表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第16章 愛弟子の大舞台編
384/500

384杯目「起死回生のバトン」

 バリスタオリンピックのセミファイナリスト15人が決定した。


 チームクレマでの上位争いは根本が制し、伊織は総合スコアで競り負けた。


 根本の総合スコアは前回大会までなら上位進出していたスコアだが、今回はいかんせんレベルの高い連中が揃いすぎた。参加者全員がプロバリスタだ。ここまでレベルを上げたことに全く後悔はないが、伊織にはまだ熟成が足りないということか。千尋が生き残っただけ、まだ喜ぶべきではある。


「伊織が予選落ちか。これほどまでに厳しい世界か」


 皐月が表情を変えないまま腕を組み、予選の結果発表を見届けた。


「千尋君は無事通過したけど、伊織ちゃんの明日に向けた準備が全部無駄になっちゃったね」

「それがこの舞台の恐ろしいところだ。レパートリーポイントを餌に3段階の準備をさせて、ほとんどのバリスタは1段階のところで散る。かといってレパートリーポイントを無視した競技をするわけにもいかない。肝が据わっていないと、参加しようとは考えないな」

「色々と準備をしても、途中で死んだら終わりか。まるで登山みたい」

「何、ビビったのか?」

「冗談でしょ。ますます参加したくなった」

「私もだ」


 観客席にいながらここまで闘志を燃やすとは。やはりこの2人、ただ者じゃない。


 伊織が落胆しながら敗れた者たちの群れから離れようとする。


 だが司会者はまだまだ発表を終わらせようとはせず、1枚のメモを受け取る。さっきまでのハイテンションはどこへやら。解散の発表がないまま会場がざわざわと困惑する中、司会者が再びマイクを握った。


「えー、ただいまのセミファイナリスト発表に訂正が入りました。こんなことは前代未聞です。大変申し上げにくいのですが、日本代表であるタクミネモトは、所属先である穂岐山珈琲が社員の参加を取り下げたことにより、規定のためリタイアとなります」

「「「「「えええええぇぇぇぇぇ~!」」」」」


 根本の中に戦慄と絶望の稲妻が走った。


 時が止まったように、会場が更にどよめいた。


「企業に所属している参加者の場合、役員の判断で社員の『参加拒否権』を発動できます。これは参加している社員が企業の意に反した身勝手な競技を行うことを防ぐためのルールとしてバリスタオリンピック創成期から導入されている公式ルールです。大変残念な話ですが、先ほど穂岐山珈琲からの通達により、タクミネモトの参加を取り下げることが決まりました」


 あの野郎……しっかりとルールの穴を突いてきやがった。


 口元を震わせ、目を大きく開け、根本がその場に肩を落とした。ワイルドカードによる進出とはいえ、せっかく2大会連続でセミファイナリストになれたのに、そのチャンスを潰されてしまったんだ。人目も憚らずに呆然と下を向くのも無理はない。周囲のバリスタたちは根本に優しく声をかけている。


 ――帰ったらマジで覚えとけよ。必ず経営者の座から引き摺り降ろしてやる。


「あず君、なんか怖いですよ」

「まさかそんなルールがあるとは思わなかったな。だが不思議だ。何故身勝手な競技を危惧して、こんなリタイアルールを作る必要があるんだ?」

「企業の社員ってことは、企業を代表して参加するってことだから、何かやらかしたら、企業のイメージダウンに繋がる。もし社員の中に造反者がいた時、企業側の権限で参加拒否権を発動できる。そうしないと造反者がやりたい放題できるからな」

「個人で参加する分には、問題なしってことか」

「その場合は起業のバックアップを受けるのが難しいから一長一短だ。でもこのルールには大きな欠陥がある。参加者が何も悪いことをしていなくても、企業側の一声で簡単にリタイアさせることができるという点だ。理由は特にいらないからな」

