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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第15章 最果てのバリスタ編
367/500

367杯目「傷だらけの経歴」

 僕が思い立つ頃には、全員が僕の意図を察することさえしないまま行動に移った。


 コーヒーが必要になったところで、すぐそばに出来立てがある状態だ。これが実験に要する時間の短縮へと繋がっているわけだが、ここにきて成果がまた表れた。


「このジェズヴェコーヒーでどんなコーヒーカクテルを作るんだ?」

「そこなんですよねー。ただ混ぜただけじゃ味が喧嘩しますし、深炒りの豆とオルホが合うコーヒーカクテルなんて、そう簡単には思いつけないかと」

「あっ、メールがきました」

「こんな時に誰からだ?」

「千尋君です。優勝して帰ってきたらトランプやろうよって言ってます」

「呑気な奴だな。こっちは即興性を試されてるってのに」

「どのゲームが得意かって聞いてます」

「うーん、そうだなー」


 ふと、外を見てみると、大会に乗じて全身に黒い鎧を着用した騎士が黒馬に乗っている。


 そうか、一般の人にとってこの大会はコミケのような一大イベントなんだ。どうりで昨日から盛り上がっているわけだ。コーヒーイベントも一般の人にとっては大きな祭りだ。


「あの衣装は何ですか?」

「黒い鎧を着た召使いが活躍するゲームのコスプレだ」

「へぇ~、ここの流行りなんですね」

「あれじゃトランプだけに、ブラックジャックだな」

「「「「「!」」」」」


 皐月以外のみんなが何かに気づいたように目を大きく見開いた。


「――そうだ、ブラックジャックだ!」

「まだアイデアがまとまってないんだぞ。このままじゃ優勝どころか最下位だ。真面目にやってくれ」

「いえ、あず君はとても真面目な話をしています。ふふっ、千尋君の呑気さに助けられましたね」

「ああ。あのアイデアならいけるかもしれない」


 しばらくは黙ったまま作業を続ける。


 どうにかジェズヴェコーヒーを使ったコーヒーカクテルを完成させた。


 最後の課題に僕らは目を向けた。ここさえ乗り越えれば何とかなる。


 ムンドノーボはブラジルで最初に発見されたティピカとブルボンによる自然交配から生まれた品種だ。ブルボン種よりも高く成長し、赤いチェリーが完熟する時期は一定している。生豆の平均サイズを表すスクリーンが高い。成長力があり病気に強く、生産性は高い。生豆は細長い形状。年間降雨量が1200ミリから1800ミリで標高3500フィートから5500フィートの地域に適している。ブラジルで最も広く栽培されている品種の1つ。ブラジルの農業試験場には数種類の違うラインのムンドノーボがある。


 アラックは中近東、特にイラク、シリアを中心とし、エジプトやスーダンのような北アフリカ地方などでも伝統的に作られてきた蒸留酒。アラックはイスラエルやパレスチナにおいても入手可能である。アルコール度の高いものは、氷を入れずに水で割って飲まれる。アラックそのものは無色透明だが、水で割ると非水溶成分が析出して白濁するため、ライオンミルクという別名がある。メゼという軽食をつまみながら飲むことが多いが、かなり不思議なスピリッツである。


 伊織は少しでも貢献しようと、エスプレッソを淹れ始めた。


「これ、本当にコーヒーに合ってるんですか?」

「合わないこともない。水に触れたら白くなるけど、コーヒーカクテルに既定の色はないし、アラックの元になってるデーツのフレーバーを活かしたコーヒーカクテルを作ればいいけど、何を合わせるかだな」

「エスプレッソマティーニとかどうですか?」

「それ良いアイデアだな。確かにエスプレッソマティーニだったら多くの酒を合わせられる」

「良しっ、まだ時間はある。色んな食材を試すぞ」


 僕以外の全員が首を縦に振った。


 コーヒーカクテルの実験に夢中になっていたのか、あっという間に時間が過ぎていった。


 午後3時、遂に僕らの競技が始まった。他のチームは思わぬ組み合わせに混乱し、やっつけで混ぜ合わせただけのコーヒーカクテルや、無難な組み合わせに甘んじるチームが後を絶たなかった。


