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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第16章 愛弟子の大舞台編
399/500

399杯目「価値観のルーツ」

 12月上旬、この年もいよいよ終幕を迎えた頃だった。


 神崎は早くもカッピングを習得し、これからバリスタ競技会への出場を目指す新人バリスタたちのシグネチャーをカッピングし、手に取るようにフレーバーを把握していた。


 通常、こういった能力は一般的な仕事で活かされることはほぼないと言っていい。0か100しかないレベルで妥協できない性格が災いし、なあなあで過ごすことを良しとする日本企業には馴染めなかった。この国で転職の多い人や、家に引きこもっている人は、きっと困難に直面しやすいまともな人だ。


 強化合宿には、僕、璃子、選ばれし12人のバリスタの他、神崎にも入ってもらった。


「なるほど、こいつらでアマチュアチームに勝たないとプロ契約制度が衰退して、日本代表の影響力も、インバウンド効果も全部台無しっちゅうわけやな」

「それだけじゃないぞ。プロがいなくなれば、コーヒー業界が衰退して、バリスタが二度と立ち上がれなくなる。アマチュアチームには絶対に負けるわけにはいかない」

「お兄ちゃん、ちょっといい?」


 璃子が僕の服を指で引っ張りながらみんなと距離を置いた。


「お兄ちゃんが雇ったのって、あの神崎さんって人?」

「ああ、バスツアーで見つかったのはあの人だけだったな。璃子はどうだった?」

「こっちも1人集まったけど、ここに来ることはない人なの。バリスタ競技会にも関わるけど、とても重要な役割の人で、きっと頼りになるはずだよ」


 嬉しさを滲ませた顔の璃子が頬を緩ませながら言った。


 ここまで自信を持っていうのだから間違いない。


 葉月グループ本部は『事業拡大化路線』の実行に忙しく、戦力を割いている余裕はない。美羽を筆頭とした人事部は海外から新たな人材を確保するべく、多くの人員を派遣している。語学力に優れたバリスタは競技をしない時も海外遠征で忙しく、コーヒー農園の巡回役も任されている。


 行く行くは葉月グループから外国代表のバリスタを輩出しようと考えている。特にアジア勢からの代表を継続的にうちから輩出できれば、コーヒー業界におけるうちの地位は盤石なものとなるだろう。何故多くの企業がブランド化を目指しているのかが、ようやく分かった気がする。


 故に国内から人材を集めるには、僕や璃子が直接人事を行うくらいしか方法がない。


 なるほど、自らの目で見定めろってことか。


 これはきっと、コーヒーが僕に与えた試練だ。そうとでも思わないと憤怒が止まらない。


「ところでお兄ちゃん、いつまでその話し方を続けるわけ?」

「話し方って?」

「お父さんと約束したのは分かるけど、もういいんじゃないの?」

「何か問題あるか?」

「ここまでコーヒー事業を伸ばしてきたお兄ちゃんの手腕は流石だけど、問題は営業のやり方だね。この世の理を全部知ったような顔で話すところ、今の内にどうにかしないと、後でその意地が足を引っ張ることになるよ。ただでさえ客商売なんだし、一度お父さんと話してみたら?」

「……考えとく」


 璃子が言いたいことが手に取るように分かった。


 誰にでも対等語を貫いてきた僕だが、それには深い訳がある。


 僕が5歳の頃、儒教の如く年上に敬語を使う慣習が気に食わないと感じた。


 何より親父が目上に弱く目下に強い態度だったのが目について、自分は絶対あんな風にはならないようにしようと思い、親父の立ち振る舞いに文句を言ってやった。


 すると親父は、じゃあお前は誰が相手でも同じ言葉使いをするんだなと挑発的に言った。


 真に受けてしまった僕は、当たり前だろと言葉を返した。それが今の今まで続いてきた。というかもうこの言葉使いに慣れている。みんなこういうキャラだと思って受け入れているし、今更変える気はない。きっかけは親父だが、今の僕の価値観を構成したのは僕自身だ。