「じゃあ根本さんは、会社を辞めて個人で参加するべきだったということですか?」

「それは結果論だ。穂岐山珈琲を信じていたからこそ残ったみたいだけど、見事に裏切られたな。鍛冶社長がここまでするってことは、一刻も早く連中を撤退させたいんだ。今ここにいる穂岐山珈琲の社員は精鋭部隊だ。自分たちの社員として迎えれば大きな戦力になるし、鍛冶社長にとってバリスタ競技会は取るに足らないものだ。育成部を廃止しようとしているくらいだからな」

「……酷い。こんなことまでするなんて」


 桜子が声を震わせながら響の肩に顔を寄せた。


 何故ここまで干渉するのかを考えた――根本が鍛冶社長に従う気はない。


 乗っ取ったとしても、根本が辞表を叩きつけるか、分社化した穂岐山珈琲についていけば絶対に従わせることができない。ということは吸収合併を急がなければならない理由があったということだ。


 その動機が全く思いつかない。急いでいるのは分かったが、一体何のために……。


「あのー、1人抜けた場合はどうなるんでしょうか?」


 若菜が恐る恐る右手を上げながら僕に尋ねた。


「セミファイナリストが何らかの理由で競技ができない場合、予選落ちした人の中で総合スコアが最も高いバリスタが繰り上げで準決勝進出、ファイナリストの場合はセミファイナリストの中で総合スコアが最も高いバリスタが繰り上げで決勝進出だ。どのチームが勝ったかに関係なく、実力で上がることになる」

「ねえ、あれを見てっ!」

「「「「「!」」」」」


 莉奈が指差した先にはスクリーンがあった。


 根本が失格扱いとなり、その下には1人のバリスタの名前が表示された。


「伊織さんが……準決勝進出になってますよ」


 スクリーンには伊織の名前がローマ字で表示されている。


「欠員が出てしまったため、今度こそ正真正銘、最後のセミファイナリストを決めたいと思います。バリスタオリンピックの規定により、予選脱落者の中から総合スコアが最も高い者が敗者復活となり、15人目のセミファイナリストとなります。準決勝進出を決めたのは……日本代表、モトスーイオリー!」


 意外な展開に歓声が沸いた。日本代表が1人いなくなっても、すぐにまた日本代表が補充される格好となったことからも、日本代表の層の厚さが窺えた。伊織は顔がぽかーんとしたまま口を開け、目の前で起こった出来事を受け入れられずにいる。内心は複雑なはずだ。僕とてそれは同じ。本来であれば根本が受かっていたはず。なのに根本を犠牲にした格好となり、脱落したはずの伊織が首の皮1枚で繋がった。


 ――運も実力の内、いや、実力も運の内だ。


 今度こそ結果発表が終わり、根本は強制リタイアにより失格となった。


「皐月ちゃん、根本さんのことは残念だけど、明日も退屈せずに済みそうだね」

「こんな形でのセミファイナリストなんて、伊織は望んでいないだろうが、公式が認めた以上、誰も文句は言えない。奇しくもあず君たちが最も憎んでいる者によって、伊織に希望がもたらされた。実に皮肉な話だ。鍛冶社長はパンドラの箱を開けた。だが箱の底には希望が残っていた。ワイルドカードでのセミファイナリストを除いた予選脱落者の中で最も総合スコアが高いということは、伊織は予選12位で、予選11位が根本さんで間違いない」

「何でそこまで分かるの?」

「ワールドコーヒーイベントのホームページを見た時、チームクレマに総合スコアが偏っていた。ということは必然的に順位の高い人ばかりになる。マイケルジュニアもジェシーもチームクレマだった。上位10人に入ったバリスタの内、6人もの上位者がチームクレマに偏っていたが、欠員が出た場合はチームに関係なく総合スコアの上位から選ばれる。そして根本さんが伊織に競り勝ったということは――」