 ルーレットルールが導入されて以降、決勝の総合スコアが毎回低めな理由がよく分かった。


 プレゼンは桜子に任せ、僕らは手順を間違えないように細心の注意を払いながら作業を行った。


「カルヴァドスの林檎のフレーバーをトワイスアップすることでフレーバーを開かせることができます。これをオリジナルで作成したリキュールで補強し、ケントのキャラメルのフレーバーを合わせることで、林檎飴のフレーバーを持ったノルマンディーコーヒーとなります。この組み合わせは前代未聞でしたが、とても濃厚な味わいをもたらすことを発見することができました。どうぞお召し上がりください」


 観客から拍手が沸いた。驚くべきことに、組み合わせて作るものがハッキリした途端、桜子はこれらのコーヒーカクテルに最適な焙煎を行ったのだ。これでコーヒーカクテルの美味しさに深みが出た。


 4列に腰かけているセンサリージャッジも舌を唸らせている。


 さっきまで淡々と味わっていたが、この時は嗅覚と味覚に全神経を集中させているように見えた。


 コーヒーの声を聞く。シンプルなようで、これほどまでに感覚を研ぎ澄ませる作業はない。コーヒーに愛されている桜子の才能を前に、僅かばかりの羨望を覚えた。僕を超えかねない才能が、いずれも次世代だったことも隠れた幸運だ。これはかなりの才能インフレが望めるぞ。


 コーヒー業界には、メジャーリーグがなかった世界線のベーブ・ルースが……まだ数多く眠っている。


 そう感じずには――いられなかった。


「パカマラは黒糖のアロマに、トロピカルフルーツのフレーバーを感じることができ、僅かにクッキー、ザクロ、パイナップルのアフターテイストも感じることができます。オルホは葡萄の粕から作られていることもあり、葡萄類のフレーバーを感じます。この2つを組み合わせます。パカマラを使った深煎りのアイスコーヒーにオルホ、アルマニャック、オレンジキュラソー、グラニュー糖を合わせたカフェ・ブラックジャック・コーヒーです。プリーズエンジョイ」


 グラスの円を水で濡らし、グラニュー糖を入れた器に押しつけてグラニュー糖をつけ加える。


 グラスに砕いた氷を入れ、残りの材料をミキサーにかけ、グラスに注ぐ。


 カフェ・ブラックジャックはスノースタイルにしたグラニュー糖が特徴的だ。ノルウェーの空から降ってくる雪と黒い鎧を着用した召使いのコスプレをヒントに思いついた。ノルウェーのイメージにも合っているし、見た目も楽しめる。目で味わうコーヒーカクテルを作れないかと悩んでいたところに、このアイデアを千尋が投げかけてきた。ブラックジャックの単語がなければ思いつけなかった。


 ブランデーの他にフルーツリキュールを混ぜ、濃厚でフルーティな香りを楽しむことができる。


 オルホのフレーバーを損ねないよう、グレープリキュールを使用し、ボディや質感を更に高めた。


 ジェズヴェコーヒーを使っているため、コーヒーオイルの旨味をより感じることができる、前代未聞のコーヒーカクテルだ。アイデアで問題を解決することに特化してきた葉月珈琲だからこそできた。


「最後に紹介するのは、エスプレッソマティーニから派生したニュータイプのコーヒーカクテルで、その名もオリエントマティーニです。本来はジンとベルモットを使いますが、今回はベルモットの代わりに、コーヒーの香りをつけたアラックを使用します。バニラウォッカ、アラック、カルダモンシロップ、冷やしたエスプレッソ、全ての材料をシェイカーに入れ、ドライシェイクしてフラッペにし、大量の氷を入れて冷えるまで強くシェイクします。最後にカクテルグラスに濾し入れ、コーヒー豆3粒で飾ります」


