395杯目「強化合宿」
10月上旬、岐阜県内のロッジにて――。
都市部から遠く離れた山小屋を思わせる木製のロッジが僕らの前に聳え立つ。
僕らはロッジ大きさに口を空けながら呆気に取られている。
僕、璃子、千尋、桃花、弥生、陽向、莉奈、小夜子、美咲、香織、紗綾、吉樹、響、凜が朝早くからスーツケースを片手に持ち、横一線に並んだ。何人かの面々は欠伸をしながら疲れ切った様子のまま佇んでいる。璃子が足を踏み出し、全員の真向かいに立ち、注目を浴びた。
すぐに指で僕を呼ぶと、急いで璃子の隣に並んだ。
「あず君、ちょっと時間早すぎじゃない? まだ7時だよ」
「問題ない。他の奴には出張って言ってきたな?」
僕と璃子以外の全員が頷いた。連勤でヘトヘトなのはむしろ好都合だ。
「ねえ、強化合宿とは言ってもさー、次のコーヒーイベントまであと1年もあるんだよー。それなのに何で強化合宿なんてやるのー?」
「コーヒーイベントで全冠制覇を狙うためだ」
「「「「「全冠制覇っ!」」」」」
慄くように小夜子たちが叫び、壮大な夢を前に凍りつく。
「えー、皆さんにはこれから月に一度、うちのお兄ちゃんが直接指導する形式の強化合宿を2泊3日で行ってもらいます。極秘開催にしたのは、うちのお兄ちゃんが有名になりすぎたために、公開練習にするとライバル会社のバリスタまで引き寄せてしまうためです。アマチュアチームがホームページにある文言を投稿しました。プロ契約制度がなくとも、バリスタは競技会で勝てることを証明すると。これはプロ契約制度に対する挑戦です。ご存じの通り、コーヒー業界の進歩はプロ契約制度によるところが大きいです。ですが杉山グループはアマチュアチームを結成して、コーヒー業界を支えているプロバリスタよりも優れていることを証明しようとしています。今回のコーヒーイベントでは、アマチュアチームに対して私たちプロが負け越す結果となりました。葉月グループ経営陣はこの事態を重く受け止め、選ばれたバリスタたちに1年間の修業をしていただきたいのです。これ以上プロがアマに負けることがあれば、これから入ってくるバリスタがプロ契約制度を利用しないようになる恐れがあります」
「それでしたら、皐月ちゃんも呼んだ方がいいんじゃないでしょうか?」
「皐月は僕の指導がなくても十分やっていける。ここに呼んだのは、今回のコーヒーイベントで優勝できなかった人だけだ。プロだったらコーヒーイベント進出くらい決めてもらわないと困るからな」
「「「「「……」」」」」
苦笑いする小夜子たち。振られ組四天王は、良くも悪くもミーハーなところがある。
マイナー店舗のマスターを経験した後は、いずれもプロに転向している。
ここにいる全員はコーヒーイベントに進出したことはあるが、予選落ちすることも少なくない中堅プロも数多くいる。ここを補強すれば、アマチュアチームにも太刀打ちできるようになるとは思うが、できなかった場合は皐月と千尋に依存することになる。定員1000人までとなったバリスタ競技会には、毎年500人以上が参加するまでに規模が大きくなった。しかし、参加枠が増えたことでプロの平均レベルが上がり、それが小夜子たちにとっては大きな足枷となっている。
更にはプロとしての意識の低さが祟り、ファイナリストになったこともない。
「つまり、アマチュアチームにやられっぱなしだと、メンツが保てないってこと?」
「それもありますが、プロのバリスタがいなくなってしまうと、世界大会における日本代表の影響力を失ってしまいます。そうなると最悪の場合、外国人観光客が来なくなってしまう恐れがあります。外国人からの稼ぎで利益を上げる流れのことをインバウンドと呼びますが、今の国内事業はインバウンドに依存する企業が増える傾向にあります。このインバウンドを調べた結果、バリスタ競技会における日本代表の影響力こそが、外国人観光客を呼ぶための重要な鍵を握っていることが分かりました。バリスタオリンピック2015東京大会以降、日本のコーヒー事業において、外国人観光客による売り上げが例年の5倍以上を記録していました。その後も日本代表になった葉月グループのバリスタたちの活躍で、国内のコーヒー事業が莫大な利益を得るようになったことは記憶に新しいと思います。もしプロがアマに負け続けるようなことがあれば、コーヒー事業に参戦している多くの企業が大損害を被ることになります。葉月グループも場合によってはリストラもあり得ます」
