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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第16章 愛弟子の大舞台編
378/500

378杯目「逆襲の持ち駒」

 桜子と響の涙はしばらくの間止まらなかった。


 優勝が決定した時は平静を装っていたが、サポーターたちの言葉に心が震えを抑えられなかった。


 僕自身、泣きそうになったくらいだし、これから競技を行うバリスタたちが霞んで見えるくらいの活躍であったことは、誰の目にも明らかだ。


 僕らにとっては最高の結果、だが穂岐山珈琲にとっては最悪の結果であった。


「……結構ミスってたよね」

「黒柳さん、どうしたのかな。選考会で見せた時のような競技ができてないよ」

「気になるんだったら、聞いてみるしかねえな」

「別に聞かなくていいじゃん」

「もやもやしたまま競技したいか?」

「僕はそんなタマじゃないよ――って聞いてないし」


 黒柳たちがステージを片づける中、インタビューが終わったばかりの黒柳の元へと向かった。


 何か意図的なものを感じたと、僕の直感が叫んでいる。


「随分と調子が悪いようだな」

「あんたさぁ、俺たちのサポーターにダブル優勝を告げたっすよね?」

「えっ……」

「えっじゃないっすよ! こちとら競技に集中したかったのに、余計な情報が入ってきたせいで、気になって気になってしょうがなかったんすよ!」


 声を荒げながら僕と距離を詰め、周囲のサポーターたちが作業の手を止めた。


「あー、桜子と響のことか。競技の前だったのに、よく知ってたな」

「知っていたも何も、他のバリスタ競技会で、葉月珈琲のバリスタ2人がダブル優勝したって、石原さんから聞いたんすけど、あず君がこのことを教えるようにって――」

「! それ本当かっ!?」

「本当っすよ! 俺たちを動揺させて競技を失敗させる作戦だったんすよね。成功した気分はどうよ?」

「僕がそんなことを本気で企むと思うか?」

「――じゃあ石原さんが嘘を吐いていたとでも言うんすか?」

「それはあいつに聞いてみれば、分かるんじゃねえか」


 僕と沙織の目が合うと、沙織は不敵な笑みを浮かべ、背を向けながらステージから降りていく。


 駆け足で後を追った。見失わないよう目を凝らしながら。


 人気のない廊下で沙織が足を止めた。黒柳を動揺させた張本人、もとい、大戦犯を尋ねた。


「なあ沙織、何で黒柳に桜子と響のダブル優勝を告げたわけ?」

「……あーあ、バレちゃったかー」

「穂岐山珈琲の存亡がかかってるって時に、よくもまあこんなことができたもんだ。その様子だと、どうせ根本にも伝えてるんだろ?」

「伝えたよ。メールでね。穂岐山珈琲が借りている練習場所に引き籠ってるし、今頃猛烈なプレッシャーが伸し掛かってるでしょうね」

「まさかとは思うけど、鍛冶社長の差し金か?」

「……そこまで気づいてたんだ」


 しまった。桜子と響がダブル優勝を決めたことで、メジャー競技会でまだ1人の世界チャンピオンも輩出していない穂岐山珈琲の連中を動揺させる作戦できたか。


 どちらかが優勝すれば動くように言われていたと考えれば説明がつく。


 競技の時は可能な限り関係のない情報は除外したい。張り詰めたあの状況で、別の大会に出ている参加者の優勝なんて告げられれば、ましてや一度も優勝経験のない人なら効果は抜群だ。穂岐山珈琲の連中が最もライバルとして意識しているのは葉月珈琲ならば、更に相乗効果で動揺させられる。


 現時点でかなりの差をつけられたと感じた黒柳は、優勝への強迫観念から冷静さを失い、予選落ち確定の杜撰な競技をしてしまった。全ては鍛冶社長の手の平の上だった。


 迂闊にも穂岐山珈琲サポーターチームの1人、沙織がこのことを黒柳に伝えてしまった。そのせいか黒柳は思ったような競技ができないまま、サイフォンの水を沸騰させることを忘れるミスを犯した。


