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社会不適合者が凄腕のバリスタになっていた件  作者: エスティ
第15章 最果てのバリスタ編
365/500

365杯目「抱けない痛み」

 シェリービット蒸留所が吸収合併及び人員整理されれば、製法を知る者がいなくなる。


 しかもリフォームに伴い、シェリー樽も新しいものと交換するようだが、そうなれば古樽の風味が全てなくなってしまうのだ。これにはエドヴァルドも異を唱えたが無駄に終わった。


 蒸留所の売り上げが伸びなければ、シェリービットはこの世から消える。ノルウェーは税金が高い代わりに社会保障制度が充実しており、失業後も手厚く生活を保障されるが、彼らにはそんなもの関係ない。生きる希望を奪われた時点で全て終わりだ。生活の心配がどうとか、彼らはそんな次元で生きていない。


 僕と同い年の蒸留所だ。必ず守ってみせる。


「じゃあ、僕をここに呼んだのって」

「お察しの通り、うちのシェリービットの名を広く宣伝してほしいからだ」


 アルネに割って入るように、蒸留所から戻ってきたばかりのエドヴァルドが言った。


 ポケットからスマホを取り出し、作り方をまとめた非公開の動画をエドヴァルドとアルネに見せた。


「うちのバリスタがシェリービットを使ったレシピを作った。これがレシピだ。一度これを試してくれ。葉月グループがプロデュースしたシェリービットマティーニだ」

「ありがとう。感謝するよ。だがこれではただの延命治療だ。シェリービットの売り上げが全面的に上がらない内は安心できん。今後も定期的にレシピを頼みたいが、うちにはエスプレッソマシンがない」

「あっ、そういえばそうだったな」

「響、忘れてたのか?」

「しまった……店がコーヒーを取り扱っていないことが頭から抜けていた。エスプレッソマティーニがベースになったコーヒーカクテルだから、エスプレッソマシンがないと作れない」


 頭を抱えながら響が嘆いた。彼女は離れすぎた。ここがあくまでもバーであることを忘れるほどに。


 アルコール度数も値段も高いため、酒に強いノルウェー人でも、日常的に飲むわけではない。


 ホームパーティの際に持参する人は少ない。


 むしろ祝い事などの特別な場で主催者が用意していたり、飲食店で注文することが一般的だ。日本の旅行本で紹介されているようなノルウェー料理が食べられる老舗や有名レストランでは、通常は取り揃えているものとはいえ、思わぬところで積極的な消費にブレーキがかかる。年間を通して販売されているが、特に冬の時期、クリスマスや年末年始の食事の場で、伝統料理と一緒に飲まれることが多い。


 ラークフィスクという塩漬けの発酵させた魚料理、干し鱈を塩抜きにして灰汁に漬け込んだルーテフィスク、羊肉を蒸したピンネショット、ポークリブなどの代表的なクリスマス料理とは特に相性が良いとされており、多くの蒸留所は、これらの料理と味が合うことを前提としてアクアビットを製造する。


 コーヒーとの相性も良いが、コーヒーカクテル市場が小規模であるためか、スカンジナビアンコーヒーなどを売りにしている店はそこまで多くない。


「困りましたねー。今からエスプレッソマシンを設置しようにも経費がかかりますし、ドリップコーヒーもメニューにありません。お酒とおつまみだけですから、メニューとして置くのは厳しいと思いますよ」

「経費はうちが負担してもいいけど、蒸留所はあとどれくらい持つ?」

「持ってあと半年ってところだな。それまでに利益を出せなければ、吸収合併は避けられない」

「僕は那月と栗谷社長の大事な会社を吸収合併から守ってやれなかった。今度は絶対に守ってみせる」

「……ありがとう」


 顔を赤らめながら響が言った。


 僕らは響に引き留められ、しばらくは蒸留所を再び見学する。伊織は途中で脱落していたから丁度良かったわけだが、明日からは大会の準備をしないといけないことに、僕はそこはかとない不安を感じた。