「11位と12位しかいない……ということだな」


 流石は皐月だ。少ないヒントで伊織と根本の順位を当てやがった。


 スクリーンには結果発表が終わってから全員の順位と総合スコアが表示されるのだが、恐らく皐月はここにいるバリスタたちのおおよその序列を把握している。


「予選12位ってことは、かなりの上位だから、実力的には劣らないよね」

「ああ。これは単なる運じゃない。伊織は実力で第2のワイルドカードを掴み取った」


 伊織と根本がいる激戦区、チームクレマには前回大会ファイナリストもいた。


 例年通りなら、6位から10位でセミファイナリストになっていただろう。実力的には他のトップバリスタにも引けを取らないが、今回からは全員が上位クラスのバリスタとなり、誰が予選突破を果たしていても不思議ではなかった。それでもある程度予測ができたのは、今までの経験によるところが大きい。


 最も予想が簡単だったのはマイケルジュニアだ。


 伊織と千尋に最も倒してもらいたい相手でもある。


 親子で活躍しているのはマイケル親子だけではない。かつてのバリスタ競技会創成期を戦った世紀末世代の子供たち、つまり世紀末ジュニア世代がバリスタ競技会を席巻しているのだ。僕としてはバリスタ競技会を家柄や遺伝子で決まる競技にはしたくない。努力で道を開ける競技であることを証明したい。


 司会者が最後の説明を終え、段差のある白いステージから立ち去っていく。


 スクリーンには予選の順位とスコアが表示されている。


 1位 マイケル・フェリックス・ジュニア アメリカ 924.5

 2位 ジェシー・ブラウン アメリカ 922.7

 3位 リー・チェンミン 台湾 912.2

 4位 村瀬千尋 日本 901.9

 5位 グレーテル・シュレーカー ドイツ 898.4

 6位 アゴスティーノ・メリディアーニ イタリア 893.7

 7位 フェルナンド・サルディバル・ジュニア コロンビア 888.1

 8位 バークリック・チャイモンコン タイ 883.1

 9位 アシュリー・ハトルストーン カナダ 879.8

 10位 ジョゼフィーヌ・サックス ベルギー 875.0


 ワイルドカードによる準決勝進出はこんな感じだ。


 12位 本巣伊織 日本 871.9

 15位 アイザック・ヴァイナー アメリカ 842.1

 19位 ユリアナ・コーイマン オランダ 821.0

 22位 ジェイク・リース アメリカ 812.5

 28位 モルガン・ジョベール フランス 792.6


 化け物揃いな中で、よく勝ち残れたもんだ。


 ここまでやりあえただろうか……バリスタオリンピック東京大会に出ていた時の僕でも。


 既に解散となった会場を見渡してみれば、伊織と千尋が観客席にいる僕らを見つける。伊織が真っ先に駆け足で席を挟んだ階段を上ってくると、すぐに後をつけた千尋が追いついた。


「2人共よくやった。まずは準決勝進出だな」

「千尋君はともかくとして、私は納得してません」

「伊織が言いたいことは分かる。でもな、どういう事情であれ、根本が失格になったのは事実だ。君のために譲ったわけじゃない。空いた席にたまたま伊織が座ることになっただけだ。せっかく優勝のチャンスを貰ったんだから、何も遠慮することはない。成功する人間はチャンスを決して逃さない。僕だったら、何の躊躇もなく明日を戦うけどな」

「そうですよ。僕に構わず明日の準備をしてください」

「根本さん……できれば準決勝で根本さんと競いたかったですけど、どちらかしか……無理なんですね」

「何言ってんの。千尋にマイケルジュニアたちと戦える贅沢を味わえるんだ。全力で楽しめ」


 伊織の背中を押すと、寂しそうな目を僕に向けながら皐月に腕を掴まれ、僕らの一行から離れた。同様に千尋も弥生に腕を掴まれ、僕らの話が聞こえないよう、伊織と一緒に連れていかれた。


 競技者に余計な情報を与えず、背中を押すのがサポーターの役割だ。ちゃんと分かってんじゃん。


 皐月、弥生、伊織と千尋のことを頼むぞ。


「葉月さん……」


 根本が気が抜けた声で僕に呼びかける。


「見事にハメられたな」

「ここまでするとは思いませんでした」

「心当たりはあるか?」

「僕らを早く連れ戻すつもりでしょうね。穂岐山珈琲のスタッフは社員としても優秀ですから。昨日穂岐山珈琲が分社化して、育成部を除く全ての部署と店は『株式会社杉山珈琲』として、あの杉山グループが経営することになりました」