「璃子は何が言いたいわけ?」

「お兄ちゃんは自然体でいてもいいと思うの。普段からタメ口なのは別にいいけど、無理にやってる感があるというか。凄くぶっきらぼうに見えるし、多分敬語の方が流暢に言える時にも、無理矢理タメ口にしてしまってる気がしたの。お兄ちゃんはお父さんとの約束が原因でタメ口キャラを崩せないと思ったの」

「それはそうだけど、対等語じゃないと、親父に言い返した自分を裏切ったみたいでさ」

「今のお兄ちゃんと昔のお兄ちゃんは同一人物なのかな?」

「同じと言えば同じだし、違うと言えば違う」


 昔の僕は一度決めたことをずっと貫くのが筋だと思ってた。


 でもここまで生きてきて、初めて気づいたことがある。時代が変われば一度決めたことでも覆さないといけない時がやってくる。人類の宿命かもしれん。武士に二言はないという言葉があるが、文字通り武士の時代の終焉と共に終わった価値観だ。今も過去を捨てきれていない僕の姿を璃子はしっかり見ていた。


 子供の時の自分と、大人になった自分は、同じだが違う存在だ。遺伝子情報が全く変わらないだけで、外見も性格もまるで違う。璃子は同一人物という言葉のアップデートを僕に迫っている。


「違っていると言えるほど時間が経ってるなら、約束は十分果たされたってことでいいんじゃないの?」

「一度親父と話してみる。あの時のことを覚えてるかどうか、甚だ疑問だけど」

「お父さんは多分忘れてると思うよ」

「覚えてたらどうすんだよ?」

「たとえ根に持っていたとしても、30年近く守ってきた約束だよ。まあここまでいくと、約束というより呪いかもね。意地を貫くと、色々と失うものがあるってこと、よく分かったでしょ」

「――そうだな。丁寧な表現を織り交ぜた方が伝わりやすいのは確かだ。今は対等語だろうと、敬語だろうと、どっちでもいいと思ってる。変に拘りすぎてたし、自分の世界しか見えてなかった」

「……自分の長所に気づくのは成長、自分の短所に気づくのは進歩だよ」


 璃子が他人にはまず見せないドヤ顔を決めながら言った。


 かつての僕が言っていた台詞をそのまま返されるとは思わなかった。


 アップデートが必要なのは、明治ごっこをしている大正気分の昭和脳な連中だけじゃねえってことか。


 ふと、雲の流れる青空を見上げた――コーヒーよ、答えてくれ。僕は一体どうすればいいのだ。


 今にもため息を吐きそうな僕を知らぬまま、葉月グループの命運を握るバリスタたちは、研鑽を重ね、お互いにコーヒーをカッピングし合いながら談笑している。


「桃花さん、私にもエアロプレスを教えてくれませんか?」

「はい。じゃあ今からやってみましょうか」

「なんか前よりも味が洗練されてる気がします」

「それを言うなら、香織さんも焙煎がうまくなったと思います。来年のJBrC(ジェイブルク)の豆は香織さんの焙煎した豆を使わせてもらってもいいですか?」

「別に構わないけど、責任重大だなー」


 桃花は12月に行われたWAC(ワック)で準決勝進出を果たし、最終6位入賞となった。トロフィーこそ手に入らなかったが、例年の日本代表と比較しても遜色ない活躍だ。この中の誰かがマイナー競技会で結果を残したことも、みんなの士気を上げることに繋がっている。


 マイナー競技会への参加も推奨しているし、一歩間違えば自信を失うことにもなるが、そんな逃げの姿勢であいつらに勝てるとは到底思えない。仮にも僕が選抜したメンバーだ。何が何でも信じ抜く。


 そうでなければ――何を信じろと言うのだ。


 まずは僕自身が殻を割らないとな。


 以前よりも強化合宿には慣れているようで、ただコーヒーを淹れるだけではなく、焙煎から抽出までを教え合いながら学んでいる。教える時が最も重点的に学べることを知った僕は、自分が持つ技術を人に教えることを千尋たちの課題とした。教えるのは意外にも大変な作業で、説明できる程度の学習が必要だ。


