監督責任もあるからな」
「……ごめんなさい」
目に水滴を溜めながら地面に膝をつく百美。
自制心がなかった頃の自分を思い出し、脳裏には苛立ちすら覚えた。
どこからともなく現れた渚が、冷徹で細い目を尖らせ、持ち上げるように百美を立たせた。地に着いていた箇所の土汚れを手で払うと、手を洗おうとオープンキッチンに立ち寄った。百美はぽかーんと口を開けながらも、渚のさりげない心遣いに関心の目を寄せている。
「渚ちゃん、ありがとう」
「お礼を言う暇があるなら、早く仕事をしてください。これからお客さんが舞い込んできますよ」
「う……うん」
表情をほとんど変えることなく、まるでロボットのように淡々と机を拭く渚。
彼女は高校3年生、進学するのであれば受験、就職するのであれば推薦という、ある意味最も忙しい時期を過ごしている。余程の才能に恵まれているわけでもないのであれば、ここの決断でその後の人生がほとんど決まってしまう国に生まれてしまった者の宿命だ。
本来であれば、どちらかの決断を下す時期だが、特に焦っている様子は見られない。
ましてやバイトをしている暇なんてないはずだ。学歴や職歴に対する拘りはなさそうだし、一見冷徹なサイコパスにも思える表情からは何も読み取れない。
「渚、高校3年生って言ってたけど、進路は決めてるのか?」
「お言葉を返すようですが、どうしてそれを聞くんですか?」
「進学にしても就職にしても、早めに言ってくれた方が、店としても予定が立てやすい」
「……決めてません」
「秋には高校から就職先を決めてもらえるし、来年の春には大学受験があるだろ。どの進路にしたって、結局は自分で決める必要がある。急な決定のせいで、途中で抜け出されるようなことがあったら困る」
「……」
話を逸らすように後ろを向き、さっきまでの話を忘れるかのように手を動かしている。
小刻みに動く後頭部がこれ以上聞くなと言っている。高等部だけに。
聞けないなら一度見てみればいい。彼女の履歴書には実家が自営業のカフェと書かれていた。とりあえず仕事という名目で家を訪問してみようと思ったが、住所はかなり近いし、普通に行ってみるか。
5月下旬、休日を迎えたが、バリスタランドは年中無休である。
学校は休みだが、自営業なら店は開いているはず。
作業中の渚は無難に業務をこなすが、あまり楽しそうには見えない。
「渚、カフェ巡りがしたいんだけどさ、良かったら実家のカフェに案内してくれないかな?」
「それは仕事ですか?」
「仕事とも言えるし、プライベートとも言えるな。役員には労働時間という概念がない。強いて言えば、全部好きに過ごしていい時間だ。全部労働時間にもできるし、全部休みにもできる」
「めんどくさい人ですね。まあいいですけど」
一貫して冷めている横顔が見えた。
好きでも嫌いでもないポジションにいる人が1番扱いに困る。
ともかく、中山道葉月における乱闘問題は解決した。謝るかどうかは百美の課題だ。その後は特に問題もなく、中山道葉月はカフェもアトラクションも順調にこなし、アトラクションで連れた客がカフェにやってくるばかりか、カフェでアトラクションの情報を知って宣伝してくれたりと、好循環が続いた。
午後6時、着替え終えた渚がいつもより早く帰路に就いた。
少しばかりの距離を感じながらも、僕は渚の隣を歩いた。
バリスタランドから10分ほど歩いた『朝倉商店街』に渚の実家はある。半分以上の建物がシャッターで閉ざされ、天井の破れたビニールシートから夕暮れの日光が差し込んでいる。
『珈琲居酒屋エチゼン』と書かれた青い瓦の屋根が特徴の一軒家、1階には木造の引き戸があり、中にはカウンターテーブルが見える。引き戸をガラガラ開けた渚が中に入ると、僕も後に続いた。入った瞬間、まるで昔の家に帰ったような感覚に魅せられた。中は葉月珈琲が創業した頃のような狭い店だ。10席程度のカウンターテーブルが調理場を取り囲むように並んでいる。
壁にはいくつもの古いポスターが貼られている。
客は全くいない。回転椅子ではなく、木製の重そうな椅子だ。