 アラックには強いフレーバーにも揺るがないという優れた特徴がある。アラックはフレーバーに負けないだけでなく、組み合わせたエスプレッソコーヒーの味わいを深めます。すっきり爽快で大胆な苦さは、長時間のパッとしない夕食会の後でも気分を変えてくれる味わいだ。


 ムンドノーボの豆からはベルガモットのフレーバーを感じた。アラックのデーツのフレーバーと組み合わせることで、コーラやシナモンのフレーバーへと生まれ変わる。


 シェイクを担当したのは真理愛だった。バリスタオリンピックの時よりも洗練された動きだ。


 うまくシェイクするほど味が均等化されていき、コーヒーカクテルの味にも、大きな影響をもたらす。また一段とレベルアップしているのが見て取れた。


 今回は前代未聞をテーマに、コーヒーカクテルを作ることを桜子に宣言させた。これで既存のコーヒーカクテルに対する固定観念を取り払い、意識レベルで新たな味わいに備えさせることができる。どのコーヒーカクテルも、煮詰めれば更なる美味しさになっていただろうが、いかんせん時間がなさ過ぎた。


 限られた時間の中で作った作品としては、上々の出来栄えと言えるだろう。


「如何でしたでしょうか。ルーレットルールで想定外の組み合わせを作ることにはなりましたが、お陰でコーヒーカクテルに秘められた、新たな可能性を発見することができました。予定外の作品は私たちに大きな刺激を与えてくれました。皆さんにとっては尚更大きな刺激になったと思います。新しいを作るとは何か、それを今一度考えるきっかけとなったことは間違いないと思います。タイム」


 1時間にもわたる死闘が遂に終わりを告げた。


 ほとんどが試食パートであったため、センサリージャッジも集中して競技に臨めたことだろう。


 その後、控えていたチームも競技を終え、残るは結果発表のみとなった。


 全体的な印象としては、やはり混ぜただけ融合のコーヒーカクテルが多かった。うちは普段からシグネチャーを意識した組み合わせを毎日のように試行錯誤していたからこそ、こんな時でも咄嗟のアイデアで乗り切ることができたのだと思い知った。やはりメジャー競技会のレベルには及ばないか。


 特に印象的だったのは、調和の役割を果たすリキュールやシロップの使い方がうまかったところだ。


 ノルウェーをリスペクトしたスノースタイルのグラスも、かなりの好印象を持たせたようで、インタビューでもオスロの地元メディアに取り上げられていたほどだ。


 午後5時を回り、ファイナリストとなった全チームが集められ、段差のあるステージ上に登っていく。


 僕は真理愛と桜子に両側から支えられるように手を繋ぎ、安心の笑みを浮かべた。順位がどうとかじゃない。こんなにも最高の仲間に囲まれてチーム戦を最後までこなせたことが何よりの宝物だ。そのことを祝福するかのように、会場には多くの市民や観光客が埋め尽くしている。


 順位の低い順にチーム名が発表されていく。


 司会者は大会が終わることを拒むかのように、度々ジョークや小話を繰り返した。


 そして――。


「ワールドコーヒースピリッツチームチャンピオンシップ優勝は、日本代表、チーム葉月珈琲だぁー!」


 準優勝のチームが発表された時点で、僕らは抱き合っていた。


 優勝が発表されると、喜びは更に高まった。僕はチームを代表して、黄金のクープグラスが土台に乗った優勝トロフィーを司会から受け取り、天高くその誇りを掲げた。会場の盛り上がりがピークに達する中で閉会式が終わると、伊織、響、皐月が控え室に集まってくる。