 教えるためにインターネットを駆使したり、本屋に行ってコーヒーにまつわる本を買い集めたり、コーヒー農園に赴いて、新たなプロセスを学んだりと、方法は違っても、誰かのために授業を行うのだから、これほど学ぶ意欲を刺激する行動はない。


 ただ学ぶだけでは駄目だと教えてくれたのは、ここにいるみんなだ。


 夕食の時間を迎えると、外でバーベキューの準備が始まった。


 珈琲班は食材を買いに行き、喫茶班は置いた炭の上に網を敷いた。


 早い内から買い出しに出かけていた珈琲班が戻ってくる。千尋たちは思った以上の食いしん坊で、串に塩をふった肉ばかりを刺し、じっくり炙り焼いては、あっという間に平らげてしまう。人が食べる姿ではなく、獰猛な肉食獣が鋭い歯で切り裂くような食いっぷりだ。


「千尋君、意外にめっちゃ食べるんやな」

「だって肉大好物だもん。全額経費になるって聞いたからさ、とびっきり高級な飛騨牛を買ってきたよ」

「ちゃっかりしてんなー。うちやったらちょっとは遠慮せえって言われてるとこや」

「遠慮なんてしてたら、いつか死ぬ時に後悔するよ」

「俺はどの道後悔すると思うけどな。後悔も実りの内やで。完璧な人生なんてないんやからな」

「――流石はあず君が選んだだけのことはあるね。フレーバーを正確に言い当てられる技能といい、材料まで言い当てる知識といい、一体何者なの?」

「何者って言われてもなー、ただの宇治抹茶農園の一人息子や」


 千尋は神崎の潜在能力に気づいたようだ。


 初めての岐阜は神崎には新鮮だったようで、かつて上京の通り道でしかなかった岐阜は、いつしかバリスタたちの激戦区と化し、バリスタ甲子園でも強豪の地位を手にしている。


 京都には抹茶という強力なライバルがいるが、葉月グループは敵対ではなく共存を選んだ。当初は僕が抹茶市場を乗っ取る形で、コーヒー市場を京都にも拡大しようと考えたが、璃子はコーヒーに合った抹茶スイーツを売り出すことを提案し、結果的に相互利益を得ることとなった。


 和菓子処葉月はその象徴とも言えるが、璃子の機転の利いた判断により、強力な味方が増えるきっかけが作られたのは事実だ。抹茶をスイーツに混ぜ、コーヒーとセットで販売するなんていう発想は、僕には到底思いつかなかったし、いかにもショコラティエらしい発想だ。


 千尋と神崎はすぐに意気投合した。


 同部屋になったにもかかわらず、夜遅くまで語り尽くすほどであった。


 翌日――。


 みんなが起きる前のことだった。


 僕と璃子は一足先に目が覚めた。乾燥しがちなロッジでは冬の寒さが地味に応える。


 すぐに昨日の璃子との話を思い出した。


「璃子、ちょっと親父と話してくる」

「はいはい。思い立ったらすぐ行動。そーゆーところは昔っから全然変わらないね」

「明日にはやる気が失せてるかもしれない。でも今やっておけば後悔しないだろ」

「お兄ちゃんは後悔のない生き方を目指してるかもしれないけど、後悔だらけの生き方も悪くないよ」

「あいつらの話を聞いてたのか?」

「声大きかったから。私には神崎さんの言いたいこと、よく分かるよ」

「……そうか」


 全てから学ぼうとする璃子らしい答えだ。


 少しばかりの寒気が僕の小さい体を襲い、全身の鳥肌が立ったところでタクシーが通りかかる。


 真っ直ぐ手を上げて呼び止めると、タクシーの後部座席の扉が音を立てながら開いた。乗り込んでから目的地を告げると、手を振っている璃子の姿が段々と小さくなる。


 目で璃子を追いながら外を眺めていると、しばらくして葉月商店街が見えた。強化合宿のロッジから少しばかり遠い場所だ。みんなが修業を始める頃には戻ろう。親父とお袋はいつも早起きだ。もう働かなくてものんびり生きていけるにもかかわらず、ユーティリティー社員として精力的に働いている。


