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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第17章 死闘編
403/500

403杯目「首脳会合」

 1月下旬、魔王を目前とする勇者のような顔で名古屋へと向かった。


 璃子からは不用意な発言をしないよう散々注意を受けた。途中までは帯同すると言っていたが、そんなことをすれば、1人では何もできない総帥だと思われてしまう。


 ジャパンスペシャルティコーヒー協会の元会長、穂岐山健三郎がいなければ、僕は総帥どころか無名の経営者……いや、無名のニートだったと言っていい。だからこそ、みんなの代わりにこの勝負を制したいのだ。コーヒーを愛する全てのバリスタの想いを背負い、タクシーを降りて建物へと入る様は、もはや過去の僕とは比べ物にならないほどの度胸に満ちていた。


 恐れを支配してこそ、一人前なのだと気づいた。


 常に恐れから目を背けていた僕はもういない。


 スーツ嫌いな僕は白を基調とし、童話を模した正装を着用した。璃子の友人には優秀なファッションデザイナーがいる。実際に会ったこともない僕のために、スーツの素材を一切使わない正装をわざわざ作ってくれたのだ。スーツが合わない人や気に入らない人からすれば、公式の場でスーツを強要するのは差別でしかない。いつまで過去の大国が広めた習慣を引き摺っているんだと言いたくなる。


 ――葉月グループから、世の理不尽を変えていく。


 眼鏡をかけた黒いスーツを着用した秘書の女性が、社長室まで僕を案内する。


 エレベーターの中では、隅から隅くらいの距離を置くように僕と秘書の女性が佇み、いつ口を開こうかとタイミングを計っているところだ。上の階に移動するエレベーターに比例するように、僕の緊張感も上昇し、璃子の忠告が脳内でリピートされ、緊張を誤魔化そうと、後姿の秘書の女性を黙視する。


「……1つ聞きたいんだけどさ、何であんな奴の秘書になったの?」

「社長は新しい資本主義を目指しています。あなたのやり方は貧富の格差に拍車をかけているだけです」

「そもそも資本主義自体が貧富の格差ありきなんだけどな。いくら言い方を変えたところで、文字通り資本家が主人公だ。新しい資本主義って言うけど、結局当たり前のことを言っているだけで、特に新しくも何ともない。ただの虚構だ。結局あんたらは、自分たちの既得権益を守りたいだけだ。軽減税率の対象に新聞を入れている時点でお見通しだ。むしろプロ契約制度の廃止こそ、貧富の格差から脱出するチャンスを奪う行為じゃねえのか?」

「仮にプロバリスタが全国に普及したとして、多くは数年持たず路頭に迷いますよ」


 エレベーターが18階の社長室で止まると、距離を保ちながら歩いた。


「そのための社会保障だろ。大体社会に出てから必要な知識に限って教えてこなかったからそうなってるんだ。もしその程度で路頭に迷うなら社会の責任だ。自責点と他責点の違いも分からないような連中が、他責点を無視して自己責任の一点張りをしていれば、それでいいと思わないことだな。そんな腐敗した社会はとっくに終わってんだよ」

「――着きました。続きは社長と話してください。社長、葉月社長が参りました」

「通してくれ」


 扉の奥から低い声が聞こえると、秘書の女性が扉を開けた。


 社長室は煙草の匂いが漂い、反射的に手で鼻を覆った。


 以前会った時から気づいていたが、気が滅入るレベルのヘビースモーカーだ。昭和日本を象徴する堕落した保守派のおじさんだと部屋が自己紹介しているようで、こんなのを典型的な社長と思ってほしくないと感じるくらいには生理的嫌悪が増してくる。にもかかわらず、杉山社長は冷酷な目のまま顔を向けた。