 サイフォンを使う場合、熱湯になるまでに時間がかかるため、競技を始めた段階からいつでも沸騰できるようにしておく必要があったのだが、黒柳はダブル優勝の件が気になっていたのか、特にセンサリージャッジが水を飲んだ後に水を注ぐ作業を怠り、味覚をリセットできなかったのが痛い。


 あんなにも精彩を欠いた競技なんて見ていられなかった。


 僕なら誰かの優勝を告げるようなマネはしない。


 あえてセオリーを破った理由がこれか……。


「自分が何をやったか分かってんのか?」

「別に告げ口してもいいよ。これで私はポストを用意してもらえるようになったし、もう用済みなの」

「穂岐山珈琲を裏切ったのか」

「あず君言ってたよね、資本主義社会は椅子取りゲームだって。私はその法則に従っただけ。椅子を取られる前に確保したの。穂岐山珈琲はもうじき潰れる。私は家が貧しくてね、出世のチャンスだと思って穂岐山珈琲に入ったの。でも会社が潰れちゃったら、私は路頭に迷うことになる。身寄りもない私にとって会社は最後の砦なの。手段なんて選んでられない。鍛冶社長に約束してもらったの。穂岐山珈琲を乗っ取る計画に協力してくれたら、新しいコーヒー会社の開発部に部長として就任できることになってる」

「そうか、なら1つ良いことを教えてやる。鍛冶社長は天下一の嘘吐きだ」

「そうやって説得しようとしても無駄。私は決めたの。生き残るためなら、どんな汚い手でも使うって」

「蹴落とすよりも助け合った方が生き残れると思うけどな。それと君は肝心なことを忘れている。椅子取りゲームにはもう1つルールがある。奪い取った椅子が気に入らなくても必ず座らないといけない。たとえその椅子に、罠が仕掛けてあったとしてもだ」

「罠? ふふっ、鍛冶社長とは契約書まで交わしてるの。だから絶対に裏切れない」


 沙織が背を向けながら歩いて去っていく。


 裏切りがバレた今、もう穂岐山珈琲には戻れない。


 日が暮れる頃には帰国便に乗っているだろう。地獄行きの片道切符と共に。


 よくあんな奴のことを信用しようと思えたものだ。貧すれば鈍する。クビになれば後がない社員につけ込んでくるとは、やはり奴は狡猾な戦略家だ。相手の駒を取り、持ち駒として使われていたことに、穂岐山珈琲の連中は誰1人として気づいていなかった。


 僕らのダブル優勝さえ武器として利用する――まるで合気道のような一手だ。


「契約書ねぇ~」

「一応言っておくと、鍛冶社長は他にも何人か買収してる。穂岐山珈琲の役員たちをね」

「ありがとう。その情報だけで十分だ」

「ふふっ、こんな状況でもお礼を言えるなんて、あず君もお人好しだね」

「それはお互い様だろ。そっちも情報提供してくれた。ところで、()()()()された後のケアはちゃんと考えてるんだよな?」

「何言ってんの。契約なんだから破れるわけ――」

「破れるぞ。鍛冶社長が契約破棄した場合、君が弁護士を雇えば、賠償請求はできるだろうな。でも裁判になったところで、相手は大手社長だ。優秀な弁護士を用意してるだろうから、訴訟で勝つのは難しい。たとえ勝訴したとしても、賠償金の額なんて知れてるし、君は部長の地位にも就けない。そもそも契約書の内容自体が穂岐山珈琲への裏切りなんだから、世間に知られた場合は君も信用を失うし、裏切った奴が裏切られたんだから文句は言えないよな」

「ちょっと待って! 何で鍛冶社長が裏切る前提なわけ? 意味分かんない。大体鍛冶社長は私を買ってくれてるんだよ。育成部の中で唯一私に声をかけてくれた。私は信用されてるってこと。分かった?」


 声を荒げながら必死に喉の奥から声を絞り出す沙織。


 明らかに動揺している。あんな奴が契約なんて守るわけないじゃん。


 契約書に何が書いてあるかは知らねえが、こいつみたいにずっと就職レールにしがみついてきた人間はポストを与えると言えば簡単に従わせることができる。これこそが就職レール最大の欠陥だ。今まで何のために通学させられてきたのかをこいつは知らない。知っていたらこんな初歩的なミスはまず犯さない。