 スタッフの休日などで穴が開いた店舗に赴き、仕事をこなす忙しい職務で、日毎に勤める店が変わる。店舗毎の過不足をなくす便利なシステムである一方で、ユーティリティー社員には負担がかかる。勢力圏を広げれば広げるほど経費がかかり、グループへの負担も増えていく。


 葉月商店街に入ると、以前と変わらないくらいの2階建ての家を見つけた。


 鍵を開けてから実家の扉を開け、何食わぬ顔で中に入った。


「あれっ、何であず君がここに?」

「ちょっと話したいことがある」

「何だ? もしかしてまた彼女ができたか?」

「これ以上増やしたら家に入りきれねえよ。僕が5歳の時の約束覚えてるか?」

「いや、なんか約束したか?」

「親父上に弱く下に強くってところが気に入らないって話をした時のこと」

「上に弱く下に強く? ――あー、確かそんなこともあったな。で? それがどうかしたか?」

「あれからずっと敬語を封印してきたけど、もうどうでもよくなった。何で親父が中間管理職みたいな性格にならざるを得なかったかがよく分かった。もうあの性格に対して文句を言うこともない。これからは好きにする。当たり前のことだけど、僕は自由でいた方がずっと健全だ」

「はなっからそのつもりなんだけどな。約束なんてした覚えはねえし、そこまで真に受けてるとは思わなかったけど、今までずっと引き摺ってたのか?」

「お陰様でな。ずっと続けてる内に、みんな僕の言葉使いを気にしなくなったし、今更変える気はない」


 親父は可笑しそうに鼻で笑った。立ち上がると、親父は灰色のサンダルを履いて家の外に出た。


 僕にはそんな親父の背中がとても小さく見えた。いや、僕が大きくなったのかもしれない。相手のことを一通り知って他人という関係を終わらせ、大したことない部分に気づいてからが本当の対人関係の始まりだ。かつての僕はそれさえできなかった。どこか閉じたままで、他人に興味を持たなかった。


 それは他人に期待することを誰よりも恐れていたからだ。


 勝手に期待して、勝手に失望して、勝手に裏切られたと責めて関係を破綻させるのが人間だ。そんな連中を見ている内に、確定すらしていない未来を僕は避けようとした。誰かと同じ道を辿りたくなかった。どうせ嫌われるならと、最初から関係を作ることさえ諦めていた。


 僕の長所を引き出し、短所を緩和してくれたのはコーヒーだ。


 神は信じないが、コーヒーは信じる。きっとこれも信仰なんだろう。


「出る杭は打たれるって言うけど、一度引っこ抜いた杭が打たれることはない。こいつはずっとこれを続けるんだって思わせたら、その時点で許されたってことだ。キャラが立ってる奴なんていくらでもいる。でもそれを貫ける奴は少ない。お前が不登校になった後、バリスタの世界大会で優勝した話を聞いた時、俺は自分の判断が間違っていたことを悟った。お前を学校に行かせるべきじゃなかったし、中間管理職の性格も、今思えばダサいことをしていたと思う。あれから人との接し方を改めた。お前を見ている内に、相手の性別とか国籍とか人種とか、そういったことをいちいち気にするのがあほらしくなった。お前が気づかせてくれた。何も間違っちゃいねえよ。世の中に合わせることしか能がなかった俺たちが、ある意味1番の加害者かもな。やりたいことの1つでもあれば、話は違ってたんだろうけど」

「親父はやりたいことを見つけたか?」

「ああ、見つけたぞ。あず君がグランドスラムを達成した時、俺とお母さんは初めて海外行った。お前が言った通り、海外の連中は、外見も性格も信条も全く違うけど、ほとんどは仲良く共存してる。違いを正すんじゃなくて、違いを尊重するのが、本当の意味での『協調性』ってことを学んだ。上辺だけ仲良くやっていれば、それでいいと思ってたけど、それはただの『同調性』でしかない。先代も初めて外国に行った時、同じものを感じただろうな」