「久しぶりだね。葉月社長」

「挨拶はいい。さっさと本題に入ってくれ。あんたのせいで忙しいんだ」

「まあ座りたまえ。君は席を外してくれ」

「畏まりました」


 秘書の女性がお辞儀をすると、再び扉を開けて姿を消した。


「さて、そちらの最終的な要求は決まったかね?」

「もちろん。この際不祥事の件は話さなくていい。証拠不十分な問題を洗い出したところで意味ないし、誤魔化されるのが関の山だ。うちが勝ったら契約書通り、杉山グループを吸収合併させてもらう。これならそっちがいくら悪事を隠そうと誤魔化しようがない。そっちも同じ条件じゃねえのか?」

「無論、こちらが勝った時は葉月グループを吸収合併させてもらう。葉月グループは私にとって邪魔な存在だ。君のお陰で杉山グループは利益が激減した。うちは大阪の居酒屋チェーンから始まった企業でね、不祥事と赤字で弱っていた虎沢グループを吸収合併し、拠点をここに移してからは、虎沢グループの主力事業だったホテルにも手を出して、全国に事業を拡大させる予定だったというのに、君がコーヒーブームを巻き起こしてくれたお陰で、若者から老人までもが居酒屋よりもカフェを選ぶようになった。君がリモートワークを強引な手口で様々な企業に推奨した結果、数年前からホテルにも人が来なくなった」

「数年前は令和恐慌の時期でもあるし、みんながインフルエンザと不況に怯えて、守りの体勢に入っただけだ。客が戻ってこないなら、その程度の常連だったってことだ。うちは地球の裏側からでも、喜んで飲みに来てくれるぞ。うちは効率化が進んでいる企業としか仕事をしないと言っただけで、強引な手口を使った覚えはねえよ。それに国内の事業だけで食えるのは今だけだ。人口が減って国力が衰退すれば、嫌でもインバウンドに頼らざるを得なくなる。プロ契約制度を利用している日本のバリスタが世界中のコーヒーファンにとっての憧れの的になれば、インバウンド効果は更に強まる。これは日本が国際社会を生き延びる最後のチャンスでもある」


 まずは璃子が伝えたかったことを忠実に伝えた。


 いつでも見捨てられるが、できれば出ていきたくない。


 不思議とそう思ってしまうのが故郷なのかもしれない。昔はあんなに出ていきたいと思っていたのに、今までの思い出がいかんせん重すぎた。せめて岐阜だけでも生き延びさせたい。


 迷っていた僕の背中を押してくれたのは璃子だった。


 日本が自ら衰退スイッチを押してしまった場合の話をしたが、一蹴された。


『出ていくのは勝手だけど、まずやるべきことを全部やってから考えたら?』


 あんなことを言われたら、迷ってる自分が馬鹿みてえに思えてくるじゃねえか。


「でもあんたの懐は痛んでないよな。大規模なリストラもしたみたいだし」

「虎沢グループにいた連中を切り捨てただけだからな。そこまでの痛手ではない」


 流石は石原を引き抜いただけあって、損切りもうまいな。


 バリスタオリンピック東京大会後の大量失業はそのためだったのか。


 私腹を肥やし、他人は平気で切り捨てるか。あの影響で何度か強盗事件が起きた。能力がある者はすぐに次の職場を見つけるが、就職レールに守られていることだけが取り柄の持たざる者は、失業した途端、小枝のようにポキッと容易く折れてしまう。生活保護受給者も増えたが、多くは受給できずに薄給激務の仕事に就かざるを得なくなり、完全失業者に至っては、犯罪に手を染める始末だ。


 しかし、良いこともあった。県議会でベーシックインカムが議論されるようになったのだ。雇用で生活を支えることには興味がないようだ。数少ない貢献の1つが副産物とは。


「だが……このままバリスタのプロ契約制度が発展し続ければ、我が杉山グループは更なる損失を被ることになるんだよ。杉山グループは飲食業界、スポーツ業界、ビール業界といった様々な事業に多大な投資をしてる。もしコーヒーの消費ばかりが増え続けて将来有望な人材がコーヒー業界に流出すれば何十億、いや……何百億という損失が出る。村瀬グループを潰したのは他の誰でもない君だ。私が保護してやったお陰で持っていたのに、君が意地を張って村瀬グループの主体となる企業を吸収合併した。しかもあろうことか、千尋君にまで君の意地が伝染する始末だ。君も利益しか考えてないんじゃないのかな?」