「君が選ばれた理由は簡単だ。だって君、実績ないじゃん」

「……は?」


 軽蔑するような目を向けながら大きく口を空け、少しばかり強めの口調で沙織が慄いた。


「鍛冶社長が君を買収したのは、何も穂岐山珈琲を吸収合併するためじゃない。吸収合併した後、育成部を廃止する名目を作るためだ」

「育成部を廃止する名目?」

「事業として最も力を入れていた育成部を潰すのは鍛冶社長でも難しい。そこで君たちの誰かを買収して仲間割れさせることで部署の絆を破壊し、更に根本と黒柳が予選落ちしてしまえば、社内の誰もが納得せざるを得なくなるし、育成部を存続させようとする人は、吸収合併する時に首を切れば問題ない。それに育成部は誰1人としてメジャー競技会の世界大会決勝に進んだことがない。誰か1人でも世界チャンピオンを輩出していれば、この事態は防げただろうな」

「……そんな」


 魂が抜けたような声を発しながら、両膝が地に着いた。


 顔からは生気が抜けたまま、死人のように大人しくなった。


 経費削減からアフターケアまでを心掛ける。経営者として当たり前のことだ。穂岐山珈琲を吸収合併すれば、まず最初にぶつかる壁は経費の重い育成部。コーヒーの売り上げさえ良くなれば、他に部署を設けなくても、コーヒー業界の波に乗って利益を上げることができる。儲けるだけなら、わざわざバリスタに投資する必要はない。コーヒー事業において最も重い経費はトップバリスタへの投資だ。


 無論、最も宣伝効果があり、最も利益を得やすい手段でもある。まさにハイリスクハイリターンだが、無難に安牌の一手だけ打ってきたような奴には邪魔でしかないのかもしれない。流石にここまでの妨害工作が入るとは思わなかったが、これで鍛冶社長からの宣戦布告の意思はハッキリと受けた。


 奴は僕の逆鱗に触れた。あのロクデナシは必ずぶっ潰す!


「まあそういうわけだ。仇は取ってやるから安心しろ」

「ここにいたんだね」


 千尋たちがようやく僕らに追いついた。会場の広さを考えれば、迷うのは当然か。


 腰まで伸びているサラサラとした黒髪をなびかせている千尋の後ろには松野がいた。


「おい、何であのタイミングで朝日奈さんと棚橋さんのダブル優勝を黒柳に報告したんだ? 明らかに言うようなタイミングじゃないよな?」

「まだ気づかないんですか? 私は育成部を見捨てたんです。昨日鍛冶社長に連絡を受けました。今月限りで穂岐山珈琲は吸収合併されることが決定しているんですよ」

「「「「「……」」」」」


 相手の一部になったのを認めたとて、穂岐山珈琲にいる社員たちはどうするのだろうか。


「全国にある穂岐山珈琲の店舗は関東地方を除いて全て閉店する真っ最中ですよね。経費削減のために」

「ちょっと待て。仮にそれが本当だとして、他の地方にいるバリスタはどうなる?」

「さあ。そこまでは分かりませんけど、多分みんなクビじゃないですか」

「穂岐山珈琲はな、全国から才能あるバリスタを集めて、次世代を担うトップバリスタを育成するために育成部転属までの繋ぎとして、全国展開をしていたんだぞ。その土壌を壊した自覚あんのかよ!?」

「私は自分さえ生き残れればそれでいいんです。私はこのままだと育成部にいられなくなるって穂岐山社長に言われていたんですから、クビになるくらいなら、いっそ寝返って生き延びる方が合理的です。全員分の席は用意されていないんです。だから私は奪う決意をした。それだけのことです」