「「「「「……」」」」」
悲しそうな顔をみんなに見せるようにしながら璃子が言った。
みんなの心の中にズシッと、確実に重い枷がはめられた。
璃子は人を動かすのが本当にうまい。多くの場合、人間が本気で動くのは自身の危機だ。プロ契約制度が衰退すれば、自分たちの首も飛びかねないことを示唆すると、さっきまで目を細めながら話半分に聞いていた小夜子たちが叩き起こされるようにシャキッとした顔へと変貌する。
強化合宿の内容は全面的に璃子任せだが、僕はこの采配を疑いもしない。
「この強化合宿の目的は、個人の実力を強化する以外にも、うちとプロ契約するだけの資格を持っているかどうかも全て確かめる目的もあります。もし実力が及ばなかった場合、次のコーヒーイベント終了をもって、プロ契約の停止を検討する場合があります」
「「「「「!」」」」」
「ここにいる12人のバリスタにコーヒー業界の未来が懸かっています。言ってしまえば最後の砦です。最悪でもアマチュアチームのバリスタよりも上の順位になることを、来年以降のプロ契約を結ぶ条件とします。いつまでやるかは未定ですが、アマチュアチームに対して優勢であることを証明するまでは、やり続けるつもりであると伝えておきます」
静かだが、璃子の見えない剣幕に震え上がる小夜子たち。
今、璃子がみんなの生殺与奪の権を握っていることを、ここにいる全員が思い知った。
ましてや僕らの敗北が、文字通り破滅を意味するのだから無理もない。真意は明かさずとも、アマチュアチームに勝利することが条件とあっては戦うしかないのだ。
既に承認も貰っている。この中から何人が脱落するかさえ分からんが、それほど窮地に追いやられていることを、優勝回数勝負の件を明かさずに伝える口のうまさよ。
――特に人の矛先を目的に向けさせる腕はピカイチだ。
コーヒー業界の利益を吸い上げようとしているばかりか、プロ契約制度を終わらせようとしているアマチュアチームを共通の敵に仕立て上げることで、いとも簡単に強力なインセンティブを作ってしまった。
「皆さんにコーヒー業界の未来が懸かっています。葉月グループを助けてください。お願いします」
璃子が頭を下げると、僕の肩を押し、僕も同様に頭を下げる格好となった。
独立さえできれば、頭をペコペコ下げなくて済むと思ってたのに……。
璃子はみんなに対して頭を下げているが、僕が頭を下げている相手は璃子だ。僕が喧嘩を買わなくても同様の危機は迎えていただろうが、餌に釣られて社運まで懸けてしまったことで、璃子の足まで引っ張ってしまった。自分だけが危機を迎えているわけではないことを自覚する難しさよ。
「分かりました。そういうことでしたら、プロの価値を証明することに協力します」
弥生が最も早く名乗り出ると、豊満な胸の谷間を手で押さえ、宣誓するように言った。
「私も協力する。選ばれし者として」
「あたしもです。みんなでアマチュアチームを倒しましょうよ」
「そうですね。私もやります。皆さんでアマチュアチームを倒しましょー!」
「「「「「おーっ!」」」」」
昨日までバラバラだったこいつらを……あっという間に団結させてしまった。
小夜子たちが単純な正確なのもあるが、人を用いることにおいては僕より勝る璃子だ。みんなのやる気を見切った上で、思った方向へと導く璃子の手腕は学校で鍛えられたものだ。