「あんたと一緒にするな。利益はあくまでも通過点にすぎない。大事なのは利益で何をするかだ。まさか村瀬グループのことをまだ引き摺ってんのか?」


 杉山社長は机から親指くらいの太い葉巻を1本取り出すと、着火してから吸い込んだ。


 立ち上がって窓際へと歩み寄り、葉巻を左腕の人差し指と中指の間に挟み、窓の外を眺めながら冷たいくらいのつり目を動かし、こっちに左目を覗かせた。


「千尋君を社員にしておくのは、実に勿体ない起用だと思うがね」

「一応葉月珈琲社員にして、葉月酒造社長兼任だけどな。才能はそれなりに買ってる」

「千尋君は世界中の金を集めてでも我がグループに欲しかった逸材だ。君も知っているだろうが、千尋君は旧村瀬グループの主力事業を日本酒からビールに切り替えた。既に衰えの見えていた村瀬元社長は息子の傀儡になっていたからな。一時的ではあるが、見事にグループは持ち直していた。まだ学生の身でありながら、役員に就任していた千尋君の経営手腕に驚いた。そこで娘の1人を嫁がせ、行く行くは杉山グループを継いでもらおうと考えていたが……君に阻止されてしまった。しかも千尋君は株を一気に売却し、そのせいで旧村瀬グループの株は一瞬にして屑株と化した。あれが倒産の決め手だった。私なら千尋君に多くの財産を与えられたというのに」

「……何も分かってないな」

「何だと」


 杉山社長が獣のような目を向けるように振り返ると、葉巻の先端を机の上の灰皿に押しつけた。


 狼煙のように一筋の煙が上がり、復讐に燃える杉山社長を彩っているように見えた。


「人間にとって1番の財産は、自分らしく幸せに生きることだ。あんたは与えるどころか奪おうとした。義務教育が繰り返してきた愚かな再生産を繰り返そうとした。黙って上の言うことに従うだけの意思なき奴隷にしようとした。お金さえあれば幸せになれるという虚構を植えつけようとした。千尋はそれに気づいたからこそ、滅亡覚悟であんたと手を切ろうと考えた。目の前の女1人幸せにできない奴が、グループを率いるなんて到底無理だと悟った千尋は、後継者の地位を自らの意思で降りた」

「目先の幸せのために愚かな選択をするか。ギフテッドが聞いて呆れる。協調性がないだけの子供だ」

「ギフテッドは馬鹿げたことが馬鹿げていると分かる能力だ。協調性がないんじゃなく、馬鹿げたことに対する同調性がないんだ。あんたを含めて周りが馬鹿なことばっかりやってるから、呆れて自分から離れちまうんだよ。あんたも経営者なら、もっと人の心読めよ。あんたの経営には魂がない。それが全てだ」


 この国はまともな奴ほどぼっちになり、馬鹿げた奴ほどよく群れる。


 葉月グループはぼっちの群れだ……安易な同調はしない。


 お互いに黙ったまま要求を書類に書き記し、新たな契約書にサインを交わし、入念に確認を済ませた。どこにもうちが損をする条項はないし、勝った方が吸収合併をする以外の条項はない。


「最後にもう一度聞く。本当に勝負を引き受けるんだな?」

「当たり前だろ。まさか負けるのが怖くなったか?」

「君がプロ契約制度を取りやめると言えば、葉月グループの吸収合併をやめてもいいぞ」

「……死神に魂を売ったあんたにはまず分からないだろうが、誰にだって譲れないものがある。ほとんどは自我すら失って、呆気なく譲ってしまう。晩年にはベッドの上で嘆きながら死んでいくんだ。自分自身を貫いて生きればよかったとな。自分が何者であるかを放棄して、信念を持たずに生きることは、死ぬよりもずっと悲しいことだ。だから僕は譲らない。自分らしい生き方で死ねるなら本望だ」


