388杯目「戻る栄冠」
伊織の競技は世界で最も高いステージに見合うものだった。
順位のことなんて誰も気にしちゃいないだろう。誰が優勝しても不思議ではない。
拍手と歓声は1分が経過しても鳴り止まなかった。
インタビューが行われ、サポーターが片づけに入った。僕もサポーターチームに加わり、一緒にステージの装飾品を箱詰めしていく。たった1日しか使わない物のために商品を作る。その一瞬に命を懸ける。実に素晴らしいことじゃねえか。その日限りの頑張りができるかどうかを問われるのが大会だ。
伊織がインタビューを終え、呆然とした顔のまま、僕らの元にスタスタと歩み寄ってくる。
「伊織ちゃん? 大丈夫? 顔色悪いけど……」
「大……丈夫……です」
小さな体がふわっと僕に向かって倒れてくる。僕が受け止めた伊織の体はとても軽かった。
「よっと……全然大丈夫じゃねえな」
「す、すみません。なんか力が抜けちゃって」
「それだけ力が入ってたってことだよね。あたしもそんなことが言えるくらい全力を出したいなー」
「片づけが終わったら、ちゃんと飯食おうな」
「はい……私、ちゃんと競技できてましたか?」
「もちろん。良識のある人間なら、あの競技を見て未熟だったって言える奴はいない」
伊織の可愛らしい髪を何度も摩ると、彼女は気持ち良さそうに愛撫を受け入れた。
「私、もう次はないっていう気持ちでした。すぐ後ろにライバルが迫っていましたから」
「ライバル?」
「はい。実を言うと、皐月さんの実績を聞いた時は愕然としました。下手をすればすぐに抜かれてしまうって、つい思っちゃって、そのお陰で最後までやり抜けました」
「私は伊織にだけは追いつけそうにないと思っていたんだがな」
「えっ……」
意外な返答に、伊織は思わず皐月のつり目をジッと見つめた。
「伊織は作品の完成度を高めるだけじゃなく、見る人を驚かせることに重点を置いている。実際、私も伊織の競技には何度も驚かされた。誰も考えたことのないコーヒーを、何であんなにもたくさん思いつけるのかと思って、葉月珈琲で働いていれば、何か分かるんじゃないかと気づくのに時間はかからなかった」
「特にこれといったものは何もねえぞ。僕は伊織にチャンスを与えただけだ」
「何も特別なことは教えてないのか?」
「一応バリスタとしての基本は教えたけど、画期的なアイデアに辿り着けるかどうかは本人次第だ。世界にはトップバリスタになれるほどの才能を持ちながら、コーヒーの魅力を全く知らないまま、大人になってしまった奴が山のようにいる。才能のない人間はいない。埋もれさせる奴がいるだけだ。僕は才能が埋もれかけている奴を見つけて、可能な限りチャンスを与えるのが、才能とチャンスを同時に与えられた者としての責務だと思ってる。特に伊織は昔の僕に結構似ていたからさ、どうしても放っておけなかった」
「あず君の興味を引くということは、余程の何かを持っていたんだな」
「他の子は僕の話を真剣に聞いてたけど、伊織はずっとコーヒーの抽出器具にばかり目を奪われて、話はいいから実践させてくれと言わんばかりの顔だったからな。僕もその気持ちはよーく分かる」
「昔のことはいいじゃないですか」
呆れながらも伊織が目を逸らした先には、さっき使ったばかりのエスプレッソマシンがある。
疲れ切った時でもコーヒーのことを忘れないバリスタの鏡だ。
「全く、予選の運営側に対して、人を見る目がなかったと言わんばかりですね」
「根本さん」
「最初はあのクソ経営者を止められなかった報いだったと思ったけど、今なら納得できる」
「どう納得してるんですか?」
「他意はねえよ。ただ、伊織ちゃんの方が予選突破に相応しいと思っただけだ。結果論だけどな」
「ムカつきますね」
「……」
黒柳の言葉に伊織は掴み所のない複雑な表情を見せた。
喜べないし、悲しめない。目がそう言っている。