「「「「「!」」」」」


 この場にいる全員の呼吸が一瞬止まる。


 僕は昨日美羽から聞いていたから特に驚かないが、どうりでおかしいと思った。


「ええっ! 鍛冶社長の会社になるんじゃなかったんですかっ!?」


 意外な答えに桜子が声を上げた。


「「「「「シーッ!」」」」」


 慌てて周囲にいたサポーターたちが口に指を当てた。


「すみません……」


 伊織と千尋には聞こえていないようだ。知られたら動揺してしまう。


「吸収合併の相手は杉山グループだった。考えてもみろよ。鍛冶社長は中部地方を拠点にしてるんだぞ。それがいきなり東京の大企業を乗っ取るのは不自然だ。鍛冶社長は杉山社長の忠実な犬だ。社長にも序列ってもんがある。僕は大きな思い違いをしていた。僕が相手にするべきだったのは杉山社長だった。グループ企業なら、どこに傘下企業があっても不思議じゃない。全ては杉山社長の企みだった。中部地方から一気に勢力圏を広げようと、コーヒー会社の中でも知名度が高くて、ブランドを築き上げている穂岐山珈琲を乗っ取るのが妥当だと思ったんだろうな。プロ契約制度で一気に知名度を上げたところで、乗っ取るつもりだった。穂岐山珈琲は業績が段々悪化してたし、それでプロ契約制度で盛り返そうと考えていた。でも全ては……杉山グループの手の平の上だった」

「その通りです。鍛冶社長は穂岐山珈琲を杉山グループに吸収合併する役割を担っていたんです」

「根本さんはそのことを知っていたんじゃないの?」

「いえ、僕がこのことを知ったのは昨日です。父さんは昔っから用心深い性格で、身内にすら手の内を明かそうとはしない。だから母さんの信頼を得ることができなかったんですよ」

「迂闊だった。今頃あいつら、笑いが止まらないだろうな。でもそういうことなら、杉山グループにダメージを受けてもらう。根本を脱落させたのは杉山グループだ。プロ契約制度という長い目で稼いでいく方向じゃなく、知名度を利用してカフェで稼ぐという短期的な試みで利益を上げて、稼げなくなったらとっととポイ捨てするのが一般的なグループ企業のやり方だ。でもそうなる前に一度痛い目に遭ってもらう。杉山グループの手駒は他にもいるだろうが、穂岐山珈琲には最後の借りを返しておく」

「一体何をするんです?」

「帰った後で分かる」


 強引な方法で吸収合併なんてすれば、当然反発する者が出てくるはずだ。


 穂岐山珈琲に沙織という造反者がいたように、杉山珈琲にもたくさんの造反者がいる。


 後は美羽にゴーサインを出すだけだが、面白いからもうちょっと引き延ばしてやるか。勝利に近づくほど人は油断をするものだ。そこに敗北のお知らせが入った時の顔を見るのが楽しみだ。あの間抜け面がどうなるのかをたっぷりと見守ってやるよ。この僕を敵に回したことを後悔させてやる。


 杉山社長は一度許したが、それでも秩序を乱してきた。つまり戦う気があるということだ。葉月グループは中部地方の覇権を握るかどうかの戦いに強制参加させられていたことに、僕は今更ながら気づいた。どうやらあいつらに共存する気はないらしい。あんな連中がいるから戦争がなくならないんだろうな。


 葉月グループは虎沢グループをぶっ潰した実績がある。


 無論、あれは世間の協力を借りて相手側の非につけ込む形となったが、今回はなかなか手強い相手だ。地域ぐるみで悪事を隠蔽するなんてまだ可愛いくらいだ。奴らは財力を盾に強引な手段を使い、多くの取引先であった相手を吸収合併してきた。穂岐山珈琲は犠牲となった。景気の良い時に投資を行い、景気が悪くなった途端に投資をやめて回収しようとするところには悪意さえ感じた。


 晴れの日に傘を貸して、雨の日に没収する。まるで銀行みてえなマネしやがって!