 やっとの想いで……僕は本来の自分を取り戻したのだ。


 悪魔の洗脳は僕の中から完全に消失している。


 挑戦も失敗も恐れない。どんなに非難を浴びたっていい。どんなに恥をかいたっていい。それで志を同じくする次世代の卵が幸せに生きられるのならば、僕はこの血塗られた世界に道を開いてやる。たとえ世界中を敵に回したって、自分だけは自分の味方でいてやりたい。戦う覚悟はできた。


 ――自分が一歩を踏み出せば、やがてそれが道となる。


 咄嗟に思い出した……僕自身の座右の銘であった。


 譲歩してきたら、一度断ってから飛びつけと言われていたが、それは僕の信念に反するものだ。ここで譲ったら今までの苦労が全部パーだ。こんな既得権益がスーツ着てるような奴にだけは譲らないっ!


 璃子、やっぱり僕は不器用だったみたいだ。済まんな。


 2月上旬――。


 僕らは強化合宿の真っ最中だ。1月の強化合宿と同様、皐月にはさりげなく出張と言った。


 唯の言葉が効いているようで、皐月は葉月珈琲のエースとして業務に励んでいる。


「じゃあ結局、杉山社長とは優勝回数勝負を続行することになったんだね」

「仕方ねえだろ。うちの存在自体が邪魔って言われたら、どっちかが消し飛ぶまで戦うしかない」

「譲歩は全くしてこなかったの?」

「そんな甘っちょろい奴じゃねえよ」

「――はぁ~」


 璃子は真下の床に視線を合わせながら、大きく長いため息を吐いた。


「……何だよ」

「私がお兄ちゃんの嘘を見抜けないとでも思った?」

「疑うなんてひでえな」

「何年のつき合いだと思ってるの。お兄ちゃんが意地張って約束をごり押ししたことくらいお見通し」

「ついてくればよかったとか思ってんのか?」

「今のお兄ちゃんの様子を見て確信した。多分、私がいても、結果は同じだったと思う。まあいいけど、それより何で強化合宿をこの場所で始めたと思う?」

「地元だからじゃねえの?」

「周囲の都道府県は既に杉山グループ傘下企業の勢力圏。つまり県外に出た時点で、いつ見張られていてもおかしくない状態だよ。山岳地帯なら人がいないし、居酒屋もホテルも建てられない。ここに来る時は雁来木染の姿で来てるから、まずばれてないだろうけど、優勝回数勝負はこの葉月グループ包囲網との戦いでもあるってことを忘れないでよ。ばれたらアマチュアチームとの対戦に熱を入れている件もすぐに特定されるだろうし、次からは監視の目が入るだろうから、強化合宿は慎重にやらないとね」


 僕の肩に軽く手を置いた璃子の顔は、微笑む表情とは裏腹に、瞳の奥には芯の強さが宿っていた。


 ――璃子の奴、そこまで考えて場所を選んでいたのか……恐ろしい子っ!


 思わずのけ反りそうになった。アマチュアチームの連中に会った時、度々僕の噂をしては、僕の指導を受けたいと嬉しそうに話していた。僕が暇を持て余していることを知られたら、指導を依頼されるかもしれない。下手に断れば探りを入れられると考えれば、この作戦は正しい。


「それと3月はお兄ちゃんにも一肌脱いでもらうから」

「一肌脱ぐって?」

「これを見て」


 澄み切った水色を基調とした大理石柄のスマホを璃子が目の前に突きつけた。


 ワールドスリーディメンションズラテアートチームチャンピオンシップ、略してWTD(ワテッド)が3月からロサンゼルスで行われるのだが、まさかここまで大会が進んでいるとは思わなかった。


 3Dラテアートの技術を駆使した造形芸術による立体ラテアートの優劣を競うチーム戦だ。


 2月から世界各地で地域予選が行われる。


 アジア予選を突破すれば3月のロサンゼルス本戦に進出できる。


 3Dラテアートとは、一言で言えば、泡立った牛乳を使ってラテアートを立体化したものだ。通常のラテアートはマグカップの表面に葉っぱや動物を描くのだが、3Dラテアートでは、動物などがマグカップから飛び出すようにして作るのだ。通常のラテアートよりも作るのに技術がいるが、その分より大きなインパクトを与えることができる。最近では日本のカフェでも3Dラテアートを作成している人が増えているようで、3Dラテアートを提供しているカフェで注文して飲むこともできるが、自宅でも作れてSNSにアップする人もいる。味だけでなく、いかに映えるかが問われているのだ。