両目から火花を飛ばす根本と黒柳。穂岐山珈琲勢の2人だけでなく、サポーターチームまでもが団結するよう力を貸してくれている。今戻れば杉山珈琲の社員にさせられてしまうが、帰国が遅れれば、奴らは優秀な戦力を確保できないまま、吸収合併したばかりの事業を回さなければならない。
伊織の最後の競技が終わったんだ。ここからは奴との戦いだ。
片づけが終わり、今度はチェンの競技が始まった。相も変わらず台湾ゲイシャを軸とした競技を行い、レパートリーポイントを意識した変更点はあったものの、競技そのものには予選から変わらない一貫性があり、ファイナリストに残っただけあって隙がない。
チェンの競技が終わり、後はマイケルを残すのみとなった。
今大会からは準決勝1位が必ず決勝のラストを飾ることになる。果たして、最もプレッシャーのかかるこの局面を、マイケルジュニアが緊張感もなく乗り切れるかだが……。
「タイム。私はコーヒー業界という最も過小評価されていた業界が正当に評価されていることを大変嬉しく思います。これまで私たち人類は500年以上も昔から、国籍や人種を問わず、コーヒーを日常的に嗜んできました。しかしながら、バリスタは長い間、料理を作るシェフ、スイーツを作るパティシエとは異なり、評価されてきませんでした。何故かと言えば、コーヒーを飲むことはできても、コーヒーを淹れられる職人が限られていたからです。ジェズヴェを始めとした昔ながらのコーヒー抽出器具は専門的な知識と技能が必要とされる上に、作り始めてから提供するまでに時間がかかるためにハードルが高く、大会さえありませんでした。そんな中、1991年、世界初のバリスタ競技会、バリスタオリンピックがアテネで始まったことを皮切りに、世界各地でバリスタ競技会を始めようという動きが活発になりました」
午後5時、マイケルジュニアはバリスタ史をテーマに、かつてのバリスタの存在感のなさを語る。
コーヒー業界が20世紀まで地味な存在だったのは、バリスタの頂点を決める大会もなく、人々の日常生活に浸透しすぎたこと、バリスタの仕事において生涯現役が難しかったことなどが挙げられるが、何より派手さがないことが原因だろう。料理やスイーツは見た目で自己主張ができる分有利だ。
他の飲食物と差別化を図れるとしたら、アロマやフレーバーといった中身の要素、世界中で飲まれるほどの需要で勝負するしかない。コーヒーがここまで注目されるようになったのは、多くのコーヒーファンたちの努力の賜物だ。おじいちゃんもその1人であることを、僕は決して忘れない。
マリアージュ部門、エスプレッソ部門、コーヒーカクテル部門、ブリュワーズ部門、ラテアート部門の順にコーヒーを提供するようだが、使用するコーヒーに僕らは驚愕した。
「今回主体的に使用するコーヒーは、生産地はマダガスカル、標高1400メートル、XOプロセス、品種は『マダガスカルシドラ』、本名は葉月グループ傘下の『ハシナ・タニンヂャザナ農園』で栽培されている『アンバーマウンテン』ですが、このコーヒー農園では、マダガスカルにある自然公園に因んで、アンバーマウンテンというブランド名で売られています。このコーヒーはプラムのようなフルーティーな香りに、ザクロやキウイのような酸味と、メロンをイメージする甘さがあります」
驚くべきことに、マイケルジュニアは葉月グループのコーヒー農園で栽培されたコーヒーを使っていたのだ。元々は日本代表が負けた後、スマトラゲイシャと共に、4年後に伊織たちに勧めるプランとして考えてたものだったが、まさかもうそこに目をつけていたとは。
マイケルと同様、優れたコーヒーを嗅ぎ当てる鼻は優れているようだ。
ちなみにコーヒー農園の名前の由来は、人に権威を持たせる神聖な生命の力を意味するハシナ、先祖の土地を意味するタニンヂャザナである。我ながら良い名前だ。
「あれ……葉月グループの豆じゃないですか」
「それだけじゃありません。昨日もスマトラゲイシャという葉月グループの豆を使っていました。序盤はアメリカ代表らしくコナコーヒーを使っていたみたいですけど、皮肉なものですね。自らのグループが栽培した、世界最高峰の豆を相手にしなければならないとは」