 気分を良くした響の奢りで、僕らはリッケスカッツで早めの夕食を食べた。


 北欧料理の1つである、グラブラックスというサーモンの魚料理も口に入れた。


 生の鮭を塩、砂糖、黒胡椒、白胡椒、ディル、コリアンダーといった香辛料アクアビット、ウォッカ、ブランデー、ジン、レモンに漬けたものを薄く切り、ホヴメスタルソースかグラヴラクスソース、砂糖もしくは蜂蜜、ワインビネガー、塩、胡椒、植物油、レモン、マスタードを合わせたソースをかけ、パンに乗せたり茹でたジャガイモに添えたりして食べた。


 主に前菜として食べられるが、バリエーションが豊富で、日本で言うところの手巻き寿司に近い。


 アクアビットはサーモンやトラウトなどの魚の塩漬け熟成や肉料理でも活躍する。一部の一般家庭や飲食店ではアクアビット味のケーキ、マジパン、アイスクリームなどのお菓子も作られているほどだ。土産として購入すると、旅行の帰国後にお酒を味わうと同時に、料理酒としても楽しむことができる。


 伊織はアルコール抜きのスモークサーモンを食べていた。


「美味しいです。この絶妙な塩加減、甘いカフェオレに合ってるかもしれません」

「伊織はいつでもコーヒーと共にあるんだな」

「私の全てだから」


 まるで恋人の話をするかのように語る伊織。


 冷たい水の入ったグラスをその手に持ち、喉を潤すように一気に飲み干した。


「――伊織、確かマリアージュ部門のフードメニューで迷っていたよな?」

「うん、そうだけど」

「提案なんだが、シェリービットを使ったコーヒーカクテルに北欧料理を合わせてみたらどうだ?」


 伊織の右隣の席を陣取っていた皐月が唐突に言った。


「! それいいかも……あっ、でもコーヒーカクテル部門じゃないと」

「ルールブックを確認しなかったのか? 今回からはマリアージュ部門のコーヒーにもアルコールの使用が認められる。コーヒーカクテルを交えたコーヒーマリアージュは誰も考えていないし、難度が高い分、差別化を図るポイントにもなる。もしこのメニューで優勝を決めることができれば、多くのバリスタが研究のために作品を再現する。材料のシェリービットを買い占めようと、みんな躍起になるだろうな」

「つまり、シェリービットがここにしかないことをみんなが知れば――」

「助かる確率は大幅に上がるはずだ」

「うちのシェリービットを使ってくれるのか?」

「はい。一度しかテイスティングしていませんけど、これとコーヒーを合わせれば、北欧料理にもおつまみにもピッタリなコーヒーカクテルを作れると思いました。早く実験してみたいです。日本に帰ったら、テイスティング、つき合ってくれますか?」

「もちろんだ。それで蒸留所を救えるなら、何度だって喜んでつき合うぞ。お前が下戸で酒を飲めないと言うなら、私がお前の第2の舌になってやる」

「響さん……ありがとうございます」


 伊織の左隣に座っている響に伊織が抱きついた。


 あぁ……尊い。王子と姫のように見える。


 だが救う側と救われる側が逆になっているのも、僕的にポイント高い。


「提案を出したのは私なんだけどな」

「ふふっ、皐月さんにも感謝してます」


 今度は皐月の豊満な膨らみに柔らかく色白で幼い頬を埋めた。


 伊織はマリアージュ部門のメニューで迷っていたが、どうにか解決へと向かっているようだ。


 ここに連れてきて良かった。僕なしでも立派にバリスタを務めてるじゃねえか。


 驚いたのは皐月の機転だ。伊織の問題と響の問題を同時に解決する糸口を探すとは恐れ入った。ずっと伊織のサポーターをさせていた甲斐があったというもの。問題点を常に共有し、伊織と共にアイデアを出し合ってきた皐月だからこそ気づけたんだ。2人の相性の良さには以前から気づいていた。


 スタートが遅いものの、きっかけさえ掴めれば奇想天外な発想ができる伊織。


 幅広い知識や技能を武器に、的確な判断できっかけを生み出せる皐月。


 かつて僕を支えてくれたサポーターは、僕が持っていないもの全てを兼ね備えた逸材ばかりで、僕との相性補完をもたらした。これを思いついたきっかけは『三頭政治』である。それぞれの長所で1人の完璧な皇帝を演じ、他の者たちの短所を補い合っていた。これを参加者とサポーターに応用したのだ。