「おめでとう。本当に凄いな」

「あず君なら優勝してくれると思ってました」

「これ、私も優勝したことになってるんですよね?」

「もちろん。桜子もよくやってくれた」

「何だか有終の美を飾れた気がします。響さん、私は今度こそバリスタ競技会を引退します。もう大会でやるべきことは全部やりました」

「分かってる。でも伊織のサポーターはやってくれよ」

「そうですね。私はサポーターの方が向いていると感じました」


 クスッと笑いながら真理愛が言った。彼女が言うことはごもっともだ。


 自身が参加したバリスタオリンピックウィーン大会では最後の最後に勝ちきれなかったが、僕のサポーターの1人として参加したバリスタオリンピック東京大会ではコーヒーカクテル部門で大きな役割を果たした。コーヒーの風味特性を底上げするスピリッツをいくつも教えてくれた。


 収まるところに収まったと言えばそれまでだが、あと5年若ければ、競技を続けるよう進言していた。


 ふと、皐月と視線が合ったまま、彼女は軽く腕を組みながら僕の正面に立った。


「今まであず君の動向をずっと見ていたが、あの状況からチームを優勝に導けるとは驚いた。何故あず君が勝ち続けてこれたのか、ちょっとだけ分かった気がする。あれがレジェンドの競技なんだな。しかと目に焼きつけたぞ。私もあず君みたいなバリスタになる。どれが得意かは、まだ分かってないが」

「やる気になってくれたようで何よりだ。大半の人は僕の競技を見たら諦めちゃうからさ」

「そりゃあんな圧倒的な競技を見せられたら、ほとんどの人は思うはずですよ。勝てないって」

「あず君と一緒にいるだけで、何だか凄く安心できるんですよねー」

「ライバルとしてステージに立っている時は1番の脅威でしたけど、味方の時はこれほど頼もしい人っていないですよねー。サポーターにとっては、勝ってくれるかどうかの心配よりも、自分が足を引っ張ってしまわないかを心配してしまうような人ですから」

「やっぱりあず君は最高です」


 伊織が僕の肩にリスのように擦り寄ってくる。僕はその柔らかい肌を手に受け止めた。


 頬が滑々していて赤子のように柔らかい。僕にとってはトロフィーよりこっちの方がずっとご褒美だ。


 伊織は手の甲を押しつけられて頬の形が変形し、表情は恋する乙女のように発情している。さっきよりも赤く温かく感じる。熱があるわけではなく、気持ち良くなっているだけのように見える。指で伊織の色白な頬を優しく突いてみると、彼女は目を瞑りながら官能的な声を上げた。


「あんなに触られても、嫌がるどころか喜ぶなんて」

「余程好きなんだな。どうしようもないくらいに」

「あず君は罪な男だ。伊織の気持ちも分からんではないが、バッシングを受けないか心配だな」

「いつかバレる時が来ても、あず君はあず君のままですよ」


 伊織のことを微笑ましく思いながらも、行く末を案じる桜子たちの声が聞こえる。


 もっとも、伊織は僕に夢中で全く聞こえていないようだが。


「伊織、カフェ巡り行くか?」

「はいっ! 早速行きましょう! コーヒーが私たちを待ってます」

「やけに乗り気だな」

「大会が終わったらカフェ巡りです。これは死闘を繰り広げたバリスタの恒例行事です」

「とか何とか言って、結局は自分がコーヒーを飲みたいだけなんじゃないのか?」

「あはは……まあでも、丁度夕食の時間でもありますから」

「一応言っておくと、もう大会は終わったから、チーム葉月珈琲はこの時をもって解散だ。カフェ巡りをするなり帰国するなり好きにしていいぞ。みんなはどうする?」

「私もあず君につき合います」

「伊織が外でもやらかさないよう、見張っておかないとな」

「そっ、そんなことしないです」


 伊織がそっぽを向きながら僕の服を掴んだ。なんかすげえ可愛い。


 夕食の時間を迎え、僕らはオスロの町へと繰り出した。


 まだ大会の余韻が残っているのか、街中がお祭り騒ぎになっている。さっきの黒い鎧を着用した召使いのコスプレをした人が黒馬に乗り、雪道を力強く闊歩している。僕の鼓膜には鳴り止むことのない市民たちの話し声や車の通る音が聞こえている。飲食店は数多くあれど、行けるのは僅かだ。