「えー、そんなのずるくない?」
「莉奈、マイケルジュニアはルール違反をしたわけじゃない。それにうちのコーヒーを宣伝してくれてるんだ。マイケルジュニアが優勝すれば、うちのコーヒー農園の豆が有名になる」
「どっちが勝っても、あず君にとっては美味しいわけね」
「そゆこと。穂岐山珈琲は外国人のバリスタを雇うことで、どこの国が優勝しても、穂岐山珈琲育成部というタグがついた人を優勝させれば、利益を上げられると考えたんだろうが、うちはその上を行く。どこの国の代表が優勝しても、宣伝したコーヒー農園の売り上げが上がるし、方法としてもこっちの方がより確実ってわけだ。予選落ちしても、コーヒーの宣伝はできるからな」
「……やはりあなたは、父さんよりもタチが悪いです」
呆れた口調で根本が言った。莉奈は不満そうだが、これがバリスタ競技会だ。
自分のコーヒー農園を持つってことは、それを気に入った外国の代表が使う可能性もある。今はまだ売り始めたばかりの段階だが、既に使う勇気は褒めてやろう。マイケルの情報網、いや、コーヒーに対する執念がこの結論に辿り着かせた。トップバリスタの人ほど、最高の食材に対する嗅覚が強い。
しかし、これは良い機会だ。うちのコーヒー農園の豆が今の伊織とどれくらい勝負ができるのか、奇しくもマイケルジュニアがその実験台となってくれた。
「アンバーマウンテンの特徴は、シドラによく見られる豆の大きさで、今までに見たどのコーヒーよりも豆のサイズが大きいのです。サイズが大きいということはコーヒーオイルも多く、密度も高く、より濃厚な味わいとなるわけです。XOプロセスにより、収穫し使用するコーヒーチェリーをブリックス値20度のものだけを使用することで糖度を均一にし、25度未満の徹底的に管理された状況で60時間発酵を行なった後、28時間天日乾燥し、3ヵ月保管して水分含有量を安定、調整をします。60時間発酵を行うことで、ボディとフルーツフレーバーを最大化し、後半の工程で液体の透明さを生み出しています。このプロセスにより、甘さのボリューム、透明感、液体の複雑性を実現しています」
比較的新しいプロセスを使い、高級豆を更に上の次元へと昇華させ、ブランド化さえできれば、コーヒー事業は成功したと言っていい。早くもうちのコーヒー農園に興味を持ち、コーヒー豆の輸入交渉に移っている企業もある。コーヒーはもうただの飲み物じゃない。正真正銘、神の飲み物だ。
マリアージュ部門では、アンバーマウンテンのコーヒー豆でジェズヴェコーヒーを作り、フィナンシェと共に提供した。マダガスカルにはあの食材があることも、マイケルジュニアは知っていたようだ。
「アフリカ大陸の隣に浮かぶマダガスカル島は、四方を海に囲まれた環境と温暖な気候により、世界最大のバニラの産地として知られ、マダガスカル産のバニラビーンズは、品質、生産量、共に世界最高峰とされています。肉厚で20センチにも及ぶ長大なバニラビーンズは、その優雅で上品な香りにおいて全てのお菓子やカスタードクリーム、アイスクリームなどにワンランクもツーランクも上の上質な香りを与えてくれます。エッセンスやオイルでは再現できない本物の香りは、我々が知っているスイーツに更なるアクセントをもたらします。コーヒーもスイーツも、共に同じ国で産まれた食材が使われています」
フードはキャビアとクリームチーズをカットされたパリジャンに乗せたものを、フレンチプレスで淹れたアンバーマウンテンと共に提供する。キャビアを使いこなすあたり、料理の方も手慣れている。キャビアと一緒にレモンを使うことで、臭みまでなくしているところも抜け目がない。
エスプレッソ部門では、アンバーマウンテンを2杯を提供し、アンバーマウンテン2ショット分にメロン果汁を濾したもの、牛乳のホエイを投入し、混ぜ合わせたものを窒素充填機に投入することで窒素を注入し、クリーミーな質感をもたらす。以前にも見たことがあるが、それが最適解だと感じたんだろうか。