「お、おい!」


 走って逃げていく沙織を松野が追いかけようとする。


「放っておけ。問い質しても無駄だ。どうとでも言い訳できる」

「だったらどうしろって言うんだ?」

「沙織が言っていただろ。今月限りで穂岐山珈琲は吸収合併されて生まれ変わるって。つまり穂岐山珈琲側の敗訴が確定したってことだ」

「やけに冷静だな。まっ、穂岐山珈琲は他人みたいなものだから、関係ないと思うのも分かるけど」

「さっき美羽からメールを貰った。穂岐山珈琲は生まれ変わる道を選んだって」

「生まれ変わるって……俺は鍛冶社長の手下になるなんて真っ平御免だぞ」

「だから生まれ変わるんだよ。()()()穂岐山珈琲としてな」

「――ねえ、もしかして、新しく別の会社を設立するつもり?」

「その通り。栗谷社長と同じく、新しく会社を設立して、ついてきてくれる人だけを引き抜く。全国の閉店間際の支店にいるバリスタにもついてきてもらう」


 またこんな荒療治を施すことになろうとは、組織ってマジで面倒だな。


「でもついてくるとは言っても、どこに設立するんだ?」

「穂岐山社長の生まれ故郷である岐阜に拠点を置いてもらう。穂岐山社長の実家にな。今の内に育成部を分社化するんだよ。育成部を穂岐山珈琲にして、残りは穂岐山珈琲にする。僕が時間を稼いだのはそのためだ。全部吸収合併されたら育成部は廃止される。だからその前に育成部だけを切り取るってわけだ」

「まるで外科手術だね」

「栗谷スイーツの時は全部飲み込まれたからな。今までに生み出してきた作品は全部おじゃんだ。でも育成部だけは絶対に残さないと駄目だ。トップバリスタを育てる土壌を失ったら、コーヒー業界の成長は確実に止まる。いくら価値のあるコーヒーを生み出すことができても、その価値を理解して世に広められるバリスタがいなきゃ何の意味もない。儲けることだけ考えてるようなコーヒー会社はすぐ滅ぶ。奴もそれを身をもって思い知ることになる」

「てことは、俺も岐阜に移動することになるのか?」

「あんな血の通わない魔窟にいたいか?」

「……分かったよ。行けばいいんだろ」


 松野は額を指で抑えるようにしながら大きなため息を吐いた。


 僕、千尋、桜子、響、皐月だけが残り、ケルティックタイガーへと戻った。


 誰も一言も発しなかった。せっかくダブル優勝のことを離そうと思っていたとこなのに、あんな修羅場を見てしまったら、ここじゃもう何も言えない。


 こういうことがあるから、約束を破られた場合の対策はちゃんとしておかないといけないんだよなー。良くも悪くも契約社会だ。今頃は穂岐山社長と美羽が手続きで大忙しだろう。でも最悪の事態は免れた。穂岐山珈琲のエンジンと言っていい部署だ。いや、原点にして頂点を究めた部署だ。


「伊織さん、私も響さんも優勝しました」


 桜子が嬉しそうに伊織に報告する。子供ができた新婦のように。


「! おめでとうございます! 桜子さんも響さんも優勝するなんて凄いです! ずっと練習していた成果ですよ。私も負けていられません。ますます気合が入ってきました」

「でも伊織ちゃんの競技終わってるよね。準決勝に進めるか分からないし」

「ぐさっ!」


 馬鹿には見えない矢が伊織の胸を射抜いた。


「ちょっとー、伊織ちゃんの練習を無意味って言いたいの?」

「そんなことないよ。無意味かどうかは3日後に分かるじゃん」

「フォローになってないんだけど」

「今の伊織ちゃんにフォローなんていらないでしょ」

「――ありがとうございます」


 千尋が確かな信頼を伊織に預けた。察した伊織にこれ以上言葉はいらなかった。


 再びキッチンに引きこもるかと思えば、引き下がるように3階へと上がっていった。


「でも不思議だよねー。福井を拠点にしている企業が東京のコーヒー会社を吸収合併するなんて変だよ」

「それは僕も思ってた。東京を拠点としている他のコーヒー会社を吸収合併すればいいものを、何で穂岐山珈琲なんだか。僕にもさっぱり分からん」

「僕は1つ思い当たる節があるよ」

「どんな?」

「カジモール計画だけど、順調に進んでるみたいだよ」

「だろうな。国道沿いで住宅街のど真ん中、しかも駅の近く。立地条件は最高クラスだ。問題はこれを誰が考えたかだ。単に栗谷家を追い出すためだとは思えない。あれだけ多くの企業が関わるビジネスを鍛冶社長1人でまとめるのはまず無理だし、どうも引っ掛かるんだよなー」