「分社化は認めてもらったようだな」

「ええ。穂岐山珈琲は育成部を残して全てを手放す形になりましたけど、これからどうすればいいやら」


 焦りを隠せない根本には、穂岐山社長についていくだけの覚悟があった。


「そう絶望するな。あいつらはもうじき痛い目を見ることになる」

「もしかして、会社を取り返せるんですか?」

「いや、会社はもう取り戻せないし、育成部だけの穂岐山珈琲で頑張っていくことになるだろうな」

「変に期待させないでくださいよ」

「なあ、何で僕が美羽に目付け役を頼んだか分かるか?」

「何でって、穂岐山社長の娘さんだからじゃないんですか?」

「それもあるけど違う。僕は奴らに大目玉を食らわせてやりてえんだよ。根本はまだ帰国せず、できるだけ時間を稼いでくれ。僕に考えがある」

「構いませんけど、何をすればいいんです?」

「黒柳と一緒に穂岐山珈琲のサポーターチームに加勢して、葉月グループのサポーターチームと一緒に伊織と千尋の応援をしてもらいたい」

「えっ……」


 根本の表情は虫唾が走っていた。こいつでさえこの大会の本質を掴みきれていないようだ。


「どうせ帰るまで暇だろ。だから――」

「嫌です。何でライバル会社のバリスタのサポーターにならないといけないんですか?」

「バリスタオリンピックは個人戦という名のチーム戦だ。アメリカ代表を中心に、どの国のバリスタも会社という垣根を超えて団結してるし、自分の社員じゃなく、自分の国のバリスタを優勝させようと必死にサポートしてるんだぞ。葉月グループが余力を残した上であいつらに仕返しをするには、どうしても伊織か千尋のどちらかを優勝させる必要がある。日本代表が優勝すれば、穂岐山珈琲育成部のサポートが優秀であったことをアピールできるし、穂岐山社長を助けることにもなる。利害は一致している。今のお前らに断る選択肢はない。穂岐山社長は拠点を岐阜に移している最中で、色んな手続きのために多忙を極めているはずだ。楽をさせてやりたいよな」

「……あなたは父さんよりもずっと狡猾のようですね」

「相手の弱点を突くのが勝負の鉄則だ。相手は全国規模のグループ企業で、国内にたくさんの仲間を抱えているんだ。まともに戦えばまず負ける。だったら、まともに戦わなければいい。僕は的確にあいつらの弱点を突いてぶっ潰すつもりだ。みんなが加勢してくれたら、この作戦の成功率は大幅に上がる」

「……分かりました。でもこんなことをするのは今回限りですよ」

「話が分かる奴で助かる。君はかなり誠実さに拘ってるみたいだけど、本当にあいつの息子なのか?」

「僕は母さんに似たんですよ」


 呆れたように言い残すと、根本が会場を去っていく。


 バリスタ競技会を戦いの道具にはしたくはないが、今回ばかりは戦争のつもりだ。


 あいつも僕と同様、曲がったことを嫌う生粋の心を持っている。何も悪いことをしていない奴がやられっぱなし……もしそんな状況を放置するようなことがあれば、やがて人々は真面目に生きるのがあほらしくなり、最善の努力さえ怠るようになれば、社会が腐敗していく。


 腐敗は利子となり、清算を迫られる日がやってくることを悪党共は知らない。


 まずは伊織と千尋に明日の競技に集中させることを最優先した。察しの良い千尋には、大会が終わったら全てを話すから、今は目の前の競技に集中しろとメールで釘を打った。心配性の伊織には何も告げず、大会のみに集中させるよう、皐月にも言っておいた。


 戦なら受けよう。話し合いなど無用だ。

読んでいただきありがとうございます。

気に入っていただければ下から評価ボタンを押していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