結論から言えば、璃子はOLになった場合、途中までは無難な人生を歩んでいただろう。無難にやり過ごすことは、璃子自身の心を擦り減らすことと引き換えだ。無難には維持コストがかかる。ずっと気を使い続けて平気だった人を、僕は見たことがない。ましてや人と接すること自体が大きなストレスなのだ。どこかで限界を迎え、取り返しのつかない引きこもりになっていたかもしれないと璃子は言った。
璃子を就職レールから降ろす結果になったのは怪我の功名であると、僕はやっと確信したのだ。
大きめのロッジは相部屋なら20人は住めるくらいの広さで、1階はエスプレッソマシンを始めとしたコーヒーマシンが完備されており、合宿をするには十分な環境が整っている。
不本意だが、まずは2つの班を作らせた。
抽選ではなく、璃子がそれぞれの実績を見てバランス良く配置した。
『珈琲班』は千尋、吉樹、響、莉奈、小夜子、紗綾の6人。
『喫茶班』は弥生、陽向、桃花、凜、美咲、香織の6人に分けられた。
一度に多くの人の面倒は見切れない。そこで僕は璃子と交代で2つの班の面倒を見ることに。
必要があれば指導するが、それを受け入れるかどうかはみんな次第だ。バリスタトレーナーが1番やっちゃいけないのは、これだと思ったものを押しつけることだ。バリスタの得手不得手を見極め、最も向いた大会に、最も得意なプレイスタイルで参加させるかに全てが懸かっている。
苦手の克服は必要があればやるくらいで済ませる。最初に苦手の克服をさせるジャパンスタイルは好奇心を削いでしまう。好奇心を保ち、苦手意識を持たせないようにするのがバリスタトレーナーの仕事だ。人の心理を読める璃子もそれは熟知している。みんなの様子を見ていると、吉樹と香織が焙煎したコーヒー豆が珈琲班と喫茶班に送られ、シグネチャーを考える必要のない大会のバリスタがコーヒーを淹れ始めたが、アイデアがまとまっていない桃花は目の前の大会に向け、エアロプレスでの練習をし始めた。
桃花は様々な抽出器具を使い、コーヒーを淹れていく。
JBrCを選択した桃花は優勝候補と目されているバリスタの1人だ。
元穂岐山珈琲のバリスタなだけあり、基礎は立派にこなしている。
「桃花、ちょっといいか?」
「はい。どうしました?」
「来年のJBrCはどの抽出器具にするか決めてるか?」
「あー、それならペーパードリップにするつもりですけど」
「1つ提案がある。今淹れたコーヒーの中で、最も美味かった抽出器具をJBrCに採用することを検討してくれないか?」
「最も美味しかった抽出器具ですか?」
きょとんとしながら首を傾げる桃花。まだ自覚はないらしい。
「ちょっと集まってくれ。桃花のコーヒーをカッピングして、どれが1番美味かったか教えてくれ」
「「「「「?」」」」」
何事だと言わんばかりに千尋たちが歩み寄ってくると、スプーンと紙コップを持ち、桃花が淹れたコーヒーを口に含んだ。このために桃花に何杯も淹れさせたわけだが、桃花には良い勉強になるだろう。
僕がやるべきことは、バリスタたちがどんなコーヒーを淹れるのが最も向いているかに気づかせてやること。そしてそれを確信させてやることだ。背中を押す以外の作業はいらない。
「――私は……エアロプレスコーヒーが最も美味しいと思いました」
「私も私もー!」
「確かにエアロプレスが1番美味しい」
「うん。エアロプレスコーヒーが1番透き通ってるし、フレーバーもハッキリしてる」
「同じく」
最後に紗綾がボソッと答えた。最初から正解を確信していたように。
「ご苦労さん。戻っていいぞ」
千尋たちが散っていく。意外な反応に、桃花はエアロプレスコーヒーを口に含んだ。
舌の上でコーヒーを転がしながら感覚を集中させ、目を閉じながら答えを確かめている。
「……確かにエアロプレスが1番です」