 ここでどんな店と一期一会になるかは自分次第、まずは外装で選んでみるか。


「あず君はいつ帰るんだ?」

「明日の便に乗る予定だけど」

「今日はリッケスカッツで泊まってくれないか?」

「うん、いいぞ。帰りの挨拶でもするか」

「でもいいんですか? こんな大勢で押しかけて」

「もう連絡はしてある。祝勝会をやりたいんだってさ」


 響の誘いを受け、僕らはカフェ巡りの後でリッケスカッツに寄った。


 祝勝会はいつも以上に盛り上がった。偶然ではあったが、千尋の力も借りた大会だった。


 エドヴァルド一家以外にも、いつもの常連客が集まり、自分のことのように喜んでいる。真理愛も響もすっかりと羽目を外し、勝利の美酒に酔い痴れている。


「千尋君にも報告しました。いつものことだろって言ってます」

「あいつらしいな。でも優勝できて本当に良かった」

「――あの……あず君」


 弱々しい声で僕に縋るような顔を向ける伊織。


「どうかしたの?」

「私たち、本当に結ばれてもいいんでしょうか?」

「愚問だな。僕は構わないけど、何でそんな風に思うわけ?」

「みんなに気を使わせています。平気を装ってはいますけど、内心では戸惑いを見せていました」

「そりゃあいつらは一夫一婦制の世界に慣れてるからな。たまたま僕らには合わなかっただけだ」

「私、時々夢を見るんです。あず君に捨てられて谷底に落ちる夢を」

「考えすぎだろ。僕は絶対に伊織を見捨てない。たとえ伊織が……僕を見捨てたとしても」

「そんなことしません。私には帰る場所がありません。誰かに寄り添うことでしか生きられないんです」

「1人で生きていける奴の方が珍しいぞ。伊織が誘ってくれたお陰で、今までの倫理観に疑問を持つきっかけになった。一夫一婦制は正しいって思い込まされてたけど……そうじゃないって気づかせてくれた。最後にルールを決めた奴がハーレム嫌いだっただけで、僕らまでつき合わされる必要はない。何なら一夫一妻制の歴史の方が短いんだ。重婚するとは言わないけど、一緒に住むくらい何の問題ない。唯だって名目上は同居人ってことになってるけど、仲間外れと思ったことはない」

「……あず君を好きなってしまったのは、他の男性を知らないからです。私はあず君の活躍をずっと間近で見てきた歴史の生き証人です。あず君は後世に語り継がれるべき伝説のバリスタなんですから、私のせいで、あず君の経歴に傷をつけるようなことはしたくないんです」


 俯きながら両腕をプルプルと震わせ、自らの恐怖心と戦う様は、挑戦を試みるパイオニアのようだ。


 僕はそんな伊織の震える手を自らの手に取った。震えはすぐに収まり、伊織はまた僕の顔を見た。


「僕の経歴なんて、はなっから傷だらけだ。バリスタオリンピックチャンピオンになるまでに色んな傷を残してる。どう頑張っても、教室中の窓ガラスを叩っ切って、事実上の追放処分を受けた前科は残るし、高校に通っているふりをして、学費を起業資金に使った過去もある。人と違うことをする行為を傷と呼ぶなら、伊織も既に傷だらけだし、葉月グループには、満身創痍な人間しか入社できない。傷ってのはな、戦い続けた勇者に贈られる勲章でもあるんだぜ。もっと誇れ。傷だらけの人生で結構だ。結果なんてどうでもいい。ここまで全力で生きてきた過程、全てが宝物だ。谷底に落ちたって、また這い上がればいい」

「……ふふっ……私、あず君を好きになって良かったです」


 僕の肩に頭を寄せる伊織。周囲はどんちゃん騒ぎで全く気づいちゃいない。


 伊織は既に相手のいる人を好きになる苦悩と戦い続けていた。それほどまでに好きを貫くことは難しいのだと、僕に教えてくれているようだった。


 翌日、僕らは帰国し、伊織との仲はますます深まっていくのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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