「おじいちゃんも外国に行ってたの?」

「ああ。先代は大の旅行好きだった。コーヒー農園とか抽出器具の工場に直接赴いて、色々と意見交換をして、全てから学んでいた。比較対象ができたことで、日本の良いところも悪いところも分かるようになった。どこの誰でも、知見を広めたかったら、一度は外国に行った方がいいのかもな」


 あれだけ偏屈で物分かりの悪かった親父が……なんか丸くなってる。


 経験は良くも悪くも人を変えてしまう。だが根本にある価値観は変わらない。


 住む場所を変えることはできても、出身地を変えることができないように。


「あっ、あず君おかえりー。どうしたの?」


 2階から下りてきたお袋が声をかけた。


「用は済んだ。これから仕事に戻るわ」

「ふふっ、あず君は世界中にコーヒー農園を持つ総帥だもんね」

「まさか生きている内に、日の沈まない帝国を見られるとはな」

「あず君のコーヒー事業は、もう完成したの?」

「完成なんてねえよ。持続可能なグループ企業を目指して、無限に成長し続ける」


 完成なんてさせない。完成とは限界であり、衰退の始まりだ。常時全盛期であり続けたい。たとえ儚い夢であったとしても、生きている内は夢を見たっていいじゃねえか。


 先のことなんて考えたくない。でも先を見据えないと生きていけない。世の中は本当に矛盾だらけだ。でもそんな世の中を段々と好きになりつつある自分がいる。社会的な恨みを発散したわけじゃない。


 そんなものは最初からなかった。ただ、気づかなかっただけなのだ。


 世の中の夢溢れる楽しい側面に。


 いかんせん悪い情報にばかり触れすぎた。教育と言ってしまえばそれまでだが、実力主義というある種の差別的な偏見にどっぷりと浸かり、感覚麻痺を起こしていた。口には出さずとも、潜在的に無職を下に見る人が多いのは、実力主義という地獄に慣れすぎたからだ。


 僕はそんな世の中を変えたいと願い続けた。それが僕の価値観のルーツだ。


 覇者こそが法律であり、慣習であり、価値観である。変えたければ次世代の覇者になるしかない。


 昔から続いてきたくだらない価値観を終わりにする。次世代に同じ思いはさせたくない。


「あっ、あず君、久しぶりだねー」


 僕の幼少期からここに住んでいた近所のおじさんが足を止めて懐かしんだ。


「しばらく見ない内に変わったねー」

「あず君は中学の時から全然変わってないねぇ~」

「ああ。今でも女子中学生と間違われる。もう慣れたけど」

「髪切れば間違われなくて済むのにー」

「勘弁してくれ。これが等身大の僕だ」

「そうか。じゃあこれからも、自分を貫いて生きていけ。自由気ままで結構だ」

「もちろん、そのつもりだ。あっ、そろそろ戻らないと。じゃあな」


 車の音が聞こえないくらいに騒がしい葉月商店街を去った。


「はて、あず君って……あんな丁寧な雰囲気だったかねぇ?」

「あいつは常に変わり続けていますよ。真っ直ぐで捻くれたところは……変わってませんけどね」

「いつも学校と商店街を賑わせた問題児がねぇ。今じゃ商店街を救った神様だー。はははははっ!」


 人目を憚らぬおじさんの大きな笑い声が後頭部を直撃した。何を話しているかは知らないが、清々しいくらいの気持ちである。珍しく気楽に話してみたけど、今までで1番会話がしやすかった。


 自分を縛っていたのは、他でもない自分自身だった。時にいい加減になれるだけの不真面目さが僕にはなかったのだ。真面目さと同じくらい大切にしていたものを、僕は今になってようやく思い出したのだ。


 計り知れない喜びと解放感を噛みしめた僕は、みんなの待つロッジへと戻るのであった。

読んでいただきありがとうございます。

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