コーヒーカクテル部門では、チーズ、ベーコン、ケチャップを挟んだサンドウィッチとアンバーマウンテンのセット、スイーツはマイケルの店で提供している当店オリジナルのザッハトルテとコスタリカゲイシャのセットを提供した。ザッハトルテは甘すぎるために無糖のホイップクリームがついてくるほどで、コーヒーとの相性も良いのがポイントである。
ブリュワーズ部門では、ペーパードリップで抽出したアンバーマウンテンを2杯提供し、シグネチャーはアンバーマウンテンをソーダマシンで炭酸化してから牛乳を注いだかと思えば、メロンアイスを上に乗せてからストローを刺して提供する。最初はストローで飲み、次はアイスを崩して飲むことで、炭酸感が加わり、メロンソーダのフレーバーとなる。あれならマリアージュ部門じゃなくても、スイーツを提供できる。フロートの発祥はアメリカだし、ある意味自国愛に溢れた逸品と言えるだろう。
ラテアート部門では、アニマル革命に倣い、フリーポアラテアートでトリケラトプス、デザインカプチーノでティラノサウルスを描いた。バリスタの歴史から、過去を思い出してほしいという思いから恐竜を思い立ち、限られた大きさのカップを限界ギリギリまで使い、迫力のある絵面となった。
「100年時を遡れば、有名な料理人やパティシエの名前が次々と出てきます。しかし、バリスタは世界的な有名人が誰1人としていませんでした。100年以上前に存在したカフェの初代マスターの名前をどれくらいの人が知っているでしょうか。バリスタにも有名な人はいますが、あくまでも地元では有名という程度です。世界的知名度を誇るバリスタが20世紀までいなかった。これこそ、コーヒー業界が過小評価され続けていた真の理由なのです。コーヒーに携わる全ての人がバリスタです。ならばコーヒーの歴史と同じくらい、バリスタの歴史も本来であれば長いと言えます。そのことを考えれば、今までは過小評価されていたと言っても、過言ではないのです。20世紀までずっと鳴りを潜めていた私たちバリスタにとって、21世紀はバリスタの世紀なのです。タイム」
競技が終わった瞬間、耳を塞ぎたくなるくらいに、今までで1番の拍手が喝采する。
トリを飾る役目なだけあり、その重圧は察するに余りある。
安堵の表情を浮かべながらタオルで顔を拭き、水を飲む様はアスリートそのものだ。10年後にはバリスタ競技もスポーツと呼ばれるようになっているかもしれない。この舞台に挑むのは登山のような厳しさに耐え抜くだけのタフさが必要だが、大変な分価値も大きい。運営側だってそうだ。これだけ大規模なイベントを啖呵切って行ってる。いい加減な採点はできないし、コーヒーを知り尽くしたプロのジャッジばかりだ。この大会で評価されたということは、本物のプロが世間単位で実力を認めたことと同義なのだ。
「ふぅ~、緊張してきました」
「やれやれ、もう競技は終わったんだからさ、もっと気楽にいこうよ」
「千尋君に言われると、なんかイラッときます」
「伊織ちゃんは知らないみたいだけど、サポーターチームのみんなも緊張してるんだよ。伊織ちゃんの順位がどうなるかで、サポーターとしての力量が問われることになるんだからさ」
「――そうだよね。でもみんな十分な働きぶりだったよ。もっと胸張ればいいのに」
「それと同じことをみんな伊織ちゃんに対して思ってるんだよ。今は僕だってサポーターなんだからさ」
「……大人になりましたね」
「そりゃ妻と子供がいるんだし、大人にならざるを得ないよ」
「大人か……私はなれてるんでしょうか」
「なれるかどうかじゃない。なるしかないんだよ。過去も未来もない。今があるだけ」
千尋にしては珍しく、励ますように言葉を選んだ。
最後まで緊張の糸が切れなかった伊織は今日解放される。この後の結果発表で。