――この店、バリスタランドよりもずっと風情がある。
昭和初期に創業した店舗が丸ごと現代に引っ越してきたようにも見えるが、元々は小さな定食屋として細々と過ごしていたことが窺える。渚にそっくりな顔の中年女性が首をこっちに向けた。
「おかえり渚、今日はどうだった?」
「特に何も。それよりお客さん」
「あっ、いらっしゃいませー。もしかしてあず君?」
「ああ、渚の実家がカフェと聞いて、一度店内を見てみたいと思ってな」
「そうだったのー。ゆっくりしていってください。渚の母です。おしぼりとメニューでーす」
筒状の透明な袋に入った真っ白で熱いおしぼりを取り出し、熱さを塗りたくるように手を拭いた。
ページ数の少ない緑色のノートのようなメニューには、コーヒーやサンドウィッチなどの基本メニューの他、焼き鳥やつくねといった、居酒屋を彷彿とさせるものまである。カフェというよりバールだ。
しかも焼売に餃子といった中華料理まであるし、もう何でもありだな。
ディナーセットを注文し、じっくりと待ちながら余韻に浸る。
ここまで自由な発想で営んでいるカフェはかなり久しぶりに見た。邪道なのではない。時代の流れだ。様々な要素を兼ね備えている。何故そうするのかと言えば、客層を広げることで、どの性別や年代からも支持される可能性が高まるからである。しかしながら、メニューの書かれたノートが一新されていることからも、客層を広げざるを得ない事情が最近になって発生したことが推測できる。
理由は恐らく――。
「ねえ、うちの事情を話さなくていいの?」
「あず君に言ってもしょうがないでしょ」
「バリスタランドができてから客を吸われてるんだろ?」
「……えっ、どうして分かったんですか?」
「僕は世界中のカフェを見てきた。カフェを見れば過去が分かる。さしずめ、バリスタランドが近くにできて繁盛するようになってから、売り上げが下がってんだろ。この商店街の店も、見るからに多くの店が撤退しちまったみたいだし」
「でも、一過性のコーヒーブームですよね。ブームが終わってお客さんが戻ってくるといいんですけど」
「バリスタランドは何の考えもなしに作られた場所じゃない。明治から昭和をイメージした古風な建物が建ってる。コーヒーブームが終わって客が来なくなったら、再開発の一環でカフェを解体して、大規模でレトロなショッピングモールに建て替えるオプションが用意されてる」
「ええ~、嘘でしょ~」
「この商店街で店を続けていきたいなら、画期的なメニューを出すか、路線を変更するしかねえな」
「……半年前は繁盛してたんですけどねぇ~。困った困った」
渚の母親は厨房で淡々と料理を作ると、僕の目の前にディナーセットを置いた。
梅干しをふんだんに使った焼き飯、チーズつくね、コーヒー梅酒は僕の舌を唸らせた。
隣では渚が定食を黙ったまま食べている。客が来ない時はここで食べるらしい。渚の母親が言うには、朝倉商店街は以前まで賑わっており、半年前は多くの店が建ち並び、コーヒーブームもあって多くのカフェが鎬を削っていたが、皮肉にもコーヒーブームに乗じて、近くに建ってしまったバリスタランドができてからは、見る見る内に多くの人が商店街から撤退していき、その多くが名古屋にカフェを開いているという。僅か半年でここまで衰退するか。ショッピングモールとは恐ろしいものだ。
希望的観測を語っている暇などない。このままじゃこの店も潰れちまう。
葉月商店街とて他人事じゃない。
「渚、君は進学も就職も考えてないみたいだけど、もしかしてこの店を継ぎたいのか?」
「……」
時間が止まったように箸が進まなくなり、ひたすらに黙り込む渚。
「えっ、うちの店を継ぎたいって、本当なの?」
「……」
返答はなかったが、渚の母親は憮然とした表情を浮かべた。
ずっと一緒に暮らしてきただけあり、無言でも考えが分かるのかな。
「渚、ちゃんと言わないと分からないぞ。僕はともかく、母親には伝える必要があるんじゃねえのか?」
「……分かりません」