「桃花は抽出器具の扱いがうまい。中でも特にコーヒーのフレーバーを引き出していたのは、みんなが言っていたエアロプレスだ。その証拠に抽出器具を使う大会に出た君が唯一優勝できたのがJACだ。競技を見せてもらったけど、エアロプレスの抽出がずば抜けてうまい。まるでコーヒーの声が聞こえているかのようだ。ペーパードリップに対して余程の拘りがないなら、検討してほしい」
「分かりました。でもちょっと考えさせてください。JBrCはバリスタの腕が最も反映されるペーパードリップが主流です。他の抽出器具で優勝した例は――」
「ないよな。僕もこの大会でペーパードリップを使ってたし、実質ペーパードリップチャンピオンシップになってた。でもそれは僕の得意がたまたまペーパードリップだっただけで、正解はない。サイフォンで参加することも考えてたけど、ペーパードリップが1番得意だった。ペーパードリップが1番得意と言える自信があるならそれでいい……でもこれだけは覚えておいてくれ。君が葉月グループにいる以上、僕は君を世界に連れていく責務がある。それがたとえ、前例のない手段であってもな」
桃花は関心の目を僕に向けた。どうしても勝ちたい意思があることは伝わった。だがペーパードリップを使おうとしているのは、みんなと同じであることに安心を覚えたいからだ。
最も得意な抽出器具がペーパードリップでない人は意外にも多い。
本当なら……もっと多種多様な抽出器具が使われてもいいはずだ。
JBrCはそんな趣旨で始まった大会のはずだし、コーヒーの種類によっても最適な抽出器具は変わる。この大会は自分が選んだコーヒーに最も適した抽出器具を見つける大会だ。
にもかかわらず、参加者のほぼ全員が、最も実力が反映されやすいペーパードリップを使っていることが多様性をなくしている点は長年問題視されてきた。世界大会の運営会議では、いっそのことペーパードリップチャンピオンシップと名を改めてはどうかという意見さえ出た。
流石にこれは却下されたが、そう名乗っても誰も違和感を持たないくらいにペーパードリップが支配的であることが、他の抽出器具の世界進出を妨げているのは問題だ。
「エアロプレスには自信がありますけど、今はその……WACに集中させてください。エアロプレスの練習ばかりしているからこそ、1番美味しくなっているかもしれませんし、世界大会が終わってから決めても、遅くはないと思います」
「分かった。最後にこれだけ言わせてくれ。もしペーパードリップ以外の抽出器具で優勝できたら、他の抽出器具にも十分可能性があることを証明できるし、何よりパイオニアになれるぞ。桃花ならできる」
「……来年までには必ず決めます」
焙煎されたコーヒーを受け取ろうと、桃花は香織の元へと向かった。
コップ一杯に焙煎したてのコーヒー豆が音を立てながら注がれると、花のような香しいアロマが鼻の中を吹き抜けていく。このアロマが語りかける。僕に勝利をもたらすと。
「随分と思い切ったことをするね」
みんなが修業に集中する中、千尋が僕の隣に腰かけた。
うちでの修行が功を奏したのか、自主性は十分だ。あまり言葉をかける必要はない。
じっくり観察していれば、改善点が見つかるかもしれないと思っていた矢先のことだった。
「千尋もアマチュアチームのバリスタに負けただろ。あんなことはもう許さんぞ」
「普段は対戦相手のことなんて全然気にしないあず君が、何でそこまでアマチュアチームと張り合おうとするのかが、いまいち分からないんだけど」
「僕が言い出したことじゃない。璃子が言い出したことだ。葉月グループを守りたいんだ」
「僕にはまるで、穂岐山珈琲の仇討ちをやろうとしているようにしか見えないけど」
「否定はしない。あのファッキン野郎のせいで有力な取引先がいなくなっちまったからな。それだけでも奴らをぶっ潰す理由になる。失業者が何人出ようと知ったことか。でもまずは鍛冶社長をどうにかしないとな。こっちの情報を探って杉山社長に報告してるだろうし」
「鍛冶社長だけど、福井県の知事選に出るみたいだよ」
「えっ……知事選の任期って、もう終わったっけ?」