「引っ掛かるって何が?」

「鍛冶社長が1人で考えたにしては頭が良すぎるし、誰かの指示で動いてる感じがする。裏で糸を引いている奴がいるはずだ。そいつを引っ張り出してやりたいところだけど、今はどうにもできん」

「鍛冶社長をやっつけたとしても、また似たような社長が出てくるってこと?」

「その通り」


 これが蜂の巣問題だ。蜂をいくら除去しても意味がない。


 巨悪が巣くう蜂の巣を探すのが先だ。バリスタオリンピックにまで干渉してくるってことは、余程穂岐山珈琲に優勝されたくない連中がいるようだ。根本はこれくらいで動揺するような器じゃない。


 ――本人から聞き出すのが1番早いか。


「千尋、この問題は僕に任せろ。明日は千尋が競技をする日だ。練習しとけよ」

「僕は天才だから大丈夫だよ」

「天才が努力すれば大天才だ。それでやっとあの連中と同じ土俵に立てる」

「分かった。そうするよ」


 千尋や皐月みたいに、何でもできてしまうタイプはすぐ慢心する。


 天才という素材を持っているのに勿体ない。鍛え上げれば先駆者になれる。誰も手の届かないところまで辿り着けるし、何年経ってもずっと語り継がれる。それが生き続けるということだ。


 黒柳にとってはとんだ災難だったが、穂岐山珈琲には根本がいる。3日目は面白いことになりそうだ。優勝候補が挙ってやってくる。ワールドコーヒーイベントはどこまでもお人好しだ。僕なら3日目の入場料を20%上げるだろう。日付にも値札がついていることを彼らは知らない。大会関係者は無料パスを受け取れるが、観客は金銭と引き換えにサービスを受ける権利を得る。


 最高の舞台の生き証人になる権利をな。


「あのさ……あず君……って呼んでもいいかな?」


 帰ってきたばかりのアリスが恐る恐る尋ねた。


「別にいいぞ。ていうかその方がしっくりくる」

「ケルティックタイガーを繁盛させたいの。スティーブンおじさんのためにも」

「客なら来てると思うけど」

「それはそうだけど、バリスタオリンピックが終わったら、終戦後のように殺風景になる。あず君は知らないと思うけど、ここ数年はケルティックタイガーだけじゃなく、周辺の店舗も売り上げが落ちてるの。どこか1店舗でも人気を取り戻すことができれば、他のお店にもお客さんが戻ってきて、このダブリンにもまた活気が戻ると思う。バリスタオリンピックの舞台をダブリンに誘致してくれたスティーブンおじさんにとっては、最後の賭けなの」

「経営のプロを送ろうか?」

「あず君にやってほしい。唯さんの実家を復興させた実績もあるんだし」

「アイルランド代表と一緒に開会式に出ていたけど、あっちの応援はいいのか?」

「サポーターはコーヒー学科の職員だから大丈夫。私はコーヒー学科主任として出席しただけ。本命は日本代表の応援と言いたいところだけど、ディアナだけで十分だったみたいだね」

「そうでもないぞ。アリスはアイリッシュコーヒーを知り尽くしてる。カッピングを頼みたい」

「分かった。じゃあイオリとチヒロが準決勝進出したら、うちの経営方針、考えてくれないかな?」


 上目遣いで大きな目をパチパチと閉じるアリス。


「……しょうがねえな。準決勝は2人共アイリッシュコーヒーを使う。カッピングで分かったことを話してくれ。それで決勝進出できたら考える」

「あの2人次第で、うちの運命も決まっちゃうってこと」

「その通り。旅は道連れ世は情けだ」


 目を点にしながら首を傾げるアリス。2人をワンツーフィニッシュさせるためであれば猫の手だって借りる。どっちが優勝するかは、2人の競技に懸かってる。また仕事が増えちまった。


 バリスタオリンピックよりも、その後の方が忙しいのはいつものことだが、今回も忙しくなりそうだ。

読んでいただきありがとうございます。

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