 オスロのホテルに戻ると、旅の疲れからか、すぐ就寝するのだった。


 ――大会1日目――


 3日後、WCSTCS(ワクストックス)予選の日を迎えた。


 会場で最終登録を済ませると、会場の中まで案内され、練習場所を与えられた。


 ホテルの近くに練習場所を確保し、リハーサルを行う必要はなかった。大会の本番前に大会用の豆を支給されてからリハーサルを行う機会を与えられるためだ。


 今大会には28ヵ国から36組が参加した。例年より少ない上に、毎年決勝進出を果たし、その圧倒的な強さから優勝候補と目されていたロシアとウクライナの代表はいない。ジェズヴェコーヒーを得意とする東ヨーロッパや中東からの参加国が軒並みいないため、勢力図がガラリと変わっている。


 それだけにみんな優勝しようと躍起になっている。


 運営側が用意した焙煎機を使い、大会用のコーヒーを焙煎する桜子。


「みんなチーム葉月珈琲の競技を見ようと駆けつけてるな」

「葉月グループはバリスタ競技会をリードする存在だ。注目されるのは当然と言える」

「桜子さん、あがり症まであるのに、あれだけの人数に見られながら焙煎ができてますね」

「葉月珈琲でずっと客を相手にし続けた成果がようやく出てきたな」

「……成果って?」

「対人恐怖症って、ほとんどは人慣れしていないことが最大の要因だったりする。桜子の場合は人間不信も原因の1つだし、人から認められた経験が圧倒的に乏しかったからな。自己肯定感が低い状態で社会に出ていこうと思える人はそうそういない。だから自己肯定感を補強した。大会に出て人目に触れる機会が増えていけば、対人恐怖症は軽減される。日本人に対人恐怖症の人が多いのは、否定された経験が多いからだ。否定が当たり前の環境にいると、必然的に他人の足を引っ張りたがるような、卑屈な性格が育つ。言ってしまえば、これは毒沼の文化だ。葉月グループの役割は、バリスタの仕事を通して毒沼の文化によって失った生きる力と根拠のない自信を取り戻させる訓練を親と学校に代わって行うことだ」

「……また成果が証明されましたね」


 クスッと笑いながら伊織が笑みを浮かべ、僕の左腕に音もなく優しく抱きついた。


「……伊織」

「あっ、ごめんなさい」


 すぐに気づいた伊織が僕から離れた。すると、真理愛が不思議そうな顔で伊織に歩み寄る。


「伊織さん、ちょっといいですか?」

「はい。どうかしたんですか?」

「気になることがありまして」


 何かに感づいた真理愛が伊織を誘い、僕らの一行から離れた。すぐに僕もこっそり後を追った。


「真理愛さん、どうしてそんな怖い顔してるんですか?」

「……伊織さん、あず君のこと、好きなんですか?」

「えっ……」


 伊織は時計が止まったかのように頭がぽかーんとしている。


 真理愛は一向に目線を逸らさない。伊織を逃がさないと言わんばかりの鋭い眼差しだ。


 足が竦んで動けないまま、伊織は真理愛を見上げると、真理愛は伊織のすぐ隣に陣取った。かと思えば伊織と視界を共有するように、遠くの観衆を目で追っている。


「私、大学にいた時、心理学を勉強していたから分かるんです。好きな人についやってしまう行動が」

「……そりゃ、好きか嫌いかで言えば好きですよ。私の人生を救ってくれた恩人ですから」

「伊織さんも分かっていると思いますが、彼には家族がいます。彼女も子供もいて、それなりの社会的地位を築いて、平和な人生を送っているんです。伊織さんはそんなあず君の人生を壊すつもりですか?」