午後7時、涼しくなってきたところで、お待ちかねの結果発表だ。
決勝を戦った5人のファイナリストが次々と司会者に呼ばれる度に歓声が上がり、伊織たちは手を振りながら白いステージへと上がる。長ったらしい司会者の小話が続き、結果を見たい気持ちが昂る。
「それでは結果を発表しましょう。5位から順番に発表していきます。第5位は……タイ代表、バークリック・チャイモンコンだぁー!」
何事もなかったかのように、司会がメモを見ながらマイク越しに言った。バークリックが黒メダルとトロフィーを前回チャンピオンのマチューから受け取り、5と書かれた表彰台の端に立つ。
「私もこんな発表はしたくないのですが、残酷なことに、これが仕事です。第4位は……アメリカ代表、ジェシー・ブラウンだぁー!」
笑いを取りながらもジェシーの名前が発表される。ジェシーは白メダルとトロフィーを受け取り、4と書かれた表彰台の端に立つ。4と5、2と3は同じ高さだが、目指すは頂点のみ。
「銅メダル確定のベスト3です。第3位は……アメリカ代表、マイケル・フェリックス・ジュニアー!」
マイケルジュニアの名前が発表され、伊織とチェンの準優勝が確定する。マイケルジュニアが銅メダルとトロフィーを受け取り、表彰台の3と書かれた位置に立つ。
伊織とチェンの顔が段々と青褪めていく。
もっと喜べ。アジア勢初のワンツーフィニッシュなんだからさ。
「この時点でアメリカ代表を退けたアジア勢2人が生き残りました。次の発表で全てが決することになります。第2位は……台湾代表、リー・チェンミンー!」
僕らは一斉に飛び上がりながら抱き合った。この瞬間、伊織の優勝が確定したのだ。
チェンが銀メダルとトロフィーを受け取り、表彰台の2と書かれた位置に立つ。内心ではあと一歩だったと無念に思っているだろうが、顔は本音を隠すように口角が上がり、自らを称えるように両腕の拳を上げた。伊織は既に感情をこらえることができなかったのか、目の周りを服の袖で拭いている。
「今回のバリスタオリンピック2023ダブリン大会優勝は、日本代表、モトスーイオリー!」
両手を振りながらマチューに歩み寄ると、金メダルと優勝トロフィーを受け取り、1と書かれた表彰台の最も高い場所に立ち、両手に戻った栄冠を天に掲げた。
手が痛くなることも厭わない、この最後の拍手と喝采は伊織の心を満たし、今大会の終わりを告げた。
ふと、スコアが書かれたスクリーンを見る――。
1位 本巣伊織 日本 968.0
2位 リー・チェンミン 台湾 965.2
3位 マイケル・フェリックス・ジュニア アメリカ 964.8
4位 ジェシー・ブラウン アメリカ 932.3
5位 バークリック・チャイモンコン タイ 921.5
1位から3位までが誤差と言っていい範囲だ。誰が優勝してもおかしくなかった。
エスプレッソ部門、コーヒーカクテル部門はマイケルジュニアが、マリアージュ部門、ブリュワーズ部門はチェンが、ラテアート部門はジェシーが受賞するという痛み分けの結果となった。
伊織は女性初のバリスタオリンピックチャンピオンとなった……が、同時に全ての部門賞を誤差で1つも受賞できなかった、初のバリスタオリンピックチャンピオンという珍記録を作ってしまった。
狙ってできることではないが、これで一生ネタにされること間違いなしだ。それほどにまで、他のファイナリストたちとは、紛れもなく実力が拮抗していたのだ。
皮肉にも僕が最も嫌ったバランスタイプになってしまっていた。いや、オールマイティになったと言った方が正確だろうか。何だか彼女の取り柄を潰してしまったような気もするが、総合力勝負においては、ここにいる全員に競り勝ったのだ。何より総合優勝できたことが最大の収穫だろう。
伊織の優勝は彼女1人で達成されたものではない。日本代表全員で取り戻した栄冠でもあった。
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