「分からないって……何が?」
「どうすればいいか分からないんです。バイトは言われたことをこなすのが正解で、学校はテストだけこなしていれば正解なので安心できるんですけど、学校を卒業した後どうすればいいか分からないんです」
「将来を考えてこなかったのか?」
「正直に言えば、私は今しか見えません。未来なんてどうなるか分かりませんから」
またしても弊害の爪痕を見つけてしまった。
正解のある問題は簡単に解けてしまうが、社会に出たら正解のない問題にぶつかる。
たまにいるんだよなぁ~、自分の意見がない奴。そういや施設にもいたなー。何を聞いても自分は認めも否定もしないの一点張りで、何1つ自分の意見を言わないことが正しいと思い込み、ただひたすらに従順な人間であり続けた。絵に描いたような指示待ち族だ。
渚の怠惰な労働とは、自分のあり方を考えてこなかったことだ。
価値観のない人間など、僕に言わせれば魂と知性の抜け殻だ。翻車魚のように、ただ海中を漂っているだけ。そんな生き方で暮らしていけるなら、これほど楽な人生はないが、一生分稼いでいるような選ばれし者でなければ、社会は彼女の思考停止を決して許さないだろう。
「昔っからこうなの?」
「そうですねぇ~。渚は自分の意見とか全然言わない子なんです。この前友達と映画を見に行った時も、友達が決めたバリスタ映画を見たそうなんです。去年なんか友達と同じ進路にするって言い出して」
「それはもう諦めた。友達は杉山珈琲に入るみたいだから」
等間隔で切られたロースカツの半分を噛み切りながら口に入れる渚。
「何で自分の意見とか価値観とか持たないわけ?」
「嫌われるのが怖いですし、少数意見だったら浮いてしまいます。それに……何でも大人たちが決めてくれますから、私は考える必要がありませんし、自分の意見を持つ必要がなかったんです」
なるほど、こりゃかなりの重症だな。
僕の中で処方箋がパッと思い浮かんだ。
「――渚、1つ提案がある」
「何でしょう」
「君が自分の意見を持てるようになるまで、僕が君の人生を決めていいか?」
「どういうことです?」
「君は何かとバリスタに縁があるようだ。実家もバイト先もカフェ、出会った人もみんなバリスタ。だったらいっそのこと、何かの縁だと思って、本格的にバリスタを目指してみろよ。どうせ他にやりたいことないんだろ。自分の意思でやりたいことを見つけるまでの間でいい。あんまり好きな言い方じゃないんだけどさ、バリスタ修行で培った人間力は他の職業でも役に立つから潰しが利くし、就職先も葉月グループの名義で紹介してやる。それでもし渚の人生がうまくいかなかったら、責任は僕が取る」
こっちを向き、目線を合わせながら口を開け、顔を赤らめる渚。
すぐに目を背けると、渚はロースカツ定食に一切手をつけないまま首を垂れる。
考えることと食べることを同時にこなせないらしい。マルチタスクは苦手のようだが、渚はコーヒーを淹れるのがうまいし、道具を大切に扱うのも立派な長所だ。百美とは対照的に、短期記憶に優れており、どの業務も一度教えればすぐに習得した。学校の勉強は得意のようだが、ポテンシャルは十分だ。
「……不束者ですが、よろしくお願いします」
またこっちを向くと、ゆっくりと頭を下げた。渚が葉月グループにバイトで入ったのは、うちで働いていれば、やりたいことが見つかるかもしれないからとのこと。渚は今の自分を変えたいと願ってはいた。だが表情に出さないために気づくのが遅れた。目の奥に迷いが見える。
未来に不安を抱いているのが手に取るように分かる。自主性がないのは自分で決める機会がなかったのもあるが、これは持って生まれた性格だろう。だったらうちで嫌になるほど意思決定させてやるか。
責任取るって言っちまったけど、今辞めてもらっては困る。
バリスタになって良かったと必ず言わせてやる。
全ての道は……コーヒーに通じているのだから。
読んでいただきありがとうございます。
気に入っていただければ下から評価ボタンを押していただけると嬉しいです。