「そ、そんなつもりはありません。ただ、そばにいてあげないと心配になるんです」

「それ、完全に恋人の台詞ですよ。さっきあず君に抱きついたのは愛情表現ですか?」

「ただのスキンシップです。那月さんとかもやってますよ。うちでは日常茶飯事です」

「たとえそうだとしても、あの接し方は誤解されますよ。もっと自覚を持って行動した方がいいかと」

「……はい。気をつけます」


 誤解も何も本当のことなんだよなぁ~。


 伊織から離れていく真理愛の後姿は、まるで魔女のように恐ろしかった。


 ここまで真理愛のことを恐ろしいと思った日はない。明らかに伊織との関係に感づいている。伊織と結ばれた日、真理愛は僕と伊織が一緒に飲んでいるところを目撃している。こんなことが世間に知れたら、真理愛と同じ反応を示す者が後を絶たないだろう。


 真理愛の忠告は不吉な未来を暗示しているように思えた。


 場合によっては伊織の身に危険が迫ることもあるが、それは彼女も覚悟の上だろう。


 僕自身がまたしても越えなければならない壁だ。評判なんてどうでもいい。そんなことより、何も事情を知らない真理愛に咎められ、士気が下がっている伊織が心配だ。バリスタオリンピックに支障をきたすわけにはいかない。ここはちゃんと話しておいた方がいいな。


「真理愛、ちょっといいか?」

「どうしました?」

「伊織も来てくれ」

「は、はい」


 この状況は伊織にとっても、真理愛にとっても、精神衛生上よろしくない。


「ええっ! 唯さんと伊織さんと同時につき合ってるんですかっ!」

「「シーッ!」」


 僕と伊織が同時に真理愛に接近し、自分の口の前に人差し指を立てた。


 事情を説明し、伊織と結ばれた経緯まで話した。こんなもやもやした状態で大会に挑めば、勝てるものも勝てなくなる。チャンスは一度だって、逃しちゃ駄目だ。


「じゃあ、唯さんも子供たちも容認した上で、つき合っているということですか?」

「元々そんな気はなかったけど、唯の方から事実重婚を勧められて、妾は1人までって言葉に、つい甘えてしまったっていうか、僕の甘いところが出てしまったっていうか」

「ふふっ、何だかあず君らしいです」

「えっ……僕って浮気者だと思われてたのっ!?」

「いえ、そうじゃなくて、常識に縛られないところとか、凄くあず君らしいです。唯さんも伊織さんも、あず君に影響されて、段々似てきてますね」

「朱交われば赤くなる……か」

「「「!」」」


 背後からの声に脊髄反射で体を反転させた。僕らの後ろには、桜子、皐月、響が佇んでいる。


「水臭いぞ。私たちにくらい言ってくれても良かったのに」

「そうですよ。つき合ってるなら、つき合ってるって言えばいいんです」

「あず君が何人とつき合おうと、仕事にさえ支障が出なければ、私たちには何の関係もないからな」

「……ふふっ、ふふふふふっ!」

「「ふふふふふっ!」」


 僕に釣られ、伊織と真理愛まで笑い出した。


 ずっと誤魔化すのがあほらしくなってきた。


 こいつら、良い意味で日本人離れしてるよ。こういう人ばかりだったらどんなに楽か。たとえ身内でも過度な深入りはせず、自分がやるべき役割のみに集中する。本来の意味で自己中だ。


「何がおかしいんだ?」

「そーゆーとこ、ホントにドライだよな」

「固定観念に囚われず、常に柔軟な発想を心掛けること。葉月グループから学んだことだ」

「だからどんなピンチでも乗り越えることができた。あず君を見ていると、どうでもいいことに囚われている自分がおかしく思えてくるんです」

「咎めるつもりはなかったんですけど、そういうことだったんですね。でも世間はどうするんですか?」

「たとえそれで信用を失ったとしても、僕が世間に屈することはない。分かる人が分かってくれればそれでいいんだよ。自分にとってどうでもいい連中から嫌われたって何の問題もない」