 慣れる必要があるとはいえ、これなら素人でもできるし、視覚的な芸術作品だし、若者たちの間で流行しているSNSの映えとも相性が良い。しかも3Dラテアート初の世界大会ということもあり、世界中のコーヒーファンから多大な注目を集めているんだとか。参加人数もかなり多いな。


 ここで活躍すれば、みんながプロ契約制度の魅力に気づいてくれるかもしれない。


「お兄ちゃんはこの大会に出て、本戦での優勝を目指すの。お兄ちゃんが参加するだけでも十分に話題を集められるし、既にチーム葉月珈琲で登録しておいたから、後は出るだけだよ」


 たまげた。遂に自分で登録すらしないようになるとは、総帥って怖い。


「チーム戦は他に誰が出るわけ?」

「桃花ちゃんと凜ちゃんの2人」

「コーヒーイベントは時期を考えれば余裕があるけど、何でその2人なわけ?」

「桃花ちゃんは葉月ロースト時代に美月さんから3Dラテアートを習得してるし、凜ちゃんも今じゃ大人顔負けの実力者だし、とても15歳を迎えたばかりとは思えない出来栄えだよ」

「3Dラテアートか。やったことはあるけど、あの頃は3Dラテアートの大会なんてなかったからなー」

「個人戦ならともかく、今回はチーム戦だし、2人共経験者だから、色々と教えてもらったら?」

「そうする。ていうか僕、いつまで大会に出るの?」

「優勝回数勝負が終わるまでに決まってるでしょ。お兄ちゃんが出るだけでかなりの相乗効果があるの。うちのバリスタにとっても良い刺激になるし、活躍の詳細は桃花ちゃんがみんなに伝えてくれると思う」


 そのための桃花抜擢でもあったか。やっぱり抜け目ないな、うちの妹は。


 もう大会には出ないものだとばかり思っていたが、今度は璃子に誘われるなんて。


 だがそれでも断らなかったのは、まだ完全燃焼はできてないってことか。3Dラテアートは経験が少ないが、コーヒー業界を牽引する者としては、是非とも習得しておきたいところだ。何で今までやってこなかったんだろうかと思うくらいには心が燃え滾っている。


 やるからには必ず優勝を目指す。この大会には杉山珈琲の連中も参加するらしい。


 何でも、璃子がWTD(ワテッド)に僕を参加させるという情報をわざと流したらしい。


 自ら敵に戦いの場所を告げる行為を堂々と行うとは、大胆不敵とはまさにこのこと。何の狙いがあるかなんて璃子にしか分からんが、何か考えがあってのことだろう。むしろ杉山珈琲のバリスタを出向かせること自体に策があるようだ。僕とあいつらをぶつけてどうするつもりなんだ?


「分かった。必ず優勝してくる」


 特に対案もないし、これが自分にできることならと承諾する。


「唯ちゃんの部屋掃除がまた大変になるかもね」

「部屋の掃除くらい自分でやってるんだけどな」

「この頃ずっと生放送ばかりだって、唯ちゃん嘆いてたよ」

「生放送でなんかまずいこと言ったか?」

「やっぱりお兄ちゃんはお兄ちゃんだね」


 璃子は振り返ることもなく、珈琲班と喫茶班に合流する。


 みんなは既に内情を知っているようで、桃花と凜は3Dラテアートの真っ最中だ。どうりで最近は本命の練習をしないわけだ。いや、全部本命だ。優先順位なんてない。大事なのは目の前の課題を1つ1つ確実にこなすこと、バリスタの基本だ。2人はしっかりとそのことを理解している。


 葉月グループの底力、見せてやろうぜ。あいつらに。

読んでいただきありがとうございます。

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