「今年決まったばかりの福井県知事が不祥事を起こして、それでまた選挙をすることになったの。鍛冶社長が真っ先に立候補して、50日以内に投票をやるみたいだよ。鍛冶社長には杉山グループがバックにいるし、当選は確実だろうね。当選したら会社は息子に譲って後釜を探す感じかな」
「それは運が良かった。あいつさえいなければ、アマチュアチームとの対決に専念できるな」
「それがそうでもないみたいだよ」
声のトーンを下げながら不穏な言葉を千尋が放った。深淵を眺めているかのような目を僕に向けると、千尋はそばに置いてあるコーヒーカップの取っ手を指に引っ掛け、中身を飲み干した。
後ろから作業音が聞こえ、コーヒーが出来上がるのが手に取るように分かる。
「鍛冶社長は福井県知事になった後もカジモール計画に関わり続けると思うよ。傀儡息子に指示を出せば、辞めたところでリモート経営できるし、株は持ったままだから、実質経営者みたいなものだし、何も変わらないよ。社会は強者にとって都合の良いようにできてるから」
「流石は元御曹司、その辺の事情には詳しいな」
「ただの一般教養だよ」
「知事になって何をするつもりか分かるか?」
「今のところはさっぱりだけど、鍛冶社長自身が杉山社長の傀儡だし、あいつらの影響力が強まることは間違いないかな。あっ、でも公約にはバリスタの最低賃金を上げるって書いてあったよ。コーヒー業界が伸びている影響で、大会に出るところまではいかなくても需要が高まっているバリスタの仕事に縋る人は多いからね。それもこれも全部プロ契約制度が業界のエンジンとして機能しているからなのに、あいつら恩恵を知らないまま潰そうとしてるんだよね……」
ポケットからスマホを取り出し、カジモール計画のホームページを調べた。
「いや、あれは分かった上でやってる。プロ契約制度を潰そうとしているのは、コーヒー会社がプロ契約制度を適用し続けたら、年俸支出が負担になって、プロの存在そのものが不良債権になるからだ」
「なるほど。他のコーヒー会社が計画に投資をしてくれるように、経費削減をさせるためだね」
「そゆこと。あいつらはアマチュアチームを作って僕らに喧嘩を売ったばかりか、プロ契約制度がなくても勝てることを証明しようとしてる。葉月グループに倣って、プロ契約制度を推進しているコーヒー会社に次々と圧をかけて囲い込もうとしてるって、この前美羽が言ってたからな。見てみろ。カジモールの店舗として呼ばれているのは、いずれも全国各地にある大手コーヒー会社ばかりだ。あいつらが企んでいるカジモール計画は、壮大なコーヒー事業計画だったんだ。全国各地の代表的なカフェを1ヵ所に集めて、テーマパークを作るつもりだ。1人でも多くの客を呼び込んで利益を独占するために、国道沿いに設計した上で、パティスリークリタニを含む周辺の飲食店を強引に買収する形で一掃したんだ。コーヒーの需要増加に加えて、北陸道の人口が増えていることを見越したこの計画が実行に移されたら――」
「杉山グループは莫大な利益を得るだろうね。カジモールの株も杉山グループが握ってるだろうし、うまくいかなかった場合は全責任を鍛冶社長に押しつけることができる。利益の吸い上げから蜥蜴の尻尾切りまで、全てが万全か……敵ながら天晴れだね」
呆れるように千尋が言った。敵が手強いことを僕らは痛感している。仮にかつての不正の件を持ち出して証拠を突きつけたとしても、恐らくどこかで、力尽くで揉み消されていたことに、ようやく気づいた。
つまり、あの時杉山社長は葉月グループを敵に回す行為を避けようとしていたんじゃない。僕の性格を見透かして、わざと屈したふりをしたんだ。こっちの譲歩を引き出すために。
何て恐ろしい奴だ……僕を本気にさせたことを……必ず後悔させてやるっ!
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