 伊織たちが一斉に頷いた。どうやら歓迎してくれたらしい。


 僕が変人ばかりを集めていたのは――多分、こんな時のためかもしれない。


「この大会、必ず勝ちましょう」


 桜子が右手を僕らの中央に差し出した。


 まるで伊織を守ろうとするかのように、彼女を中心に円を描くように立っていた。


「分かりました。私も可能な限りサポートします」


 伊織が桜子の右手に自らの右手を重ねた。


「私も蒸留所の命運が懸かってるからな」

「シェリービットはコーヒーカクテルの食材にとても合っていました」

「乗り掛かった船だ。私もとことんつき合うぞ」


 僕以外の全員が手を重ねたまま視線を僕に集中させた……こういうノリは苦手なんだけどな。


「チーム葉月珈琲、優勝目指して頑張るぞ。ファイトーーーーー!」

「「「「「おーーーーーっ!」」」」」


 一斉に重ねた手の位置を落下させてから上にあげた。


 個人主義のグループ企業を目指すはずが、いつの間にか、どこの日本企業よりも団結力が強いグループになっている。これが僕らの宿命なのか、はたまたイエスマンばかりを集めた結果なのかは分からない。だが1つだけ確かなことがある。今ここにいるのは僕にとって最高の仲間だ。ずっと笑顔でいてほしい。そのためには絶対に負けられない。僕が頑張り抜く理由は、それだけで十分だ。


 日本人(こいつら)は自分のためじゃなく、()()()()のために行動できる連中なのかもしれない。確かに僕は生態を理解していなかった。


「桜子さん、いつもより真剣ですね」

「ちゃんと焙煎できるかどうかで、コーヒーの風味が決まるからな。あいつから受け継いだバトンをセンサリージャッジに繋げられるかどうかは僕ら次第だ。コーヒーは僕が淹れるから、コーヒーカクテルの仕上げは任せた。得意分野だろ?」

「はい。任されました」


 伊織、響、皐月が見守る中、桜子がコーヒー豆を焙煎し、僕が焙煎した豆をグラインダーで砕き、コーヒーの粉をエスプレッソ、ドリップコーヒー、ジェズヴェコーヒーとして生まれ変わらせ、出来上がったコーヒーを真理愛がスピリッツを始めとした食材と混ぜ合わせ、見事なコーヒーカクテルが完成した。


 センサリージャッジが各種コーヒーを評価し、総合スコアの上位5組が決勝進出だ。


 観光客や市民たちには、どのコーヒーカクテルを作ったのかを伏せた上で投票してもらい、投票で得たポイントも総合スコアに加算されるのだ。つまり、プロの審査員だけでなく、一般審査員にもウケるコーヒーカクテルを作らなければならないため、意外にもハードルは高い。


 1ヵ月ほど前、大会用のコーヒーを知るや否や、僕らは早速同じものを用意し、桜子と真理愛と力を合わせ、何度も再現していたのだ。テイスティングは真理愛と響が担当してくれた。時間は少なかったが、大会用のコーヒーに最も合ったコーヒーカクテルを早く見つけることができたのはみんなのお陰だ。


 桜子がコーヒーカクテルに合った焙煎度を見つけ、僕がそのフレーバーを言い当て、真理愛が最も合うスピリッツを見つけてくれたのだ。偶然にもそれはシェリービットだった。真理愛はエドヴァルドが作っているものとは全く知らなかったようで、響は度肝を抜かれた。シェリービットがなければ、このアイデアに到達することはできなかった。千尋がこれと組み合わせたコロンビアシドラこそ、今大会のコーヒーとして選ばれた品種だ。やはり世界は繋がっている。


 ――全てのチームの予選が終了した。


 奇跡の連続が詰まったコーヒーカクテルを提供した1日目は結果発表のみ。参加者と市民たちが固唾を呑んで見守る中、スーツを着た司会者がメモを見ながらファイナリストとなったチームを発表していく。


「決勝進出3組目は、チーム葉月珈琲だぁー!」

「「「「「やったぁ~!」」」」」


 僕らは抱き合いながら喜んだ。みんなの中で真っ先に僕に抱きついたのは伊織だった。こんな時でなければ、誰にも怪しまれず、堂々と僕を抱けないことに心を痛めていたが……苦しみなど消え去っていた。


 バリスタオリンピックに向けた僕らの戦いは、既に始まっていたのであった。

読んでいただきありがとうございます。

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